世の中のプロフェッショナルの定義は、それを職業としてお金を稼ぐ事にあるらしい。
と、するならば僕はプロだ。
紛れもなくプロだ。
僕は、誰もが払っている14545円(2018年現在の価格)を毎年拒み続けている。
誰もが払っているものを払わないという事は、それはもう収入と言って差し支えないだろう。
月1212円のしょぼい収入だが、僕は絶対に払わない。
例えば僕がいまから知らない人の家に行って、「この周波数でラジオ放送始めました。ラジオを持っているなら受信料を頂きます」と言ったら果たして払ってくれるだろうか。
どうせ、バックミュージックにパトカーのサイレンをかけながら署までドライブするのがオチだ。
なのに何故奴らは堂々と金を徴収できるのだ!
NHKは世界一悪質な押し売りシステムだ。これを考えたやつは相当頭のネジがぶっ飛んでいるらしい。
ある時気になって、試しにNHKの集金業者を通報した事がある。
なかなか帰ってくれなかったのを、不退去罪の可能性をチラつかせて公的機関に救助を求めたのだ。
なのに奴らときたら!
「まぁ、NHKですから(笑)」
国民を守るのが警察の仕事だろう!
僕は受信料は死んでも払わないが、税金はちゃんと払っているし、保護されるべき国民としての義務は果たしているはずだ。
それなのに、救いの手を求めるものを嘲笑うのが奴ら警察のやり方なのか。
他にもこんな事があった。
ドアを開けたら、閉まらないように間に足を挟んだ徴収員がいた。
「すいませぇぇん。法律で支払うべきと決まっているものですから、帰る訳にはいかないんですよぉ」
貴様は不退去罪を知らんのか。
法律で、帰れと言われたら大人しく帰るべきだと決まっているのだ。
そして、最近やたら訪問の頻度が増えた。
仕事の無い土日は必ず1回は訪問しに来るし、平日は毎日二度以上インターホンに履歴が残っている。
何故だ?
どうやら徴収員共は暇を持て余しているようだ。
――――――ピーンポーーン。
ほら言ったそばからやってきた。
けれどおかしい。いつもの徴収員、たしか田端と名乗っていた男ならもっと連打する筈である。あのゴリラみたいな顔つきの強面野郎が、こんな丁寧な押し方する筈がない。
そもそも、徴収員以外の可能性はないのかって?
絶対にない。あいにく密林通販とは縁がないし、悲しい事に尋ねてくるほど親しい友人もいない。
インターホンカメラを確認するも、立ち位置が悪く、姿は映っていなかった。
仕方ない。
どんな徴収員かは知らないが、来るならば撃退してやるまで。
居留守を使ってもいいのだが、徴収員というのはその実悪質で、無視するとドアの前で延々と待機し始める事もある。ご近所の評判もあるし、ここはひとつ格の違いを見せつけて帰っていただくとしよう。
「すいませんねぇ、今出ますんで」
部屋着のまま、戸を開ける。
――――――衝撃だった。
黒髪ストレートの清楚感のある女性が、そこにはいた。
仕事着を纏い、見るからに「仕事できます」といった雰囲気を醸し出している彼女に、23歳童貞で彼女なし歴23年の僕は恋に落ちた。
――――――彼女が好きだと一瞬で自覚した。
理屈じゃない。
本能的に、と言えばいいのだろうか。
「この度、N町の集金の担当になりました、取盾鈴音と申します。宮原様で間違いありませんね?」
「あぁ、はい。そうです」
手元のチェックボードの紙のようなものに何かを記した彼女は、間髪入れず本題を切り出してきた。
「宮原様は、N町最後の未払い者でございます。テレビをお持ちでしたら、今すぐこの契約書にサインを………あの、どうされました」
身長差的に上目遣いの彼女の姿が見れないのを心の底から悔しく思った。彼女……取盾さんの背が女性にしては高い方なのと、僕の身長が同性と比べると低い方な事が合わさって、目線は地面と並行だ。
しかし、まっすぐこちらを見つめてくる瞳も、また可愛らしい。
「あのー、契約書にサインを……」
少し冷たい雰囲気を纏った彼女だが、それがいい。ただ媚びるだけの女性なんて魅力の欠片も感じない。もちろんそういう方を好む人々がいるのは知っているが、僕はこういった惹かれるような魅惑的な人が好きなのだ。
「………宮原様っ!」
はっ、となった。
一目惚れとは恐ろしい。
視界は、彼女の輪郭から外側を完全に排除し、更には聞いて話を理解する能力すら一時的に奪った。
「あぁ、すいません。少し寝不足なもので」
適当に誤魔化し、目を背ける。
と同時に、自分の服装を改めて把握する余裕が生まれた。
たらたらの部屋着を着て彼女の前に立っているのが恥ずかしくなり、僕は自堕落な休日を過ごしていた自分を責めた。
「ではこちらの契約書に……」
「ああ待ってください。僕は今から外出の急用が入っていまして………!また明日来て頂けないでしょうか?」
「しかし……」
「ああっ!時間が迫ってしまってます!いやはや申し訳ない、今日のところはこれで!」
そう言ってサッとドアを閉め、急いで外着を用意した。
外出の急用というのは嘘ではない。ただ一点、今この場で決まった用事であるという事を除いて。
「こんな服ではダメだ!とてもじゃないが、女性と会うのに使える服じゃない。新しいものを買わなければ」
今の手持ちの服は、部屋着のジャージとパジャマと、実家の母親から貰ったチェック柄のオタク臭い羽織ものだけである。
「部屋も良くない。冷蔵庫と机と棚しかないじゃないか! クソっ、なんで僕は今までインテリアを買ってこなかったんだ!」
そもそも、僕は趣味やオシャレに身を傾けるようなタイプではなく、服はもちろんの事インテリアなんもってのほか。しかし、他人に見られる事を前提として考えるなら、これは非常に良くないという事を自覚していない訳では無い。
幸い、無趣味のお陰か貯金は多い。稼ぎは少なくないのに激安マンションに住んでいるのもあって、やりたことに対する資金が不足する心配は少なかった。
勿論、ブランド品を買い漁れば貯金も底をつくだろう。しかし、女性というのは、身の丈に合わない行動をするものを嫌悪すると何かで見た記憶がある。
だから、そこまでの背伸びは必要ないだろうと判断。
僕は、休日にはじめて服を買いに行った。
人が多く、目眩がしそうになる。
一体どこからこんなに湧き出てくるのだろうという疑問。さては、皆の家にも美人のNHK徴収員が襲来しているのだろうか。
この時はこんな冗談が思いつくだけまだよかった。問題はここから。
「何をお探しでしょうか?」
来た!
アパレル店員の女性からの商品紹介。
いつもの僕なら大慌てだっただろうが、あいにくこのパターンはとっくにリサーチ済み。
この場合、「撃退」か「会話」の二択だが、なにぶんファッションセンス皆無のわたくし宮原。
ここは素直に協力を仰ぐ。
「なにかおすすめの服はありますか?」
「そうですねー、今の時期だと―――――」
ひとつ想定外だった事がある。
この定員、まるでスピーカーのように話が一方通行なのだ。
「―――――という理由で、こちらのセットがおすすめになっております!」
「あっ、じゃあそれで……」
「ですがー、お客様の身長も考慮すると、むしろこっちの方がいいかもしれません!」
「ならそれで……」
「ですがー、今の流行度から考えると、ジャケットはこちらで、このシャツと合わせた方が今風です!」
「ならそれで!」
「ですがー、――――――」
こんなやり取りを一時間。
独自のファッション論をさんざん語り尽くした「ですがー」の事だ、きっとそのセンスに間違いはないのだろう。
そう安心して会計を済ますと、出口付近に今日買った服と全く同じものを来ているマネキンを見つけた。それも頭から足まで全く同じである。
僕は服屋と「ですがー」に、かつてないほどの強い憎しみを覚えた。
次回はインテリア編です!
そして、再び襲来する取り立てのプロ「取盾鈴音」を、宮原はどう口説き落とすのか。
次回にご期待ください!