神殺しのエネイブル   作:ヴリゴラカス

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再会とまつろわぬハトホル

《というわけで、疫病の原因がハトホルであることがわかった。このことの説明も、アイーシャ夫人にしておいてくれ》

 

《了解。……やっぱりというかなんというか、あの方らしい展開》

 

 イレアナに念話で説明をすると、嘆くような溜め息をつかれた。そりゃそうなるよなあ。いかにもアレクらしい行動と、はた迷惑さだもんな。

 

《それで、アレク様やアイーシャ夫人とは協力しないの? 王様だけでハトホル神と戦うのは少々荷が重いと思うし……》

 

 俺の身を案じてか、イレアナは共闘を勧めてくる。無論、俺だって絶対自分だけでなんとかできるなんて自惚れちゃいないからアレクの協力は仰ぐつもりだが……アイーシャ夫人だけはダメだ。

 

《ハトホルが再臨すれば、熱病どころか死病が流行る可能性がある。夫人にはそのフォローに回ってもらってくれ。貴女にしか出来ない仕事です、とか言いくるめてな》

 

 これはもちろん本音だが、それだけが理由じゃない。もし彼女が来た場合、俺やアレクもハトホルと戦うどころじゃなくなるだろうという予測━━━━いや、確信があるからだ。

 

 道中で聞いた時に思ったが、彼女のはた迷惑過ぎる権能群はどんな存在も翻弄し、全く予想外の事態を引き起こし得る。そんなやつに出張られては何が起こるか知れたもんじゃないからな。

 

《それはいいけど、アレク様を説得できるの?》

 

 

《それについては問題ないだろう。奴は『話の分かる神殺し』を自称してるからな》

 

 ドニのような戦闘狂なら、相手を譲ったりはしないだろう。だが、アレクはある程度戦闘を避けようとするか、合理的に進めようとするタイプだ。自分に利があることが確実なら、話に乗ってくる。丁度良く『切り札』もあることだし、十分可能だ。

 

《じゃあ、私は説明の後何をすればいい?》

 

《俺達はこれからデンデラに向かって飛行するから、その間に合流してくれ。お前にはやってもらうことがある》

 

《了解》

 

 念話を切った俺は、今まで待っていた魔女━━━━メヒトに向き直った。

 

「王よ、用事はこれでお済みになりましたか?」

 

「あぁ。これからデンデラに向かう。案内を頼めるか?」

 

「お任せ下さい。最短最速でご案内しましょう」

 

 そのままメヒトの案内に従い、デンデラを目指して飛ぶ。途中でイレアナと合流しつつ飛び続け、昼前にデンデラ付近に着いた……のはいいが、既に事態が動いていた。

 

 

 デンデラを取り巻く砂漠の上空を、異常な速度の何かが飛び回っていたのだ。その速度たるや、吸血鬼化した俺の目でも見切れない。

 

 その何かに心当たりがあった俺は、わざと呪力を込めた矢を頭上に放った。

 

 いきなりの俺の行動に、メヒトは目を白黒させていたが、イレアナは冷静だった。おそらくあれの正体と、矢の意図に気づいてるんだろう。

 

 矢が打ち上げられてすぐに、空を飛んでいたやつがこちらに向かってくる。

 

 飛来した蒼い雷光は、一瞬にして男の姿に変わった。

 

 砂漠に似つかわしくない黒いタキシードを纏い、端正な顔を不機嫌そうに歪めている男は━━━━間違いなくアレクだった。

 

 アレクが放つ呪力から正体を察したらしいメヒトは小さく悲鳴をあげ、イレアナは彼女を連れて後ろに下がる。

 

「どういうつもりだ、遠山キンジ?」

 

「どういうつもりもなにも、お前が神の封印を破壊したってんで、その後始末に呼ばれたんだよ」

 

新米(ルーキー)の助けなんぞ不要だ。ハトホルは俺が始末する」

 

 この言い様、やっぱりこいつもカンピオーネなんだな。

 

「まあそう言うなよ。お前は元々、正面切って戦うのは向いちゃいないだろ。その権能からしてな」

 

 俺の言葉に、アレクはますます忌々しそうに顔を歪めた。

 

「あの女狐め……そこまでペラペラと喋ったか。やってくれたな」

 

 なんか……あの白いご令嬢が、あっかんべーの仕草をアレクにやってる幻影が見える気がするな。もし本人がこの場にいたなら、確実にやってるだろう。

 

「まあとにかく、殴り合いに向かないお前の代わりに俺がハトホルとの戦闘を担当するってわけだ。お前はいつも通りにやって、俺に指示してくれればいい。連絡役と映像の投影はイレアナがやってくれる」

 

「なるほど。要するに、貴様が猟犬役をやってくれるというわけだ。俺に野蛮な殺し合いをやる趣味はないから、それ自体は願ったりだが……こちらから頼むつもりはない」

 

 まったく……相変わらず上から目線で、ひねくれた物言いをするやつだ。だが、ここまでは俺の予想通り。

 

「ちなみに、共闘を受けてくれたらあんたが絶対にしてほしいことを手伝ってやるよ」

 

「ほう? 言ってみろ。聞くだけは聞いてやる」

 

「この時代からすぐに帰れるかもしれない儀式をやる━━━━これでどうだ?」

 

 せせら笑うような顔になったアレクだったが、俺の『切り札』を聞いて表情を変えた。

 

「アイーシャ夫人から俺も聞いたことがあるが━━━━満月の晴れた夜を待つか、高位の魔女や妖精博士(フェアリードクター)を大勢連れてくる他にはないという話だったぞ。貴様にそれ以外の方法がとれるとは、正直信じがたい」

 

「自分で言ったろ。()()の手を借りるってな。俺の眷属が誰か忘れたのかよ?」

 

 そう言うと、アレクはその内容を察したらしく、ハッとした顔を見せた。やっぱり頭は良いんだな。

 

「まさか、その娘に通廊を開かせる気なのか!?」

 

「ご名答。そんなに不利な賭けにはならないと自負してるぜ」

 

 俺の権能━━━━高貴なる吸血鬼(noble vampire)によって、イレアナは魔女としての資質も底上げされてるし、俺からの供給による莫大な呪力の行使も可能だ。成功する可能性はある。

 

「それならば、もしかすれば……。ふうむ、考察のしがいのあるチャレンジだ。その儀式に俺を一枚噛ませるのならば共闘を受けてやってもいいぞ」

 

 決まりだな。何はともあれ、上手くいってよかったよ。

 

「それじゃあ手筈は━━━」

 

 

 

 

 

 アレクとの共同戦線を張ってから数時間が経ち、遂に砂漠に夜の帳が降りた。決戦の時間だ。

 

 身を切るような冷たい風が吹きすさび、神々しい三日月が砂漠を静かに照らしている。

 

 そんな中━━━━莫大な大地の精気が、まるで天を突く巨大な柱のように立ち上ぼり初めた。

それに続いて、間欠泉を思わせる凄まじさで神力が辺り一面に迸り、一帯が砂嵐に包まれる。

 

 一人きりで立っていた俺も当然それに巻きこまれ━━━━全身に叩きつけてくる砂の暴力に思わずしゃがみこみそうになる。

 

 そういえば、アレクから魔術攻撃をやり過ごす方法を聞いていたな。あれをやらなくては目も開けられないか━━━━!

 

「我は闇夜の貴族。高貴なる血脈を以て闇を統べる者なり!」

 

 聖句を唱え、腹から力を絞り出すようなイメージで呪力を高める。すると、猛威を振るっていたはずの砂嵐が、俺を避けるかのような動きを見せ━━━━そのまま消えていった。

 

「ふむ、流石に神殺し。この程度ではどうにかできんか」

 

 先ほどの光の中心部に目をやると、一人の女が立っていた。

 

 喪服に似た真っ黒の神官服を身に纏っている、切れ長の黒目と長い黒髪の絶世の美女だ。だが、その頭の上にある長い牛の角と、力がみなぎる俺の体の変化が━━━━女が人外であることを雄弁に語っている。

 

「この地にいるからには、妾の名を知っていようが━━━━仇敵(神殺し)への礼儀として名乗ろう。我が名はハトホル。ラーに仕え、死者を見守る女神である!」

 

 三千年の時を越え、出会うはずのなかった女神との戦いが━━━━今、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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