ドオオオオオオオオオオオオオンンンッッッッ!!!!
ようやく地上に出た俺の後ろで、氷河が崩落するような轟音をたてて大迷宮が崩れていく。砂漠の地下ごと迷宮が消えたせいで、新しい湖でも出来たかのように巨大なクレーターがその場に現れた。
それだけでは終わらず、続けてザアアアアアアアアッッッ!!! と、水が流れ込むように砂櫟がクレーターを埋めていく。十数分もすると完全に砂が満ち、見た目は元の砂漠に戻った。
……デンデラに帰ったら、この辺り一帯を立ち入り禁止にしてもらおう。もどったのは見た目だけで、湖サイズの底無し沼が出来たようなもんだからな。ここに踏み入ったら最後、砂に沈んで窒息死するだろうよ。
はあーやれやれ。やっと休めるぜ。ハトホルを倒して一息つこうとすれば、間髪入れずにインディー・ジョーンズばりの脱出劇をやるはめになったからな。変化を解く暇もなかったよ。
久しぶりに生者に戻った俺は、満天の星空を仰向けに寝ころがって眺める。汚染されてない星空を見るのは、ネモと暮らした無人島以来かもな。
「どこで油を売っているかと思えば、まだこんなところにいたのか」
俺の視界を青い稲妻が横切ったと思った瞬間、そんな言葉が投げ掛けられた。
非難めいた言葉を吐いたのは、勿論化身したアレクだ。
「誰かさんに置いてけぼりにされたんでね。今の今まで必死で走ってたのさ」
「ふん。神殺しともあろうものが、あの程度で死ぬわけがないからな。時間の無駄だと思っただけだ」
無駄ってなあ……崩れ落ちるがれきを蝙蝠に変化して躱したり、道をふさぐ岩を殴り砕いたりして大変だったんだぞ。おまけに道に迷ったりもしたし、俺が体を変化させられる吸血鬼の権能持ちじゃなきゃ、今頃くたばっててもおかしくない目に遭ったってのに。
「口答えする元気があるなら、デンデラに自力で帰還出来るだろう。さっさと帰ってこい」
そう言い捨てたアレクは再び閃光となり、空を飛んで行った。
まったく、嫌みな奴だ。わざわざ人を探してまで嫌みを残して帰るとはな。
さて、俺もそろそろ帰りますかね。
そうひとりごちた俺は翼を広げ、デンデラ向かって羽ばたくのだった。
「王様、大丈夫?」
「無事のご帰還、何よりの慶事でございます」
逗留していたデンデラの神殿に帰りつくと、待っていてくれたらしいメヒトとイレアナが出迎えてくれた。
神殿の中はあちこちに篝火が焚かれて明るく、奥からは料理のニオイが漂ってくる。こりゃ肉料理か?
そのままイレアナ達に案内されて食堂に着くと、料理する使用人達を尻目に悠々と食事しているアレクが目にはいる。
あいつ、今作ってる料理と全然違うもの食ってるんだが……どうしたんだ?
料理人達はガーリックを使った肉料理を作ってるのに、あいつだけ川魚のアクアパッツアみたいなのがメインだ。この時代にあんな料理があったとは思えんが。
「おいアレク。その魚料理どうしたんだよ?」
「この料理はな、俺自身が魚を捕ってきて作ったものだ。貴様にはやらん」
えっ、お前料理出来たの? しかも捕ってきたっていつの間に?
「わざわざ捕ってきたのかよ……」
「ああ。貴様があまりにも遅かったのでな。肉料理が今の気分に合わなかったこともあるが」
繊細なくせに自己中━━━━アリスがアレクをそう評していたのは、こういうところがあるからか。他人の手が借りられるのにも関わらず、自ら動いてまで自分のスタイルを貫き通す……確かにアリスの評価は的を射てるな。
そんなことを考えつつ、料理が運ばれてきたので俺も席につく。一仕事終えて腹が減っているし、そのまま食べるとするか。
「不死の王よ。ビールとワインを用意しておりますが、どちらをお飲みになりますか?」
暫くは黙々と食べていたが、メヒトがそう言ってくれたので、気になっていたことを訊いてみる。
「酒はいい。それよりも、ハトホルの経歴について聞きたい。奴は死ぬ間際に、雪辱を晴らす相手がいると言っていた。心当たりはあるか?」
それを聞いたメヒトの顔が強張る。何か知っているらしい。
「詳しくは存じ上げませんが……百年程前にハトホル様はいずこかの神と戦われ、瀕死でこの地に落ち延びたそうです。その隙をついて神具を使い、当時の神官長が命と引き換えに封印されたとか……」
「戦ったという相手の神は分かっているか?」
「何分長い時間が経っていますので……私共の間には伝わっておりません」
そうか……相手の名前でも分かればよかったんだが。まつろわぬ神の場合、全く伝承と関連がない場所でも訪れることがあるからな。エジプト神話に限らず、あらゆる神話の神が候補になる。
問題は、その神が未だに地上にいる場合だ。仕留め損ねたハトホルの再臨を察知し、デンデラを強襲してきかねない。そうなれば、全く未知の神格を相手取ることにもなり得る。それはリスクが高い。
「貴様はハトホルの竜骨を持っているだろう。あれを使って巫女達に霊視させれば済む話だ」
食べ終わって赤ワインを味わうアレクがそう言ったので、俺は竜骨についてようやく思い出した。 そう言えば、イレアナに念話で連絡して預けたんだったっけ。脱出に必死だったから、すっかり忘れてたな。
「イレアナ、竜骨は持ってるな?」
俺の言葉に頷いたイレアナは、竜骨を召喚し自分とメヒトの前に差し出す。霊視が降りないか試してるのか。
そのまま十分ほど目を閉じていたが、何もわからなかったらしい。どこか落胆した表情になった。
「メヒトさん、明日にでも魔女達を集めてもらえない? 私だけじゃ視えなかった」
「イレアナ様たっての望みとあらば、デンデラ神殿の総力を挙げて取り組ませていただきます」
そう言いきったメヒトの表情は、やる気に満ちたものだ。俺達がハトホルを倒したことに、余程恩義を感じているらしい。
俺としては、同郷のアレクが起こした事件だから申し訳なくなるなあ。いくら封印が弱まってて放置できなかったとはいえ、寝た子を起こすような真似をしていいとは思えん。メヒトはさほど気にしてないようだけど。
「待て、貴様らは大事なことを忘れているぞ」
「何だよアレク」
「アイーシャ夫人のことだ」
あっ、そうだった。あの人も居たんだったな。でも見るからに戦闘向きじゃないし、どうしよう……治療してもらってた疫病は恐らく終息するだろうし、かといってほっとくととんでもないことやりそうで怖い。
「とりあえず、彼女に連絡してからどうするか決めたほうが良いだろうな。神と戦ったと知っているなら、すぐに向こうから乗り込んで来るだろうし、放置すると引っ掻き回されるぞ」
そう言ったアレクはワインの賞味に戻る。
「まずは寝て、明日にでも霊視の準備をしてくれればいい。これからのことは夫人が合流してから決めよう」
俺がそう言うとイレアナとメヒトは揃って頷き、アレクは我関せずとばかりにワインを楽しんでいる。もう疲れたし、今日はここまでにするかね。
食べ終わった皿を下げてもらい、俺は自室に戻るのだった。
おまけ(台本形式が苦手な人はとばしてください)
キンジ「そう言えば、不死の王って俺のことか?イレアナ」
イレアナ「そう。アレク様もいるから、現代の通称を教えた」
キンジ「……誰だ?俺にそんな中二な名前つけた奴は」
イレアナ「賢人議会。他にも
キンジ「今後、そんな名前で呼ぶのは止めてくれ……」