『FE覚醒短編集』   作:OKAMEPON

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『幸せの食卓』

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 目の前にはホカホカと湯気を立てる鍋。

 その中身は、トロトロ……はちょっとほんの少し僅かに通り過ぎてドロッとしたシチュー。

 若干不揃いで切り口もガタガタしている数々の食材は、煮込み過ぎてしまったのか幾つかは溶けてしまっている様であった。

 焦げない様に定期的に鍋を掻き混ぜていたからか、前とは違って焦げ付く様な匂いは今のところ漂ってはいない。

 

 

(見た目は……ちょっと微妙だけど、材料的にはあってる筈だし、多分大丈夫……!)

 

 

 そう決意したルフレは、えいっとばかりに一思いに味見の為に椀にシチューを取る。

 息を吹きかけながら冷ましたそれを逸る思いで口にしたルフレは、一口目で『よしっ!』とその場で思わずガッツポーズをしたが、続く二口目で微妙な顔になり、三口目で項垂れた。

 

 

(何だろう……この……食べられない訳じゃないけど、絶妙に美味しくない……!)

 

 

 口にした者悉くに『鋼の味』と表されていた当初に比べればその出来栄えは雲泥の差なのかもしれないが、如何せんそれは幾らなんでも比べる対象が悪過ぎる。

 ルフレ程度の腕前とて、流石にプライドと言うモノはあるのだ。

 美味しいか美味しくないで問えば、百人中百人が微妙そうな顔をして『美味しくない』と答えるであろう何とも言えない不味さとも言えない“何か”がそのシチューにはあった。……いや、逆に“何か”が無いからそんな味なのかもしれないが。

 食えなくはないし、飲み込めないなんて事もない。

 食べたからと言って腹を壊したりする事もないのだろう。

 が、しかし。

 単純に、ただただ明確に、簡潔に言って、『美味しくない』のだ。

 どんな修辞句を使ったとしても、ルフレの頭の中の辞書を引っくり返してみても、『美味しくない』以外の言葉が出てこない。

 いっそ感動するレベルで『美味しくない』。

『不味い』のよりはまだマシなのかもしれないが、この味を好き好んで食べる人は居やしないだろう。

 

 

(何でだ……一体何が悪かったんだ……)

 

 

『鋼の味』料理人として散々自警団内で名を馳せてきたルフレは、こう言っては何だが自分の料理の腕前が人に褒められる様な代物では無い事位は理解していた。

 まあ、その自己認識と周囲からの認識との間にズレがあったのかどうかに関しては、そう頻繁では無いとは言えルフレが全くの善意で手料理を振る舞おうとした事があった事を鑑みて察して頂きたい。

 一体何れ程の罪の無い食材達が、『鋼の味』なんて言うそもそも料理に対して用いられるべきでは無い冒涜的な烙印を捺されてきたのかは最早数える事すら出来ないだろう。

 いや別にルフレとて、態々『鋼の味』の料理を錬成しようとしてきた訳では断じて無いのだ。

 ルフレなりに味付けはちゃんと気を付けてきたつもりだったし、美味しくなる様に色々工夫したりもした。

 が、悉く失敗し『鋼の味』になってしまっていただけなのだ。

 それはそれで残酷な話である。

 無論、犠牲になった食材にとってだ。

 

 何処かで質の悪い呪術か何かでも掛けられていたのではないかと疑ってサーリャやヘンリーに相談した事もあるが、呪術的な“異常”は別段見当たらないと二人ともに太鼓判を押されてしまった。

 味覚・嗅覚に異常があるでもなく、その他に何らかの異常がある訳でもない。

 ただただ、ルフレは料理を作るのが致命的に下手くそなのだった。

 

 しかしルフレはそこでへこたれて諦める様な性格ではなく。

 身体的に異常があるから料理が出来ないのではないのなら、練習すれば必ず上手くなる筈だろうと、逆に前向きに考えられる程度には負けず嫌いであり、だからこそ、料理の手習い本などを読み漁っては、こうして空いた時間には料理の修行に勤しんでいた。

 その成果は0では無い様で、当初は悉く『鋼の味』だった料理も、何とかその域は脱する事が出来てきた。

 が、しかし。

『普通』の味ですらまだ遠い目標であり、更にその先の『美味しい』ともなれば、一体何れ程遥かなる高みになるのか見当も付かない。

 それでも──

 

 

(出来るなら、心から『美味しい』と思って貰える料理を、食べさせてあげたいからね)

 

 

 彼女を想い、優しい微笑みを浮かべたルフレは……。

 直後、この『美味しくない』料理を自分で片付けなければならない事を思い返し。

 ややその笑みを引攣らせるのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 そもそもどうしてイーリスの軍師たるルフレが不得手な料理の腕前をこうも熱心に磨いているのかと言えば、それには甘酸っぱい動機があるからだ。

 

 ルフレにとって“半身”の様な存在であるクロムの娘であり、時空を跳び越えてこの時間へとやって来た『未来』からの異邦人たるルキナ。

 仲間として共に闘い共に時を過ごす内に何時しかルフレとルキナは互いに惹かれ合い、そして恋人として結ばれた。

 戦時中であり互いに複雑な事情を抱えている事もあって将来を誓いあった訳ではまだないけれど。

 それでも……何時か何の憂いもなくその隣に居られる様になった時には、改めてそれを誓いたいと何時も想っている程には、大切で特別な相手だ。

 

 そんなルフレの愛しい恋人であるルキナだが、彼女が本来在るべきだった時間……ルフレから見た場合の『未来』は、そこからやって来た者達全員から“絶望の未来”と呼び表される程に悲惨な状況であったらしい。

 その有り様を直接目にした訳ではないルフレにはルキナ達から断片的に伝わってきた情報を元に想像するしか無いのだが、それでも人々の生活どころか文明自体が最早壊滅的な程に打撃を受けていたであろう事は想像に難くなかった。

 

 日々の糧にすら困窮し、次の年の為の種籾すらをも食べざるを得ない人々。

 餓えに苦しむあまり、土を掘り返して木の根までしゃぶって餓えを誤魔化す事が常態化する日々。

 野ネズミや昆虫に至るまで、動くもの食べられるものならば何でも口にしなくては命を繋ぐ事すら難しい食事情。

 そんな未来では、王族や貴族ですらも決して余裕のある食事が出来る筈もなく。

 この時代で民達が粗食と呼ぶそれよりも遥かに粗末な食料を口にするだけで精一杯であったと言う。

 ……それでも、食料にありつけるだけ恵まれていたそうなのだが。

 

 そんな『未来』からやって来た子供達は、この時代に辿り着いた当初は誰もが栄養失調ギリギリの状態であったらしい。

 ……イーリス軍に合流するまでの期間に多少その状態は改善されたそうなのだが、それでもほぼ放浪生活に等しい生活を送っていた者達が大半である彼等が、この時代で言う所の“普通”の食事にありつけた事は殆ど無かった様だ。

 それでも“絶望の未来”で食べていたモノに比べればずっと贅沢な食事だったと、誰もが口を揃えて言っていたのが、ルフレとしては何とも居た堪れなくなる話である。

 

 ルフレは別段食に贅を凝らす事に執念を燃やす様な質ではなく、聖王直属の軍師と言う立場を考えれば、日々の食事は寧ろ質素な位だ。

 好き嫌い等は基本的には存在せず、一般的には嫌煙される熊肉だってペロリと平らげてしまえる。

 粗食と呼ばれる様な食事だって別段苦でも何でもない。

 ……が、そもそも『食料がない』と言う飢餓状態に陥った事が、ルフレの記憶にある限り……クロムに拾われてからは一度も無いのだ。

 それは、とてもとても恵まれた事なのだろうと……ルキナ達が置かれていた状況の話を聞く度にルフレは思っている。

 餓えに苦しんだ事の無いルフレには、ルキナ達が経験してきたその過酷さを本当の意味で理解する事は出来ないだろうけれど。

 それでも、そんな過酷な現実に苦しんできたルキナの為に出来る事は、力になれる事はある筈だと、そうルフレは信じていた。

 

 それはやはり第一には、この世界をそんな“絶望の未来”にはさせないと言うのが一番だろう。

 その為にルキナ達は“過去”へとやって来たのだし、ルフレ達も戦っているのだから。

 未来に於いて甦ってしまったと言う“邪竜ギムレー”の復活の阻止や、クロムの死の阻止、世界各地に散らばっていると思われる“宝玉”を集めて“炎の紋章”を完成させる事。

 その為にやらなくてはならない事は山積みであるし、それらに関してルフレが力になれる事は沢山あると自負している。

 

 が、それはそれこれはこれとして。

 折角、日々の食事に事欠かなくても済む時代へとやって来たのだ。

 ならば、ルキナに食事に関しての細やかな楽しみを味わって貰ったって罰は当たらないだろう、とルフレは思う。

 

 街の食堂とかで奢ったりするのもルフレとしては吝かではないのだが、行軍続きの日々だとやはりどうしたって外食するよりも野営地で自炊する事の方が多くなる訳で。

 野営地での料理が不味い訳ではないのだが、大人数相手に作るが故にどうしても大味な味付けになってしまうのだ。

 個々の味の好みに合わせていられない、と言うのが実情である。

 だからこそ、ルキナに『美味しい』料理を味わって貰おうとするのなら、恋人としてルフレ自らルキナの為に手料理を振る舞うのが一番手っ取り早いのである。……ルフレの料理の腕前が壊滅的な一点だけを除けば……の話にはなるが。

 

 料理や絵画などの一部の事を除けば案外何でもそれなり以上に卒なくこなせる上に、ルフレはかなりの負けず嫌いであり、ちょっぴり自信家であった。

 だから苦手な料理にしたって、特訓すれば必ずや上達する筈であると思い込んでいたし、自分ならやれる筈だとかなり強気に思っていた。

 今はちょっぴり()残念な料理の腕前でも、遠からずの内に必ずやルキナの舌を満足させてやれる料理が作れる様になる筈だ、と。

 それが何れだけ無謀な事なのか考えもせずに、“ルキナに、『美味しい』と思って貰える手料理を振る舞う”と言う目標を立ててしまったのだ。

 更には、折角なのだから内密に事を進めてルキナへのサプライズにしようと、誰かに教えを乞おうとせずに独学でやろうと決めてしまったのだった。

 

 流石に、失敗作をせっせと自分で消費している内にその目標が何れだけ遠くにあるモノなのかは、嫌と言う程想い知ったのだけれど。

 それでも、ルキナに『美味しい』と言って貰える料理を作る、と言う目標だけは変える訳にはいかなかった。

 だからこそ、こうして暇を見付けてはルキナ達から隠れるようにしてこそこそと料理の修行を怠らない様にしているのだ。

 

 

 ──全ては、ルキナの笑顔の為に。

 

 

 ルフレの想像の中のその笑顔が現実のモノになる日が一日も早く来る事を願って。

 ルフレは今日もまた一人、反省会代わりに失敗した手料理を平らげるのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ルキナの目の前にあるのは、コトコトと音を立てて煮込まれたナスとベーコンのトマトスープ煮込みの鍋。

 蓋を取ると、ふんわりと辺りにトマトの良い匂いが漂ってくる。

 スープと具材をほんの少し小皿に二つ取り分けたルキナは、その一つを横に立っているフレデリクへと手渡した。

 

 

「えっ……と、味付けはこんな感じで大丈夫でしょうか?」

 

「ふむ……。ええ、とても上手に出来上がっていますね。

 流石はルキナ様、元々料理の基礎は出来ておられる様でしたが、感動してしまう程に上達が早いです。

 この調子でいくと、私から教えられる様な事はもうそろそろ無くなってしまいそうですね」

 

 

 スープの味見をしたフレデリクにそう評価されたルキナは、嬉しさのあまりに思わずと言った様に笑みを綻ばせる。

 

 

「本当ですか……!? 良かった……。

 お料理の基礎は、“未来”でフレデリクさんから教わっていたんです」

 

「おや、そうでしたか。

 こうしてまだルキナ様に教えられる事が出来て、私も師匠として冥利に尽きますね」

 

 

 そう言って穏やかに微笑んだフレデリクのその表情は、ルキナの覚えている彼よりも年若いがそれでも記憶の中の微笑みと寸分違わず同じであった。

 記憶の中の彼と重なるその姿に、どうしても少しばかり感傷的な気分になるのをルキナは止められない。

 

 ……今は遠い“未来”で、ルキナは今よりも少し年老いたフレデリクから料理を学んだ事があった。

 と言っても彼から学んだのは一般的な意味での“料理”とは違って、所謂野戦料理とかサバイバル料理とかだったけれど。

 例え王族であっても十分な食料を得られるとも限らないあの未来では、いざと言う時に食べられるものを食べられる様に自力で調理する術を身に付けておく必要があったのだ。

 だからルキナは、蛇やネズミと言った、凡そこの時代では食料とされる事がまず無いであろうモノの調理方法などに熟達している。

 ただどうしても腹を少しでも満たす事や少しでも栄養を摂る事を第一にしてしまう為に味は二の次三の次になってしまって。

 普通に食べられるものが溢れているこの時代では、ルキナが培ってきたあのサバイバル料理はとてもじゃないが食べられたモノではないだろう。

 

 食材を切ったりちょっと煮込んだり炒めたりと言った基礎の部分は全く問題は無いけれど、所謂味付けの部分に於いてはルキナは全く自信が無かった。

 自分一人が食べるだけなら別に雑な味のサバイバル料理モドキでもルキナ自身は気にしないし、軍で料理当番が回ってきた時には大抵料理上手な誰かも一緒なのでその人に味付けは任せてしまえば良い。

 

 だが、そんなルキナの料理の腕前が許容されるのは、独り身の時か行軍中の様な共同生活を送っている時だけである。

 将来的に生涯を共にしたいと思える様な相手と想い結ばれた今、料理の問題は早急に何とかしなくてはならない問題であった。

 極限サバイバル料理を愛する人に食べさせようとは、流石に幾ら何でもルキナにはこれっぽっちも思えないからだ。

 ルフレは好き嫌いせず殆ど何でもペロリと食べてしまうが、それでもソワレやデジェルが作った料理には顔を引き攣らせる辺り、何でも食べられると言う訳ではない。

 勿論、ルキナが作る極限サバイバル料理も無理だろう。

 デジェルの料理に比べれば食べられるだけマシかもしれないが、味に関しては全く以てアウトである。

 作る料理が尽く『鋼の味』になるルフレの料理とどっちがマシか……と言うレベルなのだから。

 

 そんな訳で、ルキナは急遽料理修行を始める事にしたのだ。

 指南役としてフレデリクを選んだのは、“未来”でそうであったからと言うのも大いに関係しているが、そもそも彼は料理を作るのが極めて上手い。

 更には、物事を教えると言う事にも馴れている。

 先生として仰ぐには、実に理想的なのだ。

 そんなフレデリクの指導を受けていたにも関わらずルキナの手料理が極限サバイバル料理になってしまったのは単純に未来の食料事情の問題があったからであり、食料問題がなければ順当に普通に料理上手になれていたのではないだろうか?

 ……まあ、その場合は「王家の方に料理など……」とか言ってそもそも教えてくれなかったのかもしれないが。

 

 そんなこんなで料理指導を快く引き受けてくれたフレデリクによって、ルキナの料理の腕前は日に日に上達していった。

 最大の懸念材料であった味付けも、時々失敗するものの段々コツが掴めてきた様だ。

 この調子でいけば、そう遠くない内に一人でもちゃんと作れる様になるだろう。

 そうしたら、何時か。

 

 

(ルフレさんに、私の料理を食べて貰いたいですね……)

 

 

 その時を想って、ルキナは柔らかな微笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ルキナがそれに気付いたのは、本当に些細な偶然によってであった。

 行軍の合間にルフレは何時もの様に自分の天幕に籠って策を練っていた筈だったのだが、ちょっとした用事でルキナがルフレの天幕を訪ねた時にはもぬけの殻だったのだ。

 ルフレには、考えが煮詰まってくると野営地の近くをフラフラ散歩する癖があるから、それで不在なのだろうか?とルキナはその時は大して気にも留めなかったのだが。

 先に他の用事を片付けようとルフレの天幕を後にして炊事場の近くを通り掛かった時、何か悩んでいる様な……そんな表情をしたルフレとすれ違った。

 左手に持った手帳に視線を落としながら口元に右手をあてて考え込みながらスタスタと歩いていくルフレは、ルキナとすれ違った事にすら気が付いてなかった。

 人一倍気配に敏感なルフレが、ルキナが近くにいる事にすら気が付かないと言うのは初めての事で。

 それに驚いてしまったルキナは、ルフレに声を掛ける事すら忘れてその場に立ち竦んでしまった。

 

 すれ違ったのに気付かれなかったと言う程度の事で、それ自体は取り立てて気にする様な事では無いのだろうけれど。

 だが、あのルフレが……と言う点が、訳もなくルキナの心に不安の影を落とした。

 

 何か深刻な悩みでも抱えているのではないか、と。

 そしてそれを隠しているのではないか、と。

 

 考えすぎなのかもしれないが、どうしてもその想いを払拭する事が出来ず、ルキナは少しばかりの後ろめたさを感じながらもルフレの様子を探る事にした。

 

 ルキナがよりルフレを観察する様になっても、基本的にルフレは何時もと変わらない様であった。

 相変わらず忙しそうに軍師としての仕事に追われているし、恋人としてルキナと接する時の様子も前と変わりはない。

 ただ。

 数日に一回程度の頻度で、ルフレの姿を見掛けない時がある事に気が付いた。

 何処かで散歩しているのか、はたまた誰かと話し込んでいるのかと思っていたが、仲間たちや父に訊いてみてもその時間帯にルフレが何をしているのか知っている人は一人も居なかった。

 フレデリクには少しだけ思い当たる節があった様なのだが、「気にしなくても大丈夫」とだけしか答えてくれず、結局ルフレが何をしているのかは分からずじまいである。

 

 フレデリクが「大丈夫」と言うからには、ルフレは何か危険な事をしている訳ではないのだろうけれど……。

 だからと言ってそれで安心出来るのかと言われればそれとこれとは話が別だ。

 なら直接ルフレに訊くのが早いのであろうけれど、それはそれで本当にそうしていいのか悩んでしまう。

 もしルフレがルキナに対して隠そうとしている事ならば、正面切って訊いた所ではぐらかされてしまうだろうし、二度とルキナに悟られない様により隠密に事を進めようとしてしまうだろう。

 なら、動かぬ証拠を握った上で問い質すべきなのでは……?

 

 悶々とルキナは悩むが、良い解決法方はこれっぽっちも浮かんでくる事は無かった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

(ルキナ、どうしたんだろう……?)

 

 

 今日も今日とて料理の修行に打ち込みながら、ルフレは悩まし気に溜め息を吐いた。

 

 どうにもここ最近、ルキナの様子がおかしいのだ。

 何処と無くよそよそしかったり、折を見てはチラチラとルフレを伺い見てきたりする。

 どうかしたのかと訊ねてみても、どうにも要領を得ない返事ばかりが返ってきて。

 何かしてしまっただろうかと心当たりを探ってみるも、特にはその様なものは無い。

 ここ最近は中々料理の腕が上がらず壁に行き当たっていた為にそれで悩んでいた事も多いが、それをルキナの前で出した事など無い筈だし……。

 うーん……と思い悩むしかない。

 

 そんな悩みが生まれた一方で肝心の料理の腕の方はと言うと、味付けを少し変えてみた所良い感じになってきたので、『美味しくない』料理だったのが『普通』の料理、そして時々は『割と美味しい』料理まで作れる様になっていた。

 調理の手順自体もかなり手慣れたものになってきていて。

 当初の様に生煮えだったり生焼けだったり、逆に煮崩れやら焦がしてしまう事はもう無い。

『美味しい』まで後一歩何かが足りない様ではあるけれど、その一歩……何かの切っ掛けさえ掴めれば、きっと『美味しい』料理が作れる様になる筈だとルフレは確信していた。

 

 今は何だか様子がおかしいルキナも、『美味しい』料理をご馳走したり一緒に時間を過ごす内に、きっと元通りになるだろう。

 そう思う事で悩みを振り払おうとしたルフレは、ふと炊事場の出入り口に誰かが立っている事に気が付いた。

 

 

(ふぁっ!? あ、えーっと、あれは……!)

 

 

 料理をしている現場を隠蔽しようと焦ったルフレが誤って野菜かごをひっくり返しかけたりと、慌てふためいてしっちゃかめっちゃかになりかけているのを、炊事場にやってきたフレデリクは心なしか冷ややかな目で見やり、深い溜め息を吐いた。

 

 

「……何をなさっているんですか? ルフレさん……」

 

「あー、フレデリク? いや、これはね、その……。

 えーっと、何と無く小腹が空いて料理がしたくなってね!

 それだけ! ほんと、特に他に理由はないよ!」

 

 

 フレデリクに見られてしまった事に動揺を隠せないまま、ルフレは滅茶苦茶な言い訳をし始める。

 言ってる当人にも既に意味が分かってない。

 冷静に考えれば、ルキナにバレさえしなければ良いので、別にフレデリクに料理修行を見られた所で別に困る様な事では無い。

 しかし、フレデリクの不意打ちの様な登場によって絶賛混乱中のルフレには、そんな単純な事すら頭からすっぽ抜けてしまっていた。

 頭の中は(どうしようどうしよう)と焦るばかりだ。

 ルフレの混乱っぷりはフレデリクにも伝わったのだろう。

 フレデリクは片手で軽く額を抑える様にして、深い深い溜め息を吐いた。

 

 

「はぁ……。

 別に態々誤魔化そうとなんてしなくても、私は前々からルフレさんが料理の修行をしている事を知っていますよ……。

 それがルキナ様の為のものである事も、存じ上げてます」

 

「えっ!?」

 

「私は料理当番として炊事場に出入りする機会も多いですから。

 まあ……でも、殆どの方は気付いていないでしょうし、ルキナ様は何も知りません」

 

 

 フレデリクはそう言った後で、「知らないからこそ問題なんですけどね……」とボソリと呟く。

 だが混乱を極めていたルフレの耳には、その呟きは届かなかった。

 

 

「あ、えーっと、それなら良いんだけど……。

 所で、何でフレデリクは炊事場に?」

 

 

 夕食を作り始めるにはまだ早すぎるし、そもそも今日はフレデリクは料理当番では無かった筈だから料理の仕込みをしに来たと言う訳でもないだろう。

 

 料理当番でもなければフレデリクが炊事場にやって来る理由など皆目見当も付かないルフレは、思わず首を傾げてしまう。

 

 

「そうですね……。

 正直見ていられなくなった……とでも申し上げるべきでしょうか」

 

「?」

 

 

 フレデリクの発言の意図が掴めず困惑するルフレに、フレデリクは一つ咳払いをした。

 

 

「ルキナ様の為に料理の腕を磨こうと言うルフレさんの心掛けは確かに立派なものですし、その努力も認めます。

 しかしこの調子で独力で修行を続けようとしても、ルフレさんが満足のいく料理を作れるのは当分先の事になるでしょうね。

 それはルキナ様にとっても、あまり宜しくはありません……」

 

 

 何故そこでルキナの名前が出るのだろう。

 困惑のままにルフレはフレデリクに訊ねる。

 

 

「何でそれがルキナにとって良くないんだい?」

 

「ルキナ様はルフレさんが何をしているのかは知りませんが、“何か”をしている事には気付いておられます。

 それが結果として、ルキナ様のお心を乱しているのです」

 

「そ、それはどういう……」

 

「ルフレさんが料理について悩まれているのを目にしたルキナ様は、ルフレさんが何か困っているのではないかと、何か良くない事に巻き込まれているのではないかと、心配しておられるのです。

 何か知っているのでは?と私に尋ねられた事もあります」

 

 

 その時は誤魔化しておきましたが……と語るフレデリクも、心なしか困っている様であった。

 

 イーリス王家に仕える騎士である事を誰よりも誇りに思い、そう在らんとしているフレデリクにとって、例えそれがルキナを想うルフレの気持ちを汲んだ結果であるとは言え、“未来”のではあるがクロムの嫡子たるルキナに真実を告げられないのは心苦しいのだろう。

 

 

「ですので、一刻も早くルフレさんが満足のいく料理を作れるよう、私が指導したいと思います」

 

「え、ええー!?」

 

 

 唐突なその申し出にルフレとしては困惑するしかない。

 何故突然、と言うのもあるが、折角ここまで自分だけで頑張ってこれたのだから最後まで……と言う思いもある。

 しかし、そんなルフレの考えは、戦場に立っている時の様な真剣な顔をしたフレデリクの無言の威圧感の前に粉砕された。

 

 

「良いですか?ルフレさん。

 ルキナ様に美味しい料理を食べさせてあげたいと言うその想いはご立派ですが、その為にルキナ様を心配させては本末転倒も良い所です。

 ルフレさんにとって大事なのは『美味しい』料理を作れる様になる事であって、独力で上達すると言う事では無い筈。

 使えるモノは何でも使って、さっさと料理上手になるべきだと思いませんか?」

 

 

 そうでしょう?と有無を言わせないフレデリクに、ルフレはこくこくと頷くしかない。

 お分かり頂けて何よりです、とニッコリと微笑むフレデリクのその表情に、ルフレは背筋を冷や汗が流れ落ちるのを自覚する。

 この忠実なる騎士がこうやって微笑んだ時にはロクな事がない。

 鬼のように厳しい訓練や、お説教が待っているのだ。

 今回の場合は訓練の方であろうけれど。

 

 そして、ルフレの嫌な予想はこれ以上に無い程に的中し、フレデリクによる地獄の責め苦の様に恐ろしく厳しい料理指導が始まったのであった。

 

 唯一の救いは、フレデリクの指導を受ける様になってから、一刻も早くこの指導を終わらせたい一心によって、恐ろしい早さで料理の腕前が上達した事であろう……。

 こうして、フレデリクの助力()と、ルフレの汗と涙によって漸く、ルフレが「これならば!」と満足のいく料理が作れる様になったのであった……。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 動かぬ証拠を掴もうと、ルフレを尾行しようとして失敗してはや十数回。

 ルキナが思っていた以上に、ルフレは強敵であった。

 一軍を預かる軍師としては頼もしくもあり、しかしその頼もしさが今は逆に仇となっている。

 

 一体ルフレは何をしていると言うのだろうか……?

 まさかと思うが、浮気とか……?

 

 それは無いとは思いつつも、抱いた不安が完全に消え去る事は無い。

 悶々としつつルフレを観察する日々が続いたとある日。

 ルキナは、ルフレから呼び出しを受けた。

 

 何だろう、と少し不安を抱きながらもルフレに言われた通りに食堂に行くと、そこには。

 テーブルにこれでもかと並べられた沢山の料理が待ち構えていた。

 

 

「ルキナ!そこに座ってね。

 あ……ちょっと待ってて、この皿で最後だから」

 

 

 ルキナの姿を見付けてパアッと顔を輝かせたルフレはルキナに着席する様に促しつつ、肉料理が盛ってある皿を持ってテーブルの方へとやって来る。

 

 

「あの……ルフレさん、これは一体……」

 

「まあまあそれは気にせずに、取り敢えず食べてみてくれると嬉しいな」

 

 

 ルキナの前に手に持っていた皿を置いたルフレは、そのままルキナの目の前の椅子に座り、何処か期待する様な目でルキナを見詰めてくる。

 困惑しつつも促されるままに、一口食べてみる。

 

 

「……! 美味しいです……!」

 

 

 たった一口食べただけでも、その料理がとても美味しい事は分かった。

 しかもただ美味しいだけではない。

 作った人が、食べてくれる人の事を心から想って作ったのだろう……そんな“想い”としか表現しようがない何かをしっかりと感じられる味だった。

 

 

「『美味しい』?本当に?」

 

 

 ルキナの言葉に目を輝かせて身を乗り出してきたルフレに頷くと。

 ルフレは喜びを露にして拳を握りそれを胸の前に掲げる。

 

 

「良かったー!

 上手くなった自信はあったけど、ルキナの好みに合うのか不安だったんだ……!

 ああ、長かった……!!」

 

 

 思わず、と言った風に涙ぐんで喜ぶルフレに呆気に取られたルキナは、もしかして……?とふと気付く。

 

 

「あの、このお料理って、ルフレさんが……?」

 

 

『鋼の味』で有名なルフレがまさか……と若干思いつつもルキナが訊ねると。

 ルフレは少し照れた様に頬を赤くして頷いた。

 

 

「その……。

 “絶望の未来”でずっと頑張ってきたルキナに、『美味しい』料理を食べて貰いたくってね……。

 結構頑張って練習したんだ。

 フレデリクにしごかれた甲斐があって良かったよ」

 

 

 フレデリクの名前に、ここ暫くのルフレの謎の行動の理由に漸く合点がいったルキナは、次の瞬間顔を仄かに朱に染める。

 何度フレデリクに尋ねてもはぐらかされたり歯切れが悪かったりしたのは、ルフレがルキナの為に必死に料理の腕前を磨いていた事を知っていたからなのだろう。

 ルキナに喜んで貰おうと頑張っているルフレのその気持ちに水をさすまいとしていたに違いない。

 

 そこまで理解したルキナは、思わず嬉しいやら恥ずかしいやらで頬が熱くなってしまう。

 

『鋼の味』料理人だったルフレがここまで美味しい料理を作れる様になるまでの苦労はかなりのものであっただろうし、時にそれで悩んでいた筈だ。

 それを穿って見てしまった上に“浮気”すら疑った事が恥ずかしく。

 そしてそれ以上に、ただでさえ忙しい筈なのに、それでも少なくない時間を割いてまでルキナの為に料理の腕を磨いてくれたのが堪らなく嬉しくて。

 

 もうどんな顔をして良いのやら分からず、ルキナは顔を覆ってしまう。

 嬉し過ぎて、ちょっと他人には見せられない顔になってしまっているかもしれない。

 

 ルキナの事を想いルキナを喜ばせようと一生懸命になって、そしてその目論見が成功して大喜びしているルフレが、どうして良いのか分からない位に愛しくて。

 ただでさえ好きで好きで堪らないのに、更に深みに嵌まってしまう様に、ルフレの事がもっと好きになってしまう。

 

 大好きな人が自分の事を想って作ってくれる料理の美味しさは、今までのルキナの人生の中で味わってきたモノなんて足元にも及ばない程だった。

 嬉し過ぎて心の器から溢れた想いは、柔らかく温かな涙となってルキナの頬を伝い落ちて行く。

 

 

「えっ!?

 どうしたんだい?!

 やっぱり美味しくなくて、さっきのはお世辞だったとか……。

 味見はちゃんとしてた筈なんだけど……!」

 

 

 ポロポロとルキナが涙を溢しているのを見たルフレは、狼狽えながら慌てて自分も一口料理を食べては、「味は……だ、大丈夫だよね……?」と呟く。

 そんなルフレに、ルキナはふるふると首を横に振った。

 

 

「いえ、違うんです。

 お料理は美味しいし、ルフレさんの気持ちが嬉しくて……。

 それで嬉しさで気持ちが一杯になったら、涙が勝手に……」

 

 

 所謂“嬉し泣き”なのだと伝えると、ホッとしたようにルフレは胸を撫で下ろした。

 

 

「よかった……てっきり味見していた僕の味覚がおかしかったのかと……」

 

 

 そうやって安堵した様に息を吐くルフレの様子が何だか面白くて。

 ルキナは思わず笑い声を溢してしまう。

 

 

「えぇー……今のは笑う所かい?

 結構本気で焦ったんだけど」

 

「いえ、ふふっ。

 可笑しいとか、そんな事は無いんですけど……ふふっ」

 

 

 笑いのツボに入ってしまったのか、中々笑いが収まらない。

 一頻り笑うルキナを見ていたルフレは、少し迷った様な素振りを見せながらも、少しばつが悪そうな顔をする。

 

 

「僕がこっそり料理の修行をしようとしていた所為で、何だかルキナに要らない心配させちゃっていたみたいだったから……。

 それのお詫びも兼ねて作った料理だったんだよ。

 だからこそ、失敗したのかと思って焦ったんだけど……。

 でも、ルキナにそんなに喜んで貰えて本当に良かった。

 今まで心配かけさせちゃってごめんね」

 

 

 そう言って頭を下げるルフレに、ルキナは慌ててそれを止める。

 

 

「い、いえ!

 私が早とちりしてしまっただけなんです。

 ルフレさんの所為では……」

 

「折角だからルキナを驚かせようって僕が詰まらない意地を張っちゃったから所為だから、間違いなく僕の所為だよ。

 フレデリクにもそれで怒られちゃったし……。

 本当にごめん」

 

 

 そう言ってまた頭を下げようとするルフレに、ルキナは「私もそうなのでおあいこです」とそれを止めた。

 

 

「私だって、その……。

 ルフレさんに美味しい料理を作ろうと思って、こっそりフレデリクさんから教わっていましたし……。

 ルフレさんの気持ちは分かります。

 だから、この件はここで終わりにしましょう。

 ほら、ルフレさんも一緒に食べましょう?」

 

 ルキナがそう言うと、ルフレは少し驚いた様に瞬いて、そして柔らかな微笑みを浮かべる。

 

 

「そっか。うん、そうだね。

 じゃあ、僕も食べるとするよ。

 ……今度は、ルキナが作った料理を食べさせて欲しいな。

 駄目かい?」

 

「いえ、喜んで」

 

 

 二人して微笑みあって、美味しい料理に舌鼓を打った。

 ゆったりと穏やかに流れたそんな幸せな時間はルキナにとって一生涯の宝物の様な幸せな思い出となり、その先の未来で幾度となく思い返す事になる。

 

 

 なお、ルフレが張り切って作りすぎた料理は、途中で乱入してきた仲間達にもお裾分けされた事によって、全て綺麗に片付けられたのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 それから遠い未来の何処かの書物には。

 神軍師と讃えられた軍師ルフレは料理も得手としていて、彼の最愛の妻と共に二人で仲良く料理を作りあっていたのだと記されている。

 仲睦まじい二人のそんな幸せな食卓は、二人が死で別たれるまでずっと続いていたのだそうだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

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