『FE覚醒短編集』   作:OKAMEPON

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『お伽噺の果てに』

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 クロムが最後に見た光景は。

 この世の全てよりも愛しい妻──ルフレが、この世の全てに絶望した様な顔で自身を掻き抱くその姿であった。

 壊れた様にクロムの名を呼び、「ごめんなさい」「私の所為で」と自身への呵責で今にも壊れてしまいそうなルフレに。

 クロムは最期の力を振り絞って、自身の血で汚れてしまった手で、ルフレの頬を撫でた。

 

『お前の所為じゃない』

『お前だけでも、逃げろ』

 

 脇腹に走る激痛と共に薄れ行く意識の中で、必死に紡いだその言葉は。

 果たしてルフレに届いたのだろうか……。

 

 届いていれば良いのだけれども、と思う反面。

 届いていたとしても、ルフレは自身を責め立てて追い詰めてしまうだろう。

 それが良く分かっているから、もうそれを慰め支える事すら出来なくなるであろう自身の不甲斐なさが、何よりも歯痒かった。

 

 自分の死を感じる中でも、クロムの心の内を何よりも占めていたのは。

 志半ばに倒れる後悔でも、後に遺す事になる仲間達の事でも、城に置いてきたルフレとの愛しい子供たちの事でも無く。

 ただ一人、クロムの命よりも大切な宝物である、ルフレの事であった。

 

 ルフレは、どうなるのだろうか。

 操られて、自身の意思とは無関係に、望まぬままクロムを殺させられてしまった、誰よりも優しく愛しい人は……。

 

 愛しい人が自ら死を願いそれを成そうとする事だけは無い様にと。

 そうクロムは、死の淵に沈み行く中で、誰にとは無く祈ったが。

 果たしてその祈りは、誰かの元へ届いただろうか……。

 

 そんな心残りばかりを遺しながら。

 何よりも愛しい温かさに抱かれたまま、クロムの意識は闇の中へと沈んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ……………………。

 ……………………。

 ……………………。

 

 深い微睡みの淵に揺蕩う中で。

 ふと、誰かに名を呼ばれた気がする。

 その声は、大切な彼女のもので。

 

 

「るふ……れ……?」

 

 

 深い深い眠りの淵より浮かび上がったかの様に朧気な意識の中で、クロムはぼんやりとその名前を紡いだ。

 

 その途端に身体を縋り付く様に強く抱き締められ、それと同時に意識が大分ハッキリとしてくる。

 

 

「くろ……っ!

 クロムっ、さん……っ!!」

 

 

 感極まった様に、愛しい人の声がクロムを呼び。

 温かな雫が、後から後からクロムの頬に降り注いで来る。

 その温かな雨の温もりが冷えきっていた様にも感じる身体に移ったかの様に、頬を中心としてじんわりと温もりが広がる。

 縋りついてくるその温かさは、クロムにとって何よりも愛しい温もりで。

 この温もりを抱きながら眠るのが、クロムは何よりも好きだった。

 

 

「泣いて……いるのか……?」

 

 

 何処か重たく感じる右手を持ち上げて、まだボヤけた視界の中で、きっとその頬があるであろう辺りを撫でる。

 手を温かな雫が濡らし、そして頬を撫でるクロムのその手に重ねる様に、小さな愛らしい手が重なった。

 

 

「良かった……。

 良かった、です……。

 もう、間に合わなかったのか、と……。

 もう、二度と………………逢えないのか、と」

 

 

 嗚咽を溢しながら、ルフレはクロムの手に愛し気にその頬を擦り寄せる。

 その仕草に堪らない程の愛しさを感じたクロムは。

 まだ重たく感じる身体を起こして、空いていた左手でルフレの身体を抱き寄せた。

 腕の中に感じる温もりは、確かにルフレがそこに居る事を証明していているかの様で……。

 ここが、死に行くクロムが今際に見た夢では無い事を、何よりも雄弁に語っていた。

 

 何処かボヤけていた視界が、ゆっくりと晴れてゆく。

 愛しいルフレの顔は、泣きじゃくりながらクロムの胸板に顔を押し付けている為、ハッキリとは見えない。

 言葉を喪ったかの様に嗚咽を溢しながら縋り付くルフレを、優しくあやす様に抱き締めてその背中を擦りながら。

 クロムは一体自分の身に何が起きたのかを整理しようと努めた。

 

 

 数多の動乱を陰から操っていたその首謀者にして、邪竜ギムレーを復活させんとしていたギムレー教団の教主ファウダー。

 その存在を突き止めたクロム達は、全ての争いに決着を着けるべく、奴との決戦に挑んだ。

 仲間達から二人だけ分断されたクロムとルフレは、それでも尚ファウダーとの死闘を辛くも制し、全てを終わらせられた……その、筈だったのだ。

 

 だが……クロムとルフレは確かに奴に止めを刺したのだが、その直後にルフレがクロムに致命傷を負わせた。

 操られているかの様に茫洋としていたルフレのその眼は、クロムが冷たい床に倒れるのと同時に、意志の輝きを取り戻し……そして、直後に絶望に沈んだ。

 自身を責め、そしてクロムの名前と謝罪を譫言の様に繰り返すルフレのその声は、意識が薄れゆくクロムの耳朶にも確かに届いていた。

 聴いているだけでクロムの魂までをも悲痛に染め上げて切り裂いてしまいそうなその声は、今思い返してしまっただけでも、胸を鋭利な刃で掻き毟ったかの様な酷い痛みを呼び起こす。

 

 そんな絶望に墜ちたルフレの心を、僅かにでも救いたくて。

 

 ルフレの所為ではないのだ、と。

 だから自分を責めないで欲しい、と。

 愛しているのだ、と。

 そして、生きていて欲しいのだ、と。

 

 そんな願いと想いを込めて、クロムは最期の力を振り絞って、ルフレに言葉を伝えて……。

 そしてその後の記憶は、一切無い……。

 ……一体あの後で、どうなったのだろうか。

 そして、何故。

 あの状況下にあって、自分は未だに生きているのだろう……。

 

 

 ……何れ程考えても、何も分からなかった。

 目覚めるまでの記憶が一切無いクロムは、今の状況が殆ど分からない。

 

 それでも、クロムにも分かる事はある。

 死んだと思っていた自分が生きている事と、ルフレが今泣きじゃくっている事だ。

 今は何を捨て置いても、愛しいルフレの涙を止めなくてはならない。

 きっと、ルフレのこの涙は、自分を想っての涙なのだろうから……。

 

 

「ほら、ルフレ。

 俺は生きているから。

 だから、もう泣くな……」

 

 

 そう言いながら抱き締めたその背を優しく擦ってやるも、ルフレは一向に泣き止まない。

 それ処か、より一層激しく嗚咽を漏らす。

 

 

「ごめんなさい、クロムさん……。

 私が……私の所為で……。

 私が、クロムさんを…………」

 

 

 ルフレは譫言の様にそう繰り返すばかりで。

 その内に涙で海ができてしまうのではないかと心配になる程に、ポロポロと涙を溢し続けている。

 クロムはそんなルフレを何とか泣き止ませようとして、優しくその前髪を掻き上げてからルフレの柔らかな額に口付けを落とした。

 

 途端に呆気に取られた様にルフレは泣き止み、反射的にクロムを見上げる。

 その時、漸くクロムは目覚めてから初めて、ルフレの顔をハッキリと見た。

 

 琥珀と黄金の間の様な、宝石よりも美しいその瞳は。

 泣き過ぎて充血していると言う訳では無く、鮮血で染め上げたかの様に、紅く紅く染まっていた。

 

 

「ルフレ……?

 その目は……」

 

 

 一体どうしたのか、と。

 そう問い掛けると。

 

 ルフレは一度首を傾げてから、「あっ……」と小さく呟き、慌てた様にクロムから顔を背ける。

 そして、クロムを突き放すかの様にその胸を押し退け、クロムの腕の中からスルリと抜け出してしまった。

 それはまるで、『もう自分にはクロムに合わせる顔が無いのだ』とでも言わんばかりの仕草で。

 クロムの心に言い様の無い不安の陰が落ちる。

 そして、ルフレは顔を俯かせたまま、ポツポツと語り始めた。

 

 

「……ファウダーに操られて、クロムさんを襲った後……。

 私は……“ギムレー”として目覚めたんです……。

 今ここに居る私は、貴方の妻の『ルフレ』であり……そして同時に、“ギムレー”でもあります」

 

 

 と、俄には信じ難い事を言う。

 ……その声音には冗談を言っている様子など、一切無く。

 それでもクロムは、そう易々と受け入れる事など出来ず、無意識の内にも問い返してしまう。

 

 

「一体、どう言う……」

 

「私には、クロムさんの軍師として共に戦い、妻として貴方と過ごした『ルフレ』の記憶が確かにあり、それは間違いなく地続きで私です」

 

 

 だけど、とそこで一度言葉を区切った『ルフレ』は。

 何処か躊躇いながらクロムを見詰めた。

 その目は、不安と……そして“何か”への怯えと、そして諦念が浮かんでいた。

 

 

「それと同時に、私は“ギムレー”なんです。

 世界を滅ぼす邪竜、人々の敵、神竜ナーガとは相容れぬ存在……。

 それが、今の『私』なんです……」

 

「何を……言って……」

 

 

 茫然とするクロムの言葉には答えずに、ルフレは滔々と続けた。

 

 

「“ギムレー”として甦った『私』は、世界を滅ぼすべく、沢山の人を殺しました、沢山の国や村を滅ぼしました……。

 沢山沢山…………誰からも決して赦されないであろう事を、貴方からも赦されてはならない事を、してきました……」

 

 

 深く深くルフレは溜め息を吐き、顔を覆ってその身を震わせる。

 滔々と語る声は悲痛の色に満ちて……。

 それでもルフレは話し続けた。

 

 

「ルフレなら、そんな事は絶対にしなかったでしょう。

 でも、『私』は“ギムレー”でもあるんです。

 ……『私』は、もう……。

 人を殺す事も、その心と魂を踏み躙り壊す事も、その死を弄ぶ事も、人々を絶望の淵に追いやる事ですらも……。

 もう……その何れもに何の痛みも感じられないんです……。

 それ処か……、『楽しい』、とすら……」

 

 

『ルフレ』は……、いや、彼女をルフレと見るべきなのかは分からないが、兎に角、目の前の『彼女』は。

 懺悔するかの様にクロムに語った。

 

 

「クロムさんの事が大切で、こんなにも愛しいのに……。

 ルキナとマークの事が、自分の命よりも大切なのに……。

 それ、なのに……。

 愛しいと、『ルフレ』が想うのと同時に、『ナーガの血族は殺さなくてはならない』、『憎き聖王を殺せ』……と、“ギムレー”に急き立てられ続けて……。

 もう、私は……ルキナやマークにも、会えないんです。

 もし、会えば、……きっと私は、二人をこの手で殺してしまう……。

 私の所為で苦しめ続けている二人に……会って謝る事すら……出来ないんです……」

 

「……お前は、それを自分で止められないのか……?」

 

 

 己は“ギムレー”なのだと、そう語る『彼女』は。

 そう言いながらもクロムの目には愛しいルフレにしか見えず。

 そして、悲痛な表情でクロムに懺悔する『彼女』が、その悪行全てを自らの意志で行っているとは信じ難かった。

 だからこそ、もし“ギムレー”としての意志に『ルフレ』の意志が勝るのならば、それを止める事が出来るのではないのか、と。

 ……そう、クロムは思ったのだが。

 

 だが、クロムの言葉に『彼女』は静かに首を横に振る。

 

 

「出来ません……。

 言ったでしょう?

 私は確かに貴方の『ルフレ』でもありますが、同時に“ギムレー”なんです……。

 二つの意識は不可分に混ざりあい、最早別つ事など……例え神であっても不可能でしょう……。

『私』が今こうやって貴方の『ルフレ』の様に話す事が出来ているのは、それは愛する貴方の前だから……。

 もし今、少しでも貴方から離れてしまえば。

『私』は躊躇無く貴方を殺そうとするでしょう……。

 それだけは、もう……嫌なんです。

 貴方を喪う事は、もう……耐えられない……。

 二度もこの手で、貴方を殺してしまうのだけは……」

 

「なら、どうして俺を助けたんだ?

 お前が何もしなければ、俺はあのまま死んでいたのだろう?」

 

 

 あの時死の淵に沈んだクロムを助けたのは、『彼女』に他ならないのだろう。

 だが、そもそもの話をすれば、聖王の血を憎み我が子ですら殺そうとしてしまう“ギムレー”からすれば、態々死に瀕したクロムを助ける義理など無いのだ。

 それでもクロムを助けた、その理由は……。

 

 そうクロムが問うた瞬間。

『彼女』はその紅い瞳に激情を浮かべてクロムを射抜く。

 

 

「そんなの、クロムさんが私にとって一番大切な人だからに決まっているでしょう?!」

 

 

 ルフレは叫ぶ。

 

 

「私は、貴方に生きていて欲しかった!

 貴方を死なせたくなかった!

 何をしても、何と引き換えになるのだとしても、どんな手を使ってでも!!

 死の淵に沈んだ貴方を取り戻す為ならば、何だって……!

 “ギムレー”として甦っても、それでもこの想いは、クロムさんへの心は、無くなったりなんかしなかったんです……!

 ヒトとしての『ルフレ』の心は、もう歪に壊れてしまったけれど。

 それでも、この想いだけは、絶対に歪まなかった……!

 貴方が生きていれば良い、貴方が傍に居てくれるなら、もう一度貴方に逢えるのならそれだけで……。

 だから、だから私は……!」

 

 

 その先は言葉にならず嗚咽として消えた。

 再び泣きじゃくる彼女に、どうするべきなのか一瞬迷ったが。

 クロムは彼女を抱き寄せ、強く強く抱き締める。

 もう、二度と離さないと。

 そんな願いと誓いを籠めて……。

 

 

『彼女』は“ギムレー”であるのかもしれない。

 クロムが倒すべき、仇敵であるのかもしれない。

 だが。

 

 それでも、愛しい妻でもあるのだ。

 何を引き換えにしてでも守ると、決して喪ったりしないと心に固く誓った、何よりも愛しい人なのだ。

 

 愛しい人が涙を溢すなら、クロムは何度だってその涙を拭おう。

 “ギムレー”へと成り果てているのだとしても、そんな事は何一つとして関係無い。

 クロムの、ルフレへの愛は、微塵も揺るぎはしないのだから……。

 

 そうやってあやしていると次第に落ち着いてきたのか、嗚咽は小さくなり、そして。

 

 

「貴方に謝らなくてはならない事が、まだ……あるんです……。

 私は、貴方の命を助ける為に……。

 取り返しが付かない事を、してしまいました。

 許してくれ、とは到底言えません……」

 

 

 と、再びクロムに懺悔した。

 

 

「…………そうか」

 

 

 思いの外、クロムはその告白にそこまでの衝撃は受けなかった。

 ……あの時、クロムは確かに自分の命が喪われて行くのを自覚していた。

 死の淵に沈んだ己を引き戻す術が、尋常の業では無いのであろう事位は分かる。

 更に言えば、『彼女』は“ギムレー”であるのだ。

 その方法の仔細はクロム分からずとも、所謂“邪法”と呼ばれるモノなのであろう事は想像に難くない。

 

 

「……私は、貴方に、“ギムレー”の血を与えました。

 竜の血は、人に人を超えた力を与えます。

 ……それしか、そんな方法しか……。

 死の淵に沈んでしまったクロムさんを引き戻す術が、『私』には無かったんです……。

 ……ごめんなさい。

『私』は、結果的に、貴方をギムレーの眷族にしてしまった……。

 それ処か、貴方を引き戻す為に必要だった血が多過ぎて……。

 貴方はもう…………ヒトとしては、生きられなくなってしまった……」

 

 

 自分の意志とは無関係にギムレーの眷族にされたと聞き、最早ヒトでは無くなったと知り、衝撃が無かった訳では無い。

 だけれど。

 

 クロムは、断罪される瞬間を待つかの様に身を震わせる『彼女』を責め立てるつもりにはなれなかった。

 

 もし自分が『彼女』と同じ立場であったなら。

 愛しい人を救う術が、そんな禁断の方法しか無いのなら。

 クロムも、何れ程迷ってたとしても、それを選ぶだろうから……。

 

 

「『私』は、貴方をナーガの元へは戻れない存在にしてしまった……。

 貴方が『私』を赦さないのなら……それで良いんです。

『私』を殺すと言うのならば……。

 それがクロムさんの意志であるなら、『私』は受け入れます。

 ファルシオンが今のクロムさんに応えてくれるのかは分かりませんし、それにもう……ルキナに引き継がれてしまいましたからここには無いんです。

 でも、“ギムレー”の力を強く与えられたクロムさんになら……。

 そして、『私』がそれを自ら受け入れるなら……。

 きっと、『私』を殺す事が、出来ます……。

 殺せなくても、再び深い眠りに就かざるを得ない程の深手を負わせる事は、可能な筈です……」

 

 

 そして、『彼女』は。

 寂しさと哀しさが混ざった……だけれども優しい笑顔を浮かべる。

 

 

「……最後に、少しだけでも、生きている貴方と話せて、貴方の鼓動を……体温を確かに感じられて、貴方の腕に抱かれて、『私』はそれでもう十分なのです……。

 これ以上は、何も望みません……。

 貴方が目覚めるのを待ち続けた数年間が、今、報われたんですから……」

 

 

 そう言って、彼女はクロムからの断罪を待つかの様に目を閉じる。

 その身体は、僅かに震えている。

 

 ……口ではそう言って、実際にその決意は本物であろうけれども。

 それでも、怖いのだ。

 クロムに赦されない事が、そしてクロムから拒絶される事が……。

 怖くて怖くて、仕方が無い……。

 それなのに、『彼女』はクロムの意志であるならば、それを全てを受け入れるのだと言う。

 

 そんな『彼女』の姿を見て、クロムの心は決まった。

 

 

「…………俺が傍に居れば。

 お前は『ルフレ』で居られるのか?」

 

 

 静かに問い掛けるその言葉に、彼女は驚いた様に目を開け、そして戸惑いながらも頷いた。

 

 

「はい……。

 ギムレーの血が貴方に馴染んで、そして再び貴方が目覚めるまでの数年間……。

 私はずっと、“ギムレー”として世界に滅びをもたらしてました」

 

 

 だけど、と。

 ルフレは呟く。

 

 

「眠り続けるクロムさんの傍に居る時だけは。

 貴方の目覚めをその傍らで待つその時間だけは……。

 私は『ルフレ』でした。

 貴方の妻であり、貴方を誰よりも愛している『ルフレ』として、居られた……」

 

 

 その血を吐く様なその声に、クロムは『彼女』の苦悩を見た。

 

 “ギムレー”として振り撒いていた絶望を、奪った命を、そしてそれに何の苦しみも感じられない事への恐怖を。

 それら全てを噛み締めながら、『彼女』は何時かクロムが目覚める日を……そして自分がクロムの手により断罪される日を、ただ待っていたのだ。

 

 ……そこに何れ程の苦しみがあったのか、クロムでは想像も出来ない。

 

 そんな『彼女』を……いや、『ルフレ』を。

 クロムが断罪出来る筈など無かった。

 況してや、その手に掛ける事など、不可能だ。

 

『ルフレ』は、“ギムレー”だ。

 それは最早、どうする事も出来ない事実なのかもしれない。

 だけれど。

 

 

「なあ、『ルフレ』。

 お前は世界を滅ぼしたいのか?」

 

 

 そう訊ねると。

『ルフレ』は静かに首を横に振る。

 

 

「もう、『私』にはそれを“嫌だ”とは、思えません……。

 でも、『私』は……。

 世界を滅ぼしたいなんて、思わないです……。

 思う訳が、無いじゃないですか……。

 だって、この世界は……。

 私が貴方に出会えた世界で、ルキナやマーク……私達の大切な子供達が生きる世界なんですよ……?」

 

 

『ルフレ』としての意志が確かにそうであるのなら。

 クロムが選ぶべき道はもう決まった。

 

 

「そうか。

 なら、俺がずっとお前の傍に居よう。

 それならば、お前が世界を滅ぼす事も無いのだろう?」

 

 

 その言葉に。

『ルフレ』は大きく目を見開いて。

 そして、ボロボロと涙を溢した。

 

 

「それは……!

 でも、それだと、クロムさんが……」

 

「俺達は夫婦だ。

 お前の業は、俺も背負うさ。

 それに、俺はもうお前を離したくは無い。

 この命がある限り、ずっと……」

 

 

 その言葉に、『ルフレ』はいよいよクロムに泣き縋った。

 今まで流せなかった分の涙も全て流すかの様に、ずっと。

 

 

『ルフレ』は、最早クロムはヒトとしては生きられない、と言った。

 それはきっと邪竜である『ルフレ』もまた、同じなのだろう。

 時の楔すら、今の自分達に何れ程の意味があるものなのかも分からない。

 気が遠くなる程の永い永い時を、生きねばならないのかもしれない。

 それでも。

 この身この命が在る限りは、もう二度と『ルフレ』を独りにはしないと、クロムは誓う。

 

 

 

 ……何時か、“ギムレー”を断罪する者が現れるのかもしれない。

 そしてそれは、ファルシオンを継いだ二人の愛娘であるのかもしれないし、その血を継ぐ誰かであるのかもしれない。

 もし、その時が訪れたなら……。

 きっと『ルフレ』もクロムも、それを受け入れるのであろう。

 だけれども。

 

 何時か訪れるのかもしれない、《その時》までは。

 

 クロムは『ルフレ』の手を離さないし、ずっと傍で守り続けるだろう。

 

 永い永い旅路の果てに、何時か終わりが訪れるその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 神話の時代より甦り世界を絶望に陥れた邪竜は、ある時を境にその姿を見せなくなった。

 

 ある者は誰かが彼の邪竜を倒したのだろうと言い。

 またある者は、邪竜は異界へと去ったのだとも言った。

 

 真実が何処にあるのか、それは誰にも分からない。

 

 邪竜が身を潜めた結果滅びを免れた人々は、神剣を継ぐ王女を旗印に再び復興を遂げるのであった。

 時の流れが傷付き荒れ果てた世界を癒し、人々はかつての暮らしに戻っていく。

 

 そうして、人々は何時しか邪竜やそれがもたらした絶望の事を忘れつつあった。

 絶望の世界を知らぬ子供達が生まれ、そしてその子供達が大人になってその子供を得る頃には、もう邪竜の事が人々の口の端に上る事すらも無くなっていく。

 そして何時の日にか、甦った邪竜や滅びかけた世界の事実すらも、お伽噺の彼方へと消えてしまうのだろう。

 

 

 姿を消した邪竜が何処へ行ったのかは誰にも分からないが。

 邪竜が姿を消した辺りの時期から、男女二人の旅人の物語が各地に残されている。

 

 ある時を境にその足跡も途切れるが。

 仲睦まじく寄り添い合う二人が、何時の時も決して離れる事が無かったのだけはどの物語にも共通している。

 彼等の旅路が何処へ向かうものであったのか、そこに辿り着けたのかは、誰にも分からない事ではあるが。

 

 きっと最期まで共に在ったのだろうと、彼等に関するどの書物でも語られているのであった。

 

 

 

 

 

 

【Fin】

 

 

 

◆◆◆◆

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