前回までのあらすじ
古代エジプトにてセトと戦うことになったキンジ達。相手の地力の高さに苦戦を強いられたものの、アイーシャ夫人の加勢もあり無事勝利を収めた。その際、セトの口添えもあり新たな権能を得ることとなった。
「やっと帰ってこれたな……長かったぜ」
アイーシャ夫人の通廊を抜けた俺達は、アレクの結社――『王立工厰』の拠点までようやく帰りついた。(ちなみに、アレクは一人で神速移動を駆使して帰り、アイーシャ夫人は眼を離した隙にふらりと居なくなった)
「同感。これで枕を高くして眠れる」
俺の隣で疲れたようにそう呟いた、紅眼銀髪の少女――イレアナ・ルナリアは眠そうに、その紅い目を細める。
無理もない。彼女は今回の帰還の功労者だからな。色々と無理をさせちまったし、休息が必要だろう。
――セトを倒した次の日。アレクが探索から帰還したこともあり、俺達は惜しまれつつもデンデラを去り――アイーシャ夫人の身柄についてファラオと協議することになった。
勿論魅了済みの相手だったので交渉は難航。一触即発の空気になったり、ほだされたアイーシャ夫人がこの時代に残るとか言い出したり色々とあったが、どうにか退去できた。
そこから件の通廊の場所に向かったが、ここでもまた問題が発生した。今度やらかしたのはアレクだ。
通廊までの道中で、アレクが夫人をまるで米俵のように担いで移動し、彼女から激しい抗議を受ける羽目になったんだよな。
いや、あれは俺から見てもあり得ない選択だったけども。米俵って。素の俺でさえ、せめておんぶくらいしてやれよと思ったね。あんな扱いしたら、アリア達なら即座に銃口が火を吹いてたぞ。
その抗議に対する対応がまた悪くて、「最もやり易い運び方を選択したまでだ」なんて言ったもんだから、アイーシャさんは俺に泣きついてくるし、エライ目に遭ったよ。
すったもんだの騒動をなんとか乗り越え、通廊を開く儀式をイレアナにやってもらったが、流石に苦戦していた。
呪力は足りたものの技量が追い付かなかったせいか一度目は半分しか開かず、二度目のトライではハトホルの竜骨とアレクが材料を集めてきた霊薬によって魔導力を最大限に高めて、ようやく成功したからな。竜骨あってよかった。
長かった道のりを回想しながら感慨に浸っていると、目の前のドアが開いた。
姿を見せたのは苦みばしった顔の偉丈夫――『王立工厰』の副総帥にしてアレクの右腕でもあるサー・アイスマンだ。
「遠山王、よくお帰りになられました。部屋を用意させましたので、お入り下さい」
気遣いは有り難いが、俺はまだアレクに用があるんだよな。そっちを先に済ませるとするか。
「俺よりイレアナを案内してやってくれ。俺はまだアレクに用があるからな。あいつはどうしてる?」
「アレクなら部屋で寛いでいますが……会談の場が必要ならば、改めて設けますが?」
「いや、そこまではしてくれなくていい。直ぐに済む」
そのままアイスマンの案内に従ってイレアナと別れ、アレクの部屋を尋ねると――神経質さすら感じさせる、シンプルな部屋に通される。
「何の用だ?遠山キンジ」
読んでいたらしい本から顔をあげ、アレクが不機嫌そうにいう。
……大方分かってるだろうに、よく言うぜ。なら前置きは無しだ。
「単刀直入に言うとだな、俺のマニアゴナイフを返してくれ。お前、あのあとどさくさ紛れにパクったろ」
そう。初めて会談した時に異世界渡りの証拠として渡した、俺のマニアゴナイフ。それをまだアレクが持っているのだ。
エジプトに居たときは話が拗れても困るから、あえて言わずにいたが……もう遠慮する必要は無いだろう。
「断る。あれはまだ精査する必要がある証拠だ。まだ返すわけにはいかんな」
人様からパクっといてこの言いぐさとはね。つくづく面の皮の厚いやつだな。
なんて思いながらみていると、アレクが僅かに目線を逸らした。どうやら、少しだけ後ろめたいらしい。
このまま返還を要求しても、アレクが余計に意固地になって平行線を辿るだけだろうな。むこうが折れるだけの理由を作ってやらないと、この手のタイプは交渉に応じない。
「なら、こういうのはどうだ?ナイフを返してくれたら、俺がこれからやる『業務』で――他の組織や個人よりお前からの依頼を優先するってのは」
そう告げると、アレクの眉がピクリと動いた。狙い通り食いついてきたな。
「詳しく聞かせろ」
「俺はこれから、金と引き換えに神獣やまつろわぬ神を相手取るのを仕事にするつもりなんだよ。前の世界でも似たようなことやってたしな」
「神殺しともあろう者が、傭兵の真似事とはな」
そう嘲笑するアレクの言葉を無視し、俺は話を続ける。
「んで、その依頼を受ける際、お前の利害を汲んでもいいってことだ」
「……」
アレクは思案するような目付きになった。自分の興味と結社の利益、そのどちらを優先するか考えてるな。
早い話、正式に同盟を結ぼうってことだ。俺の世界に向かう方法を考えると約束しはしたが、お互いへの配慮を約束したわけではない。俺がこちらの世界で武偵業を始めた場合――俺の依頼主によっては、俺とアレクの利害が衝突する可能性がある。
例えば、依頼主が賢人議会を始めとする王立工厰の政敵であった場合とかな。それらの組織に俺が手を貸すようなことになれば、アレク個人はともかく組織としては少々まずいことになる。
『王立工厰』は魔術結社として見れば歴史が浅く資金力では劣るし、構成員も雑多であるがゆえに平均の質は余り高くない。それでもなお他の魔術結社と渡り合える影響力を持てるのは、総帥であるアレクがカンピオーネだからに他ならない。
もし他の組織がその豊富な資金力でもって俺を雇った場合、アレクと同等の
それが分かっているだけに、眉間にしわを寄せて考えていたアレクは……溜息をついて返事をした。
「いいだろう。その条件を呑んでやる」
そう言うと、俺の目の前にナイフが現れた。転送の術を使ったらしい。
「契約成立だな。じゃあ連絡手段をくれ。お前はしょっちゅう音信不通になるからな」
「この番号にかければつながる。魔術的処置を施してあるから、アストラル界でも問題ない」
俺に携帯番号を書いた紙を渡すと、アレクは再び本に目を落とした。話はここまでってことか。
「それじゃあな。今後ともご贔屓に」
「さっさと帰れ」
俺が踵を返して部屋に戻ろうとすると、にべもない返事が返ってきた。つれないねぇ。
次の日、イギリスを発った俺達は――今や懐かしさすら感じる、ブラジョフの教会に帰ってきた。
「無事のご帰還、心よりお喜び申し上げます。我らの王よ。イレアナも無事で何よりだ」
「叔父様、お久しぶり」
「俺がいない間、ご苦労だったな――クリスティアン」
膝をついて礼をとり、俺達を出迎えた強面の壮年騎士は――俺が総帥を務める結社『真紅の月夜』の大騎士、クリスティアン・ルナリアだ。
彼は俺がイギリスに旅立ってから、プリンセス・アリスの接待等といった仕事を一手に引き受けてくれた。丁度いい権能も手にはいったことだし、礼でもしないとな。
嬉しそうに駆け寄ったイレアナを抱き止め、慈しむような優しい目をする姿は微笑ましいな。やっぱり心配だったんだろう。
「アリスはあの後、どうしてたんだ?」
「プリンセスはちょうど昨日まで滞在されておりました。『お帰りになられたら、遠山様に改めてお礼申し上げますわ』との伝言を残してお帰りになられましたな」
あのプリンセス、昨日までいたのかよ。この機会を逃すまいと一週間程も遊び倒したんだな。後でミス・エリクソンに叱られるぞ。
あの奔放姫様に呆れていると、クリスティアンが真剣な顔つきになり……
「王よ、実はとある場所より救援要請が来ておりまして……御判断を仰ぎたいのですが」
と、報告してきた。
カンピオーネである俺を救援として呼ぶだと?またぞろ厄介事が湧いてきたのかよ。苦労して帰ってきたそばからこれか。
「お疲れでしたら、休養が必要ということで先方にはお断りすることもできます。いかがなさいますか?」
げんなりした内心が漏れていたのか、クリスティアンに心配されてしまった。まあ、話だけでも聞いてみるか。
「判断するのは全容を把握してからだ。説明を頼む」
「かしこまりました」
それから三人揃ってリビングに移動し、改めて話を聞くと――日本に蛇と蜘蛛の神獣が出現し、互いに争い合っているということだった。なかなか穏やかじゃないな。
「それで、その二体はどこで暴れてる?人口密集地とかじゃないだろうな?」
「瀬戸内海の無人島らしいのですが、地脈の通る島だそうです。人的被害を出す可能性は低いですが、消滅する迄放置できるわけでもないと」
……少々引っ掛かるな。それなら俺に頼らずとも、どうにか出来そうな気もするが。
「それなら人的被害を気にしなくてもいいし、自分たちで対処できるんじゃないのか?」
そう聞いてみると他二人に呆れた顔で、
「お言葉ですが王よ。只人からすれば神獣と戦えというのは、死刑宣告と大差ありませんぞ」
「王様は神々やカンピオーネの方々としか戦ってないから、感覚がマヒしてるだけ。普通は国中の魔術結社を挙げての総力戦になる」
等と言われてしまった。
あいつらってそんなに強かったのか。セトが呼んだ神獣以外は、通常攻撃一発で死んでたんだけどな。
「互いに疲弊したり、片方が消滅した隙をついて総掛かりで挑めば、討伐はできましょうが……相応の犠牲は覚悟しなければならなくなります。神獣討伐に参加できるほどの手練れは限られますから、むこうとしても取りたくはない手段でしょう」
うーん。俺が出張らなければ、犠牲者が確実に出るのか。それはマズイな。
「でも王様は過酷な戦いを終えて帰られたばかり。私としては休んで欲しい」
俺が出撃する方向で考えていると、イレアナから待ったがかかった。俺のコンディションを心配してるらしい。
ていうか、無理をしたのはお前も同じだろうに。
「イレアナがここまで言うとは、一体どんな冒険を潜り抜けられたのやら……良ければ聞かせていただけませぬか?」
クリスティアンの求めに応え、事のあらましを話してやると……聞き終わった頃にはクリスティアンは唖然とし、言葉を失っていた。
「古代エジプトにタイムスリップし、お二人のカンピオーネと共闘して二柱の神を相手取ったですと……!しかもハトホル神とセト神といえば、エジプト神話を代表する大神ではありませんか。よくご無事で……」
我がことながら、改めて話すとすごい大冒険だよな。事実は小説より奇なりってか。俺的には勘弁して欲しいんだが。
軽く己の運命を呪っていると、イレアナが――
「というわけで、王様はお疲れ。安心してお休みいただくためにも――ここは私が日本に行ってくる」
と、宣言してしまった。
「なっ……!一体ならばともかく、二体も居るのだぞ。いくらお前でも、単独で挑むには危険過ぎる!」
姪の宣言に顔色を変えるクリスティアン。正直なところ、俺もほぼ同意見だ。
今のイレアナなら、単独の神獣位には完勝できる。俺から呪力を供給した場合、彼女の火力は『神やカンピオーネの通常攻撃』に匹敵するからな。狙撃手として遠距離戦に徹すればわけなく葬れるはずだ。
しかし二匹が固まっていたならば、危険度は跳ね上がる。最悪死ぬ……なんてことはなくても危険を犯すことになるし、片割れを討ち漏らす可能性もある。許容できる提案じゃないな。
まつろわぬ神ならともかく、神獣ならそこまで手間取るわけでもない。必要性もないのに女子一人を他国に送って寛ぐより、俺が出た方が気も楽だ。
「それは許可できない。心配は有り難いが、俺が始末する。さっさと片付けて、慰安旅行に早変わりさせるぞ」
そろそろ和食や米が恋しくなってきたところだし、ある意味丁度良かったかもな。
俺の命令にイレアナは不満げな顔を見せ、クリスティアンはあからさまにほっとしていた。
「それで、今回の依頼の報酬を決めようと思う。俺としては神獣一体につき3000万ぐらいにしようかと思ってるんだが、どうだ?」
「……王よ、それでは安すぎますぞ」
「王様、ご自分の価値をきちんと把握したほうがいい。その値段はない」
わざと違う話題を出して切り替えると、二人もそれに乗ってくれた。のはいいんだが……何でここまで言われてるんだよ。しかもとんでもなく残念な人を見るような目で。
こっちはちょっと吹っ掛けすぎたかとも思ってたんだぞ。それが逆に安すぎるってどういうことだよ。
「よいですか。金を積めば王自らが足を運ぶというだけで、破格極まる条件なのですぞ。しかも魔術関連の家は資産家が多く、数千万ならそれなりの家格を持っていれば払える額です」
「それに魔術師にとって王に従うのは義務だから、報酬なんて言わずに全てを奪っても文句は言えない。王様はそんな立場なの。それがわざわざ金で契約をしてくれるなんて、あり得ない待遇」
物わかりの悪い子に、噛んで含めるように説教されてるが……やっぱ実感湧かないなあ。俺が王様扱いなんて。いや、神々と戦ってるし、神殺しになったのは自覚してるけども。
アリアやベレッタにドレイ呼ばわりされてた俺が、随分と出世したもんだ。別に、それを傘にきて何かする気はないけどさ。
……まてよ?王様扱いってことはもしかすると――
「なあ、二人とも。もしかして日本に行ったら、その……何か理由をつけて女を差し出されたりする可能性ってあるか?」
かつてランパンにされた、忌々しいハニートラップ。未だに続く、俺に男色趣味があるなんて誤解を与えたそれについて聞いてみると……
「大いに有り得ます。妻とまで高望みはせずとも、侍女や妾の名目で押しつけることもあるでしょう」
真剣な顔で重々しく肯定されてしまった。勘弁してくれよ。
ただでさえジーサードに「兄貴の女を集めたら、国連みたく連合が出来るんじゃねェのか?」なんて言われてるんだぞ。こっちで女作ったなんて思われたら、異世界代表がその連合に加わっちまう。冗談にもならんわ。
……ああ、そういやヴァルキュリヤのやつが勝手に婚約者名乗ってたな。既に手遅れじゃん……
「同様に、眷属候補として人材を遣わされる可能性もありますな」
暗雲たる気分でいると、そう聞き捨てならないことを忠告された。
「どういうことだ?人間を辞めることになる俺の眷属なんて、なりたがるやつはいないと思うが?」
まさかと思って聞き返すが、クリスティアンの表情は真面目なままだ。これは本気で言ってるな。
「正妻と違い、眷属は一人とは限りませぬからな。御身と浅からぬ縁を持てる上、人間では太刀打ちできない程の力を得られるのならば……どこの結社も喉から手が出るほど欲しい存在でしょう。イレアナの力は既に知れ渡っておりますし、王の眷属であることは大きなステータスとなりますゆえ」
言ってることは一見筋が通ってるが……一つ前提が誤ってる部分だけは、訂正しないといけないな。
――俺自身に、イレアナ以外の眷属をとる気があるってところだけは。
「なら先にこう言っておけ。女も新しい眷属も、俺には必要ないってな。ああ、勿論男色家でもないからそこは忘れず伝えろ」
そもそも俺には、眷属を作る気自体が無かった。どう言い繕ったところで、眷属作成ってのはロクでもない力だからな。無理矢理人間ではないものに変え、絶対の服従を誓わせる――こんなもん私利私欲で使っちまった日には、罪悪感でお天道様の下を歩けなくなるぜ。既に吸血鬼の権能もってるけど。
イレアナを眷属にしたのだって、最後まで反対だった。人を捨ててでも尽くそうとする彼女の意志が余りに固くて一歩も退かず、クリスティアンの口添えもあって無視し続ける方が不誠実になってしまうことから、特例として認めたんだ。
その眷属化を、野心や組織からの命令が原因で受け入れるような輩に使ってしまったら、彼女や俺を信じて姪を任せたクリスティアンにも申し訳が立たない。断じて認めないぞ。
そんな決意を込めて宣言したところ、
「王様……」
「我が姪ながら、騎士冥利に尽きる話ですな。王よりこれ程の寵愛を賜るとは……」
なんか、二人から感動したような視線を向けられてるんですが。特にイレアナなんか、白い頬を赤く染めてるし。
「ま、まあ眷属関連の話は一旦置いといてだ。――クリスティアン。お前の忠誠心と今までの功績を称えて、俺から褒美を与えることにした」
咳払いして空気を変え、もう一つの本題を切り出す。さあ、新たな権能の御披露目といこうか。