なちょすです。
第17話、どうぞ。
豪邸の応接間。こんな所に来る事なんて、僕の人生では経験する事なんか無いと思ってた。
けど僕はここへ来た。来てしまった。
目の前に座っている1人の男性に交渉を持ちかける為に。
思いを託してくれた2人の友人と、大切な人の為に。
「君が、私と話をしたいと言った青年かね?」
「はい。まずは挨拶が遅れてしまいすみません。それから、お忙しい中お時間を割いて頂きありがとうございます小原会長。」
「いや、気にしなくてもいい。君は一体誰だ?」
「小鳥遊 弾と言います。貴方の娘さんに料理を教えていた、あの喫茶店のバイトですよ。それとも⋯一人娘を誑かしていた男、って言った方が良いですかね??」
「⋯はははっ、そうか⋯君が弾君か。鞠莉から話は聞いているよ。随分お気に入りにされているみたいじゃないか。それで?その彼氏君が一体何のようだ?」
「鞠莉の件で話をしに来ました。」
「⋯⋯話すことは何も無い。」
「こっちにはあるんですよ。良いから聞いてください。」
「何⋯?」
普通に考えて、今の僕は話をしに来た人間の態度じゃないと思う。ましてや相手はオハラグループの会長だ。自分の感情だけで交渉したいだなんて、笑い話にも程がある。
けど⋯ここだけは譲れない。絶対譲れない。
「何も鞠莉の話だけじゃないんです。あの店の⋯喫茶店の件です。」
「喫茶店の事かね?あの店は手を引くさ。家の娘が大学を辞めることを条件にな。」
「えぇ、知っています。鞠莉の友人達から聞きました。」
「⋯⋯あの2人か。」
「あの店は、マスターと2人で話し合った結果、僕が正式に継ぐことに決まりました。これはその証明書です。」
「ふむ⋯本物のようだな。」
「本当であれば、これで明け渡しの話を無しにして頂こうと思いましたが⋯杞憂でしたね。さて⋯本題ですが。」
「鞠莉の件か?」
「そうです。」
ここからが本題。
恐らくだけど、今この家には鞠莉が居る。彼女が来る前に、何とか話をつけたい。
この話は自分の口からしたいから。
「鞠莉の件は変えるつもりは無い。それをあの子も受け入れたんだ。」
「僕とあの店を条件にして⋯ですか?」
「⋯⋯⋯。」
「あぁ、大丈夫です。その事に憤りを感じて文句を言う為に来たんじゃありません。いや確かにちょっと怒ってますけど⋯話したい事はそうじゃないんです。」
「なら何だ?」
「鞠莉が大学を辞めること⋯それを無かった事にしてくれませんか。」
「バカを言うな。言っただろう?今更変える気は無いと。」
「理由を、お聞かせ願いますか??この件も友人2人から聞きました。元々鞠莉の将来に影響は無かったんですよね?それにあの2人も同じ大学に行くことが分かっていたから鞠莉の進学を認めたと。」
「あぁ、そうだ。だが⋯君が現れた。君が娘の前に現れ、付き合っているという話を聞いた時⋯どうするか悩んだよ。鞠莉は私の会社を継ぐ話になっている。そこに君が現れ、鞠莉は常に君のそばに居るようになってしまった。これは必要な事なんだよ、弾君。あの子の将来の為に、君と関わらせるわけにはいかない。」
ハッキリと、そう言われる。つまり、父親から見たら僕は邪魔だということだ。鞠莉が将来を無駄にしないためにも、僕との関わりを断つ⋯その必要があると。
あぁ⋯落ち着け弾。体が痒くなるにはまだ早い。けどこれで分かった。
この賭けは、きっと勝てる。
「⋯つまり、僕が邪魔だと。」
「君に恨みはない⋯だが⋯。」
「いえ、ありがとうございます。これでハッキリしました。小原会長⋯鞠莉が大学を続ける為に、僕も考えてきました。」
「何⋯?」
「簡単な話じゃないですか。僕が消えればいい。」
「⋯⋯何を考えている?」
「何も。僕があの大学を辞めれば、鞠莉は僕と関わることは無い。大学に通う事が出来れば、果南やダイヤ⋯鞠莉にとって大切な幼馴染み達がそばに居てくれる。損をすることは無い筈ですよ?僕と出会う前の状態に戻るだけですから。」
「君があの喫茶店で娘と出会わない確証は無い。」
「なら僕に監視でも何でもつけてください。連絡先だって、僕が辞めた後に連絡先を変えるか消してしまえばいい。一切連絡なんか取れないように。」
「⋯⋯⋯⋯。」
「まだ不安な事がありますか?何だったら、果南とダイヤの2人と連絡取ることも辞めましょうか。僕は、貴方の娘さんと完全に関係を断つ。そうすれば⋯全部ケリがつきますよ。」
これが、僕の考えた提案。
最後にもう一度だけ鞠莉を悲しませてしまう、最低の案だ。
けど⋯僕にはこれぐらいしか浮かばなかった。これしか無いと思った。最低だって怒られたっていい。もう二度と会いたくないと思われてもいい。
あの2人にも散々迷惑かけちゃったな⋯。
「理解出来ない。何故だ?何故そこまで犠牲になろうとするんだ?鞠莉も君も⋯。」
「信じてるから⋯じゃ、ちょっとクサイですかね⋯。」
「弾っ!!」
あぁ⋯久しぶりに声を聞いた。久しぶりに君の顔を見た。久しぶりに君に名前を呼ばれた。
ずっと会いたかった⋯でも、ごめんよ。鞠莉。
「僕から話は終わりです。考えて⋯頂けますか?」
「⋯⋯⋯はぁ⋯。君も鞠莉も⋯困ったものだ⋯。君の話通り、監視は付けさせてもらう。それから、あの2人とも連絡を控えるようにしてもらえるか?」
「そのつもりです。」
「なら⋯私の負けだ。」
「ありがとうございます。それから⋯今、少しだけ鞠莉と話をさせて頂けませんか?」
「あぁ、構わん。最後くらいゆっくり話をつけてくれたまえ。」
「重ね重ね、ありがとうございます。それから⋯度重なる無礼、本当に申し訳ありませんでした。」
「大丈夫だ。鞠莉、彼を部屋に案内してあげなさい。」
「え⋯えぇ、分かった⋯。」
全部、終わった。
賭けは⋯僕の勝ちだ。
今すぐ寝てしまいたい⋯でもその前にやらなくちゃいけない事がある。
後は⋯彼女に全てを話すだけだ。
「ここよ⋯。弾、どうして───」
「鞠莉っ!」
彼女の言葉を遮り、僕より1回り小さなその体を抱き締める。
「だ、弾⋯?」
「ごめん鞠莉っ⋯君に酷いことを沢山言った!君を信じてやれなかった!君はただ僕に会いに来てくれただけだったのに⋯料理を持ってきてくれただけだったのに⋯!本当にごめん、鞠莉⋯ずっと、ずっと⋯⋯会いたかったっ⋯!!」
「ぁ⋯なんで⋯今⋯なの?折角、決心したのに⋯!やっと、全部忘れられるって⋯思ってたのに⋯!馬鹿っ!馬鹿、弾っ⋯!!私だって、ずっと会いたかった!!嫌われたんだって、怖かった!!弾!弾っ!!」
ただ、2人で抱きしめ合った。
ただ、2人で泣きあった。
もう叶う事は無いと思ってた。このまま終わってしまうんじゃないかと思ってた。
でも、彼女はここに居る。その体温を体で感じれる。胸を濡らしていく涙が暖かい⋯。
あの時の冷たい涙じゃない⋯暖かいな。
「ねぇ弾⋯。」
「なに?」
「ぶん殴っていい??」
「ダイヤにも殴られたんだ。どんと来なよ、鞠莉。」
「この⋯バカ弾っ!!」
涙を流しながら⋯それでも顔は笑って、盛大にグーパンをかましてくる鞠莉。
やっぱり痛い⋯けど、今はこれでいい。
「あー、スカッとしたわ!!」
「なら⋯良かった⋯。」
「所で、今日はどうしたの?」
「あぁ⋯君に話をしに来たんだ。あ、まずはベーコンエッグありがとう。はい、これ⋯洗ってきたからさ。」
「あら、ごめんなさいわざわざ。どうだった?」
「今までの料理で1番美味しかったよ!たださ⋯また塩と砂糖間違えたろ?」
「へ?う、うそっ!?だってちゃんと確認して⋯無いかも。」
「ははっ、だと思った!だって鞠莉だもんね!」
「何よ!人をいつも間違えるドジっ子みたいに!」
「え、違うの?」
「もう1発ぶん殴るっ!!」
このやり取りも、何だか久し振りだなぁ⋯。だからこそ、言うのがキツいんだ。
また、悲しませる事になるのは目に見えてるから。震える手を握りしめる。
もう、後には戻れない。
「弾?」
「話が⋯ある⋯。大事な、話⋯なんだ。鞠莉───。」
全てを話した。
鞠莉が目を見開き、抱き着いてきて泣き叫んだ。
沢山文句を言われた。馬鹿と言われた。
これも、全部分かっていたつもりだった。
これがハッピーエンドだなんて思わない。
それでも、これしか浮かばなかった。
これが、僕に出来る全部だと思った。
だから⋯こうなる事も知ってたはずなのに⋯。
苦しい。
「⋯⋯鞠莉。」
「っ⋯弾⋯やだ⋯!離れたくないっ⋯!」
「僕だってそうさ⋯けどね。一生の別れなんかじゃない。鞠莉の事は忘れない。だから⋯。」
「んっ⋯。」
彼女の唇にキスをする。
この体温も、感触も、涙も、笑顔も。
全部全部忘れないようにする為に。
「鞠莉も、忘れないで欲しい。僕の事。」
「忘れない⋯忘れるわけ、無い⋯!弾⋯⋯愛してる。」
「あぁ、僕も⋯君を愛してる。さようなら、鞠莉。」
◆
大好きな彼が帰っていった。
これから先、もう会えるか分からない。少なくとも、大学で会うことも喫茶店で会うことも無くなった。連絡も取れない事も聞かせてもらった。
私の為に⋯私が、果南やダイヤと離れないようにする為に、弾は自分が去ることを選んだ⋯まるで、この間の私自身を見ているみたい。
「お嬢様⋯。」
「ん?」
「その⋯これで、良かったんでしょうか⋯こんなの、あんまりじゃないですか⋯。」
「⋯仕方ないのよ。あの人がそう決めたのなら、私はそれを否定するわけにはいかないもの。さ、彼が持ってきてくれた弁当箱をしまっちゃいましょ!にしても調味料間違えるだなんて思わなかっ⋯た⋯。」
「お、お嬢様⋯?どうなされました??」
「手紙⋯。」
弾が持ってきてくれた弁当箱の包みを解くと、一枚の手紙が挟まっていた。
紛れも無い弾の字で⋯。
「⋯私は戻りますので、何かあったらお呼びください。」
「えぇ、ありがとう。」
桜色の便箋を開くと、弾からのメッセージが綴られていた。
彼が本当に言いたかった事。
怖がりな弾が口に出せなかった言葉。
その一文字一文字を目に焼き付ける。
『鞠莉へ。』
『この手紙を読んでる頃には、多分⋯全部を話した後だと思う。こんな形でしか伝えられなくて、本当にごめん。』
『本当は自分の口から沢山伝えたかった。君に言いたい事が山ほどあるのに、それを口に出来ない自分が嫌になるよ。』
『君と喫茶店で出会ってから、色んな事を2人で経験してきたよね。どっちも似たようなタイプだから、すぐに喧嘩しちゃってさ⋯でも、楽しかった。僕は正式にあの店のマスターになる事になったよ。』
『何の為に続けたいか⋯見つけたんだ。マスターには笑われちゃったけどね。』
『鞠莉⋯僕は、君と出会ったあの店を守りたい。自分の力で⋯沢山の人が素敵な出会いをしたり、寛いだり、たわいも無い会話で溢れるような、そんな店にしたいんだ。』
『だから⋯もし君が僕の事を覚えてくれていて、自分のやりたい事をやれるようになったなら⋯また、来て欲しい。』
『あの日、僕達が再会した時のように。』
『何年経っても⋯何十年経っても⋯僕は君を待ち続ける。君の為に、暖かい珈琲入れて待っている。だから⋯その時は、また飛びっきりの笑顔で遊びに来てほしい。』
『それから、僕からの小さな贈り物を一緒に入れておいたよ。正直、一番ちゃんと渡したかったんだけどこんな形でしか渡せなかった。』
『果南とダイヤにも、ゴメンって、伝えておいて欲しいな。あ、ちゃんと3人で仲良くしてくれよ?ダイヤに怒られたけどすっごい怖かった。』
『最後に⋯こんな馬鹿な男を好きになってくれてありがとう。また⋯いつか会える日を願ってる。』
『それまでは、さようならだ。鞠莉お嬢様。』
「本当に⋯ちゃんと言いなさいよ、バカ弾っ⋯!」
手紙を読み終え、そんな言葉だけが口から出てくる。また、泣いてしまいそうだった。
帰ってしまったあの人を追いかけて、また抱きしめたかった。
でも、もうそれは叶わない。
やるべきじゃない。
彼は待ってくれる。あの喫茶店で⋯だったら、私がやらなくちゃいけないことは───
「⋯これ⋯贈り物⋯?」
小さな小箱が1つ。
赤いリボンを紐解き、包みを開けると⋯1枚の紙と一緒に彼からの贈り物が入っていた。
それは、あの人の気持ち。
寂しくて、けどそれ以上に嬉しくて。やっぱり涙を流してしまう。
こんなに泣き虫じゃ、笑われてしまうわね⋯。
「待ってなさい、弾。必ず行くから。絶対、文句も何もかもぶつけてやるから⋯!⋯⋯だから、待ってて。」
小箱の中には、1枚の紙。
『
諦めたりしない。終わりなんかじゃない。始まったんだ。
どれだけ時間がかかっても、必ず会いに行く。
箱の中の贈り物を握りしめ、父親の元へと向かった。
拙い文章、変な表現、好き放題やってきたなちょすの妄想劇にここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
次でこの話は最終話となります。完結した後は、特に続ける予定はございません。お気に入りから外して頂くも自由、読み返して頂くのも自由でございます。
本当にありがとうございました。
次回⋯最終話、『僕と令嬢と喫茶店』。
また、会う日まで。