壁外調査では、多かれ少なかれ死人が必ず出てしまう。当然その兵士たちには家族がいて、壁外調査中はずっと彼らを待ち続けている。その者達のために死体を回収し持ち帰るのもまた、壁外調査の一環であった。
そして今、調査兵団は回収した死体の身元を確認するため平野に留まっていた。壁外であるため留まる場所は行きで使った航路から慎重に選び、陣形を円状に変え警戒を怠らない。行う作業としては回収した死体を並べ、身元確認が出来次第布にくるみ馬車に乗せていくことの繰り返し。中には半身がなかったりそもそも胴体がなかったりする死体もあり、辺り一帯には酷い死臭が漂っていた。
「…結局、君の予想通りになってしまったね」
「そう…ですね…」
並べられた死体の名を告げていたハンジ分隊長が、名簿確認をしていた俺に向かって悔やむように呟いた。
撤退開始後しばらくして陣形に戻ってきたリヴァイ兵士長の傍にはエレンとミカサしかおらず、残りのリヴァイ班4名の姿はなかった。そして今、俺とハンジ分隊長の前には回収班によって運ばれてきたその4人の体が横たわっている。
エルド・ジン:上半身切断により死亡。
オルオ・ボザド:背部陥没により死亡。
ペトラ・ラル:胴及び脚部圧砕により死亡。
グンタ・シュルツ:うなじ欠損により死亡。
つい数10分前までは生きていた彼らの目は虚空を見つめていて一切の光が感じられなかった。その顔を見ているとまるで暗闇に吸い込まれてしまいそうになる感覚に襲われるが、俺にそんな彼らから目を背けることは許されない。彼らは、俺がより深く思考を巡らせていれば救えたかもしれない命だった。たとえその考え方が傲慢だと言われようと、俺は悔やむことをやめる訳にはいかないのだ。
「グンタさんが人間にやられたってことは、調査兵団の服を着てたんでしょうか」
「彼を含めてリヴァイ班は皆優秀だったからね。油断がなければ同じ人間に殺られたりなんかしないさ…」
巨人との戦闘で生じた死体は総じて悲惨なものだが、4人目の彼だけがそれとは別の死に方をしていた。明らかな人為的死因。リヴァイ兵士長の報告によれば、それは女型の巨人の中身がやったことらしい。
奴は初めにリヴァイ班の1人を立体機動装置で殺害。その後巨人化し残ったリヴァイ班を殺害。そして同じく巨人化したエレンにも勝利し彼を拉致。だが駆けつけたリヴァイ兵士長とミカサが女型の巨人と交戦し、これを奪取。以上が事の顛末だという。
そして報告を受けた回収班が向かった時には女型の巨人の姿はどこにもなかったため、リヴァイ班の遺体をここまで運ぶことが出来たのだ。エレン奪取が失敗したとなれば女型の巨人は再び壁内へ帰還せねばならなくなり、それに要する体力を考えれば追撃は不可能だと考えたのだろう。
「………………」
シュレディンガーの猫と呼ばれる思考実験がある。1時間に50%の確率で有毒ガスが充満する箱の中に猫を入れ1時間待つと、箱を開けて見るまでは中に生きている猫と死んでいる猫が重なっていることになる。と、一般的にはこう認識されているものだがそれに当てはめて考えるなら、俺が「女型の巨人は生きている」と断定したために現実がその方向に確定してしまったということになる。
もっともシュレディンガーの猫とは、我々が認識するまで物事が確定していなくて複数の状態が重なり合っているなんて、常識的におかしいではないか。という風にとあるパラドックスを指摘するための思考実験なので、俺が断定しなければなんて考えは馬鹿げているのだ。
では俺がリヴァイ班に駆けつけたらどうなったか。俺が向かい女型の巨人を引き付け、この4人を救うことができたのか。否であろう。リヴァイ兵士長が追いついた時点で殺されていたのだから、俺が行ったところで結果は変わらなかった。
「……ハンジ分隊長、リヴァイ班の兵団服に紋章がないんですが…」
ふと気づいたことを問う。4人それぞれの胸ワッペンだけが切り取られていて、巨人に破られたというより刃物で切り取ったような印象を受ける。
すると、ハンジ分隊長は少し寂びそうにしながら答えてくれた。
「あぁ、これね……リヴァイが持っていったんだ。リヴァイにとっては彼らの紋章が、生きた証だから…」
「生きた証……」
リヴァイ兵士長の言葉や行動。一見非情で残酷な人間のように思える彼から垣間見得るものは、聞いていた話とはまるで噛み合わないことばかりだった。おそらくそれが彼の本性であり、彼の強さなのだろう。
「ヒイラギはもう右翼側に戻っていいよ。あ、ついでにエルヴィンにこっちは終わったって報告しておいて」
「わかりました。ではまた」
「あぁ、手伝わせて悪かったね」
軽く頭を下げてからその場を離れる。団長が森の側に向かうのはあらかじめ把握していたため、その方向へと歩いた。エルヴィン団長の姿を見つけるまでの間、どこを向いても布にくるまれた死体が目に映った。その傍には必ず調査兵がいたが、彼らは悲しみすら通り越してただただ絶望していて、その顔にはおよそ生気と呼べるものは一切見受けられなかった。
「納得いきませんエルヴィン団長!!」
皆が下を向き静寂に包み込まれていた中、そんな叫び声が聞こえてきた。目的の人物を呼ぶ声が聞こえた方向に足を運んでいると、先程の怒鳴り声をあげた理由が判明する。展開された会話はこんな感じであった。
「オイお前!!」
「回収すべきです!!イヴァンの死体は、すぐ目の前にあったのに!」
「巨人がすぐ横にいただろう!二次被害になる恐れがある!」
「襲ってきたら、倒せばいいではありませんか!」
「イヴァンは同郷で幼馴染なんです!あいつの親も知っています。せめて連れて帰ってやりたいんです!」
イヴァンという調査兵の死体回収を巡る話のようだが、そんな同情論ではエルヴィン団長は動かない。そしてそれを代弁したのは、参議を聞きつけてやって来たリヴァイ兵士長だった。
「ガキの喧嘩か」
「リヴァイ兵長…」
「死亡を確認したなら、それで十分だ。遺体があろうがなかろうが死亡は死亡だ。何も変わるところはない」
「そんな…」
「イヴァン達は行方不明として処理する。これは決定事項だ」
リヴァイ兵士長の言葉以上に語ることはないと思う判断したエルヴィン団長は考え直しを求める2人をその場に置き去った。リヴァイ兵士長もそれに従いついて行く。
「2人には…人間らしい気持ちというのがないんですか!!」
「おいディター!!言葉が過ぎるぞ!!」
ディターと呼ばれた調査兵が最後に放った侮辱と受け取れる言葉も、彼らの耳に届きこそすれ足を止めさせるには至らなかった。
2人は何を言わず立ち去る。過ぎた言葉を咎めることもなければ、ディター調査兵の言葉を否定することもなかった。
「エルヴィン団長。ハンジ分隊長に代わり、第四分隊担当の回収が完了したことを報告します。……可能な限り、ですが」
ディター調査兵達から少し離れたところで声をかける。手渡した名簿を歩きながら一通り確認したエルヴィン団長はそれをこちらに返し、労いの言葉を口にした。
「報告ご苦労。ここからは右翼に戻る予定だったな」
「はい、馬も向こうに残したままですので…」
俺は足を止めエルヴィン団長、そしてリヴァイ兵士長に頭を下げる。
その時ふと、違和感を覚えた。
俺とエルヴィン団長が会話している時もリヴァイ兵士長はすぐ隣を歩いていたのだが、その歩き方が崩れている。具体的にいえば片足を庇うような歩き方をしていた。
リヴァイ兵士長はミカサ・アッカーマンと似たものを感じるのだが、彼らはどんな状況でも体をどう動かすのが最適なのかを理解しているような、極めて合理的な動きをするのだ。だからこそ俺はリヴァイ兵士長の歩き方に違和感を感じ取れたのだが、それはつまり彼の足が負傷していることを示していた。
「…ではこれで」
しかし、それについて追及はしなかった。状況からして女型の巨人と交戦した時に負ったものだろうが、たとえ彼が負傷したことを認めたとしても俺に出来ることは何も無い。ならば、そんな無粋なことをする必要もあるまい。
◆
右翼側は女型の巨人によって多大な被害を被ったため、配置が大きく変動した。しかし大凡の位置を聞いていたのと、彼女の髪色がよく目立つため見つけるのには苦労しなかった。
遺体の入った布袋を馬車へ上手く載せずにいたクリスタに横から近づき、彼女の力に自分の力を上乗せして袋を持ち上げた。
「ヒイラギ…」
袋の位置を保ちつつ荷馬車に乗り、既に載せられていた遺体の上にそれを積む。身元確認などは新兵熟練兵関係なく行うため彼女もこうして死体を運んでいたのだが、1ヵ月前に1度経験したからといって慣れるものではなく、顔色が酷く悪くなっていた。その頬に手を添えると、クリスタは微かに首の力を抜いて頭を預けてくる。
「大丈夫か」
「うん…私はこれくらいしかできないから………。ヒイラギこそ怪我はない?…あれ、マントはどうしたの?」
「女型の巨人にくれてやった。怪我はしなかったから大丈夫だ」
荷台の上から辺りを見回すと、近くにアルミンとジャンの姿を確認できた。他にも同期がいないか探していると、見覚えのある容姿の調査兵が駆け寄ってくるのが見えた。クリスタの方へ、一直線に。
「無事だったかぁクリスタ!」
「ユミルも無事だったんだね…!」
俺を遠慮なく押し退け一切の躊躇なく唐突に抱きつかれたクリスタだったが、こんな状況で親友の生存を確認できたのが嬉しかったらしく嫌がる様子も見せなかった。
「お前も無事だったんだな」
「この通りな」
クリスタに対する態度とはまるで違ったが、それがユミルという少女であるため気にかかったりはしなかった。むしろどこか男勝りな部分があるため、今では気楽に接せられる友人のように思えている。
「ユミル、左翼で104期は誰も死んでないか」
こちらが聞いても彼女はクリスタから離れる気配はなかったが、後ろから抱きしめるような体勢を取りながら質問に答えてくれた。
「今のところ知り合いの死体は見てねーな。どっかで丸ごと食われちまってたらわかんねえけど」
「ユミル!変なこと言わないでよ!」
クリスタが咎めるように言うが、髪をぐしゃぐしゃと掻き回されたせいでそれどころではなくなってしまった。するとユミルは唐突にその手を止め、思い出したように話した。
「そういや途中でミカサが森の中に行っちまったって聞いたな」
「それなら問題ない。今は中央のエレンと一緒にいるはずだ」
「だったら誰も死んでねぇんだろ」
「そうみたいだな」
どうやら同期で死亡者はいないようだった。丸ごと食われてたら云々は彼女の冗談であり、もし誰かいなくなっていれば真っ先に同じ左翼のサシャが気が付きユミルの耳に届くだろう。まあ聞いたところで彼女は動いたりはしないが、記憶には残るはずである。そしてそれは俺も同じで、例え同期の誰かが行方不明でも…………いや、どうだろうか。
「出発するぞ!全員配置につけ!」
張った声で伝達された指示に従い、作業を終えた調査兵達が次々と馬へ跨っていく。
2頭の馬と御者が引く荷馬車には死体と共に怪我人や巨人を食い止めている間に馬を失った調査兵が乗っているため、ただでさえ少なくなっていた調査兵がさらに減る。おかげで陣形の一部として機能する調査兵はかなり少なく、長距離索敵陣形を組めば人員の観点から上手く機能しないのは明らかであった。
故にエルヴィン団長が改めて長距離索敵陣形を展開することは無く、縦長のある程度距離を保った陣形をとることになった。ルートは先程と同じように既に通った道を走るため巨人との遭遇率は低く、互いの距離も近いためフォローが可能となっている。
「結局森の中じゃ何やってたんだ?」
配置変更の影響で右翼側につくこととなったユミルが俺に向かって質した。そんな彼女に対して、走りながら警戒する以外には特にすることのなかった俺は女型の巨人についてから説明した。作戦内容については幾つか伏せた情報もあったが、クリスタが知っていることはどうせ隠しても意味が無いため全て話した。
「それで右翼は壊滅したのか」
「壁に着いたら非難の嵐だろうな」
大声を出し、鐘を鳴らし、やる気に満ち溢れた様子で出ていった調査団が半日も経たずに半壊して帰ってきたらとんだ笑いものだろう。普段の運営は民の血税で賄われているため、石を投げつけられてもおかしくない状況だ。
「調査兵団は大丈夫なのかな…」
「それを考えるのは無事に帰ってからだ」
クリスタが後の行く末を憂うが、気にすべきなのは今だ。確かに接触しにくい道を行き現状接近する巨人は確認できていないが、カラネス区の壁まではまだ結構な距離がある。その間に接触がないかと問われれば確実に否と答えるだろう。
「後方が巨人を発見!!」
言ってる傍からこれだ。陣形が小さいため信煙弾による伝達が行われないうちに前列へと伝わる。
そしてエルヴィン団長が下した命令は、応戦ではなく全速前進。1体や2体程度なら壁まで逃げ切った方が速いと判断したのだろう。
ここが森であれば後方に精鋭を送るなりして対処するのだが、生憎と見渡す限りの平野である。時々数本の木が生えているのを確認できるが、それ以外に有利をとれる地形は特に見当たらない。こんな不利な状況で下手に止まれば二次被害が出てしまうだろう。
「ったく、なんで出発早々追われる羽目になってやがんだ。索敵班の先輩方は一体なにやって……オイ!どこ行くんだ!?」
「ヒイラギ!!何かあったの!?」
陣形が加速していく中、突然減速を始め配置場所から離れていく俺に向かってユミルとクリスタが叫ぶ。馬の不調でも忘れ物を思い出した訳でもない。ふと、前列の方からどんどん下がっていくリヴァイ兵士長の姿が見えたのだ。恐らく後ろの様子を見に行ったのだろうが、怪我を負っている彼は戦力にはならない。ならば、一体何をしに行ったのか。
「後ろの様子を見てくる!!気にせず進んでくれ!!」
俺はそう告げ、彼女らからの制止の声を無視して後退を続ける。そして後方の確認をしつつ馬をリヴァイ兵士長のいる中央側へと寄せていき後を追っていくと、伝達通り巨人の姿が認められた。しかしその数は予想より多く、少なくとも5体は陣形を追いかけてきている。
出発して時間が経っていないことから、比較的近くにいたのだろう。ユミルは索敵班に対して愚痴っていたが、これほどの数を見落とすような失敗をするとは思えない。しかし知性を持つ巨人が再び巨人を引き連れてきたという様子も伺えない。
「あれは………そういうことか…」
呆れてものも言えない。深くため息をつく間に、視覚から得た情報をまとめていく。
陣形の真後ろに近づいてきている2体のうち、遠方の巨人の周囲には2頭の馬がいた。うち1頭は巨人と戦闘中の調査兵だろうが、もう片方に乗っていたはずの調査兵の姿はない。
ミカサがいち早く救援に向かったため戦闘中の調査兵が喰われる可能性は低くなったのだが、その背格好には見覚えがあった。エルヴィン団長に死体回収で異議を申し立てていたディター調査兵だ。察するに、行方知れず調査兵はあの時隣にいた同郷の調査兵だろう。
その出来事から推測すれば、彼らはイヴァンなる幼馴染の死体を回収しに行きまんまと多数の巨人を引き連れてきてしまったというわけだ。死体に辿り着けたかどうかは判然としないが、彼の背に人の姿はなかった。
「だめだ!追いつかれる!」
「俺があいつの後ろに回る!ひとまず気を逸らして、その隙にお前───」
最後尾の馬車に乗った調査兵が言い合うが、馬車の左に馬をつけたリヴァイ兵士長がそれを妨げる。
「やめておけ。それより遺体を棄てろ、追いつかれる」
「なっ……し、しかし!!」
「遺体を持ち帰らなかった連中は過去にもごまんといる。そいつらだけが特別なわけじゃない」
「リヴァイ兵士長」
馬車の右隣につけたところでリヴァイ兵士長に声をかける。
彼が死体を棄てる決断をすることは分かっていた。彼自身が言った通りこの馬車に乗せられた調査兵が特別なわけじゃない。ならば生きている人の命を優先するのが当然で、その為なら死体を棄てることを厭わないのがリヴァイ兵士長という人物なのだろう。
しかし俺は異議を立てざるを得ない。これは兵としては間違った判断だろう。死体を棄て巨人の足を止めるのが確実で、俺の考えは不確定要素が多い。だが彼の本性に少しでも触れた俺はそれを言わずにはいられない。
「あなたにとっては、どうなんですか」
睨んでいるように見える彼の目を俺はまっすぐ見返す。
馬車や布には何処に誰が積まれているかを把握するための印がつけられているのだが、ここにある印には酷く見覚えがあった。おそらくリヴァイ兵士長も、この馬車に積まれた死体が誰なのか分かっているだろう。分かっていて、棄てる判断をしているのだろう。
冷徹。非情。残酷。今言動から抱く印象はそういったものだが、彼の本心はそこにはない。同班だった兵士の紋章を生きた証として持つ彼が、あの4人の死体を棄てることに何も感じない訳が無い。確かに兵士としては彼の言葉が正しい。だが、リヴァイ兵士長個人としてはリヴァイ班の4人は紛うことなき特別な人間だろう。それを知る俺は、彼にこの4人を棄てさせる訳にはいかないのだ。
リヴァイ兵士長は足の怪我で戦えない。全てとは言わずとも、その原因は俺にもある。そしてそれを招いた俺の思慮の浅さはリヴァイ班全滅にも直結している。あの時俺は何も為せなかった。しかし、今の俺は彼らのために為すことが出来る。そんな状況で、戦わない訳にはいかない。
「これくらいはさせてください」
刃を逆手に持ち、飛び立つ。
今の俺では彼のような完璧な動きはできない。だが今後も彼の代わりが必要になった時、俺は迷わずこの未熟な身体を奮い立たせるだろう。
かつての俺ではきっとこんな思いを抱かなかったであろう。この世界に生きる俺にとっては為すべきと感じたことだけが全てであり、知り合いの死に対しても憐れにこそ思えどそこに悲しみはなかった。しかし、今の俺にはかつて他人と対する時抱かなかった感情が渦巻いている。
「悔み」だ────
あの時別の判断を下していれば。あの時もっと行動を起こしていれば。あの時より深く考えを巡らせていれば。あの時。あの時。あの時。
言い出せばキリがない。それ程まで俺は多くの事象に対して悔みを抱くようになっていた。具体的にいつからかはわからない。しかしきっかけはハッキリしている。
人だ。俺は人に対する悔みを人と接することで得られたのだ。それは友人であり、同僚であり、同期であり、先輩であり、指導者であり、恋人であった。
純粋な正義感を持つエレン
絶対の使命感を尽すミカサ
明晰な分析力を扱うアルミン
的確な判断力を誇るジャン
頑固な意志力を示すユミル
気丈な統率力を揮うエルヴィン団長
不屈の精神力を翳すリヴァイ兵士長
そして多彩な配慮力を与うクリスタ
俺は彼ら彼女らと様々な場面で接することにより次第に変化が訪れ、新しい感情を得ることが出来た。いや、取り戻すことが出来たという方が適切だろう。命と共に一度死んだ感情。それを取り戻していくことが今の俺には出来ているのだ。ならば────
ならば俺が『柊』に戻る日も来るのだろうか。
◆
巨人襲撃の危機を脱した調査兵団は、位置の確認をするため再び陣形を停止させ円形に広がっている。そしてエルヴィン団長に一通りの報告を終えた俺はクリスタの元へ戻ろうとした時に1人の男性を見かけた。馬に乗った彼が行く先には、今の事態を招いた張本人が下を向いて佇んでいた。結果として兵団に迷惑をかけた上イヴァン調査兵の死体は回収出来ず、もう1人の幼馴染であるユルゲンまで失う羽目になった。今、彼の心は後悔で満ち溢れているだろう。
「リヴァイ兵長……自分は…」
馬から降り近づいてくるリヴァイ兵長に向かってディター調査兵が消え入りそうな声で呟く。対してリヴァイ兵長は内ポケットから布のようなものを取り出した。そしてその手のひらと同じ大きさの物をディター調査兵に差し出し、こう告げた。
「これが奴らの生きた証だ。…俺にとってはな」
受け取ったディター調査兵はそれを見て息を呑んだ。調査兵団の証である自由の翼の紋章。服しか取り戻せなかった時の為に兵団服の紋章には名前が刻まれている。そして、その紋章に刻まれた名は…
「イヴァンのものだ」
散々な目にあった中で唯一得られたものに堪えきれず涙を溢れさせた。そこには当然悲哀や後悔があるだろうが、リヴァイ兵長の優しさに対する感謝の意もあったのだろう。
「兵長…!!」
それ以上リヴァイ兵長が声をかけることは無く、再び馬に乗りディター調査兵から離れていく。そしてその先に俺が立っていることに気付いたリヴァイ兵長は目の前まで来たところで馬を止めた。
「リヴァイ兵長、先程は独断専行を行い申し訳ありませんでした」
俺は頭を下げた。結果的に巨人は全てミカサと協力して討伐できたものの、上官の命令を無視したことには変わりない。エルヴィン団長は処罰に関してはリヴァイ兵長に一任すると告げた為、俺の今後は彼の一言で決定されてしまうだろう。しかし俺は悔いのない選択をした為、そこに後悔はない。
「ありがとう」
「…………え…」
俺の肩に手を当て一言だけ発したリヴァイ兵長は、そのまま馬を歩かせ離れていった。頭の理解が間に合わず、俺はその背に声をかける。
「リヴァイ兵長!俺の処罰は…!」
声を張った。きっと兵長の耳にも届いただろう。だが彼は立ち止まらず、振り返らず、返答することもなかった。
軍規違反を不問としたリヴァイ兵長に、俺は敬礼をとった。
◆
壁外調査からカラネス区へ帰還した調査兵団は、嫌になるほどの文句や慨嘆で迎えられた。しかし調査兵団にはそれに反抗できる根拠もなければ気力もなかった。皆一様に消耗しており、声を上げることすらままならない。
「かっけー!!これがあの調査兵団か!!あんなにボロボロになっても戦い続けるなんて!!」
子供の声だった。冒険心に溢れる子供、それも男のこともなれば調査兵団に夢を見ることもあるのだろう。しかし実際にあるのは、夢とはほぼ遠い絶望的な現実。だからこそその男の子の言葉は酷く調査兵団に突き刺さった。
リヴァイ兵長にはペトラ・ラル調査兵の父親と名乗る男性が愛娘について話し、エルヴィン団長には一般市民や記者達からの過激な質問を投げつけられていた。
◆
今回の壁外遠征に掛かった費用と損害による痛手は調査兵団の支持母体を失墜させるに十分であった。そして、エルヴィン団長を含む責任者が王都に召集されると同時にエレンの引き渡しが決まった。
だが、エルヴィン団長はそう易々と諦めるような男ではない。彼は憲兵団が迎えに来る前にとある一室に集合を命じた。そこに王都への召集がかかったエレンや、エルヴィン団長、そしてリヴァイ兵長以外にもミカサ、アルミン、俺も含まれていた。
この場にいるのは女型の巨人と接触した人物だけで、それらの報告から推察した女型の巨人の正体について俺とアルミンの意見が一致した。奴は104期訓練兵団に所属していた者であり、上位10名に選ばれ唯一憲兵団を選んだ者であった。彼女の名は────
「アニ・レオンハート。それが、女型の巨人の正体だ」
次回、クリスタの出番が増えます。
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では今後もどうぞお楽しみください。
各話の文字数ってどのくらいがいいですか?
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3000文字〜5000文字程度
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6000文字から8000文字程度
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9000文字から12000文字程度