「エレン・イェーガー、覚悟はいいか」
他の訓練兵達が見守る中、エレンの適性訓練が始まった。
「立体機動装置を扱うことは兵士の最低条件だ。出来なければ開拓地に戻ってもらう……いいな?」
「はい!」
気合いに満ちたエレンの体が、少しずつ地を離れていく。不安定に接触音を鳴らしながらも、上半身はしっかり上を向いている。
「おお!!」
アルミン達が声を上げる。ベルトは軋み、体は細かく揺れる。しかし、誰が見てもわかるほどエレンは見事にバランスをとっている。はずだった。
「ああ!!」
不自然な金属音を鳴らしながらエレンの体が反転する。後頭部を地面にぶつけて鈍い音を出すと同時に、訓練場は静まり返った。もう既にその場にいたほとんどがエレンの不合格を確信し、適性訓練を受ける他の訓練兵に目を向けている。
「キース教官!エレン・イェーガー訓練兵のベルトの交換を提案します!」
咄嗟に口に出した。大声で発言したために、周りの視線は俺に集まる。しかし、俺は視線をひっくり返っているエレンの腰辺りに向けている。昨日の感じた疑問。エレンの崩れ方である。昨日の訓練でノルマを達成出来なかったのはエレンだけではない。他の訓練兵だって複数人失敗していた。だが、怪我人はエレンだけである。それは何故か。昨日の自主訓練で頭を打ったからだ。
「……………降ろせ」
教官はしばらく俺を凝視し、後に控えていた訓練兵に命じた。
「イェーガーとベルトの装備を交換しろ」
ワグナーとやらが自身の装備を外し始めるが、エレンはまだ落ち着きなく周りを見渡していて指示に従う素振りがない。
「どうしたイェーガー!!もう音をあげたか!?」
教官の言葉で我に返ったエレンは「いえ!!」と声を上げ、装備を外し始めた。
数分後、ワグナーのベルトを装着したエレンが再び地を離れる。相変わらずギシギシと軋む音は出るが、先程より明らかに揺れが少ない。最高点に達したあとも、体が反転するような出来事は起きない。今度こそ、合格ラインに達している。
「これは…一体…」
本人すら成功に驚く中、キース教官はエレンのベルトを片手に俺の方を向いた。彼の表情は非常に読み取り難く、今何を考えているのかそのすべてを知ることは出来ない。だが、その目の奥に若干の焦りと驚きが含まれているのは感じ取れた。
「ロイス。何故イェーガーのベルトが故障していると気がついた」
「え…?」
故障という言葉に反応するエレンにも聞かせるように、先程と同じくらいの大声で返事を返す。
「他の訓練兵を見る限り、高い位置まで上がった後に反転し頭を打つようなことは起こり得ません!!しかしイェーガー訓練兵は昨日、そして本日の訓練にて頭を地にぶつけています!!私は、その原因が装備の欠陥にあると判断しました!!」
暫くの沈黙。いつの間にか訓練場にいた訓練兵達、教官達全員がこちらを見ていた。そんな中俺とキース教官は、互いに何かを探り合うように見合っている。
「きょ、教官……適正判断は…」
その静寂を破ったのは、未だ正常に浮いているエレンであった。呼ばれた男はゆっくりと見上げる。
「………問題ない…修練に励め」
文句なしの合格判断。完全に自信を取り戻したエレンが、真上に突き出した両手を上げたまま俺の近くにいたミカサを睨みつけた。
「何とかなったようだな……」
安堵したようにライナーが声を漏らし、その横でアルミンがエレンに対して左手を振っている。
「目で「どうだ!」って言ってるよ!」
「いや違う」
アルミンの言葉をミカサが即座に否定した。その目はエレンを見ているようで、何か別のものを見ているようだった。
「これで私と離れずにすんだと思って安心してる…」
まるでとんでもない事故現場に居合わせてしまったかのような雰囲気が漂う。その時俺はただ、叶わぬ恋をするジャンに同情していた。
◆
「ようヒイラギ。今回はお前と一緒の班か」
入団から半年以上経過すると、本格的に立体機動装置の訓練が開始されるようになった。今日は立体機動装置を用いた班別移動訓練。五人一組の班となって目標地点まで移動するという訓練だ。そして同じ班になったのが、今声をかけてきたユミルと、クリスタ、ジャン、ミカサの四人。
「そうみたいだな。よろしく頼む」
「うん!よろしくね!」
今期訓練兵の中で女神のような扱いを受けているクリスタが笑顔で挨拶してきた。一体それで何人の男を落としてきたのか、興味がある。知り合いの中だと、ライナーがその内の一人だろうか。
「次!」
キース教官の言葉に従って出発地点に並ぶ。進行方向にあるのは森の間にできた谷。剥き出しの岩にアンカーを刺して移動する形となる。
「行け!」
一斉にアンカーが射出され、圧縮されたガスが噴射されると同時に全員の足が地を離れる。二本のアンカーを巻き取りながら斜め上へと進み、一旦アンカーを回収してもう一度射出する。一見簡単そうに見えるその動作において、再射出が遅れたりアンカーがうまく刺さらなかったりで上手く扱えない者が多発し、怪我や挫折で開拓地へ戻ったり、落下や誤射による死者も数人いた。しかしそれは分かっていたことで、訓練が中止になったり内容が変更されるようなことは無い。
「くそっ!なんであいつはあんなに速いんだ!」
ミカサに良いところを見せようとやる気に満ちていたジャンが、当然のように先を行くミカサを見て自己嫌悪に近い言葉を発した。別段、ジャンが遅いという訳では無い。むしろ同期の中では上手く扱えているほうだろう。問題は、ミカサが速すぎることだ。彼女に追いつける者は歴代を並べても然う然ういないだろう。
「あれじゃあ追いつけないよ!」
クリスタは自分の能力の低さについてではなく、訓練ノルマを達成できるかどうかを危惧している。対巨人の実戦において班行動は基本中の基本で、一人でも行動を乱すと班全体を乱すこととなる。故にこの訓練では、足並み合わせて移動することが課題となっている。
「私たちも急がないと……あっ」
まだ扱いが完璧でない時期に集中力を欠くと、簡単にミスを引き起こしやすくなる。今回は焦って速度を上げようとしたクリスタのアンカーが深く刺さらず途中で抜けてしまっていた。バランスを大きく崩した体は、背を地面に向けて落ちていく。
「クリスタ!」
突然の出来事に誰もが反応出来ず、ワイヤーに引っ張られて直進していく。俺もその一人だと思っていた。
「ッ!」
瞬時にワイヤーを巻き取って方向転換。クリスタの落下予測地点にアンカーを刺してガスを噴射。少女の体を追い越した時点で再度アンカーを回収。次は斜め上45°付近へ射出。広げた右手にその体が収まると同時に本来の進行方向へ再び方向転換。ジャンとユミルが着地してる地点へ、徐々に速度を落としながら着地した。
「大丈夫かクリスタ!?」
途端に迫ってきたユミルに気を失って力の抜けた小さな体を預ける。ちょうどその頃になって異変に気づいたミカサが戻ってきていた。
「ミカサ、お前の先行でクリスタが死ぬところだったんだぞ…」
状況を掴めないミカサに対して、ジャンが気まずそうな表情で事情を説明した。なるべく責任追及しない言い方をしようとしたみたいだが、当の本人は自分の責任だと受け取ったらしく非常に申し訳なさそうな顔をしていた。
「とにかく今はまだ訓練中だ。ミカサとジャンはそのまま目的地まで向かってくれ。そこでの事情説明はジャンに任せる。俺は立体機動で治療所までクリスタを運ぶことにする。ユミルはキース教官のところへ戻って説明を頼む」
三人に指示を出し、俺はクリスタをもう一度抱えた。自分が治療所へ連れていくと言うユミルをなんとか説得する。うまく受け止めたつもりだが、多少の怪我をしている可能性がある。なるべく早く治療所まで運ぶのは客観的に見て俺が最適だと判断した。そのようなことを言ってなんとか納得してくれたユミルや、ミカサとジャンに一旦の別れを告げて立体機動へと移った。
◆
「ここは……」
クリスタが、朦朧とした意識の中で初めに考えたことを口にしたように声を漏らした。硬いベッドは治療所も変わらないようで、疲れがとれたかはわからないが余計に体を痛めた様子はなかった。目の焦点を合わせながら手探りで掛け布団をどかしたクリスタと俺の目が合った。
「えっと……」
「訓練中に落ちたんだ。幸い怪我はなかったみたいだが、気を失っていたからここまで運んできた」
ざっくりと説明をする。記憶を蘇らせながら状況を理解したクリスタは一気に顔を火照らせて俯いてしまった。しかしその顔が一瞬だけ陰ったのを見逃さなかった俺は、前々から思っていた疑問を確信へと変えた。それを言及したりはしないが。
「そろそろユミルもこっちに来るだろうから、俺は訓練に戻る」
「あっ、待って!」
裾を掴まれて動けなくなった。何事かと思って黙っているが、クリスタの方も何も言わない。どうしようもなく気まずい空気が漂う。
「……ユミルが来るまでだぞ」
「………うん」
一度言葉を交わすが、その後は何も話さない。ベッドで上半身だけを起こすクリスタと、その横で椅子に座っている俺。その空間にただ二人がいるだけの時間。その静寂が不快な訳では無い。クリスタも同じ気持ちのようで、頬を赤らめながらも微かな笑みを浮かべている。風によって窓枠がカタカタと揺れる他に音がほとんどない状態だったが、その静けさは案外すぐ破られた。部屋の外の廊下から大きな足音が聞こえてくる。走っている様子からおそらくユミルだろう。
「来たな。それじゃあ今度こそ訓練に戻るぞ」
立ち上がってその場を離れようとした時、再び体の動きが止まった。しかし今度は裾を掴まれておらず、俺の体に腕が回っていた。クリスタが俺に抱きついているのを理解した辺りで扉が開き、拘束が解かれる。布団を被り直したであろうクリスタの方を向くことが出来ず、俺は扉の前でクリスタを探すユミルに声をかけた。
「ユミル、ここだ。怪我もないしもう目を覚ましている」
「っ!クリスタ!」
気がついたユミルとすれ違うようにして部屋をあとにした。顔に熱を持っているのを感じながら、俺は訓練に戻った。
登場人物の心情は個人的な解釈を多く含んでいますが、ご了承ください。
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