◇◇◇◇◇
「ねえ、こんな話を知っているかい?」
そう前置きをした邪竜が愉し気に目を細めて語り出したのは、もう今は無きとある古の王国に伝わりし伝承。
曰く、無実の咎で投獄された聖職者が、獄中の世話係を任されていた生まれつき盲目の少女の為に説法を続けていた所、光映さぬ筈のその少女の瞳が世界を映す様になったと。
少女の目に光を与える奇跡を成したその聖職者は、その心の潔白を以て見事無実を証明して見せたのだとか。
「そこで、だ」
本当かどうかすら定かではないその伝承を語った邪竜は、その右手の人差し指を立てて嗤う。
「一つ、“賭け”をしてみないかい?」
“賭け”、と言う邪竜のその言葉に。
重く頑丈な鎖で身動き一つ取れぬ様にその身を拘束されたルキナは、邪竜の意図が読めず困惑する。
「生まれつき盲目の少女に光を与えたと言うこの聖職者の伝承に準えて。
僕は君にチャンスをあげよう」
捕らえた蝶の羽を毟る幼子の様な無邪気な残酷さすら感じさせる笑みを浮かべ、その眼には底無しの邪悪さを滲ませて。
舞台の上の演者であるかの様に大仰な仕草と共に、邪竜は朗々と提案した。
「君は一晩毎に、僕に話を聞かせる権利を得る。
ああ、別に説法をしろって言っている訳じゃないよ?
君の好きな事を好きな様に話せばいい。
僕は君がどんな話をするのだとしても、それにちゃんと耳を傾けよう」
そして、「そうすれば」と、ニィィッと口元を歪めて邪竜は嗤う。
「もしかしたら君は、伝承の聖職者が盲目の少女に光を与えた様に、僕に……そうだね君達が言う所の“良心”とか? まあ、そんな“心”を与える事が出来るのかもしれない。
そうこれは、囚われの身となり最早僕に抗う術など何処にも無い君に唯一残された、『世界を救える“かもしれない”方法』だ」
ただし、と。
邪竜はルキナの身を縛る鎖の内の一本を強く引き、首回りを鎖に引かれて息苦しさに喘ぐルキナのその耳元へと、全てを嘲笑う様に囁いた。
「君が語った話を『詰まらない』と思ったら、僕は語り終えた君を殺す。
君は僕に話をする権利を得る代わりに、自らの命を賭ける必要がある訳だ。
ああ、もう一つ。
君はこの“賭け”を好きなタイミングで降りる事が出来るよ。
そしてこの“賭け”を降りたって、僕は君を殺すつもりは無い」
そこで鎖から手を離した邪竜は、喉元を解放されて反射的に咳き込む様に息をするルキナのその顎に手を当てて、強引ながらも優しく上を向かせる。
「僕の手元から解放するつもりは無いけれど、衣食住に何一つ不自由ない……例えるならば王公貴族の様な生活を送らせてあげるよ。
ある程度までなら、外を出歩かせてあげても良い位さ」
愉快そうにそう言いながら紅い目を細めて、邪竜は自らの手に落ちた聖王の末裔を見定めた。
抗うのかそれとも従属するのか。
どちらにしろ、最早圧倒的な勝者である邪竜にとってはただの余興に過ぎない。
ルキナが自分の命惜しさに全てを投げ棄てて親の仇であり不倶戴天の存在である邪竜に隷属する事を選ぶと言うのなら、そこまでして生き延びようとする人間の本質の浅ましさを存分に嗤うであろうし。
最早どうにもならぬと言うのにも関わらず自らの命を投げ棄てる様な真似をしてまで有り得ないと自分でも分かっているであろう“可能性”に縋ると言うのなら、その盲目的な愚かさをいっそ憐れさを覚えながら嘲るだけだ。
そんな邪竜の意図は、その言葉の端々から、そしてその表情や所作の一つ一つから、ルキナにも読み取れた。
元より隠そうとなんて思ってすらもいないのだ。
邪竜にとっては、自分など最早遊び甲斐のある玩具程度の存在でしかない事は、誰よりもルキナ自身が分かっていた。
それでも。いや、だからこそ……。
「さて。
自らの命をチップに僕を『改心』させる僅かな可能性に賭けるか。
それとも、自由以外の全てが揃った余生を送るか……。
好きな方を選ぶと良い。
さあ、最後の聖王たる君は、何を選ぶんだい?」
矮小なヒトが足掻く様を嗤う邪竜に、ルキナは──
◇◇◇◇◇
「さて、ルキナ。
最後にもう一度確認するよ?
本当に君はこの“賭け”に挑戦するんだね?
この“賭け”は、君が死ぬか、それとも君が心折られて諦めるか、或いは……僕が『改心』するかしか終わらせる方法は無い。
老婆心ながら、一度挑戦して心折られて諦める位なら、最初から諦めてしまう方が楽だと思うよ?」
心にも思っていないだろうにそんな事を言いながら、邪竜は愉しくて愉しくて堪らないとばかりに歪んだ笑みを浮かべている。
ここで怖じ気付いて“賭け”から降りるのも、僅かな可能性に縋って“賭け”に乗り続けるのも、邪竜からすればどちらであってもルキナを思う存分に甚振る事が出来るので心底どちらでも良いのであろう。
「このまま“賭け”に挑戦せず、自由以外は不自由無き虜囚として過ごした所で、別段誰も君を責めたりはしないさ。
そもそも、君がここに囚われているのは、君たちが僕に負けたからなんだから。
既に最後の希望は潰えた。
それが、人間達の認識だよ。
誰もが君は死んだと思ってる。
だから、誰も助けになんて来ない。
そんな人間たちに義理立てする必要なんて、あるのかな?」
優しさの様でいて猛毒でしかない言葉をルキナの耳へと注ぎながら、邪竜はルキナの一挙一動を見詰めていた。
さあ、どうする?と。
再度そう訊ねてくる邪竜に、ルキナは。
「あなたの“賭け”に乗りましょう。
私は、必ずあなたの心を変えて見せる……!」
諦めてたまるかと、そう意志を顕に吠える。
その態度に邪竜は僅かに口元を歪めて嘲笑うかの様な表情を見せた。
「ふーん? 何が君をそうやって駆り立てているのだろうね。
全く、人間って生き物は僕にはよく分からないなぁ……。
まあどうでもいいや。
じゃあ、君は“賭け”に挑戦するって事で良いんだね。
精々僕を退屈させないように、頑張って」
思っても無いだろう言葉だけの応援を口にして、邪竜は椅子に座る。
そしてルキナが言葉を発するのを、ただただ待ち続けた。
……邪竜との“賭け”に乗る事を選んでから、ルキナは家具など生活に必要なモノが全て揃えられた広い部屋を与えられ、身を縛っていた鎖は既に解かれていた。
……が、そこに逃げ出せる様な隙はなく。
普通の扉の様にしか見えないその入り口は、恐らく強力な呪いが掛けられている様で、ルキナが全力で壊そうとしても小揺るぎすらしなかった。
逃げ出したくても逃げ出せる道など何処にも無く。
救助は元より期待出来ない。
故に、その可能性が無きに等しいのだと理解しながらも、世界を救う使命の為にも、ルキナは勝ち目の殆ど無いその“賭け”に乗るしかない。
諦めるなど、論外だ。
例えルキナの話に退屈したギムレーに殺されるのだとしても。
最期のその瞬間までは、諦めず足掻き続けなくてはならない。
それこそが、亡き父より国を……そして世界の命運を託された者としての責務なのだから。
しかし、そもそもの問題で。
何かを語ろうにも、何を語るべきなのかルキナには分からない。
ルキナは王族としての教育を曲がりなりに受けてはきたが、その中に吟遊詩人の如く何かを語る為の術などは勿論無くて。
況してや、世界が絶望に沈んでからは剣のみをその手に握り締めて戦い続けてきたのだ。
物語を語る才能も、綴る才能も、ルキナには無いに等しい。
縦しんば僅かながら才能の片鱗があるのだとしても、それを伸ばそうとしてきた事など今まで一度もないのだから、「さあ話せ」と言われた所で何を話して良いのやら分からないのが実情である。
従兄弟のウードならばそう言うのが得意そうではあるのだけれども、その極意などルキナは知りはしないし、付け焼き刃で彼の真似をした所で無理がある。
それに、物語る為の才能の有り無し以上に困難な問題であるのは、ルキナは語る言葉で邪竜を『改心』させなければならないのだ。
この人智を越えた存在である邪竜に、何を話せば良いと言うのだろう。
そもそも、言葉を尽くすだけでその心を変える事など出来るのであろうか……?
何れ程考えた所で、分からない。分かる筈など無かった。
ルキナは今まで剣を手に取り、その力で道を切り拓いてきたのだ。
人は所詮、自分が知る範囲の物事でしか判断出来ぬ生き物である。
故にこそ、諦めて隷属する事など出来ないと、どんなに“有り得ない”可能性であるのだとしてもそれに賭けるしか無いと判断して、自分の命をチップとして差し出しはしたものの。
勝つ為の策などある筈もなく、当然の如くギムレーを『改心』させる為の筋道など見えよう筈もない。
それどころか、殺されない為の最低条件である『退屈させない』ですら、こなせるかどうかすらも怪しい。
それでも、やらなくてはならない。
ルキナは死ぬ為にこの“賭け”に乗った訳ではないのだから。
「では──」
ルキナは必死に。
死なない為に。
そして、世界を救う為に。
何処か辿々しくも、物語を語り始めるのであった。
◇◇◇◇◇
「──でした」
一通り語り終えたルキナは、自身に向き合う様にして椅子に座っている邪竜の反応を伺い見た。
邪竜は、何の反応も示さない。
退屈そうに欠伸を溢す……なんて事も無かったが、さりとて身を乗り出すように聞くなんて事も無く。
この邪竜がどう思っているのかが、ルキナには全く読めなかった。
「成る程、それで終わりかい?」
物語の締めの言葉から僅かな沈黙の後、深く腰掛けていた椅子から立ち上がった邪竜は、一歩一歩とゆっくりとルキナに近寄ってきた。
ルキナを殺すつもり、なのだろう。
やはり、話を聞くなどと宣ってはいたが、所詮は邪竜の戯れに過ぎず、最初からこんな“賭け”をまともに成立させるつもりなんて無かったのだろう。
飽きるまでの暇潰しの玩具。
生殺与奪の全てを邪竜に握られている今、ルキナの存在価値などその程度のモノでしかない。
最初から嫌と言う程に分かっていたが、それでもと一縷の希望を懐いていただけに、この様な結末に終わるのが無念でならない。
それでも、最後までこの魂だけでも邪竜に屈する事は無かった事で、人間としてのせめてもの矜持を守れたと……そう思っても許されるだろうか……?
一瞬後に訪れるのであろう避けようの無い死を覚悟して僅かに身を強張らせたルキナを見て、邪竜は怪訝そうに僅かに眉根を寄せる。
「……?
ああ、僕が話を聞いて無いって思っているのかい?
そんな事はないさ、ちゃんと耳を傾けていたとも。
何なら君が語った物語を一言一句違えずに諳じてみせようか?」
想定外の邪竜のその言葉に、ルキナは一瞬呆気に取られた。
そんなルキナの表情を見て、邪竜はその目に愉悦に満ちた嗜虐的な光を浮かべる。
「……まあ、でも。
詰まらないとは言わないでおいてあげるけど、君の言葉は僕には全く響かなかったよ。
僕を『改心』させたいんだろう?
なら、もっと頑張らないとね。
君は人々の『最後の希望』なんだからさ。
そうじゃないと、世界を救えないよ?
じゃあ、また明日の夜に」
そう口元を歪めて言い残すと、ギムレーは部屋から去っていった。
ギムレーが完全に去った事。
そしてまだ自分が生きている事。
その二つを認識したルキナは、用意されていたベッドへと力無く倒れ込んだ。
何もかもが荒廃しきったこの絶望の世界では有り得ない程に柔らかなベッドは、ルキナの身体を優しく包み込んでくれて。
そして、堪らず顔を覆ったその両手は、カタカタと小さく震えている。
ルキナは、怖かったのだ。
剣を手に取り戦場を駆け抜けるならば、ルキナは幾らでも先陣を切って道を切り拓ける。
どんな強敵にだって、立ち向かえる。
だが、今のルキナの手にファルシオンは無く。
そして、共に駆ける仲間も、ここには居ない。
ルキナは独り、身を守る為の武器すら持たず、己の身一つで、己の言葉だけを武器として、戦わねばならないのだ。
それは、戦場で命のやり取りをする時のそれとは全く違う戦いであり。
自身の生殺与奪も何もかもが邪竜の手の内にあるのだ。
何時気紛れに殺されたとしても、おかしくはない。
言葉を以て物語を語ると言う慣れぬ行為に、そして何時でも自身を如何なる理由でも殺せる相手を前に身一つで立たねばならぬ状況に、そして、そんな状態であろうとも世界を救わなければならないのだと言う重責に。
ルキナの身体は抑えられぬ恐怖に震えていたのだ。
この“賭け”は、何時まで続くのだろう。
邪竜の『改心』など、果たして可能なのだろうか?
諦めて虜囚に甘んじる事など、それはルキナの魂の矜持が許さない。
それならば、詰まらなかったと殺される方が遥かにマシである。
だが、あの邪竜を『改心』させる事が出来ないのなら、この地獄の責め苦の様な時間がルキナが死ぬまで続くのである。
どうすれば良い?
どうすれば世界を救えるのだ?
何を己に問うた所で、答えなど返ってくる筈もなく。
消耗しきったルキナは、半ば気を失う様にして眠りに落ちていったのだった。
◇◇◇◇◇
「さて、ルキナ。
今夜も改めて訊くけれど、“賭け”を諦めるつもりは無いんだね?」
底意地の悪い笑み浮かべながら、邪竜はそう尋ねてくる。
この問答はもう幾度となく繰り返され、そしてその度にルキナは“賭け”の続行を選び続けてきた。
“賭け”が始まったその日から、もう幾度の夜が過ぎたのだろうか。
この部屋に囚われてる内に既に時間の感覚など消え失せた。
一日の終わりの感覚はこうして夜毎に部屋を訪れる邪竜がいる為にまだ保たれているが、もう曜日などの感覚は分からない。
ただ少なくとも、もう一週間は過ぎてしまっていた。
しかし、未だに邪竜の態度に変化などは無く。
世界を救う最後の手段に一縷の望みを懐いて、今夜もまた、ルキナは自分の命と世界の命運が掛かった“賭け”に挑むのであった。
「ええ、勿論です。
私は諦めたりなどしません……!」
「こんな状況に置かれていてもまだ諦められないと言うのも、中々哀れな話だと僕は思うけどなあ……」
心にも思っていないであろう事を宣いながら、邪竜は椅子に座ってルキナに向き合う。
「そこまでして、世界を救いたいのかい?」
「……当たり前です!」
この邪竜から世界を救うのが、今は亡き父からファルシオンを継いだ自分の使命である。
世界を救う為にルキナは今まで戦ってきたのだ。
例えファルシオンを奪われようとも、例え囚われの身となろうとも、例えその命を邪竜に握られているのだとしても。
その程度で諦められる程に、ルキナの覚悟は、決意は、軽いモノではない。
邪竜はそんなルキナに嘲笑う様な歪みきった笑みを向けた。
「ふーん、そうかい?
なら、頑張って世界を救ってみなよ」
言葉だけの励ましを送った邪竜は妖しく輝く紅い瞳に愉悦の感情を浮かべ、囁く様な声音でルキナに語り掛ける。
「ああ、そうだ。
僕は今日、イーリスの北の街道の外れにある小さな村を消してきたんだよ。
君は知っているかい? まあ、どっちでも良いけど。
えっと、住んでいたのは600人位かなぁ……。
取り敢えず、まず歯向かってきた大人達を殺してね。
そいつらを屍兵にして、その子供や親を殺させたんだ」
“賭け”を始めてから数回目から、邪竜は嬉々として、身の毛もよだつ様な所業をルキナに話す様になっていた。
今日はどこぞの村や街を滅ぼした、今日は何人殺した、こうやって殺してやった……、と。
ルキナが“賭け”の続行を選ぶと、ルキナが物語を語り始める前には必ずそうやってルキナの心を痛め付けようとして。
そして、最後には決まって……。
「さあ、ルキナ。
早く僕を『改心』させてみなよ。
そうじゃないと、君は人が滅び去った世界にたった一人生き残ってしまう事になるよ?
ああでも、そうなった君がどう絶望するのかはとても興味があるなぁ……。
それが嫌ならば、精々頑張ってみるんだね。
世界を、救いたいんだろ?」
そう言って、ルキナを煽るのだ。
そう言われる度に、そうやってニヤニヤとルキナを煽る様に嘲笑う邪竜の胸にファルシオンを突き立ててやりたくなるが。
しかし捕らえられた時に既にファルシオンは取り上げられ、その行方はルキナには分からない。
神竜の牙であるそれは、如何に邪竜と言えども容易くは壊せないだろうが。
破壊されてはいないにしろ、少なくとも人の手の内にある事は無いだろう。
覚醒の儀式を行える者はおらず、ファルシオンは人々の手にはあらず、最早人類は邪竜に抗する術を全て失った。
だからこそ、こんな成功する見込みの低い“賭け”にルキナが挑むしかないのだ。
成功すれば世界は救われ、失敗した所でルキナが殺されるだけで世界の状況がこれ以上悪くなる事もない。
元より世界の為に差し出すと決めた命だ。
それで世界が救われる可能性を得られるかもしれないならば、この命を賭けるのだとしても惜しくは無い。
が、そんなルキナの想いを、当然の様に邪竜は見透かしていて。
ルキナの心を揺さぶろうと、あの手この手で邪竜は言葉を弄してルキナを甚振るのだ。
邪竜にとっては、ルキナはただの玩具に過ぎないのだろう。
まあ、こうして毎夜ごとに飽きもせず訪れている所を見るに、それなりに気に入っている玩具なのかもしれないが……。
邪竜は、ルキナが何をしようと、何を語ろうと、自分が『改心』される事など有り得ないと……そう思っているだろうし、だからこそこんな暇潰しの様な“賭け”を続けさせているのだろう。
それは、ルキナも痛い程に理解している。
だがそれでも、何れ程その可能性が低くとも。
邪竜は“賭け”の約束通りに必ずルキナの言葉には耳を傾けてはいる。
例え理解し得ない程に、彼我の溝は深いのだとしても。
言葉が届くのならば、ルキナの言葉が邪竜の“何か”を動かすその可能性は、零では無いのだと。
そんな幽かな期待こそが邪竜の思う壺なのだとしても、そんな淡い希望に縋るしか、最早ルキナには世界を救う為に邪竜に抗う術が残されていなかった。
「では、今日のお話は──」
だからこそ、ルキナはこの物語に命を賭けるのだ。
◇◇◇◇◇
神話や伝承、数々の英雄譚、お伽噺……。
ルキナが知っている物語とは、結局幼い頃に読み聞かされてきたそれらの範疇を出る事は無い。
小説などを読むよりも剣を手に取り稽古を付ける事ばかりを優先していたのだから当然か……。
ウードやシンシアの様に、新しく物語を考える才など無いのだ。
だから、何処かで聞いた様な物語ばかりを語ってしまう。
それは不味い、と思いながらもそれしか方法がなくて。
だがやはり、そんな物語では邪竜の気を惹く事すら出来ないのであった。
ルキナが語り終えた後に、詰まらないとは言わないものの、それでも興味なんて抱いてなさそうで。
詰まらないと言ってルキナを殺さないのは、諦めずに足掻くその姿を見て楽しむ為なのだろう……とルキナは分かっていた。
が、それはあくまでもルキナが諦めず足掻き続けているからこそだ。
“賭け”の最中に少しでも諦めを抱いてしまえば、直ぐ様邪竜はルキナを殺すだろう。
だからこそ、生きて可能性を少しでも繋げる為に。
ルキナは、諦める訳にはいかなかった。
だが、こうやってズルズルと話を続けていてもやはり意味はない。
意味はないと思ってて語る物語など、詰まらないし、それ以上にそれはルキナの心を疲弊させて行く。
だが、どうすれば良いのか……。
ルキナには、分からなかった。
一回の物語で邪竜を『改心』させる事など不可能だ、とルキナは悟って。
何よりも先ず優先しないといけないのは、ルキナが語る物語に邪竜の気を惹く事であった。
気を惹けさえすれば、『改心』させられる可能性は少なくとも上がる、筈である。
しかし、語る才能の無いルキナは、それを手探りで探すしかない。
邪竜の気を惹ける話題や物語を見付け出せるか、或いはルキナの心に諦めが忍び寄った所を飽きられて殺されるか……。
そのどちらが早いか、の問題になっていた。
今夜もまた、ルキナは一つの物語を語り終える。
遠い昔に聞いた昔話をアレンジしたそれは、やはり邪竜の興味は惹けなくて。
「まあ、最初に比べれば、語り方はマシにはなっているんじゃない?
でも、やっぱり今夜の物語も、僕は何にも感じなかったな。
早く僕を『改心』させないと、世界が滅んじゃうよ?
ほらほら、それが嫌ならもっと頑張らないとね。
じゃあ、明日の夜に、また」
何時もの様にそう言い残して、邪竜は部屋を立ち去るのであった。
◇◇◇◇◇