『FE覚醒短編集』   作:OKAMEPON

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『その喪失は天佑と成るか』

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 時の流れとは、過去から未来へと一方向に、戻る事も止まる事もなく、誰にも等しく訪れるモノではあるけれど。

 同じ時の長さであっても、そこにある重みは決して同じではない。

 同じく人であっても幼子と老境に差し掛かった者とでは、その一日の体感の長さが同じとは限らない様に。

 ヒトと、そうでない者とでは同じ時を歩めるとは限らないものであろう。

 長く生きても数十年……百年には届かぬ程度にしか生きられぬヒトと、幾千年も生き続ける竜。

 その両者が、時に対する価値観やその他の感性で共感し得るかどうかで言えば、決して容易な事ではない。

 種の違い……寿命の違いが、決して埋められない深い溝となって両者の間に横たわっているのだから。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 数多の異なる世界異なる時間から、後の世で“英雄”と呼び表される様な存在を呼び出し戦力としているアスク王国の特務機関。

 ルキナからしてみれば、二千年もの遥か彼方の過去の伝説の英雄であり遠い遠い祖先でもあるマルスや、異界より伝わりし神話や伝承の数多の英雄が一同に会しているこの場所は、些か居心地が悪いモノであった。

 ルキナもこの世界に呼ばれたと言う事は、未来ではルキナもまた“英雄”とされているのかもしれないけれど。

 それはルキナからしてみれば遥か彼方の未来の事であろうし、それにそもそも……ルキナ自身は“英雄”と呼ばれる様な偉業を成した訳では無いと……そう思っていた。

 ルキナは本来自分が在るべきであった時間の人々を見捨てて過去へと渡り、人の身には過ぎた禁忌であろう過去改変を成して未来を変えようとしていた。

 ルキナのその行為が“絶望の未来”を回避する為の一助になったのは確かであろうけれども。

 直接的に人々を率いてギムレーと対峙したのは父であるクロムだし、ギムレーを真の意味で討滅せしめたのは……その身を以て彼の竜を討った父の軍師であるルフレであった。

 真の意味で“英雄”と呼べるのは恐らく彼等や彼等に率いられた仲間達であって。

 本来は有り得べからざる存在であったルキナではない。

 

 幾万幾億もの無限にも等しい可能性の世界の中には、“絶望の未来”とすら呼ばれたあの未来でも邪竜を討ち果たせた“ルキナ”が居るのかもしれないが。

 少なくとも今ここに居る自分はそうでは無い。

 恐らく本来ならば歴史書に残るかどうかすらも怪しい自分が此所に居る事が、ルキナにとっては不可解かつ何処か落ち着かないのだ。

 まあ、ここに居る人々の殆どが、歴史に名を綺羅星の如く列ねる“英雄”達なのだとしても、それは彼等にとっては遠い未来の話で。

 ここに呼ばれた時点での彼等にとっても、少し不思議な称号であるのかもしれないが。

 

 幾多の可能性、幾多の時間が交錯するこの世界では、実に不可思議な事が多く起こる。

 例えば、異なる可能性を辿った“自分”自身に出逢ったり、もう逢えぬ筈の大切な人に出会えたり、と。

 それは一つの奇跡と言えるのかもしれないし、居るのかどうかは知らないが、神の粋な計らいとでも言えるのかも知れない。

 

 ルキナでも知っている伝承で非業の死を遂げた者が仲間と楽し気に語らっていたり、幼くして両親と死に別れた者が若かりし頃の両親と出逢えたり、と。

 この世界の出来事が、元の世界に帰還した時にどの様な扱いになるのかはルキナには分からない。

 泡沫の幻であったかの様に記憶の中にすら残れないのか、朧気な夢の様に記憶の奥底に眠るのか。

 いや、そもそもここに存在する自分がルキナが認識している“自分”であるとも限らない……言うなれば水面に写った月影の様なモノなのかもしれないが。

 …………。

 何にせよ、有り得ない筈の、それでも何時か何処かで誰かが願った様な、微睡みの中で見た幸せな夢の様なこの時間が、無意味である事はきっと無いのだろう。

 

 

 そしてそんな事を考えながら歩いている内に、ルキナは人気の無い裏庭へと辿り着いて居た。

 この季節ではこの時間帯では日が当たらない場所も多く、やや薄暗い場所も多い為にあまり寄り付く者も居ないこの裏庭は、ここ最近はずっとある存在がたむろする様になっていた。

 今日もその姿を認め、半ば無意識にもルキナの身体は強張る。

 

 異なる可能性を辿った“英雄”。

 同じ存在でも、“違う”者。

 そう言った存在が呼ばれると言うのならば、確かに『彼』はこの世界に呼ばれ得る存在ではあるのだろう。

 例えその本質が“英雄”とは程遠い者なのだとしても、だ。

 

 軍師ルフレが辿り得た可能性の果て。

 “ルフレ”であって、ルフレではない者。

 世界を滅ぼした邪竜、ギムレー。

 ルキナにとっては忘れる事など出来ぬ怨敵であり、どうしようもない恐怖を抱いてしまう相手でもある。

 

 何の因果か、この世界に呼び出された邪竜は、自身の記憶をほぼ全てと言って良い程に喪っていた。

 彼に残されていたのは、“ギムレー”と言う名前と、自分が邪竜であると言う意識だけ。

 ルキナが居た未来を滅ぼした記憶も、ある意味自分自身である“ルフレ”の事についての記憶すら欠落していた。

 ……まあ、“今ここに居る”ギムレーが、ルキナの居た未来を滅ぼしたその張本人であるのかどうかに関しては、彼に一切の記憶が無いが故に確かめる術など無いのだけれども。

 

 ギムレーが呼び出された当初は、ルキナは彼を全力で警戒し、何かあれば即座にファルシオンで斬り捨てられる様にしていたが。

 全ての記憶を欠落させてしまったが故に、ギムレーはそんなルキナの憎悪に……率直に言えば困惑していた。

 口を開けば何かと物騒な物言いをするギムレーだが、契約の軛は逃れられないのか、彼の力が味方へ牙を剥く事は無く。

 協調性はほぼ無いとは言え、彼もまた“ルフレ”である為なのか大局を判断する能力には長けていて、決して仲間と協力出来ないと言う訳でもない。

 ルキナはこの特務機関に呼ばれた“英雄”としては古株の部類であり、だからこそ新たに呼ばれた“英雄”がここに馴染めるまで手助けする事が多くあった。

 ギムレーの事は敵視していたルキナであったが、その癖がどうしても抜けなかったのか、不本意ながらギムレーを手助けする事が幾度かあって、それが切欠でギムレーの手綱を握っておく様にと皆から任される様になってしまっていた。

 …………万が一の事があってもファルシオンで対抗出来るルキナは、確かにギムレーを監視する者としては適任なのかもしれないが……。

 

 そんな感じに嫌々ながらもギムレーと接する機会の増えたルキナであったが、接する時間が増えれば否応なしに新たに気付く事は多い。

 例えば、“記憶が無い”と言う事が、ギムレーにとっては当初ルキナが思っていた以上に深刻な状態であると言う事。

 例えば、ふとした拍子に酷く寂しげな……それでいて虚ろな表情を見せる事。

 そして……ほんの時折ではあるが、明らかに“ギムレー”ではない者の……具体的には“ルフレ”の影が垣間見得るのだ。

 

 知れば知る程に、接すれば接する程に。

 ルキナは、このギムレーが、“ギムレー”と名乗るこの存在が、よく分からなくなっていった。

 彼に宿る力は間違いなく邪竜のそれであるし、“ルフレ”と“ギムレー”が分けて語る事が出来ない存在である様に、彼は確かに“ギムレー”なのだろう。

 しかし、果たして全ての記憶を喪った後に残されたその心が、ルキナが対峙したあの邪竜と同じであるのだろうかと、そう迷わずにはいられない。

 あの絶望の未来で屍兵を操り人々の抗いを嘲笑いながら全てを灰塵に沈めたあの邪竜と、契約の軛があるとは言えこうして数多のヒトと共に闘うこのギムレーで、どうしても重ならない部分が目についてしまう。

 …………だからと言って、彼の存在を素直に肯定してやる事はルキナにはやはり難しいのだけれども。

 

 

 ギムレーは全体的にやや薄暗い裏庭の中でも、特に薄暗い木陰に座り、膝の上に本を広げてそれを読み耽っていた。

 その横顔は、どうしても見慣れた“ルフレ”のそれに見えてしまう。

 その幻影を頭を振って追い払い、ルキナは少し離れた所からギムレーに声を掛けた。

 

 

「珍しいですね、あなたが呪術の本以外を読んでいるなんて」

 

 

 喪った記憶を取り戻そうとしてか、ギムレーは頻繁に様々な呪術的な儀式を試していた。

 その成果は一向に上がっていないが、諦めが付かないのかそれとも“何か”が彼を駆り立てているのか、異界の呪術の本を読み漁っては試行錯誤を繰り返し続けているのであった。

 しかし、今ギムレーが手にしているのは表紙の感じからして呪術関係の本では無いのだろう。

 どちらかと言えば、神話や伝承の類いを纏めた本の様に思える。

 

 

「……ああ、君か。

 偶にはこう言うのも悪くは無い。

 それに、視点を変える事で見えるモノもあるからね」

 

 

 ルキナを見上げて、逆行で眩しかったのか赤々と染まった目を眇めながらギムレーはそう答えた。

 読書はもう切り上げるつもりなのか、ギムレーは読んでいた本を閉じるとそれを小脇に抱えて立ち上がる。

 

 ルキナとギムレーでこうやって応答が出来る事自体、元の世界では有り得ない事であったし、ギムレーが召喚されてきた当初では、ルキナと彼の間でこんなやり取りが成立するなど有り得なかったであろう。

 何だかんだと言って、ギムレーが召喚されてもうそこそこの月日が経っている。

 それだけ、不本意であろうとも共に過ごした時間があると言う事だ。

 

 

「そう言えば、ここであなたに出会ってもう半年近くになるんですね」

 

 

 何となくそう溢すと、ギムレーは「それで?」と言いたげにルキナを見詰める。

 

 

「ここに僕が呼び出されたのは194日前で、君に初めて斬りかかられかけたのは191日前だけど。

 そんな事に何の意味があるんだい?」

 

 

 ルキナですら詳しくは覚えていなかった日数までギムレーがさらっと答えた事にルキナは内心驚きながらギムレーを見やった。

 

 

「いえ、その、半年とか一年と言う時間の流れは一つの区切りになるものですから……。

 特別な事があった日を記念日として、毎年その日にお祝いしたりとか……」

 

「記念日……?

 人間は不可解な事をするんだね。

 同じ日付であったとしても、その“特別な日”は最初の一度だけだろう?」

 

「ええ、まあ、確かにそうですね。

 しかし驚きました……召喚された時の事もハッキリ覚えているんですね」

 

 

 記念日と言う概念がギムレーの中に無いのはまあ分からなくも無いけれど。

 時間感覚が人以上に長く竜にとっては一年も数年でも大差ないだろうに、竜であるギムレーが召喚されてきた時を態々経過日数までをも覚えているのは意外に過ぎた。

 

 

「……記憶が殆ど無い僕にとっては、あの日から今日までの記憶が今の所は僕の全てだ。

 一日だって忘れた事など無いに決まっているだろう。

 ……嘘だと疑っているのかい?

 それなら……。

 君と直接顔を合わせたのは召喚の翌日、君と初めて言葉を交わしたのは191日前でその時の言葉は『何が目的でここに?』だった、君と初めて共に戦場に出たのは176日前でその時は君が討ち漏らした重装兵を僕が代わりに止めを差した、それから──」

 

「も、もう良いです!

 分かりました、分かりましたから!」

 

 

 放っておくと延々と続けそうなギムレーにルキナは慌てて待ったをかけた。

 ルキナですら最早朧気になっている事をこうも鮮明に挙げられていくと、確かにギムレーは全て覚えているのだろうとルキナも納得する。

 

 

「竜にとって一日一日に大した重みは無いのかと……正直そんな風に思っていました」

 

「……確かに、百年も生きられない君たち人間と、竜とでは時間の感覚は同じではない。

 でもだからと言って、竜にとっての一日一日の時間に価値が無いなんて証明にはならない。

 僕は、自分が過ごした時間の事はもう絶対に忘れないよ」

 

 

 既に記憶を喪っているからだろうか。

 ギムレーは、記憶に対しては人一倍執着を見せている節があった。

 その強い思いをこうして垣間見て、そしてギムレーが喪ったのであろう記憶を思って。

 死と絶望を振り撒き世界を破滅させたその記憶が戻る事が、ルキナやここに集った者達やこの地に住まう人々にとって、そして何よりもギムレー自身にとって、良い事なのだろうか……とそう詮無い事を考えてしまう。

 もしその記憶が戻ってしまえば、今こうして言葉を交わしている“彼”が消えてしまう様な気がして。

 

 ルキナはそっと、“彼”に喪われた記憶が戻る事が無い様にと、誰とも知れぬ神に祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

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