Il mio chef 〜僕と令嬢と喫茶店〜   作:なちょす

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皆さん、こんにチカ。
なちょすです。

ここに来て投稿が加速します。

わたシェフ第9話、どうぞ。


09.弾

「あれ、小原さんどこか行くのー?」

 

「ええ、ちょっと急用が入っちゃって⋯!」

 

「そっかー。気をつけてねー!」

 

 

同じ講義を受けてる友達に隠し事をして大学を出る。

無意識の内に早足になりながら、さっきまで自分が過ごしてた家へと向かう。弾から一本の電話があった。すぐ切れちゃったけど様子がおかしいのはすぐ分かるわ⋯朝だって、何も言わなかったけどうなされてからずっと顔色が悪かったもの。

 

電話が切れてから、胸騒ぎが止まらない⋯。

 

 

「弾、弾⋯!」

 

 

うわ言のように彼の名前を呟きながら、弾の家へと向かう。最後に言われた『ごめん』。ひょっとしたら、ただ講義に参加出来なくて謝ってるのかって思った。でも、それならいつもの軽口で言うか、メールで済ませるはず。

だけど弾は電話で、口頭でわざわざ伝えてきた。

まるで、『どうしても急がなければいけない』理由があるかのように。

 

 

「⋯嘘⋯弾?弾っ!?返事してっ!!」

 

 

家に着いた時、玄関のドアは空きっぱなしだった。彼がそんな抜けた事をするはずが無い。ましてやこんな大雨の中⋯。靴は無い。それなのに傘はある。なら弾はこの大雨の中、傘も刺さずに外に出たんだ。

雨の音があんなに近かったのは⋯。

 

 

「そ、そうだ!携帯!!電話でもう1回⋯!」

 

『おかけになった電話番号は、電源が切れているか、電波の届かない所に⋯。』

 

「何でっ!!何でよ⋯弾⋯。」

 

 

携帯を持つ手が震えている。考えたくないけど、最悪の事だって⋯。

 

 

「やだ⋯やだよ、弾⋯私、あなたが居ないと⋯。」

 

 

彼が居ない。それだけで私の心がこんなにも脆いものなんだって、知らなかった⋯。いつも彼が言ってた言葉。

 

『長く過ごしてた影響かな?』

 

私も、長く一緒に居すぎたみたい⋯。

でも⋯絶対に探してみせる。そして、めいっぱい怒ってあげるから。

⋯バカ弾。

 

 

ここには居ない主の代わりに、玄関の鍵を閉めて飛び出す。雨がどれだけ体を打ち付けてもいい。走るのを邪魔する傘なんて要らない。

探さなきゃ。

 

 

「弾が行きそうな場所⋯商店街、喫茶店、大学なわけ無いし⋯。」

 

 

走りながら彼の行きそうな場所を探す。

違う。

ここでも無い。

時間が経つにつれて、焦る気持ちばかり募っていく。

 

 

「マスター!」

 

「おや?マリーちゃんじゃないか。そんなにずぶ濡れでどうしたの?」

 

「弾が⋯居なくなったの⋯!」

 

「え⋯?」

 

「ここに来てない!?」

 

「ここには来てないよ?」

 

「それじゃあここ最近誰か訪ねてきたりは⋯?」

 

「ん〜⋯お客さん以外は来てないねぇ⋯。」

 

「分かったわ、ありがと!!」

 

「あ、鞠莉ちゃん⋯行っちゃった⋯。」

 

 

携帯は繋がらない⋯喫茶店にも行ってない⋯。

もう、心当たりなんて⋯。

 

 

「諦めないっ⋯!絶対、諦めない!!」

 

 

弾は嫌になったんだ。元からあの人はお金持ちを嫌っていたから。

 

 

「違うっ!絶対に違うっ!!」

 

 

弾は、私が嫌いだった。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

雨でぬかるんだ道で足を取られる。転んだ拍子にどこかで膝を擦りむいてしまったみたい。

濡れた膝を血が流れていく。

手の平も、土と血が混じって痛みが走る。

 

 

「⋯っ弾!」

 

 

それでも⋯私は止まれない。

もう1度、弾に会いたい。

頭に流れる言葉とか、不安な事とかどうだっていい!!

走るんだ⋯ボロボロで、傷だらけで、行くところだって分からない⋯。

こんなの見られたら、弾に笑われちゃうかもしれない。

 

『泥まみれのお嬢様』って。

 

それでもいい⋯貴方がそうやって笑ってくれるなら、それでも⋯!

 

 

「ここ⋯。」

 

 

1件の建物の前で足が止まる。

どうしてか分からない。

だってここは、私がパパと通ってた『料亭』。

弾との関わりなんて⋯。

 

 

『僕の家は、自営業で料亭を営んでたんだ。』

 

 

彼の言葉を思い出す。このお店、名前はなんて言ったっけ。

確か⋯。

 

 

小鳥遊亭(・・・・)。」

 

 

名前を発するのと同時に、雨音に紛れて何か別の物音が聞こえた気がする。

例えば⋯積み上げられた何かに物がぶつかった音(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

1歩。また1歩と潰れた料亭へと近づいていく。

 

中には人影がある。

 

立ちすくむ1人の男。

 

そして⋯。

 

 

「あ⋯いや⋯⋯嫌、嫌!!そん、なっ⋯⋯!!」

 

 

雨が降り続ける中、立てる気力も無く地面に座り込んでしまう。

だって⋯見てしまったから。

 

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯弾。」

 

 

 

頭から血を流し、ボロボロになって床に倒れている弾の姿が、そこにあったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋山っ!!」

 

 

ずぶ濡れになりながら、指定された場所へと辿り着く。

ここはもう、父さんの夢の場所じゃ無い⋯出来ることなら、2度と来たくなかった。

 

 

「果南、ダイヤ!どこだ!!」

 

 

返事はない。時間には間に合ったはずだ。

秋山の姿も見えない⋯どういう事だ?

店の中をゆっくりと見渡すと、見慣れたカウンターもテーブルも⋯何もかもが資材置き場に無造作に積み上げられていた。

どうしても思い出してしまう⋯あの頃の思い出を⋯。

店内の半分まで行った時、後ろから肩を掴まれた。

 

 

「なっ⋯!?」

 

「こんにちはー、だ〜んくん♪」

 

 

秋山の手にあったのは、恐らくここに纏められていた資材の一つであろう鉄パイプだった。

奴はそれを躊躇なく振りかぶってきた。

 

 

「⋯っ!ぐぁっ⋯!!」

 

「ありゃ、ガードされちゃった。痛かった?」

 

 

咄嗟に頭を守ったけど、左手にもろに食らってしまった。鉄パイプって、結構痛いんだな⋯。

 

 

「相変わらず姑息なやつだな⋯!」

 

「褒め言葉、ありがとう。」

 

「2人を出せ。約束通り、1人で来てやったんだ⋯!」

 

「あぁ、居ないよ?」

 

「は?」

 

「名前も知らない女の子なんだからいるわけないじゃないか。バカかい?君はもう少し人を疑うことを覚えた方がいいよ。」

 

「⋯騙したのか。」

 

「そうでもしなきゃ君が確実に一人で来る確証なんかないからね。」

 

 

良かった。

手に一発食らってこれから何をするか分からないこんな状況だけど、果南とダイヤは無事。

それで充分だった。

 

 

「じゃあ教えてくれよ。お前が何をしたいのか僕は知らないんだ。」

 

「勿論!『あの時』の続きをしようじゃないか弾君♪」

 

 

⋯あの時?

 

 

「あの時は邪魔が入っちゃったからねぇ⋯今度こそ僕と君だけのゲームだ。楽しもうよ弾君!」

 

「いつの事言ってるんだ⋯?僕とお前がこうするのは初めてな筈だろ?」

 

「?君の方こそ言ってる意味が分からないな。僕はあの時あんなに楽しませてもらったんだ。これはその続きだよ。」

 

「続き⋯?」

 

 

意味が分からない。いつの?小学校?それより前か、後か?僕には記憶が無い。

 

 

「本当に分かってないみたいだね。もしかして⋯強く叩きすぎちゃったかな?」

 

「何言って⋯がっ!?」

 

「ま、どっちでもいいけどね♪」

 

 

顔を殴られ、店内で姿勢を崩す。

こいつはいつの話をしてるんだ?『あの時』?僕の記憶に当てはまるものなんてない何一つ無い。

 

 

「ほら〜、余所見してるともう1発当たっちゃうよ?」

 

「当たらないさ、そんなのっ!僕もお前のその顔に1発叩き込んでやりたかったんだ⋯よっ!!」

 

 

秋山のパンチを避けて殴りかかる。

その手は、1枚の『紙』を出された事により、強制的に停止した。

 

 

「これ、見覚えない?」

 

「土地の権利書⋯?どこの⋯っ!?」

 

「気づいた?あそこさ〜、立地もいいしちゃんとしたお店にしたらもっとお客も入ると思うんだよね〜!」

 

「お前⋯父さんだけじゃ足りないのか⋯!何でその紙にマスターの名前があるんだよッ!!」

 

 

紙に書いてあったのは喫茶店の名前。

大好きなマスターの名前。

僕が見つけた⋯新しい居場所。

 

 

「これが僕の考えたゲームだよ⋯簡単な話さ弾君。僕は常々君の減らず口にイライラしてたんだ。顔には出してないけどね?君はいつもいつも僕の下に付くことを拒み続けてさ⋯だから考えたよ。どうすれば君が付いてくれるか。」

 

「⋯⋯⋯。」

 

「ルールを説明しよう。僕は今から君にお仕置きをする。だから君には受け続けてほしいんだ。簡単だろ?」

 

「ふざけるな。」

 

「別に殴り返しても良いし躱すのも構わないよ?けど⋯そうなったらこのお店がどうなるかさ⋯物わかりの良い君なら分かるでしょ?」

 

 

にやっと口角をあげるその顔を今すぐ黙らせたい。

こいつの事だから、僕を殴るのに遠慮なんてしないだろう。けど、僕が手を出したら⋯マスターの店は⋯。

 

 

「⋯受ければ、良いんだな。」

 

「うんうん、賢いね〜君は。⋯そういう所が本当にムカつくよ。」

 

「やるならさっさとやりなよチキン野郎。」

 

「あぁ⋯遠慮なくっ、ね!!」

 

「ぐっ⋯あぁっ⋯!!」

 

 

奇襲をかけられた時に殴られた箇所を再び鉄パイプで殴られる。動かそうとする度激痛が走り、もうまともに言うことを聞いてくれなかった。

 

 

「いいねーその顔。全然足りないけどさ。」

 

「はっ⋯!そんな道具に、頼るしか出来ないんだから⋯足りなくて、当然じゃないか⋯!」

 

「こいつ⋯!調子に乗るなっ!」

 

「ぐっ!!」

 

「身分も低い貧乏人の分際で偉そうな口を聞きやがって!!その言葉の一つ一つがイライラするんだよっ!!」

 

「がはっ⋯!」

 

「何とか言ったらどうだ!?惨めな負け犬野郎がっ!!」

 

 

ひたすら殴られ、蹴られ⋯体に傷だけが増えていく。まさか自分の実家でこんなにボロボロになるなんて思わなかった。

鉄パイプを食らった左手も、もう完全に動かない。不思議なものだ。普段何気なく使っていた自分の腕も、こうなると動かし方も分からなくなるんだな。

意識も段々と朦朧としてきたよ。

 

 

「君が僕の言うことを聞かないからこうなるんだ⋯!もう1度分からせてやるよ、弾!」

 

「ゲホッ⋯ゲホッ⋯!もう⋯1、度⋯⋯」

 

 

初めてのはずなのに。

拭いきれない既視感⋯僕は、知ってるのか?今と同じ状況をどこかで⋯。

 

今日の朝見た夢。

結局、あの少年はどうなるんだろう。あのまま好き放題やられてたのかな⋯いや、今の僕みたいに、仕方ない理由があったのかもしれない⋯。

あの後は⋯。

 

 

 

 

 

『ね、ねぇ!!それ以上はやめてよっ!!』

 

『⋯誰だ君。』

 

『ひっ⋯。』

 

 

 

 

 

夢の続き。

誰かが来たんだ。ビクビクした女の子⋯顔は分からないけど、何だか懐かしい気がした。

 

 

「何寝てるのさ弾。まだ立てるだろ?もっと相手してくれよっ!!」

 

「がっは⋯!!」

 

 

秋山に蹴り飛ばされた反動で、積み上げられた資材置き場にぶつかる。とことん遠慮を知らない奴だな⋯肋が痛いぞ畜生⋯。

頭がズキズキする⋯こんな簡単に血って出るんだな。

あぁ⋯眠い⋯⋯これ死ぬんじゃないか?

死んだら化けて出てやろう。絶対祟ってやる。

 

けど⋯⋯鞠莉に料理を教えられないのは、残念だな。

 

 

「僕の下につく気になったか?」

 

「⋯⋯何度、言われ⋯ても⋯⋯『No』だよ、チキン野郎⋯⋯。」

 

「っ!⋯そうか。残念だよ弾君。君はあの時と同じ答えをするんだな。ここで『Yes』と答えたら、君の手当をして病院へ運ぼうと思ったが⋯気が変わった。僕が潰してやったこの場所で、一緒に野垂れ死ねば良い。」

 

 

⋯ははっ。お陰様で、全部思い出したよクソっ⋯。

忘れてたんじゃない。あの時の事なんて、全部忘れたくて忘れたんだ。

 

あの時もこんな風にボロボロだった。僕は、お前に好き放題されて何も出来なかった惨めな男だったさ。

けどその時助けに来てくれた。

結局僕が庇って殴られたから、頭をぶつけてしまったけどね。

 

あの子は⋯気弱で、ビクビクしてて、金色の髪を特徴的に結んでた。

 

周りから見放されていた僕に、初めて声をかけてくれた。

 

守ろうとしてくれた。

 

 

 

今みたいに駆けつけてくれた(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「何⋯してるのよ。」

 

 

 

 

何で、こんな大事な事⋯忘れてたんだろうな⋯。

 

 

 

「誰だ?」

 

 

 

『わ、私は─』

 

 

 

 

 

「⋯⋯小原、鞠莉よ。」






次回、『10.ゲームセット』
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