為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。   作:カゲさん

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12 打ち立てし邂逅

「よく来てくれた」

 

調査兵団入団から六日。初の陣地展開訓練を行うため新兵調査兵達は訓練地へと向かったが、俺はそれに同行しなかった。その理由は今、目の前にいる人物から呼び出しを受け調査兵団団長室の中にいるからだ。エルヴィン団長が大きなデスクに向かって座り、その隣にはリヴァイ兵士長が腕を組んで立っている。

 

「楽にしたまえ」

 

「ハッ」

 

敬礼を取っていた腕を一旦下ろし、今度は体の後ろで両手を重ねる。兵士が上官から「楽な姿勢」と言われれば文字通りだらけて楽になるのではなく「休め」の号令と受け取り、定められた姿勢を取らなければならない。それが集団行動のルールである。

 

「私がこうして君を呼んだ理由はわかるか」

 

遠回しな説教ではない。エルヴィン団長は単純に、状況を理解出来ているか問うているのだろう。まあ答えは簡単だ。調査兵団入団2日目、駐屯地にて団長とすれ違った時に「敵は何だと思う?」と唐突に問い掛けられたことについてだろう。その時俺は、特に躊躇することもなくこの単語を返した。

 

「『裏切り者』…ですね」

 

「その通りだ」

 

裏切り者。つまり、エレン以外の巨人化可能な人物のことだ。勧誘式での団長の言動はその人物を炙りだそうとしているように思えた。故に彼からの質問には迷わず答えることが出来たのだ。

 

「オイ、エルヴィン……こいつは信用出来るのか」

 

「出来る」

 

こちらを睨むリヴァイ兵士長に対してエルヴィン団長が断言する。すると兵士長も「わかった」とだけ言ってすぐに引き下がった。

団長が言い切ったことよりも、兵士長がその一言だけで納得したことに驚いた。余程深い信頼を寄せているのだろう。

 

「ヒイラギ。次回の壁外調査の目的は聞いているな」

 

「ウォール・マリア奪還に向けた、エレンの試運転と聞いています」

 

「そうだ。だが、本当の目的は別にある」

 

別の目的、となるとやはり裏切り者の炙り出しだろうか。しかし壁外調査中にそれを行って巨人化でもされれば兵団は全滅しかねない。

などと考えていた俺に言い渡されたのは、その予想を遥かに超えるものだった。

 

「我々は『巨人』を捕獲する」

 

「ッ!」

 

調査兵団はこれまで巨人捕獲作戦を何度も行ってきた。先日の掃討作戦では二体の巨人を捕獲してみせたほどだ。しかし、今回はそれらの例とは比にならないほどの難度になるだろう。何せ、団長の示す『巨人』とは、巨人化エレンのように知性を持った巨人のことだからだ。

 

「……幾つか疑問が」

 

「言ってみたまえ」

 

「1つは、巨人を拘束する方法です。調査兵団の拘束具のことは知っていますが、それでは巨人化したエレンすら拘束することは難しいでしょう」

 

新兵勧誘式前日に殺害されたという二体の巨人に用いられた拘束具はワイヤーと鉄柱を用いた極めて原始的なものであり、圧倒的戦闘能力と知性を持つような巨人には通用しないだろう。

 

「捕獲には新しく開発した兵器を使う」

 

そう言ったエルヴィン団長がデスクに一枚の紙を広げた。そこに描かれていたのは、新兵器となる拘束具の設計図。………確かに、これを用いれば捕獲は可能かもしれない。だが───

 

「……開発費は一体どこから…?」

 

これほど規模の大きく革新的な兵器を開発するには相当の費用が必要となるはずだが、そんな余裕が調査兵団にあるのだろうか。

 

「絶対の成果を条件として、出資者から多額の投資して頂いた」

 

スポンサーからの条件付きの投資なら、理解は出来た。しかし絶対の成果が条件となったなら、失敗した場合重大な責任問題となり兵団の存続すら危うくなってしまうだろう。

不確定要素の多い敵に対する団長の作戦は、まるで博打のようだった。

 

「……では2つ目の疑問です。捕獲にはこの新兵器を使うとして、捕獲地点への誘導はどうするのでしょうか。のこのこ罠に嵌ってくれるとは思えませんが…」

 

そもそもの疑問として「裏切り者は巨人として壁外に現れるのか」というのはあるが、それについては確実に現れると断言出来る。裏切り者達の最終目標がどんなものかは判然としないが、とりあえずの目標は壁内にいる人類を絶滅させることで間違いない。

 

そんな彼らに対して我ら人類が行える最も有効的な攻撃は、巨人化エレンを用いた作戦だろう。しかし裏切り者がそれを見過ごす訳もない。確実にエレンという天敵を殺害しにくるだろう。

 

「エレンを囮に使う」

 

「………」

 

確かにエレンという囮は間違いなくその効力を発揮するだろう。しかし、問題は罠の設置場所だ。いくら囮がいても平地や村に設置した罠が見えてしまっては捕獲なんて夢のまた夢。森の中ならあるいは可能だが、遠征ルートに陣形の保てない森が都合よく含まれているはずが……

 

「あ…………団長、地図はありますか」

 

聞くと、彼はすぐに新兵器の設計図を横にズラして遠征用の地図を広げた。まるで、初めから用意していたかのような動きだ。

 

「遠征は南に向かい……巨人は恐らく壁内から……」

 

裏切り者が出現した場合を予想しつつ、地図に当てた指を動かしていく。そうして辿り着いた、捕獲に最も適した場所。

 

「君に頼むのは、奴の足止めだ。捕獲作戦が完了するまではその任を全うしてほしい」

 

大凡の作戦内容が判明したところで、団長が俺に指令を出す。

足止めとなれば、必然的に目標と接触しなくてはならないだろう。そしてそいつは確実にエレンより巨人化能力を熟知しているはず。かなりの危険が伴う作戦だ。

 

「……了解」

 

「感謝する」

 

危険は伴うが、クリスタを守るための最善がこれならば迷いはしない。

 

 

あの時はあんなことを思ったがこの場で命を落とすのはやはり不本意で、どうにかこんな状況にならない方法を探り当てようとしていた。しかしそれは叶わない。人類の脅威である、正体不明の裏切り者を捕らえるにはやはり壁外が最適であるためだ。そしてその解を覆せるほどの頭脳を、俺は持ち合わせていなかった。そんな俺に出来ることなんて、遭遇しないことを祈ることだけだったのだが───

 

「ああああぁぁぁぁぁ…クソッ!!」

 

心の底から湧き上がってくるやり場のない怒りや苛立ちを吐き捨てる。ギャンブルだけはしないと昔決めていたはずだというのに。しかしこうなっては致し方ない。俺にはもう賭けに乗るしか選択肢はないのだ。

 

負ければ掛け金である俺の命は消されてしまう。しかし勝っても奴の命をいただける訳ではない。もはやイカサマ賭博に近いこの状況に「ふぅ…」溜息をつき、一言だけ呟くように宣言した。

 

「レイズ」

 

意識を戦闘に切り替える。左のアンカーを射出し地面に固定。しかし回収はせず馬も走らせ、ワイヤーを引き伸ばしていく。そして固定されたアンカーと女型の巨人の足が並んだところで、飛び出した。

 

巨人の脚に巻き込まれぬよう馬の進行方向を右へ逸らす。対して俺は地面を滑るようにしてワイヤーを回収していく。馬を逃がすため、あえて真正面から接近し戦闘状態への移行したことを巨人に示したのだ。

 

「ッ!?」

 

しかし敵はこちらには一切目もくれず、右方向へ駆けていく馬を正確に狙い蹴り飛ばした。

考えが甘かった。あの中にいる奴は俺を倒すことよりも先に馬を狙うことによって、俺の退路を完全に絶ったのだ。立体機動の活かせない平地において馬を失うことは脚を失うことと等しく、奴が冷静に最善手を選択できる厄介な敵だということがわかってしまった。

 

尤も、馬の速度ではこいつを振り切れないことはわかっている。それにもう一頭の予備馬は先に逃がしていたため、この場を切り抜けても身動きが取れないなんて状況には陥らない。

 

そして女型の巨人が馬を狙ったことは好機でもあった。蹴り上げたため右足は地を離れ、その巨体を支えるのは軸足となっている左足のみ。背後に回り込めている俺には、その状態は攻撃の隙といえるだろう。

 

「ッ…!!」

 

2つのアンカーをそれぞれ両脇の建物に向け射出する。奴が立体機動装置の仕組みや弱点を熟知しているのなら、その体に直接アンカーを刺すことは自殺行為に他ならない。

 

両手に持つ刃を構え、左足の踵に狙いを定める。皮膚がなく剥き出しになっている肉は通常の巨人との差異を強く感じられるが、硬さについての差はないように見える。これならば狙い通り腱を断ち、その自重に任せて地に伏せさせることが…

 

 

────死ぬ

 

 

前進を止めアンカーを回収及び真横へ再射出。即座にワイヤーを巻き取り、跳ね返るように後方へ飛ぶ。

 

直後、巨人の拳が鼻先を掠めた。

 

女型の巨人は右足を浮かせたまま身体を捻り、右腕を俺めがけて叩き落としてきていたのだ。間違いなく当たれば即死の攻撃に嫌な汗が滲む。しかしその回避には成功した。ただの偶然ではなく、活性化させた五感がその膨大な情報から未来を予測し危険を察知したのだ。

 

「今度こそ…ッ!!」

 

右足と右腕。四肢の半分を封じられれば流石の奴も有効な攻撃は行えまい。

ワイヤーを張り直しガスを噴射。足先を上へ向けて滑り込みの体勢をとり、巨人の腕に沿うように昇っていく。そして奴の顔の横をすり抜けた後振り返り、うなじに狙いをつける。

 

アルミンの報告書から考えるに、うなじの中にいる人間の腕や足を斬り落とそうとそいつが絶命したり巨人化を解いたりはしないが、それなりのダメージは与えられるはずだ。捕獲が主目的である本作戦においては、その情報が役に立つ。

 

うなじ、縦1m幅10cm。巨人の弱点はエレンにも、恐らくこいつにも適用される。ならば、絶命はさせず且つ足止めとなるダメージを与えるには奴の四肢を、つまりうなじに対してU字に斬り込めばいいのだ。

 

「……っ」

 

刃が当たる寸前、うなじに奴の左手が覆い被さる。しかしそれは予想通り。人が自らの弱点を守るのは当然の行為で、その場合の対処も検討済みであった。検討済み、といっても大した案ではなく至極単純なもの。そのまま斬りつければいいのだ。巨人の手が被さればうなじに深いダメージは与えられないが、数本の指は斬り落とせる。欠損の回復が瞬時に行われない以上、繰り返せばいずれはうなじの攻撃に繋がるというわけだ。

 

目標は巨人の左指4本。急降下で勢いを乗せ斬った後、一度離脱し相手の出方を───

 

「…………は?」

 

経験のない感触に悪寒が走る。離脱時に両腕を確認すると、柄の先にあったはずの刃が砕け散っていた。

 

兵士に支給される立体機動装置のブレード、半刃刀身は巨人の肉を削ぐことに最も適した形へ改良されたもので、刃が消耗され割れることはあってもこんな風に砕けることはありえないのだ。少なくとも、肉を削ごうとしたら木っ端微塵に砕けたなんて話は聞いたことがない。訓練兵時代、何度か斬り損じたことはあったがやはりこんな砕け方やあの弾き返されるような感触は1度も味わったことがない。

 

「……冗談だろ…」

 

見上げると、うなじに覆い被さっていた左手の甲が水晶のように変質しているのが視認できた。

状況から察するに、奴は鎧の巨人と同じく体の硬質化が可能なのだろう。違いを取り上げるなら、全身ではなく任意の部位を自由に硬化させられるということだがそんな情報は何の役にも立たない。

そこにあるのは、奴の肉体に重傷を与えられないという純然たる事実だけであった。

 

不可能ではないか…

 

マイナス思考が頭を埋め尽くす。導き出される自分自身による提案はすべて、ここからどう逃げるかというような内容ばかりだった。そしてそれが間違いだとも思えない。攻撃手段がなくなった今、足止めの役割すらまともに果たせないのだから。

 

「…………ッ!!」

 

歯を食いしばる。

 

そうじゃないだろ。俺が為すべきことはそんなことじゃない。俺が為したいことは、こんなことで簡単に諦めていいものではない。

 

考えることをやめるな。それをした瞬間、きっと俺は終わる。俺の価値は全て潰える。思考しろ。行動し、観察し、再び思考しろ。未知に対する対処はそれしかない。その繰り返しの先にしか勝利はない。

 

刃をつけ直し、建物の陰に飛び込み身を隠す。正面から向かえば敗北は必至。村の建築物を利用し回り込むのが良策。直前までアンカーを刺していた建物が次々と破壊されていく。ガス噴射時に煙が出る以上完全に身を隠すことは難しいが、幸い向こうはこちらの動きに追いつけていない。

 

再び村道へ出た時、俺は奴の隣についていた。すかさず巨人後方の建物に右アンカーを射出する。ガスを吹かしワイヤーを巻きとっていく最中、巨人の左手の甲が迫ってくるのが見えた。固定した右アンカーを外し、今度は左アンカーを先程より少し下へ射出し再び加速する。頭上を掠めていく腕に一瞬だけアンカーを刺し込み、上方向へ速度を加えた。ガス噴射で微調整を行い、再び奴のうなじに刃筋を立てる。硬質化した右手で防がれるが、当然それは織り込み済み。

 

斬り方には問題がない上で刃が砕けたのを確認して、奴の回し蹴りによる反撃を急降下で回避した後離脱する。しかし今回は身を隠さず村道に残り、女型の右手に注目する。先程掠めた時に奴の右手の硬質化が解けているのが見えた。それに関する2つの可能性。1つは自由に硬化軟化を切り替えられる可能性。そしてもう1つは、硬質化を維持できないという可能性だ。もし後者ならば、勝機が見えてくる。

 

「どっちだ…」

 

半ば祈るように呟く。女型の巨人の攻撃は避けることに徹底し観察を続ける。そして、ついに変化が生じた。おそらく時間経過によるものだと思うが、右手の甲に覆い被さっていた硬い皮膚。それがボロボロと剥がれ落ち始めたのだ。それは、女型の巨人が硬質化を維持し続けられないということの証明。

 

ならば────

 

「ッ!!」

 

後進を止め、女型の巨人へ立ち向かう。家屋と地面を交互に利用し超低空を保ちつつ間合いを詰めていく。

巨人のうなじを狙うには高所を飛ばねばならないが、高く上がるほど隙は大きく巨人の腕による攻撃を受けやすくなってしまう。であるならば、いっその事うなじの位置を下げてしまえばいい。

 

例えば人が高速で転がるボールに触れようとする時、手と足のどちらを使えば容易いと考えるだろうか。当然、感覚的に調整が行える手である。巨人も然り。人の意識があるならより一層同じであろう。つまり、地面スレスレで飛ぶ人間を捕まえようとすれば手が動く。手で捕まえるということは、必然的に体はくの字に曲がる。

 

「ッ!!」

 

巨人が右腕を突き出してくるタイミングで、奴の顔面向けて『信煙弾』を撃ち放つ。カイル班長への返事として撃った直後、装填しておいた取っておきの一発。直撃こそしなかったが、奴の気を逸らすにはこれ以上ない一発だった。おかげで奴の真正面からの攻撃を完全に避けることができた。

 

「行くぞ!!」

 

煙に紛れるようにして巨人の腕を駆け上がる。邪魔者を振り払わんと右腕が動き出すや否や飛び上がり、アンカー射出前にガスを噴射した。

通常、このようなガスの使い方は推奨されない。立体機動装置におけるガスとは、ワイヤーを巻きとりながら加速するものであって、決してそれ単体のみを使って推進力を得るためのものではない。

 

勿論挑戦する者がいなかったというわけではない。立体機動装置の機能を十全に発揮出来ない場で、ワイヤーを使わない立体機動が行えたら大きな戦力となるだろう。が、そう上手くはいかない。ロケットでさえ緻密な計算を経て初めて安定性が得られるというのに、並の人間の体ひとつでそんな芸当が出来るわけがないのだ。

 

しかし、今の俺にはそれが出来る。当然自由自在な空中機動を行使できる訳では無い。精々10mの空中水平移動が可能なくらいだ。それでさえ半年以上の時間を要した上に完璧な安定性がある訳じゃあない。

 

だが、巨人の上腕からうなじ付近に向けての僅か数メートルを飛び上がるのは、酷く容易い。

 

「そこ!!」

 

巨人の急所に狙いを絞り、自由落下とガスによる加速に乗せて刃を振り抜いた。手のひらに伝わる痺れるような衝撃と、気持ちの良くない金属音。三度硬質化した手に攻撃が阻まれた事実が、触覚聴覚視覚を通して脳内に伝わった。しかし、それに対してショックを受けたりはしない。刃が勿体ないとも思わない。

 

硬質化したのを確認だけして刃を当てないことも可能ではあるが、それをすれば敵にこちらの意図が露見してしまう可能性がある。だからこそ、あえて刃は砕いた。

 

当然リスクはある。通常の剣や刀より遥かに薄く作られた半刃刀身は、元より消耗することを想定しているため兵士には片方6枚合計12の刃が支給される。しかし俺は今回の戦闘で既に半数の刃を失っている。奴とは再び相対することになる以上、刃を全損させられる訳にはいかない。まさかこんな危険地帯で自らの命を守る武器を分け与えてくれる馬鹿はいまい。よって最低でも刃4本は温存しておくべきだろう。

 

つまり、勝とうが負けようが次の攻撃が最後のチャンスということだ。

 

「くッ!!」

 

体を捻りガスを吹かし、迫り来る腕の周りを旋回するようにして回避する。

こちらが攻撃を行うタイミングは手の硬質化が剥がれた瞬間。しかしそれを行うにはこちらの意図を気づかせないことと、女型の巨人が左手をうなじから離させないことが必要となる。それら2つの条件を満たすにはうなじに近い場所、つまりある程度の高度を保ったまま攻撃を狙うフリをしなくてはならない。これは、殆ど高度ゼロの場所での攻撃回避とは比にならないほど難しい。何せ、敵がワイヤーを捕まえやすくなってしまうのだから。

 

奴の拳がこめかみの皮膚を破り、顕になった肉と共に血が溢れ出した。頬にドロっとした感触に嫌悪感を覚えながらも、巨人の猛攻を必死に凌ぐ。

 

五分か十分か、あるいは数十秒だったかもしれない。体中に傷がつき、そろそろ限界を感じ始めた頃にソレは起こった。うなじに覆い被さっている手に張り付いた硬い皮膚が、ようやく剥がれ落ち始めたのだ。

 

「いけ!いけ!!」

 

刃を構え、自らを奮い立たせ、最後の攻撃を仕掛ける。もう一度硬質化が為されるのにどれだけの時間が必要なのかは分からない。ならば攻撃のタイミングは硬質化が完全に解けるか否か、その瀬戸際の時。

 

巨人へ真正面から相対した直後、村の中で最も高い建造物である風車の方へアンカーを飛ばし近づいていく。その周囲を回り加速をつけて、それからうなじを狙う。

 

───ように見せかけ、右アンカーを巨人の眉間に突き刺し今度はそちらへ向かう。予想通り伸ばしてきた腕に刃で斬りつけながら軌道を変え、顔面に迫る。容易く巨人を倒すには、敵の運動能力を下げるのが効率的だ。そのため巨人狩りの時はうなじよりも先にアキレス腱や眼球を破壊させることがセオリーとなっている。その例に従い、うなじの前にまず眼球を斬り飛ばす。

 

───しかしそれもフェイント。鼻先を蹴った後ガス飛行で上昇し、戻ってきた右手を避けて女型の頭上を通過する。うなじを守る手の甲が完全に軟化したほぼ同時に、頭から急降下。地面に刺さったワイヤーを最高速度で巻き取り、逆手に持ち替えた刃を巨人のうなじに突き立てる。

 

「斬れろォォォォォォ!!」

 

刃を振り切る───

 

直後、鮮血が散り蒸気が舞った。その巨人の肉が裂かれた時の現象と手に残る感覚が、奴の肉を削いだことを確信させる。しかし同時に感じた嫌な音と感触。見れば刀身の長さが半分になっている。それはつまり、刃はうなじを───

 

「ガッ!?」

 

後ろへ振られた巨人の踵が腹に直撃する。凄まじい衝撃が腹部を中心に全身へと広がり、為す術もなく後方へ吹き飛ばされた。何度か地面に打ち付けられながら転がり、家屋の壁にぶつかったところでようやく静止する。

 

攻撃を喰らう直前、離脱用に貼っていたワイヤーを咄嗟に巻きとったおかげで内臓をぐちゃぐちゃにされることはなかった。

 

「うっ…」

 

体に異常がないことを確認しつつ立ち上がった瞬間、胃のものが全て喉元までせり上がってくるような嫌悪感に襲われ、逆らうことなく嘔吐した。生暖かいソレは口を通ってびちゃびちゃと地面に広がっていく。

 

「はぁ…」

 

吐き気が治まると短く溜息をつき、口に残った酸っぱいモノを唾と一緒に吐き捨てた。あまりボーッとしていられる状況ではない。巨人が近づいてくるにつれ、一歩一歩の振動は大きくなっていく。

 

俺の刃は女型のうなじには届かなかった。結局硬質化への驚きに引っ張られて単純なことを見落としていたのだ。女型の巨人は任意の部位を硬質化できる。そして、うなじもその例外ではないのだ。

 

ともあれ斬れたのは指4つ。俺に出来たのはそれだけで、後のことを考えればこれ以上戦うことは望ましくない。とは言っても向こうは完全にこちらを敵視していてそう易々と見逃してくれるとは思えず、しかし隠れようにも立体機動では位置がバレてしまう。とまあ悩んだふりをしているが、俺は逃亡策を1つ用意している。

 

「ドロップ」

 

宣言し、信煙銃を取り出す。勿論先程使った信煙銃は撃った直後に投げ捨てたため手持ちにはない。では今この手に握られているこの銃はなんなのか。まあ勿体ぶるほどのものでもない。予備の銃だ。

 

ひと月前、撃つ信煙弾の色を間違えたという話をクリスタから聞いた時に、俺は色別に信煙銃を使い分ければ間違いは起きないだろうと考えた。勿論それは稚拙で使い物にならない案だったのだが、予め装填されている予備の信煙銃があれば緊急時に役立つのではないか。

 

という案を思いついたため、俺はこうして予備の信煙銃を手にしているのだ。装填されている信煙弾の色は、緊急事態を知らせる為の紫色───

 

「……あれ…」

 

何故か放たれた弾は紫色ではなく、紛うことなき黒色だった。出撃前の装填を間違えるはずはないのだが。

しかしこの際色はどうだっていい。何故なら俺が信煙弾を撃った方向は上ではなく、下であるからだ。厳密に言えば斜め下なのだが、つまりは地面と家屋の間に向けて放ったのだ。用途上かなりの弾速を持つ信煙弾は地面にめり込み固定され、しかし煙だけは際限なく放出する。おかげで5秒もしないうちに辺りは煙で包まれた。

 

「ッ!」

 

ここぞとばかりに地面を蹴る。立体機動装置は使えないため走りになるが、建物の陰に隠れることが出来れば生き延びられるという確信があるのだ。目の前に害を及ぼす敵がいれば当然殺そうとするが、そもそも女型の巨人の目的はエレンにある。明らかに戦う気がないことを示せば、奴もわざわざ正確な位置を掴めない敵に執着し時間をふいにしてまで探し出そうとはしないはずなのだ。

 

「なッ!?」

 

しかし、あと少しで角を曲がれるという所で予想外の出来事が起こる。端的に言えば、地面が割れた。すぐ後ろにある地面が女型の巨人に踏み砕かれ、その衝撃で俺のいる場所の地面まで割れてしまったのだ。

 

「くッ!!」

 

倒れた体を起き上がらせるが、今度はすぐ隣に巨大な足が降ってきた。またもやバランスが崩れ地面に手がつく。虱潰しに踏んでいるとするならば、次こそは直撃するかもしれない。

 

今度こそと立ち上がろうとした時、全身の毛が逆立つような感覚に襲われ直感のままに横へ飛んだ。直後、今いた場所が寸分の差もなく踏み砕かれる。

 

九死に一生、もとい一瞬を得る。直感的な死の予感はこのような咄嗟の反応でどうにか出来るのだが、問題はそうでない場合の死の予感だ。実際俺が今直面しているのは、冷静な判断による死の予感。これまでの攻撃はなんとか避けられたが、結果として俺は家屋側に追い詰められてしまっている。逃げようにも、横たわる体を起こしていては間に合わない。

 

「くそッ!!」

 

巨人を、あるいは自分を罵る言葉を空に向けて叫んだ時、俺に向かってまっすぐ降ってくる巨大な足が目に映った。

 

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