為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。   作:カゲさん

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1 誰が為の人生か

「駆逐してやる!!この世から……一匹……残らず!!」

 

避難用の船にたまたま乗り合わせた少年が、崩壊していく街に向かって息荒く叫んだ。

 

100年続いた壁の平和は、俺の両親の命と共に絶たれた。平和ボケした駐屯兵団の兵士たちは恐怖に屈してまともに戦うことが出来ず、シガンシナ区は放棄された。それだけならばまだ被害は小さい方だ。元々人が多いところに集まる巨人の特性を利用した突起状の街がシガンシナ区であり、そこを超大型巨人に破られただけならその内側であるウォール・マリア内部は安全なのだ。しかし、そのウォール・マリアも破壊されることとなった。鎧の巨人。鋼のように硬い皮膚を持つその巨人の突進により、人類の生存可能区域は二つ目の壁ウォール・ローゼまで退けられた。

 

 

「貴様は何者だ!」

 

「トロスト区出身!ジャン・キルシュタインです!」

 

「何のためにここに来た!?」

 

「………憲兵団に入って、内地で暮らすためです」

 

「そうか!貴様は内地に行きたいのか?」

 

「はい!」

 

ゴッ!

 

骨同士がぶつかり合う鈍い音と共に、ツーブロックの少年が蹌踉めきその場に腰を落とす。

 

「オイ!誰が座って良いと言った!!こんな所でへこたれる者が憲兵団になどなれるものか!!」

 

まるで茶番だ。名前と目的を言わせて、それを強く否定する。通過儀礼のようなものなのだろうが、馬鹿馬鹿しく思えてしまう。そんなものをやったところで、実際に巨人の恐ろしさを目にした者としていない者との大きな差は埋まらない。実際に戦場に立ったら殆どがまともに動けなくなるだろう。それほどまでに、俺が目にした巨人は力の強大さを持ち合わせていた。

 

「オ……イ……貴様は何をやってる?」

 

敬礼においての腕の位置を間違えて頭を締め付けられていた坊主頭のコニー・スプリンガーが泡を吹きながら地面に落ちた。それを行ったキース教官の見開かれた視線の先には、湯気の出た芋を頬張る少女がいた。自分が問われたのに気づいていないのか、少女は再び芋を頬張る。

 

「貴様だ!貴様に言ってる!!」

 

鬼のような形相で教官が迫る。

 

「貴様……何者なんだ!?」

 

「………!?」

 

驚いた少女は口に含んでいた芋を急いで飲み込み、尚右手に芋を握りながら敬礼する。

 

「ウォール・ローゼ南区ダウパー村出身!!サシャ・ブラウスです!」

 

サシャ・ブラウス曰く、調理場にあった蒸した芋が冷めては勿体無い為盗んで食べていたらしい。だが、それでも何故自分が怒られているのかわからないらしく戸惑っている。そんな少女は一つの答えを思いつく。

 

「あ!」

 

周りの同期たちが「やってしまった…」という風な表情で見守る中、サシャ・ブラウスは小さく舌打ちをしながら、およそ半分とは言えないような芋のかけらを「半分……どうぞ…」と言って教官に差し出した。

 

「半……分……?」

 

相変わらず目を見開いた状態の教官の前で、サシャは「フーッ」と満足げに息を吐いた。

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

その日の夕飯の時間。未だ外で走らされているサシャそっちのけで、食堂ではエレンに対してシガンシナ区に現れた巨人についての質問が投げかけられていた。昔のことを思い出して吐き気を催してもいたが、巨人を殺すことへの執着心が強いらしく調査兵団へ入団する志を口にしていた。

 

「オイオイ正気か?」

 

そんな中、エレンの言葉に口を挟んだのは憲兵団志望のジャン・キルシュタインだった。

 

「お前は確か……憲兵団に入って楽したいんだったっけ?」

 

「オレは正直者でね……心底怯えながらも勇敢気取ってやがる奴より、よっぽどさわやかだと思うがな」

 

「そ、そりゃオレのことか」

 

早速喧嘩か、と思いきや、その危惧は杞憂に終わる。

 

「あーすまない。正直なのはオレの悪いクセだ。気ぃ悪くさせるつもりも無いんだ」

 

ジャンの言葉により、その場はそれで収まった。丁度その時、夕飯の終わりを知らせる煩い鐘が鳴り響いた。ガチャガチャと食器などを片付ける音で騒がしくなる中、エレンとジャンが手を当てあって和解していた。その光景を横目に、俺は一足先に外へ出た。

 

 

妙な叫び声に誘われ、俺は女子寮の裏まで足を運んだ。そこには三人の人影があり、そのうち一人は見覚えがあった。金髪の少女に膝枕してもらっているサシャ・ブラウス。走り終えてよほど疲れ切ったのか、白目むいたまま眠っていた。

 

「なぁ…お前……『いいこと』しようとしてるだろ?」

 

側で立っている黒髪の少女が膝枕をする金髪の少女に対して言った。

 

「それは芋女のためにやったのか?お前の得た達成感や高揚感はその労力に見合ったか?」

 

「え……」

 

動揺した様子で金髪の少女が問い返す。

 

「私は……私が……こうしたかったのは……役に立つ人間だと思われたいから……なのかな……?」

 

「は!?知るかよ…」

 

質問の答えは出されないまま突っ返された。そのタイミングで俺は三人の所へ着いた。

 

「のんびりしてると教官に見つかるぞ」

 

俺自身の気配を教官だと勘違いしたのか、金髪の方がビクッと肩を跳ねさせた。しかし声の違いに気づいたのか、比較的安堵した顔でこちらへ振り向いた。薄 暗くて遠目では分からなかったが、金髪の少女は大きな碧眼を持っていてかなり可愛らしい顔をしていた。

 

「誰だお前?」

 

黒髪の方が訝しげな目でこちらを睨む。声から判断したが、体型だけ見れば男性と見間違えてしまいそうだった。口に出せば殴り殺して来そうな目をしている。

 

「たまたま叫び声が聞こえたから来てみただけだ」

 

俺はいびきをかきながら眠っているサシャ・ブラウスの襟を持ち上げて肩に担いだ。困惑した様子で見上げる金髪の少女を尻目に、黒髪の方へ言う。

 

「女子寮の入り口まで運ぶ。そこからはお前に頼むぞ」

 

「は!?なんでお前にそんなこと頼まれなきゃならねえんだよ!」

 

「今ここでこいつに貸し作ったら、後で恩着せて何でもさせられるぞ。教官の前で芋を貪る程の馬鹿だからな」

 

初めは反発していたが、俺の言葉を聞くとニヤッと趣味の悪そうな笑みを浮かべた。

 

「お前とは気が合いそうだな。…………なあ、名前なんつった?」

 

「ヒイラギだ。ヒイラギ・ロイス」

 

「私はユミルだ。じゃ、入り口まで頼むぜ」

 

ユミルは後ろ向きに片手を振りながら歩いていった。俺もそれに続こうとした時、服の裾がくいっと引っ張られるのを感じた。いつのまにか立ち上がっていた金髪の少女が疑問符を浮かべた表情で見上げている。

 

「ねえ……あなたは何で……『いいこと』をするの?」

 

この少女は、確証は持てずとも役に立つ人間だと思われたいから『いいこと』をしていると言った。対してユミルは、恩を着せるために『いいこと』をすると態度で示した。では、俺は何故こうしてサシャを運んでいるのか。

 

「友好関係があった方が、何かしらの恩恵がありそうだから」

 

ユミルと似たようなことを言った。少女がそれで納得したのかどうかはわからない。もしかしたら、ただ本当に理由を聞きたかっただけなのかもしれない。服が拘束から解かれたのを確認して、俺はサシャを担ぎ直して寮前まで進んだ。

 

「あっ……私の名前は、クリスタ・レンズ!よろしくね、ヒイラギ!」

 

角を曲がる手前で、少女から声がかかる。空いてる方の手をひらひらと動かして返事を返した。

 

 

「まずは貴様らの適性を見る!両側の腰にロープを繋いでぶら下がるだけだ!!」

 

翌日、全員が集合したのちにキース教官から訓練内容を聞かされた。

 

「全身のベルトで体のバランスを取れ!これができない奴は囮にも使えん!開拓地に移ってもらう!」

 

この訓練において、俺は違和感を覚えた。悪い意味ではない。ベルトによって難易度は下がっているとはいえ、多少の揺れはあって当然。周りを見渡してもそんな奴らばかりだった。しかし今の俺はどうだ。一切の揺れはないまま空中で静止している。昔から、バランス感覚は悪いわけではなくとも決していいわけではない。片脚立ちしたらフラつく程度のものだ。

 

「いいだろう。次!」

 

上官の指示で地面に降りた俺は、自分なのに自分ではないような不思議な感覚に襲われながら訓練兵たちのもとへ戻った。すると真っ先にクリスタがセミロングの髪を揺らしながら寄ってきた。

 

「すごいね!全然ブレがなかったよ!一体どうやったの?」

 

俺に感心したのか、目を輝かせながらやり方を聞いてきた。それに続いてユミルも寄ってくる。

 

「全くだ。あんなマネができるのはこの中じゃあお前とあいつくらいだろうな」

 

彼女が指差す先には、俺と同じように全く揺れずに静止している黒髪の少女がいた。昨日エレンと一緒にいたのをチラッと見かけた奴だ。

 

「わぁ、ミカサもすごいんだね…」

 

ふとクリスタが呟く。

 

「ミカサ?」

 

「え?あ、うん。ミカサ・アッカーマン。あの子の名前だよ」

 

ミカサ。あぁ、確かに昨日そんな名前を聞いた気がする。どんな感覚なのか、後で聞いてみようか。

 

「何をやってるエレン・イェーガー!!上体を起こせ!!」

 

教官の声がする方を見ると、体を上下反転させて宙吊りになっているエレンの姿があった。本人も状況が掴めないようで茫然としている。

 

「ぶははは!なんだよあいつへったくそだな!」

 

「ちょ、ちょっとユミル!笑っちゃだめだよ!」

 

ユミルの他にも笑っていたり、あるいは笑いそうになっている奴らが何人かいた。昨日和解したはずのジャンも笑っている。結局、この日の訓練でエレンが課題をクリアすることは出来なかった。

 

 

その日の夕食時、エレン達のいるテーブルだけ酷く暗い雰囲気だった。あの後自主訓練をして頭に怪我をしたらしく、エレンの頭には包帯が巻かれている。

 

「オイ何やってんだサシャ!私とクリスタ、ついでにヒイラギ分の水汲みやるって言ったよな?」

 

「俺はついでか」

 

ミカサからパンを貰えると思って結局貰えなくて眼の光を消したサシャに対してユミルが言う。俺もサシャ救出に加担した一人なんだが、ついでなのか。

 

「ハ、ハイ今すぐやります恩人様神様……へへへ」

 

「お前の救われた命は軽くないはずだよな」

 

「だ、駄目だってそんなことしちゃ…」

 

やはり上手く言いくるめられたらしく、サシャはもはやユミルの従順な下僕と化していた。

 

「………すまん、用事ができた。先行っててくれ」

 

「お?また恩着せられそうな奴がいたか?」

 

「そうならお前と一緒にやる。サシャ。俺の分の水も頼んだからな」

 

「もう!ヒイラギまで!」

 

今にも説教し始めそうなクリスタを置いて、俺は席を立とうとしているミカサを呼び止めた。

 

「あなたは?」

 

「ヒイラギだ。ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 

ミカサは立ち去っていくエレンの方にちらりと視線を向け、すぐこちらを向き直した。

 

「なに?」

 

「今日の訓練、全くブレなくこなしてただろ。あれ、どんな感覚なんだ」

 

ミカサは質問の内容を理解し、答えを出そうと思案した。しかし、いくら待とうと望んだ回答は返ってこない。

 

「ごめんなさい。うまく説明出来ない。ただ、昔…」

 

「…いや、話さなくていい」

 

常軌を逸した感覚の経験談なのか、あるいはその感覚を得た時の話をしようとしたのかはわからない。ただ、話を切り出す時にミカサの顔に若干影がかかったのを見て聞くのをやめた。大して親しくもないのに身内話に踏み入るのはどちらにとってもよくはない。

 

「……話はそれだけ?」

 

「あぁ、そうだな。呼び止めてすまなかった」

 

宿舎へと帰っていくミカサを見送っていると、後ろから声が掛かる。

 

「よう、ミカサと何話してたんだ?」

 

金髪ツーブロックの少年。昨日エレンと話していたジャン・キルシュタインが奥に敵意を宿した目で立っていた。察し。別に俺はミカサに対して特別な感情を抱いている訳でもない。うまくやり過ごそう。

 

「俺とあいつ、訓練の結果同じだっただろ。次の訓練ではお前を超えてやるって言ってやったんだ」

 

「ん?あぁお前!今日の訓練で全然揺れなかった奴か!」

 

知らないで声掛けてきたというのか。一体この男はどれほどミカサに好意を寄せているというのか。俺の顔くらいは視界に入れて欲しいものだ。

 

「まだ1日目だ。俺だってお前を超えてやるからな!」

 

上手いこと言葉をに乗ってくれたジャンと一旦別れた時、ちょうど汲んできた水を4人分抱えて帰ってきたサシャ達と合流した。そのうち一つを受け取って、俺は男子寮へと帰った。

 

 

「殺さなきゃならねえと思ったよ……奴らを……一匹残らず」

 

部屋へ戻ると、そんなことを言うエレンの声が聞こえた。一番奥の左上。そこに集うエレンを含めた四人を見つけて俺も近寄った。その間にガタイのいい奴が話し始めた。

 

「俺にもあるぜ。絶対曲げられないものが……」

 

その目を見たら嫌でもわかる。彼も、その横に座る黒髪の方も、巨人の恐ろしさを知っている。他の兵団に入らなきゃ馬鹿にされるからなんて陳腐な理由ではなく、巨人と戦う、あるいは逃げるためにここへ来ている。

 

「帰れなくなった故郷に帰る。俺の中にあるのはこれだけだ………絶対に…何としてもだ…」

 

「あぁ…」

 

その覚悟に気圧されたエレンが声を漏らす。その頃に、俺の気配に気づいた四人が振り向いた。

 

「すまん、盗み聞きみたいな真似をして」

 

「別に隠すような事じゃない。構わんさ。俺はライナー・ブラウン。こっちはベルトルト・フーバーだ」

 

「僕はアルミン・アルレルト。こっちはエレン・イェーガー。よろしくね」

 

「俺はヒイラギ・ロイスだ。よろしく」

 

「そうだ。君はなんで兵団に入ったの?」

 

話の流れに従い、アルミンが俺に問う。

 

「お前も巨人の恐ろしさを知ってる奴だろ?目を見りゃわかる」

 

ライナーに対して、俺は1度の頷きで返事を返した。続けて言葉を連ねる。

 

「俺はシガンシナ区出身で、両親はそこで死んだ。だが別に復讐を望んでるわけじゃない」

 

四人がエレンと同じなのかという目をしたのを感じて、予め釘を刺す。

 

「明確な目的があるわけじゃない。巨人をこの手で殺す自信も、人類の役に立つ自信もない。でも、駐屯兵団や憲兵団のようにタダ飯食って生き延びるよりは――」

 

一拍置いて、俺は口を開いた。

 

「何でもいい。どんなに些細なことでも、何かを成し遂げてから死にたいんだ」

 

俺は調査兵団を目指す。それを明言した俺に対して、彼らがどんな感情を抱いているかは知らない。別に馬鹿にしてほしいわけでも、尊敬してほしいわけでもない。改めて自分の人生の価値を確認しただけだ。

 

「それに比べたら、エレンの目標は現実をしっかりと捉えてる。俺はただ、現実から文字通り逃避してるだけだからな。エレン、俺はお前の夢、応援するぞ」

 

ただ適当にそれっぽい言葉を連ねただけ。だが、これに上手く勇気づけられたらしい。顔に笑みを取り戻したエレンが言う。

 

「あぁ、見てろ。絶対に立派な兵士になってみせる!」

 

その後、訓練へのアドバイスを五人で出し合って就寝時間まで過ごした。一抹の不安を感じながらも、自信を持った元の顔に戻ったエレンを寝かしつけ、俺もベッドに潜った。

 

「あんな崩れ方、するものなのか…」

 

拭いきれない疑問を覚えながらその夜を過ごした。明日、エレンの開拓地行きか否かが決まる時が来る。




104期訓練兵を少年や少女と表現していますが、成長前と成長後を区別するためのものです。

各話の文字数ってどのくらいがいいですか?

  • 3000文字〜5000文字程度
  • 6000文字から8000文字程度
  • 9000文字から12000文字程度

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