為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。   作:カゲさん

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17 散りし煙は壮麗に

 

血を吐くほど対巨人用の過酷な訓練を受けてきた多くの兵士達が、何故実戦で命を落とすのか。理由は明白。恐怖と緊張故である。勿論巨人の挙動に対応できなかった者も中にはいるが、多くの場合がその迫力や死という存在を身近に感じることで体が硬直してしまうのだ。そうならないためには緊張しないことが一番だが、それを知ったからといってすぐに実践できるほど人間は便利ではない。完全に恐怖や緊張を消すことは俺も不可能だ。

 

しかし、ある程度の緊張感を残したまま無駄な力みをなくす方法なら一つ知っている。それは、普段と変わらぬ日常を過ごすことだ。緊張が起こるのは未知のモノと遭遇するが故。だから、未知ではないモノに接していれば緊張を誤魔化すことができるのだ。

 

だから、今俺が実践していることは緊張をほぐす為に必須なことなのだ。

 

「毎度あり!」

 

露店員の元気な声に軽く頭を下げ、買い取った商品を改めて眺める。滑らかな曲線を描く金色のチェーンと紺色の布が合わさった、少し高価な髪留め。以前リーブス商会で購入した物は高すぎた為今回は流石に少し値は下がっているが、あまり下げ過ぎるのもどうかと思ったためやはり相場よりは少し上の物をこうに購入した。

 

「…さて、と」

 

俺はこうして買い物をしているのはウォール・シーナの東側外にある街ストヘス区。壁外調査が主であるはずの調査兵団に所属する俺が、全方位を壁に囲まれていることがよくわかるこの街にいるのはとある任務を遂行するためである。

 

極秘任務であるため人目につくことはしないように言われているが、街人全員が敵対視してきているわけでもないため買い物程度であれば問題はあるまい。いや、そういう問題ではないことはわかっているが。なに、バレなければ問題になることもなかろう。

 

「ここでなぁにをしているのかな〜?」

 

バレた。

 

 

「まったく、キミとクリスタって子の関係は聞いてるけどさ……今は任務中だってこと!わかってる!?」

 

「はい」

 

素直な返事、しかし心の篭っていない返事にハンジ第四分隊長は呆れたようにため息をついた。後ろに控えるモブリット副長も額に手を当てて首を横に振っている。

 

「……まあ今はいい。この作戦が終わったらしっかり罰を受けてもらうからね!」

 

ハンジ分隊長は一連の出来事をその一言で区切り、改めて装備点検を行うよう指示を出した。

 

俺を含むハンジ班が待機しているのはとある住宅の屋根の上。とはいえ全員がここに集合しているわけではなく、スポーツタイプの眼鏡が特徴的なアーベルさんは憲兵団の誘導を行うため別地点にて待機している。

 

「というか、なんで俺とクリスタのことが知られてるんですか。明らかに個人情報が軽視されていますよね」

 

さらっと聞き流してしまったが、人の恋愛事情を言いふらされるなんて明確なプライバシー侵害であろう。それに対して何か罰が下るような社会ではないが、倫理的に好まれることではない。

と、こちらは正論を持って発言したのだが、ハンジ分隊長は予想に反して呆れたような表情を浮かべた。そしてその直後発せられた言葉に、俺は納得させられてしまう。

 

「壁の上であんなに情熱的な行為に及んで、今更個人情報なんて言われてもねぇ」

 

確かに一月前のあの日、死闘をどうにか乗り越えた俺は自制の効かぬままクリスタに抱きついた。周りに多くの視線があることにも気付かずに。

 

結果としてそれが俺とクリスタの関係を明確に認識させる出来事となったらしい。彼女にちょっかいをかけられる機会が減ったと考えれば僥倖と受け取れるのかもしれないが、その行為自体はあまりにも後先考えないもので羞恥を晒すような行いだったことは言うまでもあるまい。

 

つまるところ、このことについて俺がハンジ分隊長にとれる反応としては————

 

「………………」

 

黙るしかなかった。

 

 

女型の巨人捕獲作戦で設けられた作戦は3つ、といっても実質的には2つだけである。

第一作戦は現在実行中のもので、輸送護衛任務についているアニにジャンを影武者としているエレン、そしてアルミンとミカサが荷運び人に扮して接触する。そしてエレンを逃すという偽任務の助けを求め、巨人化の難しい地下へと招き入れ拘束するというもの。当然アニが地下を拒む可能性は高いため、あらかじめ地下入口周辺に調査兵を忍ばせ、合図があった場合は自傷行為を行えないように取り押さえるのだ。

 

そして第二作戦は、アニによる地上での巨人化を防げなかった場合にエレンが巨人化し拘束するというものである。もちろん市民の誘導を行なっているとはいえこの作戦は少なからず被害を出してしまうため、あくまで予備作戦である。

 

最後に第三作戦、といってもこれはほぼ出番はないだろう。その内容は、エレンが巨人化できなかった場合に壁外調査で使用した拘束用ニードル射出器を再び用いて女型の巨人の捕獲試みるというものである。しかし巨人化のトリガーに関しては把握できているため、この作戦が行われることもないはずなのだ。

 

「さて、そろそろ時間だね…」

 

ハンジ分隊長がそう口にした、直後のことだった。

 

ドォォォォォォ!!

 

「ッ‼︎」

 

写真のフラッシュを浴びたように視界一杯を光が満たし、稲妻が発した唸るような迅雷が凄まじい大音響です辺り一帯を震わせた。街中に上がったのは作戦成功を知らせる煙弾などではなく、戦争の開始を告げんとする土煙による狼煙だった。

 

それを見たハンジ分隊長が、小さく舌打ちを打つ。

 

「第一作戦は失敗か…。さぁ、準備はいいかいヒイラギ」

 

「えぇ、いつでもいけますよ。ハンジ分隊長」

 

巨人化が為された時点で第一作戦の失敗は確定し、第二作戦に移行する。待機中であったハンジ班は立体機動装置を用いて現地へ急行し、巨人化したエレンの援護を行う手筈である。

 

「そうか。みんなも行けるね!そ今から私たちは作戦通りエレンの援護に向かう。アーベルとは現地で合流だ。それじゃあ…………いや、待て…」

 

出撃しようと屋根の淵に足をかけた時、ハンジ分隊長は何かを思い片手を上げて静止を求めた。上官に従い皆が立ち止まり彼女が感じた異変を察知しようとすると、それは簡単に見つけられた。もとい、見つけられなかったことが見つかった。

 

「エレンは何故巨人化しない…?」

 

巨人化を行う時、理由は定かではないが落雷が発生する。その衝撃は凄まじく、よほどのことでもない限りは見落とすことはないのだ。そしてそれをここにいる全員が確認できていないということは————

 

「第三作戦に移行、ということでいいですか。ハンジ分隊長」

 

「………あぁ、どうやらそうみたいだ」

 

エレンが巨人化しない原因は二つ。何らかの作為的妨害により自傷行為が行えない状況に陥った場合。もう1つは、アニが仲間だということを捨てきれない覚悟の問題がある場合。現況における推測ではあるが、原因は後者にあるのだろう。

 

「第二作戦は保留し、第三作戦に移行する‼︎私たちは予定された地点で罠の準備!ヒイラギはそこまで女型の巨人を誘導しろ!」

 

「ハッ‼︎」

 

ハンジ班とそれに追随する者達は号令に従い飛び立っていく。市民に大きな被害を及ぼす第三作戦の実行により皆苦渋の表情を浮かべているが、愚痴を零すものは1人もいなかった。

 

「ヒイラギ!」

 

そして俺も飛び立とうと踏み出したその時、ハンジ分隊長が呼び止めた。

 

「新兵のキミにとって幾ら交戦経験があるとはいえこの作戦はとても危険だ。そんな命令を下しておきながら言えた義理ではないが、消極的な命の諦め方はしないでくれよ」

 

命を大事にしろ、とは言わなかった。調査兵団を選んだ時点で覚悟は決まっている。そんな者に命を第一に考えろという言葉は迷いを生むだけだろう。だが、彼女は消極的な命の諦め方はするなと言った。全てに絶望し、無意味と断じ、生きる事をただ諦めただけの死に方ではなく、後の兵達に託すための、意味のある死に方をしろと言ったのだ。

 

「……えぇ、わかりました。ただこちらも必死なので、うっかり殺しちゃっても文句は言わないでくださいね」

 

「あぁ‼︎…………ん?……えっ…ちょっ、ちょっと待って⁉︎これ、捕獲作戦‼︎捕獲作戦だよ⁉︎殺しちゃダメだからね⁉︎ヒイラギーーー⁉︎」

 

 

低空、そして最速で市街地を飛び抜ける。調査兵団による誘導は済んでおり、普段は人気のある道路も今は閑散としている。そしてその分、女型の巨人が発する音はよく聞こえてきた。

 

アニはエレンの殺害ではなく生捕を目的としている。果たして生捕に拘る理由が如何なるものかは見当もつかないが、下手に殺すことができないのであればそれを利用してやらない手はない。これを考えついたのは壁外調査時のアルミンだが、要するにフードを深く被ってしまえばいいのだ。戦っている相手がエレンかもしれない。そう思わせるだけで生存率は格段に上昇する。

 

とはいえデメリットも存在し、フードを被る行為は視界を遮る行為に他ならず立体機動装置のように全神経を活用するような動作には酷い足枷となってしまう。また、激しい運動を行うことで生じる空気抵抗が影響してフードが外れてしまう場合がある。特に俺はかなり無理のある動きをしている自覚がある為フードは外れやすい。故に視界の遮断はもはや邪魔でしかなく、いっそ初めからしない方がマシなのだ。

 

そして俺が駆けつけた時、既に女型の巨人との交戦は始まっており、立ち向かう調査兵団の精鋭達が次々と殺害されていく姿が視界に映った。

 

「今度こそ…‼︎」

 

市街地戦は立体機動を行うには最も適した場であるのだが、敵がこちらの動きを熟知している場合はその限りではない。何故か。

 

戦闘時における直線的軌道は知っていれば読みやすく、その軌道上に障害物を置いてしまえば簡単に動きを制限してしまえる。その点、叩き崩すだけで障害物となり得る市街地は敵にとっても有利になってしまうのだ。

 

「ガッ⁉︎」

 

別地点に待機していた調査兵が合流し隣を飛んでいるかと思えば、その瞬間飛散する瓦礫に衝突し視界から消えた。

 

女型の巨人に対し討伐を目的とした攻撃的行動は、大きく隙を見せない限り控えるよう通達されている。奴がこちらの動きを熟知していて、それを逆手に取った攻撃を行なってくることも知れ渡っているためアンカーを直接刺し込む蛮行をやる者も少ないだろう。だが、そちらばかりに気を取られていては女型の巨人が放つ瓦礫に潰されてしまうのだ。

 

なかなかに厳しい状況。だが、為せないことではないはずだ。

 

「ッ‼︎」

 

気合を入れ直してガスを吹かし、高度をぐっと下げる。瓦礫に接触しない為には高く飛べばいいのだが、そんなことをすれば女型の巨人直接の攻撃に晒されてしまう。そうなってしまえば奴の思う壺だ。

 

複数の調査兵が突撃したことにより生じた隙をつき、死角から急速に接近する。大型巨人を討伐する手段として最も基本となるものは、脚の腱を切り飛ばして動きを封じうなじを狩るという動き。一見すれば当然と思えるそれは、しかし巨人討伐において最も有用な手段でもある。

 

「クッ…‼︎」

 

素早くコンパクトに振り抜かれた刃は確実に左脚のアキレス腱を捉えた。だが不意をついた攻撃ではあったものの完全に認識の外からではなかったようで、微かに脚の位置をズラされてしまった。結果、多少のバランスは崩せても左脚を動作不能にさせるほどの一撃には至らなかった。

 

ワイヤーを引っ張られ、踏み潰され、握り潰され、ありとあらゆる手段を用いて調査兵達を惨殺したのち、標的は直前に傷を負わせた俺へと移る。こちらは地面スレスレの超低空。敵の視点はおよそ12〜13メートル。左脚に傷を負った状況になれば、右脚を軸として左腕によるストレートが最も有効と、俺はそう考える。だから————

 

「……だと思ったよ」

 

 

俺と同じくお前も格闘術に長けている。ならば、咄嗟にそう攻撃すると思ったよ。

 

攻撃の瞬間に真横へ張ったワイヤーを巻き取り回収すると、予想通り俺のいた場所にアニの左腕が突き刺さった。速さに定評のあるアニの近接格闘術は巨人の力を得てさらに加速する。見てからでは間に合わせ難い攻撃も、わかっていれば怖くない。

 

「ッ⁉︎」

 

そして直後、巨人になり余計に分かりにくくなった彼女の表情が明らかに歪んだ。今度こそ完全な認識外から、ミカサ・アッカーマンが斬り損ねられていた左アキレス腱を斬り飛ばしたのだ。左腕が空振りに終わり上体を持ち上げようとした瞬間の出来事であった為、重心をかけていた左脚が崩れ全身が前へと倒れ膝を地につけた。

 

「今だ‼︎」

 

ある者が吼えたその瞬間、居合わせた調査兵全員が一斉にかかった。しかし彼らの目的は女型の巨人討伐ではない。敵の運動性能や硬質化能力を鑑みた結果、立体機動装置のみを用いた討伐は不可能と断じられた。それ故に今回調査兵に課せられた任務は捕獲ポイントへの誘導と、市民が避難する時間を稼ぐ為に足止めを行うこと。そんな彼らが狙うのは当然うなじではなく、腕や脚になる。

 

しかし俺が狙うのは奴の急所であるうなじ。例えこの攻撃が硬質化で防がれようと、女型の巨人の体力を少しでも減らせるのならこの後の作戦が有利に————

 

「ひゅっ………⁉︎」

 

しかし女型の巨人は回復まで防御に徹することはなく、有ろう事か右脚と左膝を支えにして両手を上げ前から後ろへと振り回したのだ。その攻撃に巻き込まれ直撃した者は断末魔の叫びすら上げることなく叩き潰され、かくいう俺も直撃こそ免れたもののただ掠っただけで空高く吹き飛ばされてしまった。

 

さらに奴の両手は硬質化によって強固となり、同じく攻撃に巻き込まれた建築物は先程とは比べものにならないほどの量と威力の瓦礫を撒き散らした。衝突した者は例外なく息絶え、ミカサのようになんとか免れた者も飛散する瓦礫のせいで近づけない。

 

「グッ…‼︎」

 

体は吹き飛ばされた衝撃で酷く不規則に回転し制御が効かない。このままではいずれ自由落下による死亡は確定。ならば、この滅茶苦茶な回転を規則性のある回転で塗り替えてやればいい。

 

歯を食いしばる。

 

全身を大きく広げ可能な限り回転を和らげ、その後右側だけガスを噴出させ敢えて全身を右回転させる。幸い縦方向への回転は小さく、殆ど体の中心を軸とした回転のみが残った状態となる。その後右の噴射を止め逆側のガスを吹かす。そして数秒後、上昇が止まると同時に体の回転は殆ど消えた。

 

残った状況は、驚異的な回復能力で左アキレス腱の修復を終えつつある女型の巨人とその真上にいる俺。他の調査兵は瓦礫の飛散によりうまく近づけず、このままでは奴をこの場から逃してしまう。そうは、させてたまるか。

 

「ッ‼︎」

 

間髪入れず両アンカーを真下へと射出し固定と共にワイヤーを巻き取り真下への加速だけをつけた後にアンカーの固定を解除し、あとは自由落下による加速度で速さを増す。さらに右側は回転力をつける為大量に、左側はワイヤー回収と回転数の調整用に少量吹かし全身を再び右方向へ回転させる。

 

回転斬りはアンカーによる調整は行えず、ガス噴射のみを頼りに攻撃を仕掛ける技法で難易度は高い。しかしその分威力は高く、習得出来れば間違いなく強力な武器となる。そして俺のアンカーを使わず飛翔する技術はこの技法を応用したもので、故に当然回転斬りは習得済みであった。

 

適切な回転数を維持しつつ刃を振り抜く。咄嗟に伸ばされた巨人の腕は俺の体を捉えることはなく、むしろ斬り刻まれる瞬間の力でさらに加速する。そうして狙うのはうなじではなく、奴の両眼。今の目的は奴の運動能力を下げることで、うなじを攻撃するのはその後にしなくてはならない。こういう時こそ冷静に、確実に。そして的を狙うときは目を離さず刃が叩き込まれる瞬間を————

 

「なッ⁉︎」

 

二つの刃が両眼を抉り取ると確信した瞬間、女型の巨人の首が突如前方へと下がり俺の視線の先には右手によって覆い隠されたうなじが現れる。

 

「チィッ‼︎」

 

苛立ちを抑えきれず吐き出した声と共に、既に硬質化された右手の甲を有り余る力を全て乗せて叩き斬る。だが、砕けたのは当然刃の方。耳を劈くような金属音を響かせながら破片を散らし、その一部が頬を斬り裂く。傷は浅かったが痛みに意識が逸れアンカーを刺し損ねてしまい、俺の体は地面へと叩きつけられた。一度跳ね上がり数メートル先に再び地面に触れ少し転がったところでようやく停止する。

 

「ぐっ………うっ……」

 

直前に無理矢理ガスを吹かしたが速度を殺しきれなかったが、衝突が確定した時点で本能に従い体を丸め首を引っ込めたため生命活動に異常はみられない。幸い体の各部位に意識を向けてみても骨折はなく、せいぜい打撲程度で済んでいる。加速をつけたまま激突しなかったことが功を奏したようだった。

 

だが、現状骨折や打撲よりも重大な問題がある。それは勿論、無傷のままこちらを見下ろす女型の巨人。技量やそもそもフードを被っていないことから俺がエレンではないことは確信しているだろうから、彼女が俺を殺すことは間違いない。俺がただの無力な新兵ならともかく、なまじ奴に傷を負わせてしまっているため敵視を集めてしまっていて見逃してくれることも期待できない。

 

ならばその注目度を利用して捕獲地点まで誘導すれば良いのだが、今から立ち上がって立体機動に移ってなんて悠長な動作をアニが待っていてくれるとも思えない。では奴が攻撃を始めた瞬間に再びガスを無理矢理噴射させギリギリ回避して————

 

「アニ‼︎」

 

なんとか生存可能な道を探り思案していた時、聞き慣れた声が鼓膜を震わせた。

 

「今度こそ僕を殺さなきゃ、賭けたのはここからだなんて負け惜しみも言えなくなるぞ‼︎」

 

その言葉の真意はわからないが、アニはアルミンの言葉に間違いなく反応を示した。その隙をついてジャンが背後からうなじに攻撃を仕掛けるが手の甲で防がれる。しかし彼らの目的は足止めでも討伐でもなく、どうやら意識を自らへ向けることだったようで。

 

「アルミンこっちだ‼︎」

 

「了解‼︎」

 

二人は女型の巨人とそれ以上交戦することはなく飛び去っていった。その方向は、ハンジ分隊長のいる第三作戦の決行地点で間違いない。そこへ辿り着くため立ち上がり頬に垂れる生温い血を拭い取った後、再び空へと飛び立った。

 

 

拘束地点へ辿り着くと既に拘束用ニードル射出器は全て使用された後で、見事拘束され横たわっている女型の巨人の上には拘束用ネットが覆いかぶされている。頭部側の射出器の側に着地すると、丁度建物の上から降りてきたハンジ分隊長と目があった。

 

「やあヒイラギ見てごらん。キミも苦戦した巨人がこのザマだ。さぁ……いい子だから、大人しくするんだよ…」

 

言葉自体はいつもの変人と言わしめるものだったが、その口調に普段の高いテンションはない。それは今の彼女が女型の巨人に対して好奇心以上に怒りや憎しみを感じていることの象徴なのだろう。巨大な目に刃を突き立てる彼女の気迫は離れているこちらにまで伝わってくる。

 

「ここじゃあこの間のように、お前を食い尽くす巨人も呼べない」

 

前回巨大樹の森で拘束した時砲撃を強行しようとしたのは、あくまで硬質化を解く時間がなかったから。だが今回は壁内でこちらを脅かす巨人は拘束されている女型の巨人以外に存在しない。だから、幾らでも時間はかけられる。

 

「……でも大丈夫。代わりに私が喰ってあげるよ。…お前からほじくりかえした情報をね。―――ッ!」

 

直後、突如として女型の巨人が動き始め射出器を次々と破壊していった。突然の出来事だったが中には備えていた者もいて、彼らは俺と同じように素早く近くの建物の屋根まで退避していた。だがその場にいた調査兵のおよそ三分の一が巻き込まれてしまった。

 

「振り解いた⁉︎」

 

「チッ!さすがに罠の数が足りなかったか!」

 

同じく攻撃を免れたミカサやハンジ分隊長の声を他所に女型の巨人が再び駆け出す。

 

「逃すな!追え‼︎」

 

ハンジ分隊長の指示と共に調査兵達が飛び出した。第三作戦が失敗となると、もうエレンが巨人化するまで時間を稼ぐしかない。ミカサやアルミンが特に異状を見せることなくこの場にいることから、エレンが死亡した可能性はないだろう。ではやはり感情的な理由で巨人化を行えない状況なのだろうが、そこはもう願うしかない。俺たち調査兵は彼を信じて戦うしかない。

 

「ッ!」

 

逃亡の為壁へと走る女型の巨人を追うが速度が凄まじく速い上、障害物として現れる瓦礫を回避しなくてはならない。しかしそのたびに速度を落としていてはいつまで経っても追いつけすらしない。ならば大きく旋回し回避を試みた方が良い。

 

ミカサも同じことを考えたようで、俺と同じ軌道を描きながら上方向へ大きく旋回する。瓦礫が通り抜けたのを見計らってワイヤーを一気に巻き取り高度を下げた後少し開いた距離を最高速度で縮め刃を構えた。狙うのは再び左アキレス腱。対してミカサは高高度から斬り下ろしてうなじを狙う様子。そのタイミングに合わせて俺も攻撃を仕掛ける。

 

「ッ————⁉︎」

 

だが、それがいけなかった。同時攻撃は敵の意識を分散させ、複数部位を破壊することで態勢を崩しやすくもなる。しかし反面、タイミングを読まれれば同時に反撃を受けることとなる。通常そんな高度な動きを巨人が見せることはないが、敵はアニ・レオンハートという自我を持った巨人。そう思惑通り行く相手ではなかったのだ。

 

攻撃を仕掛けた丁度そのタイミングに女型の巨人は足を止め体をズラした。おかげで俺とミカサ調子を狂わされ刃を空振りしてしまった。そして直後、俺の視界に振られ始めた右脚が映る。

 

「がぁッ‼︎」

 

両腕を前へと突き出し衝撃を刃で受け止めるが、立体機動の加速のみで蹴りによるエネルギーを打ち消せるはずもなく体は後方へと吹き飛ばされた。ガス噴射でなんとか復帰を試みるが、それが叶うことはなく俺は再び地面に這いつくばった。ミカサも同じく反撃をくらったが、俺よりその衝撃は酷かったらしく地面を転がった後に起き上がる様子がない。直前に彼女もガス噴射を行い態勢を整えようと試みていたことから死んではいないだろう。

 

「くそっ……」

 

二度の叩きつけにより痛みが酷くなった腕を押さえながら立ち上がり悪態をつく。きっとこのままでは俺たちは女型の巨人を逃してしまう。人類が勝利する機会を今度こそ消失する。

 

「くそッ‼︎」

 

叫び、両指に力を入れる。こんなところで諦めるには背負ったものが大きすぎている。例えこれが泥臭い足掻きだろうと、無駄だと貶される行為だろうと、俺がここで為すべきを放棄する理由には…‼︎

 

カシュッ……

 

アンカーを射出しガス噴射用のトリガーを引いた瞬間、締まりのない音が虚しく響いた。いや、振り返ってみれば当然だ。無茶な噴射を繰り返し補給もしないままではガス欠になるのは当たり前。だが、これはあまりにも――――――

 

 

 

その瞬間、ストヘス区に本日二度目の雷鳴が轟いた。

 

 




いかがだったでしょうか。
気がつけば前話投稿日から一ヶ月以上が過ぎ、もう間も無く今年が終わる時期になってきました。今月中にもう一本、出せるかな…

そしてタイトルを『為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。』に変更となりました。理由はいろいろありますが、語呂がいいからというのもその一つです。もっと深い意味もありますけどね。

今回は女型の巨人捕獲作戦で結構戦闘描写多めですね。なんか改めて振り返るとヒイラギ負けっぱなしな気もしますが。最初は私もヒイラギが勝利する展開も考えてみたんです。でも、まあその、立体機動装置とブレードで女型の巨人に勝つってどう考えても無理ですよね……
それに女型の巨人にヒイラギが勝ってしまったらエレンが成長するはずの場面を潰しちゃうことになりますしね。世界の修正力に負けたという認識でも間違いではありません。

次回は満を辞してエレンが堂々たる登場をして、アニメ25話Aパートまで書き上げる予定です。原作だと対女型の巨人戦が短すぎるのでアニメ版を採用しているのですが、エレン対アニっていう描写がこれから大変そうです…
では、また次回‼︎


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