神殺しのエネイブル   作:ヴリゴラカス

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生を謳歌する女神

《━━━━以上が作戦の概要だ。なるべくハトホルにバレないよう頼む》

 

《了解。その作戦には大量の呪力が必要になるけど、王様は大丈夫?》

 

《なんとかするさ》

 

 空中でハトホルの攻撃を掻い潜りつつイレアナに念話することに成功し、彼女の協力を取りつけられた。第一段階は成功だな。

 

 だが、時間がかかればかかるほど戦況はハトホルに有利になる。奴の根が広がりきってしまえば俺に逃げ場はなくなってしまうからな。なるべく早くやってもらわないとまずい。

 

 内心焦りが頭をもたげるなか、背後に回ってきた根を翼の桜花で斬り飛ばし、前方に伸び上がった根を貫手で崩す。さらに千矢で矢を雨のように降らせるが、それでも床に広がった根全てを処理出来なかった。

 

 わかってはいたが、間断なく生えてくる根は際限がない。しかも、攻め手を変えてきた。

 

 俺が躱した根の一部が、天井に突き立って侵食し始めたのだ。当然、床と天井を繋ぐように根が残ったまま。蜘蛛の巣のように網を張り、俺の機動力を削ぐ魂胆か。

 

 俺はそれらを優先的に対処せねばならない上に、上下二面から挟み撃ちにされることになり━━━━何発か翼に喰らってしまった。

 

「ぐうっ……」

 

 再生があるから、痛手にもなっていないが……流れが悪いのは間違いない。イレアナが間に合ってくれることを祈りつつもハトホルの猛攻を縦横無尽に飛び回って凌いでいると、

 

《━━━━王様! 準備は出来たから、手筈通りにお願い!》

 

 遂にきた。あとは俺が体を張るだけだ。

 

 俺は背後を固めるため、さらに翼を展開。神話に語られる堕天使のような姿になると一気に急降下し、ハトホルに突撃を仕掛ける。

 破れかぶれの特攻だとでも思ったのか、ハトホルは俺を嘲るような笑みを浮かべた。

 

 何とでも思いやがれ。今に吠え面かかせてやるよ……!

 

 向かってくる俺を迎え撃つべく、触手めいた根が無数に持ち上がり━━━━鞭のように次々と振るわれる。

 

 俺は最初の一本にまず右拳の桜花を叩き込み、続く二本目に右ローキック、そこからさらに左殴打、左蹴打、両肘両膝、頭突きと繋げていき━━━━まずは玖那由多を放つ。

 だが、これだけでは足りない。空中にいる俺は、文字通り後方を含む四方八方から狙われているのだ。

 そこで俺は三対六枚の翼のうち二本を推進用に残し、四枚を那由多のサイクルに組み込んで━━━━背後の死角をもカバーできるよう、総計什参の那由多を繰り出す。

 

バキバキバキバキバキバキッッッッ! という木が砕け散る乾いた音を絶え間なく奏でながら、暴力を撒き散らす嵐と化した俺はハトホルへ近づいていく。俺の予想外の抵抗に、ハトホルは顔を歪めつつもさらに眷属に力を注ごうとするが━━━━

 

ゴガアアアアァァァァアアンッッッ!!!

 

 突如、ハトホルの後ろにあったイチジクの神樹が轟音と共に爆発した。巨木は瞬く間に火達磨になり、ゆっくりと床に倒れていく。

 

 やったか……! 上手くいくか不安だったが、無事成功したぞ……!

 

 イチジクの木が燃え上がったために、俺に襲いかかっていた根はあっという間に萎れて消える。これこそが俺の狙いだ。

 

 矢を使って根から呪力を吸った時、ハトホルはその根をすぐ枯れさせた。この事から俺は、全ての根は独立せず一つの幹と繋がっているのではないかと予想を立てた。

 これが当たっていれば、地表に出ている部分を破壊すれば全ての根が消えることになる。が、多数の根による防壁に加えて、ハトホルの守護を正面からなぎ倒すのは難しい。

 正面突破を諦めた俺は、イレアナに連絡して矢に大量の呪力を込めてもらい……それをイチジクの木に転送させた後に爆破させることにした。言うなれば爆破解体を試みたわけだ。

 当然、ハトホルが呪力に気づいたら一巻の終わりなので、俺が特攻をかけたように誤認させて注意を引き付ける必要があった。そのために那由多を使って派手に暴れたのだ。

 

 結果として、ハトホルは迫る俺と燃えるイチジクを見比べ、どうすべきか数瞬考えてしまった。

 

 その隙につけこみ、俺は全ての翼を使って加速。百メートル近かった距離を一気に踏破し、ハトホルに肉薄する。

 ハトホルは咄嗟に大鎌を召喚し、辛うじて防御体勢をとろうとはしたものの━━━━俺が放った桜花気味のミドルキックを受け、ガードごと後ろに吹っ飛んだ。

 この手応え……俺から距離をとるために自分から飛んだな。そこまでの威力はなかったはずだし。

 

 稼いだ時間を使い、巨大化させた大鎌を袈裟懸けにふるって反撃しようとしてきたハトホルを前に、俺はバックステップで鎌を空振りさせてやった後━━━━

 

(━━━━八艘跳び(バーストアクセル)ッ!)

 

ゴウウンッッッ!

 

 密かに送らせていた矢を背後で爆発させ、その爆風を翼で受けて先ほど以上の速度を叩きだし━━━━一息で鎌の刃の内側にまで踏み込む。

 

 舌打ちしたハトホルは、俺の側頭部を打ち据えようと鎌の柄を横凪ぎに振るう。俺はそれに合わせ、桜花と縮波を重ねたアッパーカットのカウンターで迎え撃った。

 バキィィィッ! という音をたてて大鎌は真っ二つにへし折れ、それを目の当たりにしたハトホルが驚愕に目を見開く。それを尻目に、俺は顎を狙ったハイキックで追撃をかける。

 

 

ビシィ!

 

「ああっ!」

 

 ハトホルはなんとか体を傾け、俺の蹴りをかわそうとするも叶わず━━━━左肩を削ぎ飛ばされて女性らしい悲鳴をあげた。

 

「ぐうっ……」

 

 苦痛に顔を歪めながらも、ハトホルは死の風を巻き起こして俺に向けてくる。

 流石にこれは無視できず、俺は下がって距離を離さざるを得なかった。

 

 俺を遠ざけたハトホルが肩に手を当て、何かの言霊を詠唱すると……肩の傷が瞬時にふさがってしまう。

 

 ……やっぱり、一筋縄ではいかないか。ハトホルは神話において、セトと戦って負傷したホルスを癒した神だ。そこから治癒の神ともされる。

 今回は冥府と関わりが強い神格として降臨したとみて、治癒の権能は持ってないかとも思ったが……そうではなかったらしいな。

 

 さあ、ここからハトホルはどうくるか。牛とイチジクは既に破った。厄介なのは死の風を操る冥府神としての権能だが、カンピオーネの特性と吸血鬼という死者の性質から、その手の攻撃は決め手になりにくいのだ。その事には奴も気づいているハズだがな。

 

 習合した神のうち、封印に使われていた神具の種類とアレクの考察からイシスは除外できる。あとは美と豊穣の女神という共通点をもつアフロディーテなんかもあるんだが、戦闘向きの神格ではない。

 

 考察しつつハトホルの動向を伺っていると、彼女は血のように赤い液体を召喚し、自身の周囲で動かし始めた。この立ち込める匂いからして酒の類いか……?

 血のような赤い酒。これはもしかして、あの伝承に登場するものじゃ━━━━!?

 

 俺がその正体に思い当たると同時に、蛇のようにうねった酒が俺に降り注いでくる。俺は割れた床を剥がして雨水簾(うすいだれ)で凌ごうとするが防ぎきれず、一部を頭から被ってしまった。

 

(うぐあッ……これはキツいな……!)

 

 被った次の瞬間に悪酔いを百倍強烈にしたような不快感と頭痛に襲われ、思わず座り込みそうになる。

 

 さらに、謎の歌が聞こえてき始めた。まるで、赤ん坊をあやして寝かせる子守唄のような━━━━

 マズイ。少しでも気を抜けば、このまま意識を失いかねん……耐えろ、耐えるんだ俺の体よッ……!

 

 俺に近づいてくるハトホルの姿がまるで他人事のように見えるなか、俺は必死に呪力を高めて意識を保とうとする。

 

 だが、既に間合いを詰めたハトホルが、死の呪詛を纏った貫手を俺の心臓目掛けて放つまでに動けるようにはならず━━━━

 

(霧化(ザ・ミスト)!)

 

 心臓を突き破られる直前になって、ようやく変化が出来た。標的を失ったハトホルの右手が空をきる。

 

 霧化した俺はそのまま上昇し、空中で人化してから着地し仕切り直す。

 

 あ、危なかった……。あと一瞬でも遅ければ、再生もできずに即死するところだったぞ。

 

 一方俺を仕留め損ねたハトホルは、忌々しそうな顔をしている。やはりあれは、本人としても奥の手の一つだったんだろうな。

 

 こちらも切り札の一つである霧化を使わされたから、戦況はほぼ互角か相手がやや有利ってとこか。俺の霧化は吸血鬼が棺桶を出入りする様に由来するらしく、日が登っている間と、日が沈んでからの時間帯に一度ずつしか使えないからな。

 

「まさか、我が半身を封じた神酒(ラーのビール)を耐えしのぐとはな。驚かされたぞ、神殺し」

 

「俺はその類いに強くてね。さっきの歌もなかなかだったけれど」

 

「歌の神の母たる妾の声を聴けたのだ。光栄に思うがいい」

 

 そういうことか。ハトホルは音楽の神イヒの母親であり、バステトと習合している神だ。そこから歌や祭祀━━━━生きることの喜びである娯楽に関わる神となったんだ。その伝承による歌の幻惑と、そこから派生した酒の神としての神性を使った神酒の召喚をやったんだな。同体をなすはずのセクメトを封じた酒を使ったのはおかしいと思ったが、そういうカラクリか。

 

「貴様にだけ変化させるというのも付き合いが悪いか。妾のもう一つの姿も見せてやろう」

 

 そう言ったハトホルは、その姿を変えてゆく。牛の角をもつ女性から、一頭の雌ライオンへと。ここにきてセクメトの化身になってきたか……! それだけじゃなく、先ほどとは違う歌を歌いだしたな。

 

 勇壮な響きの歌を歌いながら、ライオンとなったハトホルが俺に飛び掛かってくる。

 俺は振り下ろされた両前足を少し伸ばした両手で掴み、反撃の蹴りを叩き込もうとしたが━━━━なんと、ハトホルの前足がこれまでの比ではないパワーで押し込んできた。

 

「我が体に流れる王の血よ、敵を挫く鉄槌となれ!」

 

 聖句を唱えて力を増そうとするが、先ほど受けた神酒のせいでフラついて押しきれん……あっちの準備も出来てるだろうし、一旦退いたほうがいいか……?

 

 迷っている間にも押し込まれ、ついに吐息が俺の顔にかかるほどに近づかれてしまった。俺の喉笛を食い破ろうと、ハトホルが牙を剥く。

 

 なりふり構ってられなくなった俺はコウモリに体を分解して後方に移動し、爆発した神獣があけた大穴まで逃げる。

 

《王様。例の準備が出来たから、今から言うルートで向かって》

 

 そこから下の階に降りたところでイレアナから連絡が来た。やっと切り札が使えるのか。これで奴を倒す目処がたった。

 

 ハトホルも追っては来たものの迷宮の入り組んだ道に翻弄され、ナビゲートがある俺には追い付けず……無事指定された部屋まで逃げ延びたのだった。

 

 

 

 

 

 


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