為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。   作:カゲさん

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18 言い知れず終熄

 

現状、エレンが巨人化の能力を発現させるに必要なトリガーは概ね2つと考えられている。1つは、自傷行為を行うこと。そしてもう1つは、目的意識をはっきり持つこと。目的意識の内容に応じて巨人化の規模は変わり、『スプーンを拾いたい』と思えば腕だけが。『巨人を殺したい』と思えばそれに適した体、つまり全身の巨人化が可能となる。

 

そして今回、第二作戦にてエレンが巨人化に失敗した原因は後者であろう。直接確認したわけではない為確証はないが、エレンはアニを敵として認識するのを恐れたのではなかろうか。その感情を理解できないわけではない。エレン以外の104期生も同じ思いは抱いているだろう。しかしその時彼女に立ち向かうか否かの選択に違いが出た理由は、エレンの弱さにある。

 

もとい、弱さというには幾らか語弊があるかもしれない。弱さとは見方によれば、場合によれば強さにもなる。強弱に絶対的不変性はなく、その時々によって変わり得る。故にここは弱さでなく、覚悟の無さと言い換えるべきだろう。

 

エレンが身内に敵がいたことを認めたくないのは至極当然のことで、共に過ごした日々が全て否定されるのが辛いことも至極当然のこと。しかし、彼は兵士である。兵士とは敵を殺す手段として設けられた役割であり、自ら志願して引き受けたからにはその役割を全うする義務がある。

 

例え現実から目を背けたくなっても自身の中で折り合いをつけ敵を殺さなくてはならない。第一に掲げれる目的を果たす為、他のものは捨てなくてはならない。その無慈悲で無情な選択を行うことこそが、覚悟と呼ばれるモノなのだ。

 

「ようやくか…」

 

ストヘス区に本日二度目の雷鳴が轟く。予兆なく発生した落雷は、間違いなく巨人化の象徴。

 

遺憾ではあるが、現況のままでは女型の巨人に逃げられることは必至。そんな状況で敵性存在が正体発覚のリスクを冒してまで巨人化を行うとは到底思えない。つまりたった今落ちた雷の下にいる巨人は、エレン・イェーガーであろう。

 

咆哮————

 

全身がビリビリと痺れるほどの大音響が響き渡るや否や、突如頭上に現れた巨人が俺やミカサを飛び越えていく。そして異変に気付き振り返ったアニの顔面に向け、その右腕を振り抜いた。辛くも手のひらでガードしたものの硬質化は間に合わず、受け止めきれなかった威力により後方へ大きく吹き飛ぶ。円柱型の建物に衝突し沈み込むように尻をついたアニに向け、巨人と化したエレンが再び吼えた。

 

既に起き上がり逃げていくアニの後ろからエレンが追いかける。その姿はまもなく見えなくなったが、ここから最も近い壁に向け走っていることは確かだった。

 

「ヒイラギ!大丈夫⁉︎」

 

視界の端で赤髪が揺れる。

 

「体は大丈夫です。ただ、ガスが切れてしまって」

 

「それを持ってきたの。使って」

 

ハンジ班の伝達及び補給係を担うニファさんが片手にぶら下げていた細長いガスボンベを二つ差し出してきた。

 

「……ありがとうございます」

 

俺がアニを追いかけてから今この時まで大した間はなかったはずだが、にも関わらず彼女は俺のガス切れを把握し補給班からガスを運んできたのだ。その洞察力や判断力はさすがは歴戦の兵士といったところだろう。恐らくそれは一朝一夕で会得できる能力ではない。

 

「ミカサは私に任せて、ヒイラギは先に行って」

 

「わかりました。お願いします」

 

今この場に集う調査兵達は、つまり彼女のような者ばかりなのだ。過去にどのような出来事があり調査兵に志願したのかはわからない。だが間違いなく言えるのは、皆一様に人類の勝利を願っている。人類が平和を勝ち得るという結果に向かって走り続けている。そのために知識を得て、訓練を経て、戦場を駆け、能力を培ってきたのだ。

 

女型の巨人、アニ・レオンハートの捕獲は人類にとって大きな戦果になることだろう。地下に幽閉すればアニは生き埋めになることを恐れて巨人化を行えない。その状況になれば、人間性を捨てる覚悟を持った調査兵団はどんな非人道的な拷問でも躊躇なく行い敵の情報を引き出そうとするだろう。

 

だが、俺にはどうにもその状況が思い描けない。拷問を甘く見ているわけではない。素人感覚では想像すらできないほど、惨たらしい行為を味わせるのだろう。それでも尚、見えてこない。その要因がアニの精神なのか肉体的能力なのかは定かではないが、それが不明で不確かで不気味だからこそ、俺の本能はアニを殺せと命じてくる。そして俺の心がその命令を妨げる理由もない。

 

「女型が平地に入るぞ‼︎」

 

「あれじゃあ立体機動が使えない‼︎」

 

アニとエレンを追いかける調査兵達にようやく追いついたところで、そのような声が聞こえた。前方には公園のような広場があり、確かにアニはそこへ向かっていた。

 

足の速さは互角。このまま壁まで走っても追いつかれることはないだろうが、アニはその壁を登らなくてはならない。今と同じ差で辿り着いたのならば、エレンの手に阻まれることは間違いないだろう。ならば調査兵団の邪魔が入らず得意の近接格闘術を遺憾なく発揮できる平地は、アニにとって最も最良な立地なのだろう。

 

「二手に分かれて迂回しろ———待てヒイラギ‼︎」

 

対してエレンはどうか。彼も近接格闘術には長けているが、アニからは教えられてばかりの関係。巨人化した以上アニを人類の敵と正しく認識して立ち上がったのだろうが、その意志だけで勝てるなら苦労はしない。敵は人を躊躇なく殺すバケモノ。罪悪感を押し殺した理性のバケモノ。だが恐らくエレンはまだその箍が外れていない。彼はまだ、人間なのだ。人間は、彼女に勝利しない。

 

「エレンが人間なら、いけるか…」

 

ハンジ分隊長の命令を無視してまっすぐ突っ込んでいく。エレンを追う最中、死亡あるいは負傷している憲兵の怯えた姿が見えたが構ってやるほどの余裕もなければ動機もない。

 

別段彼らを侮蔑する気はない。むしろ人間としては正しい反応だろう。精神肉体共に脆い人間はその身の安全を確保するため奔走し、命を晒すような真似はそうそうしない。大義や世間体を気にしたところで最後に重要となるのは自身の生存。その点憲兵団という壁内において最も安全な場に留まれる職業は、生物としては最良のものなのだ。

 

だが、我々が生きるのは本能の世界でなく理性の世界。野生ではなく人間社会。大義や正義が至上とされるこの世界では、脅威に立ち向かう強さこそが謳われる。人間の理想。感情の最終地点。欲望のバケモノ。それはまさしく今エレン・イェーガーが到達せんとする姿そのもの。

 

対して俺は何か。掲げるほどの大義はなく、人類を憂う正義はなく、安全を望む本能は欠け、感情を操る理性は抜け落ちた。生物としては欠陥品。人間としては規格外。ソレに名をつけるなら、さしずめ感情のバケモノだろう。

 

理性は理性のバケモノに勝てない。欲望は欲望のバケモノに勝てない。感情は感情のバケモノに勝てない。なら、バケモノとバケモノに差はあるのだろうか。どちらがよりバケモノかで、勝敗が決まるのだろうか。

 

わからないなら、試してみればいい————

 

「ッ‼︎」

 

歯を食いしばる。

 

高度を限界まで下げ、その加速を前方への推進力とする。立体機動装置が石畳の地面と擦れて火花を散らす。全身に血を巡らせ、一瞬一瞬移り変わる状況を五感全てから得て整理し判断し、行動する。巨人2体が走った後には散らばった瓦礫と巻き込まれた人々が転がり、一度でも選択を誤れば衝突し最悪の場合死亡。そうでなくとも大怪我を負うことは避けられない。しかしこの第2の生で得た肉体と経験はそれを可能とする。

 

俺にとっては多大な集中力を必要とするこの妙に長く感じる立体起動も、側からみればたった数秒の出来事。だが、そのたった数秒で俺は誰よりも早く2体の巨人へと追いついた。

 

広場へと出るや右折する2人に合わせ右アンカーのみを射出し方向を転換する。同時に空気抵抗を極力受けぬよう水平に倒していた体を足元から徐々に持ち上げ、アニとエレンが立ち止まり近接格闘の構えをとった時点でエレンの後方に位置取る。

 

直後、咆哮と共に突き出されたエレンの右腕はアニの硬質化させた左肘で的確に受け止められた。エレンの右手は半ば抉れたが、それだけで収まりきらなかった衝撃は波となって周囲へ分散され天地を平等に震わせた。

 

一度ぶつかるだけで辺りに被害をもたらす巨人同士の戦闘に、ただの人が介入する余地はない。それは教練で学ぶまでもなく誰もが理解していること。故にこの2人の戦闘が始まった時点で調査兵団はただ見守ることしか出来なくなった。だが、それだけではアニを『殺せない』

 

アンカーを射出する。広場に立体起動を活かせる建物や木々はない。だが、未だこちらを味方と認識できる程度に理性を保っているちょうど良い巨大物体が目の前にある。

 

「ッ…‼︎」

 

エレンの背中に繋がったワイヤーは、彼がアニの左脚を掴むため屈んだ時に下方向へ引っ張られる。その瞬間、ガス残量の管理に回す思考の一切を速く飛ぶことだけに集中させ、俺はトリガーを引いた。ガスの噴射により機動速度はワイヤーが巻き取られるより速くなり、地面に激突する寸前のところでアンカーを軸に身体が振り回された。全身にかかる負荷が及ぼす影響を鑑みず遠心力を加速へと変換した俺は完全に不意をついた形で女型の巨人の背後へ辿り着いた。

 

鮮血が散る————

 

刃が砕かれる音でもなく、人の肉体が潰れる音でもない。ほんの一瞬で視覚、聴覚、触覚が感じ取った明らかな手応え。

 

「ッハハ‼︎」

 

思わず声が漏れる。振り抜かれた手に残る感触は、ただの巨人を削いだ時とはほんの少しだけ違う。それはお椀一杯の米から一粒の麦を見つけだすような、何も知らない常人では普通気が付かないほどの本当に小さな違い。だが、その違いのみを追い求めてきた者にとっては、間違えるはずのない大きな違いのもの。

 

「……これで、殺せる…‼︎」

 

速まる心臓の鼓動が心地良い。手繰り寄せようとしている結果と、そこへ至る活路が見出せたことにより感情はこの上なく高ぶる。気付かないうちに口端が吊り上がっていたほどに。

 

たった今女型の巨人のうなじを抉った一撃はしかし、当たりはしたもののまだ浅い。人間の肉体に届いた刃は胴の一部を裂いただけ。当然それだけでは彼女の動きは止まらない。

 

エレンに投げ飛ばされ背中から建物に激突しても尚、女型の巨人はすぐに立て直して追撃を避けながら再び走り出した。逃さないよう追いかけるエレンに負けじと俺は再びガスを吹かす。次の刃で、すべてを決める為に————

 

 

 

 

目を覚ました時、彼女は悔いた。身体の至る所が痛みで悲鳴を上げても気にせず立ち上がり、周囲に広がる惨状から今を把握した。頭が眩むほどの強烈な血肉の臭いが鼻腔を刺激する。今、壁内で人々が死んでいる。その責任が自分たちにあることを彼女は重々理解している。だが、彼女が悔いているのは多くの命が失われているというのに自分が気を失っていたなんてことではない。

 

気を失う直前、彼女には大地を揺らす咆哮が聞こえていてそれがエレンだということもすぐにわかった。つまり彼女の悔いとは、今戦っているであろうエレンの側に自分がいないことなのだ。

 

「大丈夫?」

 

突然声がかかり振り返った先には、彼女を気遣うように手を差し伸べる二ファの姿があった。調査兵団の中でも有名なため、彼女がハンジ班のメンバーだということをミカサは知っていた。故に同じハンジ班であり、同期であり、気絶する直前まで共にいたヒイラギのことが頭に浮かぶのは当然のことだろう。

 

「エレンとヒイラギは……」

 

「エレンは巨人になってアニと戦ってて、ヒイラギはそれを追いかけてるはず。ガスと刃は私が補充しておいたから———あっちょっと‼︎」

 

二ファの言葉を最後まで聞こうとせず、ミカサは咄嗟に駆け出した。立体機動に移ってからも両手を力一杯握りしめ、補充されたばかりのガスを惜しみなく吹かし続けている。

 

ミカサにとって、人類の存亡はどうでもいいことだった。もちろん巨人は憎い。家族の幸せだった生活を奪いとった巨人はなんとしてでも殺してやりたい。

 

だがそれよりもまず、ミカサはエレンと生きることこそが一番大切だった。一緒にご飯を食べ、薪を拾いに行き、買い物に出かけて、川のほとりで話をして、たまには芝生の上で昼寝をする。そんななんでもないような生活をおくることが一番の願いだった。

 

だが、エレンはそれを望まない。巨人を駆逐することが第一であり、人類の勝利に貢献したいと前へ出る。だからミカサはエレンを守ることにした。その秀でた才能を活かし、鍛錬は決して怠らず、エレンが危険な目に遭わないように自信を高めていった————

 

それでも、一番にはなれなかった。

 

ヒイラギ・ロイス。クリスタと特別な関係ということもありよく話題に上がることのある彼は、同期でありながらミカサの一歩上にいた。超低空での機動には追いつけず、ワイヤーなしで飛翔する技量は真似できず、いち早くアニの正体に気がつく洞察力には脱帽し、僅か短期間でハンジ班に組み込まれた彼を尊敬すらした。だがそれらは、嫉妬さえも生み出した。

 

きっとヒイラギの力があればエレンと対等に並ぶことができる。いつも遠くへ行ってしまうエレンの隣にいることができる。エレンが危険な目にあった時、救い出すことができる。その力が彼にはあって、自分にはない。初めは小さかったコンプレックスは経験を重ねるごとに膨れ上がっていく。

 

だからこそ、ミカサは悔しかった。

今エレンの隣にいないことは悔しい。

その隣にヒイラギがいることはもっと悔しかった。

 

エレンに追いつきたい。エレンに追いつくヒイラギに追いつきたい。

 

ただその一心のみで、ミカサ・アッカーマンは機動する。

 

 

 

 

ヒイラギにとって、人類の存亡はどうでもいいことだった。彼の行動の目的は常に人類の勝利ではなく、クリスタを守ることにある。人類が勝利する為に巨人を狩るのではなく、クリスタを守る為に巨人を狩る。人類が勝利する為に敵を知るのではなく、クリスタを守る為に敵を知る。だからもし、人類のためにクリスタが死ぬ必要があるのなら、彼は間違いなく人類の敵となるだろう。それほどヒイラギにとってクリスタ以外の人類は、どうでもいいものだった。

 

こうして今も危険に身を晒し刃を振るうのは、女型の巨人がクリスタの脅威たり得るため。兵士であればたとえ女型の巨人を捕獲できる可能性が低かろうと、人類にとっての希望があるのなら捕獲は実行すべきこと。しかし、クリスタの脅威をみすみす取り逃がすリスクはヒイラギにとって重過ぎた。本能は殺せと命じ、理性もそれに賛同している。故に奴のうなじを削ぎ落とすことに迷いはない。

 

アニを殺す。ただそれだけの為にヒイラギ・ロイスは刃を振るう。

 

 

 

 

エレンにとって、人類の勝利はなんとしてでも成し遂げなければならないことだった。彼の目的は巨人の駆逐であり、人類の目的もまた巨人の駆逐。つまり彼の勝利は人類の勝利であり、その為であれば我が身すら厭わずどんな手を使っても勝ち取るつもりだった。しかし彼は人に固執してしまった。人類の勝利に際して切り捨てるべき人に執着してしまった。その結果アニを仕留め損ない、多くの人類が犠牲となってしまった。

 

そうしてようやくエレン・イェーガーは覚悟を決める。

 

もう彼が仲間や絆に縋ることはない。何が正しいかを迷うこともない。綺麗事を夢見ることも決してない。ただひたすらに前へと進み、巨人を駆逐し、敵となる全てを殺し尽くす。その為ならば———

 

「……ッ‼︎」

 

避ける暇さえ与えない速さで振るわれた女型の巨人の脚が、エレンの顔に直撃した。

 

 

 

 

顔面に蹴りを喰らったエレンが激しく瓦礫を散らしながら建物に沈んだ。彼がここで頭を潰され行動不能になってしまえば調査兵団は間違いなく女型の巨人を取り逃してしまう。最悪の予想が脳裏を過ぎったが、どうやらそれは邪推だったらしい。

 

直撃を喰らい頭を潰されたかと思えたエレンは、アニの脚に歯を立てて受け止めていたのだ。彼のうちで燃え盛る憤怒や怨恨は執念となり自らの意識を保たせ、決して裏切り者を逃すまいと今も喰らいついている。

 

その気迫に刺激されたか、今まで冷静に対応していたアニが絶叫した。ここは壁内である為、巨人を呼び寄せる為の叫びではない。それは純粋に興奮した感情を発散する酷く人間らしい行為だった。これまで冷酷な殺戮兵器であった彼女が見せた、唯一といってもいい人間性。

 

それは大きな隙となる。

 

「ッ‼︎」

 

自身の持つ全機能全能力を全て活かし突撃する。今尚精神が疲弊しているような絶叫をするアニは、エレンの顔面に拳を振り下し顔を砕こうとしている。意識は完全にエレンに集中し、背後はこれまでにないほど隙だらけ。今ならいける。俺はその瞬間確信した。

 

だが、甘かった————

 

油断はしなかった。こちらに感付き反撃に出てくる可能性は考慮した。寸前で硬質化された時のために離脱する算段は立てておいた。あるいは離脱せずにその場で一撃を改める動きも計画した。女型の巨人がどのような挙動をとっても対処できるよう思考を巡らせた。油断せず、万全を期した。

 

だからこそ、油断した。

 

万全を期した瞬間、俺はほんの少しだけ油断した。そしてその穴を女型の巨人は、アニは的確に突いてきた。驚異的な速さで後ろへ振られた腕が俺の腰を掠める。肉体は傷つかなかったが、金属の砕け散る音がした。確認するまでもない。立体機動装置が破壊されたのだ。

 

「クッ………ソ…‼︎」

 

俺は過小評価し過ぎていたのだ。アニの怒りを。固執を。恐れを。憎悪を。執念を。執着を。それらが生み出す生に対する貪欲さを。大きく渦巻く感情は時として予想を上回る行動を起こさせる。

 

その可能性は知っていたはずなのだ。戦いとは無縁の世で生きながらも最期に父を刺し殺した俺が、そのことを理解していないはずがないのだ。だが、鈍ってしまった。脳に強く刻み込まれた血肉の感触が精神を昂らせ、判断を鈍らせた。その結果、しくじったのだ。

 

しかし不幸中の幸いというべきか、アニの攻撃が当たったのは立体機動装置。強く鋭い打撃は装置を一瞬で砕いた為、速度は落ちたものの体勢に大きな乱れは生じなかった。そして両手には未だ、刃が握られて…

 

————————穴がある。

 

間近で女型の巨人を何度も見てきた上で、一つ分かったことがある。硬質化に、ほんの少しラグが生じていることだ。アニが硬質化を考え、実行してから1秒にも満たない間、数ヶ所だけ硬化していない穴があるのだ。きっと硬質化は数ヶ所部分的に行った後に全体へ広げているのだろう。

 

もはや速度はない。だが女型巨人のうなじには辿り着いた。刃は何も、切り裂く為だけにあるのではない。本来は槍のような先端を尖らせたものの方が効果は高いのだが『穴』を正しく突いてやれば、きっと届くはずなのだ。

 

 

金属の割れる音がした————

 

 

左手が痺れてうまく動かせない————

 

 

甲高い叫び声が耳を貫く————

 

 

状況を理解するのに十数秒を要した。まず初めに見たのは自らの両手。厳密にはその手に握られた武器を見た。刃は二本共に半ばから折れていた。しかしそれらには差異がある。左の刃は折れ目が乱雑だが、右の刃は折れ目がまっすぐであった。そして右手に残る生柔らかいものを突き刺した感触。

 

次に見たものは、二体の巨人。それぞれ両腕、あるいは片腕片脚を失い凄まじい量の蒸気を上げていたが、うつ伏せに倒れる巨体の上に跨っているのはエレンだった。

 

力強い雄叫びをあげながらエレンは女型の巨人のうなじに喰らいつき、引き千切る。そこにはもはや人間らしい気配はなく、まさにバケモノと呼べる存在であった。

 

「いいぞ…殺せ…‼︎」

 

あの時アニの意識が俺へと向いたその瞬間、エレンは再び立ち上がりアニの片脚と片腕を自らの腕を犠牲にして潰しこれ以上の逃亡を防いでみせたのだ。もはや箍の外れたエレンは止まらない。うなじが剥がれ中身が剥き出しとなったアニ・レオンハートを喰らおうとエレンは口を大きく広げる。

 

「待ってエレン‼︎」

 

エレンの動きが止まる。たった今駆けつけたミカサの声が原因だと思ったが、声が掛かる寸前で止まったようにも見えた。ともあれエレンの動きが止まったその瞬間に、アニの周囲が光を発しながら硬質化を始めた。今まで硬質化の厚みは十数センチだったはずだが今回はそれに収まらずさらに拡大していき、エレンの肉体さえも浸食していく。

 

「大事な証人を喰おうとすんじゃねえよ」

 

エレン本体もまとめて硬質化されるかと思ったその時、参戦していなかったはずのリヴァイがエレンをうなじから即座に斬り離した。本体が離れたことによって巨人の体は蒸発を始める。煙の合間から見えたアニは、結晶と化したモノの中で眠っていた。

 

「それがお前の本質か…」

 

結局、エレンはバケモノになりきれなかった。そのストッパーが何処にあったのかは判然としないが、彼は人間としての箍を未だ胸に秘めていた。なら、この状況にも幾分かの納得は出来る。

 

戦闘が終わるや否や駆けつけた調査兵団が結晶を引き摺り出し破壊を試みるが、どれも失敗に終わっていた。結果としてアニの拘束には成功したが、彼女にコンタクトする術はなくなった。女型捕獲作戦は半分成功といったところだろう。

 

「なぁアニ、やっぱり人なんてロクなものじゃないな…」

 

結晶の中に残る刃は、うなじからほんの数センチだけズレていた————

 

 






いかがだったでしょうか。思考し、試行し、放棄し、再燃し、思考するを繰り返しているうちに6ヶ月も経過していました……
反省の余地しかありません。申し訳ありませんでした。

今回は女型捕獲作戦を書き上げていきました。アニメ版とはほんの少しだけ変更を加えて今後に影響が出るようにしました。そろそろ王家編ですからね。ちなみに知り合いから他に救われるキャラいないとかと問われましたが、私の描く世界で救おうとしているのはヒストリアただ1人です。他に手を伸ばす気は現状ありません。

さて、次回は長い期間空くことは間違いなく有り得ません。何故かって?

だってクリスタが出てきますから‼︎

各話の文字数ってどのくらいがいいですか?

  • 3000文字〜5000文字程度
  • 6000文字から8000文字程度
  • 9000文字から12000文字程度

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