構えてから少しの間、俺もドニも動かなかった。
今のところ近接格闘ではほぼ互角だが、戦況は俺の方が不利だ。奴は俺を一撃で屠り得るが、俺の権能ではドニの守りを抜けずにいる。
やはり一点に全ての呪力を懸ける攻撃でダメージを与えるか、何らかの手段でドニを拘束するか……
そう算段を立てていると、ドニがついに動いた。といってもその場から動きもせずに
横に一振りしただけだ。
だが、その効果は劇的だった。腕の動きと連動した巨大な銀の斬撃が、空を裂いて俺に迫ってくる。
足による桜花で跳んでそれをいなした俺の視界に、逆光で黒くなった人影が映る。
ドニが俺よりも上方に跳んでいたらしい。そのまま空中で、俺を真っ二つにすべく斬りかかってきた。
落下速度まで乗せた大上段からの剣撃をかわそうと、剣を握った腕を咄嗟に蹴り飛ばして距離を離す。
━━ガンッ!、と背中から地面に叩き付けられはしたが、奴が落ちてくるより先に間合いを離すことができた。
俺が移動した直ぐ後に、ドニがズガァン!、と地面が砕ける音を盛大に立てて着地する。一体自重何トンあるんだよ。
その直後に大地が━━━━ゴゴゴンッ!不気味な音を発して揺れた。何事かと思っていると、イレアナから念話が入る。
《王様、土砂崩れが起きてる!早く逃げて!》
その言葉を聞き、ドニが迫るより先に最大速度で空へ逃れた直後、眼下を押し寄せてきた土砂が埋め尽くした。当然、ドニも飲み込まれる。
だが、あいつがこの程度で戦闘不能になるわけがない。安全を求めた俺はそのまま上昇し、獲物を探す猛禽よろしく旋回する。
警戒しながら下を眺めていると、横一文字に斬り裂かれた山が目に入る。あれがさっきの原因か。
山から目を離して決戦場跡地を注視していると━━━もうもうと立ち込める土煙を引き裂き、ビーム染みた白銀の閃光が俺を狙ってきた。それも一度や二度じゃない。何十という数が次々に襲ってくる。その間隙を縫って避けつつ、イレアナに指令を出す。
《イレアナ、弓と矢を俺に!》
《了解!》
転移してきた弓と矢を握り、呪力を込めて━━━━
使って分かったが、この矢ではドニの防御を突破できないだろう。やはり打撃に呪力を込めなければ、俺の攻撃ではどうしようもない。
覚悟を決めて降下しつつ、向かい来る攻撃を矢で迎撃する。ものの数秒で地上に着陸し、ドニと再び対峙した。
彼我の距離は約十五メートル。剣の間合いの外とはいえ、ドニには先程見せたような遠距離攻撃もある。それを警戒した俺は、弧を描くように動いて徐々に近づく。
五メートルほどに距離が縮まった時、ドニが新たに聖句を唱えた。
「ただ一振りであらゆる敵を貫く剣よ。全ての命を刈り取るため、輝きを宿せ!」
その聖句と共に、何と剣が
液体金属のようなものが長剣にまとわりついて、その刀身を爆発的に伸長させてきたのだ!
「くそっ、そんなのまでできるのか!」
悪態をつきながらも、袈裟斬りに振るわれた大剣を体を反らしてかわし、さらに間合いを詰める。
大剣はリーチが長くなるが、その分至近距離では取り回しが難しくなる。気休め程度でも、近くにいた方がいい。
ドニは接近を嫌ってか、俺が仕留められなかったとみるや、続けざまに横凪ぎの一閃を見舞ってきた。
だが、それは悪手だぞドニ。今までの鬱憤を晴らしてやるよ!
旋風を纏った大剣の一撃に、俺のアッパーカットが命中し━━━強化されていたために破壊こそできなかったが、俺の全力を受けた大剣は大きくかちあげられた。
このタネは単純だ。剣が大きくなった分、剣撃が見切り易くなった。さらに言えば、今まで散々見せられた太刀筋だ。いい加減見えるようにもなる。
だが、相手もさるもの。打ち上げられた剣を手首を回して反転させ、そのまま落としてくる。
大地をも割る大剣を、俺は肩から飛ばした双頭の大蛇を使って
ゴギイイイィン!と壮絶な打撃音を発する威力に押されたか、初めてドニがたたらを踏んで後退する。
だがドニも負けじと左手で俺を掴み━━右手で大剣を放り投げて元に戻しつつ、俺の心臓を落下させた剣で貫こうとしてくる。
空いた右手まで使って拘束された俺は、初のコウモリ化を選択。無数のコウモリに体を分離し、ドニの背後で再結集させ━━━━ドニが握り直そうとした剣を横から掠め取った。
「あっ!?」
己の半身とも言える剣を奪われ、ドニの注意が俺から逸れる。今だッ!
俺の下半身を大蛇の体に変化させ、ドニの全身に巻きついて全力で締め上げる。そのついでに、ドニの剣を遠くへと放り投げると━━━━長剣は放物線を描き、地平線の彼方へ飛んでいった。
「ドニ、お前の剣は既に捨てた。その上こうもかんじがらめにされては何もできんだろう。お前の負けだ!」
「いいや、こんな楽しい戦いはまだまだ終わらせないよ。勝負はこれからさ!」
そう言うドニの戦意は全く衰えていない。それを証明するかのように、膝を曲げて地面に倒れこもうとする。
ズズウン!と地響きを立てて、数十トンはある体が横倒しになり━━━━巻きついている俺の肉体も押し潰された。
メキバキッ!ミシイィ!━━━━そんな肉が潰れ骨が砕ける音と激痛に耐え、俺はひたすらドニを締め続ける。せっかくここまで追い込んだんだ。離してたまるものか……!
そう気合いを入れて締めていたが、急にカンピオーネの勘が最大限の警鐘を鳴らすのを感じ━━━蛇体部分を分離して急いで離れる。
一瞬遅れて、遠方から高速で飛来した何かが━━━━ドガァン!と衝突音を立ててドニの体諸とも蛇を串刺しにする。まさか、あれは……!
飛んできたのは俺が捨てたはずのドニの剣だ。あの権能、対象の遠隔操作までできたのか。
拘束を解いて立ち上がったドニが自分の体から剣を抜く間に体を再構築し、動きに備える。
それにしても凄まじい。勢いがついていたとはいえ、鋼鉄体の脇腹を貫通している。もし人間なら、下手すれば致命傷を負っていたぞ。
「僕には魔術の才能はなかったけど、やってみれば意外とできるもんなんだね」
「そんなノリで無茶苦茶やるなお前は。下手したら死んでたぞ」
脇腹に風穴が空いているのに能天気に言ってくるドニに、思わず俺は溜息を漏らす。
「それじゃ、第三ラウンドといこうか!」
その言葉を聞いた俺は下がって間合いを離し、再び転移させた弓矢を牽制のためにドニに向かって射ち続ける。
ドニは放たれた矢を最小限の動きで回避、もしくは剣で斬り裂きながらこちらに迫ろうとしてくる。やはり、ただの矢では時間稼ぎにもならない。
ならばと、今度は呪力を込めた矢を使ってみるのだが━━━━余波どころか、爆発が直撃してもお構い無しだった。
爆発の衝撃で地面が荒れていようと、全く動きに影響がないかのように進んでくる。
ついに俺の目の前に来たドニが繰り出した一撃を見て━━━━俺は悟った。
これは紛れもない最大最強の一閃。たとえ後ろに跳ぼうが横に躱そうが避けきれないと。
なので俺はあえて自分から前に踏み込んで━━━━
かすった銀剣が霧の体にダメージを与えるものの、致命傷ではない。変身しなおした俺はドニの懐に入り込み━━━━攻撃を終えて無防備となったドニの顎に、渾身の呪力を収束させたアッパーカットを叩き込んだ。
━━━━ゴッガアアァァァン!!
今までの比ではない炸裂音が辺りに轟き、ドニの鋼鉄体が地面から浮き━━━━仰向けに地響きを立てて地面に倒れ伏した。
「あ、はは……脳震盪でもう動けないや。今回は僕の負けかなあ」
負けてもお気楽に言うドニの敗北宣言を聞き、ようやく勝利を実感した俺は……安心から危うく倒れそうになりながらも、その場を去るのだった。
その後、決闘を終えた俺は近くのホテルで一泊し、休息をとった。
ドニも同じホテルで介抱されたらしく、次の日になって顔を合わせたよ。「次は負けないからね!」と言われてげんなりしたけどな。もう二度と戦いたくないぜ。
ドニがごねたせいでエルバ島でのバカンスにつき合う羽目にはなるし、事後処理にかかわったりいろいろ大変だった。この時期は海に行ってもあまり楽しめるわけではないから、水着の女が居なかったのは不幸中の幸いだったな。
そんなこんなで飛行機に乗って帰路につき……ブラジョフまで帰ってきた。部屋で未だに積みあがっている資料の山を見ると、帰ってきた感じがする。
そのままベッドに倒れこみ、今回の決闘のことを思い返す。
ドニの我が儘から始まった決闘だったが、得たものは多かった。アンドレアと面識ができたのはドニに関する情報を集めるうえで大きな助けになるし、なにより権能の掌握が進んだのは有り難い。
俺の権能は体の変化という特性上、使うにつれて呪力の扱いに慣れやすいという特徴があった。最後の攻撃で、呪力を上手く拳に集められたのはそれが要因なんだろう。これからは色々と応用できそうだ。
将来への構想を練っていると、扉がノックされた。俺の部屋に来たということは、恐らくイレアナか。
「入っていいぞ」
そういうと扉が開き、そこからイレアナが顔をのぞかせた。
「王様。御飯ができた」
「わかった。今行く」
部屋から出て食堂へ向かう途中でイレアナに言っておくことがあったのを思い出し、止まって口を開いた。
「イレアナ。今回の決闘でも、お前には世話になったな。ありがとう。これからもよろしく頼むぞ」
土砂崩れの警告や矢の供給など、援護はできなくともサポートをよくやってくれていた。
彼女の目を見て礼を言い、激励のつもりで両手をイレアナの肩に乗せると────顔を赤らめて俯いてしまった。どうしたのかね?
もじもじし始めたイレアナを連れて食堂に入り、席に着く。しばらく待っていると、いつもより豪華な料理が次々に運ばれてきた。
「クリスティアン。これはどうしたんだ?」
「王がサルバトーレ卿に勝利されたので、そのお祝いでございます。此度の勝利で王の権威もますます高まることでしょうし、宴の一つでも催すべきかと思いまして」
いつも通り下座に座っているクリスティアンに聞くと、そう答えが返ってきた。ありがたい心配りだな。なら、遠慮なくいただくとするか。
久しぶりに食べるルーマニア料理に舌鼓を打ちつつ、俺は今回の騒動が落着したことを感じるのだった。