北方方面に駆り出されていた艦娘達が帰投を開始したその当日。
普段は行動が遅過ぎて現地の提督達の苛立ちを大量生産する大本営が、突如慌ただしく動きだすという波乱が起きていた。
その原因は言わずもながら、超兵器であるドレッドノートの出現である。
しかも超兵器が現れただけでなく、不特定多数の艦娘がその存在を知った為、情報統制を掛けて安心していた大本営はパニックを起こしていた。
超兵器の存在は最高機密であり、今まで少数の者しか知らなかったので情報統制で対応可能だったが、今回は数十名の艦娘が目撃され、とてもじゃないが人の口に戸は立てられない状態だ。
一応無理矢理独房に全員叩き込む荒業もあると言えばあるが、各地から強い反感を買う上、防衛の根幹に大きな穴が生まれる。
この為、大本営は完全に吹っ切れて情報の公開を迫った。
これからも超兵器の襲撃が増える可能性を考えると、何も知らない艦娘が正面から立ち向かい、確実に轟沈するという最悪の事態が予想される。
損得を考え、出した結論だ。
情報公開の方法は、重巡洋艦青葉の配布している新聞を利用した。
この理由は大本営の発行する資料では編集に時間が取られ、即応性に欠ける。
それに対して青葉の新聞はすぐに艦娘の手元届き、ある程度の量の情報を渡しやすいと考えられた。
実際に各地に青葉の新聞が大量に刷られ、配布されたのは命令が届いて二日後だった。
なお青葉は自身の新聞にドきついネタを仕込んだり、誇張して載せたりする傾向があったが、流石の青葉も大本営直々の新聞にそんな真似はしなかった。
そもそもした瞬間、即座に行方不明になるのは確実だろう。
そして艦娘達が各地に帰投している中、一部数名の艦娘はこの横須賀鎮守府に残り、大淀から施設の案内を受けていた。
睦月 「わぁっ!すごい大きいにゃー!」
全鎮守府中最高の規模と設備を誇る横鎮の工廠を前に、睦月は目を輝かせる。
睦月のその後ろに居る扶桑や山城、如月も似た感想を抱く。
扶桑 「明石や夕張が普段から拠点にしている工房よ。根本的な規模が違うわ。」
山城 「えぇ、その通りです。姉さま。」
如月 「如月の所にも普段から居てくれたらいいのにぃ。」
如月が施設に対して羨望の眼差しを向けた。
各地の工房の殆どを妖精さんが運営しており、一部例外として明石と夕張だけが工廠で作業を行える。
無論妖精さんだけでも機能十分なのだが、やはり二人がいるだけで良い開発や簡単な修理などが行える点等がある。
そして横鎮にその二人が集まっているのは、それぞれ分散して配置するよりまとめた方が良い物ができると大本営が判断したからだ。
とはいえ、場合によってはその場所に特定の艦娘が必要になる場面もある訳で、艦娘は所属先以外に支援という名目で配属になる事が多々ある
北方方面漸減邀撃作戦時に、幌筵泊地で明石が配備されて居たのもそれであった。
ドゴォーン、ドゴォーン────
山城は耳に届いた砲声の鳴った方向を見渡す。
山城 「ところで、さっきから鳴っているこの砲声って何なの?」
先程から案内を受けている間、度々聞こえてくる雷が落ちたような強い砲声。
案内役の大淀が少し考えて次の行動を決めた。
大淀 「そうですねぇ。でしたら、そちらから先に説明させて頂きましょう。」
大淀達は工廠を後にし海辺に向かって歩いていく。
大淀が案内した場所は、海が遠くまで見渡せる堤防であった。
大淀 「只今三つの演習が同時に行われています。その一つがあちらです。」
四人が大淀が指差した位置には、秋月型の秋月、照月と一緒に神弓が話しており、更に奥に赤城が立って待機している。
如月 「何をやってるのかしら?」
大淀 「あれは防空演習ですね。あっ始まりますよ。」
秋月から照月と神弓が離れ、赤城が九七艦攻や九九艦爆などの艦載機を十機発艦させ、艦載機は空中で編隊を組み、秋月の方向に一直線に突撃する。
一方秋月は、長10cm連装高角砲で防空砲火を開始する。
長10cm連装高角砲は四秒毎に火を噴き、編隊の前後、上下左右で炸裂し黒煙が沸き出した。
高角砲弾は絶え間なく爆発を起こし、至近距離で飛び散った破片が機体の水平尾翼を叩き折る。
その他、エンジンや主翼に被弾した機体は、編隊から脱落したり爆弾を投棄して離脱。
しかし全体から見れば編隊の損害は軽微であり、残った機体が秋月の上空を通りすぎ、演習が終了する。
扶桑 「撃墜一に撃破二。あの防空演習なら良い成績じゃないのかしら。」
この手の演習は、撃墜はおろか一機撃破すら難しい。
その点を見れば、防空駆逐艦である秋月型の防空能力は高いと評価される。
しかしそれは通常の演習だったらの話だ。
秋月の演習が終わって神弓が合流。
二人が少し会話をしてから演習が再び行われる。
赤城が先程の減った分の補充機を発艦。
編隊の不足を埋め、前回と同じように飛行する。
秋月はまたもや長10cm連装高角砲を撃つ。
だがその防空砲火は明らかに以前とは違った。
高角砲弾の爆発が目に見えて編隊へ集中する。
主翼付近に爆発が起こった九七艦攻は主翼をもぎ取られ、更に他の九九艦爆の一機の真下で砲弾が爆発して、吊り下げていた爆弾に引火し吹き飛ぶ。
そして黒煙を噴き、バランスを崩した機は回転しなから墜落していく。
最終的に撃墜二、撃墜五と、先程に比べ二倍以上の成果を叩き出した。
同じ秋月でこんな短時間なのに、これほどの差が生まれた事に四人は驚愕する。
扶桑 「これは、何があったの?」
睦月 「わぁーすごーい!まるで魔法みたい!大淀さんどうなってるの!」
呆気を取られる扶桑を尻目に、理由に興味津々の睦月が大淀に質問し大淀が答えた。
大淀 「はい。今回神弓さんして貰っているのは、計器の誤差修正です。」
山城 「誤差の、修正?それだけであんなに変わるものなの?」
大淀 「はい。それも私達が今までして来たレベルではありません。神弓さんの防空能力の根幹は複数の電探と、イージスシステムと言われる高性能な高射装置で弾道を予想しているそうです。性能は、飛行する艦載機を初弾で撃墜が可能です。」
山城 「えっ!初弾で撃墜っ?!」
山城はあり得ないといった顔をする。
常識では、対空砲火は敵機の予測先に弾幕を張り進路を妨害するもので、撃墜など運が良い時くらいだろう。
それを撃墜はおろか初弾で仕留めるなど、不可能だと思っていた。
大淀 「更に電探も飛翔する砲弾を追尾でき、イージスシステムと合わさる事で、その砲や砲身の癖、機械の誤差もほぼ完璧にわかるそうです。」
大淀の説明を他の皆は、何も言わないで呆けて聞く。
その様子に、同じような反応を経験をした大淀は内心同情する。
如月 「───新聞に書いてあった話って、本当なのね・・・」
大淀 「では、次に行きますよ。」
全員はそのまま堤防を進み、ずっと鳴り響いていた砲声の正体が見えてくる。
海上には長門、陸奥、大和、武蔵が単縦陣で砲撃しながら航行していた。
その砲口は、ここからギリギリ見える距離を移動する雨風に全門照準されている。
武蔵 「よし!装填完了だ。」
長門 「うむ、撃てぇ!!」
長門の合図と共に46cm砲、41cm砲がそれぞれ火を噴く。
砲撃後には、耳に砲撃音の余韻が強く残る。
扶桑 「本当に迫力のある砲撃。世界最大の戦艦とビッグ7なだけあるわ。」
放たれた砲弾は雨風の真上から着弾、一つの閃光が瞬く。
ただしその閃光は演習弾のそれとは違った。
山城 「待って、あの光って実弾じゃないのっ!実弾を使うなんて危険よ!」
大淀 「それは私も思ってる事なんですが、本人が実弾を使用してと要請があったもので。」
扶桑 「大丈夫よ、山城。相手はあの噂の戦艦なんでしょう。」
大淀 「雨風さんの防御力は桁外れに秀でています。じゃないと絶対許可なんて出しません。」
山城 「そもそもなんで実弾を使うのよ。演習弾じゃ駄目なの?」
大淀 「いくら実弾に近い演習弾と言え、実弾とは僅かに違います。雨風はそれを嫌がったと考えられますね。あっ、勿論雨風さんには演習弾ですよ。」
山城 「じゃないと私達が沈むわよ・・・・・」
呆れて物言いする気も無くした山城はため息を吐く。
一方大淀は、この演習で雨風に僅かとはいえ被害が出る為、提督が修理資材で頭を抱えていた事実は秘密にした。
そんな所に後ろから呼び掛けられ声がする。
金剛 「Hey!何してるデース?」
如月 「あら~、その声は金剛さん───って、どうしたんですか~!?」
後ろから話しかけられ、最初に振り向いた如月が大きな声を出す。
如月の声を聞いて他の艦娘も後ろを振り向くと、皆が如月と同様に驚愕する。
そこには金剛四姉妹が全員が揃っていたが、四人全員の服の隙間から痣が大量に見え、とても痛々しい状態になっていた。
驚かれる反応をされた金剛は自身の痣を見て、答え難そうに言う。
金剛 「あーこれデスカァ・・・今長門達がやってる演習の傷ネ。」
睦月 「痛くないのかにゃー?」
比叡 「問題ないです!ほらこの通りっ!」
すると比叡が隣にいた榛名の二の腕を思いっきり強く握る。
榛名 「は、はい。榛名は、だ・・大丈夫、です───」
榛名は顔中から脂汗を垂らし、明らかに痛みに堪えた歪んだ笑顔を向けた。
そして大きな溜め息を付いた霧島が比叡に対して拳を握る。
霧島 「比叡姉さま、榛名が痛がっていますので離してください。でないと、私が比叡姉さまの腕を叩きますよ。」
比叡 「ひぇー!それは勘弁してぇぇぇ!」
霧島の言葉に比叡が慌てて榛名から離れ、榛名はほっと一安心する。
よく分からない行動をする妹三人から視線を逸らした金剛は、全身の痣の理由を説明しようとした。
金剛 「それがデスネー、これは───」
ちょうど金剛が説明しようとした時、金剛姉妹は海側を向いていた為、視界の端に砲弾の着弾が目に入る。
砲弾は雨風の僅か後方に越えていき、全て外れた。
その瞬間、金剛姉妹全員が同時に、「あっ」と言いたげな顔になる。
睦月 「どうしたの───」
急な変化に疑問に思った睦月が質問しようと声を出した途端、長門の強烈な叫びに覆い尽くされる。
長門 「うぉぉぉぉ!!全員回避急げぇぇぇぇ!!」
長門、陸奥、大和、武蔵がそれぞれ急いで各自に回避行動を取り始めた。
金剛 「Oh・・・ドンマイですネー。」
僅かに恐怖を含んだ金剛を後目に、雨風から自身を覆い尽くす程の巨大な黒煙が生まれる。
黒煙は砲弾を発砲した時に現れる、つまり───
長門 「来るぞぉぉぉ!」
長門が大声を上げた刹那、扶桑達の今まで見た事のない規模の水柱に艦隊が埋め尽くされ、水柱の中から陸奥の悲鳴が上がる。
陸奥 「痛ったぁぁぁぁい───ッ!!」
数秒して立ち上った水柱が晴れると、右の横腹を手で押さえ中腰になる陸奥が現れた。
陸奥 「あ・・・相変わらず、私は運がないわねぇ。」
陸奥は自身の運のなさを恨めしそう愚痴る中、長門は陸奥に同情の視線送りながら雨風に照準を合わせる。
長門 「悪いが陸奥。私はあれを食らいたくないから撃たせて貰うぞ。」
陸奥 「あっあらぁ?一人だけ生き残ろうなんて、ちょっと卑怯じゃない?」
長門 「これについては卑怯と言われても構わない!私はあれを絶対に受けたくないのだ!撃てぇぇ!!」
長門の指示と同時に砲声が轟く。
陸奥も中腰になりながらも何とか発砲する。
前回の着弾が遠弾だった事から、僅かに主砲の仰角を下げて発砲した弾は雨風より手前に着水し、またもや全弾外れた。
外れたとなると、雨風から再び砲弾の雨が降らされ、再び艦隊は阿鼻叫喚。
山城 「うわぁ、悲惨ね。」
大淀 「扶桑さんと山城さんには、こちらの演習を受けていただきますので、ご理解の事よろしくお願いします。」
扶桑·山城 「不幸だわ・・・・」
大淀から聞いた死刑判決に扶桑姉妹は全身から負のオーラを漂わせる。
そしてこの負のオーラが割りと重い雰囲気に変化した為、そこにいる全員がネガティブモードに突入した扶桑姉妹を何とか数分掛けて落ち着かせ、案内を続けた。
大淀 「最後はこちらです。」
大淀が案内した最後の演習場では、高度3000m付近を三十機ほどの一般的な編隊が一つ飛行しており、その編隊は彗星や流星、戦闘機には紫電改二、零戦五二型とそれなりに豪華な編成だった。
そしてその編隊を海上から見つめる、二航戦と瑞鳳がいる。
大淀 「瑞鳳さーん!」
大淀が海上にいる瑞鳳を呼び立てると、大淀の呼ぶ声に気づいて瑞鳳が傍まで移動する。
瑞鳳 「大淀さんこんにちは。あっ、確か後ろにいるのは例の訓練を受ける人達ですよね?」
大淀 「えぇそうですね。」
瑞鳳と大淀が話している時、扶桑がある事が気になって瑞鳳に話し掛ける。
扶桑 「貴方は確か、ここの秘書艦でしたよね?秘書艦が訓練に参加するなんて珍しいですね。」
瑞鳳 「えっと。それが、貴重な艦載機は私だけしか貸してあげれないと言われて。」
扶桑 「貴重な艦載機?あの試作烈風とかでしょうか?」
瑞鳳 「それは───あっちょ、待っててください!」
突然瑞鳳は慌てて言い淀み、ポケットから良くわからない命令文が羅列した紙を取り出し、しどろもどろになりながら通信を繋ぐ。
瑞鳳 「は、はいっ!えっと・・・こちらオィスピス!武器の使用を許可します!・・・・・えっそうです、攻撃を始めて下さい!・・・・はい、繰り返します。攻撃を始めて下さい!」
瑞鳳があたふたして通信している横で、周りの艦娘は瑞鳳の口にしている単語が理解出来ず、全員が顔を合わせる。
そして通信が終わったみたいで、安心感から瑞鳳が一息ついて上空の編隊に見つめた。
金剛 「瑞鳳、ちょっとイイネ?さっきのcommunication([通信)はなんデース?」
瑞鳳 「すいません、少し後でいいですか?多分そろそろのはずだけど・・・」
瑞鳳が金剛に返答しつつ並行して、編隊の周囲に視線を動かし続け何かを探している。
そんな挙動の瑞鳳を見て、疑問に思った全員は同じように上空へ視線を走らせ、比叡が何かを見つけて声を上げた。
比叡 「んっ?あ、あれ!」
比叡は見つけたものに指を向け、周りも比叡の指差す場所を見つめる。
編隊の遥か高高度から、円錐形の雲を纏った何かが急降下しており、編隊へ一直線に進み、編隊と交差した瞬間───編隊中央の流星が突如爆発した。
更に爆発した流星の付近の機体はバランスを崩したり、一番近くにいた別の流星は主翼が折れ墜落する。
下から見ていた瑞鳳達は編隊に何が起こったか分からず混乱している中、前触れもなけ空気が破裂したような大音響が轟く。
その頃、何かは水面近くまで降りたのち急上昇に転じていた。
右下を向けば小さく見える蒼色の森や、ねずみ色の首都。
左下を見れば、遥か先まで見える青い水平線。
そして上を見上げれば、未知なる領域の大天空を写し出すダークブルー。
幻想的な景色を自由に楽しめるそんな場所に存在するのは、一機のハリアーⅡ。
だが残念な事に、この美しい景色もハリアーⅡに搭乗するハリアー妖精にとっては既に見慣れたもので、特に興味を示さない。
そしてそのハリアーⅡは一味違う迷彩をしていた。
尾翼全体が真っ赤に塗られ、それは彼女がエースだと物語っていた。
ハリアー妖精はコックピットのディスプレイに表示されている赤い点を見つめ、通信を繋ぐ。
ハリアー妖精 「オィスピス。こちらスカイドミネーション02。現在高度8000、速度450kt、方位354を飛行中。レーダーコンタクト(目標をレーダーで捉えた)、指示を乞う。」
瑞鳳 「「は、はいっ!えっと・・・こちらオィスピス!武器の使用を許可します!・・・・」」
今回の指揮艦である瑞鳳から武器の使用許可が出たが、その後の指示がないので、ハリアー妖精から再び指示を聞く。
ハリアー妖精 「オィスピス。こちらスカイドミネーション02。それは攻撃をしろと言う事か?」
瑞鳳 「「えっそうです、攻撃を始めて下さい!」」
ハリアー妖精 「オィスピス。もう一度言ってくれ。」
瑞鳳 「「はい、繰り返します。攻撃を始めて下さい!」」
ハリアー妖精 「ウィルコ(了解、実行する)。」
ハリアーⅡは針路を修正して敵編隊のちょうど上空に飛行にする。
ハリアー妖精 「スカイドミネーション02。エンゲージ(交戦)。」
そして敵編隊と上から見てすれ違う瞬間、ハリアー妖精は操縦桿を左に倒し、天と地が反転したら操縦桿を引く。
機体が下向きに動き、降下し始める。
以前ドレッドノートに攻撃した時と似ているが、今回はエンジンスロットルを落とさず急降下を行う。
ジェットエンジンの推進力と重力によって機体は加速し続け、あっという間に音速を超えて機体の周辺に雲のようなものを纏う。
そして編隊に対して後ろ上方から、文字通り音より速く接近。
照準器に豆より小さいのサイズの流星が写った時には、既に機関砲発射ボタンを押していた。
ズドンッ!!
たった一発撃っただけで強烈な衝撃が機体を襲い、機体が大きく振られるが、ハリアー妖精は難なく操縦し敵編隊の隙間から下方に突き抜ける。
そしてハリアーⅡの砲弾を受けた流星は、真っ二つに砕かれ爆発する。
さらに音速を超えた事で、ハリアーⅡが纏っていた衝撃波が周りの機体のバランスを崩し、一番近くにいた別の流星の主翼が衝撃波に耐えきれず折れて墜落する。
ハリアーⅡに搭載されているのは、コックピットの前方に設置された一門の57mm機関砲。
零戦系列の強力な20mm機関砲や、震電の対重爆撃機用の30mm機関砲とは違う。
元は対戦車用の砲弾を発射する57mm砲、それも連続発射の可能な機関砲型。
この57mm機関砲の威力は、榴弾ではB29のような四発重爆撃機を粉々に引き裂いて撃墜でき、普段は装填してないが、徹甲弾を用いれば重戦車の天板や巡洋艦の装甲程度、容易に貫通できる。
そんな凶悪な代物を、単発機に当てた結果は火を見るより明らかであろう。
敵編隊の前下方に突き抜けたハリアーⅡの目の前には、水面が急激に迫っていた。
だがハリアー妖精は慌てる事なく操縦桿を思いっきり引き、機首を引き上げる。
機首が急激に持ち上がり、機体やハリアー妖精に桁外れのGが掛かるが、ハリアー妖精はとっくに手慣れたように操縦を続け、最終的に機首が水平より上になったのは水面から僅か高度87mだった。
その後機首は上がり続けて、急上昇を開始。
今度はそのまま操縦桿を引き続け、大きなループを描き、再び降下、敵編隊を攻撃する。
編隊は何が起きたかは分からず混乱していたが、二度目の攻撃で敵からの攻撃だと気付く。
零戦五二妖精1 「一瞬だけ見えたよー!機種はハリアーⅡ、尾翼が赤!」
零戦五二妖精6 「みんなー、散開ぃー!」
護衛戦闘機隊がハリアーⅡから攻撃隊を守る為、散開して対応するが───
紫電改二妖精2 「速すぎて追いつけないよ~!」
零戦五二妖精4 「紫電改二で追いつけないのに、零戦で追いつける訳ないじゃん!」
零戦五二妖精5 「あーあ·・・・どんどん攻撃隊が墜ちていく。」
零式艦上戦闘機五二型の最高速度が約560km/h、紫電改の派生である紫電改二の最高速度ですら約660km/hしか出ない。
それに対してジェットエンジンを搭載、魔改造されたAV-8BJハリアーⅡは最高で1800km/h程と、とてもじゃないが勝負にならない。
一撃離脱戦法を取られ、一方的に攻撃隊の数が減っていく。
もちろん攻撃隊も只でやられる訳にはいかないので、後部機銃で応戦しようとするものの、まずハリアーⅡを狙う前に視認するのが厳しい。
もし見つけたとしても、認識した時には既に上方もしくは下方に突き抜けられている。
そうこうしている間に攻撃隊はどんどん撃墜され、全滅してしまった。
ハリアー妖精 「オィスピス。こちらスカイドミネーション02。フェイズⅡに移行する。」
瑞鳳 「・・・・・」
ハリアー妖精 「オィスピス?こちらスカイドミネーション02。聞こえているか?」
瑞鳳 「あっ、ちゃんと聞こえています!了解です!」
瑞鳳からの返答も帰ってきて、ハリアー妖精はエンジンスロットルを下げエアブレーキを展開する。
フェイズⅡとはこの演習に限り、敵攻撃隊を全滅させたら戦闘機隊とドックファイトを行うものだ。
その際、ハリアーⅡは時速600km以上出していけないという制限が掛かる。
じゃないと戦いにならないからだ。
そしてこのハリアーⅡ、実は空戦においてある弱点が存在する。
それはハリアーⅡの持つ立派な57mm機関砲だ。
強烈な反動でバランスを崩しやすかったり、発射速度が異常に遅かったりするが、何より総弾数が大口径故に四十発しかない。
そのせいで、ハリアーⅡの継戦能力はあまり高くないのだ。
今敵で残っているのは零戦五二型四機、紫電改二が五機。
残り弾数は二十四発。
一般的な妖精であれば難しいだろうが、ハリアー妖精にしてみれば十分可能な範囲。
速度を600km/h以下にしたら、後方からエンジンを全速で二機の紫電改二が迫ってくる。
速度が弱まったお陰で、レシプロ機でも十分追い付く速度になったからだ。
ハリアー妖精は冷静に機体を操作し敵機との距離がある程度縮まると、90度の垂直上昇を始め、二機の紫電改二は機関砲を発砲しながらハリアーⅡに追従する。
しかし紫電改二の弾は、ロールによる捻りを加えたハリアーIIには掠りもせず空を切り命中しなかった。
それに上昇開始直後は紫電改二の方が速かったが、昇るにつれてハリアーⅡの上昇力に負けていく。
ハリアーⅡは最高速度こそ制限されたが、上昇力はそのままなので、時速600kmを維持したまま急上昇が可能だ。
それでは出力で負けている紫電改二に勝ち目はない。
二機の紫電改二は速度を失い、失速する。
それを確認したハリアー妖精は、急旋回で紫電改二の後方を捉え、機関砲をそれぞれ一発ずつ撃ち込み撃墜した。
そして二機撃墜はした途端、先ほど撃墜した紫電改二の仇とばかりに零戦が突っ込んで来る。
零戦を相手にハリアーⅡは速度を落とし、お互いに並行に飛行しつつ蛇行しながら急旋回をして、敵を前に出させるシザーズと言うマニューバを繰り出すが、零戦は前に出るどころかハリアーⅡの後方に少しづつ陣取っていく。
いくらハリアーⅡとはいえ、戦闘状態ではジェット機故に旋回性能や耐失速能力はレシプロ機には勝てない。
更に相手はレシプロ単発機の中で、旋回性能や軽量化等で最強の格闘戦性能を誇る零式艦上戦闘機。
この戦いが不利だと即座に悟ったハリアー妖精は、シザーズを止め、零戦がハリアーⅡの真後ろに付いて照準を合わせた瞬間を狙い、機首を上げてクルンと高度を変えないまま一回転、零戦の後方を取る。
一方零戦に乗っている妖精は、突如ハリアーⅡが視界から消えたように見え、慌てて周りを見渡し捜索する。
しかし零戦の後方から初速837m/sの57mm榴弾が宅配される。
零戦の背後を取ったこの技だが、クルビットという高等技術である。
クルビットはコブラの派生技の一つで、水平飛行中に進行方向と高度を変えずに機体姿勢を急激にピッチアップして、後方に一回転させ水平姿勢に戻る機動を言う。
しかしクルビットはおろか一回転させないコブラでさえ、推力偏向ノズルか耐失速能力の高い一部の機体しか出来ない。
そんな技をどうやってハリアーⅡが行ったかと言われると、垂直離着陸用のノズルの推力とタイミングを調整して行ったのだ。
これはたとえ、数々のベテランや世界中のエースでも不可能だろう。
何故ハリアー妖精がそれを出来るかと言われるなら、神弓が艦だった頃、最初の出港から搭乗していた三人のパイロットが居た。
そのパイロット達は何度も機種変更をする際、慣熟訓練をする暇もなく一発本番で戦場に向かい、その状態で戦場は常に圧倒的数的不利の空戦が巻き起こる。
戦力差が二倍程度なら運がいい。
場合によっては数十~数百倍もの敵機と同時に交戦をせざる終えず。
極めつけは、超兵器や護衛艦隊からの空を覆い尽くす程の濃密な対空砲火を突破して、攻撃を行う離れ業をする事も。
それによってあまりに過酷な戦場で戦死者が生まれた中、ただ一人生き残り、ファンブルヴィンテルの最後の戦いに参加した唯一のパイロット。
それが今のハリアー妖精である。
ハリアー妖精は戦場で数々の功績を残し、敵からは「奴を現れたら、俺たちはもう二度と朝日を見る事は無いだろう」と漏らすベテランの戦闘機パイロットや、「赤い尾翼のハリアーⅡを見かけたら、この空母は無駄にでかい棺。艦載機は射的の的だな」と言う海軍上官まで現れる始末。
世界中から最強のパイロットとして名を馳せたが、その周囲では撃墜しパイロットの命を奪い差っていく様から、いつの日かタナトスと呼ばれるようになり、敵からは忌避されるようになった。
余談だが、ハリアーⅡの尾翼の赤い塗装は今まで死んでいったパイロット達を表している。
敵が一機墜ちる毎に一滴の赤色のペンキを垂らす。
それが今では水平尾翼や垂直尾翼の全体、周辺が赤で染まっている。
それはハリアー妖精が撃墜して流された血であり、散らされた命でもある。
その後の演習も、零戦や紫電改二が果敢に仕掛けるが、様々なマニューバを駆使し撃墜していく。
瑞鳳達 「・・・・・」
瑞鳳達は何も言葉を発さず、空の様子に釘付けになっていた。
数的有利のはずの護衛戦闘機隊が、確実に一機づつ撃墜されていく光景にただただ呆然するしかない。
コブラをしながら離着陸用ノズルを全力噴射、強引に速度を落として紫電改二の後ろ取る。
クルビットで回転し、後ろを向いて零戦と真正面になった瞬間、機関砲は発射。零戦は正面から57mmの榴弾を受け、エンジンもろとも機体が粉砕した。
離着陸用のノズルを使い、異次元的な動きをするハリアーⅡの動きに、唯一変わらないものがあるとするなら・・・それは敵との戦い方がどこも完璧で、それでいて手慣れている事。
そして一発撃つ毎に確実に撃墜が生まれる事だけだろう。
この空戦はもはや戦いではない、抵抗する暇も与えられず、力無い者がひたすら喰われる───ただの蹂躙だ。