土曜日 朝10時
これから出かける人たちで賑わう駅の中、私と司は改札外の近くで人を待っていた。
「はあ」
溜め息が出る。まさか一ヶ月もしないうち戻ってくると思ってもいなかった。
「そうテンション下げるなって、別に嫌いな訳でもないだろ」
「うん、まあ」
司は分かってない。好きか嫌いかで聞かれたらもちろん好きだけど、そういう問題じゃない。もう少し適切な距離を測って欲しいのだ。だいたい単身赴任についていってから会う度会う度スキンシップが激しすぎるんだ。
うん、決めた。今日は泉と遊んで夕方に会えばいいや。そうと決まればメールでも送ろう。
『急だけど今日遊べる? 』
『今日は弟を遊びに連れていってるから無理
ゴメンねm(_ _)m』
あ、うん。そうですよね。いきなり言っても無理だよね。しかし、弟と遊んでるのはこれまでほとんどきかなかったのに小学生になったからかよく遊んでいるみたいだ。
「諦めろってもう時間だ」
司が構内の時計を指で指す。10時15分、確かに約束していた時間だ。ぞろぞろと人が出てくる改札の中キャリーバッグを引いたよく見覚えがある人影が見えてくる。
170cmを超える女性としては長身。茶髪に染めた長い巻き髪。仏頂面にしたら司とそっくりな顔だけれども、薄く微笑みを浮かべた正村 沙奈さんがいた。
スタイルのいいのもあるけど、元美容師だけあってVネックカットソーとジーパンを見事に着こなし
キョロキョロと少し周りを見渡した後にこっちを見つけたのか手が分裂する程の高速で振る。15歳+〇〇歳の私からしたらちょっと大人げないのではないと思う。
ただ、喜んでくれて悪い気はしないのでこっちも手を振り返す。
「なんでそんなに速いんだよ。髪の毛が尻尾みたいに揺れてんぞ」
「普通に振るとなんか負けた気がするから」
「なんの勝負だ……」
そうこうしているうちに私たちを見つけて満面の笑みの沙奈さんが改札を抜けてやって来る。
「元気だったかしら、葵ちゃん。あと司も」
「ついで扱いかよ」
「…………」
「いいじゃない、別にって、どうしたの葵ちゃん? 」
今の私はレスリング選手みたいに腰を引いて掴まれないように警戒している。
「いや、自業自得だろ」
その通りだ。いいぞ、もっと言ってやれ司。会う度に抱きついてワシャワシャして来るんだから警戒せざる得ない。やってる沙奈さんは楽しいみたいだけど私からしたらすごく恥ずかしい。どのくらい恥ずかしいかというと先生をママって呼んでしまうくらいには恥ずかしい。私は呼んだことないけどきっとそのくらいに違いない。呼んだことないけどね。
「うう、悲しいわ。葵ちゃんに嫌われちゃった」
そんな嘘泣きには騙されない。今まで何回も騙されたから今更こんな事で引っ掛からないぞ。......嘘泣きだよね?
「そんなあ、葵ちゃんに嫌われた。もうダメ」
「え、あ、べ、別に私は嫌ってないぞ」
「ダメだこりゃ」
ガクリと膝から崩れ落ちる沙奈さんに思わず駆け寄ってしまう。司が何か呟くが小さすぎて聞こえない。
「……本当に? 」
「本当に本当に」
「大好き? 」
「え、うん。大好き」
う、大好きなのは本当だけど人前で言うのは恥ずかしい。なんでこんな目に私が遭わないといけないんだ。
「そう」
「うん、だからそんなに落ち込まなくてもいいよ」
「はい、捕まえた」
騙されたっー!?
気にかけて肩に手を置いたが最後、目視不可能な速さで手首を掴まれ、後ろから抱きつかれる。
「止めろー! 離せー! 揉むなー! 」
体格差もあってただ抱きついているだけとはいえ引き剥がせない。どこに手を入れてるんだ。こしょばいし、スリスリするな!
「うふふ、葵ちゃん成分が補充されるわ」
「ないから。そんな成分ない! 」
◇
「うー」
「そんな拗ねないで」
じゃあ離してくれませんかね。
未だ沙奈さんに後ろから抱きつかれる形のせいで歩きにくくて仕方がない。普段ならそろそろ司が止めてくれるのに我知らぬ存ぜぬとばかりに全く助けてくれない。なんでだ! 私は何も悪い事してないのに。こんな仕打ちされる理由に全く心当たりがない。
「機嫌直して、115の肉まんあるわよ。チルドだけど」
「ほんとう!? やった──っは、食べ物なんかに私は釣られない」
コラ2人ともそんなウサギでも見る目で私を見るな。つられてないからな。ちゃんと我慢したし。
「え、じゃあいらないの? 」
「……食べます」
卑怯だ。最低だ。食べ物を人質取るなんて外道の所業だ。こんな事が許される世界なんて間違ってるっ!
ダメだ。完全にペースに飲み込まれている。話題を変えないと。
「沙奈さん、モールで何買うの? 」
現在私たちは沙奈さん急遽、駅前のモールに行きたいとのことでモールの中を歩いている。
「うふふ、何でしょう? 」
何か足りないものあったっけかな? この言い方からして沙奈さん自身のものって感じもしないしなあ。だめだ、全然分からない。
「オレを見るなって知らねえから」
チラリと司を見るも肩をすくめられた。……なんだろう凄く嫌な予感がする。沙奈さん、そのフロアちょっと若すぎませんか。なんかティーンエージャーな感じがしませんか。逃げようにもガッツリホールドされて逃げれない。
「……ちょっとお腹が、」
「葵ちゃん。服何も買ってないでしょ」
「いや、そんな事は、」
「じゃあ、何買ったの? 」
「……Tシャツなら」
「無地のでしょ。そんな物は服に入りません」
「ヤマムラでいいんじゃ──」
「せっかく華の女子高生なんだからもっとオシャレしないと」
「そ、それなら司に買ってあげたら」
司はほとんどの服がユニシロで買った色違いのジーパンとシャツを着回している。よその家の子どもに買うだったら自分の愛息に買ってあげて下さい。
「司、服いる?」
「ん? いや、それだったら釣具代くれ」
「相変わらず、司は興味ないわね」
私も興味ないんですけど、なんでこんなに扱いに差があるんだ。
引きずられながら司に手を伸ばす。ここまで全く助けてくれてない司だけども沙奈さんを止めれる唯一の存在だ。きっと助けてくれるに違いない。
「人をホモ扱いした罰だ。甘んじて着せ替え人形になってこい」
「あ、」
それかあああぁぁあああ!!!!
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「つ、疲れた」
「何言ってるの。次は下着買いに行くわよ」
「ええ、まだ買うの〜」
「ほら、文句言わない」
「さ、可愛いの買いましょ。何色がいいかしら? ピンク、白」
「どれでもいいよ〜」
「じゃあ司に聞きましょうか」
「そんな話オレに振るなっての。早く行って来い」
普通の服ならともかく下着で答えられる訳無いだろ。
下着屋の外で荷物を持ちながら思う。やり方はともかく葵は高いものを自分で買わないから多少とはいえ強引に買わせるぐらいがちょうどいいと思う。オレとしてもシャツ以外が増えるのは嬉しいので利害が一致してたりする。普段は葵が嫌がったらそれとなく止めるのだが今回は葵に抱きついている母さんの眼光が鋭かったので臆してしまった。
まあ、元々止める気はなかったが。五十嵐にあんな質問したせいで一時期、男子の間で幼馴染みに振られたせいで男に走った残念な男という不名誉な称号を被ったのでこのくらいの仕返しは許されるはずだ。
因みに昔はオレにもよく服代くれたが3:7くらい釣り具を買っていたせいで激減してしまったのだ。まあ、服なんて着られればいいから問題ないが。
てか、暇だな。もう1時だし腹も減った。今日の昼は外食か。別に嫌いな訳じゃないが手料理していると外で食べる時に家で作れるとか調理法がどうだとか気になってしまうようになった。
「お、司じゃんか」
「龍馬か、珍しいな何買ってんだ? 」
ボケーッとしようかと思っていると声がかかる。振り向いてみると五十嵐 龍馬がいた。週末もあれやこれやと遊びまくって龍馬が1人で土曜日のモールにいるのは珍しい気がする。しかしも、本屋の袋を手に提げている。厚さからして漫画とかじゃなさそうだ。
「よくぞ聞いてくれた。浅田京子ちゃんの新写真集の発売日で予約していたの受け取りに来たんだ。因みに自分用、布教用、保存用の3冊だ」
嬉しいのは分かるが鼻伸ばしながら頬でスリスリするな気持ち悪い。何かと仲良くしているが、どうして性欲にはここまで正直に生きていられるのか全くわからん。
「そっちこそ何してんだ。まさか女装に目覚めたのか? 」
「何でそうなるんだよ」
「そりゃ、女物の服持ってランジェリーショップの前にいたらそのくらいしか無いだろ」
「ちげーよ。葵の服買ってるから待ってんだよ」
「え、葵っちと付き合ってんのか」
「付き合ってないの知ってるだろ」
何言ってんだコイツ散々ホモの誤解を解く為に言ったの忘れたのか。
龍馬にホモかと聞いた後にオレのホモ疑惑が浮上したので弁解のため葵をだしにさせてもらった。具体的にはBLを読んでいる葵が龍馬の行動がBL漫画みたいだと言っていたと言う事にさせてもらった。まさか、森野のBL漫画が役に立つ日が来るとは思っても見なかった。
葵の趣味が一つ男子の中で白日の下にさらされた事に関しては自業自得ということにしよう。どうせ男子だけだ、葵の耳には入るまい。
「ほら、あそこで母さんと2人でいるだろ? 」
一応証拠として葵の存在を確認させる。
変な目で見られたくないので直視していなかった2人の方を顎で指す。棚や人影が邪魔をするので何を選んでるかは見えないが、確かに母さんと葵の姿は確かに視認できる。
「え、あれ? 付き合ってない。でも、母親と一緒に服買いに、俺か、俺かおかしのか? 」
「何ブツブツ言ってんだよ」
どうも今日の龍馬は写真集を買ったせいかかなりおかしなテンションのようだ。
「そういえば、晩がどうのこうのってこの前言ってたけど、もしかして晩飯も一緒に食べてるのか? 」
「あ、まあ食ってるけど。葵のヤツ料理下手だし、葵の婆さんと食うわけにもいかないしな」
因みに葵の婆さんは1人で食べている。年が年なのでオレたちと生活時間がズレている。5時にはメシ食べ始めて遅くても8時には寝ているので朝以外ほとんど会わない。
大体あのメシ食えるヤツはそうそういない。不味い、心の底から不味い思えた料理はアレだけだ。いや料理とも認めたくない。さしすせそを使わないわ。使っても減塩、一摘み。青臭さや肉の臭みも特に気にしない料理を何ともないように食べいる。どうも健康にいいと美味いをイコールで繋いでいる節がある。アレを食べれるのは同じく戦時期を体験した大家族の農家だけだ。
「……もしかして、家が隣だったりして」
「まあ、そうだけど」
もちろん漫画みたいに窓を開けたら顔が見えるなんてことはない。そもそも
「あ、うん。じゃあ俺もう行くから。帰って写真集みたいから」
「おう、じゃあな。そうだ、浅田京子の写真集今度オレにも見せてくれよな」
「うるせぇよ! バーカ! バーカ! 爆発しろ!! 弾け飛べ!!! テメェなんざに貸してやるか! この女装ホモ野郎め! 京子ちゃんは俺たちの味方なんだよ!? 」
涙をこぼして全力疾走で去っていく龍馬。まるで青春の1シーンだが意味がわからん。
何もしてないだろ、オレ。
次話に続きます。