剣バカ襲来
イレアナの救出と眷族化から1ヶ月。俺達は比較的平和に過ごしていた。
その間に権能を使う練習もしてみたが、まるで成長しないのでやめた。どうやら戦いのような非常時位しか磨かれないらしいな。まったく、厄介なシステムだぜ。
一方眷族となって人間をやめたイレアナは、魔獣や邪術師討伐といった任務に出向いて功績を挙げている。
彼女は血を集めて形にする異能を手に入れたことで、大きく実力を伸ばした。イレアナは元々狙撃手だったこともあり、血を弓と矢にして扱っている。しかも、矢が当たった者から血や呪力を奪い取ることまでできるおまけつきときた。
邪術師討伐の際は念のため俺も立ち会ったが、完全に杞憂に終わった。アジトから脱出してきた連中を次々に射抜き、ハリネズミのような有り様にしていたからな。かわしたと思った矢が破裂して蜂の巣一歩手前にされた邪術師には、思わず俺が同情してしまうほどだった。
そんなに悲惨な目には遭わなくても、一矢当たれば瞬時に呪力欠乏に追い込める一撃は凶悪な威力だったな。イレアナのほうは眷族化で内包呪力量が爆発的に増えた上、俺からの供給もあるからほとんど無尽蔵といえる理不尽ぶりだ。
先日の戦いで、その戦闘能力を遺憾なく発揮したイレアナは、今や大騎士であるクリスティアンと同等以上の最高戦力として扱われている。
これ程強ければ、もう狙われることもないだろう。
ここのところは俺が必要とされる神の顕現もなく、俺は安心して神話の勉強を続けていられるわけだ。
平穏に暮らせる幸せを噛みしめつつ、いつも通り地下室で書籍と向き合っていると━━━━やにわに強大な呪力が迸るのを感じた。
何だこれは!?人間に扱える呪力の量じゃないぞ。一体何が!?
俺が驚愕している間にも、事態は進んでいく。何か巨大な物が地面に激突したような音が響き、地震がきたかのように地下室が大きく揺れた。
《王様!
相当焦っているのか、悲鳴のようなイレアナからの念話が届いた。
人外となった彼女に、こうまで言わせる存在。そんなの神か、魔王以外にはいない。さらに言えば、神が接近した場合に感じるという体の変化は感じない。つまりこの事態を引き起こしたのは━━━━!
確信を持って地上に急ぐと、地面に横たわる尖塔が目に飛び込んできた。
結社『深紅の月夜』が根城とする黒の教会は、何本もの尖塔と本館からなっている。そのうちの一本が、真っ二つに両断されていたのだ。
そのそばには迎撃に出たらしいイレアナと、一人の男が立っていた。
金色の髪に、人懐っこそうな顔をした二十代ほどの男だった。アロハシャツに短パンの上下に加えて円筒形のケースを肩にかけるという出で立ちで、それだけ見れば観光にでもやって来たように見える。
だが、その銀色に光る右手には観光客が絶対に持たないもの━━━長剣が握られていた。
「あ、やっと来てくれたんだね。君が新しい同族かな?初めまして!僕はサルバトーレ・ドニ。数ヶ月だけど、君の先輩だよ。これからよろしくね!」
甘い声で、そう呑気に挨拶してくるドニ。
やっぱりか……!その風貌に銀の腕からして、そうだろうと思ってたがな。
サルバトーレ・ドニ。俺を除けば最も若い魔王だが、そのはた迷惑さを示す逸話には事欠かない奴だ。今回も、大方俺と戦いに来たんだろう。
それにしてもこいつの声、不知火によく似ているな。あいつよりはアホそうな感じだが。
「まどろっこしい挨拶は抜きにしようぜ。お前、俺と
「おおっ!後輩の察しがよくて嬉しいよ。じゃあ、早速やっちゃう?」
あからさまに喜ぶ
「今すぐやるわけないだろ。いくつか条件がある」
「条件?何があるんだい?」
「まず、
「何だ、そんなことでいいの?僕のところに友達を招くことに異存は無いし、弁償もアンドレアに任せればいいしね。何も問題ないよ」
おい、今聞き捨てならんことが聞こえてきたぞ。誰が友達だ。誰が。
「何で俺が友達なんだよ。このテロリストが」
「酷いなあ。僕と君は、これから死闘を繰り広げるわけじゃないか。日本では強敵をともと呼ぶんだろ?」
もう嫌だこのマンガ脳。ほっぽりだしたいよ。
「じゃあ話もまとまったことだし、そろそろ中に入れてくれない?僕、まだ昼ごはん食べてないんだよね」
こいつ……!うちでただ飯食っていくつもりか……!
「ふざけんな!とっととイタリアに帰れこの野郎!」
「えーっ!?友達の僕を、すきっ腹を抱えさせて帰すつもりなのかい!?鬼だな君は!ルーマニア料理を楽しみにして来たんだぞ!」
愕然とした顔で叫ぶアホに、俺も負けじと言い返す。
「知るか!なんで加害者に食事をふるまわなきゃならんのだ。あと、都合のいいときだけ友達面するな!」
結局、この不毛極まる言い争いは、駆け付けたクリスティアンが食事の手配をするまで続くのだった。
「いやあ、美味しいなあ。今度また食べに来てもいいかい?キンジ」
「二度と来るな」
イライラしていた俺は満足そうな顔をして腹をさするドニの妄言を切って捨てるが、奴はへらりとした笑みを返すだけだった。
くそっ。こいつめ、まんまと昼飯をせしめやがった。それも生半可な量じゃない。伝統的な主食であるママリーガに始まり、デザートのクラティテに至るまで二、三人前は食い尽くしてやがる。
「こうも料理がおいしいと、それに合わせたワインが欲しくなるな。僕の故郷のイタリアじゃ、来客にはワインを出して歓待するんだけど━━━」
食事だけでは飽き足らず、酒までせしめる気か……!もう我慢ならん!叩き出してやる!
「おい、ドニ!これ以上の譲歩はしない。もしまだ駄々をこねる気なら、決闘の約束をチャラにするぞ!」
椅子を蹴立てて立ち上がった俺の言葉にも動じないドニはのほほんと、
「それは困るね。じゃあ、そろそろここらで帰るとするよ。決闘の手配は命じておくから、多分数日もすれば書状が届くはずだよ」
そうのたまって立ち上がった。そしてそのまま、クリスティアンに先導されて部屋から出ていく。
それを見届けた俺はどっと疲れが押し寄せてくるのを感じ、近くのソファーに深く体を沈める。傍らでは、イレアナが安堵したように息を吐いていた。いつ俺たちがおっぱじめるか、気が気でなかったんだろう。
「イレアナ、奴の権能を間近で見てどう思った?」
さほど待たずに訪れるであろう、奴との決闘に備えて聞き取りをすると、イレアナはその時のことを思い出したのか、声を震わせながら語りだした。
「……凄まじかった。ちょっと剣先を刺しただけで、尖塔が真っ二つに斬られたの。
それだけじゃなく、落ちてくる尖塔が激突しても、傷ひとつつかなかった……」
マジかよ。それが本当なら、剣に少しでも斬られたら即死しかねんぞ。人類最強クラスの剣士を相手に、全回避が前提とかどんなマゾゲーだよ。
その上、あれだけの大質量が激突しても傷つけられないということは、ほとんど攻撃が通らないということだ。
正に無双の剣と盾を持ってるわけか。矛盾の故事じゃあるまいし、とんでもないのに目をつけられちまったな。
とはいえ、嘆いても仕方ない。何とか対策を考えないと、決闘の日が命日になりかねん。
俺はまだ死ぬわけにはいかない。帰らなくちゃならないんだ。