GIRLS und PANZER SISTER‘S   作:海野入鹿

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ぐうたら姫と秘密会談

「それで、一体わたしに何用ですの?」

 

 生徒会に拉致、いや同行を求められた美沙姫は、現在生徒会長室でティーカップ片手に優雅にたたずんでいた。

 

「お前は何をやっている!」

 

 美沙姫の行動に河嶋桃が突っ込みを入れた。

 だが、相手は美沙姫。

 あの紅茶の女王の妹なのだ。

 いくら狂犬と一部では噂される河嶋桃の言葉でも、微塵も怯みはしない。

 美沙姫は「何がですの?」と返事を返しながら、ティーカップを左手に持ったソーサーに戻す。

 カタッ?

 美沙姫の掌の辺りから硬い音がした。

 そしてその音は続けざまに、カタカタカタカタ……。

 

「震えてるじゃないか!」

 

 実は、田尻美沙姫は気が小さかった。

 河嶋桃にその事を指摘された瞬間、美沙姫の感情が爆発する。

 

「だって、だって! みんな見てたもん! 注目してたもん! さらし者だもん! 先輩達わたしの名前、連呼してたもん! びえーー!」

 

 大泣きである。

 床に転がりバタバタと。

 十五の少女が、傍から見ればとびっきりの美少女がやる事では無い。

 しかしそれが田尻美沙姫という少女なのだった。

 生徒会の三人は、この光景を黙って見つめていた。

 その視線の意味する物は、残念な娘、だった。

 さて、この後どうするべきか、そう言う空気が支配する生徒会長室のドアがノックされる。

 

「ほいほーい。あいてるよー」

 

 ガチャリと重い音をさせながらドアが開き、ふんわりした癖っ毛の少女が申し訳無さそうに部屋を覗き見た。

 

「あのー。こちらに私の知り合いが捕縛されていると……」

 

 そう言ながら部屋の中へと視線を向けた。

 そして、その視線の先には……大の字で床に転がっている美沙姫の姿があった。

 

「み、美沙姫殿!」

 

 駆け出す様に美沙姫に近づき、介抱するかの様に腰を降ろし呼びかけた。

 

「美沙姫殿! 大丈夫でありますか!」

 

 急に自身の名前を呼ばれた美沙姫は目をパチクリさせると、じっと癖っ毛の少女を見つめ

 

「あ、わんわん」

 

「誰がわんわんですか! 私ですよ! 秋山優花里でありますよ!」

 

 突っ込みを入れる優花里に対して、美沙姫はにんまりとほほ笑むと、掌をひらひらさせながら

 

「じょうだんですよぉ。お久しぶりですね、秋山先輩」

 

「はい! 久しぶりであります」

 

 この時、和気あいあいと微笑む二人に対して注意喚起する者がいた。

 我らが狂犬、いや、広報の河嶋桃である。

 

「キサマらぁ! 何をいちゃいちゃしている! そしてお前はだれだ!」

 

 指をさし、そしてその指をブンブンと振りまわしながら河嶋桃は声を荒げる。

 美沙姫はその光景を他人事の様に見つめながら

 

「せんぱい、そんなにキャンキャン吠えるとチワワみたいですよ」

 

「誰がチワワだ!」

 

「ひぃ!」

 

 空気の読めない無駄なやり取りを展開していた。

 それを見たせいなのか、人見知りで普段なら緊張で上手く言葉が出てこない優花里なのだが、何の迷いも無く立ち上がる事が出来た。

 踵を鳴らす様に直立不動の姿勢で、右手で敬礼の姿勢を取ると、はっきりした声で名乗りをあげる。

 

「はっ! 自分は普通Ⅱ科二年C組、秋山優花里であります!」

 

「それで、その秋山ちゃんが何の用かなぁ?」

 

 角谷杏生徒会長が生徒会役員を代表する様に言葉を返す。

 

「はい。自分の目的は捕虜の生存確認と奪還であります!」

 

「言うねぇ」

 

 角谷杏は頬杖をつきながら、楽しそうに頬を緩ませた。

 

「ならば、捕虜の返還に対しての政治的な交渉を始めようじゃないか。良いかい? 秋山ちゃん」

 

「はいっ!」

 

 そう言って二人はガッチリと握手を交わす。

 その一方では……

 

「桃ちゃん先輩、わたし……捕虜だったの?」

 

「知るか!」

 

 不毛な漫才が続いていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「実はさぁ、これからする話しは二、三日黙っててほしいんだよねぇ」

 

 場が落ち着き、皆でソファーに移動した後の角谷杏の第一声がこれだった。

 言葉を発した角谷杏は少し緊張したかの様な表情をしている。

 他の二人も同様だった。

 

「そ、それは構いませんが」

 

 優花里はゴクリと喉を鳴らし返事を返す。

 

「田尻も良いな」

 

 河嶋桃が美沙姫に確認を取る。

 

「ほーい」

 

「返事は、はいだ!」

 

「は、はい!」

 

「会長、了承の確認が取れました」

 

 この言葉を受け、角谷杏は一つ頷くとゆっくりとした口調で口を開いた。

 

「数年後に、戦車道の国際大会が開かれる話って、知ってるかな?」

 

「噂では聞いた事がありますが」

 

 杏の問いに優花里が答える。

 

「うん。それで、文科省の方から各学校に対して戦車道に力を入れる様にとお達しが下ってね。我が校としては、今年から戦車道を復活させようと思っている訳」

 

「戦車道を、でありますか!」

 

「そうだ。だが、我が校には戦車道の履行歴がある者は二人しかいない」

 

 会話の流れを河嶋桃が引き継ぐ。

 

「あっ」

 

 だが、この言葉に対して優花里は小さな呟きを漏らす。

 何か思い当たる事がある様だった。

 だが、それ以上は言葉を続ける事は無かった。

 重い沈黙が部屋の中を支配していく。

 この場に居る全ての者が、優花里の呟きの意味を知っていたからだった。

 いや、ただ一人意味を解していない者もいるが。

 しかし、黙ったままでも居られない。

 そんな中で真っ先に口を開いたのは、今まで成り行きを見守っていた小山柚子だった。

 

「そ、それでね、田尻さんに戦車道を履行して貰えないかと思って来てもらったの」

 

「せんしゃどう……」

 

 美沙姫の呟きに、柚子は身を乗り出し説得を試みる。

 

「そう。どうかな?」

 

「どーしよっかなー」

 

 柚子の渾身の願いに対して、美沙姫は焦らす様な態度をとる。

 どんな世界にでも学習しない人間とは居る者で、美沙姫もこのタイプである事はすでにご存じであろう。

 だいたい、この田尻美沙姫と言う少女は姉と違って非常に調子に乗りやすいのである。

 そして、その後大体酷い目に会っている。

 今回もまたそうであった。

 

「みさきちー。ほれ」

 

 角谷杏が一枚の紙を美沙姫の目の前に差し出す。

 それを受け取り読み進める美沙姫の顔色はどんどんと変化していった。

 悪い方へと。

 美沙姫は読んでいた紙をクシャリと握り潰すと、おもむろに立ち上がる。

 そして、ゆっくりと角谷杏に近づくと、床に正座し礼儀正しく頭を下げ

 

「田尻美沙姫……戦車道、やらせて頂きます」

 

 声高らかに宣言した。

 生徒会役員達は満足げに頷く中、優花里の耳には小さく

 

「おのれ、紅茶格言」

 

 と言う恨みの言葉が聞こえていた。

 


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