『FE覚醒短編集』   作:OKAMEPON

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『何時かの未来から、明日の君へ』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 少し息が苦しくて、ルキナはそっと目を開けた。

 独りぼっちの部屋が、酷く寂しい。

 

 

「お父さま……お母さま……」

 

 

 小さく咳き込みながら、ルキナは小さな涙を零す。

 

 このまま、もしかしてずっと独りぼっちになってしまうのではないだろうか、独りぼっちのまま死んでしまうのでは、と。

 幼い心にそんな恐ろしさが忍び寄った。

 小さな体を呑み込んでしまった不安は、布団を被っても尚振り払えない冷たさで、ルキナの心を凍えさせていく。

 

 ……普通の風邪であった筈だった。

 まだ幼い故に身体がまだ丈夫ではないルキナは季節の変わり目などに時折風邪を引く事がある。

 だがそれは、何時もは少ししたら治るものだった。

 だけれども今回の風は少し拗らせてしまったのか、随分と熱が長引いてしまっていた。

 侍医達は、ただの風邪が少し長引いただけだと皆言って。

 熱冷ましの薬を飲まされた後に、大人しく眠る様に言った。

 その言いつけを守って、ルキナは大人しく部屋で寝ていた。

 だけれども、熱で体中が火照っている為にあまり寝付けなくて、こうしてぼんやりと起きてしまうのだ。

 すると途端にいつもはなんて事は無い筈なのに、急に独りの部屋が寒々しく感じてしまう。

 

 父の大きな手が恋しかった。母の優しい手が恋しかった。

 両親に、この手を握っていて欲しかった。

 そうすればきっと、この不安は何処かに消えるから。

 だけど、お仕事で忙しい二人にそんな我儘は言えなかった。

 ルキナは、「えらい子」だから、「いい子」だから……。

 両親を困らせてしまうと分かっているからこそ、ルキナはそれを口には出来なかったのだ。

 ……それでも、寂しくて。

 今にも涙がポロポロと零れそうになったその時。

 

 溢れそうな涙を、誰かの優しい指先が、そっと拭った。

 そして、ルキナの頭を誰かがそっと撫でる。

 そのひんやりとした手は、ルキナの熱を優しく冷ましてくれているかの様だった。

 ルキナ以外はこの部屋に誰も居ない筈なのに、そんな指先を感じた事に驚いたのだけれども。

 だけれども熱で朦朧とした頭では上手く考えられなくて。

 ゆっくりと火照った身体が冷まされていく心地よさに、うとうとと安らかな眠りの淵に沈んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 熱もすっかり下がったルキナは、晴れてベッドから抜け出す事を侍医達からも許された。

 侍医達も驚く事に、一晩ですっかり治ったらしいのだ。

 お勉強や剣のお稽古も再開され、すっかりルキナの日常が戻って来ていた、

 そして、今日の分のお勉強が終わったルキナが、広い城内の探検をしていると。

 中庭で仲良く立ち話している男女が目に入った。

 

 

「あ、ルフレさん! ルキナお姉さま!」

 

「おや」「あら」

 

 

 それが大好きなルキナお姉さまとルフレさんだと分かった瞬間、ルキナはルキナお姉さまに向かって駆け出して、飛び込む様に抱き着いた。

 ルキナお姉さまはそんなルキナの身体を、何時もの様に確りと抱き留めてくれる。

 

 

「風邪を引いていたそうですがもうすっかり治った様ですね。

 元気そうで何よりです」

 

「はい、ルキナはすっかり元気です! 

 ルキナお姉さまにおひさしぶりに会えて、うれしいです!」

 

 

 城にまで来る事は珍しいルキナに、こうして元気になった直後に会えるとは、今日のルキナはとても幸運だった。

 同じ名前を持つ彼女を、ルキナは歳の離れた実の姉の様に慕っていて、会えた時には何時も相手をして貰っていた。

 前は何かを探してよく旅に出ていた様だけれど、今はイーリスの王都にずっと住んでいるらしい。

 

 そんなルキナとルキナおねえさまのやり取りを、ニコニコと優しい顔で見守っているのは、ルフレさんだ。

 ルキナが生まれるよりも前からお父さまのお友達で、ルキナがまだ物心も付かない様な頃に在った大きな戦いで一時行方が分からなくなっていたらしいのだけれども、一年程前にイーリスに帰って来たらしい。

 今はこの城で、宰相見習いとしてその補佐をしているのだと以前お父様がルキナに説明していたけれど、そもそもルキナには宰相もその補佐の意味もまだよく分かっていない。

 ただ、お父様にとってとても大切なお友達で、そしてルキナお姉さまにとっても大切な人なのだと言う事がルキナにとっては何よりも大事な事だった。

 ルフレさんは、ルキナにもとても優しいし、無暗矢鱈に子ども扱いしてくる事もなく相手をしてくれるので大好きだ。

 ルフレさんはルキナお姉さまと結婚しているらしく、だから今までは色々な所を旅していたルキナお姉さまがイーリスで暮らす様になったらしい。

 旅をした先での話を聞くのもルキナは好きであったが、王都に住んだ事で前よりもずっと頻繫にルキナお姉さまに会えるようになった事の方が嬉しかった。

 

 ルキナが二人に相手して貰っていると、ふと少し離れた所でルキナ達をひっそりと見守っている人影に気が付いた。

 フードを深く被っているから、その顔はここからではあまり分からなくて……だけれどもその服装は何処となくルフレさんのモノに似ている気がした。

 もしかして知り合いなのだろうか? 

 

 

「あの、ルフレさん。

 あそこにいる人は、ルフレさんのお知り合いの人ですか?」

 

 

 その人を指しながら訊ねると。ルフレさんは。

 その指先の先を見て、周りを見て、そして首を傾げた。

 

 

「あそこ……? 

 少なくともこの周りには僕達しかいないと思うけど。

 そっちの方向に誰か居るのかな? 

 ルキナは目が良いんだね」

 

 

 ルフレはそんな事を言うが、この距離でそんな事を言うなんて有り得るのだろうか? 

 困惑してルキナお姉さまを見るけれど、ルキナお姉さまも不思議そうな顔をしている。

 

 

「だってほら、あの、あそこに、あの赤い花がさいている木の下、黄色い花の花だんのところにいるじゃないですか!」

 

 

 ルキナはそこを指すがどうやら二人には分からないらしい。

 そして、指さされたその人影はと言うと、驚いた様に辺りを見回して自分しかそこに居ない事に気付いたのか、慌ててその場から消えようとする。

 そして、その時ルキナは気付いてしまった。

 木の下に立っていた時は花壇に隠れて見えていなかったが。

 その人影は、「足元が浮いていた」のだ。

 そして、人影は壁を通り抜ける様にしてその場から消えた。

 それを見たルキナは驚きの余りプルプルと震える。

 

 

 

「ゆうれいさんだったんだ!!」

 

 

 

 初めて『幽霊』を見た興奮に沸き立つルキナを、ルフレさんとルキナお姉さまは戸惑う様に見ているのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 イーリス聖王国は実に千年以上もの歴史を誇る国だ。

 今のこの王城は何度目かの遷都の後に幾度も補修を重ねたもので、流石に千年の歴史がある訳ではないけれど。

 それでも、とても長い歴史のあるお城である事は間違いない。

 そして、往々にしてそう言った歴史ある場所には、『幽霊』などと言ったこの世の常識では説明出来ない存在や不思議な現象の数々の噂があるのである。

 そしてこのイーリス城もその例に漏れず、実に多様な伝説や噂が存在した。

 好奇心旺盛なルキナは、幽霊なりそう言った不可思議な現象なりを見てみたいと常々思っていたのだけれども、中々そう上手くはいかなくて。まだ幽霊を見た事が無かったし、そういった不可思議な現象にも遭遇した事は無かった。

 だからこそ、初めて遭遇した幽霊に興味津々になるのも当然の事であったのだ。

 

 初めて中庭で幽霊を見かけた直後から、ルキナは再びあの幽霊を見付けるべくあの手この手で幽霊を探し始めた。

 だが、何せとても広い城なのだ。

 普通に探すだけでもとても骨が折れるのである。

 それでも、ルキナは全く諦めなかった。

 来る日も来る日も幽霊を探し続けて、それが城内でちょっとした噂になり始めた頃に、ルキナは再びあの幽霊に巡り逢う機会を得たのであった。

 

 

 それは幽霊を探し始めて二週間程経った頃。

 ルキナは、その日も幽霊を探して城の中を探検していた。

 そして、初めて見た時には中庭の木の下に居たのだから、あの幽霊は木が好きなのかもしれないと思い立ち、ルキナは中庭でなく城の裏庭の方へと向かう。

 あまり人気の無い裏庭は何時も静かで、幽霊が好みそうな感じがする環境が整っていた。

 

 

「ゆうれいさーん、どこですかー?」

 

 

 しかし裏庭を回ってみても、幽霊の姿は無くて。

 だがそこでルキナは、子供特有の自由な発想で、幽霊は木の上の方に居るのではないかと思い立って、樹を登り始める。

 だが余り慣れていない事もあって、その動きは覚束ない。

 そして、手を掛ける場所を見誤ってしまったルキナは、バランスを崩してしまい、更には間の悪い事にそれに驚いた拍子にルキナは木から両手を離してしまう。

 

 

 ── おちちゃう! 

 

 

 反射的にルキナが目を瞑った瞬間。

 

 

 

『危ない、「ルキナ」!!』

 

 

 

 聞き覚えのある様な声がして、背中から落下したルキナの身体は、途中でふわりとした何かに抱き抱えられる様に、その落ちる速度を落として、ゆっくりと地面に背中から降りた。

 全く痛みの無い感覚に驚いたルキナが目を開けると。

 ルフレさん……によく似た誰かがとても心配そうな顔でルキナを覗き込んでいて。

 そしてその人は、ルキナが目を開けると、ほっとした様に胸を撫でおろしていた。

 

 

『良かった……間に合って……』

 

「……あなたは、『ゆうれいさん』ですか? 

 わたしを、たすけてくれたんですか?」

 

 

 ルキナがそう言葉を投げ掛けると、その人は驚いた様に目を丸くして、何度も何度もルキナの眼の前で手を動かす。

 ルキナの視線が自分の手を追い掛けている事を確認して。

 そして、その人は小さな溜息を吐いた。

 

 

『まさか本当に僕の姿が見えているなんて……。

 前までは君も確かに見えていなかった筈なのだと思うのだけれど、どうして突然君だけが見えたんだろう。

 今まで僕の姿が見えた人なんて誰も居なかったのに……。

 あ、えっと、僕が「幽霊さん」かどうかって事だよね? 

 ……どうなんだろうね……。

 正直な所、僕自身今の自分の状態をあまり理解していないんだ……。気付いたら、こうなっていたからね……。

 でもまあ多分、「幽霊」ってのは間違っていないと思うよ』

 

 

『幽霊さん』は、そう言った後で一つ咳払いをして。

 優しそうな顔から、少し子供を叱る様な顔をする。

 

 

『それはそうと、危ないじゃないか! 

 慣れても無いのにこんな木に登ろうとしたらダメだよ! 

 今回は僕が間に合ったから良かったものの……本来なら大怪我してたかもしれないんだからね! 

 いいかい、命と身体は大事にしなきゃダメだよ。

 もし「ルキナ」が怪我をしたら、お父さんもお母さんも悲しむだろう? 二人を悲しませてはいけないよ。

 だから、こんな事もうしちゃダメだからね。約束だよ』

 

 

 分かったかい? と言った『幽霊さん』にルキナが素直に頷くと、『幽霊さん』は優しく微笑んで右手の小指を差し出す。

 指切りをして約束しようと、ルキナも小指を伸ばすが……その指先は触れ合う事無く幽霊さんの手をすり抜けた。

 それに一瞬、ハッとした様に哀しそうな顔をした『幽霊さん』は、次の瞬間には何事も無かった様に指を引っ込める。

 

 

『駄目だね……つい、クセで……。

 今の僕は、誰かに触れたりするのは難しいんだった……』

 

「でも、さっきおちそうになったわたしをたすけてくれたのはゆうれいさんなんでしょう?」

 

『一応ね。ちょっとしたものなら動かせるし、物凄く頑張れば少しの間だけは触れられる。

 それでも、僕は落ちてくる君の身体をちゃんと受け止める事は出来なくて、落ちる速度をケガしない程度に緩めるのが精一杯だったんだ。難儀なモノだね。

 昔は、ちゃんと受け止めてあげられたのに……』

 

 

 そう言って、『幽霊さん』は少し悲しそうな顔をした。

 ルキナにはどうして彼がそんな顔をするのかは分からない。

 でも、その悲しくて寂し気な表情を見ていると、どうしてだかルキナの胸はキュッとなるのだ。

 それは、ルキナの生来の優しさ故であるのかもしれないし、……或いは彼に何か感じるモノが有ったのかもしれない。

 何であれ、ルキナは幽霊である彼に対して、「この人を放ってはおけない」と、そう感じたのだ。

 それは、彼が自分を助けてくれたからだとか、或いは彼が「幽霊」故に興味があるからなどの理由では無かった。

 ルキナにとっては、寂しさに苦しんでいる人に手を差し伸べる事には特別な理由など必要のないモノであったのだ。

 

 

「あのね、ゆうれいさん。

 ゆうれいさんはルキナとお友だちになってくれますか?」

 

『お友達……? 僕と、君が……?』

 

「はい! お父さまがいつも言ってるんです。

 さみしいとないている人がいたら、その人とお友だちになってあげられるような、『やさしさ』をもちなさい、って。

 だからゆうれいさん。ルキナとお友だちになりましょう! 

 そうしたら、ゆうれいさんはさみしくないです!」

 

 

 ルキナの言葉に驚いた様に目を瞬かせた『幽霊さん』に、ルキナはそう胸を張って言う。

 父からはよくそう言われて育ってきたのだ。

『幽霊さん』がどうしてそんなに寂しくて哀しい顔をしているのかは分からないけれど、ルキナが「お友だち」になれば少なくとも彼は一人ぼっちではなくなる。

 

 一人でいる事は寂しい事だ。そして、誰にも見て貰えない……誰にも気付いて貰えない事は、とても寂しい事だ。

 そう、父はよくルキナに言っていた。

 ならば、一人ぼっちで誰にも見付けて貰えなかった『幽霊さん』は、とても寂しいのだろう。

 でも、ルキナは『幽霊さん』の姿を見付ける事が出来るし、こうしてお話をする事も出来る。

 触れる事は出来なくても、出来る事はある。

 ならば、彼はもう独りではない。

 ルキナは、幼いながらもそう考え、彼の返事を待った。

 

 

『……お父様……そうか、君のお父さんがそう言ったのか。

 ……やっぱり、変わらないんだね、クロムは。

 こうして、分かたれた「未来」でも。

 ………………。

 小さなお姫様、どうか、僕とお友だちになってくれますか?』

 

 

 とても懐かしそうな、そしてほんの少し悲しそうな顔で、『幽霊さん』はそう言った。

 

 

「はい、もちろんです! 

 ルキナとゆうれいさんは、もうお友だちです!」

 

 

 こうして、ルキナに不思議なお友だちが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

『幽霊さん』とお友だちになったルキナは、それから色々な事を彼に尋ねた。

 彼の名前、どうして幽霊になってイーリス城にいるのか、本当にルキナにしか彼の姿は見えていないのかなど。

 まさに質問攻めと言っても良い程に様々な事を尋ねたのだが、彼はその全てにちゃんと答えてくれた訳では無かった。

 ルキナにしか幽霊さんの姿が見えず、その声も聞こえていないと言うのは直ぐにルキナにも分かったのだけれども。

 名前に関しては、何度訊ねても教えてはくれなかった。

『幽霊さん』で良いと、そう答えるばかりで。

 更には、どうしてルフレさんに似ているのか尋ねても、はぐらかされるばかりであった。

 どうして幽霊としてイーリス城を彷徨っているのかと言う部分も曖昧にしか答えてはくれなかった。

 

 

『僕は昔、ある人との「約束」を守ってあげられなかった。

 沢山の「約束」を破って、沢山傷付けて、あの子の大切なモノを何一つとして守ってあげられなくて……。

 だからなのかな、今もこんな姿で彷徨っているのは。

 罪滅ぼしになんてなりはしないだろうけれど……。

 それでもせめて、見守る事位はしたいんだ』

 

 

 そう言う幽霊さんの言葉の大半は、本人に詳しく説明する気が無い事もあってまだ幼いルキナには殆ど分からなかった。

 だけれども、彼がその事について酷く苦しんでいる上に悔いている事は、何となく分かった。

『幽霊さん』が守れなかった「約束」とは何なのだろう。

 そして、その約束をした人とは誰だったのだろう。

 そうルキナが訊ねてみても。

 

 

『もう、君には何の関係も無い事だよ。気にしなくて良い。

 ……もう、「未来」は分かたれたんだ。

 あの「約束」もまた、もう何処にも無い。

 君の未来は、沢山の「幸せ」に満ちているのだから……』

 

 

 そう言って『幽霊さん』は少し寂しそうに笑って。

 手を伸ばした所で彼の手は何にも触れられはしないのに、ルキナの頭を優しく撫でる様にその手を動かすのだ。

 ……その寂しさは、きっとルキナが傍に居ても、決して消える事は無いモノなのだろう。

 それが何となく、直感的に分かってしまうから。

 ルキナは、彼が答えようとしない事、答えたがらない事、そして答える彼が寂しそうにする事は、もう尋ねない事にした。

 父と母はよく、友達だからと言って相手の秘密や秘密にしておきたい事を全部暴こうとするのはいけない事だと言っていたし、ルキナも『幽霊さん』を悲しませたい訳では無い。

 

 ルキナの知りたい事を全て教えてくれた訳では無いけれども、『幽霊さん』はとても沢山の事を知っていて。

 ルキナに様々な事を語って聞かせてくれた。

 それは、ルキナお姉さまやルフレさんが話してくれた様なこの王城の外に在る世界の事だけでなくて、お勉強の事からルキナも知らなかった様な童話まで、実に様々で。

 こんなにも沢山の事を知っている『幽霊さん』は一体何者なのだろうと言う気持ちがむくむくと湧いてはきたが、それはきっと答えたくない事だろうからルキナは訊いていない。

 

『幽霊さん』はとても優しいお友だちであった。

 王女であるルキナは、基本的に城の外に出る事は出来ない。

 友達は他にも居るけれど、彼等は城に毎日居る訳では無い。

 そして、父や母は基本的に忙しくて一緒に過ごせる時間はとても限られているし、それはルキナにとって親しい大人であるルフレさんやルキナお姉さまも同様であった。

 だから、ルキナは先生達に師事して何かを学んでいる時以外は、大抵一人で過ごしていたのだ。

 だが、『幽霊さん』と友達になってからは大きく変わった。

『幽霊さん』はルキナが呼べば大抵何時でも逢いに来てくれるし、ルキナと一緒に時間を過ごしてくれる。

 一人でお城を探検するよりも『幽霊さん』と一緒に探検する方がずっと楽しいし、一人で本を読むよりも『幽霊さん』に語り聞かせて貰う方がルキナは好きだった。

 そして、一人で中々寝付けない夜には、『幽霊さん』がお伽噺や童話などを語り聞かせてくれたり、ルキナが眠れるまで子守歌を歌ってくれる事もあった。

『幽霊さん』はそう言った読み聞かせの為の物語や子守唄を、父よりも沢山知っていて。

 それは、彼が幽霊では無かった昔に、そうやって誰かに語り聞かせ、子守唄を歌っていたからなのだろうかと少し思う。

 ルキナを優しい眠りへと誘う時の彼のその表情は、慈愛に満ちた……しかし同時に何処か切なさも入り混じっていた。

 彼の優しさに、「ありがとう」と、そう感謝する度に。

 彼は、嬉しそうな、何故か少しだけ救われた様な顔をする。

 ……だけれども。そうしてルキナの夜は寂しくなくなったけど、彼にとっては果たしてそうなのかは分からなかった。

 ……幽霊は、眠らない。眠る必要が無いから、眠れない。

『幽霊さん』が何時ねているのか気になったルキナがそう訊ねた時にそう教えてくれた。

 その時は、夜も眠らずにずっと過ごせるのは悪い事じゃないんだろうなとルキナは思ってしまったのだけれども。

 彼は、誰もが寝静まった世界で、誰に触れる事も出来ないまま、ずっとずっと起きていなくてはならないのだ。

 ルキナが安らかな眠りに就いた後の彼は、独りぼっちだ。

 それはとても寂しい事なのではないかと、ルキナは思う。

 だけど、ルキナがそう言うと、『幽霊さん』は優しく笑ってそれを否定するのだ。

 

 

『僕にとっては、こうして平和な世界で、皆が安心した様に眠っている姿を見れるのは、とても幸せな事なんだよ。

 確かに、自分は殆ど何にも干渉出来ないし、誰にも気付いて貰えない、誰も彼もが僕の前をただ通り過ぎていくけれど。

 それはもう良い、僕にとっては寂しい事じゃないんだよ』

 

 

 ……と、そう微笑む。

 でも、ルキナがその言葉に頷く事は出来そうに無かった。

 もし自分が『幽霊さん』の様に誰からも……それこそ父や母にもその存在を気付かれず、そこに居ないかの様に振舞われたら……それはとっても辛い事だと思うのだ。

 ルキナは、自分なら、「誰か私に気付いて!」と声を張り上げるだろうし、その声が届かないならあの手この手で自分の存在を主張しようとするだろう。

 だけれども、彼はそう言う事はしようとすら思っていない様だった。やろうと思えば、何かモノを動かしたりして「そこに『何か』が居る」事は主張出来るのに。

 彼はそう言う事に自分の力を使おうとはしない。

 自分の姿が見えない人々に気付かれない様に、ほんの少し手助けをしているだけだった。

 あの日ルキナが彼に気付いて居なければ、彼はずっと独りで、生きている人たちの事を静かに見守っていたのだろうか。

 誰にも気付かれずに、誰にも気付かせずに、ずっと。

 それは、本当に寂しくない事なのだろうか。

 ルキナには考えても中々分からなかった。

『幽霊さん』とルキナの考え方や感じ方は違うのかもしれなくても、もし少しでも寂しいと感じているなら、お友だちであるからこそ、それを見過ごす事は出来ないのだ。

 でも、現実的にはルキナの他には、本当に誰も『幽霊さん』の事が見えないしその声は聞こえない。

 何度ルキナが『幽霊さん』がそこに居るのだと主張しても信じて貰えなかったし、今では『幽霊さん』はルキナの子供に特有な『想像上のお友だち』と言う事になっていた。

 そこに、彼は確かに居るのに。

 

 ルキナにはこんなにもハッキリと彼の事が見えるし聞こえるのに、どうして他の誰もがそう出来ないのだろう。

 どうして、ルキナだけしか彼を見付けられないのだろう。

 それが不思議でしょうがなかったし、それは彼自身にとってもそうだった様なので、その原因は分からなかった。

 

 そんな風に不思議な事は沢山あったけれど、ルキナが『幽霊さん』と楽しい日々を過ごす様になって、一月が過ぎ二月が過ぎ……そしてあっという間に半年近くが過ぎて行った。

 そして、ルキナの誕生日が近付こうとしていたその時に。

 別れが、突然に訪れたのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 それは、そろそろルキナの誕生日が近付いてきた夜の事。

 ルキナは何時もの様に『幽霊さん』と話をしていた。

 そして、そろそろ眠る時間だからと、ルキナが部屋に帰ろうとしたその時。

 横に居た『幽霊さん』の姿が、ルキナの視界から消えた。

 

 

「ゆうれいさん? どこですか?」

 

 

 ルキナは一瞬、『幽霊さん』が少し悪戯して何処かに隠れてしまったのだろうかと思った。

 だけれども、どれ程呼んでも探しても『幽霊さん』の姿は見付けられなくて。

 ルキナが思わず涙ぐんでしまうと、急に再び『幽霊さん』が姿を現した。だがその様子は何だかおかしい。

 

 

「ゆうれいさん! どこにいっていたのですか! 

 さがしていたのですよ!」

 

『いや、僕は……ずっと君の傍に居たよ。

 何度も声を掛けていたし、君のすぐ横に居た……。

 君が、僕の姿が見えなくなっていたんだ……』

 

 

 他の人達と、同じ様に。と。

『幽霊さん』はそう言って、寂しそうに微笑んだ。

 

 

『……もしかしたら、君がこうして僕の姿が見える様になっていたのは、本当に一時の偶然で……。

 ……君にとって、本来在るべき状態に、戻ろうとしているのかもしれないね』

 

 

 仕方ないね、とでも言いた気な彼に、ルキナは思わず食って掛かった。

 

 

「それじゃあ、またゆうれいさんが一人ぼっちになってしまうじゃないですか! 

 それなのにどうしてそんな風にわらっているんですか!」

 

 

 ルキナが『幽霊さん』を見付けられなくなると言う事は、また『幽霊さん』が独りぼっちになってしまうと言う事だ。

 話しかけても、目の前に居ても。

 ルキナは彼に気付けないし、だからこそ彼を「存在しないモノ」として扱うのだろう。

 そこに居ると言う前提で話してみても、彼の言葉が聴こえない以上はそれはただのルキナの独り言にしかならない。

 それは、……それはとても哀しい事だと思うのだ。

 とても辛くて苦しい事だと思うのだ。

 こうして友達になった筈のルキナから、そんな風に扱われる事は、他の人達に気付いて貰えない事以上に、彼にとっては苦しい事では無いかと、ルキナには思うのだ。

 それに、もしかしたら目の前に『幽霊さん』が居て、声も届かず姿も見付けて貰えない事に寂しそうな表情をしているのではないかと思うと、ルキナの胸は騒めき続けるだろう。

 その姿が見えないからこそ、その声が届かないからこそ。

 ルキナの想像の中での彼は、寂しそうな顔を浮かべ続ける。

 それは、とても辛い事だ。

 彼にとっても、そして何よりルキナにとっても。

 だからこそそれを、仕方無い事だと、そう諦める様に笑う事なんてルキナには出来ないのだ。

 

 だけれども、ルキナのそんな言葉に『幽霊さん』は少しだけ嬉しそうな顔で微笑んで、優しく諭す様に言う。

 

 

『……有難う、そう言ってくれて、嬉しいよ。

 ……でもね、……僕は、これで良いと思っているんだ。

 ……他の誰とも共有出来ないモノを見る事は、君にとってそう良い事では無い。

 僕はもうどうあっても「生きているモノ」にはなれない。

 ただそこに存在するだけの、ただの幻影の様なモノだ。

 ……そんなモノに関わり過ぎる事も、そしてそれに心を預け過ぎる事も、……君の「未来」に良い事では無いさ』

 

 

 他の人達と同じ様に、『幽霊』など見えない世界で生きられるなら、それが一番なのだと、『幽霊さん』は言う。

 ルキナには、彼の言っている意味もその意図も、全く分からなかった。彼がルキナの事を想って言っているのは分かったけれど、どうしてそんな事を言うのかは理解出来ない。

 それは幼さ故とも言えるし、……或いはそこまで自分の心を殺してでも誰かの事を考える経験はまだ無いからであった。

 

 彼を見付けられなくなるなんて納得出来る訳ないと、そうルキナは思っていたのだけれども、現実は非常なモノで。

 それからも、『幽霊さん』の姿を見失う事は増え、その頻度が増していく中でとうとう『幽霊さん』の姿が見えている時間の方がずっと少なくなっていって。

 傍に居る筈なのに、その姿は見えないし、声も聞こえない。

 それなのに、彼はそれを仕方ないと微笑むのだ。

 それが、ルキナにはとても悲しかった。

 

 

 そして、ルキナの誕生日がやって来たのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ルキナの誕生日のその日。

 両親だけでなく城中の皆が、ルキナの誕生日を盛大にお祝いしてくれていた。

 ルキナお姉さまは少し体調が良くないのか来れなかったけれど、その分のお祝いの贈り物をルフレさんが持ってきてくれて、ルキナはとても幸せな気持ちだった。

 何時もは忙しい両親も、この日ばかりは公務を手早く切り上げてルキナの為にずっと一緒に過ごしてくれて。

 寂しさなんて、ちっとも感じられない位の、そんな素敵な時間を過ごしていた。

 そして、もう眠る時間だからと、自分の部屋に帰った時。

 今日一日、一度も『幽霊さん』の姿を見かけていなかった事に気付いたルキナは、大慌てで彼の事を探した。

 

 もし、もうルキナが彼を見る力を喪ってしまったのなら、もう二度と逢えないのだろうか、お別れすら言えないままもう二度と彼の事を見付けられないのか、と。

 

 そう哀しく思い、直前までの皆に祝って貰えてとても幸せだった気持ちも萎んでしまい、泣き出しそうになったその時。

 ふわりと、ルキナの目の前に小さな花束が差し出された。

 驚いてルキナが見上げると、そこには『幽霊さん』が微笑む様な優しい顔で、小さな花束を差し出してきていた。

 

 

 

『お誕生日おめでとう、ルキナ』

 

 

 

 そう言って微笑む『幽霊さん』は何時も通りなのに。

 その姿は、ルキナの眼には何処か透ける様に不明瞭に見えてしまっていた。

 ……恐らくは、これがこうして彼の姿を目に映せる最後の時間なのだろうと、ルキナは誰に言われずともそう悟った。

 

 ルキナは、彼から花束を受け取って、それを抱き締める。

 これが、ルキナにとってはお別れになってしまう事が哀しくて、素敵な花束は何も心の慰めにならなかった。

 

 そんなルキナに、『幽霊さん』は少し苦笑して、優しくその指先でルキナの涙を拭った。

 ひんやりとした温もりの無いそれは生きている存在のモノでは無いけれども、確かにそれはルキナに触れた。

 それに驚いたルキナが彼を見上げると。

 彼は安心した様に微笑む。

 そして、優しくそっと包む様にルキナを抱き締めた。

 彼の腕は、手は、ルキナの身体をすり抜けず其処に在る。

 

 

『前に言っただろう? 物凄く頑張れば触れられるって。

 あまり長い間は触れていられないけどね』

 

 

 ルキナがあんまりにも驚くものだから、彼は少し楽しそうにそう説明した。

 生者のそれとは異なる……だけれども、確かに其処に感じるその感覚をどう言い表せば良いのかルキナには分からない。

 そして……その指先に、ルキナは確かに覚えが在った。

 それは……あの風邪を引いたあの日の……。

 

 

「あの……もしかしてゆうれいさんは、前にもこうしてルキナにふれてくれたことがありませんか?」

 

『前……? それは、ああ……そうか、あの君が風邪を引いていた日に……。

 そうだね、前にもこうして君に触れた事があるよ。

 熱が出ていて、とても苦しそうだったからね……。

 少しでも、熱を下げてあげようとそう思って。

 ああ……もしかして。あの時の影響で、君に僕の姿が見える様になったのかもしれないね……』

 

「とてもさみしくてこわかったあのとき、ゆうれいさんのゆびがまるでルキナをはげましてくれているようで……。

 とてもうれしかったんです。ありがとうございます」

 

 

 やっとお礼を言えた事を嬉しく思っていると、『幽霊さん』は少し泣きそうな顔をした。

 でもそれは、哀しい時の涙ではなくて、嬉しい時の涙の顔なのだろうと、ルキナには分かる。

 

 

『そうか……少しでも、そうやって君の助けになれたなら。

 僕にとってはそれ以上に嬉しい事は無いよ……。

 有難う、ルキナ……』

 

 

 お礼を言っているのはルキナの方なのに、何故か『幽霊さん』はそうルキナに感謝する。

 

 

『……僕はね、本当に本当に……沢山の酷い事をしてしまったんだ。……僕の望みじゃなかったとしても。

 僕を信じてくれた人たちを、誰も助けられなかった。

 僕はとても無力で、……無価値で……。

 こうして解放されても、「幽霊」である僕に出来る事なんて殆どなくて、精々があの子達を見守る程度だった……。

 それでも良いと思っていたし、こんな僕なんかが誰かの助けになれるだなんて傲慢な事は欠片も考えられなかった。

 ……でも、少しでも。

 僕は君に何かをあげられていたと……そう思っていても、良いのだろうか……。僕は、ほんの少しでも。

 ……君に、「幸せ」をあげられていたのかな?』

 

 

 そんな事を言ってくる『幽霊さん』に、ルキナは少しムッとなって、胸を張って答える。

 

 

「そんなの、あたり前じゃないですか! 

 ルキナは、ゆうれいさんとすごすじかんが、とてもとてもたのしかったんです! 

 ゆうれいさんがずっといっしょにいてくれたから、ルキナはぜんぜんさみしくなかったんです! 

 ゆうれいさんは、ルキナにいっぱい「しあわせ」をくれていました! それが分かってないゆうれいさんは、ちょっとおばかさんだとルキナはおもいます!」

 

 

 楽しくない筈など無かった、幸せで無かった筈など無い。

 幽霊さんは、そんな事も分からないのだろうか。

 

 すると、『幽霊さん』は嬉しそうに、救われた様に。

 ルキナには触れない涙を零した。

 

 

『そうか…………そうか……。

 有難う、ルキナ。本当に……。

 …………ねえルキナ、一つ、「約束」をしないかい?』

 

 

 そう言って『幽霊さん』はその右手の小指を伸ばす。

「約束」? とルキナが首を傾げていると。

 

 

『……これから、ルフレさんとルキナお姉さまのところに子供が生まれるんだけれど……出来れば、ルキナにはその子と仲良くしてあげて欲しい。

 そして、僕からはそんなルキナに、こうして花束を贈り続ける事を「約束」するよ……。

 姿が見えなくても、声が聴こえなくても。

 そこに、僕はきっと居るから。その証に。

 ……「約束」しても、良いかな……?』

 

「とうぜんです! ルキナお姉さまとルフレさんの赤ちゃんはルキナにとってきっと妹や弟のようなものですから! 

 だから、花たばの「やくそく」、わすれないでくださいね」

 

 

 ルキナは、彼の指先に自身の指先を絡めた。

 前は出来なかった指切りは、確かに結ばれて。

 それに、『幽霊さん』は心から嬉しそうに微笑んで。

 

 そして、ルキナの見ている世界から、まるで空気の中に溶けていくかの様に、彼の姿は消えていく。

 もう彼の姿は見えない、そして声も聞こえない。

 

 だけれども、ルキナの指先には、確かに彼との「約束」が残されているのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 あの日以来、ルキナは『幽霊さん』の姿が見えなくなった。

 声を掛けても全く何の返事も聞こえないし。

 呼び掛けても、そこに居るのかすら分からなくて。

 だけれども、今でも月の初めや何かお祝い事がある時には。

 ルキナの部屋の窓辺の小さな花瓶には、何時の間にか差出人不明の小さな花束が欠かさず活けられているのだ。

 それを、ルキナは何時も幸せな眼差しで見詰めている。

 

 ルキナの誕生日から少しして、ルフレさんとルキナお姉さまとの間に小さな女の子が生まれた。

『マーク』と名付けられたその子を、ルキナは妹の様に可愛がって、色々とお世話をしていた。

 今はまだ言葉も覚束無い程に幼いマークだけれど、そう遠くない内に沢山お話出来る様になる。

 その時には、ルキナのとっておきの。

『不思議なお友だち』の話を、してあげようと思うのだ。

 

 その日を心待ちにしながら、ルキナは窓辺の花束に微笑みかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

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