アホの襲来から数日後、奴の言葉通りに決闘状が送られてきた。
差出人は『王の執事』として働いているらしいアンドレアという騎士だった。それによると、決闘は明後日にトスカーナ州の島━━━トスカーナ群島の一つであるジリオ島で行うということだった。
その他にもドニがやらかしたことの弁償についてや、七人目のカンピオーネである俺への凶行に関する謝罪が何行にもわたって書かれており、いかに申し訳なく思っているかが伺えた。
ドニがやったことの補償は必ずするので、どうか安心してほしいという文面からは、アンドレアがどれほどあのバカのせいで苦労しているのかが痛いほど伝わってきて、涙を禁じ得なかったね。
その翌日に招待を受けた俺を含め、クリスティアンとイレアナの三人でトスカーナへ飛び、ターグ・ムレン・トランシルバニア空港を経由してピサ空港にたどり着いた。
小さめの空港を歩いていくと、釣り竿ケースを背負った見覚えのある金髪の青年が手を振っているのが見えた。
「おっ、いたいた。おーいキンジ!こっちこっち!」
相変わらず能天気そうな顔のバカは、言わずと知れたドニだ。その横には、銀縁のメガネを身につけ、黒いスーツを纏った実直そうな青年が控えていた。察するに、この男がアンドレアだろう。
「お初にお目にかかります。七人目の王よ。私の名はアンドレア・リベラ。我が王たるサルバトーレ卿の下で仕えておる者です。どうかお見知りおきを」
挨拶と共に、俺に頭を下げてくる。この物言いと動作からして、見た目通り謹厳な人物らしいな。
「もう知っているとは思うが、先日魔王になった遠山キンジだ。こちらの二人のことは知ってるか?」
「はい。存じ上げております。『深紅の月夜』の大騎士であるルナリア卿と、あなた様の眷族であるイレアナ殿ですね」
やっぱり知ってたか。まあ、この真面目そうな感じからして、こっちのことはリサーチ済みだろうとは予想してたが。
「外に車を待たせております。用意させていただいたホテルまでお送りいたしましょう」
この至れり尽くせりぶりよ。考えなしのドニとはえらい違いだな。
案内されて外に出ると、ばかでかい黒塗りのリムジンが二台停められていた。
イレアナ達と一旦別れ、それの片割れに乗り込んでホテルに向かう道中で、ドニが話しかけてきた。
「いやー、招待を受けてくれて安心したよ。無視されたりするかもって危惧していたからね」
「無視したりしたら、お前がまたうちに来るだろうが。お見通しなんだよ」
「そこまで僕のことを理解してくれてるなんて……流石は僕の友だね。親愛の証に、トトと呼んでくれてもいいんだよ?」
「誰が呼ぶか」
そんな軽口を叩くうちに、自然と決闘の話になっていく。
「俺らがやり合うジリオ島は有名な観光地らしいが、周辺住民らの避難は済んでるのか?」
「僕は知らないなあ。なんかアンドレアがいろいろやってたけど」
その言葉にアンドレアの方を見ると、
「その点については抜かりありません。避難勧告を出し、周辺一帯を立ち入り禁止にしております。決闘場所の選定を任せていただけたおかげで、うまくことが運びました」
安心できる答えが返ってきた。これで人的被害は気にせず
「決闘は明日だが、泊まる予定のホテルはジリオ島にあるのか?」
「いいえ。当日の朝に島へ向かうまでは、本土で過ごしていただくことになります。もうすぐ到着しますので、少々お待ちください」
その言葉通り、十分と経たないうちに件のホテルに到着した。あからさまに高級そうなホテルだったが、俺たち以外に車もなく、客がいる様子はない。
ホテル内をしげしげとみる俺に気付いたのか、アンドレアが説明してくれる。
「このホテルはかつて私が所属していた結社が所有しているホテルでして、此度は遠山王の歓待のために貸し切りました」
「へえーそうだったんだ。ここの料理はおいしいからよく来るけど、そのことは今初めて知ったよ」
おいドニ。側近のことぐらい覚えておいてやれよ。
そんなやり取りをしていると、ホテルマンがやってき手荷物をあずかってくれる。すでに手配されていたせいか、チェックインするまでもなく部屋の鍵を渡してもらえた。
イレアナ達とも合流し、全員揃ったところでアンドレアが予定を聞いてくる。
「それで、この後はどうなさいますか?お食事ならいつでも手配できるので、先に部屋でお休みになることもできますが」
「いや、もうちょうどいい時間だし、先に━━━━」
「
「……だそうだ。お前たちもそれでいいか?」
ドニに言葉をかぶせられた俺がそう尋ねると、二人とも首を縦に振ってくれた。
「よし。話は決まったし、早速行こう!」
そう号令して勝手知ったる様子で歩き出したドニについていき、最上階にあったレストランまでエレベーターで昇る。
通されたのは窓辺の席、それも沈んで行く夕陽と眼下の街が一望できる大きな窓の側にある特等席だった。
俺達が座って食事の準備を終えると、直ぐに料理が運ばれてきた。
「これこれ。この
そういうドニは、自分のところに配膳されたアンティパストミストを瞬く間に平らげてしまう。続いて出されたパスタも俺達が前菜を食べ終わる頃には空になっていた。
元々大飯食らいなのは知ってたが、今日はそれに輪をかけて多く食べてるな。おそらくこれは、俺との決闘に備えてだろう。
なら、俺も遠慮せずに食べるとしよう。こんな高級なフルコースなんて、武偵やってた頃には縁がなかったしな。
久しぶりのイタリア料理に舌鼓を打っていると、ドニがしみじみと言う。
「いやあ、君も落ち着いてるねえ。キンジはこの決闘がカンピオーネとしての初陣なんだろう?なのに、全く気負う様子がないじゃないか」
「このくらいでビビるやつが、神殺しなんてやるわけないだろ」
「それはそうなんだけどさ。君━━━殺し合いに慣れてるよね」
そう断言したドニの瞳は、今までの陽気なそれとは全く違う、どこか薄気味悪い暗い何かを感じさせるものだった。
「さあ、どうだかな」
背筋に走る悪寒を隠しつつそう答えると、ドニは首を振って続ける。
「隠さなくてもわかるよ。でもおかしいなァ。くぐってきてそうな修羅場の数は多いのに、体捌きや身のこなしは人間の域を出ていない。
こいつ……半日一緒に過ごしただけで、ヒステリアモードについてほぼ感づいてやがる。厄介なことに、戦闘関連のことには目端が利くようだな。
「この半日で確信したよ。君は僕の同類だと。僕と同じく、平穏の中では生きられない純血の戦士。そんな君とこうして出会えた幸運に、僕は心から感謝しているよ」
「的外れもいいところだ。俺はお前のような戦闘狂じゃない」
そう言い返しながらも、内心では否定しきれなかった。かつて東池袋高校で、そう感じたことがあったから。
「明日の決闘を楽しみにしてるよ」
その言葉を最後に、ドニは食事に戻った。俺も食事に集中し、思い浮かんだ記憶を振り払う。
その後は何もなく食事は終わり、イレアナ達と別れて一人部屋に戻った。
《王様。食事の時に、サルバトーレ卿が最初に倒した神が視えた》
部屋で明日の決闘について考えていると、イレアナから念話が入った。眷族化によって増強された霊視力が、奴の秘密を暴いたらしい。
《本当か!よくやってくれたな。何の神だった?》
《やっぱり、ヌアダだった》
ヌアダか……。銀の腕の特徴から、そうだろうと思ってたがな。
ケルト神話において語られるダーナ神族の王であり、
その剣士が得た権能は、恐らく手に持った剣を神剣同然に変える権能だ。ヌアダにはケルト神話における秘宝のひとつとされる神剣────一説にはクラウソラスとも言われる────があるが、常に携帯用と思わしきケースを持ち歩いているということは違うだろう。
神話において、背中の弱点以外は不死身とされたジークフリートを討っている実績から、強化された剣の一撃はほぼ防御不能と考えたほうがいい。竜鱗で防ごうとしても、多分その護りごと斬られる。
そんでもってジークフリートから簒奪した権能が、あらゆる攻撃を防ぎきる体か。攻守ともにシンプルすぎるせいで、攻略法がバカみたいな火力で防御を抜くぐらいしかない。さてどうするか。ああ、その前に言っとくことがあったな。
《イレアナ。お前は明日の決闘で援護射撃はするな。全貌が見える位置で観測してくれ》
《それは、サルバトーレ卿には矢が効かないから?》
《そうだ。誤射のリスクを負ってまで射っても俺にメリットがないからな。あと、ドニの権能について『賢人議会』とやらにリークしろ。そこの報告書にはまだ情報無かったろ》
《わかった》
そう言って念話を終えた俺はほくそ笑む。これでドニが隠していた権能の詳細は白日の下にさらされるが、俺の権能は既に知られてしまっているため逆のことをされてもさして実害は無い。ただ飯を食っていった分の借りは返してもらうぜ、ドニ。
王というにはあまりにみみっちい嫌がらせをやりつつも、俺は明日の決闘について考えを巡らせるのだった。
この作品内で、ドニは権能に関する情報を制限していたことになっております。表ざたになっているのはジークフリートを倒したことくらいです。このリークで、詳細が明らかになったという設定です。