『FE覚醒短編集』   作:OKAMEPON

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『現の狭間、悪夢の終わり』【上】

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 私は『あの人』の事を憎んでいた。

 

 お父様に誰よりも信頼されていた筈なのに、その信頼を裏切ってお父様を殺した「裏切者」。

 世界を絶望に落とした張本人であろう『あの人』を。

 私は、ずっとずっと恨んでいた。

 

 必ず帰ってくると、あの日私に約束した『あの人』は。

 同じく戦いに赴いたお父様と共に、二度とは私の元へ帰ってくる事は無くて。

 ……『あの人』が裏切者であったのだとは、お父様の仲間達は誰も言わなかった。

 だけれども。

 私が『あの人』の名を出す度に、誰もが皆が哀しそうに目を伏せ、「どうか君だけはあの人の事を憎まないであげてくれ」と、そう言うのだ。

 

 だからこそ、ああ、『あの人』が、と。

『あの人』がお父様を殺したのだと。

 そう私は確信して。

 絶望しか無い未来を変える為に過去へと跳んだ時に。

 その機会が来たら、未来の悲劇を変える為に、過去の『あの人』を殺すつもり……であった。

 

 

 だけれども。

 過去のお父様に自らの正体を明かし、そしてそれを受け入れて貰って軍に合流して、過去の『あの人』を見定めている内に、私の中に迷いが生じた。

 

 知れば知る程に、接すれば接する程に。

 …………何時かはこの過去のお父様も裏切るのであろう『その人』は……ルフレさんは。

 そんな事は絶対に有り得ないとも断言出来る程にお父様と強い絆で結ばれているのが、誰に言われずとも理解してしまった。

 もし裏切りを強要されそうになったら、お父様を害する位ならば、彼は迷わずに自害するであろう事も。

 ……それはきっと、この「過去」だけではなく、あの「未来」でだって、そうだったのだろう。

 だからこそ、「どうして?」と思わざるを得なかった。

 どうしてここまで強い絆で結ばれているのに。

 何故、あの「未来」は、私の世界は。あの様な絶望に満ちた終焉を迎えなければならなかったのか、と。

 

 私には、分からなかった。

 分からないからこそ、私はルフレさんを観察した。

 観察して、交流する内に、彼の心に触れる内に。

 私はいつの間にか、ルフレさんを想い慕い恋い焦がれる様になり、そして。何時か「終わりの時」が来ると分かっていながらも、ルフレさんと結ばれた。

 

 ……それでも、疑問の答えは見付からないままだった。

 

 あの未来の『ルフレ』さんは何を思っていたのだろう。

 何を願っていたのだろう……。

 ……そして、何故。お父様を裏切ったのだろう。

 

『ルフレ』さんとお父様の間にも、確かな絆があった。

 だから、その裏切りは、何かの誤解なのではないかと。

 憎しみを向けるべき相手では無いのではないのか、と。

 そう思い悩むけれども、私の答えは出ないままだった。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 くらいくらいやみのなかで。

 わたしは、ひざをかかえてなきじゃくっていました。

 

 やみはとてもふかく、わたしがないているこえいがいにはものおとひとつしません。

 どれだけないても、どれだけさけんでも。

 だれのこえもしない、だれのけはいもしない。

 だれも、たすけにきてくれない。

 ふかいふかいやみのなかで、わたしはひとりぼっち。

 

 じぶんのすがたもみえないやみのなかでは、じぶんがこのくらやみのなかにとけてしまったようにもおもえてしまい、とてもとてもこころぼそくなります。

 

 

 ── ここは、どこなのでしょう……

 ── ……わたしは、だれなのでしょう……

 

 

 どうしてじぶんがここにいるのか、そして『わたし』がだれなのか、わたしにはなにもわかりませんでした。

 なにもわからないわたしには、このやみのなかからぬけだしたくても、どこへいけばいいのかがわかりません。

 ひとすじのひかりすらもないやみのなかがこわくて、どうしたらいいのかもわからないまま、わたしはひとりぼっちのこころぼそさとふあんにひざをかかえなきじゃくるしかありませんでした。

 

 どれくらいそうしていたのでしょうか。

 

 ふと、とおくから。ちいさなちいさなひかりが、ゆっくりとこちらにちかづいてきていました。

 あわててだれかを、いっしょうけんめいにさがしているようにウロウロとさまようそのひかりにきづいてほしくて、わたしはいっしょうけんめいにこえをあげます。

 すると、やっとさがしていたものをみつけたように、そのひかりはまっすぐにわたしにちかづいてきました。

 

 

「ああ、良かった……どうにか間に合ったんだね……」

 

 

 よるいろのローブをきて、まぶかにフードをかぶったそのひとのかおは、わたしにはよくはみえません。

 だけれども、わたしをきづかうそのやさしいこえは、とてもとても……なつかしいきがするこえでした。

 とおくからでもみえていたひかりは、そのひとがひだりてにもっていた、ちいさなランプのひかりでした。

 

 

「ごめんね、遅くなってしまって……。

 ……大丈夫? 立てるかい?」

 

 

 そういって、そっとわたしにみぎてをさしだしてくるそのひとを、……わたしはしりません。

 それにそもそも、わたしは『わたし』がだれなのかがわかりません、そのひとがさがしていたのは、ほんとうにわたしだったのでしょうか? 

 だから、わたしは、そのてをつかまずに。

 そのひとにたずねました。

 

『あなたはだれですか?』『わたしはだれですか?』と。

 

 そうたずねると、だれかもしらないそのひとは、とてもあせったようなそぶりをみせます。

 

 

「まさか、もう名前まで奪われてしまっているなんて。

 もっと早くに僕が君を見付けられていれば……。

 ううん、今ならまだ、間に合う筈だ……」

 

 

 そういって、そのひとはフードをふかくかぶったまま、わたしにめせんをあわせるようにみをかがめました。

 

 

「君の名前は、『ルキナ』だ。

 その名前をしっかりと持ち続けるんだ。

 ……いいかい。このままこの闇の中に居続けては、君の心は遠からずこの闇の中に溶けて消えてしまうよ……。

 こんな場所にずっと独りぼっちなのは、寂しいだろ? 

 でも、大丈夫だよ。出口まで僕が案内するからね。

 だからね。ほら、行こう?」

 

 

 そのひとがおしえてくれた『ルキナ』というなまえは、とてもしっくりとわたしになじみます。

 

 そうです、わたしは『ルキナ』です。

 

 どうして、たいせつななまえなのに、ぜんぜんおもいだせなかったのでしょう。

 それに、やっとなまえをおもいだしたわたしは、なくしてしまったものがなまえだけではないことにもきづいてしまいました。

 

 むねのうちにふくらむふあんからそのひとをみあげると、そのひとはだいじょうぶだよ、とやさしくあたまをなでてくれます。

 

 

「君の大切なモノは、ほんの少しの間、闇の中で見えなくされてしまっているだけだよ。

 ここを抜け出せば、全て取り戻せる。

 ……大丈夫。僕が君を守るよ。今度こそ、必ず」

 

 

 そういってあらためてそのひとがさしだしてきたみぎてを、わたしはしっかりとつかみました。

 わたしのちいさなてを、そのひとはそっとつよすぎないようにやさしくにぎりかえしてくれます。

 

 わたしは、そのてをしっているきがしました。

 そのやさしさを、そのあたたかさを。

 わたしは、しっていたはずなのです。

 でも、やっぱりなにもおもいだせません。

 

 

「うん、じゃあ行こうか」

 

 

 フードのしたで、そのひとはわたしにそっとやさしくほほえんでくれました。

 

 ゆるくわたしのてをひいて。わたしのちいさなほはばにあわせるようにして。

 そうやってわたしのてをやさしくひく、そのてを。

 けっしてわたしをおいていかないようにとゆっくりすすむ、そのおおきなせなかを。

 わたしは、なぜだかとてもなつかしいとかんじます。

 それなのに、わたしはそのひとをおもいだせません。

 

 そうして、ランプのあかりだけをたよりに、わたしと、だれなのかもわからないそのひとは。

 くらいくらいやみのなかを、そのどこかにあるでぐちをめざしてあるきはじめました。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 稀代の名軍師だと、神軍師だのと謳われていても、自分は愛する人を助ける事一つ満足に出来ないのだ……。

 

 防げなかった自責の念と、何も出来ない無力感に苛まれ、ルフレは幾度目になるとも知れぬ溜め息を溢す。

 憔悴しきったルフレの傍らのベッドには、こんこんと眠り続けるルキナの姿があった。

 その姿はただ眠っているだけの様でもあるけれど……。

 だが、声をかけようが揺さぶろうが微動だにしないその眠りは、尋常のモノでは無かった。

 

 瞼を閉じれば、そこに焼き付いてしまったかの様に、戦いの最中に敵の呪術を受けたルキナが崩れ落ちる様にその場に倒れる光景がルフレの脳裏に甦る。

 

 あの時、あの瞬間。

 ルフレは少しルキナから離れた場所で前衛の兵達の指揮を取っていた。だからこそ、間に合わなかったのだ。

 何て事は無い戦いだと思っていた。

 ペレジアから流れてきたと思われる呪術師の攻撃は些か厄介ではあったが、傭兵崩れの野盗の襲撃など大した脅威では無く、実際戦いはルフレ達に優勢に進んでいて。

 そこに油断が無かったとは、言えない。

 

 ルキナから少し離れた場所にいた呪術師が何かを仕掛けたのが遠目に見えた次の瞬間に。

 ファルシオンを手に盗賊達を薙ぎ払っていたルキナが、糸を断ち切られた操り人形の様に動きを止めて。

 そして、力を喪った様にその場に倒れた……。

 

 その光景を目にした次の瞬間には、自身を囲んでいた敵を反撃すら瞬く間に全て斬り伏せて、ルフレはルキナに駆け寄って、その状態を確認した。

 息はあり外傷は何処にも無い筈なのに、抱き起こしても何の反応も返さないルキナに嫌な予感が広がって。

 ルキナに何かを仕掛けた術者を殺さず、咄嗟に生け捕ったのは、軍師としての勘の様な判断力故であった。

 

 そして一連の戦闘が終わった後、ルキナを呪術的に診てくれていたサーリャとヘンリーが。

 術者が所持していた道具とルキナの症状から割り出したルキナに掛けられた呪術の正体が、解除法の存在しない危険極まりない「禁呪」であるのだとルフレに告げた。

 

 例え術者を殺そうともその「禁呪」は解けず、外部から無理に干渉しようものなら、「禁呪」に囚われた者の魂は無惨にも砕かれ、二度と目覚める事は無いのだと……。

 

「禁呪」を解く方法は、ただ一つ。

「禁呪」の齎した闇の眠りに囚われた当人が、「禁呪」を破り目覚めるしかない。

 しかし、「禁呪」の闇によって少しずつ少しずつ記憶や名を奪われ……そして遠からず魂ごと闇に呑まれる中で、自力で「禁呪」を破る事は、熟練の呪術師であっても至難の業であるとも……ルフレは告げられた。

 

 そして。

 呪術自体にそう強い耐性がある訳では無いルキナでは、特に困難を極めるであろうとも……。

 

 ……それを、ルフレは、言葉も無く受け入れるしか……出来無かった。

 ……呪術に関してルフレよりもずっと才と知識を持つ二人が、手の施し様が無いのだと首を振るのだ。

 ……呪術の深奥に触れた事すらない自分には、きっと何も出来ないのであろう事はルフレにも分かっていた。

 

 だが、それでも。何もしない訳にはいかず。

 ほんの少しだけでも、きっと眠りの中で戦っているであろうルキナの力になりたくて。

 深い深い悪意の闇に囚われたルキナの孤独な魂に、少しでも寄り添っていたくて。

 

 眠り続けるルキナが静かに寝かされたベッドの傍らで。

 死んだ様に眠り続けるルキナの手を、必死に祈る様にルフレは握り続けている。

 

 

 ……だが、そんなルフレの必死の願いも虚しく。

 ルキナが目覚める気配は、一向に無いのであった。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 まっ暗なやみの中を、わたしたちはどれくらい歩きつづけていたのでしょうか。それは分かりません。

 わたしの手を引きみちびいてくれるその人は、歩きながら色々なことをわたしにはなしてくれました。

 

 それは、とおいむかしだれかからきいた事がある気がするおとぎ話だったり、だれかのお話だったりしました。

 わたしの手を引く、だれなのか分からないその人は、わたしのことについてもたくさん話してくれます。

 わたしがうまれた日のこと、はじめてわたしがその人とであった日のこと……。

 本当にたくさんたくさん話してくれました。

 わたしはやっぱりその人を知っている気がします。

 でも、どんなにがんばっても、思い出せないのです。

 

 その人がそうやって話してくれるたびに、虫くいだらけだった思い出がゆっくりとうまっていきました。

 それなのに、どうしても。

 その人のことだけはずっとモヤがかかったままです。

 知っている気がする人、でも知らない人。

 ……そんなふしぎな人。

 この暗やみの中で出会った時よりも、わたしのせたけはうんとのびて、めせんは近くなったのに、それでもその人のフードの下の顔は分からないままでした。

 

 

「あの」

 

 

 そうよびかけると、その人は足を止めずふりむきます。

 

 

「どうかしたのかい、ルキナ? 

 疲れたのならおぶろうか?」

 

 

 やさしくたずねてくるその人に、つかれたわけじゃないのだと首をよこにふりました。

 少しだけ「おんぶ」と言う言葉には心ひかれましたけれど、まだまだじぶんの足であるいていけます。

 言いたかったのは、そうじゃないのです。

 

 

「あの、あなたのことを、なんてよんだらいいですか?」

 

 

 その人のことを思い出せないわたしには、その人をなんてよべばいいのかわかりません。

 でも、よぶ名前もないのはとてもふべんですし、なによりとてもさみしいです。

 だから、わたしはそうたずねました。

 すると、その人は少しかんがえるようにだまって……。

 

 

「うーん……。じゃあ、『おじさん』でどうかな?」

 

 

 とこたえてくれました。

 

 

「『おじさん』?」

 

 

 なんどかつぶやいて、そのことばをたしかめてみます。

 まだなにも思い出せませんが、なぜだかそのよびかたはとてもしっくりきました。

『おじさん』とよびかけると、『おじさん』はうれしそうにそっとほほえみました。

 でも、そのえがおは少しだけさみしそうです。

 さみしいの? とたずねても、『おじさん』はやさしく首をよこにふるだけでした。

『おじさん』とのきおくをまだなにも思い出せないわたしには、なんでさみしそうにするのかはわかりません。

 わたしがきおくをとりもどしたら、『おじさん』がさみしそうにしなくてもすむのでしょうか? 

 そうだったらいいな、とわたしはおもいました。

 そうしてなのかは分からないけれど、『おじさん』のそのさみしそうなえがおを見ていると、むねが少しチクチクといたむような気がするのです。

 どうしてなのでしょう……。

 

 そのこたえはわからないまま、わたしは『おじさん』の手をしっかりとにぎりなおして、歩きつづけます。

 

 そんなわたしに『おじさん』は微笑んで。

 そして、やさしく手をにぎりなおして。

 暗いやみの中を、みちびいてくれるのでした。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 闇の中を歩き続ける内に、少しずつ少しずつ記憶が埋まってゆき、それと共に私は大きくなっていきます。

 最初はうんと見上げなければならない程の『おじさん』との背丈の開きも、少しずつ縮まっていきました。

 

 それでも、何れ程記憶が埋まっても、『おじさん』の事は何も思い出せないままです。

 お父様の事も、お母様の事も、仲間たちの事も、もうすっかり思い出せたのに。

 絶対に私は『おじさん』の事を知っている筈なのに。

 どうしても、『おじさん』の事と、どうして私がこんな場所にいるのかはまだ一向に思い出せないままでした。

 

 闇の中を『おじさん』の手と、その左手で小さな輝きを灯し続けるランプだけろ頼りに歩いていく内に、ふと後ろから誰かの声が聞こえた気がしました。

 私の名前を呼ぶその声に振り向こうとすると。

 

 

「駄目だよ。

 来た道は絶対に振り返っちゃいけない。

 何があっても、何に呼ばれても……。

 振り返ったら最後、この闇に永遠に囚われてしまう。

 ……ここはね、そう言う「決まり」の場所なんだ。

 ……でも、終わりの無い闇なんて、無い。

 進み続けていれば、必ず終わりに辿り着ける。

 だから、大丈夫。僕が必ず君をそこに連れて行くから」

 

 

『おじさん』は、その声から私を引き離すかの様に、繋いだ手を強く引いて。そしてとても真剣な雰囲気で、だけれども優しい声音で、私を諭しました。

 

 

「出口に少し近付いてきたからね、あっちも必死なんだ。

 きっと有りとあらゆる手段で、君をここに引き留めようとしてくる筈だ。

 でも、何があっても絶対に振り向いちゃいけないよ。

 僕を、……僕が握るこの手だけを、今は信じるんだ。

 大丈夫、僕が絶対に君をここから出してあげるからね。

 君には、帰る場所があるんだから」

 

 

 おじさんの言葉に嘘はありませんでした。

 だから私はそれに頷き、背後から囁く様に私の名前を呼び続ける声に耳を塞ぎます。

 何時までも何時までも私の名前を壊れた様に繰り返し囁いていたその声は、私たちに置き去りにされた様に次第に遠ざかって行き、やがては消えてしまいました。

 

 

 ……それからどれだけ歩き続けたのでしょう。

 また、私は名前を呼ばれました。

 今度は過ぎ去った後ろからではなく、前の方からです。

 懐かしく大好きな声によく似たその声に、思わず前を向いて深い闇に目を凝らすと、そこには。

 

 

 大好きな、ずっと逢いたかった「お父様」がいました。

 

 

「お父様」は、にこやかに笑って手を振りながら、「こっちにおいで、ルキナ」と優しく私を呼んでいます。

 思わず、『おじさん』の手を離して駆け寄ろうとした私を、手を離そうとした瞬間に『おじさん』の手が痛い程の力で掴み直して、それを押し留めました。

 

 

「……僕達の前に、よりにもよってクロムの姿を模して現れるなんて、……悪趣味極まりないね。

『その姿』なら、僕を揺さぶれるとでも思ったのかい?」

 

 

 静かに……でも心から激しく怒っている様に。

 だけど、それ以上にとても哀しそうに。

『おじさん』は唸る様に「お父様」を睨みました。

 

 

「ただの【呪い】のクセに、クロムの姿を取るなんて。

 そして、それでこの僕の前に現れるだなんて。

 ……良い度胸をしているね。不愉快だ、消えてくれ」

 

 

 そう言って少し足を止めた『おじさん』は、左手に持っていたランプを「お父様」に向けて振る様に翳しました。

 すると、まるで雪が溶ける様に、確かにそこに居た筈の「お父様」の姿は掻き消えてしまいます。

 そして何かの断末魔の様な声が、闇の中に響きました。

 それは「お父様」の声とは似ても似つかないもので。

 ……ああ、あの「お父様」は、紛い物だったのだと。

 そう私が理解するのには十分な程醜悪なモノでした。

 

 

「例え本物と似ても似つかない醜悪な紛い物でも、クロムの姿をしたモノを消すなんて……最悪な気分だ。

 ……もう、僕のクロムは……。

 ……いや、何でもない、じゃあ行こうか、ルキナ」

 

 

 苦しそうに、哀しそうに、今にも死んでしまいそうな程辛そうにそう呟いた『おじさん』を放っておけなくて。

 私は空いた右手でその背中を、そっと撫でました。

 本当は頭を撫でてあげたかったのだけれど、私では背が全然足りなくて手が頭に届かなかったのです。

 

 

「大丈夫ですよ、『おじさん』。

 きっとお父様は許してくれますから」

 

 

 例え全く同じ姿をしていたのだとしても、自分の偽物を消した事をお父様が咎める事は絶対に無いでしょう。

 そんな当然の事を思ってかけた言葉だったのに。

 どうしてだか『おじさん』はフードの下で今にも泣き出しそうに顔を歪めた気がしました。

 そして、私の手を握るその手が、小さく震えます。

 

 

「……赦して、くれるのかな……。

 ううん、あの時だって、クロムは……」

 

 

 泣かないで欲しかったのに、『おじさん』はポロポロと涙をこぼしてしまいました。

 フードから見えるその頬を伝って、『おじさん』の流した涙の雫は後から後から零れ落ちてゆきます。

 大人の人が泣いている所を余り見た事が無くて、どうしたら『おじさん』が泣き止んでくれるのか分からない私は、何も出来ずにおろおろするしかありませんでした。

 

 

「『おじさん』、大丈夫ですか?」

 

「……ごめんね、心配かけちゃったかな。

 うん、僕は大丈夫だよ。

 少し哀しくて……そして嬉しかっただけだから……」

 

 

 私を安心させる様に『おじさん』は微笑みます。

 でもその笑顔はとてもとても寂しそうで。

 それを見ていると、私の胸はまた苦しくなりました。

 視界は潤み、ポタポタと涙の雫が頬を伝って行きます。

 

『おじさん』が哀しんでいるのが、とても辛いのです。

『おじさん』は私の事を沢山知っているのだから、絶対に私は『おじさん』の事をよく知っている筈なのに。

 それなのに思い出せない事が、とても悲しいのです。

 そして、そんな『おじさん』が寂しくて哀しい気持ちなのに、何も出来ない自分がとても悔しいのです。

 私が黙ったままポロポロと涙を溢していると、『おじさん』は途端に狼狽えてしまいました。

 

 

「ごめんね、僕の所為……だよね……。

 駄目だな、君を哀しませたくなんて無いのに……」

 

 

 違うんです、と言いたくて。

 でもきっと言葉だけじゃ、ちゃんと伝わらないから。

 私は『おじさん』の手をギュッと握りました。

 

 するとおじさんは、驚いた様に少しだけ息を詰めて。

 私を安心させる様に、優しくフワリと微笑みます。

 そして。そっと優しく私の手を握り返して。

 何処かとても懐かしい声で、とても懐かしくて優しい歌をそっと歌い始めました。

『誰か』と一緒によく歌っていた筈のその歌を、私も『おじさん』につられる様にして思わず口ずみます。

 二人で歌う内に、涙はいつの間にか止まっていました。

 そして、『おじさん』と私は歌を口ずさみながら、また手を引いて引かれながら歩き出しました。

 

 前も見えない暗い闇の中を歩きながらでも、そうやって歌を歌うとどうしてだか気持ちが前向きになれます。

 思い出せないけれど何時か何処かで、私は『おじさん』とこうやって歌っていた事があったのでしょうか? 

 

 それは分かりませんが、でもきっと。

 その思い出は私にとってとても大切なものだったのだろうと思いました。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 深い闇の中を手を取って一緒に歌いながら歩いていく内に、更に私と『おじさん』の背丈の差は縮まります。

 二人で歌っていたからなのか、それとも歌う事で闇を怖いと思う気持ちが薄れてきたからか、「お父様」の偽者が現れた後に他の人の偽者が現れた事はありません。

 ……あれから闇の中を進む内に、更に沢山の記憶が戻ってきました。そして。思い出してしまったのです。

 

 ……もう、お父様もお母様も、生きてはいない事を。

 そして、邪竜ギムレーが復活し、この世界が絶望に包まれてしまった事を。私は、全て思い出しました。

 それでも、『おじさん』の事だけは何も思い出せません。

 私の心は、『おじさん』の事を懐かしいと感じています。

『おじさん』の手の温もりを、『おじさん』の優しい声を私は心の何処かで必ず知っています。でも。

 

 ほんの少しだけ、心の片隅で思ってしまったのです。

『おじさん』は、「本当に」私の記憶の中に居たのか? と。……そんな疑念を、懐いてしまいました。

 一瞬の疑念から、私はどんどん不安になっていきます。

 

 

『何れだけ歩いてきても、未だに何処にも出口なんて見えないでしょう? 本当に出口なんてあるのかしら? 

 本当に、『おじさん』は出口に案内しているのかしら?』

 

 

 耳元で誰かの囁き声が聞こえた気がします。

 確かに、もう随分と歩いている筈なのに、出口は遠目にも何処にも見えません。

 

 闇の中で孤独に震えるしかなかった私に手を差し伸べてくれたから、私は『おじさん』の手を取りました。

 出口まで案内してあげると言うその言葉を信じて、一緒に歩き続けました。

 

 でも、もし。

『おじさん』が、私の味方では無いとしたら。

 私を闇の中に閉じ込めようとしているのだとしたら。

 

 

『あんなにそっくりな「お父様」の偽物が居るのよ? 

『おじさん』だって、あなたの記憶の中の誰かを装った偽者なんじゃないかしら?』

 

 

 でも、『おじさん』は、「お父様」の偽物を追い払って私を守ってくれたのです。だから──

 

 

『それがあなたに信頼させる為の演技だとしたら?』

 

 

 その囁きに、息が詰まりました。

 何時しか私は歌を口ずさむのを止めてしまっています。

 そして、『おじさん』もまた、歌うのを止めていました。

 ランプの光だけが微かに揺れる闇の中に沈黙が落ちて。

 それでも『おじさん』は私の手を掴んだまま何処かを目指して歩き続けています。

 

 

『どうして『おじさん』はこんな闇の中でも迷わずに進んでいるのかしら? 

 出口を知っているのかしら? 

 本当は、出口に向かっていないのだとしたら? 

 あなたは、このままその手を繋いでて良いのかしら?』

 

 

 囁く声が止む気配は全くありません。

 その囁きは、じわりじわりと私の胸の内を、不安と疑念の色へと染めていきそうになります。

 

 思わず、『おじさん』の右手を掴んでいる自分の左手に目を落としてしまいました。

 私の手が痛くない様に、でも絶対に離さない様な絶妙な力加減で、『おじさん』の手は私の手を握っています。

 少しだけ私は、『おじさん』の手を握り返す力を緩めてしまいました。まだ、話す事は、出来ないけれど……。

『おじさん』は少しだけその手を気に掛ける素振りを見せながらも、何も言いませんでした。

 

 

『今なら逃げられるわ。

 その手を離して、来た道を戻れば良いの。

 そうしたら、ここから出られるのよ』

 

 

 耳元で囁く声は何処か急かす様にそう言います。

 どんどんと膨れ上がる不安に、私は『おじさん』と繋いだ手を、離してしまいそうになりました。

 するりと、手が離れそうになったその時──

 

 

 

「ルキナ」

 

 

 

『おじさん』は、静かに私の名前を呼びました。

 立ち止まらずに、だけど、歩みが遅くなった私に歩調を合わせる様にゆっくりと歩きながら。

 

 

「……きっと今頃、君には……君をここに留める為に、色々な『声』が聞こえているんだろう。

 きっと恐らく……『僕を信じてはいけない』とか、『この手を離して逃げろ』とか、『来た道を戻れ』とか、ね」

 

 

『おじさん』のその言葉に、私の耳元で囁いていた声が慌てる様にたじろぐ気配を感じます。

 それに気付いているのかいないのか、『おじさん』は静かに、私の手を掴んだまま、言葉を続けました。

 

 

「……僕を信じきれない気持ちは、分かるよ。

 僕も、絶対に信じてくれなんて、言えない……。

 君との約束を破ってしまった僕に、そんな資格は無い」

 

 

 だけど、と。

 確かな優しさと決意が響く声で、おじさんは続けます。

 

 

「僕は君をここから逃がしてみせる。

 この闇の中から、君が生きるべき世界へと……君を待つ人が居る世界へと、必ず帰して見せる。

 例え、君が僕を信じていないのだとしても。

 何があっても絶対に。今度こそ……。

 僕は、君を守って見せる」

 

 

『おじさん』はそう言って、私に振り向きました。

 振り向いたその瞬間、フードの下に、一瞬だけ『おじさん』の目が見えました。

『おじさん』の黄金色の瞳は、ランプの光でユラユラと揺らめきながら輝いています。

 そして、真っ直ぐに私を見詰めました。

 

 

「だから君を惑わそうとするその『声』に、耳を傾けて……心を開いては、駄目だ。

 その声は、君を捕らえ心を食らおうとする罠だから」

 

 

 そしておじさんは私の背後を強く睨み付けました。

 

 

「【呪い】如きに、ルキナの心は、魂は喰わせやしないよ。

 この子には帰るべき場所がある、待っている人がいる。

 そして、果たしたい『使命』も、あるんだ。

 さあ、いい加減ルキナを惑わせるのは止めて貰おうか」

 

 

 そう言って『おじさん』は。「お父様」の偽物を消した時の様に闇に向かってランプを翳します。

 

 すると、あれ程までにしつこく耳元で囁いていた声は、悲鳴を上げながら急速に遠ざかっていきました。

 声が完全に聞こえなくなっても、『おじさん』はランプを油断なく翳し続けます。

 そして暫し暗闇を睨んだ後に、一つ溜め息を溢して、『おじさん』は再び前を向きました。

 

 

「追い払えはしたけど、完全には消せなかったみたいだ。

 きっとまた、何処かで何か仕掛けてくるつもりだろう。

 だから、絶対に油断してはいけないよ。

 アレは君をこの闇の中に縛り付けて、君のその魂を喰らってしまうつもりなんだ」

 

 

 おじさんの言葉に、私は確りと頷きます。

 

 あの声が遠くに消えた途端に、あの囁きに耳を傾けていた時の自分の異常な行動をやっと実感出来たからです。

 あんなにも妖しい囁き声の言葉を、どうして信じようとなんてしていたのでしょう。

 そしてそれと同時に、『おじさん』に対して酷く申し訳無くなりました。

 

『おじさん』との記憶を思い出せないのは、決して『おじさん』の所為ではありません。

 なのに私はあの囁き声に唆されていたとは言え、ここまで導いてくれていた人を拒絶しようとしていたのです。

 見捨てられたって、文句は言えない行動でした。

 ごめんなさいと謝る私に、『おじさん』はゆるゆると首を横に振ります。

 

 

「そんな事で君が僕に謝らなくっても良いんだよ……。

 僕は、……僕の為にも、君を助けたいだけなんだ。

 これは僕の我が儘でもあるんだから、君が気にしなくても良い事なんだよ」

 

 

 そう言って寂しそうに微笑んだおじさんは、一瞬だけ私を通して誰かを見ていました。

 

 どうして、と。思わずそう訊ねたくて。

 でもその疑問は、言葉として口から出ていく事は決してありませんでした。

 

『おじさん』が、どうしてそこまでして一生懸命に私を助けようとてくれるのか。

 ……どうしてそんなにも寂しそうな顔をするのか。

 おじさんの事をまだ思い出せない私には分かりません。

 だけど。

 おじさんが深い深い哀しみを抱えながらも、それでも私の為に微笑んでくれているのは分かります。

 

 きっとその理由を訊ねる事は、『おじさん』の哀しみに満ちた心をより深く傷付けてしまうのでしょう。

 そう私は直感で理解してしまって。だからこそそれ以上は何も言えなくなってしまったのです。

 

 そして、そのままずっと。

 私とおじさんは手を繋いで歩き続けました。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 とてもとても長い間歩いてきた気がします。

 独り泣いていた私に『おじさん』が手を差し伸べてくれたあの場所から、随分と遠くまで歩き続けました。

 そして諦めずに歩き続けた先に、無限に広がっている様に思えた暗闇の終わりが見えたのです。

 淡く……でも消えない程度の確かさで、深い闇の中でもその一画に光が射し込んでいるのが見えます。

 

 

「やっと見えてきたね、あれが出口だ。

 あそこが、この闇が終わる場所だよ」

 

 

『おじさん』もホッとした様に、ランプを持つ手でその光を指差しました。

 そしてそのまま光へと向かって歩き続けます。

 

 

「あそこに行けば、ここから出られるのですか?」

 

「ああ、そうだよ。

 彼処に辿り着けば、この闇は『終わり』を向かえる。

 君は帰れるんだ。君の居るべき世界に」

 

 

「君は」、と言う言葉に、私は思わず『おじさん』を見詰めました。『おじさん』は、どうするのでしょう。

「君は」と言う事は、『おじさん』はあそこからはこの闇の中から出られないのでしょうか。

 そうなれば、おじさんはどうするのでしょう。

 この闇の中で、一人また別の出口を探して歩き続けるのでしょうか……それとも……。

 

 

「……僕は、もうそろそろお別れだ。

 あの出口は、君だけの為のものだからね……。

 僕は、そもそも彼処には近付けないんだ」

 

 

 私がジッと見ていたからか、『おじさん』は優しくそう言って再び光を指さしました。

 最初は遠目に一筋の光にしか見えなかった其処は、今は篝火に照らされた様に明るく私を待っています。

 でも、『おじさん』は、彼処からこの闇を抜け出せるのは私だけだと言いました。

 ……『おじさん』は、どうするのでしょう。

 

 そう思っていると、おじさんはふと足を止め、私もそれに釣られて立ち止まりました。

 出口の光までは、まだほんの少しだけ距離があります。

 

 

「……さて、僕とはここでお別れだ。

 大丈夫、ここまで来れば、もう心配はいらない。

 あの光に向かって、真っ直ぐに走れば良いだけだよ」

 

 

 そう言って、『おじさん』は。

 ずっと、この闇の中ではほんの一時も離さず繋いでいた手をそっと解いて。

 私の手と繋いでいた右手で、『おじさん』は優しく私の頭を撫でました。

 

 

「『おじさん』は……」

 

 

 どうするのかと、そう言いかけると。

『おじさん』はその言葉を抑える様に微笑みました。

 

 

「僕の事は、心配しなくても大丈夫だよ。

 ……この【呪い】の闇から抜け出しても、この先も君の身にはきっと色々な事が起きるだろう。

 その中には、辛い事や悲しい事も、きっと……。

 でも、それでも。

 君ならきっと、どんな事だって乗り越えられる。

 僕は、君の事を、よく知っているからね……」

 

 

 そう語る『おじさん』の目はとても優しくて。

 そしてお別れを少し惜しみながらも、それ以上に私を祝福する様に、大丈夫だよ、と私の頬に手を当てました。

 

 

「あの光の先には、君を待っている人達がいる。

 君を誰よりも大切に思ってくれている人がいる。

『君達』なら、きっと……。

 僕じゃ辿り着けなかった未来にだって、行ける筈だよ。

 少なくとも、僕はそう信じている」

 

 

 そして、『おじさん』はそっと私を抱き締めて、ポンポンと背中を優しく撫でました。

 背を撫でるその手の温もりはとても懐かしくて、でもどうしてだか泣きそうな程に胸を締め付けて。

 私は『おじさん』の身体を強く抱き締めます。

 

 

「僕は、何時だって……どんなに時が過ぎ去ろうとも、どんなに遠くに居ても、見えなくても触れられなくても。

 君の『幸せ』を、心から願っている。

 さあ、だからもう、行くんだ。

 何があっても、何が君を引き留めても。

 絶対に立ち止まらずに振り向かずに、あの光を目指して、この闇を抜け出すんだ」

 

 

 そう言って『おじさん』は、私の背中を光の方へと優しく押し出し、その勢いで私は光の方へと向かって一歩踏み出してしまいました。

『おじさん』が優しく見守る気配を背後に感じます。

 

 思わず『おじさん』へと振り返ってしまいたくなる衝動に駆られましたが、そこは必死に耐えました。

 そして、光へと向かって真っ直ぐに走り出します。

 それが、『おじさん』の願いなのだから。

 痕少しで光に指先が届きそうになった時でした。

「おーい」と、背後から『おじさん』の声が聞こえます。

 

 

「待って、ルキナ。

 伝えておきたい事がまだあったんだ。

 だから少しだけ戻ってきてくれないかな?」

 

 

 その声に、一瞬立ち止まり戻るべきかと考えました。

 でも、『おじさん』は確かに言ったのです。

 

『何があっても、何が君を引き留めても。

 絶対に立ち止まらずに振り向かずに行きなさい』、と。

 

 そう言った『おじさん』本人が、何かを本当に言い忘れていても私を引き留める筈は無いのです。

 そう、だからその声はきっと私を逃がすまいとした『何か』の罠だったのでしょう。

 そう判断した私は、その声を無視して進みます。

 するとその声は『おじさん』を装うのをかなぐり捨てて、私を引き留めようとしました。

 

 

「イクナイクナイクナイクナイクナアアアァァァァ!!」

 

 

 背後から必死に追い掛けてくるその言葉は呪詛そのものでしたが、最早そんな言葉には私は臆しません。

 

『おじさん』は、「大丈夫だ」と、私に言いました。

 あの光の先に、私が帰るべき場所が、私を待っている人が居るのだと、言ってくれました。

『おじさん』が私の未来を祈ってくれているのだから、信じてくれているのだから。

 私は、あの光の先に行かないといけないのです。

 

 

 そして一歩、光へと足を踏み入れた途端に。

 

 

 断末魔の絶叫を上げて追い縋る声は消滅しました。

 そして、視界一杯に拡がり、全身を包み込むかの様な光の眩しさに目を閉じていると。

 

 

 次第に薄れゆく意識の中で。

 優しい優しい声が、最後に聞こえた気がしました。

 

 

 

 

「さようなら、僕の……『小さなお姫様』。

 どうか君の未来が、幸せに満ち溢れています様に──」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ルキナの姿が光の中へと消えると共に、彼女を捕らえていたこの【呪い】の闇が罅割れ、急速に消滅していく。

 それを見届けた僕は、安堵から溜め息を溢した。

 

 ……程無くして、僕もこの闇と共に消えるのだろう。

 避け得ぬ絶対の自身の消滅を前にして……。

 僕はこの上無く満ち足りていた。

 

 瞼を閉じれば、自分の記憶の中の小さなそれから、大きく成長したルキナの姿が彩鮮やかに目に浮かぶ。

 力強く未来へと駆け出していったその姿が、眩いばかりにこの目に焼き付いている。

 

 僕は、あの子の未来を、守れたのだ。

 漸く、あの日破ってしまった「約束」を、今度こそ果たしてあげられたのだ。

 それ以上に価値がある事など、この世にあるだろうか。

 大切だった愛していた筈の何もかもを喪い、それどころか自ら壊してしまった僕でも、ルキナの未来を守り、明日へと繋ぐ事が出来たのだ。

 これ以上に嬉しい事はなく、そこに後悔も未練も一片たりとも存在しない。

 ただただ筆舌に尽くし難い程の充足感と、そして愛しい幼子が力強く未来へと生きようとするその姿に溢れんばかりの祝福を手向ける想いに満ちていた。

 

 

 願わくは。

 彼女が目指すその未来に、希望の光が輝き続けるよう。

 

 

 薄れ行き崩壊してゆく闇の中、僕は心から祈った。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

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