遂に決闘の日がやって来た。
俺達は貸し切ったフェリーに乗り、決戦場となるジリオ島を目指している。
「やっとこの日が来たねぇ。昨日は楽しみすぎて眠れなかったくらいさ。キンジはどうだった?」
余程嬉しいのか満面の笑みを浮かべてそう聞いてくるドニに、俺は溜息をついた。
「遠足前の小学生かお前は。俺は憂鬱過ぎて寝つけなかったよ」
「そんなこと言って、どうせ僕に勝つ方法を考えてたりしたんだろ?君は積極的に自分から戦わないけど、売られた喧嘩は買って相手を殴り倒すタイプだろうし」
「……」
図星を指された俺は思わず黙ってしまった。
こいつは殆ど他人に興味がないと聞くが、特定の相手に対してはやたら鋭いな。こっちのつかれたくないところをついてくる。
そうだろうねと言って何度も頷いているドニに腹は立つが、放っておいて景色を見ることにした。
このバカを真面目に相手すると、疲れるだけだと俺も学んだのだ。
しっかし、綺麗な海と島々だな。曇天であることが惜しまれるくらい、正にリゾート地って雰囲気が漂ってる。決闘なんかじゃなく、晴れた時にでもバカンスに来たかったぜ。
「バカンスがしたかったなあ……」
「お、それいいね!この決闘が終わったら、二人でバカンスといこうじゃないか!そしたら僕も大手を振って遊べるし」
思わず漏れた本音を聞きつけ、ドニがそう提案してくる。
「その前にどっちかが死んでるかも知れんだろ」
「どうかなあ。
確信を持ってそう断言するドニ。これは実体験としてあったのかもな。そんな経験則なんて欲しくもないが。
そうこうしてる内に島に到着したので、フェリーから降りる。
そのまま進んでいき、砂地に所々植物の生えた平野に着いた。ここが決闘場所か。
「決闘はこの場で、私達が退避してから行っていただきます。勝敗は相手を戦闘不能に追い込めば判定しますので、なるべく相手の殺害は避けてください」
説明を終えたアンドレアや、イレアナ達は去っていった。ここから先は人間が━━━━イレアナは人外だが━━━━出る幕ではないと悟ったのだろう。
ドニに向き直ると、奴は肩にかけた釣り竿ケースから剣を取り出していた。一見すると、その剣は真剣であるだけで特別な品ではないように見える。クリスティアンが持っていたもののほうが質はよいだろう。
だが奴が宿す権能は、駄剣であろうと神剣に変えるもの。今奴が持っている剣は剣であるというだけで、史上最強の剣となるのだ。
「君もそろそろ
言葉だけなら挑発に聞こえるが、おそらくその意図はない。ドニはただ、本気の俺と戦いたいだけなのだ。
「我は闇夜の貴族。高貴なる血脈を以て夜を統べる者なり」
奴の心意気に応えていつもなら唱えない聖句を唱えて変化し、ポケットに入れておいた丸薬を指先を変化させた蛇の口で飲み込む。飲み込んだ丸薬は、フリーズドライの要領で血液を粉末状にして固めたものだ。変化してこれを飲むと、輸血パックから血を飲まなくてもヒステリアモードになれる。
「これがキンジの本気かあ。身に纏う覇気も、体捌きもさっきまでとはまるで違うねえ」
ヒステリアモードになった俺を見て、感心したようにドニが言う。
「待たせたな。じゃあ始めるか」
「そう来なくっちゃね。━━━━ここに誓おう。僕は、僕に斬れぬ物の存在を許さない。この剣は地上のすべてを斬り裂く刃。即ち無敵の剣━━━━!」
聖句とともにドニの右腕が白銀に輝き、銀を固めて作ったような銀腕と化した。続いて莫大な呪力が、持った剣にまとわりついていく。
……なるほど。これは無敵の剣という自称も伊達じゃないと認めざるを得んな。じかに見ればその壮絶さがよくわかる。
しかも自然体で力を抜いているだけなのに、肌が粟立つような怖気を感じて踏み込めない。不用意に仕掛ければ、こちらが終わる━━━━そんな予感がひしひしと感じられる。
「来ないのかい?なら、こっちから行かせてもらうよ!」
そう言ってドニが放った突きを見てぞっとした。ヒステリアモードに加え人外の反射神経をもってしても、辛うじて捉えるのが精一杯だったのだから。
全身の筋肉を総動員して横に跳んだおかげで躱せたものの、少しでも遅ければ心臓が串刺しだったぞ。
「流石だね。僕の一撃を躱せた人間なんて片手で足りるほどもいなかったのに、初見で凌ぐなんて」
ドニの言葉を無視し、今の手ごたえを分析する。
今ので分かったが、反射神経だけに頼って避け続けることは不可能だ。他の情報まで集めて、これを見切らないとまずい。
殺気を感じさせない軽い踏み込みで、俺との距離を詰めたドニが再び剣を振るってきた。今度は首を刈るための横薙ぎか。容赦ないな。
体を急いでかがめて何とかやり過ごし、握っている剣を奪いにかかるが━━━即座に手首を返してのカウンターを見舞われて、慌てて後ろに跳びすさる羽目になった。
だが、危険を冒した甲斐はあったぞ。今の攻撃と確認できた腕の筋肉の動きから、通常の人間と筋肉の位置や構造は変わらないことが判ったからな。これなら、筋肉の動きからある程度先読みができるはず━━━━!
その予想は正しかった。ドニが次々に繰り出す袈裟斬りからの切り上げを後方への跳躍で、さらに踏み込んでの上段からの突き込みを脇を通すよう体を傾けて空振りさせることで予想した通りにかわしきれた。
問題は、やつがまだ全力ではないということだ。これ以上剣撃が激しくなると、筋肉の動きと剣技との間にあるラグが無くなりかねない。
「たった一合打ち合っただけで、僕の剣を見切ったなんて━━━━君は本当にデタラメだよね!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」
「こうなったら、こっちも奥の手を使わせてもらうよ。━━━剣よ。光り輝き、焔を放て!」
新たな聖句を唱えながらの唐竹割りの一撃は、半身を反らして捌いたが━━━なんと、追撃してくるでもなくドニの剣先が地面にめり込む。今までにない無駄な動きに、逆に危険を感じて距離を取ろうとするが━━━遅かった。
剣が突き刺さった地面が突如白い閃光を放って爆発し、俺の体を吹き飛ばしたのだ。
両腕を広げてバランスを取り、どうにか転倒は免れたものの隙を晒してしまう。
それを見逃すドニではなかった。
広げていた左手が、いつの間にか近づいていたドニの剣に貫かれる。
「ぐうっ……!」
刺された部分から、神力が侵食してくるのがわかる。こうなったら━━━━!
「こんな手で凌ぐなんて……!」
切り離した左腕は地面に落ちる前に、ヌアダの神力によりバラバラの肉片と化した。
左腕を再生させつつドニに向かって踏み込み、剣を引き戻そうとしたドニの右手の動きに対して桜花を叩き込む。
鉄の塊を殴ったような音が響き手が芯まで痺れるが、気にしている余裕はない。
技の『起こり』をつぶされたドニは剣に固執せず、空いている左手の掌底で俺を迎え撃ってきた。
心臓を狙ったそれを右手で弾き飛ばし、続いて繰り出された左膝蹴りに右足の裏を合わせて跳ぶ。
そこから背後に回ってドニの右手を極めようとしたが、スナップを利かせた斬撃に離脱を余儀なくされ、ドニの背中を蹴って離れる。
仕切り直しか……今ので決めたかったが、仕方がない。
「剣を交えて、キンジのことがよくわかったよ。やっぱり君は、僕の同類であり同士だ」
「同士だと……?」
こちらに向き直り、似合わぬ真剣な顔でそう言ったドニに問い返す。
「そうさ。無念無想────無の境地を極めようとする僕と、技の巧みさを追求する君。アプローチは真逆だけれど、共に武芸の頂きを目指しているのは同じ。だからキンジは僕の同士といえる」
「買い被りだ。俺はそこまでストイックじゃない」
「だとしても、僕は誓うよ。君との死闘を超えて、更なる高みに至ってみせると!」
そう言ったドニは、再びあの『無行の構え』をとった。俺もそれに応じて構えなおす。
第一ラウンドは引き分け。これからが第二ラウンドの始まりだ。