黎明の光より   作:砂門

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第十六話〜奔放過ぎる聖王

ヨミside

 

 

昨晩、一国の王を一人にするわけには行かず、オレたちはシャンティさまの寝床どころか湯浴みのときでさえ見張った。シャンティさま本人は

 

 

「まったく、何故こんなに厳重に見張りがついている?」

 

「あなたは王なのですよ。ここだって安全ではないのです。時に盗人も来ますし」

 

 

シャンティさまなら入って来ようものならぶちのめせる気がするけれど、言うことをお聞きくださいませ、とエデンさん。シャンティさまは拗ねたような顔をした。

 

 

「背中流しましょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

 

機嫌良さそうに頷いてくれた。傷一つない背中だ。鬼神のオレが洗って傷付けたらどうしようかと思ってしまう。ヴァジュラが時々やってくれるとのことだ。あいつ、本当にしめなきゃ行けないんじゃないのか。それにしても、カルナさんとシャンティさまの仲の良さ。今日一日でかなり距離を縮めた。カルナさんはあまりそういうのは得意ではないはずだ。でもシャンティさまもこういうところで控えめなので、友人の距離感というのが分からないだろう。お互い不器用なはずなのに、思っていた以上の成果を上げてきた。これはいい報酬だ

 

 

「ヴァジュラに嫉妬されるくらい仲良くなればいいんじゃないですか?」

 

「それはいいですね。私もそれくらいになってもいいと思います。カルナさんの失言が(こた)えなさそうですし」

 

 

確かにシャンティさまは意図を汲める人だから、カルナさんの言いたいこともわかるだろう。そういう意味ではカルナさんもある意味新しい友人がシャンティさまだったことは運がよかったんじゃないかと思う。

身体を洗ったカルナさんとシャンティさまが並んで座った。

 

 

「む。なんだいい匂いがするな」

 

「柚子湯?」

 

「はい。出荷できない柚をシルヴァーさんから戴いたのです。どうせなら浮かべてしまおうと思いましてね」

 

 

シャンティさまが浮かんでいる柚で遊んでいた。これは楽しいのだろうか。カルナさんは隣で剥いてるし。因みに、シルヴァーさんはカフェ兼服屋を営んでいる。果樹園は最近始めたのだが、評判がいいらしい。おばさんかと思いきや、クールビューティ系のお姉さんだ。正規の魔術師で武器は鉈。

 

 

「柑橘系の食べ物を見ると剥きたくなるのは何故なのだろうな」

 

(さが)・・・なのだろうか」

 

 

シャンティさまの発言に対しカルナさんが返す。この謎すぎる会話に、少なくともオレは苦笑するしかない。

 

 

「そろそろ上がろう。オレはともかく、シャンティは逆上せやすそうだからな」

 

「何故私だけなのだ」

 

「熱に弱そうに見えるから」

 

 

シャンティさまは、なぜ分かったとでも言いたげな表情を見せた。熱に弱いのか。ということは、魔術は炎系統ではないのだろう。インドでまさか氷なんてことはないと思うけど。

 

 

「氷だろうな」

 

「どうしてわかるの?」

 

 

オレの疑問にカルナさんが答えてくれた。インドの神様の末裔でありながら使う魔法が氷。使う魔法は自由なので、国は関係ないのかもしれない。

 

 

「祈祷所の室温はマイナス30度だとシャンティが言っていた。あと結界の中心にあるものが氷の大樹だと何かに記されていた」

 

「バレてしまったか」

 

 

思ったよりも物知りだったカルナさんに、シャンティさまは苦笑混じりに呟いた。シャンティさまが言うには、祈祷の仕方は代によって様々だという。祈祷所が火山であったり、海であったり、本当に色々。自分が一番使いやすい魔法で行うらしい。氷だけではなかったとしても、主に使う魔術は氷もしくは氷結魔法ということだ。カルナさんは意外に本を読む。元々好奇心旺盛なのだろう。

 

 

「見せてもいないのにバレるとは・・・」

 

「そりゃあ、フレアフルールのエースにしてレベル8の男だからね」

 

「レベル8だと?」

 

「3年でレベル8。最速ですよ」

 

「これはこれは・・・自信を失いそうだ」

 

 

シャンティさまで5年かかったのに、カルナさんがそれを3年で達成してしまったために記録が塗り替えられてしまったのだ。これまで最速はシャンティさまだった。確かに、カルナさんの強さはフレアフルールでも、フレアフルールに限らなくても格が違う。レベル8以上でもいいくらいだと思う。神家系は血筋から違うと見る人もいるかもしれないが、ここまで来ればもはや努力だ。

 

 

「手合わせできる日が楽しみだ」

 

「オレもだ」

 

 

友人でありライバルという感じなのだろうか。シャンティさまはカルナさんの戦いっぷりを見ていないから強いのかどうか判断できていないと思う

 

 

「このほっそい身体のどこからあんな苛烈な攻撃が生まれるのかな。不思議だよ」

 

「確かにそうですね。私には信じられません」

 

 

この人の178センチに65キロは間違っていると思う。鎧を含んでいるようにしか思えない。

 

 

「小柄な体型に反する破壊力も侮れないがな」

 

「君の破壊力は本当に凄まじい」

 

 

カルナさんとジークフリートさんに褒められた。まぁ破壊はオレの得意分野だから。こう言われてなんぼだ。

 

 

「カルナさんが魔力放出(炎)したら湖干上がるんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「一度だけありましたね。何事かと思うほど魔力を放出した事」

 

 

一年ほど前、任務中にカルナさんが突然覚醒した。あれだけの力を出したのはあれ以来ないとはいえ、一度の放出で広い湖を干上がらせるほどにはパワーアップした。あの瞬間だけはレベル制限というものを凌駕した。あれはなんだったんだろう。

 

 

「ほぉ、そんなことがあったのか」

 

「オレでもわからない」

 

 

意識はあるし、理性もあった。でも、使いこなすほどまでには行かず、本当に一瞬に近い短い間だった。それでも、敵を一掃できるに事足りた。あの時どうなったのかオレもあまり覚えていない。どんな任務だったのかも。あれだけが頭に残っていて、任務の記憶が無い。

 

 

「カルナ殿の覚醒・・・恐ろしい響きだな」

 

「僕もそう思います。スーリヤの子の覚醒ですからね」

 

「俺はその時別の任務だった。残念だ」

 

「また見れるかもしれないよ。楽しみだね〜」

 

 

あれを使いこなせるようになれば無双できると思う。シャンティさまでもそうそう勝てないだろう。まぁ、通常のカルナさんでも互角くらいだと思う。レベルだけでいえば、シャンティさまのほうがちょっと強いくらいだ。レベルというかランク。

 

 

「それにしても・・・ジークフリートの身体を見ると凹むな」

 

「え?」

 

「確かに」

 

 

カルナさんとアーリアくんの姿のシャンティさまが、自分の身体とジークフリートさんの身体を交互に見るという異様な光景が繰り広げられていた。二人とも細いから、大柄で筋肉質なジークフリートさんの身体が羨ましいんだろう。オレはもうちょっと身長が欲しかった。エデンさんは全く気にしていない。マオくんに関しては成長中の自分にコンプレックスがあるようだ。マオくんの気持ちはよくわかる。

 

 

「なんの差なのだろうか。体質?」

 

「ここまで来たら体質だと片付けるしか・・・」

 

 

二人してため息。本当に仲良くなったなぁ。ここまで来たらちょっと嫉妬してしまいそうだ。

 

と、ここまでが昨晩だ。そして今日。

「果物くらいはいいだろう」ということで、カルナさんが沐浴の帰りに果物を買ってきてくれた。市場はまだやっているのか。

 

 

「しかし・・・」

 

「お前、耐久Eだろう?」

 

「うむ・・・」

 

「倒れるよりマシだ」

 

 

確かにとシャンティさま含め俺たちは頷く。同意だ。ただでさえ耐久のランクが低くお母さんが万が一来たら斬るから安心しろ、という逞しすぎるカルナさんの言葉により、潔斎前の朝食をとった。エデンさんが綺麗に切って、盛り付けたものをシェアした。こういうのも悪くないと思う。

 

 

「ふむ、うちではこのような果物は採れぬ。美味いな」

 

「そうか。オレが沐浴しに行く森にも沢山あった」

 

「それは採ってこないの?」

 

「あの森の動物が食うだろう?」

 

「なるほど」

 

 

施しの英雄は、か弱い動物から食物を奪うことはしないようだ。まぁ、金を払って果物を買ってくればいいだけなんだけどね。

 

 

「フルーツオレを作ってみました」

 

「おぉ、これはいいね。パンにもすごく合うよ」

 

 

コーヒーや紅茶がまだ飲めないマオくんは、エデンさんが作ったフルーツオレを嬉しそうに飲んでいる。大人びているけど、舌はまだ子どもらしい。カルナさんは主にチャイを飲んでいたけれど、最近は何でも飲む。ジークフリートさんは、とにかくティーカップが小さく見える。こういう光景も見ていると面白い。それを見ているシャンティさまも楽しそうだ。

 

 

「そろそろか」

 

「ああ、カルナさんは今日当番でしたね」

 

「当番?」

 

「パトロールだ」

 

「ほう。しかし其方、昨晩も遅くまで外にいなかったか?」

 

「あれは、ギルドの周辺の見回りだ」

 

 

シャンティさまはカルナさんが遅くまで外にいることを知っていたのか。流石だ。こっちは慣れてるからぐっすりだ。今朝、焦げているのを見た。何者かがギルドに近づいたのか。ギルドの平和はカルナさんによって保たれていると言っても過言ではない。

 

 

「朝と夜もパトロールか。大変だな」

 

「そうでもない。が、わざわざ制服を着なければならないというのが面倒だ」

 

 

いつの間にやら、軍服に身を包むカルナさんがいた。腰にはレイピアだ。カルナさん軍服が凄く似合うんだよね。イケメンさんだから何着ても似合う。

 

 

「では、また後でな」

 

「私も行ってもいいか?」

 

「明日から潔斎なのだろう?休んでいるといい」

 

「ふむ」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 

カルナさんが軽く手を上げ、ギルドを出た。アーリアさんが少しつまらなそうにしている。付いて行きたかったらしい。ロータスではパトロールなんてことは無いんだろう。あったとしてもその組織にさせているはずだ。ここは人手が足りないのだ。ここも王があまり賢くないから。

 

 

「それで、アーリアさ・・・あれ?」

 

「いない!」

 

「どこに行っちゃったんです?」

 

「カルナのところに」

 

 

ジークフリートさんがシレッと言ってくる。止めてくれ。まぁ、行きたそうだったからね。カルナさんは休んでいろと言っていたけれど。

 

 

「カルナによく懐いたな」

 

「ええ。かなり心を許していらっしゃいますね」

 

「昨日ただ出掛けただけだよね?」

 

 

ヴァジュラの立場危うしだ。カルナさんの方が強いと思うし、カルナさんの方がレベル上だし。

 

 

「カルナさん役所に登録したの?」

 

「そういえば、レベルどころかランクも上がっていましたね」

 

「オレが見てくるよ」

 

「お願いします。カルナさんはパットロール後ジークフリードさんとの任務がありますからね」

 

「エースは大忙しですね」

 

 

依頼者のカルナさんとジークフリードさんに対する信頼の厚さは異常だ。任務達成率がずば抜けているから当然といえば当然だ。

 

 

──2──

 

 

巡回中のカルナは、威風堂々たる出で立ちで足を進める。無論、周囲への警戒は怠らない。

 

 

「まだ懲りないか」

 

「ああ?てめぇはフレアフルールのカルナじゃねぇか」

 

 

高価なバッグを手にした男がカルナを睨みつける。フルール国のもう一つのギルド『フリヤード』のトール。種族は巨人族で、武器は棍棒。鋼の肉体を誇る。盗みさえしなければフリヤードのなかではエースになれるほどだ。しかし、素行の悪さにより信頼度が低い。このようにフレアフルールのメンバー(主にカルナとコイド)に確保されている。その後、フリヤードのマスターが謝罪し、金で解決というのがいつもの流れだ。

カルナは、警察に引渡した後、しばらく進んで立ち止まり道のど真ん中で書類に目を通した。

 

 

「大蛇の群れが発生・・・」

 

 

街の外れの森で大蛇の群れが発生し、そこに行った数名が重軽傷を負って病院に運ばれた。パトロールだけでなく、任務にまでカルナが選ばれた理由の一つだ。

 

 

「・・・アーリア」

 

 

こっそり家の陰に隠れて後を付けていた者の名を呼んだ。気が付かないはずがなかった。

 

 

「バレてしまったか」

 

「待っていろと言ったが」

 

「だってつまらない」

 

「仕方がないな。迷子を保護したということにしておく」

 

 

カルナの言葉にシャンティは嬉しそうな顔をし、少し駆け足でカルナの隣に落ち着いた。

 

 

「よっ」

 

「・・・しまった」

 

 

そう呟いたのはシャンティだ。とうとうあの男に居場所がバレてしまったのだ。カルナは気付いていたが言わなかった。

 

 

「あれ、ヴァジュラじゃん」

 

「ヨミも来たのか?」

 

「シャンティ様を迎えにきたんだよ。つまらないとか言って出て行っちゃうから。帰るよ、シャンティさま」

 

「むぅ」

 

「カルナさんはこのまま任務なんだから」

 

「えぇー」

 

 

さらに不満げな顔をするシャンティ。任務の邪魔をするのはシャンティも少し憚られる。渋々頷いた。

 

 

「邪魔しねぇように俺が見ておこうか?」

 

「え、じゃあ行ってもいいのか?」

 

「まぁ、ヴァジュラが見ててくれるならいいかな。カルナさん、どうかな」

 

「オレは構わんぞ」

 

「だってさ、よかったね」

 

 

シャンティは嬉しそうに頷いた。苦笑を浮かべながら来て損したよと言ってヨミは踵を返した。

 

 

「任務の内容は?」

 

「大蛇の群れが発生したから討伐しろとのことだ」

 

「群れで発生・・・」

 

「ついでに原因の究明」

 

「大量発生に何らかの原因があるってことか?」

 

「そう考えている。最近現れたというノワールアームという組織が怪しい薬を作っていることがわかった」

 

 

とある調査任務に駆り出されたカルナとジークフリートは、新たな組織が現れたことと、その組織が怪しげな薬を開発していることを突き止めた。まだ実験の段階であり、その際はそのアジトを破壊した。しかし、その薬を作れるものは別にいるのではというのが、カルナとフレアフルールのマスターハイリが立てた説。だ。今回この任務につくことが決まった時、一番最初に相談した相手はマスターだ。説は事実なのではないかと。ハイリはそれに対し肯いた。任務は大蛇の討伐とその関係性を調査することだ。そこに、シャンティとヴァジュラが着いてきてしまった。オーケーしたのはカルナ自身であるので、今更すまないとは言えない。ただ、この二人がいる状況を利用するという手もあるにはある。シャンティが翌日から潔斎でなければ。

 

 

「まぁ大蛇の討伐が前提だからな」

 

「新しい組織ってことは・・・セントラルと関わりがあるのか?」

 

「そんなことをする者が他に見当たらない。セントラルの傘下なのか、それともこれからセントラルと同盟を結ぶのかで我々の行動も変わるがな」

 

「とにかく、お前たちは見ていてくれ」

 

「わかった」

 

「俺たち居ていいのか?」

 

「ああ。もし調査するとなったときは手伝ってくれると助かる。敵がいないことを確認してからになるが」

 

「任せてくれ」

 

 

頼ってくれようとしていることが嬉しい様子のシャンティは、嬉々とした表情で頷いた。その隣でヴァジュラが、うちの主のわがままを許してくれと言わんばかりに頭を何度も下げた。カルナはそれに対し苦笑する。

 

 

「む・・・エデンの地図か」

 

 

涼し気な表情をしていたカルナが紙を訝しげな表情で睨みつけた。ぎっくり腰で動けないハイリの代わりにエデンが作ってくれた地図。目的地に着く気がしない地図だ。

 

 

「これは・・・」

 

 

慣れない道になる際、暗号を読み解くレベルに難解なエデンの地図で目的地へ向かわなくてはならない。

 

 

「どれどれ・・・この地図間違ってんのか?」

 

「オレたちは今、ギルドから一キロほど先にいる。この通りに行ってみるぞ」

 

 

カルナが言う通りに、二人もギルドを通り過ぎ東向きに歩く。その後四つめの交差点を右に曲がると書かれてある。しかし

 

 

「四つめの交差点。右に曲がって数百メートル進むと左手に呉服屋。右手に居酒屋」

 

「呉服屋も居酒屋もねぇぞ?」

 

「呉服屋と居酒屋は、西向き。四つめの交差点を左に曲がって数百メートル進んだところにある」

 

「真逆。あっていたのは左だけ」

 

「これを解きながら目的地まで行く。が、これをしていると大変なのでな。バスに乗る」

 

 

カルナたちはバスに乗った。下手をすれば1時間はかかりそうなこれを、カルナたちは毎回解きながら進む。地図自体は有難い。地図をひっくり返せば行けなくはないからだ。

 

 

「目的地がわからない時は二十キロ近く歩かされる」

 

「きっついな」

 

「東西南北がわからないそうだ」

 

 

分かるものにはそれが分からない。しかし、「分からないものにとっては、それが分かることが分からないのだ」とエデンは意味不明な文言で開き直っていた。

カルナたちが乗っているバスは、他愛ない話をしているうちに最寄りの停留所に到着した。そこからは未知の領域だ。

 

 

「樹海と言われているだけはある」

 

「ここ、フルールの領土なんだよな?」

 

「ああ。そういえば、ここに入ると神隠しにあうという噂があったな。誘拐事件の可能性もあるが」

 

「誘拐が一番ありそうな気がするがな」

 

「同感だ」

 

 

フルールで昔から言い伝えられている神隠し。誰も事件性を疑わない。疑わないではなく、関わりたくないというのが本音であるというのは、カルナから見ても確実で、王と謁見する機会のあるエデンも同意見だった。「まあ、この国の王だしね」「期待する方がバカを見る事案です」と二人の意見に一切の異論も唱えなかったのはヨミとキラだ。

 

 

「フルールの王の信頼度の低さはどうなっているのだ。会議にも出ないと聞くし」

 

「後者に関してはお前が言うか?」

 

「同意しかねぇな」

 

「うむ・・・」

 

 

カルナとヴァジュラの指摘にシャンティは撃沈した。ヴァジュラはともかく、カルナにまで指摘されるとは思わなかったのだ。

 

 

「フルール王は他国と関わりたくないと考えているとエデンが言っていた」

 

「貿易はどうする?」

 

「国内のもので賄っている。魔術師がいなければ今頃この国は滅びているところだ」

 

 

魔術師によって支えられてきた国。それがフルールだ。魔術師によって国は存続している。しかし、王はそれで当たり前だと思っているのだ。民が国を守るのは当たり前。そう考えている。その結果が王に対する支持率の低さに表れている。王室は世襲制。同じ血を持つ王が次々に生まれる。同じことを繰り返し、自らの行いを省みることもしない。

 

 

「闇深すぎねぇか?」

 

「セルシィ王が一番マシだそうだ。オレは三年しか住んでいないから分からない」

 

「気まぐれに市場を開催する余裕はあるようだからな」

 

「ああ」

 

 

ふと、三人が立ち止まり周りを見渡す。大木が横たわっているかのようにそれはいた。今回のメインミッションの対象。大蛇ヘケトだ。

 

 

「ヨミが喜びそうな個体だ」

 

「そうなのか?」

 

「こ、これ?」

 

 

カルナの言葉にシャンティとヴァジュラは困惑する。このような大蛇を見て燥げるという感性が分からないのだ。職人の性なのだろうかと無理やり納得するしかない

 

 

「まあ、この間のシュヴァルツのときも燥いでたしな。最初は」

 

「この間の任務で後半燥いでいたら疑うのは感性ではなく、神経だ」

 

「違いねぇ。怖いもの知らずだろうしな」

 

「真に怖いものを知っているが正しい」

 

「本当に怖いもの?」

 

「そうだ。故に、それ以外は恐れるに足らないと思っている」

 

 

その挙句に、ヨミをあまり知らない者から感性が歪んでいると思われてしまう。狂っていると思われてしまう。そのため、ヨミはバーサーカーの適正を持つ。

 

 

「なるほど」

 

 

大蛇は気絶しており、ただ横たわっていただけだった。カルナたちはヘケトを避け歩き進めた。その先に、見知った逞しい男の姿が見えた。

 

 

「む。ジークフリード、早いな」

 

「カルナか」

 

「地図は読めたか?」

 

「キラが地図を解読してくれたからすぐに辿り着くことができた」

 

「・・・そうか」

 

 

エデンの地図に慣れているヨミやキラを頼るという考えは頭になかった。カルナも慣れたとはいえ、地図で手間取るのは避けたかったのだ。シャンティを迎えに来た時に聞けばよかったと今思った。シャンティに気を取られたのだと思いたい

 

 

「すまない・・・その二人は?」

 

「当然の疑問だ」

 

 

カルナは、これまでの経緯を情報が不足しないよう意識しながら話した。ヨミやエデンやキラの通訳なしでジークフリードに伝わった。

 

 

「潔斎なのに良いのか?」

 

「うむ、私は体力に自信があってな」

 

 

カルナがじっと神秘的なアイスブルーの瞳をシャンティに向けた。その視線に気づいて項垂れた。シャンティの耐久ランクはEなのだ。貧者の見識のせいで完全に見破られてしまった。

 

 

「体力はねえけど、回復力は抜群だぜ」

 

 

ヴァジュラのフォローにシャンティは持つべきは長きに渡る親友だと笑った。

 

 

「そうか。それなら構わない。ここで帰らせるのも酷だ」

 

 

ヴァジュラの言葉は真実であったので、カルナの貧者の見識という名のチェックに引っかかることはなかった。

 

 

「群れというほど・・・」

 

 

いないと言おうとしたカルナが噤む。カルナの視線の先にそれはいた。さすがのヨミでも笑顔を引き攣らせてしまいそうな数だった。シャンティまでもが目を見開く事態となった。

 

 

「む?」

 

「どうした、カルナ」

 

「ヘケトではない」

 

「え?でも、討伐するのはヘケトなんだろ?」

 

「ああ。理性があるようだ」

 

「理性?」

 

 

これまで討伐してきた獣や怪物にはないはずのもの。それがある。カルナには見えたのだ。目の前にいるのは獣ではないのだと。カルナの声が少し低くなり、その調子で話した。大問題に発展しかかっていた。

 

 

「これは・・・人間だ」

 

「またあいつらか」

 

「そうだろうな。怪しい薬の正体はこれか?」

 

「人を獣に変える薬。神隠しで行方不明になっていた者たちがここに?」

 

 

ジークフリートの言葉にカルナとシャンティがおそらくと頷き、ヴァジュラは青ざめさせた。

 

 

「お待ちください」

 

「エデン」

 

「さきほど・・・フルールの外交官長に逮捕状が出ました」

 

「まさか」

 

 

神隠しの件。セントラルのアジトを王に無断で設置した件。その二つを隠蔽していたのだ。神隠しを、王は知らなかったのだ。風の噂で、セルシィ王の耳には入っていたが、国民を混乱させてしまうからと口止めされていたのだ。

 

 

「スパイか?」

 

「いいえ。スパイではありません。しかし、セントラルとかなり交流があったようです。ヨミさん、コイドさん、ユーリンさん、ジュールさん、わたしで急ピッチで調査したところ、このようなことが発覚いたしました。そういった麻薬をここで開発し、世間に流そうとしたようですね」

 

「最悪じゃねぇか」

 

「今回のことは王も被害者か」

 

 

そうなりますとエデンは頷いた。これが終わったら王が自分からすべてを話すしかない。

 

 

「人に戻せないのだろうか」

 

「血液を採取しておこう。本物と偽物の。すぐに取り掛かる。エデンはそれをキラに渡してくれ」

 

「採取する道具があるのか?」

 

「ヨミから渡されている」

 

 

「任務先で特殊な素材があったら採ってきて」と言われて血液を採取するための注射まで渡されたのだ。

 

 

「役に立つとは思わなかった」

 

 

渡すついでに注射の扱いまで教えてもらっていた。ヨミに言われた通りに、素人であるはずなのに慣れた手つきで血液を採取した。

 

 

「これをキラに」

 

「承知いたしました」

 

 

エデンは、カルナが採取した血液をバッグに慎重に入れ、軽く会釈するとギルドまで瞬間移動したのだった。一人で来たわけではないと分かったカルナは、ある意味安心した。

 

 

「さて・・・」

 

「調査に移行する。マスターにも伝えた」

 

「そうか」

 

 

カルナは軍服を異空間に戻し、ジークフリードが見慣れた普段の姿になった。

準備ができると、カルナたちは樹海を進み始めた。


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