GIRLS und PANZER SISTER‘S 作:海野入鹿
紅茶の女王とぐうたらの姫
学園艦。
中学校、高等学校を基本とし、それらに伴う産業、住居などを巨大な空母型の船に集めた乗り物の総称である。
その中の一つに、茨城県にある大洗町を母港とする茨城県立大洗女子学園がある。
三月の優しい日差しがさんさんと差し込む一室、生徒会会長室で身長に合わない豪華な椅子に悠然と座った少女が一人、二枚のA4コピー紙を前ににんまりとほほ笑みを浮かべていた。
少女の名は角谷杏、この大洗女子学園の生徒会長である。
茶色がかった髪を両サイドで結った、いわゆるツインテールの髪形をした小柄な少女、現在高校二年生。
指で机をトントンと叩きながら満足げに何度も二枚のコピー紙に目を通して行く。
「西住みほに、田尻美沙姫かぁ。これで何とか立ち上げの準備は整うかなぁ。……まさか紅茶の女王様からこんなプレゼントを貰えるとは。何かお礼しないとなー。何にしよっかなぁ」
目を細めながら嬉しそうに杏は誰も居ない部屋で呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は僅かに遡り、今は十一月中旬。
神奈川県横浜市のとある閑静な住宅街の一室は重苦しい空気に包まれていた。
「ごめんね凛子(りんこ)、急に呼びだして」
そう言ったのは、年は四十手前、腰まであるつややかな黒髪を首筋辺りで一つに括りメガネをかけた女性だった。
「いいえお母様。それで何用で? と言っても一つしか思い浮かびませんが」
金色の髪をシニヨンにし、学校の制服と思われる濃い藍色のセーターとスカイブルーのスカートを纏った少女は紅茶の入ったカップに口をつけながら答える。
少女の言葉からこの二人は母娘であり、何らかの相談の為、娘を呼びつけたと推測される。
母親は神妙な表情で娘の前に封書を一つ差し出した。
娘、凛子はカップを皿に戻し両手を開けると封書を手に取り、中の書類に目を通す。
書類は三枚あった。
一枚目は成績表、二枚目は担任からの報告書、そして三枚目は将来に向けての進路調査表。
凛子は一枚一枚丁寧に目を通して行った。
時折「あら」や「まあ」などと呟いていたが、三枚目の書類でついに我慢が出来なくなり噴き出してしまう。
「かねがね愉快な娘だとは思っていましたがここまでとは。我が妹ながら賛辞を送りますわ。ハラショー」
そういってパチパチと拍手をする。
茶化す様な娘の行動に母の堪忍袋も限界を迎える。
「あなたね。妹の危機なのよ、もうちょっと真面目に心配したらどうなの」
「だって愉快じゃありませんか? 勉強の方は選択科目以外全滅。授業態度は居眠りばかりで先生の言葉など聞きもしない。そして将来の進路はニート。ワザとでなければ何だって言うのかしら?」
凛子の言葉に母親の口は開いたまま閉じる事を忘れた。
「わ、ワザとって、ホントに?」
母親の問いに凛子は紅茶に口を付けながら
「恐らくは。ねえお母様、こんな言葉を知っているかしら? 女の子は何でできている? お砂糖とスパイスと素敵な物でできている」
「マザーグースだったかしら?」
「ええ。でも今のあの娘はお砂糖と素敵な物しか持ってはいない。あの娘に一番大切なスパイスを無くしてしまっているの」
「それがこう言う結果と言う訳?」
母の問いに凛子は頷く事で返事を返す。
しかし困ったのは母親の方だった。
スパイスを与えると言っても何をどうしたらいいのか。
頭を抱え唸り続ける母親に凛子は楽しげに声をかける。
「進路は一つだけではありませんわ。戦車はどんな所でも進んで行く。聖グロリアーナだけが進路では無いのですから」
「あなたは他に良い学校をしっているの?」
まるで恐る恐る蜘蛛の糸を手繰る様に母親は口を開く。
その言葉が引き金になったかの様に凛子は立ち上がると部屋を出、電話のダイヤルを回す。
数回の呼び出し音の後、目的の場所へ繋がった。
凛子は自分の身元を話し、目当ての人物へと取次を頼む。
ほどなくして目当ての人物と繋がる。
「お久しぶりです。夏の学園艦総会以来ですわね」
『………………』
「何の用? そう仰らないで下さいな。あなたの所の事情を耳にしまして、その為に戦車道を復活させる事も」
『………………』
「ふふ。壁に耳あり、障子に目ありと申しますでしょう。それで、人材は集まりましたの?」
『………………』
「でしょうね。ならば妹を預かっては頂けないかしら?」
『………………』
「ええ。正真正銘のわたくしの妹ですわ。名は美沙姫(みさき)」
『………………』
「腕前? それは保障致しますわ」
『………………』
「悪だくみなどしていません事よ。美沙姫にはスパイスが必要ですの。必死になるほどの。だからあなたの所でこき使ってやっていただけるかしら」
『………………』
「お礼? いりませんわ。ただ、戦車道が立ち上がったらウチと試合をして頂きたいですわね。」
『………………』
「ええ。ではそのように」
その言葉を最後に凛子は受話器を置き、母親の下に帰って来た。
「凛子、どこに電話を?」
心配そうに母親が尋ねる。
凛子は何事も無かった様な態度で紅茶に口を付けると
「美沙姫の進路の打診を少々」
「進路って高校の?」
「ええ。ちょうど良いスパイスの詰まった学校がありましたので」
「どこ? どこの学校なの?」
母親は顔を近づけながら焦った様に質問を繰り返す。
逆に凛子は涼しげな表情を崩さず
「大洗女子学園。来年度で廃校になる予定の学校ですわ」
「な! あなたは妹を廃校になる学校に行かせる気なの」
母親はさらに顔を近づけ話を続ける。
「ええ。ですが戦車道の全国大会で優勝すれば、廃校は撤回されるそうですわよ」
「あなたの所とぶつかったらどうするのよ。可愛い妹の為に負けてあげるの」
「いいえ。徹底的に潰しますわ」
母親は凛子から顔を離し天井を見上げると
「それでは廃校が決まったものじゃない」
母親のこの言葉を受け、凛子は今までの優雅な表情から厳しい表情に変わる。
「無名の高校で全国大会の決勝出場。それくらいの勲章が無ければ美沙姫はずっとディンブラと言われますわ」
「ディンブラ?」
「紅茶の名前ですわね。誰からも好まれる飽きの来ない味」
「良いニックネームじゃ無いの」
母親はキョトンとした表情で素直な感想を口にする。
しかし凛子の表情はさらに引き締まった物に変化する。
「本当にそうお思い? ダージリンに比べ個性や品格が劣ると言われる茶葉の名でも?」
凛子、いや聖グロリアーナ戦車道次期隊長ダージリンの言葉で母親は全てを理解した。
現在中学三年生の美沙姫が、このまますんなり姉の居る聖グロリアーナに入学すれば、心無い陰口でつぶれてしまうかも知れないとダージリンは言っているのだった。
だからこそ、余所で箔を付けさせると。
「あの娘は、美沙姫はディンブラではありませんわ。あの娘はキャンディ、スパイスを加えれば魅力的な味を出す素敵な物をたくさん持った自慢の妹」
こうして母と姉の密談は終了し、田尻美沙姫は大洗女子学園の門をくぐる事になる。
西住みほと、田尻美沙姫、天才と称される姉を持つ妹達の物語の歯車が静かに回り始めた。
次話から田尻美沙姫が登場します。