例の如く、なちょすです。
今回と次回は鞠莉ちゃん目線です。
第14話、どうぞ。
「〜〜〜♪」
使用人に声を掛けてキッチンを使わせて貰って、鼻唄を歌いながら料理中。
今日はまた弾の家にお邪魔する日だから、飛びっきりの料理を作らなくちゃ。フライパンで卵が焼ける音が心地良いなんて、ちょっぴり変だけど⋯彼の影響かもね。
あの1件以来、弾と付き合う事になって色んな事をしてきた。楽しい事も、口喧嘩も、映画を見て一緒に泣いたことだって⋯全部私の大切な思い出。
まぁ、ベッドの上だとあんなにがっついてくるのは予想外だったけど⋯///
「ん、そろそろいいかしら。確か砂糖と塩はちゃんと入れたし⋯後は、どうしましょう?」
ふと、部屋にあったレターセットのことを思い出した。
昔は良く果南やダイヤと一緒に交換してたっけ⋯。もう携帯で全部済んでしまうようになっちゃったから忘れてたけど、偶には良いわよね?
「ふふん!マリー特製ベーコンエッグ⋯驚かせてあげるんだから待っててよ、弾♪」
レターセットに書くのは一言。
この意味を弾が知ってるか⋯そもそも読めないわね。弾だし。馬鹿だし。
でも、彼に対してはあんまりストレートに気持ちを言うのは恥ずかしいから、今回は勘弁して欲しいわ。
「これでよし!後は⋯⋯あ、電話。弾からだ♡」
自分でも分かりやすい反応をして携帯を手に取る。お互い掛けることが増えた電話番号。
精一杯からかってやろうと思って、ウキウキしながら私は電話に出た。
「チャオ〜♪どうしたの、弾?」
『⋯⋯⋯。』
「弾?」
『鞠莉⋯今日は、喫茶店に来てくれないか?』
「え?良いけど⋯。」
『ごめん。聞きたい事があるから。それじゃあ頼むよ。』
簡潔に用件だけを伝えられ、電話は一方的に切れた。
弾の様子がおかしい⋯電話越しだって、そんなのずっと一緒に居るんだからすぐに分かる。淡々とした、まるで機械みたいな声。
⋯⋯また、何かあった。
「⋯喫茶店ね。OKよ、弾。」
聞こえるはずのない独り言を呟き、出来立ての料理を持って弾の元へと向かった。
定期船に乗る必要はあるけれど、あのお店は乗り場からそんなに距離が離れていないのが助かる。喫茶店のドアを開けて、もうすっかり聞き慣れてしまった鈴の音に出迎えられる。
入って正面。
私が会いたかった人は、そこに居た。
「遅くなっちゃってごめんね弾!あの定期船もう少し数を増やして欲しいわ⋯。多分果南の方が何倍も早いわね!」
「⋯⋯⋯⋯⋯。」
「だ、弾⋯?どうし⋯たの⋯?」
「⋯なぁ、鞠莉。聞きたい事があるんだ。」
「何?」
「僕もマスターも、この手の事はさっぱり分からない。けどさ⋯鞠莉なら、知ってるんじゃないかって思って。簡潔でいい。これは⋯本物なのか?」
「これ⋯は?」
力無く数枚の紙を見せてくる弾。
「え⋯これ⋯。」
「教えてくれ鞠莉。これが本物なら、僕もマスターも⋯ここを去らなければならない。この土地も、店も⋯全部明け渡さなくちゃならない。」
何かに怯えるように。怒りを必死に堪えるかのように。
彼はそう言った。
明け渡し。
誰かがここを買うと決めてしまったんだ。
弾がこんなになってるのは、多分知らされていなかったから⋯マスターも。
「⋯⋯本物、よ⋯。」
「っ⋯!そうか⋯はははっ、そうかっ!!それは『本物』なんだなっ!!」
「だ、弾⋯?」
「嘘だって思いたかった⋯こんなのは夢だって思いたかった⋯!けどそれは本物なんだろう?なら僕は⋯何の為に⋯!」
「落ち着いてよ弾っ!向こうが一方的に決めたのならまだ話をすれば───」
「話⋯?何を言ってるんだよ鞠莉。」
「
「⋯え?」
いつの間にか、外では雨が降り出していた。弾の言葉の意味も分からず、ただ聞き返すことしか出来なかった。
沢山してきただろう。
彼はそう言った。誰に対して?
私しか居ない。
でも何の話か分からない。だってそれじゃあ⋯。
「なぁ、教えてくれよ鞠莉⋯。いつからだ?いつからこうする事を考えてたんだ?付き合ってからか?料理を教わり始めてからか?それとも⋯あの日、この店で再会した時か??」
「な、何の話をして⋯。」
「どうしてそんなものを送り付けてきたっ!!」
弾から受け取った書類の差出人。
契約者の名前の欄にあったのは⋯⋯『小原 鞠莉』。
これを送りつけ、彼がこうなってしまった原因を作ったのは、他でも無い『私』だった。
「な、何⋯これ⋯。知らないっ!私本当に知らないっ!!」
「⋯⋯ずっと一緒に居た。それは君の字だろう?だから僕はこれを偽物だって信じてた。君が偽物って言ってくれたら、ただの杞憂だったって⋯笑って済ませたさ。でも⋯本物、なんだよね?」
「ち、ちがっ⋯私はっ⋯⋯!」
弾が泣いている。どうしようもなく、全てを諦めたかのように⋯疲れた笑いを見せながら、泣いている⋯。
書いてあるのは、弾の言う通り⋯私の字。
様子がおかしかったのは分かってたはずなのに。
素直に本物と言ってしまった自分が憎い。
「弾⋯お願い⋯信じて⋯!」
「⋯信じて、きたさ。君となら、なんでも出来るって⋯君と一緒にこの店で働けたら楽しいだろうなって、ずっとずっと考えてたさ⋯!けど⋯僕達は、やっぱり違ったんだ⋯。住む世界も、環境も、考え方もっ!!何も⋯かも⋯。」
「っ⋯そんな事⋯。」
「ごめん、鞠莉⋯今日は来てくれてありがとう⋯。でも⋯今は、受け入れられない。何も、誰も、信じられない⋯信じたくない⋯⋯。考えさせて、くれないか⋯?」
「っ⋯。料理、作ったから⋯ここに置いとくわね⋯?」
それだけ口にして、踵を返し店を出る。雨はどんどん勢いを増してきてるけど、傘なんか持ってきてない。
だから走る。誰を頼っていいかも分からない。
1番大切な人が泣いていた。
私を信じてくれていた人が、信じたくないって言った。
彼の言葉をハッキリ否定出来なかった無力な自分が悔しい。
そんな事は無いって、言ってあげれば良かったじゃない。
貴方もこの店も大好きなのに、そんな事する筈ないって、ちゃんと言えばよかったじゃない。
「⋯⋯また⋯守れなかった⋯。」
雨が体を打ちつける。服を湿らせ、体を伝い、私の気持ちもお構い無しに、決まった動きをして地面へと流れていく。
住む世界が違う。
考え方が違う。
何も信じられないと言っていた。
誰も信じたくないと言った。
私が、言わせてしまった。
どこで、間違えちゃったんだろう⋯。
どうして、こうなっちゃったんだろう⋯。
きっともう、彼には⋯⋯『会えない』。
「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい、弾⋯。」
胸を締め付ける痛み。
あぁ⋯忘れてた⋯この感覚⋯⋯。何かを失うって、こんなに痛くて、不安で、苦しくて⋯怖かったんだ⋯。
「弾⋯弾⋯!会い、たいよっ⋯⋯!!」
頬を流れるのは、涙か雨か⋯私にはもう知る術は無い。
人気の少ない道で、声を押し殺して泣き崩れるしか出来ないちっぽけな人間なんだ。
体を流れていく雨が、この痛みも恐怖も、全部流してしまえばいいのに。
降りしきる雨。
見慣れた町。
この町は、灰色だった。
次回、『15.すれ違う心』