「ヒイラギも!!無事だったんだね!」
ミカサの次にこちらを見つけて寄ってきたクリスタを見て、俺はひどく安堵した。そんな煩わしい感情は捨て去るべきだと分かっていても、実際に消えることはない。解消法を俺は持ち合わせていない。
「クリスタこそ無事だったんだな。ユミルも、生きてるな」
「今のところはな………お前も見ただろ、本部に群がる巨人をよ。あいつらのせいで私らはガスを補給できないんだよ」
「なるほど、それで壁の方へ撤退できないってわけだな」
警鐘が鳴っても撤退しようとする者が少ないことは気になっていた。ここからでも本部に十数体の巨人が群がっているのが確認できる。補給室には既に小さめの巨人が侵入しているだろう。
「…そりゃあ、ここに集まるわけだ」
壁を登るほどのガス残量はない。しかし、補給拠点である本部には多数の巨人。突っ込めと言えるほどの人物はいない。突っ込めと言われて従うような奴もいない。死の恐怖について俺は十二分に理解している。故に、怖気づいた兵士達を攻めることは出来ない。
「………いや、指揮できる奴はいる。クリスタ、34班にエレンがいただろ。あいつは今どこに……」
答えはクリスタからではなく、ミカサの側で座り込んでいるアルミンから言い渡された。尤も、クリスタの青ざめた表情を見るに答えは聞くまでもないのだが。
「トーマス・ワグナー、ナック・ティアス、ミリウス・ゼルムスキー、ミーナ・カロライナ、エレン・イェーガー……以上5名は自分の使命を全うし…壮絶な戦死を遂げました…」
最も巨人に対して好戦的だったエレンの所属する班が殆ど全滅したという話を聞き、辺りが騒然となる。
「いよいよ指揮を取れる奴が一人もいなくなったわけだな」
アルミンが、エレンは自分の身代わりになって死んだと語った。強い正義感を持っていた奴だ。親友のために迷わずその命を懸けたのだろう。しかし、死んでしまっては本人の問題だけじゃなくなる。交友関係を持っていれば、その相手にも死を強く実感させることとなる。喧嘩ばかりしていたジャンですらその例外ではない。つい昨日まで一緒に過ごしていたよく見知った奴が、次の日になればに一生目の前に現れなくなるのだ。その絶望感は計り知れない。今となっては理解しようがない感情だが。
「落ち着いて。今は感傷的になってる場合じゃない」
エレンを失ったことで誰よりも絶望するだろうと思われていたミカサが、皆の予想を裏切りつつアルミンを立ち上がらせた。泣くことすら忘れて驚くアルミンを置いて、今度はマルコに問いを投げかけた。
「本部に群がる巨人を排除すればガスの補給ができてみんなは壁を登れる。違わない?」
「あ、あぁそうだ………し、しかしいくらお前がいても…あれだけの数は…」
「できる」
ミカサは宣言する。誰よりも勇敢に、誰よりも蛮勇に。自分は戦意を失ったお前達とは違うと、右手を空に突き出しながら堂々と宣言する。
「私は…強い…あなた達より強い…すごく強い!…ので私は…あそこの巨人共を蹴散らせることができる…例えば…一人でも」
誰一人として声をあげない兵士達に向けて刃を伸ばし、さらに勇ましく。
「あなた達は…腕が立たないばかりか…臆病で腰抜けだ………とても…残念だ。ここで…指をくわえたりしてればいい…くわえて見てろ」
地獄の戦場へ一人飛び立つ兵士を、我こそはと追う者は現れない。まだきっかけが足りないというのであれば、それは俺が請け負うべきものだ。それでも駄目だというのなら、そいつらはその程度の人間だったということ。絶望と共に巨人の腹に収まっていればいい。
「待ってヒイラギ!あなたも行っちゃうの…!?」
この戦場へ来る前、彼女の呼び止めに応えなかったことを俺は後悔していた。ならば、今回はしっかりと応えるべきなのだろう。そう判断した俺は、酷く寂しそうな表情をしているクリスタの方を見る。
「あぁ、行く。目の前で仲間が死ぬのをただ眺めてるだけなのは気が向かないからな。補給所を制圧できたらガスを運んでくる。ただし、それまでどちらも生きていたらな」
クリスタに対して、あるいは周りの兵士達に対して柄にもないことを言ってしまった。同期のよしみということで、立ち上がることを期待してしまったのだろうか。
「また……行っちゃうんだね…」
なるほど、と彼女の表情を見て理解する。どうやら俺は本部での呼び止めに応えなかったことで、彼女の心配事を増やしてしまっていたようだ。
「…………え…?」
俺はつい口に出しそうになった言葉を飲み込み、服の裾を握って俯いていたクリスタの首に紐をかけた。突然の出来事にクリスタは動揺し、声を漏らす。かつて彼女から貰った、翼のついたペンダントをクリスタに預けた。多少の申し訳なさとクリスタの士気向上のための行為。
「後で、生きたまま届けてくれ」
何故真っ先にこのような方法を思いついたのかは理解できない。「俺にくっついていたら安全だ」なんてくだらない言葉を言い出しそうになったことが影響しているのだろうか。
「……わかった、絶対に届ける。だから、ヒイラギも絶対に死なないでね!」
ペンダントを握るクリスタに再び背を向け、ミカサの後を追う。彼女は立体機動において、皆と合流するまで遠心力を活用せず殆どガス圧による加速のみで移動していた。焦っていた故にあのような雑な動きになっていたのだろうが、今はそれに加えてエレンの死という現実が突きつけられている。補給して間もないとはいえ、今のミカサは本部に着くより先にガス欠を起こす可能性が高い。ならば早めに見つけておいた方が対処しやすいだろう。
「あそこか」
右斜め前方で巨人のうなじを削ぐミカサの姿を確認した。案の定、ガスを過剰に消費している。突入を決意して俺のあとを付いてくる兵士達は、ミカサの圧倒的速さに対して褒め言葉を口にする。どうやら彼らのうちの殆どは、ミカサの冷静さに欠けた行動に気がついていないようだ。先程のミカサの言動を見ればそう捉えられても仕方の無いことだが、俺には虚勢を張っているようにしか見えなかった。口実を作って、死に向かっているような。
「アルミン!コニー!ミカサの援護に向かえ!」
案の定ガスを切らして落下していくミカサを確認した後、一度着地して大声で指示を出す。それを聞いた2人は軌道を変えてミカサの元へ向かった。そのまま真っ直ぐ突っ込んでいったら十中八九巨人に喰われてしまうだろうが、その辺りはアルミンが考慮しているだろう。遠回りになったとしても、確実にミカサの元へ辿り着くはずだ。
「うあああぁぁぁぁぁ!!」
叫び声が一つ。今更珍しいものでもないが近いこともあり確認してみると、1人の兵士が地面で伸びきったワイヤーを回収出来ずにいた。要は、ガス切れを起こして建物の上に登れないのだ。反射的に救助に向かおうとしたジャンを俺は既の所で引き留める。
「間に合わない」
彼はもう4体以上の巨人に囲まれている。いくら俺でも、あの数を相手にしながら個人を守るのはほぼ不可能。可能性がない以上、本部突入に集中するべきだ。見たもの全てに突っ込んでいっては何も為すことができない。何より今は、クリスタとの約束がある。
「トム!!今助けるぞ!!」
「よせ!!もう無理だ!!」
仲間を救わんと突撃する同期たちに、ジャンの声は届かない。案の定彼らは助けるどころか巨人に捕まり、頭を砕かれ、四肢を引き千切られ、下半身を歯で切断された。知り合いの命が無惨に絶たれる光景が目の前で展開されるが、今は気にしていられない。ミカサの言葉を借りれば、感傷的になってる場合じゃない。餌につられて巨人が集まってきたことにより、必然的に本部の方が手薄になる。俺と同じように今が好機だと判断したジャンが叫んだ。
「今だッ!!!巨人が少しでもあそこに集中しているスキに本部に突っ込め!!」
我に返った兵士達が再び動き出す。仲間を見殺しにした罪悪感を噛み締め、ただ生き残ろうと足掻く。
「今しかない…どのみちガスが無くなれば終わりだ。全員で突っ込め!!」
そう、俺が今すべきことは彼らを助けることだ。自分が生き残ろうと踠く人間を助けることだ。他人を助ける奴が悪だとは言わない。だが、そうやって身に余る行動をとる奴が善だとも断言できない。今この時に限っては、自分自身が生き残ることに全力を賭すことが正しいのだ。
「俺は違うけどな………!」
行く手を阻む巨人のうなじを削ぐと同時に言葉を発し、自身の価値観を再確認する。約束でもしないと生き残ることへの努力をしない程生存への執念を忘れた俺には、彼らのように生き残ろうと踠くことはできない。例え死を確信しても、なんとしてでも生き残ろうとはしないだろう。だが、この二度目の人生が無意味なものだとは思いたくない。その為に俺は、生き残ろうと足掻く人間を助ける。今となって尊敬するようになった心情を持つ人間を、出来る範囲で助ける。
再び矛盾を感じる。人命を助けることは、過干渉に含まれるのではないかと。しかし、今の俺の行動に間違いがあるとは思えない。では、過干渉を避けようとする俺の考えが間違っているのだろうか。……いや、今その疑問を持っては動きに乱れが出る。のちの課題としよう。
「………四体」
意識を戦場に戻し、妨げになるであろう巨人の数を確認する。俺が今進んでいる道に12メートル級と7メートル級。猫背の15メートル級が左の道に。この道と左の道の間、つまり建物の隙間に12メートル級が一体。それらすべてを相手にすれば先導する者がいなくなってしまう。ならば、標的にするのは二体。左の道にいる奴と、前方の12メートル級だ。近いのは15メートル級の方。
「ッ!」
塔のようにそびえ立つ建物を蹴って左側の道へ移動し、目標を視界に収める。地面直撃ギリギリのところで、アンカーを刺してガスを噴射。水平移動するようにして前へと進んだ。こちらを発見した、ただでさえ猫背な巨人がさらに背中を曲げて顔を地面に近づけてくる。俺を捕まえようとする巨腕に、体の回転を挟んで足をつけた。丁度いい踏み台を蹴って足の隙間を通り抜けた後、2度アンカーを射出することによって俺の刃はうなじにぶつけられた。猫背の巨人とて、顔は前を向いたまま。そうなると必然的にうなじが狙いにくくなってしまう。ならば後ろ首伸ばしてやろうと取った作戦だったのだが、上手くいってよかった。
「もう一体…」
次の目標である、右の道にいた巨人の方へ向かうため態勢を整える。先導することと巨人を駆除することの同時進行により、俺のガスもかなり消耗させられている。少し急いだ方がいいかもしれない。
「うわあああぁぁぁぁ!?」
標的にした12メートル級の方から悲鳴が聞こえた。まだ追いついていないはずなのだが、ガスに余裕があって加速し続けたのだろうか。ともかく食われる前になんとか救わなければ。
「ッ!?」
家屋の窓を突き破って元の道へと戻るが、その時散ったガラス片が、割れた衝撃音と共に俺の右脇腹を切り裂いた。幸い傷は深くないが、激痛に悶えそうになる。立体機動装置はその機動性故に身体に対してかなり負担をかけている。普段はなんともない傷でも、今は激痛に感じるのだ。クリスタ曰くなんともない傷の度合いに関しては、俺と周りの人達にズレがあるそうだが。
「クッ!!」
眩むような痛みを噛み締め、捕まえた兵士に夢中になって周りが完全に見えなくなっていた巨人のうなじを削ぎ落とした。捕食を前にした巨人は狩りやすいと学んでいたのだが、その情報は合っていたようだ。
「ツイてないな」
解放された兵士が何故落下していくままなのかと思ったら、捕まった時に立体機動装置を潰されたようで離脱できずにいた。俺は咄嗟にガスを噴射させて追いかけ、落下寸前の兵士の襟を掴んだ。1度高く飛び上がり、兵士を左脇に抱える形に変えて両手が使えるようにする。これで戦闘はできなくても本部に運ぶことは出来る。
「た、助かったぁ!」
掠れた声で叫ぶ兵士を黙らせ、巨人の群がる本部の方へと突っ込むためのルートを考える。道中にいる巨人の中には奇行種も交じっていて、生半可な動きでは捕まってしまうだろう。少し荒くなるが、まあ助からないよりはマシだろう。
「少し我慢だ」
「え?」
斜め下前方両サイドにアンカーを刺してガスを噴射。弧を描きながら急降下した。まず迫ってきたのは通常種2体と四足歩行の奇行種が1体。12メートル級通常種の脚の間を体を逆さにした状態ですり抜け、元の体勢に戻る時に5メートル級の頭を踏んずけた。当然足元の巨人は獲物を捕まえようとしてくるが、それよりも先に四足歩行型15メートル級が低空ジャンプで突っ込んできた。理性のない獣のようなソレは、既に獲物が乗っかっていない巨人の頭に噛みつき12メートル級の膝裏に衝突した。3体の巨人が入り乱れる中、俺と脇に抱えている兵士は奇行種の腹の下を潜り抜けていく。
前方に2体巨人がいるが、本部は目前。一度上昇し、唖然とする同期に頭を護るよう指示して体をひねた。
「怪我するなよ」
「えっ…う、うわあああぁぁぁぁ!?」
上半身を右に回すと同時に兵士を投げ飛ばし、巨人の脇下を立体機動なしで通り抜けるという並の兵士なら失神しそうな経験をさせた後にガラスを盛大に割らせながら窓の向こうへと逃がしてやった。通り抜けていった物体に気を取られていた巨人の横を通り抜け、俺も本部へと到達した。なんとか一番乗りで辿り着いたが、しかしまだ安置に避難する時ではない。上昇した後本部の屋上に着地し、今来た方向を見通す。必死に本部を目指す兵士、巨人に捕まる兵士、兵士に迫る巨人に、兵士を後ろから追う巨人。本部周辺の生きている人間や巨人のほとんどがここへ集まってきている。
「うおおおおおおお!!」
叫び声と共にジャンが、巨人の攻撃をなんとか避けきって窓ガラスに突っ込んでいった。それを起点に続々と人が本部へ入っていく。こうして救われる可能性のある人が増えるのは良いことなのだが、それによるデメリットは多分にある。例えば、こうも多くの人が同じ場所に集中すれば巨人も寄ってくるというものだ。それを払うのが、俺が安置へ向かう前の仕事。
「残念ながら、人以外は立ち入り禁止だ」
招かれざる客を追い払うべく屋上から飛び降り、窓から本部を覗き込もうとしていた巨人のうなじを上から下へ削ぎ落とした。そのまま地面にぶつかる前にガスを下へ噴射して落下速度を相殺。前方右へアンカーを射出し同時に巻き取り。目の前に来た巨人は足元の獲物に釣られて左に体を傾ける。その間に左のアンカーも射出。右のワイヤーを回収すると同時に巻き取り、巨人の死角へ入る。
「ぐッ……!!」
右脇に負担がかかったために血が吹き出し、再び激しい痛みが電撃のように身体中を駆け巡った。しかしそれで行動を乱すほど人間らしい心は持っていない。今度は右のアンカーを斜め上の家屋に刺し込み上昇。獲物の消えた方向である右下に目を向けていた巨人はこちらの存在に気付かず、いい的になっている。俺は左右のアンカーを同時に射出し目標をうなじに定めた。
「ッ!」
奥歯を噛み締めガスを噴射。急所となる箇所を正確に捉え、誤差なく肉を削ぎ落とした。次の標的を探そうとする直前、本部の中を覗くと、突入した兵士たちと補給班らしき奴らが揉めているのが見えた。
「今はそんなことをしてる場合じゃ……ッ!?」
俺も人のことは言えない。意識を逸らしてしまったせいで敵の急接近に気づけなかった。飛び跳ねてそこまで迫ってきていた奇行種の口が大きく開かれる。
「くッ!!」
ここから窓の中へ飛び込めばまだ間に合う。ここまで来て約束を破るような行いは避けたい。それに俺はまだ、何も為していないッ
窓枠へアンカーを射出するが、命中まで待っている時間はない。すぐにガスを全力噴射して一気に加速する。
「なッ!?」
ハズだった。少し進んだ先で加速が止まる。腰辺りから聞こえる掠れるような音からして理由は明白。ガス切れである。回避を断念した俺は被害を抑えようと咄嗟に体を丸める。
「ぐッ!!」
今まで経験したこともないような衝撃が背中に直撃した。気を失いそうになるような痛みを堪える。少し加速したおかげで口の中に放り込まれる事態は回避できたみたいだが、衝突の影響により加速時の予想軌道から外れていく。
「ッ!?」
左のこめかみ辺りが窓枠に直撃した。それがどれほどの被害なのか把握する間もなく後ろの壁が破壊され、飛んできた石材が全身にぶつかってくる。破壊音と悲鳴が飛び交う中、俺の体は奥の壁に激突した。
薄れていく意識を無理矢理醒ますことはおそらく不可能。人間はそれほど強固な体を誇ってはいない。しばらくこの体を動かすことは叶わないだろう。右脇の怪我に加え、頭部など全身がボロボロである。
「…………」
ブラックアウトしていく視界の端に、金髪の背の小さい人影が映った気がした。
多くのコメント、お気に入り登録、評価など、本当にありがとうございます。ここまで多くの方に気に入ってくださるとは思わなかったので、正直動揺しています。
ヒイラギの思考についてなのですが、結構複雑な感じで自分も把握しきれていない部分や矛盾しているかもしれません。次回までにこちらの方でまとめるつもりなので、今回どこかおかしい箇所があるかもしれません。報告していただけましたら修正を検討しますので、どうぞよろしくお願いします。
各話の文字数ってどのくらいがいいですか?
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3000文字〜5000文字程度
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6000文字から8000文字程度
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9000文字から12000文字程度