花祭りって日本に本当にあるんですね。正式には灌仏会(毎年4月8日お釈迦様の誕生日に行われる仏教行事)と言うらしいです。
ちなみに、シャンティの誕生日も4月8日なんですよ。
偶然って侮れませんね
ジークフリートside
カルナとシャンティ殿は、ご機嫌な様子で帰ってきた。数時間ほどでかなり距離を縮めたとみえる。シャンティ殿に、カルナという友人ができたのか。めでたいことだ
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
ただいまと言ったカルナの後ろからひょっこりシャンティ殿が現れた。ヨミとエデンがそれに癒されていた。
「夕食にしようと思ってるんだけど・・・アーリアくん食べられないんだよね」
「うん」
「禊の前は果物しか食べられないは聞いたことがありますけど、何も食せないというのは初めて耳にしますね」
ヨミもエデンの言葉に頷いた。どうやら、祈祷するための禊中は、少しでも体力をつけられるようにと果物を食すという。しかし、シャンティ殿はそもそも何も食べない。というか、食べられない。
「母上がそういうものだと」
「お母さん?」
「うん。幼少期は、戦場で人を一人でも倒せなければご飯を食べさせてもらえなくて。祈祷の鍛錬の時も、禊の時も同じ。食欲は欲望。祈祷の際は人間が持つ全ての欲求を断たなければならない。そう言われたよ」
人の三大欲求を、祈祷の際は断つ。そして、それは鍛錬の時も同じ。睡眠欲だろうが、食欲だろうが。少しでも気が乱れれば細い身体に鞭打たれ、一日呪術をかけられ部屋に閉じこめられ、さらにご飯も食べさせてもらえず、気絶することさえ許してもらえない。少しでも意識が朦朧としたように思われたらお仕置き。
「酷いね・・・」
「呪術?」
「私の母は呪術師だったんだ。それが分かったのは、父上と結婚したあとのこと」
最悪だとヨミが顔を顰めた。悪いイメージしか湧かない呪術師。ヤトのような秘術師ならまだいいが、呪術と言ったら人を呪うというイメージのみ。実際その通りらしい。そんな母親を持ってこれだけ純粋な子どもが生まれるのか。
「ということは・・・禊中、修行中、祈祷中において欲望を断つために断食するってこと?」
「そういうことだ。母はもういないのにな、集中力が切れたら夢の中で叩かれそうな気がする」
もはやトラウマになっていた。母親が亡くなってから随分経つだろう。にもかかわらず、思った以上に深かった心の傷はトラウマとなって残り、夢にも出てくるという。故に、眠れない
「人間の三大欲求のうち二つ喪失・・・きっつ・・・」
「あとは、快楽を感じられない身体にされている」
「うわ、辛い・・・」
快楽大好きヨミにとっては考えられないとのこと。大好きすぎるのも問題がある。欲望に正直とのこと。ヨミは、サーヴァントになったらバーサーカーであること間違いなし。理性蒸発がスキルにないことが信じられない。
「ところでさ、結婚とかしたことないの」
「アーリアの姿の私に聞くか?」
「う、うん、ごめんね」
幼少期の姿をしているシャンティ殿に、結婚しているかは禁句だ。それは空気を読むことが苦手な俺にもわかる。カルナも頷いている。
「じゃ、じゃあさ。アーリアって偽名?」
「いいや。幼名」
意外な事実に驚く。てっきり偽名なのだと思っていた。アーリアとは、清らかという意味だ。
「ノルブリンカはミドルネームだ」
「名前なっがいね」
つまり、幼名はアーリア・ノルブリンカ・プリハスパティだ。直訳すると『清らかなる宝石の庭の祈祷の主』となる。宝石の庭とは一体何なのだろうか。そして10歳で成人と看做されるらしく、拝命する。拝命されたのが、シャンティ・ノルブリンカ・プリハスパティ。直訳すると、『平和を祈る宝石の庭の王』もしくは『静かなる宝石の庭の祈祷の主』どう直訳しようと長い
王家は名前が長いと決まっているのだろうか。フルールの王も確か長かった。セルシィ・ハリオルト・フルール。しかし、フルール王に関しては、ハリオルトは自分で付けたらしいとエデンが教えてくれた。さすが、王家と繋がりがあるだけある。
「何だかんだでヨミさんも変わりませんけどね」
「ヨミ・オグル・アシュラだね。ヤトはヤト・ヤシャ=ラークシャサだし」
「ヤシャとラークシャサが=であるところが肝ですね」
「ヤシャとラークシャサは同一視ということか」
俺はヨミという名前がどうかと思うのだが。普通、自分の子どもにあの世という意味の名前をつけるだろうか。全体的に物騒だ。あの世、鬼、阿修羅。完全に戦いに明け暮れている修羅界を連想してしまう。ここ二日か三日でヨミのおかげで六道とやらを覚えてしまった。
ちなみに、この世界ではカルナは神家系扱いらしく、カルナ・ダーナ・スーリヤとのこと。直訳すると、『慈悲与える太陽』。施しの英雄にぴったりの名前だった。ちなみに、俺はジークフリート・ドラーク。直訳も何もない。俺は龍族とされるそうだ。名字がないのはエデンのみだ。この人はとことん謎だ。
「そろそろ話さないか、アーリア」
「そうだな」
「ん?なになに」
俺たちは全員相談室に通された。シャンティ殿からまさか依頼か。友人になってくれないかという驚きの依頼があったとはいえ、正式な依頼なのだろう。緊張している様子でソファに座ったまま黙っている。遠慮しているようにも見える。
「シャンティ」
「カルナ殿?」
「安心しろ。ヨミたちは笑わない」
二人の会話に俺たちはそれぞれに顔を見合わせる。シャンティ殿はいつもは分からないが、迷いなく淀みなく口に出す印象だった。シャンティ殿でも渋るようなことなのだろうか。カルナが背中を押す
「ゆっくりでいいですよ」
「ま、まず・・・依頼書を」
「そうですね」
失念しておりましたとエデンが呟く。ボールペンなど使ったことがあるのだろうか。いつもは羽がついた万年筆だろうに。この国の文字がわかるのだろうか。カルナが言うにはこの国の文字だという。好奇心なのか勤勉なのかはわからない。
書き終えたものをエデンにそっと渡した。にこりと笑って受け取り、依頼書に目を通した途端に笑みが消え、さらに目が見開かれていく。ルビーのような瞳が揺れ、シャンティ殿を見つめた。
「ん?どうしたの?」
「こちらです」
「どれどれ。綺麗な字だ・・・」
いつものような飄々と、少し歌うように呟くヨミが噤み固まった。エデンと同じくシャンティ殿の顔を見た。キラに関しては、メガネを何度も外した。ヤトも目を見開き呆然としていた。そして最後に俺に回ってきた。それには自分の目を疑った
「祈祷の間の護衛と防衛・・・」
「シャンティさまと国を守るということですか。任務の内容はわかりました。しかし・・・我々でよろしいのですか?」
「其方たちだから頼みたい」
自信なさげ、しかしそれでいて強いという矛盾を含む言葉。俺たちでいいのか、ではなく俺たちでなければいけない。信頼を寄せてくれていると思っていいのだろうか。
「考えてくれていい。断ってくれても構わない。他国を護るという任務なのだからな」
膝の上に乗せている手を握り締め、震わせる。頼ることを怖がっているかのように見える。いや、怖いのか
「理由、聞いてもいいでしょうか?」
「これまで祈祷の際、たった十一人に国を任せてきてしまった。負担をかけて来てしまったのだ。心労もあるはずだ。私一人を守るために傷付くジュラも見てきたし、大怪我する弟子たちも見てきた。私には祈ることしか出来ないから・・・」
祈祷の主が望むのは、国の平穏、そして大切な者たちの幸せ、平和。喜びも悲しみも苦しみも笑顔もいつまでも見て、同調して、守りたいと。しかし、他国の者に頼むのはかなりの覚悟が必要だった。もし、この国のために命を落としたら。他国の王のために命を落としてしまったら。そう考えると、他国に期待も出来ず、生きられるかどうかの信用もできなくなった。しかし、初めて任せてもいいかもしれないと思えるものたちと出会えた。ヴァジュラ殿たちとともに、国と王を守れるかも知れない存在が。
「十分ですよ」
「え?」
「祈るだけで十分ですよ」
ヨミとエデンが言った。祈祷の主の祈りの強さは破格だ。自分の結界、味方と国民のための結界、国のための結界。それを祈りという魔術で編む。しかも半日
「一番辛い人が辛いって言わないからです」
「キラ」
「あなたが守る国を皆守りたいんですよ。だからあなたについて行く。だからみんなそばに居るんです」
祈祷は孤独。ヴァジュラ殿たちはその祈りを背負って戦っているのだろう。
「うん、引き受けますよ、オレ」
「いいのか?」
「私も構いませんよ。王の任務はわたしの管轄ですからね」
「ぼくもいいですよ・・・というか・・・シャンティさまの祈祷の後の治療はぼくの役目ですよね」
ヨミとエデンはともかく、キラも賛成。俺も断る義理はない。
「というか、友だち守るのに任務扱いっていうのもね」
「よ、ヨミ・・・友だちとは?」
「え、違うんですか?オレ、シャンティさまのこと友だちだと思ってたんですけど・・・」
「たしかに。違和感があると思いました。友人の頼みを任務扱いだなんて、これは人としてどうかという話ですね」
「え、えっと・・・こ、これは・・・母上よ、私は幸運だぞ。この上なく」
それはどうだろ、とヨミが苦笑した。一度でこれだけ友人ができたのは幸運の証だそうだ。母親の下りからどう頑張っても幸運Aとは言えない。カルナと同じく自称Aと言っているのではないかと思えてきた。
「ありがとう、それでは友人として頼もう」
「はい。承知致しました」
シャンティ殿は本当に嬉しそうな表情で頷いてくれた。癒されるわーとヨミが言った。すまない、俺もだ