投降した俺が連れてこられたのは、古い教会だった。
転移してきた時から見えていたが、近くで見るとずいぶん大きい。色はどこかすすけており、黒っぽく見える。たくさんの尖塔と色からして、ガイドブックで見た教会で間違いないだろう。
教会の中に連行されていくと先頭の男がある地点で立ち止まり、何事かつぶやく。すると、教会の床の一部がきしんだ音を立てて持ち上がり、地下へと続く階段が姿を現した。
観光地らしい教会をどうやってアジトにしてたのか疑問だったが、どうやら地下墓地か何かを改装でもしてたらしい。カッツェの
そんなことを考えつつおどろおどろしい図形やら動物の絵が描かれた廊下を抜けると、尋問室らしい狭い部屋に通された。用意されていた椅子に座ると、正面にいかつい面持ちの男が座った。こいつが尋問官か。
「では、これより尋問を開始する。貴様の身元から霊宝の効果と出どころまで、すべてを聞かせてもらうぞ」
「人に身元を聞くんなら、そっちの名前も教えてほしいもんだ。聞くほうが先に名乗るのが礼儀じゃないのか」
声と体格からして、こいつが俺の銃を奪ったやつのはずだ。名前がわかれば、もしかするとある程度のことがわかるかもしれない。
俺の言葉を受けた男は小ばかにしたように鼻を鳴らして言う。
「時間稼ぎでもするつもりか?もし抵抗するつもりなら、それは無駄だと忠告しておこう。よしんば私を出し抜いたとしても、ほかの仲間が厳戒態勢を敷いている。逃げられはせんぞ」
「俺一人相手にご苦労なこった」
「当然だ。あんな霊宝を持つ男相手に、気など抜けん」
「霊宝だ呪具だと言ってるが、俺はその言葉の詳しい意味すら知らん。当然、あれ────マニアゴナイフがどんな力を持ってるかなんて知らないに決まってるだろ」
そう言うと、男は心底呆れたような様子で、
「まさか、霊宝の意味すら知らんとはな……」
と、嘆いた。
そういわれても、知らないものは知らないとしか言いようがない。相手はそんな俺の内心を察したのか、説明を始めた。
「霊宝とは特に強い神秘の力を宿す物品のことで、極めて貴重なものが多い。その価値から我々のような魔術師結社が主に管理することになるが、例外的に個人で所有するものもいる。余程の実力を持つ魔術師か、大金持ちに限られるがな」
なるほど、それでこんな過剰ともいえる措置をとってるわけか。持てるはずのないものを持つからには只者ではないと判断して。……まったく、とんだ誤解だ。
内心でため息をつく俺をよそに、説明は続く。
「貴様から押収したナイフは、僅かとはいえ神気を放っていた。これは霊宝の中でも神具にしか見られない特徴だ。一般人が手に入れられるものではない以上、どう入手したか聞く必要がある」
「話してもいいが、条件がある」
「……叶えられるかは、条件によるぞ」
よし、食いついてきたぞ。何とかしてベルリンに戻れるよう、話をもっていかないと。今の俺は入国記録がない。土地勘もない今のままじゃ、帰還することさえ至難の業だ。これを逃す手はないだろう。
「俺は元々ベルリンにいたが、何らかの理由でここまで飛ばされてきた。このままじゃ帰れないから、ベルリンまでの足を用意して貰う。それが条件だ」
俺の出した条件を聞き、男はアゴに手を当てて考える様子を見せる。
それから暫くすると、尋問室に一人の少女がやって来た。
灰色の目とバイオレットのショートヘアが特徴的な美少女だが、どこか無機質で生気を感じさせない。かつてのレキを思い出させる人形めいた子だ。
少女は男に何かを耳打ちすると、そのまま部屋から出ていく。尋問官交代とかじゃなくてよかったぜ。こんな小さな部屋で美少女と二人っきりとか、ヒス持ちの俺には地獄だからな。
「その条件で話を聞かせてもらおう」
密かに安堵していると、先ほど何かを聞いたのか、男が俺の条件を急に呑んだ。
「ただし反故にされないよう、軽い魔術を掛けさせて貰ったがな」
なっ!?呪文らしいものも、動作も何もなかったはずだ……。まさか、耳打ちした時に掛けられたのか!?
「形だけかも知れないが、条件を呑んだら話すと言っていただろう。その同意を取っ掛かりにして術を掛けたのさ。精々場所がわかる程度の術だがな」
説明された内容から行動を強制する類いじゃないことは分かるが、かなり厄介な効果だな。真実を話さない限りは逃がさないと言ってるようなもんだぞ。
事ここに至っては話すしか無いだろう。話した内容の裏を取るまでは帰してくれないだろうし、逃げ出しても自分じゃどうにもできないマーク付きときた。かつて遭った狙撃拘禁よりも分が悪いかも知れない。
「仕方ない。話してやるよ」
「自発的な協力に感謝する」
俺が折れると、男はしてやったりとでも言いたげに笑った。
ちくしょう、覚えてやがれ。いつかその顔に桜花を一発叩き込んでやる。
「では、神具の出所から話してもらおうか」
「あの剣は元々イギリスの国宝の一つ、ラグナロクという剣だったらしい。俺も奪った男から少し聞いただけだが」
「ラグナロク……?もしや、北欧神話の魔剣であるダインスレイヴのことか?イギリスにあったとは知らなかったな」
「奪った後に孫悟空と戦う機会があってな。その時に融かされた剣の残骸を鍛え直したのがあれだ」
「待て、孫悟空だと!?貴様はまつろわぬ神と戦って生還したというのか!?」
俺の話を聞いて男が驚愕していた。無理もない。誰だって孫悟空と戦ってたなんて言ったらよた話だと思うだろうよ。事実だが。
それより、気になるワードが出てきたな。まつろわぬ神ってなんだ?
「まつろわぬ神ってのはなんなんだ?」
「まつろわぬ神とは、神話より出でる神々のことだ。神に限られるというわけでもないが。神話の神や魔物がそのまま出てきたと思えばいい」
ん?これはおかしいぞ。地上に出現した神の行動を記録したものが神話だったはずだ。これでは順序が逆になる。このことはアメリカの機密事項だったから、確度はかなり高い情報だ。
だが、相手側も嘘を言っている様子は無い。どういうわけだ?
困惑する俺とは対照的に、男の方は頷いて話を進めてしまった。
「神具については此方でも調べるとして、次は貴様の身元について聞かせて貰う。火器を所持していた理由もな」
「それを聞くか?俺の荷物を没収した以上、俺の武偵免許も見てるはずだろ。武偵が銃や剣を持つのは当たり前だ」
そう答えると、今度は男が困惑したような顔つきになった。何故だ?
「何を言っている?武偵とはなんの事を言っているのだ?そんな職は存在しないぞ?」
武偵が存在しない……!?そんな馬鹿な。アリアもかつて仕事で出向いたり、プガレスト武偵校に留学したことがあると言っていた。ルーマニアは絶対に武偵制度を採用しているはずだ。百歩譲ってそうでなかったとしても、こういう地下組織が知らないはずはない。
絶対にあり得ないことだろうが、ここが俺のいた世界でなかったりしたらそんなこともあるかもしれないが。ははっ。理子に無理やり読まされたライトノベルじゃああるまいし、そんなことはない……はずだ。
ないよな……?