蒼樹先生に別の作画をつけたかっただけの小説 作:おもち
週刊少年ジャンプ編集者……
相田が目指す場所はジャンプ編集部。ジャンプという雑誌の云わば心臓、どの作品を連載するか決める。作家にとっては、ある意味裁判所のような場所。
相田がその場所を目指す理由は、手に持っている原稿を月例賞に出すためだ。
別に早足でいく必要はないのだが、今持っている作品に対する期待感からか、何故か足も早くなってしまう。
作品を描いたのは、高校生コンビ。原作青木 優梨子……いや、ペンネームは蒼樹 紅か……そして作画赤羽 結城。
この二人に相田は並々ならぬ可能性を感じていた。
初めて見たときの印象は、男女コンビという珍しさだけだった。
夏休みという期間は持ち込みがとても多く、少し疲れ気味だった相田は、多少珍しいが今までの持ち込みと対して差はないだろうと思っていたのだ。
挨拶を軽く済ませて、封筒を手に取る。
初めて見る新人の封筒から原稿を取り出す瞬間。普段ならば楽しみな時間だが、この時は少し事情が違った。
昨日と今日だけで軽く十を超える作品を見てきたが、相田の目に留まるような作品はなかった。
そんなことが続いていくと、本当は楽しみなはずの時間も憂鬱な時間に変わってきてしまう。
面白い作品を世の中に出すことが仕事の編集にとって、作品への出会いがないということは、それだけでストレスになってしまうのだ。
そんなことを感じながら、原稿を抜き出した。そこに見えてくるのは漫画のタイトルと大きな一枚絵。
それを見た瞬間……相田の憂鬱は吹き飛んでしまった。
綺麗な絵だ……素直にそう思った。
多少荒削り……いやこの場合は単純に慣れというもののなさが伝わってくる絵ではあったが、そんなことは気にならないくらいの画力。
背景の一つ一つまで、作りこまれたその絵は、漫画というよりもはやアートのような雰囲気すら感じた。
とても高校生とは思えないレベルの絵に、相田は思わず期待が高まっていくのを感じる。
しかし、相田はその気持ちを抑える。それは、まだストーリーを見ていないから。
漫画とは絵の上手さを競うものではない...本当に重要なのはストーリー。
編集として長い相田は、知識としても、経験としても、それを知っていた。
相田はゆっくりと、見定めるように読み進めていく。
話としては、別にそこまで奇抜なものではない。
ありがちなファンタジーといったもの。
だが、面白い。単純に見せ方が上手いし、何よりも設定の作り込みが素晴らしい。
ファンタジーにおいて設定というのはとても大事なもの。設定に矛盾があっては、読者を世界に取り込むことなんてできない。
そこを、高校生でここまで作り上げたのは、素直にすごいと言えた。
読み終わった相田は、トントンと原稿を整理して、どう言うべきか少し考える。
さっきは誉めてばかりだったが、実際にはダメな所もある。
相田が悩んでいたのは、それを言うべきかどうか。
普通だったら、言う以外の選択肢はないが、この子達は初持ち込みで、これだけのものを作ってきた。
相田はその事を素直に称賛がしたかった。
この子達が連載を目指していくのであれば、会う機会は山ほどある。ならば、別に言うのは今でなくとも相田はいい気がした。
考えを固めた相田は素直に誉めた。
それに対する反応はバラバラだった……男の子の方はあからさまに安堵の顔になり、対象的に女の子の方はあまり変化がない。
それどころか、すぐに連載は出来るのかと聞いてきた。
ある意味大物といえるその態度に相田は驚くが、質問への回答を少し考える。
相田は、この作品が連載出来るかどうかは五分五分だと思っている。
面白さという面では、すでに本誌に載せられるレベルではある。
だが、作品のスタイルがジャンプからは少し外れている。ここまでメルヘンチックなファンタジーはジャンプでうけるかどうか....それは相田にも分からなかった。
相田は結局、月例賞に出すことで評価を見ることにした。
それを二人に伝える。
すると、今度は男の子のほうが反応した。
それは、少し予想外の反応で月例賞とは何か、というものだった。
ジャンプに持ち込んで来て月例賞を知らないとは……少し呆れてしまうが、それよりも気になることができた。
男の子の方……赤羽君の漫画歴だ。もしかしたら最近漫画を描き始めたのかもしれない。
聞いてみたら、2ヶ月と少しらしい……これは少し予想外。
2ヶ月でこれだけのレベルだとは……若者の成長は早いと言うが、これは異常な早さだと相田は感じた。
これは、他の雑誌に奪われる訳にはいかないな...そう思った相田は原稿だけ貰って素早く話を切り上げる。
すぐに月例賞に出して、賞を貰えればきっとジャンプで連載が一番近いと感じてくれるはずだという狙いが相田にはあった。
相田は二人に挨拶をして、別れる。
そこからは冒頭通り、編集部へと向かっていた。
廊下を通って、編集部の扉をあける。気持ちが焦っていたせいか、少し乱暴に扉を開けてしまう。
早足で来たので、少し呼吸も乱れている。
そんな相田を心配してか、相田が班長を務める班の一人が声をかけてきた。
「相田さん。そんなに急いでどうしたんですか?」
声をかけてきた人物の名前は服部。短髪にたらこ唇が特徴な男だ。
「服部か...ちょうど良かった。月例賞ってまだ受け付けてるよな?」
「ええ、一応まだ受け付けてますけど...」
「それは良かった!さっき持ち込みしてきた高校生コンビの作品が中々のレベルでな、早く賞に出したかったんだ」
「へえ、そんなに面白いんですか?」
「ああ、まだまだ荒削りではあるが才能はピカイチだと思う。」
「相田さんがそこまで言うなんて...賞とれるといいですね」
「ああ、今から結果が楽しみだ。と言っても結果は二ヶ月後だが」
結果が出るまでに掛かる二ヶ月という時間。
いつもなら、普通に待てる時間も今の相田にとっては煩わしかった。
早く結果が見たいと相田は思う。
そんなことを思いながら、相田は原稿を本当に大切そうに自らの机においた。
次は青木さん視点を出したいと思います。