蒼樹先生に別の作画をつけたかっただけの小説 作:おもち
誤字報告してくれた方ありがとうございます
『次の打ち合わせ、編集部でやってもいいかな?』
「え……編集部ですか?」
電話の相手……相田さんに対して僕はそう答えた。
僕達の連載が始まって二ヶ月と少し経ち、物語としては十話に到達しようとしていた。
アンケートの結果は至って順調で、二十作品が掲載されているジャンプの中で、五位前後という順位をキープしている。
そうなると当然、かなりの数の打ち合わせを行って来てるということであり、その中で編集部でというのは珍しく、思わず聞き返してしまった。
「何かあったんですか?」
『別に大したことじゃないんだが、ちょっと今忙しくてね。
編集部からあんまり離れられないんだ』
成る程……相田さんもある程度立場の高い人だからそういうこともあるのだろうと、素直に納得した。
「そうなんですか……僕はいいですけど青木さんは大丈夫ですか?」
『それは安心してくれ、蒼樹君にはもう言ってあるから』
「じゃあ大丈夫ですね……それでは、編集部で打ち合わせよろしくお願いします」
その言葉に対して相田さんは短く、よろしくと返した。
それを確認した僕は、相田さんからの話は終わったと判断して、いつも通りに話を終わらせようとする……しかし、話は終わっていなかったようで、思い出したかのように相田さんは話を切り出した。
『ああ……あと、君達に会わせたい子達がいるんだけどいいかな?
蒼樹君は、君がいいならいいと言っていたんだが…』
僕達に会わせたい人?
誰だろう……単純な疑問が浮かんでくる。
それを相田さんに伝えると、すぐにその人物の名前を教えてくれた。
『亜城木夢叶っていうコンビでやってる子達何だが……知らないか?』
亜城木夢叶……どこかで聞いたことのある名前に少し記憶を探る。
普段、あまり働かせていない脳ミソを稼働させると、それはすぐに見つかった。
「もしかして、赤マルジャンプに読みきりが載ってた人ですか?」
『そうなんだよ、よく知ってたね』
普段ならば、作者の名前など覚えていない僕だが、亜城木夢叶とあと一人については記憶に強烈に残っていた。
(『この世は金と知恵』だったっけ?……)
それは、亜城木夢叶が赤マルに掲載していた作品。
おおよそ少年誌向けではないそのタイトルと内容だったが、完成度の高い作品で、それが記憶に残っていた。
「取り敢えず、会うのは大丈夫ですけど……会って僕達はどうすれば……?」
『ああ、会って少し話をしてくれるだけでいいんだ。
同じコンビとして連載してる君達を見たら彼等もいい刺激になると思ってね』
「まあ、それくらいなら……」
会うだけならばと、了承の言葉を返した僕に、相田さんは悪いねと言葉を返した。
それで本当に話は終わりなようで、電話は切られた。
完全に一人になった僕は、そういえば自分達以外の漫画家の人に会うのは初めてだなと思う。
それに気付くと少し緊張してくる。
僅かに早くなった鼓動を感じながら、僕はその日を待つ。
◆
打ち合わせ当日。
集英社の入口の扉を通り、僕はジャンプ編集部の前までやってきた。
あまり慣れていない編集部の雰囲気に浸りながら、編集部に足を踏み入れると、たくさんの編集者の人達が仕事をしているのが見える。
それぞれがどこかに電話をしていたり、パソコンと睨みあっていたりと忙しそうで、僕にはあまり注目は集まっていないようだった。
「おーい、赤羽君こっちだ」
その声は、僕から見て右方向から聞こえた。
編集部に入って少し遠くにある、丸い机とイスが並べられたスペース。
しきりがあって姿は見えないがそこに相田さんがいることが声で分かる。
少し早足で向かうと、すでに青木さんが来ており、待たせてしまったかと少し申し訳なくなる。
そんな気持ちになりながら、僕はすぐにかけよって挨拶をする。
「こんにちは相田さん。今日もよろしくお願いします」
僕の挨拶に相田さんも返してくれて、その後に着席を進めてくる。
座席の構図は僕が青木さんのすぐ横に座り、相田さんがそれに向き合って座る形だ。
僕は座るときに、横に座る青木さんに対して遅れてしまったことを謝る。
青木さんは然程気にしていないようで、大丈夫ですよと優しい口調で言ってくれた。
青木さんの態度が以前よりも柔くなっていることに、何か感慨深いものを感じながら、僕は相田さんと向き合った。
「じゃあ、打ち合わせを始めようか」
「あの……亜城木先生に会うっていう話は……」
あまりにも自然に打ち合わせに入ろうとする相田さんに対して、確認の意味を込めて亜城木先生のことについて聞いた。
「大丈夫。ちゃんと覚えているから安心してくれ……取り敢えず打ち合わせが終わってから会って貰いたいと思ってね」
「分かりました……」
相田さんが忘れていなかったことに一先ず安心し、そうならば取り敢えずは打ち合わせに集中しようと気持ちを切り替える。
「じゃあ、改めて打ち合わせを始めよう。
まず、14話のここの部分何だが……」
「はい、そこでしたら……」
「ここの作画は……」
「ああ、それは……」
◆
「ふぅ、今日はここら辺にしておくか」
打ち合わせは約一時間程続いて、今の相田さんの言葉で終了を迎えた。
今回の打ち合わせは相当熱が入ってしまい、打ち合わせ中は回りの様子が分からなくなるくらい集中していた。
僕は固くなった体をほぐすために、ゆっくりと伸びをする。
伸びをすることによって、やりきったという実感が湧いてきて、今の僕は非常に気分がいい。
僕がそんな緩んだ空気に浸っていると、それを見計らっていたかのようなタイミングで入口から声が聞こえた。
「新妻くん連れて来ました!」
その人物の名前を聞いた瞬間、僕は勢いよく席を立った。
◆
「新妻くん連れて来ました!」
それを聞いた僕……
今日、編集部で原作の
打ち合わせはかなりの数を行ってきた僕達だが、今日の打ち合わせはいつもとは少し違う気持ちで来ていた。
それは、今まで描いてきた作風の変更を行ったため。
今までジャンプで王道漫画に対抗して、相方のシュージンが得意な邪道漫画で勝負してきた僕達が、今回は王道漫画を描いてきたのだ。
僕達としては、ジャンプで売れるためにはやはり王道でいく必要があるという考えの基で行ったことなのだが、それに対しての服部さんの反応は厳しいものだった。
服部さんの意見は、僕達には王道は向いていない、邪道こそが僕達の持ち味だというものだった。
しかし、僕達も考えがあって王道を描いてきたのだ。
譲れない所が僕達にもあるので、真っ向から服部さんに反抗した。
それぞれが意見を言い合って、どちらも譲らず、議論はヒートアップしてしまった。
そして、その議論の末に、赤マルジャンプで三位以内、本誌なら八位以内を取れたなら考えるということで合意を得た。
その時だ、先程の声が編集部に響いたのは……入ってきた人物は二人、編集者と
編集者の人は凄く焦った様子で、ただ事ではないような雰囲気を感じるが、それに対して新妻エイジは自然体。
視線をあちらこちらに移しながら、編集部をうろうろと歩く姿は自らの興味に忠実な子供に見えた。
先程まで、それぞれ仕事をしていた人達が編集長の机の前に集まり、何事か分からないが、新妻エイジの編集者の人を中心にして話が行われる。
「すみません、自分の監督不行届きで……今からなら間に合うそうなんですが、本人が
そう言った編集者の人の言葉で、僕は今何が起こっているかを把握する。
要するに新妻エイジは予定されていた連載作品ではなく、自分が描きたいものを描いてしまったようだった。
新人作家とは思えない行動に、何を考えているんだと思うが、それ以上に気になる所があった。
「新妻さん新連載決まってたんですね。
何で教えてくれなかったんですか?」
僕は、目の前に座る担当編集者の服部さんに対して抗議の意味も込めて質問をする。
それが僕にとっての重要な所だった。
「ん?教えた方が良かったか?」
「当たり前です。ライバルなんですから」
新妻エイジは僕……いや、僕達亜城木夢叶のことをどう思っているか分からないが……僅かに一つ歳上でジャンプで僕達以上に結果を残している新妻エイジを僕達はライバルだと思っていた。
だからこそ、新妻エイジに先に連載を決められたことに、僕の中で大きな悔しさがあった。
それは隣に座るシュージンも同じのようで、悔しそうにうつ向いている。
僕達が二人ともうつ向いていると、横からいきなり声がかけられた。
「もしかして亜城木夢叶ですか?」
その声に反応して、すぐ横を見る。
そこには、座った状態で僕達の机に手をかけて、僕達を見上げる新妻エイジがいた。
「え、そうですけど……」
新妻エイジに答えたのはシュージン。
僕は、驚きで体が固まってしまっていた。
「やっぱり亜城木夢叶なんだ。僕『この世は金と知恵』一番面白かったんですけど……あれ連載ですか?」
「いや……」
「うーん、残念です。あれ僕じゃ思い付かないです。すごいです」
その後も、二人組だからあんなに内容も絵も密度あるんですねと、同じ号に作品が載って負けた僕達を気持ちの悪いくらい誉めてくる新妻エイジ。
負けた僕達としては、誉められても複雑な気分になるだけで、逆におちょくっているのでは?と思ってしまうが、
新妻エイジはそんな僕達の気持ちには気づかず、話を続ける。
「僕より年下であれ描いたってすごいです。一緒にジャンプでやっていく仲間がいて嬉しいです。
これから仲良くしてください」
仲間?仲良く?当たり前のようにそれを言う新妻エイジに、本気で言ってたのかと気づく。
新妻エイジがさらに話をしようとした時、担当編集が近くに新妻エイジがいないことに気が付いたのか、急いで近づいてくる。
「新妻君何やってるんだ!?」
「雄二郎さん、この人達『この世は金と知恵』描いた人達です。
すごい偶然です」
「それは、分かったから……それよりCLOW の二話と三話のネーム出来てる?
それが面白かったらCLOW 連載で良いって流れになってるんだ」
「じゃあCLOW連載します」
「え?ネーム出来てるんだ?どこ?」
「頭の中です」
「頭の中じゃ駄目だ!!」
軽い雰囲気ですごいことを言う新妻エイジに担当の雄二郎さんという人も困惑していて、手を頭に当てて髪の毛を押さえている。
しかし、それでも新妻エイジは気にしていないようで、次にとんでもないことを言った。
「一時間もあれば描けますケド」
(二話分のネームを一時間!?)
それが尋常じゃない速さだということは原作ではない僕でも分かった。
一瞬嘘かとも思ったが、そんな無意味な嘘ついても意味ないし、新妻エイジのいうことは本当なんだろう。
新妻エイジは僕達がいる机にスケッチブックを広げて、早速といった感じでネームを書き出そうとする。
しかし、そんなことをしては僕達の打ち合わせの邪魔になると考えたのか、担当の人は新妻エイジを連れていこうとする。
「いや、もしよければここで描いて欲しい」
そう言ったのは服部さんだった。
それは、僕達に新妻エイジの実力を見せて王道で描くのを諦めて欲しかったのか、単純に得るものがあると思ったのか、それとも両方か……意図は色々考えられるが、それは僕達としても願ったり叶ったりの案で、僕達もそれに便乗する。
「僕達からもお願いします。新妻さん」
それを聞いた新妻エイジは椅子に座り改めてネームを描こうとする。
今度こそ、本当に紙にペンをいれようとした時―――
「すみません……僕も見せてもらっていいですか?」
それは新たな展開を予感させる声だった。
原作主人公を登場させたのに、殆ど絡んでない.....泣