『FE覚醒短編集』   作:OKAMEPON

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『恋物語も今は遠く』

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 暖かな陽射しが優しく大地を照らす昼下がり。

 今日の分のお勉強を早速終わらせたルキナは、何時もの様に王城内を探検に出掛けた。

 幾度かの改修を経つつもイーリスの千年もの歴史を刻み続けてきた王城は広大で。

 外周部分にある大庭園や城下町と城とを隔てる城壁の辺りまでを含めると、大人の足でも一日掛けてでも到底回りきる事は出来ない。

 齢にして六つを数えようとする遊び盛りの年頃のルキナにとっては、そんな王城は格好の遊び場であり未知に溢れた冒険の舞台であった。

 従兄弟のウードや友達が王城に遊びに来ている時は中庭などでごっこ遊びをしたりするのだけれども、彼等は何時も王城に居る訳でもなくて。

 目ぼしい遊び相手が居ない時のルキナの「お楽しみ」は城内探検である。

 勿論、「危ない」と大人達に止められている場所には近付かない様にと約束して、だ。

 ルキナは自分の「好奇心」よりも「約束」を守れる『良い子』なので、大好きなお父様とお母様も、ルキナの小さな冒険を微笑ましく見守っていてくれるのであった。

 

 お気に入りのポシェットに可愛いハンカチと美味しいクッキーを入れて、今日もまたルキナは探索に出掛ける。

 今日は西の塔を探検しようか、それとも広い広い裏庭を冒険しに行こうか。

 どれもこれも、考えるだけでワクワクしてしまう。

 湧き上がる好奇心から軽く跳ねる様に、ルキナは王城の長く広い立派な廊下を駆けていく。

 廊下にパタパタと響く小さな足音は、小さなお姫様の冒険を微笑ましく見守る周りの大人達の頬を優しく緩ませているのであった。

 

 ルキナがあちらこちらを探検しながら歩いていると、曲がり角の所に見覚えのある蒼い後ろ髪が揺れて消えた。

 

 大好きなその人の名前を呼んで一目散に駆け寄ろうと初めは思ったルキナであったが。

 どうにもちょっとした悪戯心が擽られてしまった。

 見失わないようにしつつも足音を出来るだけ立てない様に用心して、曲がり角の向こうに消えたその人を追う。

 曲がり角の向こう、その先を少し行った所。

 そこにある一つの部屋の扉前に、そのドアノブへ軽く手を掛けながらもそのまま扉を開ける事もなくそこに佇んでいるその人を見付ける。

 

 何時もはどんなにルキナが頑張って忍び寄ろうとしても、目敏くルキナの接近を見破ってしまうのだけれども。

 何故か今は何か考え事をしている様で、ルキナの存在にまだ気が付いてはいなさそうであった。

 これをチャンスと捉えたルキナは、ある程度までそろそろと気配を殺して近寄ってから、一気に床を蹴ってその人の腰に抱き着く様にして飛び掛かる。

 

 

「ルキナおねーさま!」

 

「えっ、ええっ!?」

 

 

 ギュッと思いっきり抱き着いて、ルキナが名を呼ぶと。

 『ルキナお姉さま』はルキナの突然の襲来に驚いた様に目を白黒させて、ルキナを抱き止めてくれた。

 

 

「えへへ、おひさしぶりです、ルキナおねーさま!」

 

 

 久し振りに会えた事が嬉しくて、ルキナがニコニコと笑ってその顔を見上げると。

 ルキナよりもうんと背の高い『ルキナお姉さま』は、静かに微笑んでルキナの頭を優しく撫でてくれる。

 

 

「お久し振りです、ルキナ。

 また大きくなりましたね」

 

「はい!

 はやくルキナおねーさまみたいにおおきくなれるように、まいにちいっぱいたべて、いっぱいねてますから!

 お父さまもお母さまも、ルキナがいっぱいおおきくなってくれてうれしいって、いつもいってくれます!」

 

「そんなに焦って大きくなろうとなんて思わなくても、あなたもきっと立派に大きくなれますよ」

 

 

 同じ名前と同じ髪色の『ルキナお姉さま』は、ルキナにとって憧れのお姉さんであった。

 優しくて、ルキナの事を沢山分かってくれる。

 ルキナにとっては、まさに理想の『姉』の様であった。

 自分同じ名前で同じ髪色だと言うのも、ルキナにとってはとても親しみを覚える要素であった。

 幼い頃から知っているだけに、ルキナにとっては『ルキナお姉さま』が自分と共通するものを多く持っている事は何ら違和感を抱く様なものでもない。

 

 何時もは何処かを旅しているらしく、『ルキナお姉さま』が王城に居るのは季節の変わり目のほんの一時で。

 だが、会う度に様々なお話をしてくれたり遊び相手になってくれたりする『ルキナお姉さま』は、ルキナにとっては何時も待ち焦がれている相手であった。

 今も、嬉しくて嬉しくて、思わずはしゃいでしまう心をルキナは抑えきれずにいる。

 

 

「わたし、ルキナおねーさまのおはなしを、またたくさんききたいです!

 だからこんどこそ、もっとたくさんおはなししたりあそんだりしてくださいね!」

 

「……私はあまりここに長居は出来ませんが……。

 いえ、大丈夫ですよ、そんなに直ぐに居なくなったりする訳でもありませんから。

 ですから、そんな顔をしないで下さい、ね?」

 

 

 折角会えた『ルキナお姉さま』が何処かに行ってしまうのかと、引き留めようとしたルキナが目を潤ませると。

 『ルキナお姉さま』は少し慌てて、その言葉から生まれた不安をを打ち消す様に、ルキナの頭を優しく撫でる。

 それにすっかり機嫌を直したルキナは、『ルキナお姉さま』が手を掛けている扉を指差して訊ねた。

 

 

「ルキナおねーさまはここでなにをしていたのですか?

 ここは、お父さまがだいじにしているおへやですよ?

 ルキナおねーさまも、ここになにかごようじですか?」

 

 

 その部屋がお父様にとっては特別に大切な場所であるのだと言う事はルキナもよく知っていた。

 だけれども、その部屋は今は何かに使っていると言う訳ではなさそうで。

 ルキナにとっては机にも床にも沢山の本が置いてあると言うだけの部屋だ。

 

 しかし時折、この部屋に入ってから少しして出てきたお父様が、少し寂しそうな顔をしているのがルキナの心に何時も引っ掛かっていた。

 ただ、その理由をお父様に直接訊ねた事は無い。

 何故だか、その「寂しさ」の理由には、あまり触れない方が良い様な気がしたのだ。

 

 ルキナの問い掛けに『ルキナお姉さま』は、まるでこの部屋から出てきた時のお父様の様な……いやそれよりももっと寂しそうな顔をする。

 

 

「ここは…………私にとっても、大切な部屋でしたので。

 つい、ここに来てしまったんですよね。でも──」

 

「わあ! ルキナおねーさまにとってもたいせつなおへやだったんですね!

 ルキナおねーさまなら、このおへやにはいっても、ぜったいだいじょうぶです!

 お父さまだって、ルキナおねーさまの「たいせつ」なら、ぜったいゆるしてくれますから!」

 

 

 善は急げとばかりに、ルキナは『ルキナお姉さま』の手を引っ張ってその部屋へと入る。

 

 相変わらず、その部屋の中は本だらけであった。

 しかもそこにある本の何れもがルキナが好む様な物語の絵本やらとは全く違い、分厚くてルキナには重た過ぎるし、何が書いてあるのかもルキナには全く分からない。

 ルキナにはよく分からない事が沢山書かれている紙も沢山散らばっていて。

 ルキナはこの部屋に入る度に、「ここはどうしてこんなにも散らかっているのだろう?」と思ってしまうのだ。

 ルキナだって、オモチャはちゃんと遊んだらオモチャ箱に戻して「お片付け」するのに。

 この部屋を使っていた人が居たのなら、その人はよっぽど「お片付け」が出来ない人だったのか、或いは「お片付け」が間に合わない程に「散らかしやさん」だったのだろう、とルキナは内心勝手に思っていた。

 

 だが、そんなルキナの反応とは対照的に『ルキナお姉さま』は、部屋に入るなり酷く懐かしそうな眼差しで、あらゆる所に散乱した本や紙を見詰めていた。

 床に落ちていた紙を拾ってそこに書かれている文字を宝物に触れる様に優しくその指先でなぞっては、寂しさを湛えた眼差しをそっと伏せる。

 

 この部屋を使っていた人が、お父様や『ルキナお姉さま』にとって、とても大切な人だったのだろうか? と。

 ルキナは幼い心ながら、ふと考える。

 

 一体その人は誰なのだろう。

 この部屋に入るのは殆どお父様だけなので、きっと今は王城に居ない人なのだろうけれど。

 お父様や『ルキナお姉さま』にとってそんなに大切な人なら、どうして今ここに居ないのだろう。

 ルキナは幼い心ながらに、そう考えていた。

 

 

「ここのおへやをつかっていたのは、お父さまとルキナおねーさまのおともだちだったんですか?」

 

 

 幼い子供特有の、ルキナの何の裏心も無い問い掛けは、『ルキナお姉さま』の眼差しに静かな翳りを落とした。

 しかし、感情の細かい機微や含みを察するにはまだまだ幼いルキナはそれには気付けなくて。

 問い掛けたのに黙ってしまった『ルキナお姉さま』の顔を、心配したルキナは覗き込む様に見上げる。

 すると、覗き込んでくるルキナと目があった『ルキナお姉さま』は、ゆるりとその瞼を一度閉ざし何かを呟いたかの様に僅かにその唇を震わせた。

 が、再び目を開けてルキナへと向ける眼差しには、先程とはまた別の静かな哀しみが溶け込んでいて。

 

 

「……そう、ですね。

 ええ、とても……とても大切な人でした。

 私にとって、誰よりも特別な……」

 

 

 その少ない言葉に秘められた深く強い想いには、幼いルキナはまだ気付けない。

 ただ、そんなに『とても大切な人』が今は居ないのは、『ルキナお姉さま』が可哀想だと、そう幼心に感じた。

 

 どうしてその人は、ここに居ないのだろう。

 『ルキナお姉さま』も、そしてきっとこの部屋を幾度となく訪れているお父様も、きっとその『とても大切な人』にここに居て欲しいと思っているのに。

 ……そんな事を、ルキナはぼんやりと考えていた。

 

 まだ幼く「死」などその世界に存在しないルキナには、『ルキナお姉さま』の力無い微笑みの影に沈んでいる「死」の別離の気配など、理解出来よう筈も無くて。

 もしかしてケンカして家出してしまったのか?

 それとも迷子になっているのだろうか?と。

 そんな想像しか出来なかった。

 

 だが、『ルキナお姉さま』がルキナの問い掛けの所為で悲しんでいる事は何となく伝わって。

 大好きな『ルキナお姉さま』を傷付けてしまったと思ったルキナは、慌てて別の話題に変えようとする。

 

 

「あの、ルキナおねーさま!

 いつもみたいに『おはなし』をきかせてください!

 わたし、いっつもたのしみにしてるんです!」

 

 

 『ルキナお姉さま』が語って聞かせてくれる、遠い国の景色だったり異国の昔話などの『お話』は、ルキナにとってのお楽しみの一つであった。

 会う度に『お話』をせがんでは、『ルキナお姉さま』を苦笑させてしまう程である。

 

 

「……ふふっ、良いですよ。

 丁度良いから、ここに座りましょうか」

 

 

 ルキナのおねだりに優しく微笑んだ『ルキナお姉さま』は、そう言って部屋にあった椅子を引いた。

 もう使われていない部屋ではあるけれど、小まめに掃除されているらしく埃っぽさなどは全く無くて。

部屋に散らばる本はともかくとして、椅子などの調度は綺麗な状態に保たれている。

 

 ルキナは『ルキナお姉さま』に用意して貰った椅子に座って足をぶらぶらさせながら『お話』を待った。

 

 

「さて、どんな『お話』が良いですか?」

 

「おひめさまとかおうじさまとかがでてきて、わるいものをやっつけたりする『おはなし』がいいです!」

 

 

 最近では伝説の英雄やらの『お話』を特に好んでいるルキナがそうリクエストを出すと。

 『ルキナお姉さま』「は暫し考える様な顔をして、そして「それなら」と呟いた。

 

 

 

「そうですね、では……。

 とある「お姫様」の『お話』をするとしましょう」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 それは遠い昔……。或いは、少しだけ「未来」の事。

 

 ある所に一人の「お姫様」が居ました。

 神様に見守られた豊かで平和な国に産まれ、優しい王様とお妃様に愛されて、「お姫様」はとてもとても幸せな毎日を過ごしていました。

 

 でも、そんな幸せもある日突然終わってしまいます。

 突然現れたとてもとても強くて恐ろしい『悪い竜』が、その国に襲いかかったのです。

 

 優しく勇敢な王様は、国や「お姫様」を守る為に『悪い竜』と戦い……そして二度とは帰って来ませんでした。

 そして、「お姫様」を守る為にお妃様も『悪い竜』の手下達と戦い……二度と帰らぬ人となったのです。

 ……そうして、王様もお妃様も喪ってしまった「お姫様」は、何時しか独りぼっちになってしまいました。

 

『悪い竜』は「お姫様」から家族を奪っただけではなく、沢山の人々から沢山の大切なモノを奪っていきました。

 王様の他にも沢山の勇敢な人々が『悪い竜』と戦いましたが、誰も……誰一人として帰って来ませんでした。

 誰一人として『悪い竜』を倒せる者はなくて、『悪い竜』はますます沢山の人達を苦しめました。

 お姫様の国だけではなく、砂漠の国も氷の国も、海の向こうにある沢山の国まで。

『悪い竜』は沢山の国を滅茶苦茶にしました。

『悪い竜』は世界中で暴れ回り、そしてそれだけ沢山の人々を苦しめたのです。

 苦しんだ人々は神様に助けを求めましたが、神様でも『悪い竜』は倒せませんでした……。

 

 それでも独りぼっちになってしまった「お姫様」だけは、『悪い竜』を倒す事を諦められませんでした。

 王様から受け継いだ伝説の剣を手に、来る日も来る日も『悪い竜』やその手下達と戦い続けていたのです。

 でも……『悪い竜』はあまりにも強くて、「お姫様」が何れだけ頑張っても全く歯が立ちませんでした。

 

 どんなに勝ち目が無くても戦い続ける「お姫様」の下に、ある日神様からの声が届きます。

 

 神様でも倒せない『悪い竜』を倒すには、『悪い竜』が現れる時よりも前に時間を遡って『悪い竜』が現れるのを防ぐ他に無い、と。

 そして、「お姫様」に過去に行って『悪い竜』が現れない様にしてほしいと、神様は「お姫様」に頼みました。

 

 過去を変えてしまう事に最初は「お姫様」も躊躇いましたが、『悪い竜』を倒すにはもうそれしか無い事と。

 大好きな王様とお妃様を助けられるかもしれない事を考えて、神様の言う通りにする事にしました。

 そして「お姫様」は、神様の力によって『悪い竜』が表れるよりも「過去」へと向かったのでした。

 

 

 「過去」にやって来て『悪い竜』が現れるのを防ごうとしていた「お姫様」が出会ったのは、「お姫様」が産まれたばかりの王様と、王様のお友達の「王子様」でした。

 王様に「王子様」なんてお友達が居た事を知らなかった「お姫様」はビックリしてしまいましたが、王様と「王子様」はとてもとても仲良しなお友達だったのです。

 

 「過去」を変えてしまう事に怯えながらも、「お姫様」は二人に「未来」で何が起きたのか、このままでは「未来」がどうなってしまうのかを語りました。

 それはまるで嘘の様な本当の話でしたが、王様と「王子様」は「未来」から来た「お姫様」の言う事を信じて、『悪い竜』が現れない様にしようと約束してくれました。

 

 でも、「未来」からやって来た「お姫様」にも、どうして『悪い竜』が現れる事になったのかは分かりません。

 だから、「お姫様」と王様と「王子様」は、旅をして『悪い竜』がどうして現れたのかを調べる事にしました。

 

 山を越えて、雪の国を越えて、果てない砂漠を越えて、大海原を越えて……。

 西へ東へ北へ南へ。

 「お姫様」達は、世界中の色々な所を冒険しました。

 

 そうして一緒に沢山の冒険をする内に、「お姫様」は優しい「王子様」の事が大好きになり恋をしました。

 でも、「お姫様」は本当なら未来に生きるべき人です。

 本当ならそこには居ない筈の「お姫様」が「王子様」と結ばれて良いのか、そんな事が許されるのか……。

「お姫様に」は分かりませんでした。

 だから、「お姫様」は中々「王子様」にその想いを告白出来ないまま、ずっと一緒に旅をしました。

 そして──

 

 「お姫様」達は、長い長い冒険の末に、『悪い竜』がどうして現れたのかを突き止める事が出来ました。

 そして、『悪い竜』が現れるのを防ぐ方法と同時に。

 ……『悪い竜』を「本当に」倒す方法も。

 

『悪い竜』が現れるのを防ぐ方法を選んでも、「お姫様」がやって来た「未来」の様にはなりません。

でもその平和はずっと続く訳ではありませんでした。

 「お姫様」の孫の更にその孫の……もっとずっと遠い子孫の時代の事になりますが、その時には再び『悪い竜』が現れようとしてしまうのです。

 ……それは、『悪い竜』が現れる「時」を遠い未来へと先延ばしにする事しか出来ない方法でした。

 

 でも、「お姫様」はそれでも良かったのです。

 何時か、「お姫様」の遠い子孫が『悪い竜』によって苦しむ事になるのかもしれなくても……。

 

 何故なら、『悪い竜』を本当に倒す為には。

 「王子様」の命が、必要だったからです……。

 

 「王子様」が『悪い竜』を倒せば、『悪い竜』はもう二度と現れなくなります。でも、それと同時に。

「王子様」も、この世から消えてしまうのです。

 

 それを知った「王子様」は、自分の命と引き換えに『悪い竜』を滅ぼそうとします。

 

 「お姫様」も王様も、「王子様」を止めました。

 大好きな「王子様」の命と、遠い未来の誰かの笑顔。

 どちらも大切なその二つを秤に掛けて、「お姫様」も王様も「王子様」の命を選びました。

 でも、自分を引き止める「お姫様」と王様に、「王子様」は静かに微笑んで首を横に振ります。

 

 

「どうして?」

 

 

 「お姫様」は「王子様」に訊ねました。

「王子様」が『悪い竜』を倒してしまったら、『悪い竜』と一緒に「王子様」は消えてしまうのに。

 すると、「王子様」は優しく答えました。

 

 

「僕の大切な人の為にこの命が役に立てるのなら……。

 それは僕にとって、とても「幸せ」な事なのです。

 僕が『悪い竜』を倒す事で、「お姫様」と王様が幸せになれるなら、そして二人の子孫が幸せになれるなら。

 僕にとっては、それで良いのです」

 

 

 「王子様」は、自分の命を差し出す覚悟をもう決めてしまっていました。

 「お姫様」は、「王子様」のそんな決意を変えさせようと、胸に秘めていた想いを打ち明けました。

 

 

「王子様、どうか死なないで下さい。

 私は、「王子様」を愛しているんです。

『悪い竜』を倒せなくても、王子様が居てくれるだけで私は「幸せ」なのです。

 だから──」

 

 

 でも、「お姫様」の告白も、「王子様」を引き止める事は出来ませんでした。

 

 

「お姫様、僕もあなたの事を愛しています。

 だから、僕は『悪い竜』を倒さねばならないのです」

 

 

 そう言って、王子様は『悪い竜』を倒しました。

『悪い竜』はこの世から消え去り、それと同時に「王子様」の姿も消えてしまいます。

 …………その後には、「王子様」を喪った「お姫様」と王様だけが残されました。

 

 

 『悪い竜』が消えた後も「お姫様」は未来に帰らず。

 何時か「王子様」が帰ってきてくれるかもしれないと。

 そう願いながら、「お姫様」は「王子様」を探して、今も何処かでずっと旅を続けています。

 

 

 

 ……おしまい。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 『ルキナお姉さま』が話してくれたのは、「めでたしめでたし」では終わらなかった何とも不思議なお話だった。

 

 ルキナはまだ幼い頭をうんうんと悩ませながら、その『お話』について一生懸命に考える。だが……。

 どうしても「王子様」の行動には納得がいかなかった。

 だって、あまりにも「お姫様」が可哀想ではないか。

 

 

「「おひめさま」は「おうじさま」にあえたんですか?」

 

「……さあ、どうなのでしょう。

 お姫様の「その後」は、私にも分からないので……」

 

「じゃあ、じゃあ……「おひめさま」は「おうじさま」をずっとずっとさがしているんですか?」

 

 

 ルキナにはまだ、「死」と言うものはよく分からない。

 だが、それがとても遠くに行ってしまい、もう会えなくなる事だと言うのは、何と無く分かる。

 

 「お姫様」は、「死」んでしまった「王子様」の事をずっとずっと探しているのだろうか?

 何時か会えると信じて、ずっと待ち続けるのだろうか。

 ……それはあまりにも哀しい事なのではないだろうか。

 未来に帰る事も出来ず、ずっと……。

 それは、ずっとずっと頑張り続けてきた「お姫様」に対する仕打ちとしては、剰りにも残酷で哀しいモノである様にルキナには思えた。

 

 

「……きっと、そうなんでしょうね。

 「お姫様」には、「王子様」の事を忘れたりする事なんて、決して出来ませんから……。

 きっと、ずっと……ずっと探し続けるのでしょう」

 

 

 囁く様にそう答えた『ルキナお姉さま』のその横顔は、何処か哀し気であった。

 『ルキナお姉さま』がどうしてそんな顔をするのか、ルキナにはまだよく分からなかった。

 可哀想な「お姫様」に心を痛めているかもしれないし、それとはもっと違う理由なのかもしれない。

 

 

「どうして「おひめさま」は「おうじさま」をわすれられないんですか?

 どうして、「おうじさま」は「おひめさま」をかなしませるとわかっていて、そんなことをしたんですか?」

 

 

 どうしても我慢出来ずに、ルキナはそう訊ねる。

 すると、『ルキナお姉さま』は「そうですね……」と何処か遠くを見詰めながら答えた。

 

 

「それは、『愛』しているからですよ。

 「お姫様」は『愛』しているから、忘れられない。

 「王子様」は『愛』していたから、「お姫様」を悲しませると分かっていても、そうしてしまった……」

 

「……わたしには、わかりません。

 「おひめさま」にも「おうじさま」にも『あい』があったのに、どうしてしあわせになれなかったんでしょう」

 

 

 愛しあう二人が幸せになり『めでたしめでたし』で終わるお話は沢山ある。

 ルキナにはまだ『愛』はよく分からないものであるけれど、それでも『愛』と言うモノが素晴らしいものである事は幼心にも理解は出来ていた。

 だからこそ、ルキナは納得出来ないのだ。

 愛し合っていたのなら、どうしてそんな哀しい結末になってしまったのか、と。

 何故、『めでたしめでたし』で終われなかったのか、と。

 「王子様」が自分で『悪い竜』を倒すのを諦めていれば、この「お話」は『めでたしめでたし』で終われたのではないのかと、ルキナはそう思ってしまう。

 

 

「……『愛』があるだけでは、どうしようもない事もこの世にはあるのですよ。

 ただ、「王子様」も「お姫様」も……どちらもお互いの事を心から想っていたのは確かだと思います」

 

 

 『ルキナお姉さま』はそう言うけれど、ルキナにはやっぱり納得は出来なかった。

 相手を想っていたのだとしても、それで「幸せ」になれなければ、「王子様」も「お姫様」も可哀想であった。

 そんな「結末」、「お姫様」も「王子様」も望んでなんていなかったであろうに……。

 だからこそ、幼心に「やりきれなさ」を感じる。

 

 

「でも、……でも……。

 それでも、「おひめさま」がかわいそうです……。

 だって、それじゃ「おひめさま」が「しあわせ」になれないです……。

 「おうじさま」だって……」

 

「……そう、ですね。

 でも、「お姫様」にとっては、「王子様」に出逢えた事、「王子様」に恋をした事、「王子様」を愛した事、そして。

 ……「王子様」に愛されていた事……。

 それだけでも、とても「幸せ」な事だったんですよ。

 だから、決して「幸せ」な結末ではないのだとしても、それは「不幸せ」な結末じゃないんです……。

 だって、「お姫様」は「王子様」の事を想いながら、ずっと探し続ける事が出来るのですから……」

 

 

 『ルキナお姉さま』の言葉は、ルキナには難しかった。

 お姫様の気持ちも。

 そしてそう、お姫様の事を語る『ルキナお姉さま』の気持ちも。

 ルキナには理解出来ない。

 

 

「「おひめさま」は、「おうじさま」をずっとさがしつづけるのがつらくないんですか?」

 

「……辛くない、苦しくないと、哀しくない……と。

 そう言えば、確かに嘘になるのでしょう。

 それでも……「王子様」を忘れてしまう事の方が、「王子様」を諦めてしまう事の方が。

 ずっとずっと……「お姫様」には辛い事なんですよ」

 

 

 それが、『愛』と言うモノなのだろうか。

 ならばやっぱりルキナには『愛』と言うモノを理解する事はまだまだ難しいのだろう。

 でも、今のルキナにだって分かる事はある。

 

 

「「おひめさま」がどうなったのかはルキナおねーさまにもわからないんですよね?」

 

「ええ、私もそこまでしか知らないのです」

 

「なら、「おひめさま」は「おうじさま」にあえます!

 わたしは、そうしんじます!

 だって、お父さまがいってました。

『けつまつがわからないなら、それがかなしいおわりであるとはかぎらない』って! だから、ぜったいに。

 ルキナおねーさまもしらない「そのあとのおはなし」で、「おひめさま」は「おうじさま」にあえます。

 わたしは、そうしんじます」

 

 

 ルキナはそう言って胸を張った。

 

 「お姫様」と「王子様」の「お話の続き」を誰も知らないなら。ルキナたちが勝手に二人が『めでたしめでたし』で終われる様な「続き」を信じても良いのだ。

 誰も「続き」を知らないのなら、哀しい終わりの後に「幸せ」が待っている可能性だってちゃんとある筈だ。

 だから、それを信じればいいのだ、と。

 可哀想な終わり方をする「お話」を読んでくれる度に、お父様はそうルキナに教えてくれた。

 だからルキナは、自分が考えた『めでたしめでたし』になる「お話の続き」をルキナに語る。

 

 

「「おうじさま」をさがしつづけた「おひめさま」は、ながいたびのあとでようやく「おうじさま」をみつけます。

 そうしたら、「おひめさま」は「おうじさま」のほっぺををひっぱたいてあげるのです!」

 

「……ひっぱたく、のですか?」

 

 

 シュッシュッと空を切る様に平手を振ったルキナに、『ルキナお姉さま』は目を丸くした。

 

 

「ええ、お母さまがまえにいってました。

『かってなことをしておんなのこをかなしませるようなおとこのひとは、いっぱつひっぱたいてあげなさい』、と。

 だって、「おうじさま」は「おひめさま」をかなしませるとわかっててそんなことをしたんですから!

「おひめさま」は「おうじさま」のことをいっぱつひっぱたいてあげればいいんです!」

 

「な、成る程……。一発、ひっぱたく……。

 ふふ、考えた事も無かったですね……。

 でも、それも良いのかもしれません」

 

 

 何処か穏やかな顔で微笑んだ『ルキナお姉さま』に、「そうでしょ?」とルキナは胸を張って頷く。

 

 

「それから、「おひめさま」は「おうじさま」をギューッとだきしめて、いっぱいいっぱいキスをします!

 そして、ふたりはしあわせにくらしました!

 ほら、『めでたしめでたし』でおわったでしょう?」

 

 

 ルキナがそう語り終えると、『ルキナお姉さま』は柔らかく微笑んでルキナの頭をうんと優しく撫でてくれた。

 

 

「ええ、そうですね。きっと、……そうなるのでしょう。

 私も、そう信じます」

 

 

 そう言いながら、『ルキナお姉さま』は少し泣きそうな顔で……でも嬉しそうに微笑むのであった。

 

 

 その後、何時もの様に数日程王城に留まっていた『ルキナお姉さま』は、またフラりと何処かに旅へ出掛けた。

 『ルキナお姉さま』がどうして旅に出ているのかは、ルキナにはまだよくは分からない。

 前にお父様に訊ねた時には、「とても大切な人」を探しているのだと教えて貰った。

 ……何時かは、ルキナが「続き」を考えた「お姫様」の様に、『ルキナお姉さま』の旅も終わるのだろうか?

 そうだったら良いな、とルキナは心から思った。

 

 

 『ルキナお姉さま』が旅立ったその日の夜。

 ルキナは少し不思議な夢を見た。

 それは、「お姫様」と「王子様」の夢だった。

 

 夢の中では「お姫様」は『ルキナお姉さま』で、「王子様」はルキナの全然知らない男の人で。

 そして、二人はとても幸せそうにしていた。

『めでたしめでたし』でおわったその夢が、「お話の続き」の「本当」になったら良いな、と。

 ルキナはそう思いながらそっと微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

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