為すべきを為す覚悟が 俺にはあるか。   作:カゲさん

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6 束の間の談話

「ヒイラギ!!」

 

微かに目を開けるや否や、クリスタらしき人の顔が近づいてきた。焦点が合わず霞んでいるが、声や髪色からして間違いないだろう。

 

「よかった……本当によかった……」

 

視界がはっきりしてきた頃に、俺の顔にポタポタと水滴が落ちてきた。それがクリスタの涙だと気づくと同時に自分の現状を把握した。どこかの建物の屋上らしいのだが、仰向けに横たわっているのに頭部だけ堅い地面に当たっていない。なるほど、膝枕は案外悪くないものらしい。

 

「どれくらい時間が経ったんだ…」

 

愚にもつかない感想を捨て置き、未だぼんやりとしている頭を使って最優先すべき質問を選び取る。クリスタは服の袖で涙を拭ってから答えた。

 

「……30分くらい、だと思う…」

 

「そうか…」

 

クリスタの額を指先で押して離れさせ、上半身を起こす。体のあちこちが痛むが、背中を支えてもらったおかげで楽に起き上がることが出来た。見たところ、おそらく場所は本部の屋上。まだ戦場のど真ん中にいるようだ。近くにはミカサ、アルミン、ジャン、ライナー、ベルトルト、アニ、ユミルがいて、皆同じ方向を見下ろしながら何かを話し合っている。

 

「補給はどうなったんだ…?」

 

「本部についた人達は皆ガスを補給して壁に向かったよ。私もヒイラギが起きたら行くつもりだったんだけど、あの巨人が…」

 

あの巨人、とは一体何のことなのか。皆が見下ろしているであろうその巨人を見ようと立ち上がると、頭に強い痛みが走った。反射的に頭部を抑えると、包帯が巻かれていることに気づく。よく見れば腹部にも巻かれている。

 

「憲兵団の銃と一緒に見つかったから、それを使ったの」

 

「銃?」

 

この壁の中にも銃というものは存在する。とはいえ小銃や狙撃銃のようなものではなく、マスケット銃なのだが。どちらにせよ巨人には殆ど効果がないためこの戦場においては無意味なのだが、一体何に使ったのか。

 

「補給所にも巨人が入ってきて…立体機動は使えないから、散弾で目を潰してから仕留めたみたいだよ」

 

なるほど、そういう使い方をしたのか。おそらくアルミン辺りの座学優秀者が考えた作戦なのだろうが、よく思いついたものだ。

 

「アアアアアアァアァアァァァァ!!!」

 

突然の轟音に何事かと思い立ち上がる。少しふらつきながらも建物の端まで辿り着いて下を覗く。

 

「巨人と戦う……巨人…?」

 

俺が見たものは、腕を失った巨人が全身にしがみついている巨人達を振り払いながら奇行種と思わしき巨人のうなじに食らいついている、という光景だった。さらにその奇妙な巨人は口にくわえている巨人を振り回し、脚に迫ってきていた巨人達を叩き潰した。加え、二足歩行で歩み寄る巨人に咥えていた巨人のうなじを食いちぎりながら投げつけた。

 

「……オイ…何を助けるって?」

 

両腕と右腹部の肉を失いながらも五体の巨人を一瞬で駆逐した巨人を見て、ジャンが呟く。しかし、どうやら力尽きたらしいその奇行種は跪いた後にうつ伏せに倒れてしまった。

 

「もういいだろ………?ずらかるぞ!あんな化け物が味方なわけねぇ」

 

一拍おき、ジャンが言う。

 

「巨人は巨人なんだ」

 

しかし、その言葉で動く者はそこにはいなかった。彼以外全員が倒れた巨人のうなじをじっと見ている。正確には、うなじに相当する部位に見える黒い影を。

 

「………?オイ……?」

 

ジャンが動かぬ皆に返事を求めたちょうどその時、うなじから千切れるようにして人が姿を現した。その人間の容姿を俺たちはよく知っている。

 

「……エレン・イェーガー」

 

俺がその名を呟くや否や、ミカサが迷いなく飛び降りた。彼女はエレンを巨人のうなじから引きずり出し、耳をエレンの胸に押し当てた。

 

しばらくして戻ってきたミカサは、堪えきれなかったようにその場で泣き出した。それも静かに泣くのではなく、誰も見たことも聞いたこともないほどの乱れた大泣きで。

 

「一体…何が……」

 

跪いたアルミンが涙を目に浮かべながらエレンの左手を握った。しばらくの間ミカサの泣き声だけが聞こえていたが、ふと駆逐された巨人の肉塊を見たジャンが声を漏らした。

 

「これをエレンが、やったってことか……?」

 

 

無事壁を登って退却できた俺たちだったが、エレンや彼の運搬をしていたミカサ、アルミンは駐屯兵団に捕まり、残った俺たちは守秘義務を課せられた上で彼らと隔離させられてしまった。家屋からエレン達の方を覗こうかと考えたのだが、治療優先だと言い張るクリスタに阻止された。

 

「やっぱり。さっきの移動でまた出血してきてる」

 

俺を建物の前の階段に座らせた後、クリスタは俺の腹部に巻かれた包帯を取り、10センチほどの切り傷から流れる血を見てそう言った。それから想像以上の手際で傷の手当てが行われた。彼女が救護班の手伝いをしているという話は聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。思えば訓練兵がクリスタに手当てされているのはよく見ていたが、こうして俺自身がされるのは初めてのことである。

 

「あの巨人がエレンだったとはな…」

 

「守秘義務はどうした。そう易々と口にしたら駄目なんじゃないか」

 

ユミルの呟きに対して注意したが、当の本人は片手を振って気にしていないとでも言うような素振りを見せた。

 

「どうせすぐバレるんだから意味ねえっつーの」

 

確かに彼女の言葉は間違いない。巨人の中からエレンが出てきたのを目撃したのは俺たちだけという訳では無い。そんな中で口封じなんて殆ど無意味だろう。

 

「それでも駄目だよ。上官の命令なんだから…」

 

いや、話が知れ渡る分あの巨人に関する情報が出てくる可能性が高まるだろうから、むしろ助かるくらいだ。何せ俺たちは無知過ぎる。巨人について知ってることといえば、知性のないことと人間を喰らうこと、あと急所が一つしかないことくらいなのだから。

 

「ヒイラギ?」

 

とはいえ、答えは出せずとも疑問点や仮説を立てることはできる。エレンの事に限れば二つ。まず一つは、何故服やベルトはそのままで立体機動装置だけが無くなっていたのか。二つ目は、左腕の袖が不自然に切れていること。後者に関しては仮説を立てられる。端的にいえば、千切れた腕が再生したのだろう。あの袖の切れ方は今回の戦場で何度か見た、巨人に食われた時に出来るものだ。アルミンがずっと左腕ばかり注目していたのも理由の一つではある。その真偽は後でアルミンに聞けばいいとして、あとまとめておかなければならないのは…

 

「ヒイラギ!!」

 

「ッ!?」

 

突然両頬を叩かれ、首を無理矢理動かされた。1発で思考の世界から現実に戻された俺の目の前にあるクリスタの顔は、明らかに怒っていた。

 

「考えてばっかりじゃなくてちゃんと声に出してよ!そうやって1人で抱え込んで無茶して……もっと私も頼ってよ!」

 

怒りや哀しみなどが混じり合い、かつてないほど必死な形相で怒鳴られた。頼み込んで、しがみついて絞り出したような。その言葉の本質がどこにあるのか、俺は理解したつもりでいる。その目に浮かばせている涙もきっと……。

 

しかし、やはり俺はそれを声に出せない。過干渉を控えるなんて考えはきっと間違っているのだろう。したいことをなんでも思いついたままやればいいのだろう。そう理解しても、心のどこかで拒絶している。他人に関わることへのトラウマからか、2度目の人生という負い目からかは判然としないが、結局俺は結果を恐れて足踏みするだけの意気地無しなのだろう。

 

「…………ガーゼの替え、取ってくるね」

 

少女は逃げるようにその場から離れていった。俺にはその背中が、どうにも寂しく見えた。

 

「私のクリスタを泣かせるとは、いい度胸してるじゃねえか!」

 

ユミルがいつもの態度で俺の肩を強めに叩いた。右腹部が痺れるように痛む。しかし、それよりも気にすべき点が一つあった。

 

「……ユミル、雪山の訓練覚えてるか。お前がダズを引っ張って下山してきたやつだ」

 

俺がそう切り出すと、肩を組んでいる方の腕がピクリと動いた。

 

「危害を加えようとかそんなつもりは無いんだが、一つだけ質問に答えてくれ」

 

緊張感を保ったまま、ユミルは「なんだよ」と返答する。

 

「敵と味方……どっちだ」

 

「私はクリスタの味方だ」

 

ユミルらしい、と殆ど即答で返ってきた答えに対して俺はそんなことを思った。今までで1番説得力があると感じさせるまである。

 

「そうか」

 

ともあれ、暫くは彼女のことを気にしなくてもいいのだろう。俺が安堵にも似た感情を抱いていた時、上半身を後ろに倒してだらしなく座るユミルが上を見上げながら真面目な口調で言った。

 

「お前はどうなんだ。あいつのこと、どれくらいわかってんだ」

 

「……わかってないな。性格形成の経緯とか、あの願望を持った原因とか。知ってることなんて、容姿が優れてることくらいだ」

 

「ははっ、そりゃそうだ。なんたってクリスタだからな」

 

普段とは違う少し乾いた笑い声。しかし、次に言葉を発した時には元のユミルに戻っていた。

 

「ところで、お前を運んでくるのに手助けしてやったんだ。命の恩人なんだから、当然私の言うことに従ってくれるよな?」

 

「ほんと容赦ないな」

 

出来ればもう少し真面目でいて欲しかったものだ。

 

「お待たせっ。………?何かあったの?」

 

「取り立てて言うことは何も。手当、続けてもらっていいか」

 

戻ってきたクリスタに真面目な空気感を察せられて怪訝な顔をされたが、適当に躱して処置を再開してもらえるよう促した。

 

「終わったよ」

 

それから5分足らずで終わった手当に俺は改めて感心したが、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。多くの兵士たちが待機する街中に、1発の砲撃音が鳴り響いたのだ。その場にいた全員が音のした方向を向き、思ったことを口にし始める。

 

「砲声!?」

 

「なぜ1発だけ!?」

 

「壁の中だ!!」

 

「水門が突破されたのか!?」

 

「1番頑丈な箇所だ。ありえない…榴弾を落としただけだろう」

 

「にしても…あの煙の量はなんだ!?」

 

「まさか!?巨人の蒸気!?」

 

ライナーが最後の言葉を聞いた直後に砲声のした方向へ文字通り飛び出していってしまった。それに続いて本部からエレンの巨人を見ていた同期たちが飛び立っていく。俺も向かおうと腰を浮かすが、クリスタに両手で押し戻されてしまった。

 

「………わかった」

 

俺がそう言うとクリスタは手を肩から離してくれたが、今度は警戒するように治療のため外していた俺の立体機動装置を確保していた。そんなことをしなくても向かったりしないのだが、今何を言っても無駄だろう。

 

「あ、おいサシャ」

 

わざとらしく腹を抑えながら横切るサシャをユミルが呼び止めた。ビクッと体を震わせた後、こちらを向いて「な……なんですか…?」と怯えた様子で言う。

 

「次の指令まで暇だろ。なんか面白いことやれよ」

 

「む、無茶言わんでくださいよ!!私は今から腹痛で負傷者にしてもらうんです!」

 

「それも無茶じゃないかな…」

 

クリスタの言葉を聞いて冷静になったのか、上官の所へ行くのをやめて俺たちの前で座り込んでしまった。そんなサシャを見てユミルは意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「そういえばお前、補給所で巨人に泣きながら謝ってたらしいじゃねえか」

 

サシャの体が先程より大きく震えた。どうやら事実らしい。

 

「巨人の機嫌取りやっといてよく顔出せたな」

 

「ゆ、ユミル!そんなこと言っちゃ駄目だよ!怖いのは当然なんだから!」

 

クリスタのフォローもサシャには届かず。今にも泣き出しそうな顔をしているサシャを見ていると、ふと聞きたいことが幾つか思い浮かんだ。

 

「サシャ、超大型巨人が現れた時門上の整備班にいたよな」

 

「え……?えっと……そうですけど…」

 

「なら、超大型巨人のことを詳しく教えてくれ。わかる範囲でいい」

 

ユミルがクリスタとじゃれていたおかげで邪魔が入らなかったため、顔面蒼白なサシャはそれでもしっかりと見たことを言葉にすることが出来た。彼女の話はまとめると、超大型巨人は5年前と同じように突然現れて突然消えたこと。通常の巨人より高い体温で蒸気を発していたこと。壁上の固定砲台を潰した後に脆弱な門を破ったことの3つだった。

 

「最初に固定砲台を叩いたということは、やはり知性があるのか…」

 

「あっ、エレンも同じことを言っていました」

 

「………そうか」

 

「ん?オイ、なんだあいつら?」

 

サシャが思い出したかのようにそんな補足情報を加えたそのすぐあと。クリスタにひっつくユミルが指差す方向から、銃を持った駐屯兵団の兵士達が隊列を組みながら歩いてきていた。皆の注目を集めながら行進を止めた駐屯兵団の先頭に立つ男が大声で叫んだ。

 

「只今我ら駐屯兵団の増援と共にピクシス司令が到着なされた!各員装備を整えた後班編成で隊列を組み、指令に備えよ!!」

 

これまでおよそ敗北ばかり続けてきた戦局が、駐屯兵団司令官及び南部最高責任者である「生来の変人」ドット・ピクシスという人物によって大きく変化する。しかしそれは同時に、再び戦火に身を投じることを意味するのであった。

 




この度は更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。完結まで更新をやめるつもりはありませんが、仮に打ち切りにするとしたらそれ相応の理由と共にご報告させていただきます。

前回も多くのコメント、評価、お気に入り登録、誤字報告などありがとうございます。1人でも多く楽しんでいただけると幸いです。では次回をお楽しみに、です。

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