鋼鉄の少女達は世界にどう接する?   作:弓風

28 / 32
 (゜ロ゜)大変遅くなりましたぁー!  
 こんな何ヵ月も放置してしまって本当に申し訳ないです。(_ _)  
 相変わらず安定しない不定期ですが宜しくお願いします。( ・ω・)


25:雨風の休日

 横須賀鎮守府の戦艦尞の一部屋で、雨風はベッドの中でムクッと眠そうに起き上がる。

 腕を上げ体を伸ばしたらベッドから出て、欠伸しつつ制服を着用する。

 雨風は服を着替えながら窓の外を見渡す。

 外は既に太陽が昇り、日光がコンクリートの地面を明るく照らしていた。

 これはどう考えても、六時の集合時間をとっくに過ぎているだろう。

 しかし雨風は何一つ慌てず、ゆっくりと準備を続けた。

 それもそのはず。

 雨風が一切慌てない理由は、今日は雨風にとって実質始めての休暇だからだ。

 北方方面作戦後の休暇はコマンドスキー島、キスカ島の調査で潰れ、帰路に着いた時にはドレッドノートの事後処理や、強化演習の教官役でそれも丸ごと無くなってしまった。

 更に残念な事に、超兵器はいつ何処に現れるか分からない。

 海軍としては、少しでも艦娘の練度を上げて超兵器に対抗したい思惑もあり、休暇は中々用意出来なかった。

 そこで提督や瑞鳳が強化演習のスケジュール調整で精一杯何とか捻り出した一日を、休暇として用意した。

 なお相方の神弓はと言うと、先程も言った通り現状は戦力強化が最優先。

 しかし演習は雨風か神弓が居ないと行えないので、運悪く神弓の休暇はまた後日へ。

 一通り準備を終えた雨風は部屋を後にし、朝食を取る為に食堂へと向かう。

 今時間帯の食堂はいつもの騒がしさが全く無いどころか、そもそも訓練や任務で食事をしている人が誰も居ない。

 まぁ、静かな空間は雨風にとって逆に有難い事だったりする。

 

間宮 「あら、おはようございます雨風さん。」

雨風 「おはよう。」

 

 カウンターの奥で食器を洗っている間宮が、足音で雨風に気付き挨拶をして来たので、雨風の挨拶を返す。

 

間宮 「朝食を用意しますね。」

 

 カウンターで間宮から料理を受け取り端の席で食事していると、出入口から四人の駆逐艦達が食堂に入って来る。

 雨風が食事をしながらその四人に視線を向ける。

 食堂に入ってきたのは暁、響、雷、電の第六駆逐隊だ。

 その四人は一目散にカウンターへ歩き、間宮に聞いた。

 

暁 「間宮さん!まだジュース残ってる?」

間宮 「まだ残っていますよ。」

暁 「残ってて良かったわ!じゃあジュース四人分ください!」

間宮 「えぇ、分かりました。」

 

 間宮がジュースを用意している間、四人は楽しそうに固まってお喋りをしている。

 その時雷が視線の右端に写った人影が気になり、そちらの方向を見渡して、食事中の雨風を発見して声を出した。

 

雷 「雨風さんだわっ!」

 

 雷は雨風へ真っ先に駆け出し手の届く傍まで近づいた途端、しゃかんで頭を低くする。

 

雷 「雨風さん、頭撫でてぇ~!」

電 「あっ、雷だけなんてズルイのです!電もして貰いたいのです!!」

 

 電も雷に負けじと急いで移動し、同じく雨風に撫でて欲しいとせがむ。

 食事中だった雨風は箸を置き、両手で同時に雷と電の頭を優しく触った。

 二人は心底嬉しそうに頭を揺らし、幸福感に包まれる。

 一方カウンター付近に残っていた暁と響が、両手にジュースの入ったコップを持って来る。

 

響 「後で私も撫でてくれるかい?」

暁 「フンッ!頭を撫でる貰えるだけで喜ぶなんて、雷と電は子供ね。」

響 「それだったら、私が暁の分まで触って貰おうかな?」

暁 「えっちょ響!それは駄目よ!!」

 

 暁は慌てて響の発言を拒否し、頬を膨らませて睨みつけた。

 響と暁の一連の流れに雨風は軽く狼狽する。

 

雨風 「えっと、ちゃんと順番でする。」

 

 雨風の周りで微笑えましく騒ぐ第六駆逐隊を遠くから見守る間宮は、自然と無意識に笑顔が浮かぶ。

 

間宮 「いつも人気ですね、雨風さんは。」

 

 間宮は小さく聞こえない音量で呟く。

 雨風がここまで人気なのには理由がある。

 それは強さへの憧れも含まれるがそれだけではない、ただ単純に体格が小柄、それだけだ。

 雨風は無数の成果を挙げている、しかしそれは他の戦艦や空母、巡洋艦も一緒である。

 だが比較的幼い駆逐艦達はそんな人物に憧れを抱く事はあっても、天龍等の例外を除いてあまり自ら近づかない。

 軽巡洋艦は水雷戦隊のリーダーや教官をよく務める為、駆逐艦達は厳しい訓練が原因で恐れを抱く者が多い。

 一方戦艦や空母は、純粋に体格や容姿の違いで駆逐艦達からは話し掛けづらい。

 纏う雰囲気や緊張感がかなり違うだけあって、話し掛けて迷惑にならないか?勇気が出ないといった事が足枷になっている。

 無論駆逐艦達も優しい人物だとは分かっているのだが、どうしても後ろめたくなってしまう。

 そんな状況で、戦艦でありながら体格が小さく容姿の近い雨風は、駆逐艦達から見ても比較的声を掛けやすく、表情が乏しいのも逆に地雷を踏み抜く恐怖が薄れる方向に働いた。

 それに駆逐艦は同型艦が多く、一人仲良くなれば後はねずみ算に増えていく。

 雨風の場合、戦艦や重巡洋艦の方が苦手意識を持つ事になるだろう。

 まぁそれも、射撃訓練がほぼ全ての要因だったりするが。

 

響 「ところで聞くけど、今の時間に食堂に居るという事は、もしかして今日は休暇かい?」

雨風 「そう。」

 

 雨風は相変わらず両手で雷と電を撫でながら響の質問に頷き答えた。

 雨風の言葉を聞いて、撫でられていた雷が何かを思いつき顔を上げる。

 

雷 「そうだわ!雨風さんも連れて行きましょう!」

電 「はわわ、それは良い考えなのですっ!」

 

 提案を出した雷に同調して電も賛成し、響と暁も追加で賛同した。

 しかし雨風にとっては何の事やら不明な会話に困惑する。

 

雨風 「行くって、何処?」

暁 「そんなのお買い物に決まっているじゃない。この位レディの常識よ。」

響 「それで、どうするだい?」

 

 今日は特に雨風には予定も無く、別段拒否する理由もないので買い物に行く事に決定した。

 まぁ決める以前に、来ると期待してキラキラと目を輝せる四人を前に、雨風に行かない選択は用意されていなかった。

 雨風が食事を終えて直ぐ、雷と電に手を捕まれ引っ張られながら第六駆逐隊の部屋に連れて行かれた。

 

暁 「この位でどうかしら?」

雷 「うん、これで良いと思うわ!」

 

 二人が意気揚々と見る先には、シンプルな白のワンピースを身に纏った雨風がそこに居た。

 

雷 「サイズが合うか気になったけど、意外と何とかなるわね!」

 

 雨風は自分の状態を確認して、張り切る二人に一言伝える。

 

雨風 「いつもの服じゃ、駄目?」

暁 「当たり前よ!レディとして、身だしなみはちゃんとしないと!」

 

 制服から私服に着替えながら持論話す暁。

 そして全員が着替え終わり、外出届を出す為に受付の大淀の元へ移動する。

 雷が受付口の窓を軽く叩き、音に気付いた大淀が窓を開け顔を出す。

 

大淀 「第六駆逐隊の皆様と、雨風さんも一緒に外出ですか?」

雨風 「そう。」 

大淀 「では申請をしておきますね。あと雨風さんにはこれを渡しておきます。」

 

 書類を書く大淀から手渡されたのは、二枚のカード。

 一枚は横須賀鎮守府の艦娘を証明する証明証で、次が支払い用のカードであった、何かを購入した際にこれで会計を行う。

 最初は艦だった艦娘と言えど、今は基本的な兵士と一緒。

 プライベートの充実が直接士気に関わるので、ある程度の金額が各自支給されている。

 

大淀 「申請は終わらせました。五時までには帰って来て下さいね。」

 

 門限までに帰って来る事と伝えて、大淀は手を振って五人を見送る。

 鎮守府の正門を抜け、いざ外に出たワクワクして声を張り上げた。

 

暁 「よーし、お買い物へ───いざ、抜錨よっ!」

響·雷·電 「おぉーー!!」

雨風 「お、おー・・・?」

 

 暁の言葉を皮切りに三人が声と一緒に片手を挙げ、雨風も若干翻弄されつつも高く手を伸ばし、雨風初の外出が始まった。

 鎮守府から出てからまだ街中を十分程度しか歩いてない中、雨風の視界に写る始めての景色は新鮮な感覚であった。

 大きなビルが立ち並び、多数の車が道路を走り、色とりどりに並ぶ無数の看板等々。

 雨風はコンビニやスーパーとかのお店の説明を受けたり、それ以外にもどんな建物か、どんなお店かを一つ一つ第六駆逐隊の面々も楽しそうに話してくれる。

 今まで雨風の知っている建物の大半は軍事施設であり、その殆どが攻撃対象だ。

 しかし目の前に広がる街とは、民間の建物やいろんな物に溢れた世界だと、雨風は初めてそう認識した。

 街中を散策中にある一軒のコンビニが、雨風の視界に入る。

 

雨風 「あの店、何?」

 

 雨風の指差したのは、途中で幾つか通り過ぎた○ーソンと教わったコンビニだった。

 しかしそのコンビニは他のと違い、看板に明らかに見覚えのある二頭身のキャラクターが描かれていた。

 

響 「あれは私達が経営するコンビニだね。正確に言うなら、市民と艦娘の交流を狙ったものだよ。」

電 「わざわさ電達の為にお店を用意してくれたのです!電も時々手伝いに行くのです!」

雷 「丁度良いわ、ちょっと寄ってみない?」

暁 「雷の言う通りね。行きましょ!」

 

 五人は意気揚々とコンビニに入ろうと近づいた時───

 

響 「あっ・・・逃げるよ。」

 

 響が何かを察し、一言言ってから障害物の裏に隠れコンビニを覗き見る。

 暁達はいきなり逃げる響に訳が分からず、取り敢えず響を追いかけて話を聞く。

 

雷 「響、どうしたのよ?」

響 「コンビニの中を見て。」

雷 「中?」

 

 響以外全員がコンビニの店内を捜索し、響の逃げる理由になりそうなものを探す。

 

雷 「あぁ、納得したわ。赤城さんよ。」

 

 雷が赤城の名前を出した瞬間、暁と電があちゃーと察した顔をする。

 五人の中で雨風一人だけ理解出来ずに質問し、雷が答えた。

 

雨風 「赤城が、何?」

雷 「えーと、それはねぇ・・・見てたら分かるわ。」

 

 困った感じの雷にそう言われ、雨風はコンビニに視線を移動させた。

 コンビニの中に居る赤城は店内を軽く確認し終えたら、ガムを一つ手に取りレジへ行く。

 そしてレジにガムを置き、懐から一万円札を取り出し宣言するかのようにハッキリ言い切った。

 

赤城 「お釣りは全部一円玉(アルミニウム)で!」

 

 その瞬間、赤城のレジ係をした鹿島の笑顔が凍りつき、赤城に指差し声を張り上げる。

 

鹿島 「憲兵さんこいつです!!」

 

 鹿島が名前を出した刹那、赤城の後ろに一人の人物が現れた。

 その者は草色をした制服と帽子を身に纏い、顔を隠す頭巾には憲兵の二文字が書かれている。

 そして赤城に対して、オジキをしてアイサツをした。

 

ケンペイ 「ドーモ、アカギ=サン。ケンペイです。」

 

 アカギはゆっくり後ろを振り返り、同じくアイサツをする。

 

赤城 「ドーモ、ケンペイ=サン。アカギです。」

 

 初めて見た者にはこの光景は異質に感じるだろう。

 しかしアイサツを疎かにはしてはイケナイ、古事記にもそう書かれている。

 カシマに呼び出されたケンペイは、アカギに目線を合わせため息をつく。

 

ケンペイ 「またキサマか。何回事を起こす気だ?」 

アカギ 「ボーキサイトを手にいれる為なら何度でします。それに、前のワタシとは違いますよ。」

ケンペイ 「そうか。アカギ=サン、キサマを貨幣損傷等取締法違反でタイホする!」

 

 ケンペイは一度目を瞑り見開いて赤城に向かってセンゲンした。

 

アカギ 「戦いは、先制攻撃が勝敗を決めます!イヤァアアア!!」

 

 先手でアカギが全力の強烈な蹴りをケンペイに放ち、ケンペイはそのシュンカン後方の棚に蹴り飛ばされ、棚を越えて壁にめり込む。

 更に衝撃を受けた壁が崩落し、天井のコンクリートに埋もれ押し潰される。

 セイキクウボという巨大な軍用の大型戦闘艦だったアカギの攻撃は、破滅的な威力を誇る。

 アワレ、憲兵はナムサン・・・・・

 ───その時だった!

 崩れたコンクリートの山から人影が飛び出し、それはアカギを見据えた。

 

ケンペイ 「この程度か、アカギ=サン。」

 

 そう、ケンペイだ。

 憲兵は赤城の蹴りを受け、ナムサン寸前で留まっていた───否、ケンペイは全身無傷である。

 

アカギ 「これでも駄目ですか。これならどうです、イヤーッ!」

 

 アカギは足元に転がるデンチをケンペイに向け全力投擲。

 先程の蹴りと同一で、アカギのキュー・ドーによって頭部を精密に狙らい高速で飛翔するデンチは、そこらの石ツブテとは格が違うのだ。

 

ケンペイ 「ふん!」

 

 飛んで来たデンチを、ケンペイが首を傾けて回避する。

 ケンペイが避けたデンチは、後方のコンクリート壁を粉砕。

 

赤城 「イヤー!イヤー!ザッケンナコラー!!」

 

 アカギは次々ケンペイに対し投擲する、しかしその全て回避されている。

 それもその筈、ケンペイにとって、この程度の攻撃止まっているも同義。

 投擲物が当たらねば、アカギのキュウ・ドーは意味がない。

 

ケンペイ 「そろそろ終わりにするぞ。」

 

 アカギが無意識的に瞬きをして再び視界が復活した時、壁の前に居たケンペイの姿がソウシツした。

 ───否、ケンペイは既にアカギの目の前で、自慢のリクグン·カラテの構えを取っている。

 

ケンペイ 「ハイクを詠め、アカギ=サン。イヤァァアアアッ!!」

 

 ケンペイが高速で振り上げたコブシはアカギの腹部に命中し、衝撃で垂直上昇、天井に激突。

 その後重力により落下し地面に叩きつけられる。

 アワレアカギは攻撃を受けた衝撃で口から泡を吹き失禁し気絶、下半身から液体の流れる音が響く。

 アカギを倒したケンペイは、まるでそれらは日常であるかのように無感情な目で見下ろし、アカギを肩に担ぎ上げる。

 そしていつの間にか退避していたカシマに、ケンペイはシャザイした。

 

ケンペイ 「済まない、迷惑を掛けた。」

 

 ケンペイはそう言い残し、アカギを連れて圧倒的なジャンプ力で姿を消した。

 先程まで戦いの音が轟いていたコンビニは、今はそよ風程度しか聞こえない。

 そんな中、鹿島は自分は運がないと諦めて、大破したコンビニの掃除を開始する。

 そして今の戦いを見学していた雷は、困惑しつつ述べた。

 

雷 「うーんこれは、司令官と鳳翔さんの説教四時間+コース確定じゃない。」

電 「ちゃんと反省してもらわないと困るのです!仕方ないのです!」 

暁 「暫くあのお店に行けないわね。うんと、移動しよっか。」

 

 五人はコンビニをさっさと諦め、早々と退散。

 次に向かったのは街の大通り。

 飲食店や服屋、ドラッグストアに移動販売が時々設置されており、それらの店の商品を求めて多数の人々が訪れる。

 人混みを移動中に雷が暁に対して予め釘を差す。

 

雷 「暁、今日は変な所行かないでよ。」

暁 「何言ってるの、暁はちゃんとしたレディよ。そんな事する訳───はにゃぁぁぁ!!」

響 「濁流に呑み込まれた川魚みたいに暁が人混みに流されてる。」

電 「えっ!迷子になられると困るのです!追い掛けるのです!」

雨風 「えっと・・・ギャグ?」

 

 第六駆逐隊のネタのような一連の行動に、雨風はそんな印象を受けた。

 しかし本人達は至って真面目である、言葉だけ発して放置する響を除いて。

 

電 「はぁ、やっと追い付いたのです・・・あれ?あっ、あのお店でクレープが売っているのです!」

 

 流された暁を回収したすぐ先の所に、偶然にもクレープの屋台を電が発見した。

 電からクレープという単語を聞いた第六駆逐隊は、一直線に店へ駆け出す。

 店の表に出された看板を食いつくよう覗き込み、目を輝かせる。

 看板には鮮やかなクレープの写真が並び、どれもが食欲を刺激される。

 しかし一つの表記に第六駆逐隊全員が顔を歪ませた。

 

暁 「た、高い・・・」

 

 深海悽艦との初期の戦いに比べ、それなりに海域を取り戻して余裕のある現在だが、それでも砂糖等の甘味料は貴重品。

 最近は庶民の届く金額まで落ち込んだものの、気軽に手を出せる金額ではない。

 

雷 「これは無理そうね。」

電 「うぅ、美味しそうなのです。」

 

 電が名残惜しそうに看板を注視する。

 

響 「これは仕方ないよ。次行こう。」

暁 「はぁー。」

 

 四人は肩を落としながら別の所に向け、足を動かす。

 雨風も四人と一緒に付いていく時、チラッと看板に書かれた値段を見て、軽く思考した。

 その後雨風の私服を買いに行き、雷と暁が選んだ服をひたすら着せられるという事態が発生。

 二人は互いに試着した雨風を観察し、これだと思う一品を意見を対立させながらも良い品を探し回る。

 一方雨風については、既にかなり体力と気力を消耗していた。

 何せ何度も何度も試着を繰り返し、結果的に着せ替え人形と化した雨風は気だるそうにする。

 しかも両者共に善意で行うので大変断り辛いというオマケ。

 そこに響が二人が探しに行った隙を突いて、雨風を回収しに来た。

 

響 「ほら早く、元の服着て。」

雨風 「何するの?」

響 「雨風さんが絶対気に入るお店に行くよ。」

 

 響は得意げに伝えて雨風を急かし、雨風が着替え終わって電に伝言を残してから店を後にする。

 その店から三分程度を歩き、薄暗い裏路地に入っていく。

 裏路地には人は一切おらず、そこら中に小さなゴミが散乱していた。

 

雨風 「こんな所?」

響 「いい店は表にはないものさ。聞いた話だとだいぶ古いらしいが・・・ほら、あの正面の。」

 

 雨風は響の後ろ姿から視線を前に移す。

 先を歩く響の言った通り、正面にはボロボロの古い長屋のような建物が立つ。

 とても店には見えない建物のドアを響が開け、中に入る。   

 

雨風 「凄い・・・!」

 

 雨風は店内を足を踏み入れた瞬間、珍しく目を見開き驚愕した。

 店の店内には棚が敷き詰められ、棚一段一段全てを埋めつく量のお酒が置かれていた。

 雨風は艦娘になってからまだ日が浅いので、お酒の種類はあまり詳しくないが、それでも良い物ばかりと分かる。

 

響 「実は私も初めて来たから心配だったよ。だけど結果は見ての通りだね。」

 

 ニヤっと笑う響は棚のお酒を物色し始める。

 

響 「流石裏側の店だ。霧島シリーズがこんなに、それも結構な本数。んっこれは、十四代!十四代もあるじゃないか!」

 

 響は興奮して霧島の奥に隠れていた一本のお酒を取り出し、ラベルを見つめ瞳を輝かせる。

 その時、二人の後ろからかなり年季の入った声が聞こえた。

 

??? 「おぉ・・・お客さんかい?」 

 

 二人は声のした方を向き、その人物が目に入る

 見た目は七、八十歳位のお爺さんだろうか。

 エプロンを身につけ酒屋と書かれた服を着て、二人をまるで孫を見る風な視線で見つめる。

 

店長 「すまん、びっくりさせたかのぉ。儂しゃあここの店長をしとる老いた爺や。ふむぅ?嬢ちゃん、艦娘じゃろ?」

響 「───!その通りだよ。どうやって気付いたんだい?」

 

 初めて会った人物に正体が見破られた事に興味を持った響が問う。

 

店長 「ただの女子がここを知っとる訳ないからのぉ。軽く頭を使えば分かるぞぉ、ほぉッほぉッほぉ!」

 

 店長は面白いそうに笑い声を上げ、二人の顔を観察する。

 

店長 「しかし嬢ちゃん達、中々の美形じゃの。艦娘は別嬪ばかりじゃから先が楽しみじゃな!」

 

 再び面白そうに笑った後、大きく手を広げて言った。

 

店長 「嬢ちゃん達がここに来たのは酒を買いに来たのじゃろ?ここならどんな酒でもある!スコーピオ、リニア、ピスコ、ヤシ酒、ラク、何でも!おっ、そうじゃった。ところで嬢ちゃん達は何を買いに来たんじゃ?」

響 「・・・ウォッカはあるかい?」

 

 店長の質問に、少し考えて響が答えた。

 

店長 「ウォッカ、ウォッカかのぉー。はて?こっちじゃったか?」

 

 移動した店長が棚から取り出したウォッカには、日本語ではない別の言語で書かれている。

 すると響はその言語が読めるか、一人で大興奮して喜ぶ。

 

響 「Хара шоу(素晴らしい)!!しかも本場ロシアのウォッカだね!!」

 

 ウォッカを大事に抱える響が振り返り、雨風の傍まで寄って呟いた。

 

響 「雨風さん、折角こんな凄いお店を教えたんだ。少し位良い思いをしたいんだが、どうかな?」

 

 様子を探る目線を合わせる響に、雨風は小さく頷く。

 

雨風 「わかった。」

響 「Большое спасибо!(本当に感謝するよ)。」

 

 響はニカッと笑う。

 

店長 「酒を買うと荷物で重たかろう。儂しゃあが特別に届けてやったるわ、艦娘だったら鎮守府じゃろ?艦娘の子達のお陰で商売が出来るんじゃ、ついでに安ぅしたる。」

響 「それは本当に?雨風さんの奢───運良くいい思い出来そうだから容赦なく行くよ。」

 

 悪い笑みを浮かべた響は、店長と一緒に酒を良さげな選別して楽しむ。

 およそ十数分経って酒を購入し終え、二人は店の入り口から嬉しそうに店長が見送られつつ店を後にする。

 好物であるお酒に囲まれていた響が機嫌良く、雨風に話しかける。

 

響 「これで今夜は宴確定だね。雨風さんは参加するかい?」

雨風 「当たり前・・・!」

 

 雨風は反射的に答える。

 宴に参加以前に、そもそも酒の支払いをしたのは雨風だ。

 勿論響も、それを分かって冗談を口にしている。

 

響 「フフッ冗談さ。ちゃんと感謝しているよ。さて、戻ろうか。」

雨風 「着替え、嫌。」

 

 雨風はこの後の事を考え、少し憂鬱な雰囲気を全身から出させる。

 間違いなく戻ると、また着せ替えが始まる事に忌避感を覚えるが、残念ながら戻らない訳にもいかなかった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

雷 「色んな服が手に入って良かったわ!」

暁 「むぅ、レディの暁に似合う物はなかったわね。」

 

 不満に語った暁に、響が店の中であった出来事を何気なく指摘した。

 

響 「暁が手に取って固まってた大人の下着、あれは買わなかったのかい?」

暁 「あっあれは、ちょっと暁には早すぎるかなぁ~って・・・・・」

 

 暁は赤く顔を染めて明後日の方向に目線を反らす中、雨風は不意に横を向き発した。

 

雨風 「少し、ここで待ってて。」

 

 雨風の言葉に疑問を持った電が聞く。

 

電 「雨風さん?どうかしたのですか?」

雨風 「すぐ終わる。響、手伝って。」

響 「私?別に構わないが。」

暁 「いいけど、早く帰ってきてね。」

 

 三人を置いて、雨風と響が一緒に歩いていく。

 

響 「それで何の用事だい?」

雨風 「あれ、全員分買う。」

 

 雨風が買うと言った物を見て、響が目を丸める。

 

響 「さっきも見たけど、結構高いよ。お金大丈夫?」

雨風 「計算は得意、全員食べれる。種類は任す。」

響 「そう?なら、また甘えちゃおうかな。」

 

 などと会話をしつつ、ある店の前に着いた。

 それはさっきも見掛けたが、値段が原因で諦めたクレープ屋だった。

 雨風は外出に誘って色々教えてくれた第六駆逐隊に、お礼として何か渡す気だった。

 しかし彼女らが何が好きなのか皆目検討も付かなかった時、第六駆逐隊全員がクレープに興味を示しつつ諦めた事で、雨風はこれだと思い決めた。

 

響 「さてさて。重大な役目を投げられた訳だけど、果たしてどれがいいんだろう?下手に攻めると失敗した時に文句言われそうだし、ここは無難な物の方で行こうかな。」

 

 響がどれにするか選んでいる時に雨風が何気なく周囲を見渡すと、隣の店に飾られていた品物が目に入った。

 

雨風 「あれ、良さそう。」

響 「よし、決まった。雨風さんは?」

雨風 「私はいい。」

響 「えっ?なん・・・うん、分かったよ。」

 

 何か考えがあると察した響が店員に注文を終えて雨風が支払った後、クレープ屋の店員がクレープを作り始める。

 窓から覗けるよう作られた調理場で、響は外からクレープの作る過程を楽しむ。

 

雨風 「すぐ戻る。」

響 「了解だよ。」

 

 そう言い残して雨風は立ち去り、隣の店から数分程で帰ってくる。

 

響 「クレープはこの通り受け取った。それで新しいその袋、何が入っているんだい?」

 

 左手にクレープの入った紙袋を見せつけながら言った。

 

雨風 「お土産?みたいな物、じゃあ行こう。」

響 「この紙袋の中を見て、暁達の驚く顔が目に浮かぶよ。」

 

 クレープの入った紙袋を見て、イタズラを模索する者の顔をして楽しそうな響であった。

 二人が三人の元へ戻ったら、まず最初にプンプンに怒った暁にお出迎えされた。

 

暁 「もぉー、何処に行ってたのよ!」

雷 「まぁまぁ暁、少し落ち着いたら?」

電 「結局、何の用事だったのですか?」

響 「私を含めた皆のプレゼントさ。」

 

 響は紙袋を手渡し、電が喜んで受け取る。

 

電 「プレゼントなんて嬉しいのです!何が入っているのです?」

響 「中を開けてからのお楽しみかな。」

 

 電がワクワクしつつ袋の中身を開けて、中身を理解した途端、電の表情が明るい笑顔に変化した。

 

電 「これ!貰ってもいいのですか!!」

暁 「電、何が入ってるのよ?」

雷 「何々?雷にも見せてぇ~。」

 

 気になり袋を覗いた暁と雷が、唖然としながら響に視線を送る。

 

響 「私じゃないよ。それは雨風さんが買った物だね。」

雨風 「誘ってくれた、お礼。」

暁 「暁達へのお礼なら遠慮なく貰うわよ!どれにしよっかなぁ!」

響 「あっこれ私のだから。」

 

 響がひょいッと袋から一つのクレープを取り出す。

 

電 「電はこれにするのです!」

暁 「えーと・・うーんと、暁はこっち!」

雷 「雷は最後よ。だって、残り物には・・・なんだっけ?まぁいいよね!」

 

 各々が選んだクレープを持った四人は、雨風と視線を交わし合い、雨風が頷いたら同時に言った。

 

第六駆逐隊 「「「いっただきまーす!」」」

 

 四人はまた同時にクレープにかぶりつき、そして恍惚な表情に移り変わる。

 

電 「はわわっ・・・甘くて凄く美味しいのです!」

雷 「見てみて!クリームと、カスタード?そんな事どうでもいいわね、美味しければ何でもよしっ!」

暁 「暁のは苺とブルーベリーね。まさに一人前のレディにはぴったり!」

響 「ふむ。酒の入ったクレープ、思ったより相性は良い。」

 

 四人それぞれがクレープの美味しさや中身を、互いに交換し合う。

 そして和気あいあいとクレープを食べつつ鎮守府に帰宅し、雨風と第六駆逐隊はお互いに感謝を伝えて別れる。

 部屋に帰った雨風は、ベッドに寝っ転がりゴロゴロとゆっくりして休む。

 帰宅してから一時間位だろうか、部屋のドアがコンコンとノックされた。

 雨風はベッドからドアへ移動し、ドアをドアノブを捻ってドアを開ける。

 廊下に居たのは大淀だった。

 

雨風 「何?」

大淀 「先程、雨風さん宛の荷物が大量に来ました。確認をお願い出来ますか?」

雨風 「分かった。」

 

 雨風は大淀と一緒に受付に向かう。

 移動の途中で大淀が荷物の中身を聞く。

 

大淀 「ところで雨風さん。あれだけの量の荷物、何を買ったんですか?」

雨風 「お酒。」

 

 荷物の中身を言われて、雨風がかなりの酒飲みと知っている大淀は概ね納得した。

 

大淀川 「あぁなるほど、納得しました。」

 

 こうして受付に着いた雨風は、部屋の端で何段も山になっている多数の木箱の中身を確認する。

 すると雨風の後ろで大淀が中に入ったお酒を何気なく覗き見る。

 

大淀 「んっ?初めて見ますねこのウイスキー・・・・って、これジャックダニエルじゃないですか!」

 

 箱の表紙に書かれた英語の名前を発見し、大淀は仰天した。

 いきなり驚いた大淀に疑問を抱いた雨風が振り向く。

 

雨風 「・・・凄いの?」

大淀 「かつて世界五大ウイスキーと呼ばれたアメリカンウイスキーの一つ、ジャックダニエルですよ!今は米国とは貿易はおろか殆ど連絡も取れないので、ここにある物を入手するしかない超レア品です!それに匂いの少ない箱を使っていますね。このウイスキーを所持していた方は中々分かっています───ハッ、すいません!いきなり変な事を言ってしまって!」

 

 ジャックダニエルを発見した興奮から我に帰った大淀は、大声を慌てて謝罪する。

 一方の雨風は、ジャックダニエルの箱を取り出し表紙など確認したら、大淀に譲り渡す。

 

雨風 「欲しいなら、あげる。」

大淀 「えっ!?いいんですか?そんな貴重なお酒を・・・」

雨風 「良いよ。」

 

 雨風からの予想外のプレゼントに、大淀が歓喜に満ちた様子で感謝する。

 

大淀 「あ、ありがとうございます!普段はあまり飲まないんですが、久しぶりに楽しめそうです。それしても、他のお酒も全部貴重な品ばっかりですね。こんな立派な物がいっぱい。何処に売ってるんですか?」

雨風 「秘密。」

 

 雨風はまだ街について知識が浅いが、お酒を購入した裏路地の隠れた店は、間違いなく人が集まるのは望んでいないだろう。

 このような店は秘密にしておいた方がいいと、直感的に理解していた。

 

雨風 「そうだ、神弓は?」

大淀 「神弓さんなら、演習で夜には帰ってくると思います。それはともかく、これだけの量を何処に置きますか?」

雨風 「鳳翔のとこ。」

 

 鎮守府に帰投した雨風は、寮に帰る途中に鳳翔の元へ立ち寄り酒の保管場所と管理を頼んだ。

 鳳翔からは一部の酒を融通する事で了承を得ている。

 

大淀 「鳳翔さんなら適任ですね。了解しました、私も運ぶの手伝います。」

雨風 「大丈夫?」

大淀 「えぇ大丈夫ですよ。こんな立派な物を受け取りましたし、これくらい手伝わないといけません。それでもこの恩は返しきれませんが。」

 

 雨風と大淀は大量の木箱を鳳翔の店に搬送し、道中で鳳翔に手伝ってもらいながら全ての搬送を完了させる。

 その後食堂で食事を取り、ドックの風呂にさっぱりして、夜になってから鳳翔の経営する居酒屋に足を運ぶ。

 経営する居酒屋と言うが企業のような感じではなく、食堂とは別に鳳翔の趣味で料理等が食べられる憩いの場になっている。

 

鳳翔 「いらっしゃいませ。あら、雨風さんでしたか。」

 

 居酒屋の女将の鳳翔が雨風を出迎える。

 店内を見渡し最初に普段と違うと雨風が感じたのは客の人数だった。

 気のせいかもしれないが人数が多く感じ、普段来ない艦娘も混じっていた。

 

伊勢 「あっ、来たよ。」

 

 伊勢が気づいて声を上げたら、中の艦娘が全員雨風に視線が集中する。

 そんな中響が席を立って近づき、申し訳なさそうに発言した。

 

響 「大変申し訳ないんだけど、いつの間にかお酒の存在を嗅ぎ付けられちゃってて・・・」

雨風 「なら、皆で飲む?」

響 「いいのかい?と言っても、私が言える立場ではないけど。」

鳳翔 「では、皆さんにご用意しますが宜しいですか?」

雨風 「やって。」

 

 雨風が鳳翔に頼んだ瞬間、歓声がたちどころに上がる。

 そして鳳翔は始めてからこうなると予想していたのか、既に料理を揃えて、テキパキと各机に置いていく。

 すると雨風の後方の扉が開き、提督と瑞鳳が入店してきた。

 

瑞鳳 「こ、こんにちはー!」

提督 「ふぅ、まだ始まってないかな?何とか間に合った?」

 

 提督と瑞鳳が息を少し切らして鳳翔に聞いた。

 

鳳翔 「ちょうど終わった所ですよ。瑞鳳さんと提督、こちらです。雨風さんも。」

 

 三人は空いた席に座り、提督と瑞鳳はどんなお酒か気になって、目の前にあるお酒の瓶を取る。

 

提督 「これは、どっからこんなの手に入れてくるのよ。」

瑞鳳 「ほんと凄いですよ───!」

 

 二人は出てきたお酒の銘柄と品質に唖然する。

 

雨風 「驚いた?」

提督 「その通り最初は驚いたけど、今はただ飲みたい!それだけよ!」

 

 提督はテンションが急上昇してきたのか、店内で意気揚々と宣言した。

 

提督 「折角良い酒があるんだから、今回は特別に食事は私の奢りよぉ!」

皆 「おぉーー!!」

提督 「みんなぁー!酒は持ったかぁ!雨風に感謝してかんぱーい!」

皆 「「「かんぱーいッ!!」」」

 

 それぞれが集まり、酒を楽しみながらつまみを食べる。

 雨風が入る前にも陽気な雰囲気だった店内も、お酒の導入で更に賑やかになる。

 カウンターの中央付近には、瑞鶴が座ってカツオの刺身を食べつつ時折赤ワインを飲む。

 その瑞鶴の隣で蒼龍と会話していた飛龍が、瑞鶴に話し掛けた。

 

飛龍 「瑞鶴って、結構ワイン好きだよね?そう言えば。」

瑞鶴 「うん?私はこの風味が好きなの。だから基本的にはお酒はワインばっかりよ。」

 

 瑞鶴は赤ワインを口にしてから答える。

 

飛龍 「ふーん。じゃあ試しに日本酒とか、どう?」

 

 飛龍は手に持ったおちょこを瑞鶴に渡そうとする。

 

瑞鶴 「日本酒は得意じゃないのよねぇ。」

飛龍 「折角色んな銘柄があるんだし、またには飲んでみたら?」

瑞鶴 「・・・・・少しだけ飲んでみようかな。」

 

 ワインと日本酒を何度も視線を往復させ、瑞鶴が悩みながら漏らした声を聞いて、逃げられないよう飛龍が真っ先に鳳翔を呼んだ。

 

飛龍 「鳳翔さーん!何か飲みやすい日本酒ってある?」

鳳翔 「飲みやすい日本酒ですか?そうですねぇ、これとかどうでしょう。」

 

 鳳翔が棚の日本酒をカウンターに置いたら、別の班から注文がくる。

 

金剛 「鳳翔さん。冷奴と唐揚げが欲しいデス!比叡は他に何かイマスカー?」

比叡 「私、つくね食べたいです!」

鳳翔 「分かりました、すぐ持ってきます。」

 

 急いで台所に戻り、注文された料理を作り始める鳳翔。

 注文を受け取り、作って運ぶを慌ただしく繰り返す鳳翔は、苦痛の顔付きではなくむしろ嬉しそうに作業を行う。

 一方長机の方に視点を移すと、榛名、響、夕張の三人がお酒を片手に談笑する。

 

榛名 「響ちゃんがウォッカが好きなんて、榛名、知りませんでした。」

響 「ウォッカだけじゃなくてウイスキーも好きだよ。でも、ロシア本場のウォッカがあるなら飲むしかない。」

夕張 「にしても、四十度のウォッカをよくそんなにガブガブ飲めるよね。」

 

 ウォッカをラッパ飲みする響に対して苦笑いの夕張。

 やはり酒の席とあって、艦娘同士の普段予想しない組み合わせも確認できる。

 端の方では、大淀と矢矧が雨風の譲ったジャックダニエルを味わいつつ話し合う。

 また別の机では長門がご機嫌な様子で愉快に声を上げる。

 

長門 「ハハッ、たまには仲間と飲むのも楽しいものだな。」

陸奥 「あら、だったら長門もジュースじゃなくてこっちを飲んだら?ここに色んな種類がびっくりする位あるわよ?フフッ───」

長門 「い、いや・・それは勘弁願おう・・・・・」

 

 さっきまでの威勢は何処に行ったのやら、長門は急にしおらしくなる。

 長門のリアクションを分かって言ったイタズラに、陸奥は小悪魔のような笑みを浮かべた。

 長門と陸奥と一緒に居る雨風に、机を移動して来た響が雨風の肩に手を掛ける。

 

響 「雨風さん、ちょっと呑み比べをしないかい?」

雨風 「私と呑み比べ?」

 

 響の言葉に雨風は自分に指を指して聞き返した。

 するとその場面の近くにいた日向が響へ警告を送る。

 

日向 「響、止めておいた方いいぞ。前の歓迎会でこの私を超えられてしまってな。異常な耐性を持ってるようだぞ。」

 

 無謀にも雨風に勝負を挑もうとする響は、日向が言葉で寧ろ戦いの趣に移り変わる。

 

響 「ほぉ~、それは是非とも勝負したいね。」

雨風 「私でいいなら。」

 

 こうして雨風に飲み比べの勝負を誘った響だった。

 しかし最終的な結果は────

 

響 「うぅ、もぉムリィ~・・・グフッ。」

 

 響は片手にコップを持ったまま顔面から机に突っ伏する。

 そしてそのままの体勢で寝始めた。

 最初から勝負の行方を想像していた長門は予想通りの結果に納得していた。

 

長門 「雨風相手に飲み比べでは勝てないだろう。さて、響を部屋まで連れていくか。」

 

 長門が椅子から立ち上がろうとした時、雨風が響をおんぶする。

 

雨風 「私が、行く。」

長門 「おいおい大丈夫か?雨風もかなり飲んでるだろ?」

 

 心配する長門を隣で顔を赤くなった陸奥が雨風の足や立ち姿を観察して言った。

 

陸奥 「長門、別にいいんじゃないかしら?雨風は見た感じ大丈夫だと思うわよ。」

 

 陸奥の言う通り、響を支える雨風はお酒を大量に飲んだにも関わらず普段と変わらない様子であった。

 

長門 「う、うーむ。確かにしっかり支えているし・・・分かった。雨風、響は任せたぞ。」

 

 不安に感じた長門だったが、陸奥に諭され雨風に響を託す。

 

雨風 「了解。」

 

 雨風は一言言って店を後にする。

 響の部屋に移動する途中、時折止まって涼しい海風を浴びつつ進む。

 そして響の部屋前に着くと、響を落とさないよう気を付けながらドアを叩く。

 

暁 「はーい!えーと誰ぇ?あっ雨風さん、何か用事?」

雨風 「響。」

 

 ドアから出てきた暁に見えるよう、軽く傾けて爆睡する響の顔を見せつける。

 響の顔を見た途端、暁の表情が呆れたものへ変化した。

 

暁 「まーた飲んできたのね。雷、手伝って!」

雷 「暁、何~?あーあ、分かったわ。雨風さん、響を届けてくれてありがとう。後は預かるわ。」

 

 響を暁が脇の下から手を通して、雷が足を持って支えて部屋の中に輸送する。

 その間に電は響のベッドを整理する。

 

暁 「うーん、暫く響にはお酒禁止しない?」

雷 「どうせこっそり飲むに決まっているわ。司令官とか鳳翔さんに言った方がいいんじゃない?」

 

 輸送しながら続々と響禁酒令の構築に取り掛かる二人を尻目に、雨風は一言掛ける。

 

雨風 「じゃあ、おやすみ。」

電 「あっ、おやすみなさいなのです!」

 

 雨風は軽く手を振りながら部屋のドアを閉める。

 そして戦艦寮の自分の部屋の前まで歩き、ドアをノック。

 部屋から神弓が出てきて、即座に顔をしかめた。

 

神弓 「雨風お帰り───って、お酒臭ッ!!どれだけ飲んできたの!」

雨風 「結構、いっぱい?」

神弓 「それじゃ分からないって。うんと何だっけ、お酒の後は水だったっけ?とにかく中に入ってほら。」

 

 部屋に入りながら雨風は大きな欠伸をする。

 新しい体験と夜遅くまで飲んだ雨風は今、とにかく眠たかった。

 しかしこのままでは神弓から注意と外出の出来事を長々た聞かれるのは明白だったので、雨風は最終兵器を私服の入った紙袋から取り出した。

 

神弓 「水持ってきたよ。それにしても雨風はお酒を少しは───」

雨風 「んっ。」

 

 神弓から貰った水入りコップを雨風が受け取ってすぐ、神弓に最終兵器を差し出す。

 

神弓 「・・・何これ?」

 

 雨風が差し出したのは、掌サイズの高級そうな小さな箱だった。

 神弓はいきなり箱を差し出されて困惑しつつも、箱を受け取った。

 そして神弓が箱を受け取った瞬間、雨風は静かに一目散へベッドに向かう。

 

雨風 「寝る。」

神弓 「えっ、ちょ雨風!」

 

 雨風は何も言わせず強引に流れで押して、ベッドの入り込み目を瞑る。

 雨風の一連の行動に神弓は注意やら何やらを諦めて、手渡された箱を開ける。

 そしてその時雨風が細目で神弓の見つめ、ほんの僅かだけ薄く口角を上げた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。