『FE覚醒短編集』   作:OKAMEPON

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『聖なる夜の子供達に』

◇◇◇◇

 

 

 

 幾ら比較的穏やかな気候であるイーリスであっても、真冬の時期は雪が積もる程度の寒さには晒される。

 日暮れが早まり夜は長く。

 暖炉には絶えず火が点され、民の日々の食卓には保存の効く食材が多く並べられる。

 一年の大半が雪と氷に覆われるフェリアに比べればずっとマシではあるのだけれども。

 それでも冬は厳しい季節だ。

 そして、そんな季節であるからこそ。

 一年で最も夜が長い一週間程の期間を、『冬祭り』として人々は楽しんでいた。

 

 街中が色鮮やかに飾り付けられ、『冬祭り』の期間はその時期ならではの様々な料理が食卓に並ぶ。

 そんな中でも子供達の専らの関心の的は、冬至の夜に現れるとされる『サンタクロース』だ。

 赤衣を纏った彼は、子供達に贈り物をするとされている。

 そんな民間信仰とも言えるその存在は、随分と長い事……それこそ初代聖王の時代辺りから確認する事が出来るらしい。

 何にせよ、子供達にとっては『冬祭り』とは、素敵なプレゼントを貰える素敵な伝統行事なのであった。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「わぁっ!

 ルキナさん、見て下さい!

 街中が物凄く賑やかですよ。

 僕、こんなの初めて見ました!」

 

 

 そう言いながら、マークは興奮した様に辺りを見回した。

 そんなマークの様子を微笑ましく思いながら、ルキナもまた飾り付けられた街を歩く。

 

 弟であるマークと共に久し振りに帰って来た王都は、何時も以上に活気に満ちていた。

 市場が降り積もる雪に負けぬ程の活気に満ち溢れ、街の至る所が飾り付けられているのを見て、ルキナは漸く今は『冬祭り』の時期なのだと思い至る。

 

 ルキナがかつて居た最早遠い未来でも、勿論『冬祭り』と言う風習はあった。

 ……あったのだが、それもギムレーが復活するまでの事だ。

 ギムレーに支配された世界では、人々は日々の暮らしにすら困窮する様になり。

 祭り事なんて、とてもではないが催す余力は何処にも無かった。

 だから、ルキナにとっての『冬祭り』の記憶は、父と母と共に過ごせた幼いあの日々の最中で途切れている。

 

 それに関して今更ルキナが思う所は無い。

 未来は変わり、あの絶望が世界を支配する事は未来永劫無くなった。

 邪竜を道連れに自らも消滅した過去の母も、人の心が成した奇跡によって生還している。

 次の春には、この時間の弟も生まれるであろう。

 世界は、紛う事無く救われたのだ。

 

 本来は此所に居るべきではないルキナの事も大切な娘であると宣言し事実大切にしてくれる両親が居て、未来で共に過ごしていた記憶は喪われてしまったもののたった一人残された大切な弟も居る。

 本来は干渉するべきでは無いのかもしれないが、この時間の“ルキナ”も自分を姉の様に慕ってくれている。

 置き去りにせざるを得なかった遠い未来を想う事が無い訳では無いのだけれど。

 それでも、ルキナは今この時間を生きているのであった。

 

 

 ふと、行き交う人々の中に、仲の良さそうな親子の姿を見付ける。

 それは、母親に手を繋がれ父親に見守られながら幼子が嬉しそうに歩いている、何て事はない光景で。

 しかし、その幼子の手に抱えられた愛らしい人形が目についた。

 赤い服を纏い帽子を被り、そして優しそうな目をしたその人形は。

 冬至の夜に子供達のもとを訪れると言う、サンタクロースを模したモノである。

 親子はルキナの視線に気付く事無くそのまま通り過ぎて行った。

 

 

 サンタクロース……、か。

 

 ルキナはそう心の内で呟く。

 その名前は、最早ルキナにとっては遠く懐かしく……そして何処か苦い。

 幼いあの日々で、ルキナはその存在を確かに信じていたし、冬祭りが来る度にサンタクロースからの贈り物を心待ちにしていた。

 贈り物を届けにやって来た所に出会してみたいと思い、夜更かししてみようとした事もあった。

 ……まあ、その時は睡魔に呆気なく負けて失敗してしまったけれども。

 マークが物心付いてからは二人して、拙いながらも母の真似事をするかの様に策を練ってみた事もあった。

 しかし、結局その尻尾を捕まえる事は終ぞ果たせぬままで。

『冬祭り』が無くなってしまった未来では、勿論サンタクロースもまた消えてしまったのだった……。

 

 だからこそ、未来から過去へとやって来た時のルキナにとってのサンタクロースは……。

 もう還る事の出来ないあの日々の、残響の様なモノであったのだ。

 しかし、今のルキナにとってのサンタクロースは。

 小さな子供達が無邪気にサンタクロースに思いを馳せる事が出来る様な世界を、未来を、この手で守れたのだと言うその象徴でもあった。

 ……その正体を掴めず終いであるのが、少しばかり心残りではあるけれど。

 

 そんなもう叶わぬかつての想いに、少しばかりの感傷を残しつつ。

 ルキナはマークと共に王城へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 久し振りに帰って来た王城は、王都と同様に冬祭り色に飾られていた。

 

 半年程振りに会う父と母は二人を喜んで歓迎して旅の話を聞きたがり、小さな“ルキナ”は椅子に座るルキナの膝の上に乗り楽しそうに笑う。

 そんな『幸せ』な時間が、ルキナには掛替えもなく愛しい。

 

 

「きょうのよるは、サンタさんがいい子におくりものをとどけてくれる日なんだそうです。

 ルキナお姉さまは、サンタさんにあったことがありますか?」

 

 

 膝上の小さな“ルキナ”は、そう言いながらキラキラと目を輝かせながらルキナを見上げてくる。

 そんな幼児の純粋な眼差しに優しく微笑み返しながら、ルキナは「いいえ」と首を横に振った。

 

 

「私も、直接お会いした事は無いのです。

 何時も、いつの間にか枕元に贈り物が届けられていて……。

 出来れば、会ってみたかったですね……」

 

 

 すると、小さな“ルキナ”は胸を張って答える。

 

 

「だいじょーぶです!

 だって、ルキナお姉さまはいい子ですから。

 お父さまとお母さまはいつもそういってます。

 だからきっと、サンタさんはルキナお姉さまにもおくりものをとどけにきてくれるはずです」

 

 

 心からそう信じているのだろう。

 小さな“ルキナ”の目はキラキラと輝き続けている。

 そんな、自分にもかつてあったのであろう輝きが眩しくて、そしてその輝きを小さな“ルキナ”にはずっと持ってて欲しくて。

 ルキナは優しく小さな“ルキナ”の頭を撫でた。

 

 

「ふふっ、そうだったら、良いですね」

 

 

 ルキナは別段サンタクロースからの贈り物が欲しい訳ではない。

 だが、もしサンタクロースがルキナの欲しいモノをくれると言うのならば、願わくは。

 

 この小さな“自分”の。

 自分にも有り得たのかもしれない『幸せ』な日々が、ずっとずっと続いて欲しい。

 何時か彼女が大きくなって広い世界を自ら学んでいくその日まで。

 小さな“ルキナ”の優しい世界が、壊されてしまわない様に。

 大好きな家族と死に別れる事が無い様に。

 長い戦いの末に勝ち取った平和が、少しでも長く続いて欲しいのだ。

 

 ……尤も、それは誰かから与えられるのではなくて、ルキナ達が自ら努力し維持していかなくてはならないモノであるのだけれど。

 

 そう思いながら、ルキナは“家族”との優しい『幸せ』な一時を過ごすのであった……。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 冬祭りの期間だけの料理を“家族”皆で楽しみ、サンタクロースを待ちきれない様にソワソワする小さな“ルキナ”と一緒に本を読んだりしてルキナとマークは時間を過ごしていた。

 何時かの遠いあの日々のルキナの様に、サンタクロースに会いたいのだと張り切っていた小さな“ルキナ”であったが。

 夜が少しずつ深まる中、眠りの波が寄せては返すのかうつらうつらとしてきてしまう。

 そんな小さな“ルキナ”をベッドに寝かせると、直ぐ様眠りの淵に誘われ、安らかな寝息を立て始めた。

 恐らくこの様子では、明日の朝まではちょっとやそっとでは起きないだろう。

 幸せそうに眠る小さな“ルキナ”の頭を優しく撫でてから、ルキナとマークは小さな“ルキナ”の部屋を後にするのであった。

 

 

「サンタクロース、か。

 僕も昔は会いたがっていたんでしょうか」

 

 

 小さな“ルキナ”の様子を思い返しながら、マークは優しく微笑みながらそう溢す。

 ルキナは、そんなマークに勿論だと頷いた。

 

 

「ええ、私と二人で、サンタクロースを捕まえようとしていた事もあったんですよ。

 罠を仕掛けてみたりとか、色々してみたのですが。

 結局、一度も会えず終いでした」

 

 

 マークと二人で、ああでもないこうでもないと頭を捻りながら、『サンタクロース捕獲作戦』を練っていた遠いあの日々は、今でも鮮明に思い出せる。

 どんな罠を仕掛けても、引っ掛かった形跡すらも無く。

 だけど翌朝には必ず枕元に贈り物が置かれているのだ。

 その度に、作戦が失敗した悔しさと、それ以上の喜びを感じていたモノだった。

 ……何時か、小さな“ルキナ”も。

 小さな“マーク”と一緒に、そうやってサンタクロースを捕まえようとするのだろうか。

 そんな幸せで楽しい日々を重ねるのだろうか。

 

 マークには、遠い未来で過ごしていた日々の記憶が無い。

『幸せ』だった幼いあの日々も、そして絶望に沈んだ世界での辛く苦しい日々も。

 平等に、マークは喪ってしまった。

 それは、ある意味では悲劇でもあり救いでもあるのだろう。

 マークの記憶喪失を知った当初は、ルキナは強い衝撃を受けたのであったが。

 心の整理が付いてからは、それで良かったのかもしれないとすら思う。

 記憶を喪おうと何だろうと、マークがルキナの大切な弟である事には変わり無く。

 内面的な部分も、記憶を喪う前とそう大きくは変わらなかったからだ。

 喪ったモノを嘆くよりは、新しく積み上げる方が余程建設的である。

 

 ルキナの言葉に、「そうなんですね」とマークは嬉しそうに返す。

 

 

「小さかった頃の事とは言え、母さんみたいな軍師を志していたであろう僕の策を破るとは……。

 サンタクロースは相当な策士だったんでしょうね!

 是非とも直接お会いしてみたかったです」

 

 

 何だかそんなズレた感想を述べるマークに、昔と変わらないなと微笑ましく思う。

 あの頃も、何時も作戦が失敗したは次こそはと燃えていたのであった。

 そんな二人を、両親が優しく見守ってくれていた事も、ルキナは覚えている。

 

 

「さて、私達もそろそろ眠りましょうか……」

 

 

 何だか今夜は、幸せな夢を見られる気がするのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 ルキナは、夢を見ていた。

 とてもとても『幸せ』な夢であった。

 目覚めてしまえば、消えてしまう。

 儚くて、朧気で、そしてだからこそ泣きたくなる位に『幸せ』で愛しい夢であった。

 夢の中で、優しい手と力強い手がルキナを撫でる。

 大好きなその手が離れていくその時に、いかないでくれと、ルキナは懇願した。

 行かないで、逝ってしまわないで、お願い、と。

 すると二人はルキナを、優しく力強く抱き締める。

 

 

『何時までも俺達はお前たちを見守っている、遠く離れても、ずっとだ』

 

『貴女とマークは、私達の一番の宝物なんです。ずっと、永遠に』

 

『『だからどうか、幸せに──』』

 

 

 その言葉に背を押される様にして、ルキナは夢から醒めるのであった…………。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 幸せな夢を見ていた気がする。

 内容は、もう朧気で思い出せないけれど。

 それでも、とてもとても幸せであった事が、胸の奥には残っている。

 そんな温かな幸せに満たされながら起き上がると、ふと枕元に見慣れぬモノを見付けた。

 少なくとも眠る前にはこんなモノは無かったと思うのだけれども。

 何だろう、とルキナはそれを手に取る。

 それは、両手に乗る位の大きさの箱であった。

 

 箱を開けると、その中には。

 深い蒼に輝く宝石をあしらった綺麗なペンダントが、一つ。

 

 余程腕の良い宝石細工師が手掛けたのであろう。

 精緻な細工が施されたそれは、決して豪奢さや無駄な華美さは一切無く。

 一目見ただけでは何処か質素にすら感じてしまう程なのに、見れば見る程そこに惜しみ無く高度な技術が注ぎ込まれているのが理解出来る。

 何処までも純粋に宝石自身が持つ美しさを引き出したそのペンダントが、並々ならぬ価値を持つモノである事をルキナは即座に理解した。

 

 そして、ペンダントの下には、一枚のメッセージカードが挟まれていた。

 

 

『良い子のあなたへ、サンタクロースからの贈り物です』

 

 

 そのメッセージを、何度も噛み砕いて、そしてボロボロと涙を溢す。

 

 筆跡は多少は誤魔化してはいたが、それでも。

 大好きで大切なその人の字を、ルキナが見間違える筈は無かった。

 其処にある『愛』を、『想い』を。

 確かに受け取って、ルキナは泣いた。

 

 幼いあの日々の思い出が繰り返し甦ってゆく。

 サンタクロースを捕まえられなかったのだと悔しがる二人に両親が優しく微笑んでいた事も、全部。

 大切で幸せだったあの日々は、もう戻ってこないけれど。

 それでも。

 “両親”は、子供達を大切に慈しんでくれている。

 それは、未来でも過去でも、時を越えても変わらなかった。

 

 

 きっと今頃、小さな“ルキナ”やマークの元にも“サンタクロース”からの贈り物が届けられていているのだろう。

 目覚めて枕元の贈り物に気が付いた二人は、どんな風に喜ぶのだろうか。

 

 

 喜びと幸せを胸に、ルキナは部屋を出て“両親”の部屋を目指す。

 伝えたい想いが、沢山沢山あるのだ。

 “両親”は驚くだろうか、それとも喜ぶのだろうか。

 それを思うのも楽しくて。

 ルキナは駆け出すのであった。

 

 

 

 

 

【Fin】

 

 

 

 

 

◇◇◇◇


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