為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。   作:カゲさん

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14 霞みゆく一光

「………理由を聞かないの?」

 

「え?」

 

巨人をくい止めるという名目に従い樹の上で待機している時、ナナバがクリスタに聞いた。なんの事かと首を傾げると、ナナバは質問に補足を加えた。

 

「彼だけが森に入った理由」

 

「………聞いたら答えてくれるんですか」

 

「…いいや」

 

ナナバの偽りない返事を聞いたクリスタは、森の方へ目を向ける。しかしそこに祈りはなく、一抹の不安すら感じさせないほどに真っ直ぐだった。

 

「ヒイラギは、約束を守る人ですから」

 

「……そう」

 

ナナバはクリスタの言葉で理解したという訳ではなく、むしろわからなかったことの方が多い。しかし彼女がそれ以上問うことは無かった。言葉を交わしたところで、他人に理解出来るような関係ではないと感じたからである。

 

そしてその判断は正しかった。クリスタがクリスタとしてヒイラギに抱く想いはそう単純なものではなく、いくら言葉を交わしたとて理解出来るようなモノではないのだ。

 

「私は、私に出来ることを…」

 

少女は呟き、大樹にしがみつく巨人を臆することなく見下ろした。

 

 

巨大樹の森は、立体機動装置の機能を生かすには絶好の立地である。前後左右、至る所に存在する巨大樹のおかげでアンカーの固定地には事欠かず、こまかな軌道を取ることで巨人を翻弄しやすい。

 

しかしその反面、巨大樹の森は兵士の能力差が顕著になる場所でもあった。至る所に巨大樹があるが故に、兵士はその樹と衝突しやすくなる。当然訓練を乗り越えた兵士がそんなヘマをすることは殆どないが、身の安全の代償として立体機動の速度が落ちてしまう。立体機動には必須である空間把握能力と動体視力。それらが試される場こそが、巨大樹の森なのだ。

 

その点でミカサとほぼ同じ評価を得た俺は、並の兵士には難しい立体機動の速度を出すことができる。彼女と俺との違いを挙げるとすれば協調性くらいであり、それが首席と次席という順位を決定づけた要因であることは間違いないだろう。

 

こんな風に言えば自画自賛のようにも聞こえなくはないが、これはあくまで客観的な自己分析によるものだ。日本に生きていた頃は謙虚であることが美徳という風潮に乗っていたが、この地でそれを言うと嫌味と受け取られやすい。それ故に嘘偽りなく自身の能力を語り、故に俺はこの能力を把握でき、故に俺はその能力に自信が持てる。

 

「……あっちか…」

 

森の中に耳鳴りのような高い音が響き渡る。それは、リヴァイ兵士長率いる特別作戦班が女型の巨人と接触したことを知らせる音だった。進行方向を少し右にずらし、補給したばかりのガスを惜しみなく吹かして加速する。音響弾の音は木々に反射して正確な発生地点までは特定できないが、大凡の位置は把握出来た。

 

木々の間をすり抜けていくにつれ、いつからか鼓膜を震わせていた規則的な振動音が大きさを増していく。各振動音の間隔は狭く、目標がかなりの速さで走っているのが察せられる。そして木々の隙間からようやく女型の巨人の姿を捉えた瞬間、断末魔の叫びが耳に突き刺さった。

 

「ッ!!」

 

下半身を叩き潰され為す術なく落ちていく調査兵の横を通り抜けて女型の巨人の後ろにつく。その背中には巨人のものではない血肉がべっとりとこびりついていた。そしてその奥には騎乗している幾つかの人影も見える。作戦は問題なく進行しているようだ。

 

この作戦には二つの懸念があった。一つ目は、エレンが巨人化せずに馬で逃げてくれるかどうか。目の前で兵士が死んでいくのに自分は逃げるだけ、という状況を作戦を知らされていないエレンは好ましく思わないだろう。その時、彼が巨人化能力を行使する可能性は十分にあった。しかし今のところ巨人化した様子はない。何やらリヴァイ班の調査兵と言い争っているが、彼の説得はリヴァイ兵士長に任されている。エレンの身を守る役目を負うこちらは、説得が上手くいくことを願うだけだ。

 

そして二つ目の懸念は、単純にエレンが逃げ切れるかどうかだ。女型の巨人は、品種改良され最高速度は80kmも出せる調査兵団の馬よりも速い。ただ走っているだけでは追いつかれてしまうだろう。そこで奴の足止めを担うのが、俺や中央後列の調査兵達である。

 

「いくぞ…!!」

 

再び全神経を集中させて、既に交戦中の調査兵に加勢する形で女型の巨人へ勝負を仕掛ける。先程と同じ要領で挑めば目的を果たせそうにも見えるが、実際はそう上手くいかない。村での一戦は向こうがこちらを確実に仕留めようとしたおかげで真っ向勝負が行えたが、今回奴の優先目標はエレンに絞られている。つまり馬より速く走る奴を追いかけながら攻撃を行い、かつ的確に狙ってくる反撃を避けなければならないというこの状況は、非常に都合が悪いのだ。

 

両脇の木へ同時にアンカーを射出し、女型の巨人に向け加速。しかし両ワイヤーが一直線になった後も回収はせず再び伸ばしていく。そして案の定女型の巨人が振り払うように腕を振ってきたタイミングでトリガーを引いた。こちらの急停止に対応出来ずに巨人の腕が空振った直後にワイヤーを張り直し高度を下げる。うなじや手が硬質化可能となれば、アキレス腱もまた可能だろう。ならばあえて、大した弱点ではない脹脛の肉を削ぐ。

 

「よし…」

 

意表をついたおかげか、あるいは硬質化するまでもないと判断したか。ともかく奴の肉を抉ることが出来た。それで走る体勢が崩れることはなかったが、確実にダメージは与えられている。もう1人の調査兵が飛び回っているおかげで追撃が来ることもなかった。

 

巨人はその歩幅のおかげでかなりの速度で走行可能だが、個体ごとに体力の限界があるようで永遠に走り続けることは出来ない。そして俺は初めて遭遇した時より女型の巨人の走行速度が明らかに落ちていることから、通常の巨人と同様に奴にも体力の限界があるのではないかと考えている。

 

そこで重要なのが、その体力は体の再生にも費やされるのではないかという推測だ。巨人はうなじを削ぎ落とさない限りは再生し続けるが、仮に知能を持っている巨人が意識的に自己再生を行うとすれば少なからず体力を消耗している可能性がある。

 

「ダメか…!!」

 

肉が再生された後、女型の巨人が失速する気配は一切ない。推測の成否は判断しようがないが、少なくともあの程度の傷では大した影響を及ぼせないようだった。やはり、動きを止めるには体の部位を大きく欠損させる必要があるらしい。

 

しかし、今は長時間動きを止めさせる必要はない。具体的に言えば、女型の巨人とエレン遠く引き離す必要はない。こちらは女型の巨人がエレンを捕まえないように立ち回りはするが、目的は女型の巨人の捕縛であるが故に囮のエレンを見失わせる訳にはいかないのだ。

 

「ぐっ!?」

 

うなじを守る左腕の肘関節を狙うが、読まれていたようで首が90度以上回転し口が大きく開かれた。しかし念の為固定したままにしていた左ワイヤーを巻き取ることで回避行動をとる。

 

かなり余裕を持って避けられたためすぐに攻撃の隙をついてやろうと構えたのだが、その考えは紛れもなく女型の巨人によって砕かれた。奴の首が予想より大きく動いたせいで、兵団服が半分喰い千切られてしまったのだ。服が裂けるまで引っ張られた影響でバランスが崩れ、隙をついた反撃は不可能となった。

 

「……ッ」

 

崩れた体勢を戻そうとした時、先を駆けるリヴァイ班の1人と目が合った。思えば俺は久しくエレンと話をしていない。あの見た者全てを救いたいという正義感溢れる顔は健在のようだが、今はどうか堪えて欲しい。彼にとっては厳しい選択だろうが、こうして時間を稼ごうとする俺たちを見捨てて前を向いて欲しい。それがきっと、正しい選択なんだと信じて欲しい。

 

「遅い!!さっさと決めろ!!」

 

リヴァイ兵士長の声が響く。しかしエレンの顔には未だ迷いがあった。一向に前を向こうとしない。

俺がいるからだろうか。名も知れない調査兵ではなく、同期である俺がここにいるから彼は迷っているのだろうか。

 

ならば、その背中を押すのは俺の役目だ。

たった一言だけ、叫べばいい。

 

「走れ!!」

 

有り触れたものでありながら1ヵ月前より俺の脳裏から決して離れようとしないその言葉は、彼の元へしっかり届いた。そして苦渋の表情を浮かべながら前を向いたエレンは、今為すべきことを声を張って宣言する。

 

「進みます!!」

 

直後、女型の巨人より前に出てしまった調査兵がその手に捕まり俺が救い出す間もなく巨大樹の幹に叩きつけられた。落下していく体は頭部と半身を潰され、中から血と臓腑がこぼれ出る。しかしエレンは振り向かず、ただひたすらに前へ進んだ。

 

「目標加速します!!」

 

これ以上の交戦は不利に転じかねないと思ったか、女型の巨人は唐突に体勢を低くし速度を上げた。こちらを完全に無視してリヴァイ班に迫る女型の巨人の足は先程より深く地面を抉り、生じる風は俺を吹き飛ばしそうなほど荒れている。

 

「舐めるなよ…!!」

 

大きく左に体を振り、エレンの元へ伸びる手の甲に狙いをつけ突進する。突き立てた刃は硬質化によって砕かれたが、それは想定内。刃を引っ込め、続いて両脚を伸ばし奴の手に勢い良くぶつけた。当てた部位が硬い分妙な方向へ足をひねることは無いが、その程度の衝撃では大した影響は与えられていなかった。しかしそれも、想定内。

 

「動け……!!」

 

すかさず両手のトリガーを引き、出来得る限りのガスを排出させる。ワイヤーを巻きとる力に押され、巨人の腕は大きく外へ弾かれた。

そして同時に、太い枝の上に立つ大きな人影が目に映る。

 

「ショーダウン…」

 

巻き込まれぬよう女型の巨人から離れた直後、エルヴィン団長の声と同時に轟音が辺りに響き渡った────

 

 

「無事だったか」

 

「はい、なんとか。……ですが、自分以外の調査兵は…」

 

「…そうか」

 

俺がこうして団長と言葉を交わしている間も、女型の巨人の関節には「拘束用ニードル射出器」によっていくつもの鉄柱が打ち込まれ続けていた。

 

奴の動きを見事に止めた初手には「対特定目標拘束兵器」という新兵器が使われた。補給用の馬車に偽装され運ばれたこの兵器は、金属製の鏃が装着されたワイヤーを巨人と背後の木に向けて同時に射出し目標を拘束する。巨人拘束用兵器にはこれ以上ないといえるほど素晴らしいものだった。

 

「動きは止まったようだな」

 

班から一旦離れたリヴァイ兵士長が同じ木の枝に着地しエルヴィン団長に話しかけた。体には傷どころか戦った形跡すら見当たらず、ここに辿り着くまでリヴァイ班は一度も巨人と交戦しなかったことが窺える。

 

「まだ油断はできない。しかしよくこのポイントまで誘導してくれた」

 

「後列の班が命を賭して戦ってくれたお陰で時間が稼げた。あれが無ければ不可能だった」

 

「そうか…」

 

「そうだ…」

 

リヴァイ兵士長は動きを封じられた巨人を見下ろす。巨人のうなじは右手で覆われていて、その全てを晒すことは叶わなかった。逆に言えば奴の左腕は完全に封じることが出来たということだが、結局は右手の硬質化によって刃での攻撃は無効とされてしまうだろう。

 

「彼らのお陰で、こいつのうなじの中にいるヤツと会える。中で小便漏らしてねぇといいんだが…」

 

仲間を殺された怒りを乗せて女型の巨人を軽く嘲罵したリヴァイ兵士長は、飛び立とうとする寸前でこちらの存在に気づいた。手に握っていた刃を納め、俺の方へ歩み寄ってくる。

 

「怪我はねぇか」

 

「深い外傷はありません。この服も、ただ奴に食い千切られただけなので…」

 

出血がないことを示すため脱いだついでに、もはやマントとしての機能を果たせなくなったその兵団服を投げ捨てた。脱ぎ捨てで環境汚染がどうのこうのと言うような人間はここにはいない。そんな呑気なことを論じられるような世界でもなければ、地球環境を破壊できるほど多数の人類が存在してもいないからだ。

 

「そうか……よくやった」

 

リヴァイ兵士長は俺の背中に軽く手を当てながらそう言った後、改めてミケ分隊長の方へ飛び立っていった。潔癖症と聞いていたリヴァイ兵士長が戦闘でかなり汚れた俺の服に触ったりなど、普段の冷たい雰囲気とは言動が噛み合わず少し妙な感じがしたが少なくとも彼の手は暖かく、そして優しかった。

 

「ヒイラギ。女型の巨人との戦闘で得た情報を全て話したまえ」

 

「……………あ、りょ、了解しました」

 

少し浮いていた頭を切り替え、エルヴィン団長の方へ向き直す。足を肩幅まで開き両手は腰の後ろで組み、姿勢が整ってから報告を始めた。

 

「仮称、女型の巨人は明らかに立体機動装置のことを熟知しているため、中身の人間が兵士であることは間違いないと思われます。能力としては圧倒的な運動性能はもちろん、任意の部位を硬質化した皮膚で覆うことが可能のようです。ちょうどあんな風に…」

 

視線を女型の巨人の方へ移した時、リヴァイ兵士長とミケ分隊長がうなじに向けて同時攻撃を仕掛けていた。しかし命中した刃は硬質化した手の甲によって砕かれ、ダメージを与えることはなかった。

 

「ブレードで砕くことはほぼ不可能でしょう」

 

その後も数度攻撃が行われたが、傷一つ付けることすら叶わなかった。

 

「硬質化を維持することは出来ないらしいが」

 

エルヴィン団長は観察による推測を口にする。確かに女型の巨人が硬質化を行うのは攻撃を受ける瞬間だけであり、その度に硬質化を解いていた。

 

「鎧の巨人のように常に硬質化させることは難しいんでしょうが、持続時間がほんの数秒だけということはないと思います。実際、交戦した時は今より長く硬質化していました。おそらく硬質化を保つには体力を要するため、ああして一瞬だけ硬質化させているのではないかと」

 

「ではこのまま白刃攻撃を続ければ、いずれは硬質化が不可能になると」

 

「おそらくは。……ですが…」

 

時間が無い。今この場にいるのは裏切り者である可能性が限りなく低いものだけだが、捕獲時の音をもし裏切り者が聞きつけてやってきたら、女型の巨人を逃すどころか俺達が全滅させられかねない。それがなくとも、もし奇行種の数が増えてきたら女型の巨人どころではなくなってしまう。

 

不意に、エルヴィン団長が右手を挙げた。すると一人の調査兵がやってきて団長が彼に命令を下した。

 

「発破の用意。目標の手を吹き飛ばせ」

 

「はい……しかし、常備してる物の威力では、中身ごと吹き飛ばしてしまう可能性があります」

 

「ならば手首を切断するように仕掛けてみよう。合図を送ったら一斉に仕掛ける。最短で起爆せよ」

 

「待ってください」

 

伝達するため飛び立とうとする兵士も含めて呼び止める。砲で吹き飛ばすつもりなのだろうが、手首を切断しても意味が無い。

 

「奴はうなじすらも硬質化が可能です。手の硬質化が解ける瞬間に攻撃を仕掛けた時に確認しました。たとえ手首を落とせたとしても、中身を抉り出すことは不可能かと」

 

体力の消耗を待つ時間はない。かといって直接うなじを攻撃してもこの刃ではどうしようもない。ならば、道は一つしかないだろう。

 

「ここはうなじに向けて一気に仕掛け、中身の生死は二の次にすべきです。それにもし女型の巨人の中身がエレンと同じ再生能力を持っているとすれば、生存率は高いかと……。たとえ捕獲が不可能だったとしても、知能を持った巨人を討伐すれば敵戦力を大きく削れることは確かです」

 

中身を殺せば裏切り者の証明が難しくなり、必然的に功績として残すことも難しくなる。だが、討伐すらできなかったとなれば証明や弁解の余地はなく調査兵団の解体はほぼ確定してしまう。故に今確実な捕獲方法がないというのなら、最低でも討伐だけはしなければならないのだ。

 

エルヴィン団長は進言を終えた俺をじっと見つめた後、調査兵への命令を改めた。

 

「…うなじに向けて一斉に起爆せよ」

 

「了解!」

 

去った調査兵は作戦内容を伝え、各班はそれに従い発破の用意を始めた。そんな中、リヴァイ兵士長は女型の巨人のうなじに立って何やら語りかけていた。奴を挑発するようなことでも話しているのだろうか。

 

「……エルヴィン団長。これは非常に根拠の少ない推測なのですが、いいでしょうか」

 

「言ってみたまえ」

 

「女型の巨人の正体についてなのですが、奴はおそらく…」

 

 

きぃゃぁあああぁぁああぁあああああ────

 

 

俺が女型の巨人の正体について話そうとした、ちょうどその時だった。突如として大地が揺れ、空気が揺れ、体が中心から大きく震えた。およそこの世のものとは思えないほどの『叫び声』

「なんだ!?」という声はその中に掻き消え、俺自身ですら聞き取れなかった。やがて女型の巨人は大きく開かれた口を唐突に閉じ、あとには未だ森に反響する音とキィィィンという耳鳴りだけが残った。

 

「一体なんだったんだ…」

 

断末魔などの感情的な叫びではないだろう。もしそうなのであればこうして当然叫び声をやめることはなく、一度だけ叫ぶなんてこともない。だとしてもなんの意図があって叫び声なんてあげたのか。仲間への合図だろうか。

 

「エルヴィン!匂うぞ!」

 

真っ先に団長の所へ来たミケ分隊長が切羽詰まった様子で言う。『匂う』とは一体どういう事なのか俺にはわからなかったが、エルヴィン団長は把握出来ているらしい。

 

「方角は?」

 

「全方位から多数!同時に!」

 

そこまで聞けば俺にも理解できる。ミケ分隊長はよく匂いを嗅ぐ癖があるとは聞いていたのだが、どうやら巨人の匂い、あるいは気配を察知できるらしい。エルヴィン団長の反応から察するに、その的中率はほぼ確実。

 

「発破用意を急げ!」

 

「エルヴィン!先に東から来る!すぐそこだ!」

 

「荷馬車護衛班!迎え撃て!!」

 

団長の素早い判断に従って調査兵が3人飛び出した。迫り来る人間に向かって巨人は足を止めずそして────

 

素通りした。

 

「無視だと!?奇行種なのか!?」

 

「3体突破します!!」

 

女型の巨人の方へ一直線に走る巨人はしかし、彼によってその命を絶たれる。人類最強の兵士、リヴァイ兵士長によって。

 

「リヴァイ兵長!!」

 

それはほんの一瞬の出来事だった。全く無駄のない軌道を描いたリヴァイ兵士長は、一糸乱れぬ動きで大型2体のうなじを綺麗に削ぎとったのだ。

今の俺はきっと、あの動きを真似出来ない。能力としての問題ではない。彼との間にある大きな差は、経験だ。たとえ巨人2体をそれぞれ一撃で仕留めたとしても、討伐時間はこちらの方が圧倒的に劣るだろう。あの動きはきっと、俺が目指すべき最適解だ。

 

「全方位から巨人出現!!」

 

「ッ!!」

 

その報告で我に返る。どうもリヴァイ兵士長と言葉を交わした時から心が浮ついているような気がする。実際会話を交わす前と後とで差異があったからだろうか。

 

「全員戦闘開始!!女型の巨人を死守せよ!!」

 

今度こそ頭を切り替え、状況確認のため視線を動かす。先程接近した巨人3体のうち2体はリヴァイ兵士長が仕留めたが、残り1体は身長が低く女型の巨人まで辿り着いた。そして何をするかと思えば、なんと奴の肉を喰いだしたのだ。

 

そして今、おそらく同じ目的を持つ無数の巨人が一斉に襲いかかろうとしていた。おそらくそれは奴の能力で、引き金はあの『叫び声』

 

「ッ!!」

 

枝から飛び降り、真下まで来ていた巨人のうなじを斬り飛ばす。女型の巨人に向けて接近する巨人は、もはや数えられるような量ではなかった。しかしここで女型の巨人を失うわけにはいかないため、手当たり次第に巨人のうなじを削いでいく。

 

削ぐ──

 

削ぐ───

 

削ぐ────

 

迫る巨人は例外なく俺達を無視するため倒すことは至極容易かった。しかし、いくらなんでも数が多すぎる。1体殺せば2体が突破し、それを殺せば4体が突破してしまう。現戦力では押し寄せる波を阻むことが出来ず、無残にも女型の巨人の体は食い散らかされてしまった。

 

そして奴の原型すらわからなくなり巨人の蒸気で視界が保てなくなった頃、エルヴィン団長の声が響く。

 

「全員一時撤退!!」

 

俺を含め、全員が顔を顰めながら退避した。

大量の巨人を呼び寄せるのが奴の能力だとして、それを今行使したのは何故か。捕獲された場合の情報漏洩を恐れたからだろうか。エレン入手に失敗すれば命を絶つ覚悟を持っていたというのか。

 

「まあいいか…」

 

どちらにせよ、こちらの目的は奴の討伐が最低条件となったため手間が省けたというものだ。現在確認されている敵のうち1人が消えたのは間違いない。

 

………そのはずなのだが。

 

「総員撤退!!巨人達が女型の巨人の残骸に集中している内に馬に移れ!荷馬車はすべてここに置いていく!巨大樹の森西方向に集結し陣形を再展開!カラネス区へ帰還せよ!!」

 

「……………」

 

何かが引っかかる。別に最低の結果になったわけじゃない。エルヴィン団長の証言次第だがおそらくあの人なら調査兵団を、そしてエレンを残す方向に持っていけるだろう。それほどに俺は彼の強さを信用している。では俺は一体何に違和感を感じているというのだろうか。

 

「ヒイラギ!私たちの班の馬に乗って!」

 

「はい!」

 

赤髪をした二ファさんに従い、一時的にハンジ班に加わる。

彼女は一応ハンジ第四分隊長直属の部下となっているが、時にはエルヴィン団長やリヴァイ兵士長の元で動いたりとマルチな働きをする調査兵である。その容姿は髪型も相まってアルミンとよく似ていると、104期の中ではよく話題に上っていた。

 

「………」

 

アルミンなら何かあの硬質化を突破する方法を見つけられただろうか。彼は戦闘にこそ向いていないが、戦術面や観察眼は群を抜いていて俺は到底及ばない。だからこそ彼ならあるいはと考えてしまうが、実際居合わせたのは俺だ。俺が既存の捕獲案を蹴り、代案として討伐を提案した。俺の能力不足のせいで、捕獲は叶わず奴は死ぬことになり────

 

悪寒が走る。

 

殆ど反射的に背後を振り向く。巨人達が女型の巨人の肉を喰らう姿が蒸気の隙間から見えた。もっと早い段階で別の捕獲案が思いついていれば、中身の人間があの蒸気の中で食い千切られるようなことにもならなかったというのに。……いや待て。ちょっと待て。落ち着け。整理しろ。

 

奴が叫び声をあげた後に、女型の巨人が他の巨人共に食われるところは俺を含めこの場にいる全員が目撃した。初めは脚を、そして肩、胴、顔。殆どの部位が食われ剥がされ引き千切られた。だが、誰か奴のうなじを巨人が食ったのを見ただろうか。誰かうなじの中身があらわになる所を見ただろうか。

 

否である。それは誰も見ていなかった。もとい見られなかった。理由は、俺達が倒した巨人や女型の巨人が発する蒸気によってまともな視界を保てなかったからだ。

 

つまり中身の人間が………『彼女』が死んだところを見た者は、一人もいない。

 

「エルヴィン…どうしてリヴァイに補給させたの?時間がないのに…」

 

ハンジ分隊長が戦闘を走るエルヴィン団長に問う。リヴァイ兵士長はここにはおらず、リヴァイ班の方へ戻っている。ハンジ分隊長の言葉から察するに、エルヴィン団長は戻る前リヴァイ兵士長に補給をさせたのだろう。一刻も早く陣形を組み直さなくてはならないこの状況で、わざわざ遅らせるようなことをした理由。

 

「……奴は立体機動装置でエレンを追いかけている…」

 

結論に至る。違和感は取り除かれた。しかし同時に焦りを抱き始める。女型の巨人はエレンを追いかけているが、エレンを含めリヴァイ班の皆はそのことを知らない。リヴァイ兵士長でさえ、把握しているか怪しいところだ。下手をすればエレンは奪われる。いやむしろ、その可能性の方が高いのではなかろうか。

 

「中身があらかじめ立体機動装置をつけていて、蒸気に紛れて逃げたんじゃないかって推測なら、それはないと思うよ」

 

俺の言葉を聞いたハンジ分隊長が否定する。対して俺は彼女に問うた。

 

「なぜ言いきれるんですか?」

 

「確かに超大型巨人が消えた時もその中身を見た人はいないけど、エレンが巨人から出た時の状況を考えるとできそうもないからね」

 

「なぜ言いきれるんですか?」

 

再度、問う。

確かにエレンは立体機動装置をつけた状態で巨人化したが、出てきた時には装備は破損し戦闘服もなくなっていた。さらにエレン本人が自力で立てないほど憔悴していたため、女型の巨人も立体機動装置で逃げることは出来ないとハンジ分隊長は結論づけたのだろう。しかし───

 

「なぜって…」

 

「基準をエレンとするのがそもそも間違いです。彼は彼自身でさえ巨人化能力を理解出来ていない。しかし敵は、その能力を熟知していると考えた方がいいでしょう。硬質化やあの叫び声が良い例です。我々はエレンにそんな能力がないと思っていたから、敵が行使する可能性も考えなかった。しかし実際は、この通りです…」

 

「……つまり君は、エレンには出来なくても敵が立体機動装置で脱出することが出来ると言うわけだね?」

 

「未知の多い敵と戦う以上、そういった推測を前提にすべきかと」

 

人は物事を枠で囲もうとするきらいがある。何故なら、そうすることによって対処法を講じやすくなるからだ。しかし枠組みを作るのはこちらが勝手にすることであり、物事を枠組みの中に押さえつけられる訳では無い。

 

そして今回、女型の巨人がこちらの設けた枠組みから外れたため作戦は失敗した。無闇矢鱈に枠で囲もうとする限り、人類が巨人に勝つことなど出来はしない。

 

「ヒイラギの言う通りだ」

 

エルヴィン団長が前を向いたまま答える。

 

「我々は巨人化については初心者であるエレンを基準に考えたため、敵の能力を予想出来ず失敗した。あの敵を出し抜くためには発想を飛躍させる必要がある」

 

「敵が蒸気に紛れて脱出することができ、我々と同じ装備を身に纏っていれば兵士に紛れ込むこともできるかもしれない。敵が…力を残す術を持っているのなら、再び巨人を出現させることもできるかもしれん」

 

「今回敵と対峙して感じたことだ。最善策に留まっているようでは到底、敵を上回ることはできない。すべてを失う覚悟で挑まなくてはならない。必要なら大きなリスクも背負う」

 

「そうして戦わなければ、人類は勝てない」

 

堂々たる宣言。今までの彼の作戦は殆ど博打のようではあったが、それでも度を超えた掛け金や負ける可能性が高い勝負は避けてきたのだろう。だからこその、最善策。

 

しかしそれでは足りないと。それでは人類は至れないと彼は確信した。およそまともな人の為す所業では限界があると、理解したのだ。そしてその限界を超えるためなら人としての心だって捨ててやる『強さ』が彼にはあった。

 

「…………」

 

女型の巨人が生きている以上、調査兵団の功績は皆無。今回の壁外調査は完全な無駄だったと評されるだろう。それについては弁明のしようがない。だが、最低でもエレンだけは連れ帰らなければならない。彼を失えば、人類の敗北は確定する。

 

しかし今から俺が敵の存在を知らせる為にリヴァイ兵士長を追う、という選択肢はなかった。トロスト区奪還作戦時のような大怪我はないが細かい傷は幾つもあり、2度も女型の巨人と交戦したせいで疲労が溜まっている。こんな状態で行っても追いつけるかどうかすら怪しく、仮に追いついたとしても足手まといになるだけだろう。

 

そして何より、エルヴィン団長がリヴァイ班に応援を向かわせていないことが俺が動かない大きな要因であった。そこにはリヴァイ兵士長がいれば他の増援は不必要であるという信頼が表れていて、それは俺も同じだった。実際目にしてわかったことだが、今の俺や他の調査兵が向かえば返ってリヴァイ兵士長の邪魔になるのは間違いないのだ。

 

女型の巨人とは別の、1か月前に聞いた覚えのある叫び声が聞こえたが俺は何も言わず馬を前へ走らせた。

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