為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。   作:カゲさん

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4 岐路たる事象

「100年の平和の代償は惨劇によって支払われた。当時の危機意識では突然の超大型巨人の出現に対応できるはずもなかった…」

 

訓練兵団解散式の日。整列する訓練兵たちの前に教官達が並び立ち、卒業兵に向けて言葉を語る。

 

「その結果…先端の壁『ウォール・マリア』を放棄。人類の活動領域は現在我々のいる『ウォール・ローゼ』まで後退した。今この瞬間にもあの超大型巨人が壁を破壊しに来たとしても不思議ではない」

 

「その時こそ諸君らはその職務として『生産者』に代わり、自らの命を捧げて巨人という脅威に立ち向かってゆくのだ!」

 

そこで一度言葉を切り、今度はより大きな声で一言。

 

「心臓を捧げよ!!」

 

「ハッ!!!」

 

さて、ここまではテンプレ。卒業兵にとってはここからが本番である。今から名を呼ばれる10名は、上位成績を修めた者として評価されると同時に、唯一憲兵団への入団を許可される者達である。ここにいる大半はそれを目指してここへ来たのだろう。安全な内地で快適な生活。誰しも憧れる職業である。

 

「本日諸君らは訓練兵を卒業する。その中で最も訓練成績が良かった上位10名を発表する。呼ばれた者は前へ」

 

緊張感が高まるが、教官は構わず一気に発表する。

 

「首席、ヒイラギ・ロイス」

 

「2番、ミカサ・アッカーマン」

 

「3番、ライナー・ブラウン」

 

「4番、ベルトルト・フーバー」

 

「5番、アニ・レオンハート」

 

「6番、エレン・イェーガー」

 

「7番、ジャン・キルシュタイン」

 

「8番、マルコ・ボット」

 

「9番、コニー・スプリンガー」

 

「10番、クリスタ・レンズ」

 

「以上10名」

 

真っ先に名前を呼ばれて前に出る。ミカサとの成績差はおそらく僅差。こうして呼ばれるまで勝てるかどうかはわからなかった。勝ち負けを意識していたのはこちらだけだろうが。

 

「後日配属兵科を問う。本日は、これにて第104期生『訓練兵団』解散式を終える。以上!!」

 

「ハッ!」

 

 

その夜、肉は出ずとも結構豪勢な食事が出てきた。今日は解散日だったが、厳密に言えばもう少しの間訓練兵のままである。それでも記念日ということもありこうした料理が振る舞われているのだろう。

 

「結局今日もやってたな」

 

呆れて声を漏らす。解散式の夜までもエレンとジャンが内地か壁外かで喧嘩をしていた。ミカサのおかげで今回は案外早く終わったが、まったく懲りない奴らだ。

 

「ヒイラギはどこにするの?やっぱり憲兵団?」

 

不意に声をかけられ、俺は視線を正面に戻した。そういえば、クリスタやユミルに俺の志願先を話したことがなかった。俺の意志は訓練初日にエレンたちと話した時から変わらない。そんなことを考えながら、僅かに首を傾けるクリスタに返事を返した。

 

「いや、俺は調査兵団に志願する」

 

途端、ガタガタッとクリスタとサシャが椅子の位置をズラしながら勢いよく立ち上がった。目を見開いて驚愕の顔でこちらを見ている。椅子に座るユミルですら同じ顔である。

 

「そ、それ本気で言ってるのヒイラギ!?」

 

「なななに考えてんですかあなたは!?折角首席になったのに憲兵団に行かないなんて!?」

 

二人がそんな感じで騒ぐせいで、周りの視線が集まってきた。その中にしっかり聞き取っていた奴がいたらしく、首席が調査兵団に志願するという話が一気に食堂中へ広がっていった。多くの訓練兵が耳を傾ける中、適当に思いついた言葉を並べる。

 

「俺の故郷はシガンシナ、つまりウォール・マリアの側にあるだろ。両親の遺品がまだそこに残ってるんだ。それを見つけるまでは、壁外調査に行ける調査兵団にいる」

 

それを聞いた訓練兵たちは同情するような目になり、死に急ぎ野郎を見るような顔をしなくなった。これで俺は5年前のかわいそうな被害者的立ち位置になれたはずだ。どんな時に役立つかわからないレッテルだが、損することはないだろう。何より面倒な言及を避けることが出来た。

 

「…あ」

 

しかし、そこで気がつく。俺は一つ考慮し損ねていたものがあった。クリスタの女神性である。彼女なら「ヒイラギのご両親はきっと、ヒイラギが生きることを望んでるはずだよ!」とかなんとか言い出しそうなものである。

 

「……?」

 

が、言わなかった。何も言わないクリスタに対して怪訝な顔をしていると、それに気がついた少女はこちらを見て、少し悲しそうに笑う。

 

「だって、ヒイラギは一度決めたら進む道を変えないもん」

 

「………」

 

やはり彼女はよく人を見ている。彼女の行いを考えれば当然なのだろうが、俺は素直に感心した。それが美点か欠点か、判断する権利は俺にはないが。

 

「でも、内地に行けばお肉が沢山食べられるんですよ!?お肉だけじゃありません!もっといろんな食材が手に入るんですよ!?」

 

むしろ食い下がったのは芋女ことサシャの方だった。食を手放したことが納得し難いらしい。

 

「よく考えてみろ。故郷に帰ってウォール・マリアを取り返せば、領地が広がるだろ」

 

「……?えぇまあ、その通りですが」

 

「わからないか。あそこには、巨人が興味を示さない食糧たちがたくさんいるんだぞ」

 

「ハッ……!!!!!!!」

 

雷に撃たれたかのように驚愕の表情を浮かべるサシャ。その頭は今、有り余る牛や豚、あと芋で埋め尽くされていることだろう。しかし、涎を垂らすほど想像力豊かな奴に俺は長い人生の中で初めて出会った。今の彼女には何を言っても無駄だろう。しばらく放っておこう。

 

「憲兵………ねぇ、やっぱりおかしいよ」

 

思い出したかのようにクリスタが切り出す。何のことかは聞くまでもない。今日何度も言っていたことだろう。何故自分が10位以内なのかと。

 

「私よりユミルやサシャの方が成績がいいはずだよ。私が10位以内なんて…」

 

判断基準は明らかにされていないため、訓練成績が全てだというわけではない。何度もそう言い聞かせても納得する兆しはない。誰もが羨む憲兵への切符。貰えるものは貰っておけばいいと思うが、それが出来ないのが女神なのだろう。

 

「おいおい、まさかそんなくだらねえ理由で憲兵団に志願しないなんて言わねえよな」

 

「だ、だって…」

 

「いいか?10位以内に入ったのはクリスタの力だ。お前がそんな自分を否定するってことは、お前より下のヤツらを全員否定するってことなんだぞ」

 

こんな言われ方をすれば、女神は黙る他ない。いやはや、ユミルがこんなわかりやすい優しさを表に出すなんて珍しい。やはりクリスタ相手だといろいろと変わるのだろう。

 

「なんだよ」

 

「いや別に」

 

意味有りげな視線がユミルにバレた。ここで彼女の過去の行いを掘り返すのは得策ではないだろう。そのうち茶化す感じで言っておこう。

 

「さて、俺はそろそろ宿舎に戻る。明日のトロスト区壁上任務、遅れるんじゃないぞ」

 

「……うん。おやすみヒイラギ」

 

「あぁ、おやすみ」

 

食堂から出ていくまでに同期訓練兵たちの顔を見渡す。演説が他人の心に響くということもあるらしい。駐屯兵団行きを決めていた兵士達の顔に迷いが出ている。本当に自分はタダ飯食らいでいいのかと。

 

「……」

 

いや、それは俺が考えるべきことではないだろう。1度失った命に未練などない。この気持ちだけ持っていれば、俺は充分だ。

 

「待ってヒイラギ!」

 

寮の中へ入ろうとした時、追いかけてきたらしいクリスタに呼び止められる。その横にはサシャもユミルもいない。2人には話せない、あるいは聞かれると困ることなのだろうか。

 

「どうした」

 

「えっと……私って、本当に憲兵団に入るべきなのかな…」

 

やはり。今の状況で始まる会話といえば2つだけ。その予想は正解だったようだ。

 

「つまり、駐屯兵団か調査兵団に入りたいと?さっきユミルが言っていたことは正しいと思うぞ。ろくでもない理由で戦場に出られたら足手纏いになる可能性もある」

 

クリスタの顔が少し暗くなる。俺が味方してくれると思ったのだろうか。それは断じてない。元々俺はここにいるべきではない存在のはずだ。何を為すにしても、過干渉は良くないだろう。

 

「だが、俺には他人のことを兎や角言う資格はない。クリスタがやるべきと感じたことをやればいいんじゃないか」

 

あくまで中立。他者の意見は尊重。その態度から出た言葉でクリスタは答えを得たらしく、何やら吹っ切れたようだった。内容はどうあれ、強い決意を持つことが出来たのだろう。

 

「そっか……そうだね。ありがとうヒイラギ」

 

「話をするくらいは構わない。まあ、そんなに気負う必要はないと思うけどな」

 

クリスタの現状である考えすぎ、緊張のし過ぎは推奨されない。それが影響していざと言う時に力を発揮できなければ致命的な隙となってしまう。しかし、俺がこの場で何を言おうが大した影響力はないだろう。

 

「明日、任務が終わった後にトロスト区を案内する。少しくらいは肩の力も抜けるだろ」

 

「………え?」

 

言った後に矛盾に気づく。俺は過干渉は避けるべきだと考えている。しかし、今とろうとしている行動は過干渉に値するものではないか。少し考えを巡らせればすぐに気がつくことだ。では何故今のような言葉を口にしたのか。

 

「…うん、わかった!じゃあ明日はよろしくね!」

 

誘いを受けたクリスタは、こちらに手を振りながら食堂の方へと戻っていく。それを眺めながら、俺は自身の中に起きている矛盾について考える。他人に深く関わることは避けるべきだと理解しながら、クリスタに対して深く干渉しようとしている自分。その動機を把握できない。

 

「……何処だ」

 

謎の答え。長い時間をかけて思考するが、それを見つけ出すことはその日の俺には出来なかった。

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

宿舎内で夜遅くまで起きていたせいか、起床が遅れてしまった。遅刻はしなかったが、トロスト区西側壁上に着いたのは俺が最後だった。そこには既に、クリスタ、ユミル、アルミンを含めた同班のメンバーが揃っていて、ギリギリの到着者を見つけたユミルが鋭い目つきでこちらを睨む。

 

「昨日私らに注意したお前が1番遅いとか、一体どうなってやがんだ?罰として、今日の私の分はお前がやってくれるよな?」

 

「ユミル!遅刻したわけじゃないんだからそんなことさせたらダメだよ!」

 

いつもの会話を聞き流しながら、任務である壁上固定砲の整備にかかる。ここにいる7班がやるべきことは砲塔内の掃除、壁上に設置された砲台移動用レールの点検、水平方向から垂直方向への砲台角度変更の点検、以上の3つである。

 

「珍しいね、ヒイラギが時間ギリギリに来るなんて」

 

「考え事をしていてな。周りが見えなくなっていたみたいだ」

 

「考え事……僕が言えたことじゃないと思うけど、君はいつも何か考えてるよね」

 

「そうか?」

 

「うん、僕も同じだからよく分かるよ。でも君は僕以上に口数が少ないから、何を考えているのかわからない時があるよ」

 

反省を促すようなことを言って、アルミンは作業に入る。確かに、俺は誰かに相談することはあってもその回数は少ない。大抵は自己解決か思考放棄のどちらかである。特に省みたことはなかったが、こうも堂々と指摘されては考慮せざる得なくなる。

 

「……相談できることではないか…」

 

だが少なくとも、今回の事に関しては他人に相談できるものでは無い。俺について知っている神か何かがいてくれたなら、相談するのもやぶさかではないのだが。とりあえず、昨夜考えたことは保留としよう。

 

「あっ、そういえばヒイラギ。この街にもオムライスのお店、出来たみたいだね」

 

作業中、同じ砲台を見ていたクリスタが仕入れた情報を口にする。2年以上前に行ったオムライスの店。彼女はあれを相当気に入り、毎休暇1度は食べに行っているらしい。俺も商会の手伝いを兼ねて店に寄っていたのだが、高確率でクリスタと遭遇していた。

 

「最近はリーブスさんもトロスト区にいるからな。食文化にも力を入れてるんだろ。今日行ってみるか?」

 

「うん!」

 

「オイオイ、お前また私のクリスタとデートに行くつもりか?そういう話はまず私を通してから言えよ」

 

割り込んできたユミルに、クリスタが説教を始める。いつもの流れ。いつもの光景。こんな平和で呑気な日常がずっと続けば。そう願う者は多い。特に5年前の地獄を見た者は強くそう思っているはずだ。しかし皮肉にも、それは叶わぬ願いだということも、経験者は知っている。

 

「……整備任務を中止。作戦通り俺たちは本部へ向かう」

 

突然の出来事に対して反応できずにいる兵士たちに、今とるべき行動を伝える。絶望を隠しきれないまま移動を始めた兵士を先導しながら、事態の発生場所に目を向ける。立ちのぼる土煙と蒸気の合間から一瞬見えた赤い顔。

 

5年ぶりの超大型巨人出現。調査兵団が壁外調査で出払っているタイミングを狙ったかのように現れたソレは、トロスト区外壁の門を蹴り破った。

 

 

各兵装を装備し、事前に立案された作戦通りに班を分ける。再び同じ班となったクリスタとユミルに加え、コニーも一緒である。

 

「くそっ……なんつータイミングだよ…」

 

現実に絶望するユミルが片手で頭を抱える。これはまだマシな方で、ギリギリ合格ラインにいたダズに関してはストレスに耐えきれず嘔吐までしている。そんな彼を介抱するクリスタを呼びに向かおうとした時、駐屯兵団の先輩であるイアンさんから声が掛かる。ミカサと俺は、住民の避難を援護する後衛部隊に配属するとのことだ。

 

「了解」

 

声を掛けるのをやめてイアンさんについて行く。しかし、それに気づいたクリスタが逆に呼び止めようとした。

 

「ヒイラギ!!」

 

今は会話をしている場合ではない。そう判断した俺は呼び止めに応えず戦場へ向かう。後ろから追いかけてくるのを感じたが、忙しなく行き来する人混みの中に紛れるうちにその気配は消えてきた。

 

 

後衛の担当場所、つまり内壁近くにはまだ通常種の巨人は寄ってきていない。しかし、巨人は通常種の他に奇行種と呼ばれるヤツがいる。数が多いのは前者で、近くの人間を襲うという基本習性を見せる。対して奇行種は、遠くの人間を標的とする。さらにその動きは変則的で、相手取るのは困難な個体である。そして、現在俺のいる班が立体機動で追いかけているのも奇行種。俺達には目もくれず門の方へ突っ走っている。

 

「クソ!!なぜオレたちを無視して住民の所に行くんだ!!」

 

「奇行種だ!!考えても無駄だ!!」

 

「クッ…速い!!」

 

「精鋭の私達が追いつけないだなんて……このままじゃあ!!」

 

駐屯兵団の中でも精鋭とされる部隊が後衛にいるのだが、その力は発揮されていない。いつもの訓練ならばもっと速度を出せるはずなのだが、緊張や迷いのせいで一般兵士の訓練時より遅い。このままでは門の前で避難を行っている住民の中に突っ込まれてしまうだろう。

 

「!?」

 

そんな中、突如速度をあげた兵士がいた。歴代最高レベルの逸材とまで呼ばれたミカサ・アッカーマンである。その見事な立体機動術によってあっという間に追いついた彼女は、アンカーを巨人のうなじに刺したのち一撃で仕留めてみせた。力が抜けたように倒れる巨人の頭上に立つその姿は、宛ら歴戦の兵士のようだった。

 

「あれは…」

 

何とか死から救われた住民だったが、一行に門の向こうへ行こうとしない。何事かと近づくと、大きな荷車が門に挟まって動けなくなっていることがわかった。本来なら兵士が荷物を退かすよう指示するはずなのだが、なるほど、それがリーブス商会のものならそう易々と口が出せないだろう。そんな彼に、ミカサは堂々と近づいて反発する。

 

「今、仲間が死んでいる……住民の避難が完了しないから…巨人と戦って死んでいる……」

 

「それは当然だ!住民の命や財産を守るために心臓を捧げるのがお前らの務めだろうが!!タダメシ食らいが100年ぶりに役に立ったからっていい気になるな!」

 

リーブスさんの言葉を聞いて、ミカサがさらに近づく。

 

「人が人のために死ぬのが当然だと思ってるのなら…」

 

人垣の中に開いた道を進む。

 

「きっと理解してもらえるだろう。あなたという一人の尊い命が多くの命を救うことがあることも」

 

完全に殺気を込めた言葉。リーブスさんも少し怖気づくが、負けじと怒鳴り返した。

 

「やってみろ!!オレはこの街の商会のボスだぞ!?お前の雇い主とも長い付き合いだ。下っ端の進退なんざ…冗談で決めるぞ!?」

 

「……?死体がどうやって喋るの?」

 

そこまで。ここからの発展次第では事件になり兼ねない。俺は上から割り込んで入り、ミカサをリーブスさんから離れさせた。

 

「ミカサ、先輩の所へ戻っていろ。…リーブスさん、俺です」

 

「お前……坊主じゃねえか。こんな所で何してんだ」

 

気がついたリーブスさんは、警戒心は残しつつも少しだけ落ち着きを取り戻してくれたようだった。とはいえ、いつまた巨人が迫ってくるかも分からない。なるべく早く済ますとしよう。

 

「俺に免じて一度荷車を引いてくれませんか。もちろんそちらは俺が命を懸けて死守します。リーブスさんがこの街のために働いてくださっていたことも、その恩義を忘れた訳ではありません。ただ、俺達も必死なのでどうかご協力ください」

 

「……………おい、荷台を引け」

 

門の中への移動が可能となったことで、歓声を上げながら住民が我先にと中へ入っていく。あとは門担当の兵士に任せれば良いだろう。

 

「おい、坊主」

 

リーブスさんから声が掛かる。どんな悪態をつかれるのか考えを巡らすが、意外な言葉が発せられた

 

「あの嬢ちゃん、いい度胸してるじゃねえか」

 

彼は少し口端を持ち上げた。そして「後は頼んだぞ」とだけ言って避難列に加わる。彼の考えを理解することは出来ないが、あるいは俺が介入せずとも彼は荷台を引いていたのかもしれない。いや、それは戦闘が終わって考えるとしよう。リーブスさんに困らされていた駐屯兵からの礼を受け取り、ミカサを含め建物の上で集まっていたイアン班に合流した。

 

「遅いぞロイス。東側に奇行種が発見された。仕留めに行くぞ」

 

「ハッ」

 

再出発直前、屋根に捨て置かれた2本の刃が目に入った。既になまくらとなっていたソレは、この班で唯一攻撃を仕掛けたミカサのものだろう。初戦闘とはいえミカサですら一度の攻撃で刃を駄目にしてしまうとなると、肉の削ぎ方は訓練用模型の使用時とは別の方法で行うべきなのだろう。

 

「2時の方向!7メートル級!!」

 

精鋭兵の声と同時に、報告のあった方向から巨人が一体飛びながら突っ込んできた。左手の壁に1本アンカーを刺して回避し、すれ違って地面に激突する巨人の方を向く。一旦アンカーを外し、今度は巨人の左右斜め上辺りにアンカーを射出。ワイヤーの巻き取りを途中でやめ、両手をついて立ち上がろうとする巨人のうなじ直上に到達する。

 

「ッ!!」

 

勢いに乗せて体と刃を回転。巨人唯一の急所である後頭部からうなじにかけて縦1m横10cmを確実に捉え、血を吹き出させることなく綺麗に肉を削ぎ落とした。予め用心していたおかげで刃の損傷も殆どない。

 

「この巨人の後ろにもう一体いました!」

 

初討伐の余韻に浸るわけにはいかない。回避時に一瞬見えた光景の要点だけ述べた。しかし、それでさえ遅かったのだろう。振り向くと同時に悲痛な叫びが聞こえる。

 

「イヤァァァ!!」

 

先程の巨人と同じ7メートル級四足歩行型。三角屋根の上に座るその巨人の左手には、同じ班の女兵士が握られていた。

 

「離せクソ巨人!!」

 

掴む腕を切り落とそうとイアンさんが左腕にアンカーを刺した。ガスを噴射しながら近づき、その腕を斬った。

 

「浅いか……!」

 

アンカーを刺したのが肘より上だったために、上手く切り落とすことが出来なかった。それどころか、伸ばされた右手にイアンさんが捕まりそうになる。

 

「ッ」

 

ガスを多めに噴射させ、速度を一気に引き上げた。イアンさんに気が向いていたおかげで急接近したこちらに気が付かない巨人の右腕を、一度の攻撃で切り落とした。部位を一つ失くした巨人はバランスを崩し、右方向へ体が傾く。そしてここぞとばかりに、死角へ回っていたミカサが敵のうなじを削ぎ落とした。俺は左手に握られていた女兵士を引っ張り出した後に屋根の上に着地する。

 

「すまない、助かった」

 

「私も助かったわ。ありがとう!」

 

「いえ、ご無事でよかったです」

 

少しだけ会話を交わして索敵を始める。とりあえず門に近づく巨人がいないことを確認し、戦闘中に思ったことをまとめる。改めて実感した、自分に起きている異変についてのものだ。飛び抜けた身体能力もそうだが、感情の起伏が少ないことが気になる。特に、恐怖は殆ど感じない。おかげで力を存分に発揮できているため悪い訳では無いのだが、何故こういう風になったのかが分からない。

 

「……ミカサも同じか…」

 

門の方向に目を凝らすミカサを見て思う。俺の状態はミカサの身体能力や感情の薄さなどと酷似している。彼女の身に何があったのかは聞かなかったが、以前こんな質問を投げかけたことがある。

 

「ミカサ、その能力は生まれつきのものなのか?」

 

彼女は一言だけ答えた。

 

「違う」

 

それは、何かしらの事象により能力が身についたということを意味する。ならば、俺にも今の能力を手に入れたタイミングがあるはずなのだ。そしてその可能性が最も高いのは『一度死んで蘇った時』である。いや、蘇ったという表現は正しくない。記憶を持ったまま別の世界で誕生する。それは生まれ変わり、あるいは転生といった方が正しいのだろう。

 

結論。俺がこのリミッターが外れたような能力を持っているのは、転生による可能性が高い。

 

「………なら、ミカサはどんな体験をしたんだ」

 

まさかミカサも俺と同じ境遇………ではないな。それにしてはエレンに対する執着のような子供っぽいところが目立つ。

 

「いました。南西の方角!」

 

考察をやめ、目の前の戦場に意識を戻す。ミカサの報告にあった方向に15メートル級が二体。時間が経ったからだろうか、今回は奇行種ではなく通常種だった。

 

「二手に分かれて確実に仕留めるぞ!」

 

イアンさんの指示に従い、3人ずつに分かれる。戦力的に俺とミカサは別の班となった。壁に近い方の巨人に近づき、眼前を通過する。発見した通常種の巨人は本能的に俺の方へ意識を集中させた。迫りくる腕の間を掻い潜っている隙に、先輩2人が両足のアキレス腱を削いでくれた。巨人はバランスを崩し、重心を傾けていた俺の方向へ倒れかかる。片手だけ伸ばした状態で建物にもたれる巨人の裏に回り込み、慎重にうなじを削ぎ落とす。先程の奇行種攻撃時に刃が少し欠けたせいか、初撃ほど刃の鋭さはなく、巨人の血を噴出させてしまった。

 

「っと」

 

後方へ飛んで回避する。その血に害がある訳では無いが、巨人は死亡時に体を蒸発、霧散させてしまう。血液もその例外ではない。もし頭から血をかぶった場合、視界が蒸気で埋まってまともに周囲を視認できなくなってしまう。

 

「すごいなお前!一体どんな訓練をしてきたんだ!?」

 

ミカサ達の方も巨人を殺せたのを確認した後、先輩の一人が褒め言葉と同時に迫ってきた。どう答えたものかと考えていると、先程救出した女兵士がその先輩を止める。

 

「彼とミカサはリヴァイ兵士長を継ぐ、期待の二つ星って呼ばれてるのよ?そもそも元が違うわ」

 

知らない間にとんでもない二つ名がついていた。人類最強といわれるリヴァイ兵士長を継ぐなんて、どこまで高い評価をつけられているんだか。

 

「それもそうだな。今まで信じられなかったが、こうして見ると確かに名前負けしていない」

 

納得されてしまった。自主訓練を怠らなかったとか故郷を取り戻すまで死ぬ訳にはいかないとか、適当にそれっぽい答えを用意していたのに恥ずかしい二つ名だけで納得されてしまった。

 

「おいお前ら。2つ奥の路地にもう一体来た。討伐しに行くぞ」

 

班長からの指示を受けると、俺と先輩達は瞬時に行動を始めた。日本では考えられなかったが、今なら軍人や自衛隊員の気持ちがよくわかる。

 

「いたぞ!」

 

建物の隙間を縫うように飛んだ先に、15メートル級が一体いた。既に交戦を始めていたのを見て、自分の出番はないなと確信する。今しがた声を上げた兵士を喰らおうと口を大きく開ける巨人の側面から、ガスを噴かして急接近するミカサの姿があったからだ。一撃で屠られた巨人は鮮血を散らしながら地面に倒れ、ソレの討伐者は既に索敵を始めていた。ミカサの反応を見る限り、近くに敵は見当たらないのだろう。

 

カンカンカンカンカンカンカンカンカンッ

 

突然、街中に鐘の音が9回響き渡る。

 

「撤退だ!!ガスを補給しろ!壁を登るぞ!」

 

避難終了と撤退の知らせ。合流した補給兵からボンベを二本受け取り、少なくなっていたボンベと交換する。そこで気になることが一つ。ミカサが妙に焦っている。近くに巨人の姿はなく、壁を登るのにそう急ぐ必要は無い。その答えを探すうちに、ミカサが索敵時に門の方をずっと気にしていたのを思い出す。厳密には門ではなく、中衛部隊の方だ。

 

「前衛の撤退を支援してきます!!」

 

「な…!?オイ、ミカサ!!」

 

「俺が追います!先輩方は先に壁の方へ!」

 

既に立体機動で遠く離れたミカサの後を追う。目的は明白。エレンの支援である。状況からして前衛部隊が壊滅している可能性は高い。そうなると中衛部隊は事実上前衛ということになる。

 

「…クリスタ」

 

違う。何故クリスタのことが真っ先に思いつくのか。目的はミカサや中衛部隊を支援すること。クリスタ個人を守る為ではない。そもそもこんな戦場で実戦経験のない新兵が生き残っている確率は非常に低い。ユミルのお陰で10番以内に入ったクリスタなら尚更だろう。

 

………ならば何故、俺はクリスタを探しているのだろうか。

 

何故。何故。何故。

 

結局ミカサを追う間、俺はクリスタの捜索をやめられなかった。そんな中、俺とミカサは屋根の上に集まっていた兵士達を発見する。

 




多くの評価、コメント、修正報告ありがとうございます。少し長くなったために投稿が遅れてしまいました。長い故に違和感のある点が幾つかあったかもしれません。読み返す時に修正を行いますが、以前のように読者様からも報告をいただけたら幸いです。

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