神殺しのエネイブル   作:ヴリゴラカス

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お久しぶりです。今回は皆さんお待ちかね、新権能のお披露目会です。

前回までのあらすじ

古代エジプトより帰還したキンジ一行はアレクと盟約を結んだあと、ルーマニアに帰り着いた。その際、腹心であるクリスティアンから日本に出現した神獣の話を聞かされる。
対処に動くことを決めたキンジは、その前に部下へ権能を用いた褒美を授けることにするのだった。


聖骸の恩寵

 疲れていたイレアナを下がらせ、クリスティアンと最近新設してくれたらしい執務室へ移動した。王様らしいことをするわけだし、ちょっとは格好つけたいからな。

 

 俺も入るのは初めてなので、内心ワクワクしながら扉を開けると……とんでもなく洗練された光景が広がっていた。

 極端に広いわけではないが、壁際にある飴色の木で作られた瀟洒な本棚と、一目でアンティークと分かる趣あるデスクが目を引く。他にもゆったりと座れる高級椅子など、一流のものばかりが置かれてる。まるで大貴族の執務室だ。かつて泊まったことのある貴族の家――ホームズ邸でもここまでじゃなかったぞ。

 ……正直なところ、俺の想像を遥かに越えた設備と家具を揃えてくれてる。

 その事に感謝しつつ、左手にあったソファーに座る。その前でクリスティアンが跪いたのを見計らい、権能を使った。

 

「誉れある勇士よ。我が骸より恩寵を授かることを許す」

 

 俺が聖句を唱えると、俺の手の中に5キロほどの鋼のインゴットが現れる。

 

「その鋼から凄まじい力を感じます。これはもしや、先ほど話に出てきたセト神より簒奪された権能ですかな? 金属を錬成する権能とみましたが」

 

 インゴットを見たクリスティアンは、それが放つ力に目を見開きつつ……俺に正体を問いただす。

 

「それじゃ半分正解だな。よく見てろ」

 

俺は指先だけを変化させ、表面を爪で削り取った。すると――瞬く間に金属が盛り上がり、削れた部分を元通りに塞いでしまった。

 

「自己修復の霊力ですと……! それに鋼自体の質も、人の手では産み出せるかどうかわからないほどとは。褒美をとらせると仰っていましたが、まさかこれを私に下賜されると……?」

 

クリスティアンは、信じられないとでもいうような顔で俺を見てくるが……そのまさかだ。

 

「不満か? お前は魔銃や魔剣の使い手だから、インゴットは丁度いいかと思ったんだが。鋼が嫌なら、ダマスカス鋼も用意できるが――」

 

「不満など滅相もない! 私ごときには過ぎた褒美だと思っただけでございます。この鋼で造られた剣ならば伝説の騎士と共に戦場を駆けるか、宝物庫に収められてしかるべきなのですから」

 

ふむ、ならこの権能はアタリだな。働いてる連中にやる褒美をどうするかは、気がかりだった。俺のものじゃない結社の金や、宝物を渡すわけにはいかなかったからな。

 

「お前の尽力を俺は高く評価しているから、権能を用いた褒美を渡すのに不足はない。この権能は金属の種類の他に込められる霊力も選べるから、希望を言ってみろ」

 

 

遠慮されそうだったので、有無を言わさず受け取らせる方向に持っていく。礼もせずに奉仕を受け続けるのは、あまり気分がよくないし。

 

そんな気持ちの言葉を聞いたクリスティアンは目を丸くして、

 

「そこまで配慮していただかなくともよろしいのですが……私にはこの鋼でも十分過ぎますので」

 

と言って譲らない。ならこれでいいか。

 

渡したインゴットをわざわざ跪いたまま、両手で捧げ持つように受けとるクリスティアンに、気になったことを聞いてみる。

 

「これなら、値段はどの程度になるんだ?」

 

「これ程の鋼を錬成できる錬金術師など、片手の指の数ほどもいないでしょう。十倍の金塊であっても釣り合いますまい」

 

大体金一グラムで5000円ほどだから、このインゴットの重量だと……2億数千万円! おいおい嘘だろ!?

 

「そ、そんな値段になるのか!? これ、そんなに力込めて作ったわけじゃないんだぞ!?」

 

「王が権能を用いて、手ずから創られた鋼ですぞ? 品質も宿す力も、人間では手が届かぬ域にあります。それを鍛えた剣――騎士ならば喉から手が出る程に欲するのは当然です」

 

 ってことは、もっと力込めて作ったら値段も上がるのか。やった! これからは他の連中に金欠の金次(キンジ)なんて言われないぞ! 吸血鬼の権能の百倍嬉しいぜ。セトありがとう!

 

「しかし、これを誰に任せるかですな……」

 

 

自分が楽に億万長者になれる姿を想像してテンション爆上がりの俺を他所に、クリスティアンは何か案ずるような顔をしている。

 

「どうした。何か懸念でもあるのか?」

 

「この鋼を剣として鍛えられる刀工が思い浮かばないのです。王より下賜されたものである以上、相応の名工に任せたいのですが……生憎心当たりがなく」

 

 あーなるほどな。希少過ぎるから扱える人間が限られるのか。恐らく鋼の質からして、刀工も人類最高峰レベルが要求されるだろうし。

 

「こういう魔剣の類い、どこが一番有名なんだ?」

 

「イタリアですな。彼の地を代表する、『七姉妹』と呼ばれる結社があるのですが……そこの騎士たちが授かる剣は、欧州中の騎士達の垂涎の的とされます。それらの製作者が、王の金属を扱える可能性が最も高いはずです」

 

 イタリアか。こいつは助かる。あっちにはいくつも貸しがあるし、話の通じる『王の執事』も顔見知りだ。俺が立てていた計画も、お蔵入りにならずに済みそうだぜ。

 

「イタリアなら、俺から連絡して話をつけておくか」

 

「そんな。そのような雑事は私がやりますので……」

 

 そうしてもらってもいいが、何か嫌な予感がするんだよな。イタリアといえばドニの本拠地だし、雲行きが怪しくなる前に俺が出ておいたほうがいいかもしれない。

 

 そのことを話すと、クリスティアンも納得してくれた。彼が去って一人になった執務室で、件の執事――アンドレアに電話をかける。

 

「遠山王、此度は何のご用件でしょうか? 賠償金の振り込みは今月末の筈ですが……」

 

「ああ、弁償の話じゃない。実は相談したいことがあってな――」

 

 1コールで出てくれたアンドレアに、簡単な権能の説明をしてから褒美の用意と……本題でもある俺の計画――俺が作った金属を用いた対神用魔弾と、それに対応した銃の製作について話す。

 

「なるほど、弁償の一部免除と引き換えに、職人と渡りをつけて欲しいということですか。それにしても、銃弾に吸血鬼の血を仕込むことで神に通じるようにするとは……血は魔術において重要な要素ですが、そんな前例は私が知る限りでは皆無です。製作できると断言する職人は、イタリアにも居ないでしょうね」

 

 ま、そうだろうな。血を操る吸血鬼の権能ありきの案だし、前例があるわけがない。

 

「出来れば儲けものくらいに思ってるから、そんなに無理する必要はないぞ」

 

「承りました。本格的なすり合わせは、候補を見繕ってからということで――」

 

 アンドレアがそう言ったところで唐突に言葉が途切れ、どさりという何か重いものが床に落ちた音が聞こえた。これはまさか……

 恐れていた厄介ごとが起きたと確信すると同時に、

 

「やっほーキンジ。久しぶりだねえ」

 

 どこかバカっぽい美声が耳に飛び込んできた。勿論相手は――

 

「やっぱりお前か、ドニ」

 

 イタリア魔術界を統べる盟主にして、かつて剣を交えた相手でもあるサルバトーレ・ドニだ。なかば予想できていたが、やっぱりしゃしゃり出てきたか。

 

「あれ? サプライズのつもりだったのに、随分とリアクションが薄いじゃないか」

 

「顛末が大体予想できるんだよ。大方、通りがかったところで面白そうな話が聞こえてきて、隠れて盗み聞きしたとかだろ。そんで話が終わったところでアンドレアを殴って電話を奪った」

 

「あはは、大正解。まるで見てたみたいに言い当てるなんて、流石は僕の同志キンジだよ!」

 

「人を同志スターリンみたいに呼ぶな」

 

 まったく……このバカの行動が推理できてしまう自分が恨めしいぜ。当たらなくていいときに限って推理が当たりやがる。

 

「ちなみに、どっから聞いてた?」

 

「最初からだよ」

 

 こうなっちゃ、直にコイツに話通すか。権能の詳細についても割れてるし、今更隠しようもない。

 

「部下の剣と俺の魔銃だが、そっちで依頼できるんだな?」

 

「それはアンドレアに任せればいいんだけどさ、僕から条件をつけさせてもらっていい?」

 

 はいきた。どうせまた戦えとか言うんだろ? こっちは相性悪いから、二度と()りたくないってのに。

 

「言うだけ言ってみろよ」

 

「僕用の剣に使う金属を用立てて欲しいんだ」

 

「……どういう風の吹き回しだ? お前、今まで剣の質にこだわってなかったろ」

 

 ドニの権能は駄剣を神剣に変えるシロモノ。それもあってか、ドニが剣そのものに頓着する様子はなかった。そもそも本気で名剣が欲しいなら、幾らでも手に入れる機会はあったはずだ。

 

「確かに、振るう剣に拘る趣味は無いんだけどさ。友人からのプレゼントなら話は別だよ。ほら、デザートは別腹ってやつ?」

 

 コイツらしい言い草だな。まあ戦えって言われるよりはマシだし、呑むか。

 

「プレゼントってわけじゃないが、その条件を呑もう。金属の種類と霊力に関して指定はあるか?」

 

「嫌がってたわりに気を利かせてくれるじゃないか。君ってやつはツンデレだねえ、キンジ」

 

「無いんなら電話切るぞ」

 

「まあまあ、怒らないで待ってよ。金属は鋼で、霊力は頑丈になるような物を適当につけてくれればいいさ。あ、剣は君から直接渡して欲しいな」

 

「おい、受け渡しのためだけにイタリアに出向けって言うのか? そりゃないだろ」

 

 ルーマニアとイタリアは比較的近いが、それでも外国だぞ。

 

「だって、プレゼントは直接渡してもらうのが醍醐味じゃないか! これは何と言われようと外さないよ」

 

……なんとも子供じみた言い分だが、こんなことでゴネられても困るな。しょうがない、必要経費と割りきるか。

 

「分かったよ。インゴットの用意はしておくから、職人の手配はそっちで頼んだぞ」

 

「任せてよ。といっても、動くのはアンドレアだけどね」

 

 こんな主を持ったばかりに、彼も不運なこった。今度会ったときに胃薬渡しとこう。あれはいい薬だからな。

 

 不憫な執事に同情しつつ電話を切り、ポケットにスマホをしまう。これで懸案がひとつ片付いた。とりあえず一安心だ。

 

 あとは、日本に出たっていう神獣二頭か。報告通りならすぐに終わるだろうが……果たしてうまくことが運ぶかどうか。俺が世界間移動してからこっち、穏便に終わったことがないからな。どうなることやら。

 




例によって権能詳細を載せます。

聖骸の恩寵(Communion Grace)

キンジがエジプト神話の悪神セトより簒奪した第二の権能。
金属を錬成し、任意の霊力を付与する権能である。付与できる霊力の強大さは金属の格に比例し、希少な金属ほど強い概念に耐えられる。

一見自由度が高いように見えるが神具クラスのものは作れず、自分で見たことのある金属しか錬成できない、あくまで作れるのはインゴットであり武具として使うなら他者の手を借りる必要があるなど制限が多い。少なくとも、神やカンピオーネとの直接対決では殆ど役に立たない。

この中途半端さはアイーシャ夫人の横槍が入った結果、権能簒奪が不完全になったことによる。

しかし、現時点でもクオレ・ディ・レオーネやイル・マエストロといった魔剣に匹敵する代物を量産できるため、人間から見れば十分凄まじい。
また、魔術と科学を融合させた魔導工学とも言うべき分野があった場合は、世界を牛耳ることすらできるポテンシャルを発揮できる。


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