為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。   作:カゲさん

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11 絶たれぬ連理

第57回壁外調査前日、出発地であるウォール・ローゼ東、カラネス区へ来ていた調査兵団には一日の休暇が与えられた。昨晩のうちに実家へ向かった者や街を散策している兵がいるせいで、駐屯地はいつも以上に人が少ない。

 

「おや、君は…」

 

クリスタはユミルと街へ出掛けたため、特にやることもなく昼食をとった後も食堂に残っていると、唐突に声を掛けられた。こちらが顔を上げるより先に、眼鏡をかけた女性がテーブルを挟んで向かい合うように座る。その顔を見た俺は、急いで立ち上がって敬礼をとった。

 

「座っていいよ。これで君と会うのは二回目だね」

 

その言葉に甘え、頭を下げつつ椅子に座り直す。

調査兵団第四分隊長、ハンジ・ゾエ。初めて壁が破壊された年より前から調査兵として活動しているベテランなのだが、とある分野に対する情熱から「怖いもの知らずの変人」と調査兵にすら変人と言われている人物でもある。

 

「こうして話すのは初めてのはずですが…」

 

「確かに話すのはね。でも私は一度、気を失った君に会ったことがあるんだ。トロスト区奪還作戦の時だね」

 

「あの時ですか…」

 

トロスト区の壁を塞いだ後に気を失った俺やエレン達を助け出してくれたのは調査兵団だったため、そこに彼女がいてもおかしくはない。

 

「その手帳は?」

 

俺が座った後、ハンジさんが卓上を指さす。開かれた手帳がそこにはあり、隣にペンも添えられている。

 

「これは…暇だったので」

 

つい先程まで色々と書き込んでいた手帳を静かに閉じる。中身を知られないようにするための行為だったのだが、それが逆に興味をそそらせてしまったらしい。ハンジさんが身を乗り出して好奇心を示してくる。

 

「どんなことを書いてるのかな」

 

「いえ……ただ個人的な経験を記しただけなので…」

 

「へぇ!それは気になるなぁ!」

 

目を見開いて腰を持ち上げ、さらに迫ってくる。

カイルさんがハンジさんに対して「知性的で落ち着きがあって優しい、好意の持てる上官。初めは誰もがそう思う」と評していたのを思い出す。確かに、その通りだった。

 

「新兵の経験なんか、大したものではないと思いますが…」

 

「いやいや、初陣であれだけの戦果を残す新兵の経験談はとても興味深い!是非見せてくれ!!」

 

「……………」

 

ハンジさんの顔が目の前まで迫る。最早逃げられる気配もない。手帳の内容を経験談と誤魔化したのは失敗だったようだ。自身の調査兵団においての評価とハンジ分隊長の性格を詳しく理解していなかったが故の失態である。

 

「…どうぞ」

 

「ありがとう!!」

 

早送りでもしているのかと思うほど素早い動きで手帳を開き読み上げていくハンジさんの表情が、どんどん鬼気迫るものへと変貌していく。

 

「んんっ!?んんんんんんん〜〜〜〜ッ!?」

 

手帳の内容は確かに俺の経験したことを記したものだが、決して自伝ではない。俺ではなく、俺の見た巨人についてを書き記したものなのだ。

 

「君ッ!!これはっ、全部君が書いたのかい!?」

 

「は、はい…」

 

明らかに興奮しているハンジさんの気迫に押される。せっかくカイルさんが「ハンジ分隊長に巨人に関する質問をしてはならない」という暗黙のルールを教えてくれたにも関わらず、それを活用出来なかった。質問こそしていないが、巨人についての話をさせてしまいそうになった時点で同義だろう。

 

「………ヒイラギ…」

 

「…なんでしょう」

 

興奮度合いが最高潮に達したかと思えば、唐突に冷静さを取り戻す。嫌な予感しかしないのだが、かと言って逃げ出せる雰囲気もない。

 

「巨人について……語り合おうじゃないか…」

 

休暇が潰れた瞬間である。

 

 

朝まで話し続けるのではないかと思うほど饒舌なハンジさんから「馬の世話があるので…」と言ってなんとか逃げられた頃には、既に日が暮れてしまっていた。ハンジ分隊長が巨人の研究に熱心なのは間違いないため話の内容はとても興味深いものだったのだが、その勢いに気圧され酷く疲弊させられてしまった。

 

「あっ、ここにいたんだ」

 

馬にブラッシングをしていると、そんな声がした。声がした方を見ると、厩舎の入口に私服姿のクリスタが立っていた。白いドレスシャツにロングスカート、そしてショートブーツと決して派手な服装ではなかったが、綺麗にまとまっていて清楚な雰囲気が感じられた。そして胸元に当てている手には、何やら小さな紙袋が握られている。

 

「楽しかったか」

 

「うん。ヒイラギも一緒に来ればよかったのに」

 

「ユミルが邪魔すんなって顔をしてたからな……。ところで、その袋は?」

 

歩み寄ってくるクリスタに問うと、彼女は自慢げな顔をして中身を手のひらに乗せ見せてくれた。それは毎日のように見ているものと形が良く似ていた。

 

「さすがに全く一緒なのは見つからなかったけど…」

 

腕を少し上げ、俺が首にかけているペンダントも手のひらに乗せる。彼女の右手に並べられた2つのペンダントは白と紺、別の色をしているが形は殆ど同じだった。

 

「…色違い」

 

クリスタが柔らかく微笑みながら呟く。満足したのか、白色の方を自分の首にかけ「どう?」と感想を求めてきた。

 

「似合ってるよ」

 

素直にそう答えると、彼女は嬉しそうに目を細めた。

二人が片翼ずつ持っているとなると『比翼の鳥』を思い浮かべる。互いに片翼しか持たず、支え合わなければ飛べないという伝説の鳥。ここにその伝承はないはずだが、彼女はそのような考えをもってそのペンダントを買ったのだろうか。いや、そんな深い意味はなくただ揃いの物が欲しかっただけだろうか。

 

「そろそろ夕飯の時間だな。一度宿舎に戻るか」

 

馬の手入れ道具を片付け、吊り下げていた光源用のランタンを手に取る。訓練兵時代、馬は一人につき一頭だったのだが、調査兵団に入ってからは二頭の世話が課せられている。新兵が配置される伝達班が壁外調査にて予備の馬とも並走するためだ。倍とまでは言わないが、訓練兵の時よりは確実に馬と接する時間が増えている。馬が嫌いなわけではないため、それが苦だと言うつもりは無いが。

 

「……ヒイラギ」

 

先に厩舎から出ようとすると、シャツの裾をくいっと引っ張られた。クリスタの真面目な声からして、ただの悪戯でないことがわかる。その後、クリスタが秘めた想いを呟く。端的に、そして的確に。

 

「何か悩んでる……?」

 

「………」

 

懸念、悲哀、そして悔しさ。幾つかの感情を含んだその一言が、深く心に刺さる。悩みは誰もが抱えている、なんて言葉を返せる状況ではない。俺が常に何かしらの悩みや問題について思考を巡らしていることを把握しているクリスタは、だからいちいち小言のようなことを言ったりはしない。

 

そんな彼女がその言葉を口にしたのは、そうしなければならないと感じ取ったからだろう。今までとは比較にならないほど大きな問題に直面していることが、彼女には分かってしまったのだ。そして、その推測は正しい。

 

「私が前に言ったこと、覚えてる…?」

 

「………あぁ…」

 

彼女が言うのは恐らく、トロスト区奪還作戦前に起きた治療所での出来事。自分の損耗を顧みず思考に没頭していた俺に、クリスタはもっと頼って欲しいと戒めた。その時の彼女の発言や表情。それら全てを鮮明に記憶している。

 

「私は、ヒイラギの背負ってるものを一緒に背負いたい……」

 

トンっと背中を軽く押される。少女の温もりが強く感じられた。彼女の言葉は酷く切実で、懸命だった。それらの感情全てが俺に向けられていることは嬉しくもあり、同時に寂しくもあった。

 

胸が締め付けられるような感覚。心の内を全て打ち明けてしまえば、楽になれるのだろうか。この重みを一緒に背負ってくれるのだろうか。そんな甘さが頭をよぎる。気を抜けば本当にそうしてしまいそうだが、どうにか堪える。ソレを彼女に伝えることは許されない。何より、彼女の安全を守る為に。

 

「……今はまだ、無理なんだ…」

 

「そっか…」

 

消え入りそうな声が伝わってくる。いつか全てを話せる日が来るだろう。しかし、少なくともそれは今ではない。たとえ彼女を悲しませることになっても、俺は口を閉ざすしかない。

 

「じゃあ、待ってるから!ヒイラギが話してくれるのをっ」

 

クリスタはそう言って、俺より先に食堂の方へ走っていく。去り際に見せた彼女の精一杯の笑顔。その両目には、今にも零れ落ちそうなほどの涙が浮かんでいた。

 

 

翌朝早朝、カラネス区には壁上からの砲声が鳴り響いていた。壁外調査では長距離索敵陣形を取りつつ進むのが基本だが、出発直後の市街地では陣形が取れず集団走行で駆け抜けるしかない。そのため出発前に駐屯兵団が壁上固定砲を使い、付近の巨人を掃討してくれている。

 

「久しぶりだな、ヒイラギ」

 

馬に乗ったまま待機しているところに、とある駐屯兵が挨拶に来た。銀髪に丸眼鏡をかけている駐屯兵の知り合いなんて、一人しかいない。

 

「お久しぶりです。リコさん……いえ、リコ班長」

 

彼女の後ろに数名の駐屯兵が控えているのを見て、言い直す。あれから一ヶ月が経過している。精鋭班の生き残りである彼女に新しい部下がいないなんてことはありえないだろう。

 

「言い直さなくていいよ。ところであんたの班長、カイルなんだって?あんまり頼りにしない方がいいと思うよ」

 

「オイオイ、久々の同期には挨拶もない上に変な事吹き込むなよリコ」

 

俺の横からカイルさんが不服そうに顔を出す。本人の顔を見たリコ班長の口角が、意地悪っぽく持ち上がる。

 

「あんた立体機動の成績悪かったじゃないか。よく今まで生き残ったと感心するよ」

 

「えっ、そうなんですか」

 

「訓練兵時代の話だ!一体何年前のことだと思ってやがる!?」

 

兵士としての信頼を損ねかねない発言を咎められても、リコ班長は特に気にする素振りも見せなかった。代わりに俺の背中を軽く叩き、今度は真面目な口調で話し出す。

 

「まあ今のは冗談だが、本当に身の危険を感じた時は自分で自分を守れ。あんたはそれが出来る力を持ってる。……だから、ちゃんと生きて帰ってきなよ」

 

「…ありがとうございます」

 

部下を連れ門の方へ戻っていくリコ班長の背中を見ながら、カイル班長が俺に問う。

 

「………あいつ、お前に惚れてんのか?」

 

「失礼ですよ」

 

とはいえ、二人のおかげで緊張で固まっていた体が少しほぐれた気がした。

 

しばらくして壁上の駐屯兵から開門30秒前との知らせが届くと、前方いる調査兵が高らかに叫んで兵の士気を鼓舞し始めた。

 

「いよいよだ!!これより人類はまた一歩前進する!!お前達の訓練の成果を見せてくれ!!」

 

「オオオオオオオォォォォォォォォォォ!!」

 

呼応するように全調査兵が雄叫びを上げる。直後鐘が鳴り響き、カラネス区の門が開き始めた。重い扉が完全に開いた時、先頭に立つエルヴィン団長が号令を掛ける。

 

「第57回壁外調査を開始する!」

 

「前進せよ!!」

 

馬が駆け出す。人類と巨人とを断つ壁の門を潜り抜け、調査兵団が旧市街地を一直線に突き抜けていく。

 

「左前方10m級接近!!」

 

「怯むな!!援護班に任せて前進しろ!!」

 

「進めぇ!!進めええぇぇ!!」

 

建物に隠れていて取りこぼした巨人は調査兵の援護班が対処する。たとえどこでどんな戦闘が起きようと、前進を止めることは許されない。兵団は5分も経たないうちに旧市街を抜け、団長の号令が再び響き渡る。

 

「長距離索敵陣形!!展開!!」

 

事故防止の為、新兵に代わり馬を引いていた先輩方から手綱を受け取り訓練通りに陣形を広げていく。索敵支援班であるカイルさんと、同班のブラッツさんは伝達班保護の目的を果たすため近い位置にいるが、訓練時よりは離れていた。

 

南向きの陣形展開が完了するや否や、初列六・索敵から赤い信煙弾が打ち上がる。それを確認してこちらも煙弾を上げた時、左翼側に別方向へ向けた赤い信煙弾が視認できた。

 

「いきなり忙しいな…」

 

斜め左へ打ち上がった緑の信煙弾を伝達していく。

出発してまだ10分程だが、既に三体の巨人が確認されている。本遠征はウォール・マリア奪還に向けたエレンの試運転を目的としているため遠征期間は半日のみと短く定められているが、一体これから何発の信煙弾を打ち上げることになるのやら。

 

 

「………上がらない」

 

撃った信煙弾の数を数えるのをやめた頃、初列十,十二,十四・索敵辺りから信煙弾が暫く上がっていないことに気がついた。たまたま巨人が見当たらなかったというにはあまりに長時間すぎる。何か重大な問題が生じたのは明らかだろう。

 

「無線通信が欲しいところ………あれは…」

 

初列八・索敵側から、奇行種の接近を意味する黒い信煙弾が上がった。少し離れた場所で黒い煙弾を撃ったカイルさんが、刃で前方にある村を指しているのが見えた。つまり、そこへ避難しておけと言っているのだろう。

 

「…了解」

 

信煙弾の撃つことで返事を示した。そして万が一に備え、予備の馬を放っておく。馬は訓練で手懐けているため口笛を吹けばまた側まで寄ってきてくれるが、戦闘に巻き込まれ怪我をすれば走ることすら困難になってしまう。故に一旦手綱を放し、馬の安全を確保しておくのだ。

 

「奇行種……………いや、あれは……!?」

 

人の形をした大きな影。初めは小さなものだったが、その影が見る見るうちに大きさを増していく。それはつまり、尋常でない速度で走っているということ。奇行種ですらありえない速さだ。

 

「まずい……ッ!!」

 

既に彼らは接敵距離。こちらの警告はもう届かない。

カイル班長とブラッツさんが互いに距離を置き、巨人を挟むようにして通過する。そして直後、二人が馬から飛び出した。ブラッツさんは巨人の足に、カイル班長はうなじに狙いを定める。同時に射出されたアンカーは狙い通りの部位に固定され瞬時にワイヤーが巻き取られていく。通常の巨人や奇行種ならば間違いなく仕留められたであろう、磨き上げられた無駄のない動きだった。

 

そう、それがただの奇行種であればの話だ。

 

「ッ!!」

 

その一瞬の出来事は、対巨人戦において見たことも聞いたこともないような、まるで信じられないものであった。巨人がアンカーの刺さった足を持ち上げたかと思えば接近するブラッツさんを寸分違わず踏み潰し、うなじに刺さったアンカーはワイヤーを掴んで抜き取り、その先にいたカイル班長を振り回し地面に叩きつけた。立体機動の弱点をついた、極めて合理的な攻撃。

 

「間違いない……」

 

奴は超大型巨人や鎧の巨人、そしてエレンと同じ存在。つまり、中に人がいる知性を持った巨人だ。

奴の速さは明らかに馬を上回っている。逃げ切ることは不可能だろう。幸い、俺は建物のある村に入っている。平地ではない、立体機動を活かせる場所ならばあるいは…

 

「速いなッ!!」

 

村の中心まで来られた時には既に、奴の大きな足音はすぐ後ろまで迫ってきていた。巨人化エレンとよく似た皮膚のない姿。一見してわかる違いとしては、体の凹凸からして女型であることのみ。つまり、戦闘能力は巨人化エレンと同格かそれ以上ということだ。どうやら俺は、とんでもない賭場に来てしまったらしい。

 

「ああああぁぁぁぁぁ…クソッ!!」

 

心の底から湧き上がってくるやり場のない怒りや苛立ちを吐き捨てる。ギャンブルだけはしないと昔決めていたはずだというのに。しかしこうなっては致し方ない。俺にはもう賭けに乗るしか選択肢はないのだ。

 

負ければ掛け金である俺の命は消されてしまう。しかし勝っても奴の命をいただける訳ではない。もはやイカサマ賭博に近いこの状況に溜息をつき、俺はアンカーを射出した。

 

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