青春の続き   作:黒樹

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三人の子供達

 

 

 

美雲の成長記録は意外にもましろがちゃんとつけていた。本人曰く、赤ちゃんは貴重な漫画の資料になるかも知れず頼む相手が美咲やリタしかいないが自分の子供ならいくらでも観察できるから、というのが理由らしい。尤も子供の世話をするものの、実際は空太が四苦八苦するという状態が続いた。

一歳になる頃にはましろが世話することを覚えた。ましろの昔を知るものなら誰だって苦笑いして思い出す、空太は振り回されまくっていて子供と親みたいな関係だったと。その世話される彼女が育児の大変さを知って空太を改めて尊敬したことで、ちょっとした口論になったのはいい思い出である。どっちが大変かだとか、わたしはそこまで酷くない、だとか。美雲は他の子供に比べて比較的おとなしいというのがわかった時、空太は安堵した。

二歳になる頃にはましろの絵筆を初めて持った。遊び道具にしていたのは言わずとも、それでも絵筆を握らせると泣き止むのがわかると二人は全力でそれを利用した。終始ご機嫌なのである。オムツは自分で探し当てるしパンツすら自分で用意しなかったましろとはえらい違いだ。これだけが空太の懸念だった。

三歳になるとオムツを卒業し普通のパンツへ。布団に立派な日本地図を描いた。椎名美雲初作品である。これは三鷹家や赤坂家でも同じようで専ら親達の会話のタネの一つだ。

四歳になる頃にはもう布団に世界地図を描くことはなくなった。代わりに母親の世話を焼くようになる。空太は寂しいような誇らしいような気持ちだ。これを三鷹仁、赤坂龍之介の二人に話すと祝いだと言われて空太は酒を強制的に奢らされた。

五歳の頃には三鷹家の娘と赤坂家の娘、三人揃ってよく遊ぶようになる。元々三家揃って両親共働きなため仕方ないことだが、二年遅れで産まれたましろと空太の第二子の面倒ばかり美雲が見ると二人は黙っていない。気兼ねないお家関係がある上でお泊まり会などは何度も開催されるし、空太達も集まることが多く顔合わせしたのは互いに赤子の頃からずっとだったため、幼馴染という関係がしっくりくるのだろう。お泊まり会で美雲と一緒に寝た娘達のおねしょが治ったという逸話がある。空太は息子の未来が女難に苛まれることを悟った。

 

 

 

–––そして、これは子供達が四歳の頃、初めてお互いの存在を認識した時の記録だ。

 

 

 

子供達も個性が出てきた頃、空太達は子供達を会わせてみることに決めた。理由はこれまで会っているのにも関わらず幼いながら記憶が朧げだったのと、仕事柄構ってあげられないので一緒に居させるためである。家での仕事を主とするましろは最近では息子に世話されるほどのことになっており、それを聞きつけた親馬鹿達がこぞって安心する為に一人の少年に押し付ける為だ。建前の裏の裏はそんなものではないがそれでもより安心な方法を取ることにした。

というわけで、復活。続さくら荘会議である。

空太、ましろ、仁、美咲、龍之介、リタに七海が並ぶ中、親の背後に隠れる三人の子供達を両親が押し出すという形で顔合わせは続けられる。美雲は第二子である妹がましろの腕に抱かれているため、母親の背中に隠れられなかった。

 

「ほら〜、男の子の前で恥ずかしがってないで前に出ないと……未来の旦那様に失礼だぞ☆」

 

宇宙人が妙な発言をして押し出すのは灰色の髪の小さな少女。三鷹家の娘さんだ。その少女は未知なものを見るような目で美雲を見ていた。やはり大人の顔しか覚えていないのだ。

 

「三鷹綺咲だよ。よろしくしてあげてねー」

 

結局、恥ずかしがる娘に代わって美咲が自己紹介をした。

焦れったい宇宙人は母親になっても我慢ができるような人ではないのだ。

 

「ほら、リーゼロッテ」

 

今度はリタが娘の背中を押した。背中を押されて母親にくっついていた金髪碧眼の少女が前へ出る。やはり未知のものを見るような目で美雲を見ていたが、知っているものを見て安心したようなそんな表情。実際二人はどこかしらで会っているのだが美雲はまったく覚えていない。リタを知っていたため珍しいな、程度の記憶しかない。美雲の前に出ると手をちょこんと握る。

 

「…赤坂リーゼロッテ。……あなたに会いに来ましタ」

 

それから倒れこむように抱擁。頰に親愛の証のキスをする。

美雲は硬直した。壊れた機械のように沈黙する。

これに驚いたのは三鷹家と龍之介、空太に七海の五名。

 

「……ほう。少し話し合いが必要なようだな、空太」

 

龍之介は娘が男にキスしたことに絶対零度の怒りを見せる。空太は思わず息子に起きた突然の展開に思考停止寸前、特に不意打ちで龍之介が過去にリタにやられた不意打ちのキスなどが脳裏を過ぎった。

 

「ちょっと待て俺は何もしてない! むしろやったのはそっちで……」

「龍之介ダメですよ〜。これは私が教えたんですから」

「お前の仕業かリタ」

「も〜、家で呼ぶみたいにマイハニーでいいじゃないですか」

「知るか、僕は知らんぞ、断じて!」

 

いつも通りの夫婦である。

これを他の大人達はニヤニヤしながら観ていた。

 

 

 

「自己紹介も終わったことだし子供達の集中力も欠けてきたから本題に入るぞ」

 

龍之介に合わせてリタが鞄から三つの箱を取り出す。それぞれ子供達に手渡していく。リーゼロッテはパパ開けていい?と喜ぶが美雲と綺咲だけは困惑していた。

 

「うちの娘がよく行方不明になるのでな。こちらで子供達用のスマホを用意させてもらった」

 

中身を見るなりリーゼロッテは喜ぶ。空太は怪訝な顔だ。

 

「子供には少し早くないか?」

「そうかもしれないが、機械に慣れておいて損はないだろう。それに持たせるのは色々と理由があってだな……」

「理由?」

「少なくとも僕達は既に業界では著名人だ。ましてお前の子は天才的画家椎名ましろの息子だろう。そうなると身代金目的の誘拐も考えられなくはない」

「んなピンポイントで誘拐なんてなぁ……うちの子は変なおじさんとか付いてかないから。なぁ」

「予防策は万全を期すべきだ。起こってからじゃ遅いんだぞ!」

 

珍しく熱くなっている龍之介をキャラじゃないとこの場の誰もが思った。

 

「まぁ龍之介が熱くなっているのも、うちのリーゼが公園で迷子になったり誘拐されそうになったからなんですけど」

「それほんまに大丈夫やったん?」

 

一番心配しているのは七海である。子供達とは週に何度か、突撃訪問する美咲と同じくらい多い頻度で会っている。二人が特に子供達のお気に入りだったりする。

 

「あぁ、はい。実は一人でいた美雲君が助けてくれたそうで……と言っても助けられた自覚もなければ遊んでいた公園に連れて来てくれたんですけど、追うと逃げるので話す前にどっか行っちゃいましたし覚えてなさそうですね」

「また絵を描く場所を探してたのか……」

 

時に夕焼けを探して放浪する当の本人は箱の中身のスマホをいじっている。画面は真っ暗だ。起動されていないので当然だろう。

 

「これは礼も兼ねているし気にするな。それにそのスマホは誘拐対策は万全だ。僕がプログラムした世界に三人しか持っていない機能を持った優れものだぞ」

 

起動してみろ。と言われて、起動する前に–––

 

『おはようございますリーゼ様。メイドちゃんだよ♡』

 

リーゼの携帯から懐かしの口調で音声が流れた。

画面にいるのはメイド服のプチキャラだ。画面の中からお辞儀を一つ。礼儀作法はいいが口はどうだろうか。

空太が学生時代、散々お世話になった自動返信AIである。

尤も今もお世話になっているので久しぶりというわけでもないが。

 

「まさかメイドちゃんを与えるのか?」

『おや、お姉様をご存知で?』

 

何故か龍之介ではなくメイドちゃんから返事が来た。文字を打ってないのに……。

 

『ど、どうなってんだと次に空太様は口にします』

「ど、どうなってんだ……あ」

 

口調までバッチリである。

今度は龍之介が自前の携帯で文字を打つ。

そうすれば画面の中のメイドちゃんはやれやれだぜと言わんばかりに両手のひらを上に向けておどけてみせる。

あぁ、なんだろうこの感じ、懐かしい……。

空太は詰られているのにほっこりしていた。

 

『御機嫌よう皆様。ワタシはメイドちゃんニュータイプです。長女のメイドちゃんではないのであしからず』

「ニュータイプ?」

『空太様が期待するような「胸が大きくなった」などの外見的変化はないのでそう肩を落とさないようお慰めしておきますね(笑)』

「しとらんわ!」

 

外野の視線が空太に突き刺さっている。七海のジト目が最大の攻撃。仁はケラケラとメガネを抑えて笑っている。ましろは自分の胸をふにふにと押して確認していた。

 

『場も温まりましたことですし自己紹介の続きを。ワタシは自動返信プログラムなお姉ちゃんの姉妹プログラムです。ワタシの機能はこうして音声を拾い会話をしたり、打ち込むことで会話もできる万能メイドなのです。あ、ただのおしゃべりなメイドではなく。空太様達の携帯に新たにインストールされたワタシの分身で子供達の現在地の確認だけでなく、身の回りのお世話、知育機能などを有しメイドから先生まで超万能なのでございます。いわば空太様達に代わる幼稚園の先生、みたいなものと思っていただければ庶民の空太様でも十分理解できるかと思いますが……ここまではOK?』

「お、おう……」

『ワタシに聞いて頂ければあらゆる御奉仕をお約束します。そして、目玉となりますのがお互いの位置送信だけではなく、誘拐に会った際、電源を切られた際には自動的再起動を行うサービスと死の淵まで犯罪者共を斡旋して蹂躙し精神がズタボロになるまで完全なる包囲網を敷くお手伝いをする……少々熱くなってしまいましたね。要は犯罪者マジ赦すまじな機能が付いていますのでご利用ください。暗躍から暗殺まで縦横無尽なメイドちゃんより』

「怖えよ!」

『あ、そうそう。子守り上手なメイドちゃんですが、果てるまで御奉仕の雨あられとなるとさすがのメイドちゃんも足腰立たなくなるので休憩はちゃんと取ってくださいね。人間と同じよーにエネルギーがないと動きませんから。あと一応、言っておきますがワタシは子供達のお世話係で空太様のお世話係ではないので、急なお申し付けはご遠慮下さい』

 

ぷつん。と画面は真っ暗になった。もちろんメイドちゃんは画面の向こう、暗闇に消えた。

 

「なぁ、メイドちゃんって姉妹揃って俺に恨みでもあんの?」

「というわけでメイドちゃんニュータイプは子供達に様々な知識を与え、検索を快適にし、色々な手伝いをしてくれる。もちろん本体は僕の方にあるが全員の携帯にもインストールしてもらう。何か質問はあるか?」

「無視か。俺は無視か!」

「はい」

 

空太の抗議は七海の挙手に遮られる。龍之介はなんだ?と発言を許す。

スー、ハー、と深呼吸。七海は胸に手を当てて声優さながらな演技力で叫ぶ。

 

「みんなのお姉ちゃんのうちの立場はどうなるん!?」

「知らん。子供が欲しいなら結婚して作ればいいだろう」

 

七海の糾弾は龍之介によって論破。そう、七海は独身だ。仕事の忙しさ故に恋をする暇もなかった。特に子供達が癒しで週末は必ず子供達に会いに来るのだ。仕事で忙しい家を優先して。

そんな七海が懸念しているのはインターネットの普及による、子供の遊び離れ。特に美雲は最近ではましろに絵を教わっており付け入る隙間なく寂しそうにしている。立場が逆である。

泣き崩れる七海に近寄る美雲。ぎゅっと抱き着いて頰を擦り寄せた。

 

「大丈夫だよ七海お姉ちゃん」

「うわーん。神田君この子ちょうだーい。むっちゃ天使や」

「お、おう……借りるくらいなら構わないぞ」

 

空太は七海がとある先生の人生を辿っているような気がした。

 

 

 

「さて、次は私の番だね!」

 

子供達に人気No. 1の美咲が高らかに宣言する。

正直、空太はこういう時嫌な予感しかしなかった。

 

「何ですか美咲先輩」

「ふっふっふ……それはね、そろそろ決めておかなくちゃいけないことがあると思ってだね、こーはいくん」

 

くす玉が落ちてくる。割れる。そして、パラパラと舞い散る紙吹雪から出てきたのは『渾名決め大会』の文字が書かれた垂れ幕。

 

「そういえば上井草先輩にしては珍しく渾名を付けてなかったような……」

「この時を待っていたんだよ、ななみん」

「でも、渾名で呼ぶのなんて上井草先輩ぐらいしか……」

「幼馴染というのは特別なんだよ!」

 

美咲が言うと説得力がある。–––が、そのくっついた当の幼馴染とは渾名で呼び合うようなものではなく普通に名前で呼んでいた気がするのだが、とは敢えて誰も突っ込まなかった。

 

「というわけで、発表するよこーはいくん」

「まぁ、別に美咲先輩が呼ぶ分なら構わないですけど……」

「ロゼリンとどーてーくんだ!」

「ちょっと上井草先輩何いうてはるんですか!?」

 

激しく突っ込んだのは七海だ。

大爆笑しているのは仁だけである。

他の面子は笑いを堪えている。

慌てているのは空太と七海だけだろう。

 

「そうですよ。息子の黒歴史を製造しないでください! 子供は当たり前ですよ、というか子供にその言葉って当てはまるんですか!」

「いやー、だってねー、こーはいくんの息子なわけだし。これなら否定してくれるだけで、あっやったな、ってわかるからお赤飯炊きやすいよね」

「そんな思春期の子供脅かすような罠張らないでくださいよ!」

「こーはいくんが卒業したのも高3だっけ?」

「ねぇ何から! ナニから卒業したんですか、高校ですよね、そうだと言ってください!」

「まぁ、別にいつこーはいくんが卒業したとかどうでもいいんだけどさ。やっぱりうちの綺咲ちゃんの卒業時期も把握しておきたいというか」

「なんでそこ連動してるんですか!」

「生まれた時からうちの綺咲ちゃんはこーはいくんの息子さんとよろしくするって決まってるよ? 幼馴染一択だよね」

 

傍若無人な美咲からは何やら過去に果たせなかった決意を娘に押し付けているようなそんな気さえする。それもこれも色々と拗らせた帝王のせいだろう。

 

「仁さん!」

「ま、末永くよろしく」

「いいんですか散りますよ!」

「なんだ髪の毛か? 大丈夫、美雲と綺咲がくっつきゃ晴れて安泰だ。どこの馬の骨とも知れん奴よりはいいじゃねぇか」

「そうじゃなくて……ほら、あれっすよ……」

「あっれ〜、空太顔を赤くしてどうしたんだ〜?」

 

煽る。煽る。煽る。

いい大人が子供達の未来の話に夢中だ。

いったいどうしてこうなったのか。

空太は奥歯を噛み締めた。他人の娘の貞操がどうのとか言えるわけがない。

 

「ズルくないですか」

「はっは。安心しろ空太、奪われるのは綺咲じゃなく美雲だ。俺の勘がそう言ってる。ま、息子の貞操には気をつけろ。美咲みたいにしつこくまとわりつくかもしれんぞ。俺より美咲大好きだし、美咲のアニメばかり見てるからな」

「宇宙人の子は宇宙人ですか……」

「というか子供達の前で何変な会話してるんですか! 私の純粋無垢な天使達を穢さないでください!」

「青山……一応言うけど、俺とましろの子だからな。あと仁さんと宇宙人の」

「それはいいですけど、うちの娘リーゼも忘れてもらっては困ります」

「あぁもうとにかくどーてーくんはダメです!」

「じゃあ仕方ない、ミクモンで妥協するか〜」

「そうしてください。お願いします」

 

 

 

この日の議事録はメイドちゃんによって私物化されていた。

–––初めまして、美雲様。ご主人様の全てにおいて可能な限りサポートをさせていただきます。相談を頂けましたら最大限御奉仕致しますので、ご利用ください。またグランドマスターの愛娘リーゼ様や綺咲様の相手は大変でしょうがそのサポートのためにグランドマスターから仰せつかっております。ワタシはその前料金でございます。本体は龍之介様の元にあると言うのは嘘で、龍之介様の手元にあるのは姉とワタシの分身体。これからよろしくお願いしますね、ご主人様。書記・メイドちゃんニュータイプ。

–––こいつは美雲、お前専用に作ったサポート係だ。もちろん警護は三人分やってもらうし機能は話した通り。なに、ボクが娘の相手をできない分世話になるんだ、これくらいのことは当然だろう。追記・赤坂龍之介

 




美雲。空太とましろの息子。
綺咲。仁と美咲の娘。
リーゼロッテ。龍之介とリタの娘。
メイドちゃんニュータイプ。龍之介が娘のために作ったAI。子供に起こりうることのあらゆる対策をしている。

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