『FE覚醒短編集』   作:OKAMEPON

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『時の輪環、砂塵の城』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 地表を舐める様に劫火が全てを呑み込んでゆく。

 そこにあった生命を、営みを、歴史を、その一切を焼き尽くして。

 屍達の怨嗟すら一握にも満たぬ灰へと変えながら、天をも焼き尽くさんとばかりに火柱を上げて世界の全てを焦がしゆくその炎を、『僕』はぼんやりと眺めていた。

 

 ここがどんな土地だったのか、全てが灰塵に帰した今となっては何も分からない。

 足元の様々なモノの燃え滓が混ざった土塊を掻き取ってみても、そこにはただただ数多の生命が炎に蹂躙された痕跡しか見付からなかった。

 肉が焼け爛れ骨までをも焼き尽くされた臭気に混じって、血や鉄などの臭い、そして材木や何かよく分からないモノが燃えた臭いも漂っていて、それらが混じって言葉には表現し難い独特の臭気となっている。

 

 ここで、何か大きな戦いでも起きていたのだろうか……?

 

 ぼんやりとした頭で考えてみても、何も分からない。

 見渡す限り広がる焦土には、動く者は『僕』を除いて他には無く。

 残り滓を丁寧に咀嚼するかの様な焔がチラチラと視界の端に揺れるだけだ。

 

 “何か”。

 とても大切な“何か”を、探していた気がする。

 とても大切な“誰か”を喪ってしまった気がする。

 その“何か”を、“誰か”を、喪ってしまったからこそ。

『僕』のこの胸には、何にも埋め難い虚ろが広がっているのだ。

 

『僕』は、“何を”喪ってしまったのだろう。

 “誰”を喪ってしまったのだろう……。

 

 生けとし生けるモノ全てを喰らわんとする業火の熱をその肌で感じながら、不確かな程にぼやけている“記憶”の海を探ろうと、『僕』はそっと目を閉じた。

 

 その途端に瞼の裏を過ったのは、深く澄み切った……夜明けの蒼。

 この手に触れたのは、温かな掌の幻。

 耳に聞こえたのは、“誰か”が僕を呼ぶ声……。

 微かに見えたその姿を離さないように捕まえて、『僕』は再び目を開けた。

 

 そう、そうだ。

『僕』が喪ったのは──

 

 

「ルキナ……」

 

 

 ポツリと溢れ落ちたその名前を、漸く見付けたその名前を。

 もう二度と無くさない様に、見失わない様に、離さない様に。

『僕』は何度も何度も呟く。

 

 そう、そうだ。

 ルキナ……、ルキナだ。

 僕の大切な人、大切な宝物。

 愛しい愛しい、お姫様。

 決して無くしてはいけなかった存在。

 

 どうして、思い出せなかったのだろう。

 どうして、喪ってしまったのだろう。

 

 一度その名を思い出せば、その姿も、その眼差しも、その温もりも、その声も、こんなにも色鮮やかに思い描けるのに。

 どうして、『僕』は……。

 

 いや、今はそんな事を考えている暇はない。

 

 ルキナの姿が、何処にも見えないのだ。

 この世界の果てまで続いている様な焦土の何処かに、ルキナは居るのだろうか?

 分からない、だけど。

 

 ルキナを、見付けなくてはならない。

 そして、ルキナを助けなくては、ルキナを守らなくてはならないのだ。

 それが、『僕』の望みであり、『僕』がここに居る意味なのだから。

 

 愛しい人、愛しい子。

 僕の大切な宝物。

 守ってあげなくては。

 もう『僕』だけがあの子を守ってあげられるのだから。

 

 気を抜けば再びあやふやになりそうな思考を頭を振って切り換えた『僕』は、ルキナの姿を探して焦土を彷徨い始めた。

 

 日が沈み、夜が明け、再び地平へと日が沈む。

 幾度夜が明けたのだろう、幾度日が沈んだのだろう。

 それは一々数えていないし、『僕』にとってはどうでも良い事だった。

 燃える様な赤か光一つ無い漆黒か、そのどちらかしかない空の下。

 何処までも何処までも続く焦土を、生命あるモノ全てが滅んだ大地を、踏み締めて。

 ルキナの姿を探しながら『僕』は彷徨い続けた。

 

 時折燃え残った亡骸が見付かるけれど、その何れもがルキナとは似ても似つかぬ者達で。

 だから、ルキナは死んでなんていないだろうと、『僕』は思った。

 

 しかし、一体ルキナは何処へ行ってしまったのだろう。

 そして、一体どうしてこの世界はこうなってしまっているのだろう。

 

 果ての無い焦土を歩きながら、滅び去った世界を彷徨いながら、『僕』はぼんやりと考え続けた。

 業火の海の中に立っていたあの時よりも前の事に関しては、『僕』の記憶は酷く曖昧であった。

 確かなのは、『僕』が『ルフレ』であると言う事、ルキナの事、彼女を愛していると言う事、彼女を守らなければならないと言う事だけで。

 でも、そんな曖昧な記憶の中でも、世界がこんな姿になる前があったと思うのだ。

 

 大事なモノがあった気がする。

 大切な人が居た気がする。

 守りたいモノがあった気がする。

 

 だけれども、『僕』はそれを思い出せない。

 どうしてそれらを喪ってしまったのか、そしてどうして世界が滅びてしまっているのか。

『僕』には、何一つとして分からない。

 

 いや、一つだけ。

 触れればゾワリと背筋が粟立つ様な……そんな嫌悪感とも恐怖とも憎悪ともつかぬ感情が沸き立つ『名』が、『僕』の曖昧な記憶の中にも異質な存在感を放ちながら沈んでいた。

 

 邪竜、『ギムレー』。

 

 それが、この世界を滅ぼしたのだろうか?

『僕』から、ルキナを奪ったのだろうか?

 その存在の所為で、『僕』は…………。

 

『ギムレー』、そう、きっとそれが、『僕』からルキナを奪っていったのだ。

『ギムレー』に囚われたルキナを救う。

『ギムレー』の手から、ルキナを守る。

 愛する人を、愛しい存在を、取り戻す。

 それこそが、『僕』が生きる意味なのだ。

 

 

 しかし『ギムレー』の力は強大で、しかも世界を滅ぼし尽くしたソレが今何処に居るのか、『僕』には知り様がない。

 この世界にまだ居るのか、或いは何処かへと去ったのか。

 それすらも分からないのだ。

『ギムレー』に囚われたルキナが何処に居るのかすら……。

 

 だが。

 ならば。

 

 “やり直して”しまえば、良いのだ。

 時を巻き戻し、『ギムレー』が『僕』からルキナを奪っていったこの“未来”を、『僕』がルキナを喪うこの“結末”を、“変えて”しまえば良い。

 

 

 過去に戻り、ルキナを“取り戻す”のだ。

 

 

 そうすればきっと『僕』は、喪った全てを“取り戻す”事が出来る筈なのだから。

 過去は“変えられる”、未来は“変えられる”、結末は“変えられる”。

 全ての禍罪は祓われ、その罪業を“無かった事”に出来る筈なのだから。

 そして、新しく“やり直した”その先で、きっと『僕』はルキナと共に居られる筈なのだから。

 

 

 

「大丈夫だよ、ルキナ。

 必ず『僕』が助けるから。

 だから──」

 

 

 

 さあ、“やり直そう”。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 “戻った”そこは、あの果てない焦土だけが広がる滅びた地とは全く異なる……生命溢れる大地が広がる世界だった。

 

 微風に揺れる木の葉が奏でるざわめき、眠る生き物達の吐息と鼓動の音。

 見上げた夜空には、月の輝きと天を多い尽くす程一面に輝く星々の光。

 

 自分の吐息と大地を踏み締め行く音しか存在しなかったあの“未来”とは、何もかもが違い過ぎて戸惑ってしまう程だ。

 星が唄う様に瞬く夜空が、『僕』の曖昧な記憶の中に存在してあるのか無いのかは分からないけれど。

 見上げている内に、どうしてか泣きそうになる程に懐かしく愛しくも思えてくる。

 

 大丈夫。

 ちゃんと“やり直せば”。

 あんな“未来”にはならない。

 あんな“結末”にはならない。

 全て“取り戻せる”。

 何も喪わずに済む。

 愛しいモノを、大切な人達を、輝かしい宝物たちを。

『僕』はまた、もう一度……。

 

 そう、“やり直し”さえすれば。

『僕』はルキナを喪わない。

 大切なあの手を離さずに居られる。

 愛しいあの子を傷付ける全てから、守ってあげられる。

 共に生きる事が、出来る筈だから。

 

 “取り戻そう”、『僕』の大切な全てを。

『ギムレー』に奪われた、愛しいモノ達を。

 

 全ての“過ち”を起きる前に正して、全てを“無かった事”にして。

 時の因果律を捻じ曲げて、“悲劇”も“惨劇”も刻まれた“罪禍”も、その全てを時の狭間へと押し込めて隠してしまおう。

 何も起こらず何も喪わない“未来”で、この手が喪った誰もが望んでいた“未来”で、それを塗り潰してしまおう。

 そうすればきっと、赦される。

 この手は、きっとあの子の手を取る事が出来る。

 愛しい温もりは、再びこの腕の中に帰ってくるのだ。

 

『あの日』喪った全てが、きっと──

 

 

「……『あの日』……?」

 

 

 思考の端に過ったその言葉を、『僕』はそっと掬い上げた。

 

『あの日』。

 それが何なのかは『僕』には分からない。

 きっと『僕』にとってはとても重要な事で、そして同時にとても恐ろしい事でもあった。

 それが何なのかは分からないのに、『変えなくてはならない』と、そんな思いを『僕』の心は訴えるのだ。

 “変えなくてはならない”もの、“無かった事”にしなくてはならない事。

 それが、『あの日』なのだろうか?

 それを“変える”事が出来れば、『僕』はルキナを。

『ギムレー』に囚われている愛しい人を、“取り戻す”事が出来るのだろうか……。

 

 ならば、変えてみせよう。

 あの笑顔を、もう一度“取り戻す”為に。

『ギムレー』に奪われてしまった“幸い”を、あの子にもう一度届ける為に。

『僕』は、その為ならば、何だってしてあげられる。

 

 曖昧な記憶を辿って、“変える”べき過去を『僕』は探してゆく。

 それがどんなに困難な事であっても、因果の糸を解く様に断ち切る様に、あの滅びへの流れを変えてみせよう。

 蝶の羽ばたきが滅びを導くのなら、その蝶を握り潰してでも。

 如何なる代償を支払うのだとしても、愛しいその温もりより、愛しいその笑顔よりも大切なモノなんて、ありはしないのだから。

 絶対に、“取り戻して”みせる。

 

 ルキナ……君が望む全てを、『僕』は叶えてあげよう。

 君が守りたいものを、『僕』が守ろう。

『僕』にたった一つ残っている、何よりも愛しい宝物。

 君の“幸い”が、『僕』の望みだから……。

 

 

「『僕』は今度こそ、君を守り抜く。

 もう絶対に、離しはしない……」

 

 

 祈りを捧げる様に、誓いを立て。

 この道の先に、ルキナと共に生きる“未来”があると、固く信じて。

 過去を“変えて”全ての“過ち”を正すべく、『僕』の最後の永い旅路が始まった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 過去を“変える”。

 それは決して容易い事では無い。

 一つの事象を変えても、その根本的な部分を変えない限りは同じ結末に収束する事もある、

 逆に、ほんの些細な変化が、予期しない未来へと繋がってしまう事もある。

 過去を“変えて”望む未来へと思うがままに導くのは、神の見えざる手でも不可能に近い事であろう。

 だが、それでも『僕』には構わない。

 何度だって何度だって。

 それが幾百幾千万にも及ぶ試行になるのだとしても。

 “やり直し”続けてみせよう。

 望む“未来”に、至るその時まで。

『僕』は諦めないし、諦める事は許されていない。

 ……『僕』にはもう、それしか出来る事は無いのだから。

 

『僕』の目指す“未来”。

 それは、『ギムレー』に奪われた“全て”を喪わずにすむ世界。

 愛しいルキナを、この手でもう一度抱き締める事が出来る“未来”だ。

 そこに至る為に必要な事、“変え”なくてはならない事。

 それは何においても、『ギムレー』が甦る事を防ぐ事だろう。

 

『ギムレー』が甦らなければ、甦らせようと望む者が居なければ。

 きっと、『僕』は“何も”喪わずにすんだ。

 ルキナが『ギムレー』に囚われる事も無かった。

『僕』は、『ギムレー』に“全て”を奪われたのだ。

 大切な宝物を、愛しいと感じていた“全て”を。

『ギムレー』さえ、居なければ。

『僕』はきっと……ずっと……一緒に……。

 …………。

 

『ギムレー』が甦る事を阻止する為には、先ず第一に何故『ギムレー』が甦ってしまったのかを見出ださなくてはならない。

『僕』の記憶は未だ曖昧な部分は多いが、それでも“時を戻った”事により甦ってきた記憶も沢山ある。

『僕』が『ルフレ』である事以外にも、軍師である事も思い出せてきた。

 そして、『ギムレー』が甦るのを阻止しようとしていた事も……。

 

 結果として、かつての僕はそれに失敗し、剰りにも多くの大切なモノを喪い、ルキナまで……『僕』にたった一つ遺されていた愛しい宝物すら奪われたのだ。

 でも、もう二度と同じ“過ち”は繰り返さない、繰り返してはならない。

 かつての僕とは違って、『僕』には知識がある。

『ギムレー』の復活に必要なモノ、『ギムレー』を甦らせる為に暗躍している者達。

 かつての僕では知り得なかったであろうそれらの知識を以て因果の糸を解き明かしていけば、必ず『ギムレー』の復活を阻止する事が……それを“無かった事”に出来る筈だ。

 

 “未来”は変えられる、“結末”は変えられる。

 そうすれば、何もかも“取り戻せる”のだ。

 “やり直す”事は、出来るのだ。

『僕』はそう信じる、信じ続ける。

 だからこそ、この心が求めるがままに足掻くのだ。

 

『ギムレー』の復活の阻止の為に成さねばならない事、それはやはりギムレーを甦らせようと暗躍する者達の排除だろう。

 奴等さえ排除しておけば、態々『ギムレー』なんてものを甦らせようなどと試みる者など居る筈もない。

 一人残らず始末すれば、きっと“未来”は変わる筈だ。

 だが、未だ曖昧な『僕』の記憶は、誰が『ギムレー』を甦らせようとしていた者なのか、『僕』が排除するべき敵なのか、その答えを示せない。

 何と無く思い出せるのは、薄暗い祭壇の様な場所だけだ。

 それが何処なのかすら、『僕』にはまだ分からない。

 その朧気な記憶を辿る様にして、僕は“戻った”世界を彷徨い始めた。

 

 

 記憶が朧気な『僕』は、『ギムレー』を甦らせようとしている者達の手懸かりを掴む為、ペレジアへと向かった。

 ペレジアには、『ギムレー』を神と信仰するギムレー教がある。

 朧気な記憶の中にもその名前はあったので、恐らくは『ギムレー』が甦った事とギムレー教には何らかの関係がある筈だ。

 しかしだからと言って、ギムレーを信仰している者全てが、実体としての『ギムレー』の復活……神ならば降臨とでも言うべきか、それを望んでいるとも思えない。

 神はあくまでも偶像であり、祈る先、縋る先だ。

 神は必要な時にそこに在れば良いのであって、多くの信徒にとってはギムレーが竜として実在していようとただの偶像だろうとどちらでも良いモノでしかない。

 結局『神』なんて座は、人にとって都合の良い道具に与える称号の一つでしかないだろう。

 

 しかし、ギムレー教の中枢……ギムレー教団と呼ばれる者達はそれとはまた違うのだろう。

『ギムレー』への生け贄と称して人を拐っては殺したり、『ギムレー』にその身を捧げる事を誉れとするなど、それは信仰の枠を越えて妄執と化している。

 彼等ならば。

 例え破滅と絶望を与えるとされる邪竜であるのだとしても、『ギムレー』を甦らせる事に躊躇いなど無いだろう。

 きっと、そう、恐らくは。

『ギムレー』を甦らせたのは彼等だ。

 具体的に誰が『ギムレー』を甦らせたのかまではまだ思い出せないけれど。

 しかし、首謀者を潰した所でまた同じ愚を犯そうとする者達が出てくる可能性があるなら。

 ギムレー教団の者を、一人残らず始末すれば……、“未来”を変えられるのではないだろうか……?

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 もう何十人目なのかは分からないギムレー教団員だった男の燃え滓を踏み越えて、『僕』はギムレー教団が秘密裏に隠していた生け贄を捧げる為の祭壇の一つを、二度と使えない様に徹底的に破壊する。

 既に何度もやってきたが故に、最早作業の様なモノだ。

 そこには何の感情も伴いはしない。

 

 どうやら、ギムレー教団はペレジア国内の至る所に『ギムレー』に生け贄を捧げたりする為の祭壇を設けているらしい。

 潰した祭壇は既に10は下らない筈なのだけれど、それはほんの一部にしか過ぎないのだろう。

 祭壇に居る連中は、ギムレー教団の信徒であるから遠慮は要らない。

 元より『ギムレー』の為だと嘯いて、何の罪もない者達を生け贄とする様な連中なのだ。

 居なくなった方が、一般のペレジアの民にとっても有り難いだろう。

 燃え尽きる最後まで『ギムレー』に縋るその姿はいっそ滑稽にすら思えるけれど、それはそれで筋金入りの信仰心とも言えるのかもしれない。

 

 嗅ぎ慣れた血の臭いと肉が燃える臭いが充満する屠殺場を後にし、次の目的地を探す。

 また何処かの祭壇を破壊するのも良いけれど、折角だからギムレー教団が孤児を使って呪術の実験をしていると言う施設でも潰しておくか……。

 

 

 ペレジアの街に出ると、何処もかしこも妙に物々しい。

 どうやら、大きな戦争が起きようとしているそうなのだ。

『ギムレー』が甦ろうとしている今、人と人同士で相争っている暇なんて無いだろうに……。

 まあ、多くの人々は、『ギムレー』を甦らせようなんてしている動きがある事には気付いていないだろうから仕方ないだろうけれども。

 

 ……かつての時も同じく戦争が起きていたのだろうか?

 どうにも曖昧な記憶の中、確かに僕は何かと戦っていた気がするが……一体それが何を相手にしていたのかは分からない。

 ペレジアが戦争を仕掛けようとしている国は……何だっただろうか。

 聞いた事があると思うのだけれど、どうにもそれは記憶の中ではボヤけてしまっているのだ。

 

 まあ、分からないモノは気にしていても仕方がない。

 今大切な事は、『ギムレー』の復活を“無かった事”にする事なのだから。

 そして、大切なルキナを助け出す事なのだから。

 それ以外に大事な事なんて、ありはしない。

 

 

 ……しかし、どうにも気にかかる事があるのだ。

 ギムレー教団の連中は、誰も彼もが死ぬ間際に「お許し下さい、ギムレー様」やら「ギムレー様、お怒りをお鎮め下さい」やら「お慈悲を……」などと縋ろうとしてくるのだ。

 命乞いにしては、どうにも奇妙な気がする。

 

 ……まさかとは思うが、『ギムレー』が、この世界に既に居るのだろうか?

 復活はまだ先の事である筈だけれども。

 ああ、でも、もしかして。

『僕』が時を“巻き戻して”ここに居る様に、あの“未来”に居た『ギムレー』もまた、時を飛び越えてここにやって来ているのだとすれば……。

 それは有り得ない事ではない筈だ。

 何故なら、時を越える事が出来るのは、『僕』自身がその身を以て証明しているのだから。

 

『ギムレー』がその身を潜めている理由はまだ分からない。

 何かの時期を待っているのかもしれないし、何か別の理由があるのかもしれない。

 何にせよ、もしあの“未来”に居た『ギムレー』がこの世界に居るのなら、殺さなくてはならない。

 そして、奪われたルキナを“取り戻す”のだ。

 あの“未来”に居た『ギムレー』ならば、捕らえたルキナをこの世界に連れてきていない筈は無いのだから。

 

『ギムレー』の復活を阻止して“未来”を変える事。

 “未来”の『ギムレー』に囚われたルキナを助け出す事。

 そして、“未来”から来た『ギムレー』を殺す事。

 

 成さねばならない事がまた増えたが、構わない。

 その全てを果たせば、『僕』は今度こそルキナと共に生きられるのだから……。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 しかし、何れ程探しても、“未来”の『ギムレー』の姿もルキナの姿も見えなかった。

 いつの間にか始まっていた戦争は詳しくは知らないがペレジアの敗北に終わっていたらしく、それ故にか『ギムレー』に縋ろうとするペレジアの民は更に増えた様な気がする。

『僕』としては彼等は別にどうでも良いのだが、万が一にも『ギムレー』を甦らせようなどと動きを見せれば、躊躇なく排除する事が出来るだろう。

 

 数多のギムレー教団員の骸を積み上げながら、『僕』は『ギムレー』を探し続けた。

 幾ら『ギムレー』にとっては信徒だろうと何だろうと有象無象の虫けらに過ぎないのだとしても、自分の中の手駒を潰されていくのをただ黙っている筈も無いと思ったのだけれども。

 しかし、『ギムレー』は一向に『僕』の前に姿を見せる事は無かった。

 早くルキナを『ギムレー』の魔の手から助けなくてはならないのに……。

 ギムレー教団から放たれているのであろう羽虫の様な追っ手を一々潰さなくてはならないのも面倒である。

『僕』には、そんなものに関わっている暇なんて無いのに……。

 

 ルキナ、『僕』の大切な宝物。

 一体君は何処に居るのだろう。

 直ぐに助けに行くよ、だから『僕』を呼んで。

 愛しいその声で、“昔”の様に『僕』の名前を。

 何処に居ても、時間を飛び越えてだって直ぐに飛んでいくよ。

 君を苦しめる全ては、『僕』が滅ぼしてあげる。

 君の望みは、何だって叶えてあげる。

 

 謳う様に、何処に居るのかも分からない愛しい人へと何度だって愛を囁く。

 だけれども、『ギムレー』に囚われているあの子にその声が届く筈なんてなくて、返事が返ってくる事もない。

 

 だから。

 もうあの子の温もりなんて幻としてすらも残っていない指先に、確かに交わした約束を抱き締めて。

 守ると誓ったその言葉を、その想いを、決して喪わない様に。

『僕』は決して諦めずにルキナを探し続けていた。

 

 千を越える夜を越えて、ペレジアを越えて様々な国を大陸をも、『僕』は『ギムレー』とルキナの姿を求めて探し回った。

 このところ、行く先々で『僕』を襲おうとする人が増えた気がする。

 ギムレー教団の者達も必死なのだろう。

 このまま『僕』が彼等を排除し続けていれば、『ギムレー』の復活と言う彼等の宿願を果たせなくなるのだから。

 

 この国にやって来てから幾度目とも分からない襲撃者達を骸に変えて、『僕』は無意識に溜め息を吐いた。

 

 ……一体幾千幾万の屍を積み上げれば、『僕』は“未来”を変えられるのだろう。

 ルキナを、“取り戻せる”のだろう。

 

 守ってあげなくてはならないのに。

 あの子は、『僕』に遺されたたった一つの宝物なのに。

 

 いっそ世界を平らかにしてしまえば、あの子を見付けられるのだろうか。

 そうすれば、“もう一度”あの子を抱き締めてあげられるのだろうか。

 一体何れ程の祈りを重ねれば、『僕』はもう一度あの温かな場所に帰れるのだろうか。

 ……『僕』はただ、『ギムレー』に奪われた“全て”を取り戻したいだけなのに……。

 それすらも赦さないと言うのなら、こんな世界──

 

 

「…………」

 

 

 一瞬『僕』の頭を過ったその考えを、『僕』はそれ以上は考えない様にと振り払う。

 この世界は、愛しいルキナが生きる世界だ。

 守らなくてはならない。

 そう、『僕』はルキナが“幸せ”に生きられる世界を守るのだ。

『僕』は『    』じゃない。

『僕』は、世界を滅ぼしたりなんて……。

 

 

 きっと、襲撃者達を排除したばかりだから、こんなにも荒々しい考えになってしまうのだろう。

 ギムレー教団の者達を殺した直後は、どうにも破壊的な思考に寄ってしまいがちになる。

 かつての僕もそうだったのだろうか……?

 曖昧な記憶の中に、その答えはない。

 

 気を鎮める為に、『僕』は久方ぶりに立ち止まって天を仰いだ。

 

 地平線の向こうへと傾き始めた陽の光は、大地を血で染めた様な赤に彩っていく。

 黄昏時が近付く頃合いの涼やかさを含んだ風が、血の臭いを吹き散らしていった。

 

 大丈夫。

『僕』は間違えない。

 “やり直す”、“やり直せる”筈だ。

 だから──

 

 

 その時。

 再び『僕』の周りを取り囲む者達が現れた。

 何時になく大人数で、しっかりとした武装に身を包んでいる。

 しかしこの程度、『僕』とっては如何程でも無い。

 何時もの様に、殺せば終わりだ。

 

 だが。

 

 

「そこまでだよ」

 

 

 聞き覚えがある様な、何処か緊張した硬い声がその場に響き。

 襲撃者達の輪へ割って入る様に、見覚えがある……『僕』が身に纏うそれと同じローブを纏った男が現れた。

 そして、その後ろには──

 

 

「っ! ルキナ……!!」

 

 

 

 誰よりも愛しい『僕』の宝物が。

『ギムレー』に囚われている筈の、愛しいあの子が。

 そこに、居た。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 甦ったギムレーによって滅び行こうとしている“絶望の未来”を変える為、私は過去へと跳んだ。

 聖王エメリナの暗殺の阻止に始まり、“絶望の未来”に繋がったと思われる要所要所の出来事に最低限の介入をしつつ、私は“今”を変えていった。

 ……結局、聖王エメリナは戦後間も無くして病に倒れ、不帰の人となってしまったのだが……。

 ……それでも、私が介入して変わった彼女の未来に、意味はあったのだと……そう信じたい。

 そして、エメリナの生死が変わったからなのか、私が知っているよりも早くにペレジアとの戦争は終結し、次にヴァルム帝国との戦争が始まるまでにかなりの猶予が生まれた。

 これで何処まで未来が変わるのかは分からないが、泥沼の戦争の果てに両国が疲弊しきった所でギムレーが甦る“未来”からは少しでも遠くなったのではないだろうか……。

 

 そうやって、“今”を変える事には概ね成功し、私が知っている“過去”よりも大分状況は改善されていた。

 だが、そうやってまた新たに“今”に介入するタイミングを伺っているその最中。

 私は、酷く気掛かりな噂話を聞いてしまった。

 

【怪物】が、出ると言うのだ。

 その【怪物】は、主にギムレー教団の者を標的として、様々な土地で殺戮を繰り返しているらしい。

 “主に”と言った様に、ギムレー教団以外にもかなりの犠牲者が出ている。

 犠牲者はとてもではないが人の手によって死んだとは思えない程の凄惨な姿で見付かるのだと言う。

 その姿を見掛けた者は誰一人として生き残っていないから、噂が憶測を呼び、恐ろしい異形の【怪物】が人々を殺して回っているのだと……ペレジアのみならず各地の人々の口に上る様になっていった。

 

 私は……そんな【怪物】の話など、かつて聞いた事は無かった。

 ここまで噂になっていれば、それが幼い頃だとしても一度は耳に入っていた筈なのに……。

 私が“過去”に来てしまったから、“何か”が変わってしまったのだろうか。

 そして、もしその【怪物】が……私の予期しない方向へと未来を動かしてしまったら、私は“絶望の未来”を変えると言うこの使命を果たす事が出来るのであろうか……。

 

 悩みに悩んだ結果、私は“過去”の父と合流した。

 “過去”の人と深く接触して未来を変えてしまうリスクよりも、“何か”が起きた時に直ぐ様対処出来るメリットを選んだのだ。

 

 そして、父とその仲間達と行動を共にする事になって暫くして。

 ヴァルム帝国との戦争の為に渡ったヴァルム大陸で、そこで神竜の巫女として祀られている悠久の時を生きている神竜族チキと出逢い、驚愕の事実を知らされた。

 

『ギムレー』が、既にこの世界に居る、と。

 

 と、それは言っても千年前に封じられたギムレーではない。

 その『ギムレー』は、こことは別の時間からやって来た……恐らくは私が居たあの“未来”からやって来たギムレーであるのだと言う。

 何故、あの『ギムレー』が“過去”にやって来たのか……それは分からない。

 私を追ってきたのかもしれないし、更なる破壊を求めているのかもしれない。

 ただ……何故か“過去”へとやって来たその『ギムレー』は、世界を滅ぼそうと暴威を奮っている訳ではない様だ。

 各地で殺戮を繰り返して【怪物】と呼ばれているとは言え……あの“未来”で彼の邪竜が成した破壊に比べれば児戯にも等しい。

 ただ、だからと言ってその脅威が薄れたと言う訳ではない。

 各地で殺戮を繰り返しているのは、魂を喰らって力を蓄える為であるのかもしれないからだ。

 ギムレー教団の者達が標的になっているのは些か腑に落ちないが、元々ギムレーに身を捧げる事を至上の誉れとする様な狂信者達だ。

 ギムレー教団の者達が自ら『ギムレー』へとその身も魂も捧げている可能性も高い。

 

『ギムレー』が既にこの世界に居ると言うのなら、最早一刻の猶予も無かった。

 ヴァルム帝国との戦争を終結させるなり、私達は各地に散らばっていた宝玉を託され、“炎の紋章”を完成させた。

 そして、“覚醒の儀”を執り行い、ファルシオンを完成させたのだ。

 

 その頃には既に、『ギムレー』を討たんと挑んだ様々な者達が数多く殺されるなど、『ギムレー』による被害は到底無視出来ない程にまで膨れ上がっていて。

 何時またあの“絶望の未来”の様な滅びをもたらすのか、それは最早時間の問題と言っても良い程にまで事態は切迫していた。

 

 最早一刻の猶予も無いと、私達は『ギムレー』を討つ為の討伐隊を組織し、『ギムレー』を捜索し始めた。

 あの邪竜の巨体は隠してあるのか、『ギムレー』の行方は中々掴む事が出来ず、時折『ギムレー』による被害だとされる惨殺死体が発見されるも、中々その足取りを掴む事は出来ず、先回りする事も出来ないままであった。

 

 そんな中、私達はある奇妙な旅人の話を聞いた。

 “誰か”を探している様子で、ふらりふらりと村や街を訪れては、いつの間にか去っている。

 しかし、その旅人が村や街を訪れると、その前後でその近くに【怪物】による被害者が発見されるのだ。

 父の軍師であり、私の恋人であるルフレさんと似た……と言うよりも同じローブを纏っているらしいその旅人は、何時しか行商人などの噂話を通じて【死神】と呼ばれる様になったらしい。

 その【死神】と呼ばれる旅人と、【怪物】……もとい『ギムレー』は、同じ存在なのではないだろうか?

 そう考えた私達は、その旅人の足取りを追う事にした。

 

 そして、終に見付けたのだ。

 

 ルフレさんと、紅い眼を除けばそっくり同じ顔をした、『ギムレー』の姿を。

 だが……やっと対峙した『ギムレー』は、何故か酷く驚いた様な顔をして、私を見詰めているのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 探し求め続けていた愛しい人が突然に目の前に現れて、『僕』は一瞬困惑してしまう。

 

 ずっとずっと、君を探していた。

 その手をもう一度掴みたくて、もう一度君と共に生きたくて。

 君を、今度こそ守ってあげたくて……。

 

 愛しさが込み上げてきて、息が詰まってしまいそうだ。

 

 

「ルキナ……良かった……やっと、君を……」

 

 

『僕』の記憶の中に残る姿よりも、幾分か大きくなっているけれど。

『僕』がルキナを、愛しい宝物を、見間違える筈はない。

 愛しい子、愛しい人、たった一つ『僕』の手に残った宝物。

 もう大丈夫。

『僕』が君を守ろう。

 この命の限り、ずっと、ずっとずっと……何時までも。

 もう恐がらなくて良い。

 恐いものは、君を傷付けるものは、『僕』が全て壊してあげる。

 だから──

 

 

 しかし、ルキナへと伸ばした手は、険しい眼差しのローブの男によって遮られた。

 そのまま男はルキナを庇う様に、一歩前に進み出る。

 

『僕』と全く同じ顔、同じ服装の、『僕』ではない“誰か”。

 その姿を見ていると、胸が不吉を訴える様に騒めく。

 ルキナを『僕』から隠すように、敵意の籠った眼差しで射抜いてくる男。

 

『僕』は、彼を知らない。

 知らないが……誰よりも知っている様な気すらもする。

『僕』からルキナを奪った存在、ルキナを捕らえる者。

 ああ……そうか、この男が……。

 

 

「ルキナを、返せ」

 

 

 ともすれば有無を言わさず殺しそうになる程の激情をギリギリの所で抑えながら、そう『僕』が訴えると。

 男──『ギムレー』は益々その眼差しに敵意を漲らせる。

 

 

「返せ……?

 何を言っているんだ……。

 ルキナはお前のモノじゃないだろうに」

 

 

 訝る様な『ギムレー』のその声音に、『僕』は怒りを抑える事も忘れて声を枯らさんとばかりに叫んだ。

 

 

「お前がっ……!

 お前が『僕』から奪ったんだっ……!

 全部、全部……っ。

 お前が……『ギムレー』が居なければっ、『僕』は……っ!

 “何も”喪わなかったのに……。

『僕』にはもう……ルキナしか居ないのに……っ!

 そのルキナすら、お前が奪ったんだろう……!?」

 

 

 守ると、『僕』はルキナに約束したのに。

『僕』は守れなかった。

 守って……あげられなかったのだ。

 

 怒りと哀しみで視界が紅く染まった様にすら思える。

 

 ああ……それなのに。

『僕』の“何もかも”を奪っていったと言うのに。

『ギムレー』は、何一つ心当たりが無いとでも言いた気に困惑していた。

 

 “何もかも”。

 そう、『僕』は“何もかも”を奪われたのだ。

『僕』にも、大切なモノが沢山あったのに、愛していたモノがあんなにも沢山あったのに。

 “何もかも”……っ!

 ルキナの“幸せ”だって、笑顔だって、『ギムレー』によって奪われたのだ。

 到底、赦せる筈もない。

 その存在の全てを否定して、殺してやる。

 その為に『僕』は……。

『ギムレー』を消し去る為に、こうやって“やり直した”と言うのに……!

『ギムレー』にとっては、『僕』から“何を”奪ったのかなど、取るに足らぬ事でしかなく、記憶の片隅にも残っていないのだ。

 

 やはりコイツは存在してはいけない。

 消し去ってやる。殺してやる。

 完膚無きまでに叩き潰して、絶望に染め上げて殺してやる。

 

 グルグルと『僕』の中に渦巻く怒りは止まる事を知らず、魔力の奔流となって漏れ出てしまっている。

 

 大丈夫。

『僕』なら、コイツを殺せる。

 コイツを殺せば、『僕』はやっとルキナを取り戻せるのだ。

 

 

「死ね……っ!」

 

 

 跡形も残す事なく消し飛ばしてやろうと、極限まで凝縮させた力を解き放とうとしたその時。

 

 

 

「な、何を言っているんですか……!?

 ギムレーは、あなたの事でしょう!?」

 

 

 

 ルキナの悲鳴の様な、そんな困惑と怒りに満ちた言葉が、『僕』の動きを止めた。

 

 

「ルキナ……?」

 

「私からお父様達を奪ったのも!

 私達の世界を滅茶苦茶に壊して……あんな“未来”にしたのも!

 全部っ、あなたがっ……!!!」

 

 

 その心を締め付ける様な叫びは、まるでルキナの魂の慟哭の様で。

『僕』は、痺れた様に動けなくなる。

 

 ルキナの言っている言葉のその意味が、分からない。

『ギムレー』? 『僕』が……?

 

 

「私から全てを奪って……!

 それでもまだ、足りないと言うんですか……!?

 こんな所まで私を追いかけてきて……。

 やっと出会えた大切な人を……!

 ルフレさんを、私からまた奪うつもりなんですか……!?」

 

「ち、違っ……。

『僕』は、ただ……君を……」

 

 

 そう、『僕』はただ……守りたかっただけなのだ。

『僕』の大切な人を、大切な愛し子を。

 今となっては遠くの昔に、幼いあの子と約束した通りに。

 もう『僕』には、ルキナしか……ルキナしか守れるものはないのだから。

 

 

「もうこれ以上私から奪わないでください……!

 お父様も、お母様も、リズ叔母様も、ウード達も……っ!

 みんなあなたに殺された!

 お父様の仲間も、私の仲間達も、誰も彼もみんな殺して……!

 幾億の民の骸を積み上げて……!

 国も世界も未来も滅ぼして……!

 これ以上何を望むんですか?

 一つの世界を滅ぼしただけでは満たされず、過去も何もかもを滅ぼそうとしているんですかっ?!」

 

「違う……!

『僕』は、『僕』はただ……“やり直そう”と。

『ギムレー』を、“無かった事”にして、そうすれば……。

 そう、そうだ……。

 ……『僕』は。『僕』はっ、『ギムレー』なんかじゃないっ!

『僕』は『ルフレ』だ!」

 

 

 そう、“やり直せば”良い。

 そうすれば“全て”は“無かった事”に出来る。

 全ては、誰もが望んだ通りの“未来”になるのだ。

 全ての罪は犯される前に消え去る。

 喪われたモノは、何事もなくそこに戻り。

 全ては、満たされる筈なのだ。

 

 夢幻に縋る様に、『僕』は必死にその想いにしがみついた。

 もう『僕』にはそれしか残されていない。

 もうそれしか償う方法なんてない。

 何もかも、“無かった事”にするしか。

 

 

 しかし、『僕』の最後の寄る辺たるその虚構は、妄執は。

 誰よりも愛しい人によって、無惨にも打ち砕かれる。

 

 

「あなたはルフレさんなんかじゃない!

 ルフレさんは、私が愛する人は、ここにいるただ一人です!

 あなたは、私から全てを奪っていった、ギムレーだっ!!!」

 

 

 そのルキナの魂の叫びは。

『僕』の目を覆っていた全ての虚構を剥ぎ取った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ずっと、一緒に居たかった。

 僕も皆と共に生きていけるのだと、何の疑いもなく信じていた。

 

 僕とクロム達が出会ったのは、大きな戦乱が多くの国を呑み込もうとしていた……そんな動乱の時代で。

 哀しみも苦しみも、僕らは沢山味わってきた。

 沢山の絶望や悲劇に抗って、大切な仲間達の為に共に戦場を往く内に何時しか神軍師だなんて讃えられる様になっていったけど。

 僕と皆の日々は、変わったりはしなかった。

 

 何時だって僕の隣にはクロムが居て。

 戦いが終わる度に、疲れきっているけれど生き延びた喜びをその顔に浮かべた仲間達と祝杯をあげて。

 何時か全ての戦乱を終わらせた時の未来を、きっと来る筈の何時かを、一緒に語り明かした。

 

 戦争と戦争の間にあった短く細やかな何よりも尊い平和な時には、クロムや皆には子供が産まれていた。

 仲間達の子供と言う事もあって、どの子もみんな僕にとっては可愛い子達で。

 小さな彼らを抱き上げる度に、この小さな命を守りたいと、そう思っていた。

 彼らが生きる世界が、未来が。

 少しでも平和なものである様にと、幸せなものである様にと。

 それを願って、僕たちは戦っていたのだ。

 僕は軍師として、彼らから親を取り上げて戦へと駆り出してしまう酷い大人だったかもしれないけれど。

 それでも、一人も欠ける事なく子供達のもとへと帰れる様に、必死に自分が持てる全てを使って、策を示し続けてきた。

 

 大切だった。

 愛していた。

 

 仲間達を、彼等が作り上げていた“幸せ”を、命の繋がりを。

 掛替えの無い、愛しい宝物達を。

 僕は……守りたかったのだ。

 

 中でも特別に大切だったのは、やはりクロムと……その愛娘であるルキナだった。

 僕の半身、何よりも大切な……生涯の親友。

 クロムと共に過ごす時間が一番多かったからこそ、僕は子供達の中ではルキナと一番時を過ごしていた。

 

 怖い夢を見たと怯える幼いルキナに寄り添う日もあった。

 勉強に飽きたルキナのままごとに付き合って遊んだ日々もあった。

 戦禍の足音が再び近付いてくる事を敏感に感じ取って不安がるルキナと、僕が守ってあげると……そう約束を交わした事もあった。

 

 大事な親友の愛娘と言う事もあって、僕は一等ルキナを大切にしていて。

 まるでもう一人の父親の様だ、なんてクロムにからかわれた事もあった。

 

 共に生きていたかった。

 何時か逃れ得ぬ死が僕らを別つのだとしても、それはまだまだ先の事であると、そう無邪気に信じていたし、別たれた後もずっと心は繋がっていられると信じていた。

 僕は人と共に……彼らと共に生きていける存在なのだと、そう……何の疑いもなく信じていたのだ。

 

 だけれども。

 

 産まれながらに僕がこの身に背負っていた宿業は。

 そして、滅びを望む狂った妄執の連鎖は。

 そんな細やかな僕の願いを、祈りを、赦しはしなかったのだ。

 

 

 最悪の形でクロムを裏切り、その命を奪ってしまった僕は。

 その絶望を食い荒らされる様にして、ギムレーへと成り果ててしまった。

 いや、僕は産まれながらにしてギムレーであったのだからその言い方は正しくないか。

 何時かは辿り着く終わりが、その瞬間にやって来てしまった。

 そう言う事だったのかもしれない。

 

 僕は、人と共に生きていける存在ではなかった。

 それはきっと、最初から。

 

 夢を見なければ、僕が自分の成れ果てる先を知っていれば。

 そうすれば、こんな結末を迎えてしまう前に、クロム達から離れられたのではないかと。

 僕は何度も何度も……最早どうする事も出来ないのだと理解していながらも、尽きる事の無い後悔と絶望に苛まれ続けていた。

 

 だけれども、ギムレーへと成り果ててしまった僕は止まらない。

 僕としての意思なんて無関係に、殺戮と破壊を世界に振り撒き続けていた。

 

 クロムを殺した。

 仲間達を殺した。

 仲間達の子供達を殺した。

 沢山の民を殺した。

 国を滅ぼした。

 大地を滅ぼした。

 生きとし生ける全てを滅ぼし、焼き払った。

 

 僕の嘆きを、絶望を、後悔を。

 嘲笑う様に。

 僕が愛していた全てを、守りたかった全てを。

 その何もかもを。

 ギムレーと成り果てた僕は、蹂躙して壊し尽くしていった。

 

 何もかもを壊し尽くして。

 壊せるモノなんて、最早何もない。

 観測する存在が自分を除いて居なくなったから、時の流れすらも不確かになった滅びの大地。

 そんな終焉の最果てにまで、ギムレーと化した僕は終に辿り着いてしまった。

 

 そして。

 何もかもを壊し尽くしたギムレーは。

 際限の無い破壊衝動の化身である人格は。

 まるで満足したかの様に暫しの眠りに就いたのだ。

 

 後に残されたのは。

 最早償う事も出来ず、償う相手も全て殺し尽くしてしまった……。

 そんな……最早どうする事も出来ぬ罪業を背負った、『僕』の人格だった。

 

 背負うには重過ぎる罪禍に、僕の心がもたらす呵責に。

 そして、何もかもを喪った……壊してしまった世界に唯一人取り残された事実に耐えきれなくなった『僕』は。

 ……狂ってしまったのだ。

 

 自分を『ルフレ』だと、ギムレーとして成り果てる前だと誤認して。

 自分の咎も、自分がもたらした災禍も何もかもを、『ギムレー』に押し付けて。

 

 狂って狂って、狂い果てた『僕』は。

 唯一、『僕』がまだ喪っていない可能性があったもの。

 たった一人だけ残された、守りたかったモノ。

 僕が殺してしまったクロムの愛娘であり、僕にとっても大切な宝物であったルキナへと、狂った執着を向けたのだ。

 

 ナーガを食い滅ぼす直前。

 最早死に絶えたこの世界……いや、この時間軸から、ナーガがルキナを時の方舟に乗せて何処かへ逃がしたのを確かに『僕』は見たのだ。

 

 きっとルキナは生きている。

 そこが何処なのかは分からないけれど、きっと時の流れが行き着いた先で、きっとルキナは生きているのだと。

 そう『僕』は信じたのだけれど。

 

 しかし、狂い果てていた『僕』は、ルキナは『ギムレー』によって連れ去られたからここには居ないのだと、そんな風に狂った考えに支配されていた。

 ……ルキナは、ギムレーである『僕』から逃がす為に、過去へと送られたと言うのに……。

 

 取り戻さなくては、と。

 狂った『僕』は執拗にルキナを求めた。

 ……もうルキナしか、『僕』には残されていないから。

 だから、かつて交わした「守る」と言う約束に固執した。

 守らなくてはならないのだと、そう思い込む様になったのだ。

 

 そして、“取り戻す”為に。

 狂った『僕』は、“やり直す”事を、考え付いたのだ。

 

 過去に遡って、自分がギムレーへと成り果てる結末を変える事が出来れば、自分が犯した罪の何もかもを“無かった事”に出来るのではないかと、喪った……自分が壊してしまった全てを取り戻せるのではないかと。

 

 …………犯した罪を“無かった事”にする方法なんて、有りはしない。

 例え過去に戻った所で、『僕』がギムレーである事実は、ギムレーと成り果てて大切なモノを全て壊してしまった事実は、絶対に消えない。

 やり直した所で、また別の時の流れが生まれるだけ。

 “過去”のルフレがギムレーと成り果てる結末がなくなるのだとしても、今ここに居る『僕』は何一つとして変えられないのだ。

 ……本質的な意味では、“やり直す”事なんて、不可能なのだ。

 それは、ギムレーの神の如き力を以てしても。

 

 だけれども、既に壊れていた『僕』は、それを無意識の内には理解しつつも、その不都合な事実からは目を反らした。

 夢想と言う名の虚構で真実を覆い、虚無の中に溺れて目隠する事を選んだのだ。

 

 だけれども、本当は分かっていた。

 例え“過去”を変えた所で、僕の大切なモノは、何一つとして帰って来ない事を。

 だから、『僕』は、ルキナだけに固執し続けたのだ。

 それしかもう、残っていない事を。

 “やり直して”、そしてまたもう一度取り戻せるかもしれないのは、ルキナだけだと……誰よりも本当は理解していたから。

 だから、“やり直す”のだと、“取り戻す”のだと散々嘯いていても、『僕』は一度もクロムや仲間達の事は考えようとはしてこなかった。

 イーリスと言う国の事すらも、無意識の内に思考の端に過らない様にさせて。

 

 ………………。

 それでも、“やり直す”事しか、最早『僕』には縋れるモノは無かったのだ。

 全てが死に絶えた世界に取り残される事も耐えられず、犯した罪の重さにも耐えられなかった、剰りにも愚かで弱い『僕』には、もう……それだけしか……。

 

 だから、『僕』は“やり直す”為に、“過去”へと跳んだのだ。

 流れ着いたそこにルキナも居たのは、偶然と言うには出来すぎている気はするけれど、少なくともそれは『僕』の意図した事では無かったのは確かだ。

 

 そして『僕』は……“やり直す”為に、ギムレーへと成り果てた結末を“無かった事”にする為に、ファウダー達が率いるギムレー教団の者達を完膚無きまでに鏖殺する事にしたのだ。

 ……何れ程自分を『ルフレ』だと錯覚していようとも、『僕』はもうルフレではなくギムレーだ。

 だからこそ、ルフレとしては有り得ない様な手段を、何の疑問も感じる事なく選ぶ事が出来てしまう。

 

 きっと『僕』が殺してしまった人達の中には、ギムレーの復活とは無関係だった人も大勢居ただろう。

 襲ってきた人達だって、ギムレー教団の刺客なんかではなく、ただ単に大切な人の仇を取ろうとしていたのかもしれない。

 それどころか、そもそもギムレー教団とは関わりもない人達も、沢山殺してしまっていたのかもしれない。

 ……だけれども。

 自分の都合の良い幻影しか見えてなかった『僕』には、彼等が等しく『ギムレー』を甦らせ様としている敵にしか見えなかったのだ。

 だから、何の躊躇いもなく殺せた。

 ……いや、判っていたとしても、きっと『僕』は殺す事に躊躇いなんて持てなかっただろう。

 

 今だって。

 ルキナやクロム達を殺す事は出来ないけれど、それ以外なら……きっと何も感じる事もなく殺せてしまう。

 ……やはり『僕』は、ルフレではありえない。

 人と共に生きていける筈などない、ギムレーだ。

 

 

 “過去”は変えられない。

 “やり直す”事なんて出来はしない。

 喪ったモノを“取り戻す”術なんて、何処にもない。

『僕』がみんなに償う方法なんて、無い。

 ……『僕』は、ギムレーでしかないのだ。

 

 

 その事実を。

 目を反らし続けてきた真実を。

『僕』はやっと、認めた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「そう、か……」

 

 

 漸く虚構の夢から醒めた『僕』が永い永い沈黙の後にやっと溢したのは、その一言だった。

 

 さっきまであれ程に荒れ狂っていた感情は、凪いだ様に静まり。

 この胸を満たすのは、諦念の様な……静かな静かな哀しみだった。

 

 最早ルキナの言葉を否定しようなんて思わない。

 それが紛れもなく真実であるのだと、理解しているから。

 夢を見る時間は終わった。

 ただ、それだけだ。

 

 後に残ったのは、哀しみと絶望と後悔と罪悪感だけ。

 それでも、それらは激しく荒れ狂う様なモノではなく、深い深い淵に沈み行く様な……そんな静かで底の無い感情である。

 

 

 ふと、ルキナの手に握られているファルシオンに目をやった。

 神竜の力が溢れんばかりに輝いているその刀身は、“覚醒の儀”を果たして真の力を解放されている状態である事を示している。

 あのファルシオンに貫かれれば、死ねはしなくとも『僕』は眠れる事が出来る。

 だけれども……。

 

 例えもうルキナの記憶の中に僕が居ないのだとしても。

 それでも、ルキナ自らがその手を汚す必要なんて無い。

『僕』はギムレーでしかないけれど、見た目はルフレと同じだ。

 ルフレと同じ姿の『僕』を討つ事は、ルキナにとっては少なからぬ負担になるのではないだろうか。

 

 例えそれが狂った妄執であったのだとしても。

『僕』がルキナを想う気持ちに偽りは欠片も無いし、守りたいと想う気持ちは、“幸せ”にしてあげたいと願った心は、本物だ。

 それだけは、嘘偽りの虚構の夢に溺れていた『僕』であっても、胸を張って言える。

 

 

 だからこそ、ルキナの手を煩わせるつもりは無い。

 

 

『僕』は改めて“ルフレ”を見た。

 この“過去”の……まだギムレーへと成り果てていない“自分”。

 彼もまたルフレである以上は、『僕』と同じ様な末路を辿る可能性は無いとは言い切れないかも知れないが……。

 暴走した『僕』の凶行によるものとは言え、最早ギムレー教団が滅びたこの世界では、態々ギムレーを甦らせようとする者も、そしてルフレがギムレーの器である事を知る者も最早居ないであろう。

 用心するに越した事は無いだろうけれども、きっとこの“ルフレ”なら大丈夫だろう、とも思う。

 目覚さえしなければ、ルフレはルフレとして……人として、人と共に生きていける。

 

『僕』には出来なかったその生が羨ましくないとは言えないけれど、妬ましさとかは感じられない。

 自分にももしかしたらそんな道があったのかもしれないな……と、そんな穏やかな気持ちで居られる。

 寧ろ、この“ルフレ”がルフレとして生き、そして人として死ぬ。

 それこそが、ギムレーになるしかなかった『僕』の運命に対する意趣返しになるのではないだろうか。

 ルキナに寄り添う様にして立つ“ルフレ”に、羨ましさと共に微笑ましさを感じた。

 

 

 そして『僕』はもう一度ルキナを見詰める。

 

 もう幼い子供ではなくなったルキナは、誰かに守られるだけの存在ではなくなった。

 凛とした美しさを持って成長したルキナの姿に、思わず目を細めてしまう。

 

『あの日』から時を止めてしまった『僕』と、成長を続けてきたルキナ。

 その差は剰りにも眩しくて、そして幾許かの寂しさを感じる。

 願わくば、ずっとその傍でその成長を見守っていきたかったのだけれど。

 ……それは最早今となってはどうする事も出来ぬ、夢物語であろう。

 

 あの愛しい幼子は、もう自分で歩いていける。

 守りたいものを見付け、共に生きていきたい人を見付けた。

 ルキナを守るのは、最早『僕』の役目などではない。

 ルキナと人生を共に生きるのであろう、“ルフレ”の役目だ。

 

 

 自分の結末を見定めた『僕』は、最後に、と天を仰いだ。

 あの滅びた“未来”のそれとは似ても似つかぬ程の、穏やかで美しい黄昏の空がそこには広がっていて。

『僕』には些か不相応な程である。

 それでも、悪くはない。

 

 

「…………ルキナ、今更どう謝っても赦されるではないけれど、……済まなかった。

 君の未来が、今度こそ“幸せ”なものである事を、心から願ってる……。

 ……幸せに、ね」

 

 

 それが償いになるとは思わないけれど。

 それでもこれが、『僕』に出来る精一杯だった。

 

 

 世界を滅ぼし、偽りの夢に溺れた愚かな悪い竜は死んだ。

 それで良い。

 そこにどんな想いがあったのかなんて、何の意味もない。

 “めでたしめでたし”で締められた物語の先で、ルキナ達が幸せに生きてくれるのなら、『僕』には他には何も要らないのだ。

 

 

 これで、やっと眠れるのだ。

 この魂に行き着ける場所なんて無いだろうけれども。

 それならそれで良い。

 

 

 ギムレーの力でこの身を焼き滅ぼした『僕』が最後に見たのは。

 懐かしく愛しい親友が、微笑んで手を差し伸べてくれる……そんな優しい幻だった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

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