神殺しのエネイブル   作:ヴリゴラカス

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筆がノリにノッたので投稿。

今回のエジプト編の裏側である、時の番人の閑話です。基本的に説明ばかりなので、読み飛ばしていただいても問題ありません。

あと、初の三人称形式です。


時の番人の憂鬱

「あの神殺しの蛮族(バルバロイ)どもがあーっ!」

 

アストラル界の一角――プルタルコスの館と呼ばれる地にて、一人の老人が気炎を吐いていた。

長衣(トーガ)を纏い、青銅の羽ペンを持ったこの老人こそ――この館の主、時の番人と呼ばれる存在である。

プルタルコスの館は世界の秘密と歴史の運航を管理する、アストラル界でも屈指の聖域とされる。

当然ながら、主である番人も尋常な存在ではない。人を越えた霊力と叡智を兼ね備えた、超越者とも呼ぶべき男なのだ。

 

しかしながら、今の彼が纏うのは超越者の威厳などではなく、過労死寸前の社畜めいた哀愁であった。

これは彼の職務にて、あまりにも大きな問題が発生したせいである。

 

彼の仕事は歴史にイレギュラーが発生した際、それを排除、もしくは修正することで歴史をあるべき姿に保つというもの。極めて重要な仕事ではあるが、元々歴史が修正力を有することもあり、彼自身が動くことはまずない――はずだった。

 

今回ばかりは、あまりに規格外なイレギュラーが立て続けに発生してしまったのである。

 

アイーシャ夫人が例によって例のごとく開いた通廊に、アレクサンドル・ガスコインと遠山キンジ――二人ものカンピオーネが便乗し、過去にむかってしまったのだ。

 

アイーシャ夫人単体でも、番人に大変な心労と激務をもたらす存在である。そこに二人もの神殺しが加わった場合、危険度は三倍ではすまない。連鎖爆発よろしく問題を大きくし、凄まじい被害が出る。

 

そう危惧していたところ――案の定であった。

 

彼らがたどり着いた時代は新王国期のエジプト文明。世界最古の宗教改革者として名が挙がるアクエンアテンが統治した時代であった。

さらに間が悪いことに、この地おいて封じられたまつろわぬハトホルが復活しかけていた時期である。どう考えても録な事態にならない。

 

そんなエジプトに到着したアイーシャ夫人はファラオに見初められ、アテンの巫女なる地位に取り立てられて布教活動に勤しんだ。

その結果、彼女の魅了の権能のせいもありアテン神の信者が激増した。

 

この時点で既に由々しき事態である。本来なら全ての名前を削り取られる程の処置を受けたファラオが、希代の名君として残りかねない。後代の歴史は滅茶苦茶だ。

 

しかも、ハトホルによって発生した疫病を癒し始めてしまった。この功績でさらに夫人とファラオの名声が高まったことも問題だが、それだけではなかった。

 

実は本来の歴史において、この疫病で命を落とす子供も多かったのである。古代においては医療が発達していないこと、栄養状態が良くなかったことから、さほど重くない病が原因で死ぬ子供は多かった。

が、夫人によって彼らは命を拾い、程なくして合流した遠山キンジと共にさらに多くを救っていった。

 

こうなっては番人も頭を抱えていたが、さらに追い討ちをかけるかのごとく事態が悪化する。

 

最後にこの地に着いたアレクサンドルが、ハトホルの封印を強引に解いてしまったのだ。

 

ハトホルの封印が解かれるのは半年ほど先の筈だった。その間に死病を振り撒き、多くの人間が病死する運命にあった。

 

ところが、アレクサンドルによってハトホルが再臨しかかると、それを察知した遠山キンジが急行し共闘を提案。ハトホルは人的被害を出す前に討伐されてしまった。

 

こうして死ぬはずの数百人は生き残った。字面だけなら美談ではあるが、時の番人としては頭痛の種以外の何物でもない。

 

かつてハトホルを追い込んだセトもやって来たものの、こちらも誘導されアイーシャ夫人と共闘した遠山キンジにより撃破された。こちらも人的被害は皆無だった。

 

諸々の展開を受け、時の番人は真っ白な灰と化しかけた。あまりに正史からかけ離れ過ぎていたからだ。

 

本来の歴史ではハトホルが多大な犠牲者を出す疫病を振り撒いた末に、セトと再戦し相討ちとなっていた。しかも交戦の過程で被害を撒き散らし、多くの人間が巻き込まれて死ぬという、未曾有の災害となる筈だった。

 

それが蓋を開けてみれば、被害者は殆どいない。アイーシャ夫人がやって来る前に何人か死んだ程度である。合わせて千人を超える人間が生き延びてしまった。

 

人口の少ない古代では、現代よりも個人の影響が大きい。それが一つの都市人口ほども死ななかったとなれば、歴史にあってはならないイレギュラーがそれだけの数存在することになる。

 

もはや、時の番人の手に負えない事態になりかけていた。これほどの人数を不自然にならぬよう死なせるとなると、天変地異でも起こす他ないのだ。

 

セトやハトホルといった死すべき神々が生き延びるという、最悪のイレギュラーが発生しなかったことだけは不幸中の幸いと言えるが――彼の慰めにはならなかった。

 

おまけに、正史ではこれらの災害のせいで揺らぐはすだったアクエンアテンの権威が、未然に防がれたことで逆に磐石のものとなってしまった。

 

「どうすれば良いというのじゃ。こうなっては収拾がつかぬわい……」

 

 

時の番人はさめざめと泣き、世の不条理を呪う他になかった。

 

 




とりあえず言えるのは、時の番人は泣いていい。

アイーシャ夫人とアレクサンドルはもちろん、キンジもかなりやらかしてます。

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