為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。   作:カゲさん

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21 願える煙花

 

壁上へと一先ずの移動を終えた調査兵団は状況確認の為しばらく停滞することとなった。ユミルは未だ目を覚まさず、ヒストリアは心配そうに隣で彼女を見守っている。たとえ巨人だったとしても、重大な秘密があったのだとしても、大切な友人であることには変わりないのだろう。

 

「ユミル、これからどうなっちゃうんだろう…」

 

ふとそんなことをヒストリアが呟いた。

ハンジ分隊長としてはユミルと友好関係を築き戦力としたいようだが、上層部が素直に身柄を調査兵団に預けるとは思えない。おそらくエレンの時のように裁判を設けた上で処刑または実験体として利用しようと画策することだろう。

 

しかし、きっとそんな答えは求められていない。

 

「巨人化する人間の運用はまだまだわからないことばかりだが、調査兵団はその唯一の例を持ってるからな。大丈夫、ヒストリアが望むなら俺はなんとしてでもユミルを此処に残してみせる」

 

当然、そんな保証はない。むしろエレンの運用に関して調査兵団は不利な立場にある。つい昨日内地であんな大立ち回りしたばかりなのだから。

 

だが後ろの言葉は嘘じゃない。ヒストリアが望むなら、ユミルを引き止めてみせよう。兵団に残せたら一番楽だが、不可能なら2人を連れてどこか離れて暮らせばいい。壁内といっても領土はそれなりにある。巨人の力をうまく使えば逃げ切ることはできるだろう。まあ、長い逃亡生活が始まることになるが。

 

「そっか………あ、そういえば、ヒイラギはユミルのことを前からわかってたみたいだけど……どうして?」

 

ヒストリアが投げかけた尤もな疑問には、問われるだろうと予想してあらかじめ用意していた答えを返した。

 

「訓練兵時代、ユミルがダズを引っ張って雪山から下山したことがあっただろう。その時から何かあるんじゃないかと疑ってはいたんだ。……その力が巨人化なんじゃないかと思ったのは、エレンが巨人化した時だ」

 

「……そのこと、本人には聞かなかったの?」

 

「それとなく聞きはしたんだがな。その時ユミルが、自分はヒストリアの味方だと言ったからそれ以上話すことはなかった」

 

もしユミルがヒストリアの力にならないと言っていたら、それなりの対応はしただろう。だが実際、彼女はヒストリアの大切な友人であり仲間であり続けた。ならば俺がとやかく言って問題を大きくする必要はないと判断したのだ。

 

「……そっか。ありがとう」

 

ヒストリアが大切だと思い、ヒストリアの味方をすると言った者を邪険にしたりはしない。その言葉が嘘か誠かを判断するのは結局俺の一存ではあるのだが、ユミルに関しては本当だと信じている。

 

「あぁ、ユミルは味方でいてくれるだろう」

 

だが、きっと彼らは、嘘だったのだろう。

 

「……ヒストリア。これはまだ正式発表が決まっていない話なんだが………アニが女型の巨人として捕縛された」

 

「えっ!?」

 

唐突に告げられた事実にヒストリアは思わず声を上げるが、すぐに周りを気にするような仕草をしてから小声に切り替えた。

 

「…それ、本当なの?」

 

「本当だ。ただ、今は結晶化して話が聞けない状態だから地下で幽閉されている」

 

もっと驚くものかと思っていたが、ヒストリアは事実を噛み締めるように俯くだけで取り乱したりはしなかった。

 

「それで、ここからが本題なんだが……調査兵団はあと2人、巨人になれる人間がここに混じってると考えている」

 

ここまで言えばその巨人が鎧の巨人と超大型巨人であることはわかるだろう。

敵に警戒されないようにこの情報は話してはならないと言われていたが、ヒストリアに対してであれば俺は話さないわけにはいかない。知らないままでは危険度が高いからだ。

 

「…その2人も、ほとんど特定できている」

 

ここへ向かう途中、予想される人物として2人の名が上がった。それはアニの正体が判明したことやアルミンが話した壁外調査での出来事から導かれたものだった。

 

曰く、壁外でライナーは女型の巨人に捕まれたらしい。彼はその手から逃れることとなったのだが、その際女型の巨人がライナーを掴んでいた手をしばらく眺めた後、突然走る方向を変えたのだという。エレンのいる方向へと。

 

当作戦では長距離索敵陣形におけるエレンの場所は数パターンに分けて新兵に知らされていた。そして右翼と知らされていた者の中にはライナーとベルトルトがいた。

 

さらに彼ら2人とアニは同郷なのだという点によりほぼ確定となっている。

 

「だがとりあえずは壁を塞ぐことが先だ。それまで本人達に気取られるわけにはいかないから、まだ具体的な容疑者は言えない。ただ、気をつけておいてくれ」

 

「………わかった。ありがとう」

 

それから少しして、駐屯兵団の先遣隊が調査兵団の元へ到着した。彼らはトロスト区とクロルバ区の間にあるはずの壁の穴を両方向から探す役目を追っていた。その彼らがここに来たということは、穴の場所を報告しに来たのだろう。

 

少し離れた場所からだが駐屯兵団の人とハンジ分隊長が話しているのが見え、やがて分隊長の方がその場を離れこちらに歩いてきた。

 

「どの辺りでしたか?」

 

声が届く範囲になってから聞くと、彼女はどうにも困った顔で答えてくれた。

 

「穴は見つからなかった」

 

「…はい?」

 

「穴はどこにもなかったんだ。壁内に巨人がいたことは確かなのに侵入経路がわからない……やっぱり地面を掘る巨人が現れたと思う?」

 

「………どうでしょう。だとしたら正直お手上げなんですが」

 

「そうだよねぇ」

 

仮に地面を掘る巨人がいたとして、ソイツが壁の下から侵入する道を作ったとして。果たしてあの量の巨人がその穴を一気に通ってくるものだろうか。

 

巨人にこちらの都合を押し付けることは何の理にもならないことはわかっているが、こうもハプニングが続くと些か参ってくる。

 

「まっ、とりあえず穴がないなら塞ぎようがないから一旦トロスト区で待機ってことになるかな。ヒイラギも移動の準備始めておいて」

 

「了解。行こうヒストリア」

 

「…うん」

 

地表に巨人の姿はなし。方針が決まったのならさっさと移動してしまおうとヒストリアに手を伸ばした時だった。

 

空気がピリつく。幾つか戦場を乗り越えた経験からくる直感のようなもの。ソレが知らせていたのは間違いなく危機。

 

「ッ!?」

 

咄嗟に振り向く。その様子に驚くハンジ分隊長やモブリット副長には目もくれず視線の先はもっと奥。

 

 

見紛うことなく、ライナーとベルトルトを斬り裂くミカサの姿。…その2人の正体を、俺は知っている。

 

 

「ヒストリア‼︎」

 

状況を何も掴めていない彼女へ飛びつき、両アンカーを地面に突き刺す。

 

 

数瞬置かずして鳴り響く轟雷———

 

 

大地を揺り震わせる衝撃———

 

 

肺が爛れそうになる程の熱風———

 

 

「ッ………くゥ……!」

 

凄まじい風圧に飛ばされないようアンカー固定のトリガーを指でしっかり握りしめ、ヒストリアに覆い被さり盾となりながら両腕で抱き止める。

 

背中が焼けるように熱い。だが耐えられる。

状況確認故に開いた目が酷く乾く。だが耐えられる。

砕かれ飛来する瓦礫が全身を襲う。だが耐えられる。

 

「ユミル‼︎」

 

腕の中からヒストリアが叫ぶ。ハッと顔を上げると、風圧に飛ばされたユミルが担架ごと上空へ舞い上がっていた。

 

「届けッ!」

 

巨人化による衝撃は少しずつ収まりつつある。今ならアンカーは一本で事足りると判断し、右側だけを地面から離し上へ放つ。

 

狙った通りに空を突き進むアンカーはユミルの担架へまっすぐに飛ぶ。が、半ばで風に煽られ僅かに軌道が逸れる。

 

「チッ…!」

 

さらに悪いことに、ユミルはそのまま落ちるのではなく敵の手に捕まってしまった。皮膚に覆われず、肉の筋を曝け出した巨大な腕に。そしてそのままヤツの口の中に放り込まれるのが見えた。さらに、その時もう片方の腕で掴んでいた一人の兵士も投げ入れていた。

 

超大型巨人。本来50メートルを超える巨体のはずだが、器用にも上半身だけを生じさせ骨で壁を挟むことで固定している。

 

「ヒイラギ!ユミルが‼︎」

 

「わかってる!必ず取り返す!」

 

予想通りだが、やはりヤツらは巨人化できる人間を殺すのではなく連れ去ることを目的としている。エレンだけが特別視されている可能性もあったが、ユミルが握り潰されていなかったことから間違いないだろう。

 

「このッ……裏切りもんがあああぁああ!!!」

 

少し離れた場所から聞こえる叫び声。直後、再び閃光と雷鳴が轟いた。声はエレンのもの。ならばあれはエレンが巨人化した故だ。

 

恐らく鎧の巨人と対峙したのだろう。巨人化した瞬間は見ていなかったが、鎧の巨人らしき巨体が壁を降りていく姿は見えていた。

 

「来る!」

 

「全員壁から飛べ‼︎」

 

重々しい落下音が下から届き、それと同時に超大型巨人の左腕が振り上げられ壁上を薙ぎ払わんとしていた。

 

「捕まれヒストリア!」

 

「ッ!」

 

ヒストリアの体を抱え上げ、向かって左側へ飛び出す。向こうも腕を回していて落ちることはない。他の団員も続々と飛び降り壁に張り付いていく。数が少ないように見えるが、反対側に飛んだ者達もいるんだろう。

 

数秒おいて頭上を巨大な腕が通過する。巻き込まれた砲台やレールが砕けながら飛び散るが、壁に貼り付いていていれば当たることはない。そしてどうやら誰かの肉片が飛んでくることもないようだ。

 

「ニファさん!」

 

たまたま近くでニファさんが頭上を見上げていたのを見つけ名前を呼ぶ。

 

「え?わッ、ちょっと⁉︎」

 

こちらを向いた彼女へ向け、ヒストリアを放り投げた。

 

「……えっ?」

 

表情も身体も固まった彼女だったが、むしろそのおかげでニファさんの方は捕まえやすかったらしく、その両腕にすっぽりとおさまった。

 

「な、なっ、なにす…ッ⁉︎」

 

我に返り声をあげようとしたヒストリアを無視して、俺は即座に壁の上へと飛び上がった。

 

「総員戦闘用意‼︎」

 

コンマ数秒遅れてハンジ分隊長の号令が下る。

 

「超大型巨人を仕留めよ‼︎ 人類の仇そのものだ‼︎一斉にかかれ‼︎」

 

超大型巨人はその一撃によって甚大な被害を及ぼすが、欠点としてまず挙げられるのがその鈍重さ。先ほどの横薙ぎとて、その動きが通常の巨人並みに速ければ対応は不可能だった。

 

つまり、機動力を武器としている人類側に利がある。

 

「的がデカくて助かるな……ッ!」

 

先んじて空へ飛び出した俺に向け、ヤツは腕を振り戻して攻撃するが報告通りに動きは鈍く避けるのに苦労しない。瞬間的なガス噴射で回避行動と位置取りをこなし顔前中央に躍り出た俺は、両刃をやたら大きい目玉に向けて振り放った。

 

巨人の視界を奪うことは常套手段。大きさが変わろうと根本的な手順は変わらない。

 

刃が突き刺さり目を潰された反射により、超大型巨人は首をのけ反らせる。明確な隙を見せつけたヤツの背後へ、歴戦の調査兵たちが飛び込んでいき、俺もその集団へ加わる。

 

超大型巨人を殺せばユミルも助かる。二兎追う者は一兎も得ずという言葉はあるが、ユミルだけに狙いを絞って助けるのは難しいと判断した。

 

例えば先の遠征で女型の巨人に咥えられたエレンを、リヴァイ兵長は顎の咬筋を削ぐことで口を開かせ救い出したそうだが、超大型巨人の咬筋は何せ大きすぎる。左右あるソレを一撃ずつ削ぎ落とすのは、至難の業だ。

 

対して弱点であるうなじは、見た目こそ大きいが実際に狙うのは本体のいる場所のみ。削ぎ落とす大きさは通常の巨人と変わりはない。

 

「ッ!」

 

ハンジ分隊長を筆頭にした調査兵達は左右から背後へ回り込むのに対し、眼前にいた俺は上へと飛び上がり、急降下による一撃を狙う。

 

アンカーを額に差し込み飛び上がり、巨大な頭蓋を踏みつける。超大型巨人は常に高熱を発しており、ブーツを挟んでも感じられる。

 

ヤツが仰け反った首を元に戻した時、俺は丁度うなじの真上に位置しており、ベストポジション。すかさずアンカーを突き刺し最速で巻き取っていく。

 

加速に身を任せ振るう刃の目標は縦1m横10cm。別方向から攻め入る調査兵と衝突するなんて初歩的ミスを犯す素人はここにはいない。かといって、攻撃を緩めてしまう者もいない。

 

「なにッ…ぐッ……‼︎」

 

俺とて、間違いなく適切な攻撃を放ったはずだった。しかし、結果は空振り。更に言えばアンカーが外れ、突発的に生じた高熱波により吹き飛ばされてしまった。

 

「くそ………ッ!!」

 

なんとか壁上に転がり、熱に肌が焼けるのを感じながらも再びアンカーを射出する。が、熱風により狙い通り刺さることすらままならなくなってしまっていた。

 

「総員一旦退け‼︎」

 

ハンジ分隊長の判断により、兵たちは超大型巨人の前方へと集合する。俺を含め後方へいた者たちは回り込んで正面へと至る。

 

うなじのある後方に比べれば、前方は重要度は低いらしく風圧も軽い。とはいえ、サウナのように肌をジリジリと蝕む感覚は変わらずあった。

 

「水だ!水を持ってこい‼︎」

 

何人か負傷した者がいるらしく、気付いた者が急いで後方へ下がらせつつ冷やす為の水を集めさせている。俺も顔や手などに多少の火傷は負ったが、激痛というほどではない。状態はわからないが、動くことに問題はないだろう。

 

「また消えるつもりか⁉︎」

 

「いえ!様子が変です!」

 

超大型巨人の出現時、あるいは消失時には強い蒸気を発することは報告にあがっている。ハンジ分隊長はそのことを危惧したが、アルミンが否定する。

 

過去の消失例ではそれは一瞬であり、今のように状態を保ちながら蒸気を発し続けることはなかった。この状態ではこちらから何か攻撃を仕掛けることはできないと。

 

「待つんだ」

 

そしてハンジ分隊長から下された命令は、攻撃をしないこと。

 

「三・四班!目標の背後で待機しろ!ラシャドが指揮だ!二班はここで待機!ラウダに任せる!」

 

「は!」

「了解です!」

 

「いいか。『彼ら』をもう捕えることはできない。殺せ。躊躇うな」

 

その場にいた全員へハンジ分隊長が告げる。特に、アルミンへ。そして、俺へも。

 

「ヒイラギ。ユミルのことはとりあえず後回しだ。下の奴を先に仕留めれば、奴だって今の状態を保つことは無くなるはずだ」

 

「わかっています」

 

今の超大型巨人をどうこうする力はない。ならばエレンと共に落下した鎧の巨人を協力して殺すことのほうが優先度は高い。

 

それに、あの蒸気を無限に出し続けられるとは考えにくい。どこかで途切れるタイミングがあると考えられる以上、何もしないことは許されない。

 

「アルミンと一班は私に付いて来い!『鎧の巨人』の相手だ‼︎」

 

下された命令に従って動く直前に、後ろを振り向く。

 

そして、負傷兵の保護へまわっていたヒストリアと目が合う。

 

彼女は固い表情で小さく頷いた。

 

「あぁ」

 

それを皮切りに、俺は壁上から飛び出す。見据える先は鎧の巨人、ライナー・ブラウン。

 

必ず、ここで仕留める。

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