「はあっ、はあっ」
なんとかハトホルを撒いた俺は、とある部屋の床にへたりこんでいた。
浴びせられた神酒の影響に加えて、心臓をぶち抜かれかけた際に受けてしまった死の呪詛のダメージが大きいな。呼吸を整えるついでに丹田に力を込めて、呪力の再生産もやってるんだが……まだ本調子じゃない。パワーで言えば大体八割くらいか。完全回復にはあと十分程度かかるかもしれん。
《王様、ハトホル様が近づいてきてる》
が、ハトホルは待ってくれないみたいだな。俺の体も力をみなぎらせ始め、神の到来を告げている。
思ったよりも遅いから、何かしら仕掛けを施してたんだろうが━━━━ここが最終ラウンドの会場だ。ここで奴を倒す。
俺の決意に呼応するように、ハトホルが部屋の入り口にその姿を見せた。先ほどと同じライオン━━━━セクメトとしての姿だ。
あれなら俺との近接戦でも当たり負けしないと踏んだんだろうよ。破壊神としての膂力と、ハトホルの戦歌によるバフが両立できるからな。
「探したぞ、神殺し」
「女性を待たせるのは、本意じゃないんだけどね。こっちにも調子を整える時間が欲しかったのさ」
「させると思うか?」
そう言って歌いだしたハトホルは床を蹴り、真っ直ぐ俺に向かって突撃してくる。
それを
ハトホルはそれを上に跳んで避け、上空から四肢の爪を俺に振り下ろしてきたので━━━━俺は翼を展開してハトホルの上をとり、呪力を込めた矢を射かけた。
ハトホルはそれをつむじ風を呼び出してふきとばし、直線上にいた俺もまとめて薙ぎ払おうとする。
「我は闇夜の貴族。高貴なる血脈を以て闇を統べる者なり!」
俺は上空に吹き上げられつつも聖句による呪力耐性強化を行い、一メートルほど飛ばされただけで済んだ。
が、俺が踏みとどまるやいなや、ハトホルは追撃の火炎放射を見舞ってくる。耐火性の高い竜鱗で突破しようかとも思ったが、あの火炎はやけに危険そうだ。
その感覚は正しかったようで、俺がかわした炎が掠めた壁が、まるで抉られたように消滅している。融解したんでも蒸発したんでもないなこれ。恐らくは、セクメトの権能によるもの━━━━言うなれば『破滅の炎』によって消し去られたんだ。
流石にこれを受ける訳にはいかず、右に左に空中を舞って凌いでいたが━━━━段々炎の威力が高くなってる……?
ハトホルの口元を見ると、莫大な神力が収束し天井知らずに高まっている。そのせいで口元は煌々と輝き、太陽のようにすら見える程だ。大技を使う気か━━━━!
放っては置けないと判断し、呪力を込めた矢を射かけるが━━━━噴き出す炎によって瞬く間に焼き尽くされ、口元まで届かなかった。
くそっ。遠距離攻撃の貧弱さが恨めしいぜまったく……! 矢は通じず、近接戦を挑むのはあまりに危険。即死すれば使えないから、
そう思った俺が、バレルロールのような動きで炎を掻い潜った次の瞬間━━━━突如近くの壁を突き破って出てきたイチジクの根に、翼が絡めとられてしまう。何を仕掛けたかと思えば、これかよ……!
歯噛みしながらも翼をコウモリに分解し逃れようとすると、ハトホルが呼んだ烈風によって分体ごと押し込められ……再度の人化を余儀なくされてしまった。これじゃあ逃げられない。が、ある意味では好都合かもな━━━━!
「これで終わりだ、神殺し!」
その言葉を実現すべく、極限まで収束した炎が熱線となって撃ち出されようとしている。直径数メートルはあろうかという、緋緋神を遥かに凌ぐビームで俺を滅ぼすつもりだ。あれに焼かれれば最後、再生も出来ないだろう。
「
俺に飛来する熱線に向け、アレクから教わった聖句を唱え終えた瞬間━━━━俺の頭上と左右に三柱の女神が顕現する。漆黒の翼と蛇の髪を持った、三身一体の女神━━━━アレクに仕込んでもらったエリニュエスだ。
そいつらは俺を焼き尽くそうと迫る極大の熱線をなんと……真っ正面からハトホルへ叩き返した!
「なっ!?」
渾身の一撃を跳ね返され、驚愕しつつも逃げようとするハトホル。その足に、イチジクの根が絡み付いた。先ほどの俺のように。おまけに暴風が吹き荒れ、ハトホルの動きを封じこんでしまう。
「あああああああぁぁぁ━━━━!」
熱線に呑み込まれ、苦痛に絶叫するハトホル。正直、聞いてられないが……詰めを誤るわけにはいかないので、ハトホルに向けて弓矢を構えた。
熱線が命中する直前、ハトホルが酒で体を覆い尽くしたのが見えたからな。セクメトの権能を封じる酒があるならば、素の魔術耐性と合わせてあの攻撃を凌ぎきるかもしれない。
その予想は正しかったようで、ライオンの化身が解け全身から黒煙を上げて膝をついている有様でありながらも、ハトホルはまだ生きていた。
後方には人が通れるほどの大穴が地下に向かってぽっかり空いており、熱線の威力をうかがわせる。
息も絶え絶えといったハトホルに、再び炎が襲いかかる。エリニュエスの権能は、この部屋で行われた全ての攻撃を叩き返すからな。熱線だけじゃなく、俺が散々喰らった分も返すんだ。
ハトホルは神酒を呼び出して炎の波にぶつけている。イチジクの根では焼き尽くされるから、相性の良い神酒で相殺させる気か。そうはいくかよ……!
俺は酒の蒸気が立ち込める中、敢えて呪力を込めずに矢を放つ。が、ハトホルにはすぐ気づかれ、蒸気ごと風で吹き払われた。
その顔は正に必死の形相で、寿命を削るほどに力を振り絞って迎撃したのがわかる。俺の狙い通りにな。
だから気づけなかった。俺の周囲に居たはずのエリニュエスが、一柱いなくなっていることに。
「がはあっ!?」
俺を睨み付けていたハトホルの左胸から、一本の腕が生えた。当然、俺の側を離れていた神━━━━メガイラのものだ。
蓄えていた攻撃のストックは熱線、イチジク、火炎、烈風、そして最後にセクメトの姿で繰り出された
それを確実に決めるため、俺からもだめ押しに狙撃したってわけだ。これで仕留められるなら、それでもよかったけども。
胸を貫かれたハトホルは前のめりに倒れ込んだまま、動かない。流石に命運も尽きたらしい。
「━━━━俺の勝ちだ」
「……ああ。妾の負けだな」
床に降りた俺が勝利を宣言すると、なんと答えが返ってきた。
「妾の敗因は、もう一人の神殺しを無視しておったことか……。共闘しておったというのに、片割れだけに注目するとは……度しがたい失態だな」
悔いるようにつぶやくハトホルの体は、徐々に崩壊し始めていた。爪先から砂と化して消えていく。
……それにしても、ハトホルは強かったな。アレクの協力抜きでは負けていたかもしれない程に。
やっぱり神を相手にするのに権能一つだけでは厳しい。今回は権能を簒奪出来ないらしいし、早めに他の手段も見つけないとヤバいかもな。
「
「待て、なんだ奴ってのは?」
俺の考えを遮るような言葉に慌てて聞き返すが━━━━時既に遅く、物言わぬ岩と化したハトホルは粉々に砕け散ってしまう。
くそっ。厄介な置き土産を残していきやがって。ことと次第によっちゃ、もう一柱の神とも関わるのかよ……
憂鬱な気分を味わっていると、床にあった棒状のものがふと目に留まった。思わず、近づいて拾い上げる。
ローズクオーツのような桃色の、岩の塊だ。この形は……ハトホルの牛角にそっくりだな。
「それは『竜骨』と言ってな、死した神の亡骸だ」
突然響いた声に振り向くと、アレクが立っていた。しかも、その視線は俺の持つ竜骨とやらにくぎ付けだ。こいつが目の色を変えるほどに貴重なものらしい。
「これが欲しいのか?」
「ふん。確かに貴重なものではあるが、それは貴様に譲ってやろう。それよりも、早く脱出したほうがいいぞ。ハトホルの熱線によって、迷宮の根幹部分にダメージが入った。遠くないうちに崩壊する」
ドヤ顔でそう告げたアレクに、俺は思わず絶句してしまう。
この野郎、それを最初に言えよ! 一緒にいたはずのイレアナはどうした!
「ああ、お前の部下はハトホルとの決着がつく前に外に運び出しておいた」
俺の内心を読んだかのようにそう言ったアレクは、電光と化して飛び去って行く。おい!俺の道案内はどうするんだよ!?
ピシッ! パキパキッ!
不吉な音につられて壁を見ると、亀裂がどんどん大きくなっていく音だった。これはヤバいぞ……!
「くそっ、アレクめ! 後で一発ぶんなぐってやるッ!」
そう毒づきつつ、俺は迷宮の外を目指して走り出すのだった。