「ふぅ……」
屋上に吹く風が気持ちいい。
頭に昇りかけた血を落ち着かせ、正常な思考へと持って行ってくれる。それに従って気分も幾分かはマシになる。
俺のした事は最低もいいところだ。女子を傷つけるなど、男子としてどうなのかとすら思う。
役だ、キャラクターだ、必要な事だ。そう言い聞かせる。そう言い聞かせなければ、誰が好き好んであのような言葉を吐き出して女子を傷つけることができよう。この調子なら、葉山は相模を時間内に連れて行けるだろう。これで無事、文化祭は終了と相成るのだ。
誰も損をせず万々歳に文化祭は今年も終わりを告げる。それが雪ノ下たち表舞台のものの役割だ。
そして俺の役割はーーー。
「あんた、こんなところで何やってんの?」
毅然とした銀髪が、風を受けて揺れる。
「依頼、ねぇ…」
隣に腰かけた川崎は訝しげにそう呟いた。その表情はどこか遠くを見つめる様な、それでいて自身をも見ている様な見えてこない表情。
何故彼女はここにいるのだろう。
「何でって。仕事無いし回る人も場所も無いし。閉会式も面倒だしね。あんたは良いの?実行委員」
「俺の仕事は終わってる。後は精々片付け程度だろうな」
「ふぅん」
興味無さげに呟いた。聞いといてその態度は何だと言いたいが、俺も人のことは言え無いのでノーコメント。遠くを見る川崎に反して、目を瞑り空を見上げる。橙に染まるまでまだ時間のある空は、まだらに雲を擁していた。
大きな空に比べれば、俺の悩みなど大したこともない。そう思わせるほど空は広く、俺の悩みは小さいのだ。
ガサガサと音がする。何か袋を開けた様な音が耳を刺激する。
「はい。比企谷の分」
川崎が持ってきていたのであろう菓子を差し出してくる。最後までチョコたっぷりなそれを袋ごとぽいと投げる様に渡された。
養われたいが施しは受けない俺としては、どうにも受け入れがたい。
「じゃあ今だけ養われな。たかがお菓子で悪いけどね」
結婚は終身雇用だと中学の頃に聞いたが、どうやら短期雇用もあるらしい。川崎はまた、徐々に落ちていく太陽に目をやった。
「疲れたなぁ…あんなに人に囲まれた期間、無いかも」
微笑む彼女は普段の川崎とは印象も大分変わっていた。本当に嬉しそうに喜ぶ年相応の女の子の様に笑っていた。
口下手で、乱した服装も相まって不良に見られてしまう彼女もただの少女なのだ。今までそうなることがなかっただけで、望まなかったわけでは無い。『望んだが手に入らず諦めた』それが彼女を作っていたのだ。
「良かったな。どうだ?仲良くなれそうか?」
「海老名とかはよくしてくれるよ。他にも何人かはね。あんたは?」
「俺はこれからみんなと仲良くなくなる予定」
「現状維持ね」
「………そう言えばそうだった」
そうだ。そもそも仲の良い人間などまともにいない。
なら相模の件が噂として広まってもいつもと変わらないだろう。もしかしたら戸塚が離れるかもしれないが、それはその方がいい。
俺に近寄ってあいつまで傷つくのはよろしくない。
「今回の依頼はそれだけやらかしたってこと、か。毎度毎度、変なところに頭回しすぎ」
「これが通常運転だ」
「アクセルとブレーキは逆だしハンドルも逆。いい加減直しな」
「出来んならライトから取り替えてる」
「あっはっはっは!それもそうだね」
カラカラと彼女は笑う。
お前だってそうだろう。俺の腐った目と同様にキツイ目つきは友達を作りづらい。口下手も相まって相当なものだ。
「それで逃げるならそれでいいよ。そういうのはどうせ長く続かない」
「賢明な判断だ」
「地頭は良いんだよ。どうもね」
コンコンと彼女は自身の頭を叩いた。地頭が良いどころではない。平均以上には勉強も出来、努力も出来る彼女が馬鹿な筈がない。以前受けた依頼の時から数ヶ月経って居るが、それが顕著に表れて居る。
数学を完全に捨てて居る俺とも大分差はできると思う。
「あんたは余計なことに頭回しすぎなんだよ。もっと楽に考えて、出来るやつにぶん投げな」
「そんな無責任な」
「無責任じゃないよ。出来ないのにやろうとする人間の方が無責任さ。囲まれたら辛いよ?そういうのに限って『私ならうまく出来た』『もっと上手くやって』とか言うからね」
「そんなもんかね」
「そんなもんだよ。あたしの実体験」
実際、嫉妬もあったんだろうなぁとしみじみ思う。高スペックな川崎に少しでもダメージを与えたい気持ちがあったのだろう。
出る杭は打たれるし、最悪板から外される。
まだ打たれるだけで済んで良かったのかもな。
「あんたの所、大丈夫?」
「何が」
「奉仕部、だっけ?話聞く限り大丈夫じゃなさそうだけど」
「……まぁ、大丈夫なんじゃねぇの?実際俺たちの関係は歪だからな。どうなるかまでは分からん」
気にしなくて良い、そう言ったとはいえ初対面が事故の由比ヶ浜はもちろん雪ノ下もまだまだ不安定な橋の上だ。恐らく今いる場所が偶々強固なだけだろう。きっとそれは、ゲリラ豪雨の様に唐突に訪れる筈だ。
「そうかい。ま、壊れたら来なよ。また養ってあげる」
「菓子で?」
「お菓子で」
「その時はチップスが良いんだが」
「残念だけど、私が普段持ってるのはこれだけなんだよね」
目の前で箱を揺らされる。いたずらっ子の様に笑った彼女の頬を摘みぐにゃぐにゃと弄ると抵抗が始まる。
「いひゃいいひゃい」
「ったく……はぁ。何か気抜けたわ」
「そ?なら良いんだけどね。結構顔色酷かったから」
わざわざ元気付けに来てくれたのだろう。ここの情報だって川崎に聞いた事でもあるし………。と、時間も時間。この後は恐らくズレたタイムテーブルで進行されているだろう。閉会式の後片付けが俺たち実行委員の最後の仕事だ。厚木に怒鳴られる前に戻るか。
「んじゃそろそろ行くわ。HR始まる前には戻れよ?」
「言われなくてもそうする。実行委員頑張って」
今日はいつになく笑ってくれる。
『頑張って』この言葉は頑張ってる奴には辛い言葉だが、始める前のものにはありがたい言葉だ。背中を押してくれる、暖かい言葉。
それが川崎の微笑みとともについてくるのだ。頑張ろうと言う気も起こる。
ならば、感謝を示さなければならない。
彼女はいつも、この言葉を好む。
「サンキューな川崎。愛してるぜ」
白い肌を真っ赤に染めてなおその泣き黒子は妖艶で。
例によって、山も谷もない話でした。
いちゃついてる話を書きたくなったのだけども、書いてるうちに恥ずかしくなって来て多少仲良くなっている程度の関係になりました。
ドライっぽいのにいちゃついてる関係が大好きです。
最初は比企谷くんが壊れて行く話を粛々と書こうと思っていたのですが、書いてるうちに入り込みすぎて私が壊れかけました。
人間を書くのは難しいです。