艦隊が海域を航行中、神弓が訝しげな顔をすると、ちょうど隣にいた瑞鶴に話しかける。
神弓「あのぉー、瑞鶴さん。さっきからレー···じゃなくて、電探に反応があるのですが····」
瑞鶴「えっどこから?」
神弓「えっと。一時の方向、距離20(海里)。」
瑞鶴「ねぇ大淀、どう思う?」
瑞鶴が旗艦大淀に問い、大淀は顎に手を当て思考する。
20海里をkmに直すと、約37km。
37km先の反応が敵だった場合、もうしばらくしたら敵戦艦の主砲の射程内に入る。
もし艦隊が発見されていた場合、空から砲弾が飛んで来るだろう。
大淀は少し考えた後、反応について詳しく質問する。
大淀「神弓さん、どんな反応ですか?」
神弓「はい。巡洋艦クラス二、あと···なんだろう?駆逐艦級クラスじゃないし、駆逐艦より小さい反応が十です。」
その報告を聞いて、大淀はある艦隊が思い浮かんだ。
大淀「おそらくその編成の艦隊は、合流予定の標的を輸送している艦隊だと思います。しかし一応念の為、偵察を出します。」
大淀はカタパルトから一機の水上機を射出する。
射出した水上機は、大きなエンジン音を出しながら艦隊を離れていく。
雨風「零式水上偵察機、懐かしい·····」
飛んで行った水上機を見ながら呟いた。
その時隣にいた神通が、雨風の呟きが気になり質問する。
神通 「雨風さんって、零式水偵を搭載していたのですか?」
雨風 「艦の頃····今は無い。」
神通 「なら今は何を載せてるのですか?」
雨風 「何も無い。カタパルトも無い。」
神通 「あら、そうなんですか?」
神通は意外そうにする。
長距離の索敵において、航空機による偵察が一番早く遠くまで可能だ。
場合によっては、砲撃戦の弾着観測にも有効だからだ。
神通 「戦艦でカタパルトを搭載してないのは珍しいですね。何でですか?」
雨風 「要らなくなったから。」
神通 「?」
一方その頃、神弓は瑞鶴に若干苛立ちの入った声で叱られていた。
瑞鶴 「神弓、いい?何かあったら、ちゃんと一つ一つ早く報告しなさいよ!」
神弓 「すいません。てっきり皆さん気付いているものと思って、雨風も反応しなかったので·····」
瑞鶴 「····なんでそこで雨風が出てくるのよ?」
神弓 「雨風、気付いてたよね?」
神弓は振り返って雨風に視線を移し、雨風は二人の方に頭を動かし、コクリと頷く。
雨風の反応に、瑞鶴がさっきまでの苛立ちはなんだったのかと思えるほど、呆れた声で話す。
瑞鶴 「はぁ···なんであんたも報告しないよ。」
雨風 「反応は十二だけ···その程度なら問題ない。」
瑞鶴 「そういう問題じゃないでしょう!」
霧島 「まぁまぁ、いったん落ち着いて下さい。それで、偵察はどうなりましたか?」
ヒートアップしている瑞鶴を止めながら、偵察の結果を聞く。
大淀 「ちょっと待って下さい。───来ました。川内と由良の輸送艦隊です。」
瑞鶴 「なら、安心ね。」
反応が味方であった事に艦隊全体の雰囲気が緩くなる。
そこでふと、霧島があることに気づく。
霧島 「そういえば····今気が付いたんですが、お二人はどうやって川内の艦隊を発見したんです?」
雨風 「電探。私は150km、神弓は500km。」
霧島は無意識に首を傾げてしまう。
霧島 「500···?本当ですか?」
500という桁違いの数値に思わず聞き返してしまう。
そんな中、神通だけが納得したように首を縦に振っていた。
神通 「なるほど。だから先程、水上機を積んでいないと言った訳ですね。」
霧島の持つ電探は、精々35kmの探知範囲しか持たない。
しかし半径500kmとは、偵察機に比べるとどうしても見劣りしてしまうが、偵察機は目視で捜索するので見落とす可能性が出てくる上、夜間には飛ばす事は出来ない。
それに比べ、電探はよっぽど低空にいない限り、発見率がかなり高い特徴がある。
そして何よりも、偵察機より電波の方が圧倒的に速いので、すぐに状況を把握することが出来る。
攻撃を把握するのが早ければ早い程、防衛に割ける準備時間も長い。
瑞鶴 「···規格外ね、貴方達。」
神通「本当にお二人の事には慣れて来ました。···というか慣れてはいけないのですが。」
雨風「もう、合流する。」
そんなこんなしている間にも、合流地点に近づく。
合流地点には、二隻の艦娘がロープで繋がった標的を持って待機していた。
艦隊が合流し、川内と由良が挨拶してくる。
川内「こんにちは、初めて会ったよね!川内型軽巡洋艦の川内だよ、夜戦なら任せてね!」
由良「長良型軽巡、四番艦の由良です。どうぞよろしくお願いたします。」
雨風「雨風、よろしく。」
神弓「神弓と言います。今日一日お願いします。」
自己紹介を終えると、大淀が雨風達に対して演習の説明を始める。
大淀「今回は射撃演習のみ行います。お二人には川内達が引っ張る標的を狙って撃って下さい。」
神弓「了解です!」
雨風「わかった。」
大淀「では川内さん。標的を動かしてください。」
川内「ラジャッ!それじゃあ見せて貰うよ!」
川内が標的を引っ張って離れていく。
雨風 「ねぇ大淀、神弓と少し話していい?」
大淀 「別に構いませんよ。」
大淀からOKを貰い、雨風が神弓を引っ張って艦隊から離れる。
そしてある程度離れてから、声が聞こえないように小声て話しかける。
神弓 「どうしたの?」
雨風 「武装、全部使って。」
神弓 「えっ!いいの?」
神弓は目を見開いて驚く。
それは、相手に手の内をすべて晒す事を意味するからだ。
雨風 「もし動かなかったら、まずいから。」
雨風は手の内を晒すリスク負ってでも、この世界で感覚を掴んだ方がいいと判断した。
もし装備に慣れてなかったり、使えない装備が出てくると、まともな戦闘は難しいと思ったからだ。
それに噂に聞く深海悽艦の強さが分からないので、万全な状態にしておきたいのもある。
神弓 「うーん。まぁ、雨風がそう言うなら····そうしようかな?」
神弓も考えたが、面倒になって思考放棄した。
大淀 「そろそろいいですか?」
話をしていると大淀に呼ばれたので、ここでは使える物は使うというスタンスで行くことになった。
川内「準備出来たよー!」
ちょうど戻った時に、川内かは準備完了の報告が届いた。
ここで大淀から演習での注意を受ける。
大淀「いいですか?間違っても、川内さんには当てないで下さいよ。」
雨風「大丈夫。」
神弓「問題ないです。」
二人からの了承を受けて、雨風から開始する。
目標は五つの標的。
雨風「ねぇ大淀、対艦兵装?」
大淀「勿論そうですよ····?」
雨風はコクリと頭を動かすと走りだした。
雨風が走り出す時、神通だけが妙な視線を向けていた。
雨風「《目標、A·B·C·D·Eに設定》《目標A、一番砲塔から三番砲塔、照準》《目標B、四番砲塔から五番砲塔、照準》《各諸元計測開始〈空気抵抗〉〈風向き〉〈温度〉〈湿度〉〈気圧〉───計算完了》《〈偏差、仰角合わせ〉───完了》一番から三番、撃って。」
雨風の艤装から巨大な火焔が噴出した。
至近で落雷が落ちたような大音響が轟くと同時に、発射時の衝撃波で水面が抉り取られたように凹む。
三基九門の61cm砲弾は、目標Aに向かって飛翔する。
着弾の瞬間、目標Aとその周辺を覆い隠す程の巨大な水柱が立ち上がる。
川内「うわぁぁー!」
───川内の悲鳴が聞こえた気がするが、おそらく気のせいだろう。
Aからは命中判定の煙が出てる為····というか衝撃波やその他諸々で粉々に砕かれているため、雨風は目標Bを狙い撃つ。
雨風「四番と五番、撃って。」
再び巨大な火焔が噴出する。
青い柱がBを囲み、崩れる。
Bの姿が露わになった時、煙を吹き出す。
目標A.Bに命中を確認後、目標Cを攻撃する。
雨風「《目標A·Bに命中確認》《目標Cに対し、レールガンを使用》《照準完了》───撃って。」
レールガンのレールがCに向く。
レールからバチバチと放電し、一際大きい光が放たれると───
ギュオン!!
甲高い音が聞こえた瞬間にはCから煙が出始めていた。
雨風「《目標D.Eに荷電粒子砲を使用》《一·二番、目標D》《三·四番、目標Eに照準》───撃って。」
中サイズの連装砲の砲口から謎の光弾が放たれた。
荷電粒子砲四基八門の発射した光弾は半々に別れる。
光弾は榴弾砲を思わせるような曲射で飛んでいき、標的に当たると砲とは違う爆発を起こした。
雨風「《全目標の喪失を確認》───終わった。」
雨風の狙った標的は悲惨な状態になっていた。
二つは粉々、一つは支える柱が折れ、二つは消滅····消滅ってなんだよ。
雨風は演習が終わって艦隊に戻る。
そこには、ほぼ全員が口を半開きしてポカーンとしていた。
その光景に雨風が訝しげにしていると、神弓が話し掛けてくる。
神弓「どうしたの?いつもより弾がバラけているんじゃない?」
雨風「···それは、始めてだった··から。でも、神弓は大丈夫。当たる。」
神弓「ふふっ当たり前だって、私から精度を無くしたら何も残らないよ。私の射撃、見せてあげる!」
神弓は踊り出すかも知れない程、上機嫌で跳ねる。
そこで視界に顔色を悪くした由良の姿が見えた。
神弓 「あれ?由良さん。顔色悪いけど、大丈夫ですか?」
由良「あ···えぇ、大丈夫よ···それじゃあ、行って来る···わ。」
明らかに体調が悪そうな由良が標的を引っ張って行く。
大淀「あー···霧島、川内回収して来て。」
霧島「わかったわ·····」
それを見ながら、大淀は水面に倒れている川内を霧島に引っ張って来るように命令する。
なお、川内は少し離れていたといっても、規格外の破壊力を持つ61cm砲弾の強烈な衝撃波によって、軽く吹き飛び、目を回して水面に倒れていた。
そんな状態の川内を、霧島が艦隊側まで引っ張って来る。
そして由良が指定位置に着くと、神弓の演習が始まった。
神弓「神弓、行きます!」
神弓がいきなり最大戦速で走り出す。
艤装のVLSのハッチが開き、ミサイルが大量の煙を吐きながら垂直に二発打ち上げられる。
霧島「あれがミサイルですか!」
瑞鶴「見てっ!向きを変えてる!」
艦隊の方では、雨風のお陰で観察できる余裕ができてた。
垂直に打ち上げられたミサイルは、ほぼ直角に曲がると、二個の標的に向かい進路をとる。
その間、神弓はミサイル発射後に標的に更に近づいて、127mm速射砲を標的に撃ち込んだ。
発射された砲弾は寸分も狂わず標的の中央に命中。
127mm速射砲には、雨風の61cm砲や荷電粒子砲などの火力は無いが、その代わり精度と発射速度に特化している。
発射速度は分間二十発、三秒に一発のペースで発射でき、目標が軽装甲であれば砲弾で蜂の巣にすることも可能。
この時二つの標的を破壊するなど、127mm速射砲にとってすれば十秒以下で可能だ。
最後に残った標的には、魚雷をお見舞いして破壊する。
神弓は流れるような動作で標的を破壊していく。
大淀「ミサイルも凄いですが、あの主砲の精度と発射速度が異常です。」
その光景を観察している大淀が疑問を漏らす。
瑞鶴「むしろ異常じゃない所ってある?」
神通「やっぱり···見間違えじゃなかったのですね。」
瑞鶴「んっ?神通何か言った?」
神通「いえ···なんでもありません。」
瑞鶴「そう?ならいいけど。」
川内「あ、由良達お帰りー。」
演習を終えた神弓と由良が戻ってくる。
一方川内が神弓の演習中に復活したようだ····早くね?
由良「移動役がこんなにも疲れるのは始めてです···」
由良はパッと見るだけで疲労しているのがわかる。
その一方川内は、まだまだ余裕があるように見える。
川内「あはは、本当にそうだよね!」
大淀「それでは鎮守府に戻りましょう。」
演習も終了したので、艦隊は鎮守府に向け移動を開始する。
戻る途中に瑞鶴が何気なく気になった事を質問する。
瑞鶴「ねぇ二人とも、やっぱり貴方達って速度調整が苦手なの?」
雨風「特にそんな事ない。」
瑞鶴「そんな訳ないでしょ?だって頻繁に速度調整してるし。」
雨風「機関の構造上しかたない。」
瑞鶴「つまり?」
雨風「私達はギア式変速機を使ってるから。説明は·····神弓、任せた。」
説明をまるごと振られた神弓は、やれやれと言った様子で説明し始める。
神弓「はいはいわかりましたよ。まず、大淀さん達の使う機関はボイラーの出力で速度調整を行いますが、私達は機関の都合上それが難しいです。その為代わりに変速機で調整できるギア式が採用されています。」
なるほどと、周りが思う中瑞鶴だけが理解出来てない様子だ。
瑞鶴「つまりどういう事なのよ。」
神弓「車で例えると、アクセル踏みっぱで変速機だけで速度調整している状態って事です。」
瑞鶴 「うーん?····なるほど、納得したわ。」
ちなみに雨風と神弓は最大戦速(Max)、第二戦速(三分の二)、第一戦速(三分の一)、停止、後退の六種の速度調整しか出来ない。
瑞鶴 「不便ね。」
瑞鶴から同情するような視線が向けられる。
神弓 「その代わり壊れにくいですけどね。」
瑞鶴 「あれ?それって艦隊行動とか難しいよね。」
神弓 「確かにその通りです。でも、私達に問題ありません。」
瑞鶴 「どうして?」
神弓の言う内容にいまいち分からないと思っていると、次の神弓の言葉に呆気を取られた。
神弓 「雨風も私も、少なくとも艦隊行動を殆ど行っていません。」
瑞鶴 「えっ!艦隊行動をやってないって、あり得ないでしょ!」
瑞鶴だけではなく、他の艦娘も似た感じに驚きの様子を見せる。
神弓 「それはですね····あっ鎮守府が見えて来ましたよ!大淀さん、どこに行ったらいいですか?」
大淀 「あーえっと、付いてきて下さい。」
神弓 「はい!」
神弓に聞こうとしたが、もうまもなく鎮守府に着くために話を中断せざる終えなかった。