『FE覚醒短編集』   作:OKAMEPON

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『黄泉比良坂で振り返れば』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ほら、ルキナ……このお面を被っておこう。

 もし、王女様がここにいるってなったら、皆ビックリしちゃうからね」

 

 

 そう言って狐のお面を被った『     』が差し出してきたのは、猫のお面でした。

 それを受け取って言われるがままに被った私は、わくわくして待ちきれなくて、『     』を急かします。

 お城でのお勉強にちょっと飽きていた私は、お城の外で開かれているお祭りにどうしても行ってみたくなって、仲良しの『     』に我が儘を言ってしまったのです。

 私の我が儘に『     』は少し困っていましたけど、私が何度もせがんでいると終には根負けした様に苦笑いして、絶対に自分から離れない事を条件に、こっそりと街に連れ出してくれました。

 お城の中に居ても楽しげな声が聞こえてきたそのお祭りは、道行く人の多くが色んな仮装をしていて、とても不思議な感じがしました。

 私や『   』の様に動物や何かの生き物を模したお面を被っている人、耳や角の飾りを着けている人……。

 そこは確かに私も知っている王都の筈なのに、まるで知らない国に迷い混んでしまった様な気すらしました。

 

 

「今日はね、『あの世』と『この世』の境が無くなって、死んだ人が家族の元に帰ってくる日なんだって。

 だけど、そうやって『この世』に帰ってくるのは、良いお化けばかりじゃあない。子供を拐っていってしまうような、こわーいお化けも沢山帰ってくる」

 

 

 わざと少し脅かす様に言った『   』さんに、小さな私は彼の思惑通りにふるふると震えてしまいました。

 そんな私を見た『     』は、小さく微笑んで優しく頭を撫でてくれました。

 

 

「だから、そんな怖いお化けに拐われたりしない様に、『私もお化けなんですよー』とお化け達に教えてあげる為に、このお祭りの間はこうやってお面を被ったり、お化けの仮装をするんだよ。だから、お城に帰るまでしっかりとこのお面を被っていれば大丈夫さ」

 

 

 そう言って、『     』はお祭りの為に色取りどりに飾り付けられた街を一緒に歩きながら、沢山の説明をしてくれました。お祭りの間はお化けに扮した子供達が家を尋ねて回ってお菓子を貰えると言う事、そうしてお菓子をくれるお家は軒先にお化けの顔の様に彫られたカボチャやカブが置いてある事。

 お祭りの屋台で売られていたお菓子などを時々買って食べ歩きながら、私と『     』はお祭りを目一杯に楽しんで、お城に帰ったのでした……。

 

 あのお祭りが何の祭りだったのか、今となってはそれはもう思い出せないくなってしまいました。

 あの日の記憶は薄れ擦り切れ、『     』と何を話たのかすらもう朧気で。あの日『     』から貰ったあのお面は、大切にしていた筈なのに失くしてしまって。

『       』の顔も声も、もう忘れてしまい、誰だったのか……どんな人だったのかももう分かりません。

 それでも、その人と一緒に過ごしたその時間がとても幸せなものであった事だけは、今も私の心の片隅に、大切な『思い出』として残されているのです……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「ハロウィン、ですか……?」

 

 

 世界の命運を賭けた邪竜との戦いも、邪竜の完全なる消滅と言うこの上ない人間側の勝利で幕を閉じた。

 ヴァルム帝国との戦争が終結して間を置かずして甦った邪竜によって齎された災厄の爪痕も、各地の復興により少しずつ癒え始めていて。

 邪竜討滅の最大の功労者であるイーリスの軍師ルフレも無事に生還したと言う事もあって、各地の……特にイーリスの戦後の復興は益々順調に進んでいた。

 

 本来ならばこの世界に居るべきではないのだから、ギムレーの討伐を見届けた後はひっそりと身を隠してこの世界から去るつもりであったルキナであるが。

 恋人であるルフレが邪竜消滅の為にその身を捧げて生死不明となってしまったが故に、彼が生還する所を見届けるまでは……とそう思ってしまい。

 そして彼が帰ってきてからもそのままズルズルとこの世界に留まる事になってしまっていた。

 ルキナが何時かこの世界を去ろうとしていたのはルフレにとってはお見通しであった様で、戦後復興を手伝うと言う名目で各地に駆り出されている内に、この世界にとっては異物である筈の自分に何時の間にやら確りとした居場所ができてしまっていたのだ。

 それでも……と悩むルキナに、ルフレは「ルキナがこの世界を去ると言うのなら、僕はそれに付いていくから」とまで言い放ってきたのだ。

 ルフレはこの世界の『父』に、この国に、この世界にとって掛替えの無い人であり、それを自分の一存で奪ってしまう訳にはいかない……とルキナは思ってしまった。

 ……そのルフレの言葉を体の良い『言い訳』にして、ルキナはこの世界に留まり続ける事を選んだのだ。

 

 ……本来ならばこの世界にとって異分子であるルキナは、此処に居るべきではない。

 有り得べからざる、もう一人の王女、聖王の血統の証をその瞳に刻むもう一人の神剣を継ぐ者。

 それは何時か、折角邪竜の脅威を退けて平和を手にしたこの世界に禍をもたらしてしまうかもしれない。

 そうでなくとも、この世界の本来の『ルキナ』に対してどんな悪影響があるか…………。

 そう、思っていた。

 

 だから、身を隠し異界へ去ろうとしていたのだけれど。

 ……それでも、決して拭いきれない未練があるのだ。

 この世界は、ルキナにとって理想そのものなのだから。

 

 父が生きている。母が生きている。

 世界は救われ、この世には命が咲き誇っている。

 ……ルキナ達が何れ程あの『絶望の未来』で足掻いても決して手に出来なかった全てが、ここにあるのだ。

 見捨てる事しか出来なかった『未来』。救われた『過去』。

 そこにある残酷な差に、心が痛む事はあるけれども。

「憧れ」が、求め続けていたそれが、そして……愛しい人が居るこの世界に……未練が無い訳なんて無い。

 願わくば、叶う事ならば。ずっとこの世界に居たいと……そう心の奥底の願いを殺す事なんて出来なかった。

 ルフレは、ルキナが抱いていたそんな未練を、しっかりと見抜いていたのかもしれない。

 だからこそ、ルキナに優しく都合のいい『言い訳』を用意してくれたのかも、しれない。

 ……きっとルフレに訊ねた所で、「僕はルキナの傍に居たいだけだよ」なんて、そう言うだけだろうけども。

 

 そんな事情もあり、ルキナはこの世界に留まりながらルフレと忙しくも幸せな日々を送っていた訳なのだけど。

 突然ルフレの口から出てきた「ハロウィン」なる言葉に、ルキナは思わず首を傾げてしまった。

 

 

「そう、ハロウィンのお祭り。

 丁度今日の夜からなんだよね。

 ルキナはハロウィンを知っているかい?」

 

「……いいえ……」

 

 

 ハロウィン……。

 ルキナの記憶の中にはそんな名前の祭りは無かった。

 ……もしかしたら有ったのかも知れないけれど……、ギムレーが甦った『絶望の未来』では、そもそもお祭りなんて行う様な余裕が人々には無くなっていたのだ。

 幸せだった幼い頃の記憶は、『絶望の未来』で戦い続ける内に擦りきれて何時の間にか朧気になってしまった。

 そこにあった筈の楽しく幸せな記憶の多くは、記憶の奥底に沈みきってしまっている。

 忘れたにしろ知らないにしろ、今ルフレに言われたそのお祭りに何一つとしてピンとは来ないのは確かだ。

 

 

「……そっか。

 まあ、ハロウィンは結構庶民的なお祭りだからね。

 ルキナがあまり知らなくても不思議じゃないんだけど。

 それで、ハロウィンのお祭りと言うのは、……うーん……何て説明すれば良いかな……。

 一種の収穫祭みたいなものなんだけど、みんな仮装をするのが特徴の一つなんだ」

 

 

「仮装?」

 

 

 仮装と言われても、そう言うモノには縁遠いルキナとしては、そう言われてもあまりパッとは思い付かない。

 ある意味、かつての装い……『絶望の未来』に於いて尚、希望の象徴であり最高の英雄とされていた高祖マルスを模した服装も、一種の仮装であるのかもしれないが。

 

 

「仮装と言っても、お面を被るだけとか、本格的にお化けとかの格好をしたりとか、本当に色々なんだけどね。

 まあ、そんな感じでみんなで仮装してお祝いする。

 それで、これが普通の収穫祭とは違うのは、このお祭りの時には死者の魂も一緒にお祭りを楽しんでいる……って言われてるんだよ。

 ……まあ、僕には幽霊とかは見えないから、それが本当かどうなのかは分からないんだけどね。

 死者の世界と生者の世界が交差するお祭りだから死者達に誘われない様にだとか魔除けだとか、仮装する様になった理由は諸説あるんだけど、何せ古くからあるお祭りらしくてその理由は僕にも分からないんだ。

 取り敢えず、皆で仮装して楽しむお祭りだって思っておけば良いんじゃないかな」

 

「成る程、ハロウィンについては分かりましたけど……」

 

 

 何故それを今ルキナに言ってきたのだろうか? 

 ルフレの意図が掴めず、ルキナは戸惑うしかない。

 そんなルキナに、ルフレはふふっと小さく微笑んだ。

 

 

「なに、折角のお祭りなんだから、二人で一緒に楽しむのはどうかなと思ってね。

 二人でのんびりと時間を過ごすのも良いけれど、そう言ったお祭りに参加するのも良いものじゃないかな。

 ……戦争中はお祭りに行く様な時間も余裕も無かったし、その後も復興やら何やらで忙しかったからね。

 あまりお祭りに行ける機会が今まで無かったから、折角だからルキナと一緒にお祭りを楽しみたいんだ。

 ルキナは……お祭りは嫌いかい?」

 

「い、いえ……お祭りは好きですよ。

 その、世界が平和である事を肌で感じられますし……。

 ただ、……私もあまりお祭りとかに行った事がなくて、……どんな風に楽しめば良いのかよく分からないんです」

 

 

 王族であるルキナは、幼い頃は殆どの時間を王城で過ごし、滅多な事では外には出られなかった。

 そしてギムレーが甦ってからは、お祭りなんてそもそも無くなってしまっていて……。

 結局、あの『未来』でルキナがお祭りに行けたのは、幼い頃にお忍びで行ったほんの一度だけだ。

 あの時のお祭りは、一体どんなものだっただろうか。

 その記憶は擦り切れて薄れ、詳しくは思い出せない。

 それでも、……幼い自分にとってとても『幸せ』な時間を過ごせた事だけはうっすらと記憶の中にある。

 

 

「そっか……。なら、尚の事一緒に楽しみたいな。

 ルキナにとって、お祭りで過ごす時間が楽しいものである様に……そんな楽しい思い出で一杯になる様に」

 

「私も、ルフレさんと一緒にお祭りを楽しみたいです。

 沢山の思い出を、一緒に作っていきたいんです」

 

 

 大切な人と共に時を過ごせるなら、それは絶対に幸せな時間となり、「幸せな思い出」になるだろう。

 きっときっと、二人の手が皺だらけになる様な、そんな遠い未来の何時かでも、擦り切れ色褪せても尚温かな「思い出」になる筈だから。

 人々の幸せそうな姿を見て、「平和」なその光景を見て。

 この「平和」を、この世界を。守れたその喜びを噛みしめる様に……そんな時間を過ごせるだろうから。

 それは、こうして考えるだけでも、とても素敵な事だ。

 

 

 

 夕刻に街で落ち合う約束を交わしたルキナは、期待から少し逸る思いでその場を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ルフレと約束した時間にはまだ大分早いけれど、ルキナは一足先に街へと向かっていた。

 道行く人々の多くは、仮面を被ったり或いは何かしらの仮装をしていたりと、確かにルフレが言っていた通りだった。

 

 ルキナはと言うと、どんな仮装をして良いのか分からずに、結局は何時も通りの服装でお祭りに参加していた。

 かつて身に付けていた英雄王を模した衣装を身に纏えば良かったのかもしれないが、ルキナとしてはあれには『仮装』と言うにはあまりにも重たい意味があり、……あまりこういった楽しく華やかな場には相応しい様には思えなかった。

 

 何とも不思議な雰囲気を与える飾り付けにあちこちを彩られた街並みは、まるで知らない世界に迷い込んでしまった様な印象をルキナに与え、それを魅入られた様に見て歩く。

 非日常感に包まれたお祭りの独特の熱気が辺りを支配し、人々を何処か幻想的な世界へと誘っていた。

 通りに立ち並ぶ屋台で売られている食べ物や飾りなどはどれもルキナにとっては目新しいもので。

 物珍しいそれらに誘われる様に、ルキナは屋台を辿るようにしてそのまま道を進んでいった。

 

 ふと周りを見ると手に持った籠にお菓子を溢れんばかりに詰めた子供達が、楽しそうに辺りを走り回っている。

 どの子供もみんな各々に仮装して、家々を訪ね回る様にして街中を練り歩いている様だ。

 これもハロウィンの祭りの行事なのだろうか? 

 お菓子を貰っては嬉しそうに笑い声をあげている子供達を微笑ましく見守りながら、ルキナはそう思った。

 大人たちはこれには参加していない様だから、子供達の為の行事なのかもしれない。

 

 …………ふと、ルキナの脳裏に甘いお菓子が大好きな盗賊の顔が浮かんだが……。

 まあ幾らお菓子に目がない彼とていい歳をした大人なのだ。

 子供達に混じってお菓子を貰おうとはしていないだろう。

 

 そんな事を考えながらルキナは、ルフレと約束した時間までの間に祭りの雰囲気を肌で感じようと街を見て回る。

 

 パレードか何かがあるのか、人が密集していて通り辛い場所があったので、そこを迂回するべく、ルキナは目に入った少し細い路地へと入ってそこを抜けようとする。

 

 黄色とオレンジの色鮮やかな花びらがまるで道を形作る様に撒かれたその路地へとルキナが足を踏み入れたその時。

 少し冷たく緩やかな風が辺りを吹き抜け、街の通りに飾り付けられた飾り達を静かに揺らしていく。

 

 その風に何かしらの反応を示す人はなく。

 

 そして……。

 細い路地へと入っていったルキナの姿がその場から忽然と消え去った事に、誰一人として気付く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 細い路地を抜けて通りへと出ると、先程の通りよりも更に派手に飾り付けられた街並みがルキナの目に飛び込んでくる。

 道行く人々は誰もがその顔を隠す様に仮面をしているのが異世界に来てしまったかの様な非日常感を醸し出していた。

 

 先程の通りとは異なり子供達の数は少なく、お菓子を手に走り回る姿は見られない。

 その変わり、大人達が皆仮面をしているのであった。

 どうやら立ち並ぶ屋台が売っている品々も、先程の通りにあったものとはまた別のモノらしい。

 様々な食べ物から装飾品の類まで、普段は目にしない様な多種多様なモノを売っているが、何故か値札は無い。

 その何れもに、ルキナは何故か強く心を惹かれて。

 屋台を一つ一つじっくりと眺めながら通りを歩いていく。

 

 道行く人々や屋台の店主達が、仮面の奥からルキナを見詰める眼差しは何処か少し異質ではあったけれど。

 きっと、ルキナだけ仮面を被ったり何らかの仮装をしていないからだろう、と。そう結論付けたルキナは、その視線に不快感や不安を抱く事はなかった。

 

 ルフレと合流したら、普段はしない食べ歩きと言うものをしてみるのもいいかもしれない、とルキナは思う。

 そして、その為にも目ぼしいものは無いかと見て回る。

 

 美味しそうな豆やトマトをふんだんに使ったスープ。

 この時期だと言うのに、瑞々しさで輝いている様にも見える橘や檸檬などの柑橘類やよく熟したザクロの実で作ったジュースやお菓子。

 芳しい香りを放っているのは桃だろうか? 

 街を彩るのは、見事な程に真っ赤なリコリスや白雪の様な百合や鮮やかなオレンジの花弁を揺らすマリーゴールドの花だ。

 

 街灯が明るく照らす夜道は、何故か薄ぼんやりと緑色の輝きに揺れている様で。

 見慣れた街並みである筈なのに全く違う世界であるかの様にも思えてくる何処か幻想的なその光景に魅せられながら。

 人の波に押し流される様にしてルキナはふらりふらりと通りの奥へ奥へと進んでいった。……そうする内にいつの間にか見慣れぬ場所にまで辿り着いてしまっていて。

 辺りを見回しても、そこが何処なのか全く分からなかった。

 道行く人々の誰も彼もが仮面を被っている為に知り合いが居るのかどうかも分からず、帰り道を見失った事に気付いたルキナが途方に暮れていると。

 近くに居た屋台の店主が明るい調子で声を掛けてくる。

 

 

「やあ、お嬢さん。ここは初めてかい? 

 なら、これを一つオマケしてあげるよ」

 

 

 そう言ってその店主が差し出してきたのはチョコレート菓子の様なものであった。鷺を象ったものなのだろうか? 

 今にも飛び立ちそうな躍動感に溢れたその鷺のチョコレートは、甘く美味しそうな匂いを漂わせている。

 

 

「今日獲ってきたばかりだからね、絶対に美味しいさ。

 さあ、一思いに食べてしまうと良いよ。

 あんまり手に持っておくと、その内逃げ出しちゃうからね」

 

 

 手の中のチョコレートがまるで生きているかの様に言う店主の言葉に少し驚いたが、そう言う売り文句なのだろう。

 早く食べる様にと店主は勧めてくるが、折角なのだからルフレと一緒に食べたくて、ルキナは店主の言葉には曖昧な微笑みを返した。それに、今はチョコレートよりも、ルフレとの待ち合わせの方が大切である。

 このまま道を見失ったままでは待ち合わせに遅れてしまう。

 それでは、ルキナの為に折角忙しい中で時間を空けてくれたルフレに申し訳ない。

 

 何処かルキナにも分かる通りに出られる様に、この店主に道を尋ねてみようと、ルキナは此方をニコニコとしたままジッと見てくる店主へと声を掛けようとした。

 

 

「あの、すいません、道を──」

 

 

「ルキナっ!!」

 

 

 しかし、道を尋ねようとしたその言葉は、聞き馴染んだ声が自分の名を呼んだ事で遮られた。

 そして、人の波に逆らう様に人ごみを押し退けて、見慣れたコート姿の男がルキナの方へと急いでやって来る。

 

 

「ルフレさん!」

 

 

 まだ待ち合わせには時間はあるかと思っていたけれど、約束の時間に待ち合わせた場所に居なかったから、態々探しに来てくれたのだろうか? 

 服装は何時も見慣れているそれそのままであったが、何故かルフレは狐を象ったお面を身に付けてその顔を隠している。

 そして、狐の面で顔を隠したまま、ルフレは慌てた様にその懐から猫のお面を取り出してルキナへと差し出してきた。

 

 

「ルキナ、急いでこのお面を付けて顔を隠すんだ」

 

 

 かなり焦った様にそう急かすルフレに言われるままに、お面を受け取ったルキナはそれで顔を隠す。

 猫のお面は何故かルキナにピッタリで、……初めて見る物の筈なのに何処か懐かしい感じがした。

 

 

「どうしたんですか? 急にお面なんて……」

 

「詳しい説明はまた後でするから……。

 とにかく、今はここを離れよう。

 こんな奥まで来てしまったのはかなり不味いからね……」

 

 

 そう言って有無を言わさずにルキナの手を掴んだルフレは、人の流れに逆らう様にして通りを進み始める。

 通り過ぎる人々の視線が訝しむ様にルフレとルキナに突き刺さるが、ルフレはそれを一切気に留めようとはせず、何処かを目指して歩いていた。

 

 通り過ぎる屋台の食べ物がルキナを誘うように美味しそうな匂いを放っていて、折角だから何かルフレと一緒に食べたいのだけれども、ルフレは全く足を止めようとはしなかった。

 何時もなら、気を遣い過ぎる位にルキナの買い物に付き合おうとしてくれるのに。

 何故か、今日のルフレはルフレらしくない。

 しかし繋いだ手の温かさや大きさは間違いなく彼のモノで。

 その背中は何時も戦場でルキナを守ってきた彼のものだ。

 

 途中で細い路地に入ったり裏道の様な場所を通ったりと、ルキナが通った記憶は全くない道を辿っていくと、いつの間にか先程とは違う場所に来ていたが、何故かその空気は先程までの場所とは『何か』が違っていた。

 

 相変わらず道行く人々は全員仮面を被っているし、屋台が軒を連ねている事には変わりないのだけれども。

 それでも、先程まで居たあの見知らぬ場所と比べると、明らかに『雰囲気』や『空気』としか言えない何かが違うのだ。

 

 そこに辿り着き漸く足を止めたルフレは辺りを見回して、ホッと息を吐くように胸の辺りを撫で下ろした。

 そしてルキナへと振り返り、お面で顔を隠したまま、ルキナの頭を安心させる様に優しく撫でる。

 その手の温もりは……何故か泣き出してしまいそうな程の『懐かしさ』に溢れていた。

 その『懐かしさ』に戸惑うルキナに、ルフレは言う。

 

 

「ごめんね、何も説明せずに連れ回してしまって。

 でも、さっきのあの場所は本当に危険な場所だったんだ。

 ……特に、ルキナみたいな人にとっては、ね。

 でも、取り敢えずここまで来れば、道を間違えさえしなければ、何とか元の場所に帰れる筈だから……。

 大丈夫、必ず『僕』が帰してあげるから。

 君は、まだこんな場所に来ちゃいけないよ。

 念の為に聞くけれど、ここではまだ何も口にしてないよね?」

 

 

 ルフレのその言葉の端々に違和感を覚え、……しかし恐ろしさや警戒心と言ったものも感じ無い。

 だからこそ、その言葉の真意はよく分からないけど。

 酷く真剣な声音でそう訊ねたルフレに、ルキナは頷いた。

 折角のお祭りなのだからルフレと一緒に回りながら食べ歩きをしたかったし、何れだけ屋台に並ぶ品々に心惹かれても何も買ってないし食べてもいない。

 屋台の店主からチョコレートは貰ったが、それはまだルキナのポケットにしまわれている。

 しかし何故、ルフレはそんな事を訊ねるのだろうか? 

 

 

「……何も食べてないなら何よりだ……。

 もし一口でも『こちら側』のモノを食べてしまっていたら、ルキナもこっちに引き摺りこまれてしまっていたからね。

 貰ったチョコレートは僕が預かっておこう。

 これは、君は食べてはいけないものだから」

 

 

 そう言って、お面の下で安心した様に微笑んだルフレは、まるで幼い子供を褒める様な感じでルキナの頭を撫でた。

 ルフレには今までそんな事をされた事がないルキナは、思わず戸惑ってしまう。

 それに、ルフレの言葉が気に掛かる。

『こちら側』とは、一体どう言う事なのか……。

 

 ルキナが何の事情も呑み込めていない事を察したのだろう。

 ルフレは、「ああ……」と小さく呟いた。

 そして、辺りを見回して何かを確認し、ルキナだけに聞こえる様に囁き声の様な小声で話す。

 

 

「いいかいルキナ、よく聞いてくれ。

 ここは、君が本来居るべき世界じゃない。

 一言で言えば『彼岸』……『死者の世界』だ。

 君は、本来そう有り得る事では無いのだけれど、生者でありながら『死者の世界』に迷い込んでしまっているんだよ」

 

 

 到底信じられないその言葉に、ルキナは思わず驚愕の声を上げそうになるが、その口をルフレに素早く押さえこまれその声はくぐもったものとなり辺りに響く事は無かった。

 

 

「しっ、静かに……。

 ここに居る殆どの死者は、君が生者だとは気付いてない。

 今日は生者と死者の世界が交わる祭りの日だからね……。

 両者の境は随分と曖昧になっているものなんだ。

 それでも、死者たちが生者の世界の祭りに誘われ出ていく事はあっても、本来命ある存在がこちらに来る事は無い。

 だからこそ、誰もここに居る君が生者だとは思っていないだろうけれど……。それでも、念には念を入れた方が良い。

 隙あらば生者をこっちに引きずり込もうとするような……所謂『悪霊』みたいな連中だって少なくは無いからね」

 

 

 そして、「例えば」と言いながら。先程ルフレに預けたチョコレートをその手の中で転がして、それをポケットに入れた。

 

 

「無理矢理君にこちらの世界のモノを食べさせようとしたり。

 ……或いは、もっと奥にまで無理やり連れて行って、強引に生者の世界との繋がりを断ち切ろうとして、二度と帰れない様にしようとしてくる者も居ないとは限らないんだ」

 

「あの……あなたは一体……」

 

 

 ルフレだと思っていたけれども。

 しかし、その言葉が正しいならば彼は『死者』である。

 当然ながら、ルフレでは無い筈だ。

 ルキナの問いに、彼は少し寂しそうに笑った。

 

 

「僕は『ルフレ』ではあるけれど君の恋人のルフレではない。

 ……もう、僕の事は忘れてしまっているんだろうね……」

 

 

 狐のお面を少しだけずらしてそう微笑んだ彼のその表情に、強烈な既視感を覚えて。

 そして、記憶の片隅に静かに埋もれていたその『名前』が呼び起こされる。

 

 

 

「……『ルフレおじさん』……?」

 

 

「はは……懐かしい呼び方だね……覚えててくれたのかい? 

 ……まだ、僕の事をそう呼んでくれるんだね。

 ……有難う、ルキナ」

 

 

 記憶の中のその人と、目の前に居る彼の姿が重なる。

 遠い昔はうんと見上げていたその背は、あれからルキナが歳を重ねてきた結果、もう随分と近くなっていて。

 それなのに、彼は記憶の中の姿と何も変わらない。

 

 

「どうして、『ルフレおじさん』が此処に……」

 

「どうして、なのかは僕にも良くは分からないんだ。

 あの『未来』で僕はギムレーに覚醒させられて……、僕はギムレーの意志に乗っ取られた状態で、何も出来ないまま、『僕』が世界を滅ぼしていくのを見ているしかなかった。

 君を追い掛けてギムレーがこうしてこの世界に辿り着いた時も、……僕は何も出来なかった。この世界のルフレがギムレーを殺してくれた事で、僕は漸くギムレーから解放されて……その魂ごと消滅する筈だったんだけれど。

 この世界のルフレが、世界に還った影響からか、僕の魂もこうしてこの世界の『死者の世界』に流れ着いていた。

 それからは、この『世界』から君達を見守っていたんだ。

 この世界の『死者の世界』には、クロムや皆は居ないから、皆の分まで僕が君達を見守らなくちゃと思ってね」

 

 

 優しくそう語る『ルフレおじさん』のその横顔は、何処か寂しそうであった。それもそうか。

 この世界の『死者の世界』には、『ルフレおじさん』の……ルキナ達にとって本当の両親達であるクロム達は居ない。

 彼は、この『死者の世界』で独りなのだ。

 それは……とても哀しい事である様にルキナには思える。

 しかし、『ルフレおじさん』はそっと首を横に振った。

 

 

「クロム達に逢えないのは……確かに少し寂しいけれど。

 元々……僕自身の意志では無かったとは言え、あの世界を滅ぼしてしまったのは『僕』だから……。

 僕は、皆とは同じ場所には逝けなかっただろうね。

 地獄の炎に焼かれるか、魂が消滅するか、それしかない。

 ……でも、こうしてこの世界の『死者の世界』に流れ着いた事で、ルキナや皆の子供達を見守る事が出来る……。 

 僕はもう死者だから、生者の君達には何もしてあげられないけれど……。それでも、見守っている事なら出来るし、こうしてルキナを助けに来る事だって出来た。

 贖罪なんかにはならないし、そのつもりも無いけれど……こうして、君達を見守る事が出来るだけでも、僕にとっては本当に幸せな事なんだよ」

 

 

 そっと幸せそうに微笑んだ『ルフレおじさん』は、ルキナの思い出の中にあるままの温かな優しい人のままで。

 ……どうしてこの人が『ギムレー』として世界を滅ぼさねばならなかったのかと、……神の悪意や理不尽としか言い様の無いその運命が余りにも苦しい。

 

 ルキナにとって最愛の人であるルフレも辿り得たその運命は、余りにも残酷なものであった。

 世界を恨み憎み破壊したいと願う者など、彼じゃなくとも、世界には幾らでも居たであろうに……。

 その血を引き『器』たる資格があると言うそれだけで。

 この優しい人は全てを奪われ、……そしてその優しい心を穢され尽くし、何もかもを自らの手で全てを壊してしまった。

 

 きっと、父であるクロムは……いや、『ルフレおじさん』と共に戦った仲間たちの誰もが、『ルフレおじさん』を恨んだりはしなかっただろう。

 悪いのは『ルフレおじさん』ではなく、その身体を乗っ取ったギムレーであり……そしてギムレーを蘇らせたファウダー達なのだと、きっと死の間際でもそう思っていただろう。

 ……それでもそれはきっと、『ルフレおじさん』にとっては何の救いにもならなかったのかもしれないけれど。

 

 

「『ルフレおじさん』……私は……」

 

 

 何か……彼に何か伝えなくてはと、そう思い口を開くが。

 結局何も言う事など出来なかった。ルキナが思い付く様な慰めの言葉など、きっと意味は無いだろうから……。

 

 

「……さて、こうしてこのままここで立ち止まって長居するのも、生者である君にはあまり良くは無いからね。

 君が彼方に帰れる内に、早く行かないと」

 

 

 そう言ってルキナを導く様に『ルフレおじさん』が歩き出したのに釣られて、置いて行かれる事は無いのだろうけれど、ルキナもまた歩き出す。

 

 

「本来この世界には生者は来ないけれど、何事も例外と言うモノはあるんだ。もう余命幾許も無い様な……そんな死にかけた状態の人とか、或いは何らかの要因によってこちら側に惹かれ易くなっている人は、この世界に迷い込む事はある。

 特に今日は二つの世界が交わる日だからね……。

 

 

 そう言った人たちは特に迷い込みやすい」

 歩きながら『ルフレおじさん』はルキナに説明をしてくれる。

 それは、もうこうしてルキナが『死者の世界』に迷い込まない様にする為なのだろう。

 

 

「私が『こちら側に惹かれ易くなっている』……って。

 一体どう言う事なんですか?」

 

「ああ、それは……ルキナは、本来はこの世界に生きている存在ではないだろう? あ、いや。だからと言って取り立てて大きな問題がある訳ではないんだけどね。

 ただ、どうしても元からこの世界に居た存在と比べると、世界との結びつき……『生者の世界』での存在の確かさと言うのは少し薄くなってしまうものなんだ」

 

 

 何となく分かるので、ルキナはそんなものなのかと頷いた。

 時を遡り、本来在るべき時の流れからは外れて……。そんな風に『時の異邦人』となった事への弊害の一つや二つは元より覚悟していた事なのだ。

 ルキナ達は何時か、『世界を救う』為にでも時を捻じ曲げてしまったその「報い」を受けるかもしれないと思っていた。

 

 

「だから、何かの拍子に『死者の世界』に惹かれ易くなっているし、『生者の世界』との繋がりも切れやすくなってる。

 僕が君を見付けたあの場所は『死者の世界』でも随分と深い場所でね……奥に進んでいたら、ルキナは『生者の世界』との繋がりを喪って死者の仲間入りをしてしまっていたよ。

 それに、まだ口にはしていなかったとは言えこの世界の食べ物を手にしていたのはとても危険な事なんだ。

『死者の世界』のものを口にすれば、『死者の世界』から帰れなくなるからね……。そう言う「決まり」なんだ。

 まあ、何にせよ間に合って良かったよ」

 

「そうなんですね……有難うございます、『ルフレおじさん』」

 

「いや、礼なんて良いんだよ。

 こうして君の力になれたんだから僕にはそれで十分さ。

 でも、有難う、ルキナ」

 

 

 そう嬉しそうに微笑んだ『ルフレおじさん』の柔らかな表情が、ルキナの胸をどうしようもなく締め付ける。

 こうして『ルフレおじさん』と話している内に、擦り切れ忘れてしまった彼との思い出が色鮮やかに蘇って。

 ……そしてルキナは、幼い自分が何れ程『ルフレおじさん』に愛され大切にされてきていたのかを思い出したのだ。

『ルフレおじさん』との思い出は、どれも温かくて優しくて……幸せに溢れたものであった。

 あんなにも大好きだったのに、あんなにも大切だったのに。

 どうして自分は今まで『ルフレおじさん』の事を忘れてしまっていたのだろうか。

 

 確かに、あの『絶望の未来』では、幸せな記憶や優しい思い出は抱えて生きていくのは余りにも過酷過ぎて……。

 過去の事に心を囚われたままでは、その日を生きる事すら出来なかった。絶望の底なし沼に心を囚われてしまうから。

 だからこそ、思い出さない様に記憶に鍵を掛けたり、或いは擦り切れたそれらを心の奥底に沈めたのだけれど。

 それでも、声も顔も何もかもを忘れる様にして思い出さなかったのは、酷い裏切りである様にも思えるのだ。

 愛されていたのに、大切にされていたのに。

 ……しかし。

 

 

「……良いんだよ、ルキナ。

 僕の事なんか、忘れてしまって良かったんだ。

 どんな事情があれ、僕は君にとっての怨敵だったんだ。

 それに……君にとっての『ルフレ』は、もう僕じゃないだろう……?  ……こうして君が『死者の世界』に迷い込む事が無ければ、僕の事なんて思い出さずに済んだだろうに。

 君は、こんな過去の幻影なんかに囚われなくていい。

 僕の事を忘れていたのは、君にとってそうするのが一番良かったからなんだと思うよ」

 

 

『ルフレおじさん』は本心から思っている様な声音で言う。

 ……確かに、もうルキナにとって『ルフレ』と言う存在は『ルフレおじさん』の事を指すのではなくて。

 この世で一番大切で愛しい彼の事であった。

 ……それでも、本当にそれで良いのだろうかと思うのだ。

 

 ルキナが悩み落ち込んでいるのを察したのか、『ルフレおじさん』はふと優しく微笑んで、その話題を変える。

 

 

「……『死者の世界』の祭りでこうして仮面とかを被ったりするのは、互いを誰だか分からない様にする……という名目で、互いの柵を忘れる為なんだ。……例え死んでいても、どうしても生きていた時の様々な柵は残っているからね。

 せめて祭りの間だけは、憎しみ合う様な関係でもそれを忘れて共に過ごそう……と言う意味が込められているんだ。

 あとはまあ……そんな訳で祭りの時は、何かの仮面を付けてないとどうしても目立つからね。

 少しでも、ルキナが生者だとバレない様にするには、こうしてお面を付けているのが一番なんだ」

 

 

 成る程、『ルフレおじさん』が渡してきたこのお面にはそんな意味があったのか……とそう思うのとほぼ同時に、どうしてこのお面に『懐かしさ』を感じたのかを思い出す。

 そう、これは……。

 

 

「このお面……昔『ルフレおじさん』にお祭りに連れて行って貰った時に、頂いたものと同じ……」

 

「……よく覚えているね、そうだよ。

 懐かしいね……あの時も、ハロウィンのお祭りだった。

 クロムが居て、皆が居て……僕は、まだ自分の『運命』と言うものを知らなかった……そんな幸せな時間だった……」

 

 

 遠い目で何処かを見詰めて、『ルフレおじさん』は呟く。

 そこに映っているのは、『ルフレおじさん』にとっても『幸せ』だった時間なのだろうか……。

 

 

「……誰に謝って済む事でもない事も、……決して取り返す事もやり直す事も出来ない事である事も……それは痛い程に誰よりも分かっているけれど。……それでも、あの日々に戻れるなら……と、何度も思ってしまうんだ……」

 

「そう、ですね……」

 

 

 それが叶うならば、どんなに良いだろう。

 父が居て、母が居て、そして『ルフレおじさん』も居て。

 あの『幸せ』な時間がずっとずっと続いていたならば、と。

 どうあっても叶わない……そんな夢を幾度思っただろう。

 だが、そうやって夢を見る一方で。

 もうそこへは決して帰れない自分を認識してしまう。

 ……その『幸せ』の中には、『ルフレ』はいないのだ。

 

 

「……そうだね、ルキナには未来が……何処までも繋がっていく明日があるからね……過去に囚われてはいけないよ。

 過去に縛られるのは死者だけで十分だ。

 ここにいる僕は、ただの過去の残像に過ぎないから、君は僕なんかに囚われるべきじゃない。僕の事は、忘れなさい。

 ……それに。……その身に新たな命を宿せば、君がこうして『死者の世界』に惹かれる事はきっと無いだろうし。

 こうして出逢うのもこれが最初で最後になるだろうからね」

 

 

「新たなる命」と言う言葉に、ルキナの頬に朱が差した。

 思い当たるモノは沢山あるし、まあルフレとはそう言う関係なのだ……。彼との間に新たな命を授かる事は十分有り得る。

 だが、流石にそれを言われるのは気恥ずかしいのだ。

 しかも、ルフレと「同じ人」である『ルフレおじさん』に。

 思わず口籠るルキナに、『ルフレおじさん』は、心の底から楽しそうな笑い声を上げる。

 

 

「ふふ……良いじゃないか。

 誰か愛する人を見付け、そして命の環を繋げていく。

 それは、生きている者だけの特権だよ。存分に味わうと良い。

 沢山笑って、沢山泣いて、色々なものを見て、精一杯生きて……誰よりも幸せになって……。沢山の人達に、君を大切に想ってくれるくれる……愛してくれる人達に囲まれて。

 そして、その人生を、『幸せ』だったと心から感じて。

 君が『死者の世界』にやって来るのは、きっとそんな旅路の果てになるのだと……僕は信じているよ」

 

 

 そう言って『ルフレおじさん』は立ち止まった。

 その目の前には、細い道がある。

 何故か、その先には『生者の世界』……ルフレが居るルキナの生きるべき世界があるのだと、そう直感が囁いた。

 

 

「さあ、ルキナ、この先が君の世界だ。

 僕が見送れるのはここまでだからね。

 後は、決して振り返らず行きなさい」

 

 

『ルフレおじさん』の言葉にルキナは頷き歩き出す。

 そして、あと僅かで道を抜けようとしたその時、背後から『ルフレおじさん』の心から零れ出た様な声が聞こえた。

 

 

 

「ルキナ、君は今『幸せ』かい? 

 ……僕は、少しでも君の『幸せ』になれていたかい?」

 

「はい……!」

 

 

 

 きっと、本当はずっと訊きたかったけれど……最後まで面と向かっては訊けなかったのだろうその言葉に。

 ルキナは有りっ丈の想いを込めて、力強く頷いた。

 それが、もう生きている限りは出逢う事の無い大切な人への、せめてもの餞になると、信じて。

 

 その想いは、きっと届いた筈だ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ふと気が付くと、ルキナは見慣れた道に立っていた。

 周りには仮装した子供たちが走り回り、見慣れた王都の街並みがそこに在る。

 一瞬前までの、自分が何をしていたのか思い出せない。

 しかし、ふと頭に手をやると、何時の間にやら猫を模したお面がそこにあった。

 どうしてだか、そのお面を見ていると、胸に様々な感情が沸き起こり、苦しくなってくる。

 しかし苦しい位なのに何故だかとてもそれは温かくて。

 涙まで、零れ落ちてしまった。

 

 どうしてだか、とてもとても懐かしい……大切だった人の事を思い出す。

 

 

「『ルフレおじさん』……」

 

 

 ルキナの頬を伝い落ちる涙の雫を、緩やかで優しい風がそっと拭う様に浚って行くのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

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